叢生歯列の早期治療 - 日本歯科矯正専門医学会 JSO

VOL.3 2015
VOL.3 2015
C o n t e n t s
1 叢生歯列の早期治療
Early orthodontic treatment of crowding
池 元太郎
Ike Gentaro
[池矯正歯科医院]
17 歯科矯正の誇りを守るために
What do we need to do to keep our orthodontic pride higher ?
稲見 佳大
Inami Yoshihiro
[いなみ矯正歯科医院]
33 早期治療によって被蓋改善を行った
下突咬合者(反対咬合者)の転帰
A longitudinal study in the early treatment of protruding lower bites.
有松 稔晃
Arimatsu Toshiaki
[ありまつ矯正歯科医院]
叢生歯列の早期治療
Early orthodontic treatment of crowding
池 元太郎 IKE Gentaro
新潟県 新潟市 池矯正歯科医院
キーワード:混合歯列期,叢生歯列,拡大治療,下顎犬歯間幅径,有機体
はじめに
混合歯列期に矯正治療を行うべきかどうかを判断す
るのは非常に難しい.それは,これからの軟組織,硬
(Case1)
初診時年齢;16 歳 8 か月の女性.
主訴;歯並びが悪い.
組織の成長,乳歯から永久歯への交換,といった変化
矯正治療歴;小学校 3 年時,歯並びがでこぼこで近
の真只中にある患者に対しての予測が難しいというこ
医の小児歯科に相談.拡げる治療を勧められ治療開
とや,適応能力の高い成長期の治療効果は維持されに
始.その際に資料の採取はなかった.3 年間の拡大床
くくその適応能力の豊富さゆえに元の形に戻ってしま
の治療により叢生は改善したが徐々に歯並びが悪くな
う場合も多いからである.
り,再度拡大治療を勧められた.怖くなり当院に来
私の医院に転医されてくる患者の中には,混合歯列
期の時点での現症を改善することだけを目的に矯正治
療を受け,思春期の時点でその効果が維持されておら
ず,前医への信頼を損なわれた患者が多い.特に,前
院.
顔貌所見;顔面が長く,口唇閉鎖時における口唇の
突出感,緊張感が著しい.(図 1, 2)
咬合所見; Angle I 級の叢生歯列.上顎側切歯の舌
歯部の叢生以外にも問題があり,将来的に抜歯を伴う
側転位により CO-CR のずれが認められる.(図 1)模
矯正治療が必要と思われるケースに対しても,叢生歯
型の咬合面観では,上下ともに四角い歯列弓となって
列の予防と称して混合歯列期に治療を行う例が多く見
おり歯槽基底から歯列がはみだし気味なのがわかる.
受けられる.そこで,今回は,混合歯列期における叢
生歯列に対する矯正治療の是非について以下の項目で
検討したい.
(図 3)
レントゲン所見;セファロでは,下顎頭の位置が前
上方で下顎枝が短く,上顎は下方に位置しており,結
果として下顎は後下方に回転し,前顔面が長いのが特
1)転医症例の問題点
徴である.上下の切歯は前突し口唇閉鎖時の口唇の突
2)混合歯列期における下顎前歯部叢生の転帰
出感,緊張感が認められる.(図 4)
3)下顎犬歯間幅径
診断;中立咬合,両突歯列と診断.上下顎両側第一
小臼歯を抜去しスタンダードエッジワイズ装置にて治
1)転医症例の問題点
まず最初に,私の医院へ転医されたケースを提示
し,問題点を挙げてみたい.
療を行った.ワイヤーは歯槽基底を参考に曲げた.動
的治療期間は 2 年 8 か月,垂直ゴムを 11 か月使用し
た.
動的治療後,側貌が改善し口唇閉鎖時の緊張感や突
出感がなくなり緊密な咬合関係が得られている.(図
5, 6, 7)
叢生歯列の早期治療[池]
1
治療前後のセファロの重ね合わせでは,治療前に側
ロングフェイスの症例であり,切歯の前突に対し口唇
切歯の舌側転位により CO-CR のずれが認められたた
の過緊張が生じやすいケースである.無理な拡大治療
め,治療前後で下顎頭の位置にずれが生じている.ま
は切歯の前突を引き起こすことが多く,また転医時に
た,上顎切歯の後退に伴い下顎の時計方向への回転が
叢生が再発していることから,混合歯列期での拡大治
生じているが,口唇の緊張感は改善している.(図 8)
療は不適であったと思われる.また,拡大治療開始時
治療後の模型の咬合面観では,治療前に比べより自
に必要な検査が行われていないことも大きな問題であ
然に近いアーチフォームだと思われる.(図 9)
る.
問題点;この症例は下顎の回転を引き起こしやすい
図 1 初診時の口腔内写真
図 2 初診時の側貌のアップ写真
2
T HE JAPANESE JOURNAL OF O RTHODONTICS
図 3 初診時の模型の咬合面観
SNA
SNB
ANB
FMA
IMPA
FMIA
U1SN
OP
II
81.0
77.0
4.0
44.0
86.0
50.0
105.0
14.0
116.0
図 4 初診時のセファロのトレース
叢生歯列の早期治療[池]
3
図 5 動的治療終了時の口腔内写真
図 6 動的治療終了時の側貌のアップ写真
4
T HE JAPANESE JOURNAL OF O RTHODONTICS
SNA
SNB
ANB
FMA
IMPA
FMIA
U1SN
OP
II
81.0
77.0
4.0
44.0
86.0
50.0
105.0
14.0
116.0
図 7 動的治療終了時のセファロのトレース
図 8 治療前後のトレースの重ね合わせ
叢生歯列の早期治療[池]
5
図 9 動的治療終了時の模型の咬合面観
た,このケースについても資料採取は行われておら
(Case2)
ず,早期治療を行ったことに対する効果の検証も行わ
れていないことが大きな問題である.
初診時年齢;11 歳 5 か月
主訴;隙間を閉じて綺麗に並べなおしたい
矯正治療歴;かかりつけの小児歯科医から,「この
以上の転医ケースに共通する問題点として,混合歯
ままだと歯並びがでこぼこになる」と言われ連続抜去
列期での叢生という現症にのみとらわれ,成長発育や
を行った.永久歯列になって残った隙間を閉じるため
生体の反応に関する予測が欠落していることがまず挙
矯正専門医に来院された.
げられる.また,資料採取をきちんと行っていないこ
口腔内所見;正中の偏位,左側犬歯のクロスバイ
ト,空隙歯列(図 10)
とは,現症の成因を正確に把握していないだけにとど
まらず,自分の立てた治療方針に対し,生体がどのよ
セファロ所見;口唇閉鎖時の口唇の緊張感,突出
感,下顎の左方偏位(図 11,12)
うに反応したのかを分析し,その結果を次の診断に生
かすといった矯正治療の学習サイクル(図 13)が働
診断;下顎の左方偏位を伴う,偏位咬合,両突歯
列.
かず,いわゆるやりっ放しの状態であり,治療を通し
ての術者の進歩がなく,同じ過ちを繰り返す結果と
問題点;混合歯列期に多少の叢生があったとして
なってしまうことも大きな問題と言える.
も,成長に伴い下顎の偏位が増悪する可能性もあり,
以上の事から,前歯部の叢生のケースに対し安易に
永久歯列期で下顎の成長が収まってくる頃に抜歯を伴
拡大治療や連続抜去を施すのではなく,きちんとした
う矯正治療を行うべき症例である.抜歯スペースのロ
診査を行い,資料を整えた上で適応かどうかを判断す
スを伴う不確実な連続抜去法は不適当と思われる.ま
る慎重な姿勢が術者には求められる.
図 10 初診時の口腔内写真
6
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 11 初診時のトレース
図 12 初診時のトレース
図 13 矯正臨床学習サイクルの構図
Edgewise System Vol.I プラクシスアート1)より引用
叢生歯列の早期治療[池]
7
2)混合歯列期における下顎前歯部叢生の転帰
混合歯列期に認められる下顎前歯の叢生は,その時
点で拡大や連続抜去を行わなければどうなるのであろ
びがよくなる…と思っていましたが,それは違うと知
りびっくりです.顎を広げるということはもう難しい
のでしょうか.顎を広げて歯並びをよくするという考
え方が間違っているのでしょうか.」
うか.
日本歯科矯正専門医学会(JSO)が日本全国で行っ
ている市民公開講座において,どの会場でも必ず質問
(Case3)
され,一般市民の皆さんが不安に思っていることは,
一般歯科の先生から「このままだと歯並びがでこぼ
「本当に早期の治療が必要なのか?今やらないと手遅
こになる」と言われ,拡大装置をすすめられたケー
れになるのか?」ということである.実際の質問を抜
ス.セカンドオピニオンを得るために私の所に来院さ
き出すと,
れた.確かにこの時点では永久犬歯の萌出スペースが
「7 歳娘.現在定期的にみてもらっている歯医者さ
んに,永久歯の生えてくるすき間がないので,顎を広
若干不足しているが,本当に拡大が必要だろうか.
(図 14,15)
げる矯正をすすめられています.今した方がいいと言
われ半年くらい経っているので焦っていましたが,ま
ずどうしたら良いのでしょう.」
そもそも乳歯列期に,永久歯はかなりの叢生状態で
骨の中でスタンバイしている.この状態から顎骨の成
「6 才の娘がいます.3 才半健診のころより顎が小さ
長にあわせて順番に萌出してくるが,下顎前歯部が萌
いと言われてきました.歯科で拡大床矯正装置をすす
出する際には軽度の叢生になりやすいことがわかって
められました.ずっと早いうちから顎を広げれば歯並
いる.(図 16)
図 14 初診時の口腔内写真・パノラマ XP
8
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 15 初診時のセファロのトレース
図 16 Development of the human dentition2)
Moorrees は3),第 1 大臼歯,中切歯,側切歯,犬歯
の犬歯間幅径の増加によりもたらされる.(図 18)
が萌出する際に利用出来るスペースの量を図 17 のよ
うに示している.例えば女性の下顎(左下の赤のグラ
また,プロフィトは5),図 19 のような混合歯列期の
フ)を見ると側切歯 I2 が萌出する際はマイナス 2 ミ
下顎前歯の叢生を正常な叢生の状態と表現し,軽度の
リとスペース不足の状態で叢生になりやすく,犬歯萌
前歯の叢生は自然治癒するとしており,その仕組みと
出までに利用可能なスペースが増加し自然に前歯部の
して次の 3 つを挙げている.
叢生が改善する傾向にあることがわかる.このスペー
スの増加は,Moorrees の研究4)を見ると犬歯萌出まで
1,犬歯間幅径のわずかな増加(平均約 2mm)
叢生歯列の早期治療[池]
9
2,中切歯・側切歯の僅かな唇側転位
患者の口腔内写真を見ると自然と徐々に叢生が改善さ
3,乳臼歯脱落後の永久犬歯の遠心移動
れていくのがわかる.(図 20)
私の医院に叢生を主訴に来院され,経過を観察した
このように拡大しなくても自然の成長変化で治るケー
図 17 切歯部の利用可能な空隙3)(上顎: 下顎: )
図 19 正常な叢生状態
プロフィトの現代歯科矯正学から引用
図 18 犬歯間幅径の増齢的変化(Moorrees, C.F.A, 1959)
実線:男性 破線:女性
歯学生のための歯科矯正学(医歯薬出版社)より引用
10
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
叢生歯列の早期治療[池]
11
図 20 経過観察中の一連の口腔内写真
スや改善するケースは日本人にも多く認められる.
時のアーチレングスディスクレパンシーが -2.0 以上
日本人の混合歯列期の叢生の変化について調べた研
を正常歯列群,-2.5 以下を叢生歯列群として群分けし
究を見ると,葛西らは6),小学生児童 43 名の 1 年生
さらに比較検討した.その結果,下顎第一大臼歯間の
時から 6 年生時まで年 1 回採得した上下の模型を資料
幅径と変化量は,正常歯列群が叢生歯列群に比べ有意
とし,6 年生時の最終模型における下顎前歯のイレ
に大きく,下顎第一大臼歯の傾斜角の変化では正常歯
ギュラーインデックス(コンタクトポイント間の距離
列群は叢生歯列群と異なり,毎年頬側に傾斜し,下顎
の総和)の値が 1 年生時の値より減少している群を叢
犬歯間の幅径についてもやはり正常歯列群が叢生歯列
生改善群,増加している群を叢生増悪群に分類し比較
群に対し幅径と変化量が有意に大きい値を示すと報告
検討している.
している.
その結果,両群間でリーウェイスペースに有意な差
以上の二つの研究から,下顎前歯が叢生になりにく
は認められず,改善群の方が増悪群よりも多かった
い人は,下顎歯列の幅径の成長変化が大きく側方歯の
(改善群 27,増悪群 16).改善群では乳臼歯脱落以
交換の際に犬歯・小臼歯が遠心に移動する傾向がある
降,大臼歯,小臼歯の幅径が増大し,犬歯,第一小臼
ことがわかる.
歯が遠心に移動する傾向が認められ,6 年生時におい
では,下顎歯列の幅径が大きくなる人の特徴は何で
て犬歯間,第一小臼歯間,第二小臼歯間,第一大臼歯
あろうか.平手らは8)下顎第一大臼歯の歯軸の成長変
間の幅径が改善群で有意に大きく,改善群では自然の
化と上顎大臼歯の歯軸変化や口蓋の変化を調べ,下顎
幅の成長と犬歯小臼歯の遠心移動が生じていると報告
大臼歯の頬側への傾斜が大きい場合,上顎大臼歯も頬
している.(図 21, 22)
側への傾斜が大きく口蓋の幅径も大きい傾向にあるこ
つまり,叢生がよくなっていく群では叢生が悪くな
とを報告している.また,口蓋高径の変化について
る群に比べて犬歯の頬側への成長と遠心への移動が大
は,下顎第一大臼歯の頬側への傾斜が少ない方が有意
きいこと,そして,臼歯部の頬側への成長も大きいこ
に大きく,歯列の幅の成長が少ない場合口蓋の縦方向
とがわかる.
の成長が大きい傾向が示されている.この研究より,
また,葛西らは 小学生児童 50 名の 1 年生時から
下顎大臼歯の幅径が増大するタイプは,上顎大臼歯の
6 年生時まで年 1 回採得した模型を資料にし,6 年生
幅径も協調して増大し,口蓋の幅も広がることから横
7)
12
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 21 改善群と増悪群の下顎犬歯の座標変化
図 22 改善群と増悪群の下顎第一大臼歯の座標変化
への成長が優位なタイプであり,逆に下顎大臼歯の幅
面の配置などから推察することが可能であり,拡大治
径が増大しにくいタイプは口蓋高径が大きく縦への成
療が奏功するかどうかを判断する際に有効な指標とな
長が優位なタイプである傾向が示された.口蓋の成長
ると思われる.
が横に優位なのか縦に優位なのかは,顔の形,頭蓋顔
以上のように,下顎の叢生が改善するかどうかは,
叢生歯列の早期治療[池]
13
個人の歯列の水平的・垂直的な成長パターンの差に左
をはじめ(図 23),義歯が安定するように義歯の内側
右されるため,すべての症例に対し歯列拡大が有効で
の舌と外側の口唇や頬からの圧が相殺されるニュート
はないことが示唆された.よって,下顎犬歯間の叢生
ラルゾーンに人工歯の配列を行うことが推奨されるの
の改善については,矯正治療が奏功するタイプかどう
も同様の考えからなる.つまり,安定する犬歯の位置
かを慎重に考える必要があり,患者の歯列に叢生を発
は叢生が生じないような私たちに都合のいい位置や幅
見したら闇雲に拡大を勧めるという姿勢には問題があ
ではなく,歯列を取り囲む筋肉からの力で決まると考
ると言わざるを得ない.また,混合歯列期における歯
えられる.
列の拡大治療の是非は,叢生の改善のみならず,咬合
このように,保定治療後の下顎犬歯の変化や諸説を
のズレの程度や前歯部の突出具合,口唇の状態などか
見ると,口腔領域の構造的な構成要素である骨,筋
ら総合的に判断しなければならず,さらなる慎重な判
肉,歯,などの中で,筋肉による影響を色濃く受けて
断が求められる.
いるようであるが,これらの構成要素の優劣はどのよ
うになっているのであろうか.顎顔面の成長からその
ヒントを探してみると,1962 年に Moss が発表した
3)下顎犬歯間幅径
Functional matrix theory14)では,下顎頭軟骨,上顎骨縫
混合歯列期の歯列拡大治療の長期的効果を調べた
合部のいずれも上下顎骨の成長を決定する要因ではな
,歯列弓長の不足している症例で,混合
く,顔の発育は機能(呼吸,栄養補給)の発達のため
歯列期に固定式もしくは可撤式装置を用いて歯列弓長
に起こり,その発育は上下顎骨を包み込んでいる軟組
を 1mm 以上拡大した 26 症例に対し,治療開始前,
織から伝達されるとし,1989 年にその考えを発展さ
動的治療終了時,保定終了後 6 年の模型を調べた.そ
せた Sperber は15)司令塔であるの脳の成長,重要な視
の結果,26 症例中 20 症例で治療開始前の計測値と比
覚である目の成長,呼吸や嗅覚として鼻の成長,嚥下
較して歯列弓長が減少し,23 症例で歯列弓幅径が保
や発音に関与する舌の成長が顎骨の成長を促すとして
定 終了後 に 減少 した結果, 保定終 了後 の模 型では
いる(図 24).
Little らは
9, 10)
89%の症例が臨床上不満足な歯列の配列を示し,混合
また,下顎の成長では,幼児期に下顎頭を骨折した
歯列期に拡大を行った群は他の群(抜歯治療や連続抜
場合でも 80 ∼ 85%の事例ではほとんど本来の大きさ
去)と比べて後戻りの程度が大きいと報告している.
まで下顎骨は成長することから,下顎頭軟骨は下顎骨
日本において混合歯列期の床矯正装置による拡大治
の成長中心ではなく下顎骨の成長は筋肉や隣接軟組織
療の長期的な予後や効果について調べた報告は少ない
の成長変化に反応して起こると考えられている.つま
が,唯一,関崎は
自らの症例を詳細に検討してお
り,軟組織の成長で下顎が引っ張られ,下顎頭と関節
り,その報告によれば床拡大装置により下顎犬歯間の
窩との間に隙間ができ,その空間を埋めるために下顎
叢生の改善と安定を得るのは難しく犬歯間幅径が維持
頭が成長すると考えられている.
11)
できないと述べている.
以上のことから,顎骨が主に脳頭蓋の成長や顔の筋
また,エッジワイズ装置により治療し治療後犬歯間
幅径が拡大した症例の長期的な予後を観察した有松は
,その 85%の症例で下顎犬歯間幅径の縮小が認め
12)
られたと報告している.
このように,矯正治療により一時的に幅が拡大され
た下顎犬歯は,装置による力が排除されると幅が縮小
する方向で別の位置に移動する傾向があり,それによ
り前歯の叢生が生じていると思われる.
では,犬歯が安定する位置とはどのような位置なの
であろうか.
歯とその支持組織は当然隣接する筋肉の影響を受け
ている.歯列の外側からの口輪筋と頬筋,上咽頭収縮
筋の機能力が,内側からの舌の力と拮抗し歯列と咬合
の保持に関与しているとするバクシネータメカニズム
14
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 23 バクシネータメカニズム
肉などの機能力に刺激を受けて成長が進むとしたら,
つためには構成要素に優先順位(ヒエラルキー秩序)
上下の顎骨の接点である歯も当然同じはずであり,成
が必要であるとしている(図 25).下顎犬歯の矯正治
長変化から考えられる顎骨・歯といった硬組織と筋肉
療後の変化を与五沢の考え方で解釈すると,「矯正治
などの軟組織との優劣は軟組織の方がより上位にある
療(環境の変化)により生じた下顎犬歯間幅径の拡大
ことを物語っている.
変化が生体の柔軟性の範囲内であれば保定装置を外し
与五沢は ,人間を絶えず外界との交流を行いなが
た後も可逆的に縮小変化が生じる必要はないが,その
ら自己調節を行う有機体として捉え,有機体である人
変化が歯より上位の構成要素(筋)の適応の限界を超
間が環境の変化に順応し生きて行くためには,人間を
えていた場合は,再修正が必要となり下顎犬歯の幅の
構成している各要素に対し秩序(望ましい状態を保つ
縮小につながる.」となる.
1)
ための順序やきまり)が必要であるとし,さらに構成
以上のように,下顎の犬歯間の幅径に関しては,
要素が平等な存在では秩序が保てないので,秩序を保
我々が矯正装置により変えることが難しいため,犬歯
図 24 頭骨成長に関与する機能マトリックス15)
歯学生のための歯科矯正学(医歯薬出版株式会社)1992 より引用
図 25 生命のおかれた環境1)
叢生歯列の早期治療[池]
15
間幅径を保つような治療計画を立てることが望まし
9)Little R, Riedel R, Stein A:Mandibular arch length increase
く,歯列拡大による安易な叢生の改善はできる限り避
during the mixed dentition – Postretention evaluation of stability
けるべきであると思われる.
and relapse. Am J Orthod Dentofacial Orthop 97:393-404,
1990.
(まとめ)
混合歯列期に行う矯正治療,いわゆる早期治療が必
要かどうかの判断は非常に難しい.筆者は与五沢が1)
第一段階の治療の意義としてあげている 3 つの項目に
照らし合わせて吟味している.
10)Little R, Riedel R,Aetun J:An evaluation of changes in
mandibular anterior alignment from 10 to 20 years postretention.
Am J Orthod Dentofacial Orthop 93:423-428, 1988.
11)関崎和夫:咬合誘導−下顎歯列弓拡大を検証する.the
Quintessence Vol.28 No.3 ∼ 5:70-112. 2009.
12)有松稔晃:「矯正治療のその後」から第二報 主として
1,永久歯列での矯正治療を不要にする
犬歯間幅径の変化について.Monog. Clin. Orthod., 33:42-
2,永久歯列での矯正治療を容易にする
66, 2011.
3,永久歯列での矯正治療の際に抜歯数や抜歯部位
を変える
13)グレーバー歯科矯正学−理論と実際−〔上〕.医歯薬出
版株式会社,東京,1972.
14)Moss, M.L.:The functional matrix;functional cranial
混合歯列期における下顎前歯の叢生に対して治療を
行うかどうかについても,下顎の犬歯間の幅径は,
我々が矯正装置により変えることが難しいため,安易
に拡大治療に走るのではなく,個々のケースの状態を
きちんと診査した上で,治療の意義があるのかどうか
を判断し慎重に行うべきである.
参考文献
1)与五沢文夫:Edgewise System vol.1 プラクシス・アート,
クインテッセンス出版,東京,2001.
2)van der Linden, F.P.G.M. and Duterloo, H.S.:Development of
the human dentition. Harper and Row, Maryland:98-99, 1976
3)Moorrees, C.F.A.and Chadha, J.M.:Available space for the
incisors during dental development-a growth study based on
physiologic age. Angle Orthod. 35:12-22, 1865
4)Moorrees, C.F.A.:The dentitionn of the growing child, A
longitudinal study of dental development between 3 and 18 years
of age. Harvard University Press, Cambridge, 1959.
5)作田守監修:プロフィトの現代歯科矯正学.クインテッ
センス出版,東京,1989.
6)葛西理恵,林亮助,斉藤勝彦,葛西一貴:下顎切歯部の
叢生と側方歯群萌出後の移動様相との関係について.日
矯歯誌 2011;70(2):85-95.
7)葛西理恵,林亮助,斉藤勝彦,葛西一貴:経年歯列模型
による永久歯列完成時の叢生量の予測について.日矯歯
誌 2010;69(1):12-22.
8)平手亮次,根岸慎一,斉藤勝彦,葛西一貴:下顎歯列の
成長変化と上顎歯列および口蓋の成長変化との関係.日
矯歯誌 2014;73(1):18-27.
16
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
components. in Vistas in Orthodontics(Kraus,B.A. and Reidel,
R.eds.)
, Lea&Febiger, Philadelphia, 1962.
15)Sperber, G.H.:Craniofacial embryology. 4th ed., Wright,
London, 1989.
歯科矯正の誇りを守るために
What do we need to do to keep our orthodontic pride higher ?
稲見 佳大 INAMI Yoshihiro
栃木県 真岡市 いなみ矯正歯科医院
キーワード:矯正臨床の危機,歯科医師の倫理感,教育,矯正講習会,治療の質
ようだ.何年か拡大し,だめなら抜歯して矯正(歯
要 旨
列を縮小して治す)と言われたが?
1)矯正臨床は危機に瀕している.国民の健康を守
・月に一度病院に(アルバイトで)来る先生に診ても
るために,矯正専門医は正しい矯正治療を啓発する責
らう場合,不具合になったときなど不安がある.問
務がある.そのためには,幅広くより多くの矯正歯科
題ないか?
・上の子が矯正して 5 年になる.期間が随分長くな
医が志を一つにし集う必要がある.
2)教育は大切であり,矯正医の育成には正しい教
り,費用もかさんでいる.まあそのうち終わるとは
思っているが,下の子も矯正をする時期が近づいて
育が必要である.
いる気がする.一般的にどうなのか知りたい.
・歯科医師には生え変わってからで良いのではと言わ
本 文
れたが,知り合いに今のうちに少しやっておいた方
矯正治療によって得られる喜びや美しさ,健康は計
が良いと言われた.費用も心配.
り知れないが,患者に対して一定の肉体的および精神
的負担,費用や時間を強いる事は否定できない.その
矯正臨床における問題点が凝縮されており,そもそ
ため治療が奏効しなかった場合,あらゆる面で患者負
もは簡単なアンケートであった中でこれらの質問が
担は非常に大きなものとなる.しかし本邦において
挙ってくる事に闇の深さと広がりを感じざるを得な
は,歯科矯正治療が安心して受診できる環境は構築さ
い.近年まさに日本の歯科矯正臨床は混迷を極めてい
れておらず,インターネットや風説では玉石混淆の情
るが,その原因として国の制度,医療従事者の倫理
報が溢れ,国民はむしろ検索を重ねる程困惑を招く .
感,歯科医療のおかれている社会的状況など,問題の
そのような状況を示す一端として,2012 年 11 月 11
根源には様々な事柄が複雑に絡み合っている.そのた
日に日本歯科矯正専門医学会主催で栃木県真岡市に於
めこれらの問題,状況を解決する事ははなはだ困難と
いて「歯科矯正ってどんな治療? ∼知っておきたい
考えられるが,一刻の猶予もなく,不適切と思われる
矯正治療のポイント∼」と題し市民公開講座を行なっ
矯正治療を受けている患者が少なからず存在すること
た際,参加者から事前に寄せられた質問を下記に示
を常に念頭に置かねばならない.
1)
す.
実際の事例としては,多くの歯科矯正専門医院同
様,当院でも医療として疑問を抱かざるを得ない治療
・今すぐ顎を拡げろと言われたり,永久歯が出揃って
が為された患者を見受ける事が多くなっている.そこ
からと言われたり,歯科医によって言われることが
で,問題が生じ当院を受診された患者の例と,私自身
真逆です.どうしたら良いか.
が歯学部を卒業し入局後はじめて動的治療を終了する
・歯列にスペースがないが,永久歯の先天欠如もある
事ができた一例をご覧いただき,一専門医としての立
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
17
動は困難との理由で,下突咬合の状態で治療が終了と
場から私見を交え考察をおこないたい.
なったとの事.40 歳で当院を受診し,マルチブラケッ
【症例 1】38 歳の女性.某一般歯科医院で下顎左右
側第一小臼歯を抜歯し,約 2 年間歯の移動をおこなっ
ト装置による 1 年 6 か月の治療を行ない改善した.
(図 2,3)
た と の こ と. 叢 生 は 改 善 方 向 に 向 か っ た 様 だ が,
overjet が過大な上突咬合と診断される状況であった.
【症例 3】20 歳男性.中学生の頃,某一般歯科医院
その後当院を受診し,上顎も側方歯を抜歯しマルチブ
で上顎左側と下顎左右側小臼歯を抜歯し(上顎右側小
ラケット装置により 2 年 4 か月間矯正治療を行ない改
臼歯を抜歯せず)3 年間歯の移動を行なったとの事.
善した.(図 1)
上下歯列の正中および顔貌に対する上顎の正中が,著
しくずれていた.当院で上顎右側小臼歯の追加抜歯の
【症例 2】某一般歯科医院で,38 歳の時に上顎左右
側犬歯を抜歯しマウスピース型装置を用いて約 1 年間
上,マルチブラケット装置により 2 年 5 か月間矯正治
療を行ない改善した.(図 4)
歯の移動を行なったが,高齢のためこれ以上の歯の移
図 1 症例 1 当院動的治療前後
18
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 2 症例 2 当院動的治療前
図 3 症例 2 当院動的治療後
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
19
図 4 症例 3 当院動的治療前後
【症例 4】13 歳 6 か月の女性.米国にて約 2 年間非
抜歯拡大矯正治療をおこなったとのこと.継続治療依
た.当院にてマルチブラケット装置を用い 2 年 3 か月
間全顎的に矯正治療を行なった.(図 9,10)
頼で当院受診されたが両突歯列のため治療方針の変更
が必要と判断し,上下左右側第一小臼歯を抜歯する方
【症例 7】25 歳の女性.叢生を認めたため,4 年間
針として 2 年 6 か月間矯正治療を行ない改善した.
非抜歯拡大治療をおこなったとのこと.叢生は改善さ
(図 5,6)
れているが,著しい歯肉退縮を認め,下顎前歯部は状
況の悪化に伴ってか歯肉移植がなされていた.全体的
【症例 5】12 歳の女性.抜歯を回避できる可能性に
に咬合状態は不十分な上,上顎左側中切歯は早期接触
期待し,いわゆる床装置(可撤式装置)で歯の移動,
により,咬合時に辺縁歯肉の貧血を認める.相談には
拡大治療をそれまで 4 年間なされていた.しかしなが
いらしたがその後は受診されていない.(図 11)
ら咬まなくなってきている(上下歯列の幅の不一致お
よび側方歯の開咬合)ということで当院受診.当院に
【症例 8】14 歳 9 か月の下突咬合,開咬合の男性.
てマルチブラケット装置を用い 2 年 6 か月間矯正治療
某小児歯科医院で 4 歳から 10 年以上に渡り歯の移動
を行ない改善した.
を行なってきたとの事.顕著な下突咬合,開咬合で,
(図 7,8)
歯列の前後的ずれも厳しい状態であった.継続して通
院していたにもかかわらず,当院受診時,上顎左右側
【症例 6】13 歳の女性.某一般歯科医院で上顎左側
中切歯と上顎左側犬歯にのみブラケットが,上顎左側
第一小臼歯を抜歯し歯の移動を開始.遅々とした歯の
第一大臼歯にボンディングチューブがついていた.こ
移動に不安を感じていた所,治療開始約 1 年後,突如
れ以上治せないので,矯正専門医を自分で探し相談す
歯科医院が閉院し連絡不能になった.そのため歯列咬
るよう突如通院を拒否されたとの事.改善可能である
合の改善と治療の継続を希望し当院受診.上下顎左側
ため,今後当院で治療方針を決定の上すすめて行く予
犬歯と上顎左側第一大臼歯のみに装置が装着されてい
定.(図 12)
20
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 5 症例 4 当院動的治療前
図 6 症例 4 当院動的治療後
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
21
図 7 症例 5 当院動的治療前
図 8 症例 5 当院動的治療後
22
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 9 症例 6 当院動的治療前
図 10 症例 6 当院動的治療後
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
23
図 11 症例 7 当院初診時
図 12 症例 8 当院初診時
24
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
次に一例として,私が初めて全顎的な動的治療を終
了した症例を供覧する.(図 13 ∼図 25)
【症例 9】
初診:25 歳の女性.上下歯列の前後的問題は少な
い叢生ケース.歯肉,歯槽骨は薄いと思われた.口唇
はやや突出していた.セファロでは AB 間距離が長
図 13 症例 9 初診時写真
図 14 症例 9 初診時写真
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
25
く, 下 顔 面 が 垂 直 的 に 長 い こ と が 特 徴 的.ANB が
スでは,第一小臼歯および可及的に第三大臼歯を抜歯
4°,FMA は 34°,歯槽部はやや突出している.処置歯
する方針とした.咬合を改善しつつ下顎前歯の位置付
は多いが,顎関節に問題はなかった.
けを出来るだけ後退させたいケースと考えられたが,
上下顎左右側小臼歯抜歯だけでは叢生量が顕著で下顎
診断:矯正治療の治療目標は,歯周組織や顎関節に
も配慮した上で,咬合とプロファイルを改善(安寧な
前歯の位置変化までは期待できないことは予測してい
たが,実目標として本方針とした.
口腔周囲筋への改善)することと考えている.本ケー
図 15 症例 9 初診時パノラマレントゲン
図 16 症例 9 初診時セファロレントゲン
SNA
SNB
ANB
FMA
IMPA
FMIA
U1SN
OP
II
2000/06/13
25Y11M14D
85.0
81.0
4.0
34.0
83.0
63.0
107.5
7.0
126.5
図 17 症例 9 初診時セファロトレース
26
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 18 症例 9 動的治療後写真
図 19 症例 9 動的治療後写真
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
27
図 20 症例 9 動的治療後パノラマレントゲン
図 21 症例 9 動的治療後セファロレントゲン
SNA
SNB
ANB
FMA
IMPA
FMIA
U1SN
OP
II
85.0
81.0
4.0
34.0
83.5
62.0
101.5
11.0
131.0
図 22 症例 9 動的治療後セファロトレース
28
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
SNA
SNB
ANB
FMA
IMPA
FMIA
U1SN
OP
II
Pre treatment Post treatment After treatment
25Y11M
28Y5M
85.0
85.0
81.0
81.0
4.0
4.0
34.0
34.5
83.0
83.5
63.0
62.0
107.5
101.0
7.0
11.0
126.5
131.0
図 23 症例 9 動的治療前後重ね合わせ
Superimposition at nose tip parallel to
FH plane for soft tissue profile changes
Superimposition at ANS parallel to
palatal plane for maxillary changes
Superimposition at Menton parallel to
mandibular plane for mandibular changes
図 24 症例 9 動的治療前後重ね合わせ
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
29
上顎第二小臼歯の舌側咬頭も咬合している
図 25
結果:叢生は改善し,緊密な咬合がえられた.プロ
している事が確認できた.また,Spee 彎曲は十分に是
ファイルはほとんど変化がなかった.パノラマレント
正され,第一大臼歯と第二大臼歯間の辺縁隆線は垂直
ゲンにて歯根のパラレリングは良好であった.上下顎
的に step なく配列がなされた.アンドリュースの「The
前歯(特に側切歯)の歯根の頬舌的なコントロールも
six keys to normal occlusion」2)と言われる有名な指標(図
十分になされた.下顎犬歯のシーティングはなされ,
26)があるが,現時点で鑑みても,十分に治療がなさ
模型により上顎第二小臼歯の舌側咬頭もきちんと咬合
れていたと考えられる.
図 26
30
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
可能であれば一つの施設で正しい研修を受けることが
考 察
望ましいと思われる.与五沢は矯正臨床の学習サイク
ル3) の図(図 27)の様に,年月のかかる治療を繰り
◇なぜ最初から治せたのか◇
私は大学卒業後,新潟大学歯学部矯正科への入局
返し評価していくことの重要性を説いている.
し,矯正臨床に対する教育を受けた.その結果,初め
歯は思い立ったその日からでも動かす事は可能であ
て動的治療を終了した症例から専門医としても許容で
るが,医療行為としての矯正治療をおこない医療とし
きる治療結果を得る事が出来たが,これはひとえに正
ての責任に果たすためには,自己の正しいフィロソ
しい教育を与えて下さった諸先輩のご指導の賜物であ
フィーとそれを具現化するための技能の習得のための
ると考えている.当時の教授には,矯正専門医になる
年月が必要であり,教育が大切である.
には時間がかかり,つらく厳しい道のりであると,最
後の宮大工と言われた西岡常一(にしおかつねかず)
◇矯正医が学ぶ過程での質の担保について◇
さんの書籍を渡され,専門医として学ぶ心構えを諭し
医療人として歯科矯正に限らず,必ず初めて行う治
ていただいた.6 年間という年限ではあるが,指導教
療や,最初は慣れない中で行う治療に遭遇する.しか
官の一挙手一頭足を自分なりに感じとり,多くの医局
し医療であるから故,いかなる理由があろうとも患者
員の先生方に教えを請う事が出来た.その結果,技能
の身体に損害を与える事は許容できない.そこで多く
だけでなく,フィロソフィーが構築されていったこと
の矯正専門家を志す者同様,私の場合は指導者の管理
に尽きると考えている.
下(私の場合は大学の矯正科)で学んだ.もちろん技
他方,独学と言う言葉がある.ややもすると専門知
識に捕われない発想から新たな境地,局面を開拓する
能のある矯正専門開業医の元でも良い.そうあること
で研修中の治療の質もある程度担保できる.
ことがあると評価される場合もあるかと思うが,矯正
しかしそうではなく独学で矯正を学び始めるという
臨床に関して言うと,独学では言葉の通り,独りよが
のは,仮にどれ程多くの講習会に参加し続けたとして
りに至りやすい.どれ程まで沢山の短期の講習会を受
も,未経験者が指導者もいない中で実際の矯正治療を
けても体系的に歯科矯正を学んでいない初学者に独学
全くの無から積み重ねていく事になる訳で,学びの過
で正しいフィロソフィーが構築されることは極めて困
程で次々と多くの患者に不利益を被らせる可能性が極
難であると想像するに難くない.
めて高い.自動車の運転で講義だけを聞いて路上に出
自己の経験からも昔の宮大工職人の様なストイック
る様なものである.せめて年月を経ていつかは正しい
な生活とまではいかなくても,最低でも 5 ∼ 7 年間,
矯正治療が習得できるのであれば救われる面もあろう
図 27 矯正臨床学習サイクル
歯科矯正の誇りを守るために[稲見]
31
かと思うが,現実には矯正治療においてはその可能性
いということであろう.また一説には矯正治療は,専
も極めて低い.それは前述した正しいフィロソフィー
門医以外で治療を受けてしまう人の方が多いと言われ
が構築されていく可能性が極めて低いからである.そ
ている.これらの事を踏まえると,我々歯科矯正専門
して上記の症例 1 ∼ 8 も実際担当者は若い歯科医師で
医は,患者さんに正しい矯正治療を提供すると同時
はない.このような事例が全国的に多発している理由
に,正しい矯正治療を啓発することも大切な努めだと
としては,突き詰めれば医療従事者の倫理観の欠如が
考える.そのため JSO は国民のために,今まで以上
根本にあると言わざるを得ない.
に活動を充実させる責務がある.
矯正専門医は 10 万人と言われる歯科医師の総数か
◇矯正講習会について◇
らすれば非常に微々たる人数でしかない.時間的猶予
同様に,前述の倫理的な観点から相当なバックアッ
がない今,一刻も早くより多くの専門医が集い,さら
プ体制がない限り,安易な未経験者向け矯正講習会の
には日本歯科矯正機材協議会,一般歯科医師,歯科衛
開催は行なわれるべきではないと考える.短期の講習
生士などの医療従事者等,可能な限り多くの方々を良
会受講を機に治療を開始する未経験者が多いのが実情
き理解者として,国民に安心して矯正治療を受けてい
である.基本的にはその状況で臨床を実行に移してし
ただけるよう,共に進んでいくことが必要である.
まう歯科医師に問題がある訳だが,そのような状況を
矯正臨床の混迷の原因は多岐に渡り,この状況を打
わかっていながら講師を行なう歯科医師,主催者,協
破することは非常に困難を極める状況であるが,非常
賛企業においては,確信犯的な責任逃れはせず,講習
に多くの患者が日々蝕まれており,困惑している.ま
会のありようを再考するべきである.
た,専門医としてこれ以上の矯正臨床の荒廃は許容で
きない.我々の愛する歯科矯正が,美しいもの崇高な
◇国民の危機感について
ものとして未来永劫,素晴らしいものとして継承され
2012 年度栃木県真岡市で無料の市民公開講座を行
ていくことを切に願うばかりである.
なった.受講者には非常に熱心に聴講,感謝していた
だいた反面,市民全体からの割合としては非常に低率
◇終わりに◇
であった事に大変驚きを憶えた(表 1).これは他地
末筆ながら自戒の念を込めて記したい.歯科矯正専
域でも同様である.講演会としては参加者の多寡は全
門医は,矯正臨床において,模範となるべき立場であ
く問題ではなく,来ていただいた方にご理解いただけ
る.歯科矯正の誇りを守るために,高い倫理観をもっ
ればそれ以上の喜びはない.しかしもう少し掘り下げ
て自らを律していかなくてはならない.そして広い視
て考えると,教育委員会,学校を通し周知を試みてい
野を持ち,社会全体における歯科矯正や歯科矯正専門
るにも拘らず参加者の割合が低率である事は,矯正臨
医としてのありようも常に念頭に置いて行動していき
床が玉石混淆の混乱した状況である中,我々が感じて
たい.
いるよりも遥かに低い程度でしか危機感を感じていな
【参考文献】
1)増田美加:後悔しない歯科矯正 小学館 東京,2009
2)Andrews LF. :The six keys to normal occlusion. Am J Orthod.
1972 Sep;62(3):296-309.
3)与五沢文夫:Edgywise System vol.1 プラクシス・アート,
クインテッセンス出版,東京,2001
表1
32
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者(反対咬合者)
の転帰
A longitudinal study in the early treatment of protruding lower bites.
有松 稔晃 ARIMATSU Toshiaki
福岡県 北九州市 ありまつ矯正歯科医院
キーワード:早期治療,下突咬合(反対咬合),側方 X 線規格写真,下顎頭の位置,下顎角,下顎骨長
て,変化させることが出来た箇所と変化させること
Ⅰ.はじめに
が出来なかった箇所の確認.
乳歯列あるいは,混合歯列の下突咬合者(反対咬合
2 第一期治療後に被蓋を維持した症例群と再度下突
者)に対して,早期に被蓋改善を行った場合の転帰に
咬合に復した症例群の側方 X 線規格写真トレース
関して,私たち矯正専門医は経験上,被蓋を維持する
分析による精査.
症例,被蓋を維持するものの叢生等の不正咬合が生じ
る症例,そして再度下突咬合を呈する症例に遭遇す
3 2 から翻って,初診時において,その特徴を何処
まで読み解く事ができるかを検討.
る.この際に被蓋を維持する症例と再下突を示す症例
を分つものは,下顎骨の過成長による結果と一般的に
は見做されているが,与五沢は下突咬合の成り立ちに
関して,むしろ大きさよりも脳頭蓋に対する下顎骨の
付着位置による影響が大きいと述べている1).それを
Ⅱ.調査について
1. 調査対象
受けて,妹尾は,混合歯列期に早期治療を行った下突
ありまつ矯正歯科医院に,1999 年 3 月から 2010 年
咬合 2 症例のうち,被蓋を保った症例と,再下突に復
12 月に来院した,乳歯列期または混合歯列期におけ
した症例に関して,側方 X 線規格写真トレース分析
る下突咬合者のうち,永久歯列完成前に前歯部の被蓋
にて比較を行い,両者の差異として,再下突者は,脳
改善(第一期治療)を行った患者を調査対象とした.
頭蓋に対する下顎頭の位置における前方位,下顎骨形
なお,下突咬合の定義に関しては,上顎左右側中切歯
態の特徴としての下顎角の開大,下顎枝の前方への傾
歯冠部が下顎前歯部に対して唇舌的に舌側に位置する
斜の三点をあげている2).
交叉咬合症例とした.また,口唇裂口蓋裂患者は,先
そこで,今回,当院を受診した下突咬合者のうち,
天的な唇顎裂や,後天的な口蓋形成術等の影響が前歯
乳歯列期あるいは混合歯列期において早期治療(第一
部交叉咬合成立に関与している可能性があるために除
期治療)による被蓋改善を行った症例のうち,被蓋を
外した.第一期治療終了後は,上顎歯列に可撤式の保
維持した症例群(被蓋維持群)と再度逆被蓋を呈した
定装置(Begg type リテーナー)あるいは固定式の保
症例群(再下突群)を下記の目的のために,従来の角
定装置(リンガルアーチ)を装着して,定期的に側方
度計測に加えて,下顎骨の大きさ,下顎角,そして下
X 線規格写真を撮影し,成長発育に留意した観察を
顎頭の位置を検討項目に加えて調査を行った.
行った.
1 当院における下突咬合者への第一期治療におい
数は 53 名であった.但しそのうち 12 名が,その転帰
該当期間に第一期治療を行い被蓋改善を行った患者
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
33
を見届けること無く,来院が途切れた.従って,来院
2)計測項目(図 3,図 4)
が途切れた 12 名と現在経過観察中(成長発育中のた
overjet (mm)
め評価不能)の 9 名を除いた 32 名について,検討を
overbite (mm)
加えた.
UISN
また,保定中に前歯部の被蓋を維持した症例を被蓋
IMPA
維持群とした.一方,上顎左右側中切歯歯冠部が左右
ANB
ともに下顎前歯部と切端または交叉咬合を呈した症例
SNA
を再下突群とした.
SNB
下顎骨長:Mand Plane からの垂線が Or-R Plane と Pog
に接する点を結んだ直線距離
2. 調査方法
Go angle:下顎角.Mand Plane と Ramus Plane のなす角
度.
初診時と第一期治療終了時ならび第二期治療開始前
に撮影した側方 X 線規格写真のトレースを行い,下
R-O:Or-R Plane 上における R-O 間の直線距離
記の箇所について測定を行った.第二期治療開始前と
上記の項目を計測し,平均値並びに最小値と最大値を
は,経年的な観察を行い,側方 X 線規格写真トレー
求めた.
ス重ね合わせによって,ほぼ下顎骨の前方成長が終了
した時点であり,歯列と咬合に問題のない症例にとっ
ては,動的治療終了時となる.なお,被蓋維持群のう
ち,叢生等の歯列に問題が生じた症例に関しては,完
全に成長発育が終了する前に,それまでの経過から判
Ⅲ 調査結果
1.初診時の状態
断して治療を開始したものもあるが,いずれの症例に
女性 20 名 平均年齢 7 歳 6 か月
関しても治療後に再下突を示した症例はなかった.加
男性 12 名 平均年齢 8 歳 6 か月(表 1)
えて,再下突群においては,調査期間における最終資
料を持って,第二期治療開始前としたところから,完
全に成長発育を終了していない症例も存在する.
2.治療方法と治療開始時期について
1)乳歯列期に第一期治療を行った症例:4 名
3. 側方 X 線規格写真トレース分析項目
1)計測点と基準線(図 1,図 2)
使用装置:ムーシールド 4 名
うち,3 名効果なし,1 名切端咬合へ移行.4 名
ともに永久前歯萌出後にあらためて被蓋改善を
行う.
S:Sella
2)混合歯列期に治療を行った症例:32 名
N:Nasion
Or:Orbitale
使用装置:
R:下顎頭の最後縁と Or-R 平面との交点
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴム
O:S から Or-R 平面への垂線の交点
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴム+ F.K.O.
A:Point A
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴム
B:Point B
+上顎補助弾線付き Lingual Arch
2名
Pog:Pogonion
F.K.O.
2名
SN Plane:S と N を結んだ線
上顎前方牽引装置
1名
26 名
1名
Or-R Plane:下顎頭の上縁と Orbitale を結んだ線
Mand.Plane:Mandibular plane. 下顎骨オトガイ部
34
エッジワイズ装置とは,上下四前歯部に 0.018"
の正中断面像の最下点(Menton)か
× 0.025" スロットのスタンダードエッジワイズ
ら下顎下縁へ引いた接線
ブラケットを上下左右側第一大臼歯にバッカル
Ramus Plane:頭蓋底下縁の陰影像が下顎枝後縁
チ ュ ー ブ つ き バ ン ド を 装 着 し,0.012", 0.014",
と交わる点(Articulare)から下顎枝
0.016" SS ラウンドワイヤーにてレベリングを行
後縁へ引いた接線
うと同時に,上顎第一大臼歯フックから下顎側切
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 1 計測点
図 2 基準線
図 3 計測角度
図 4 距離計測
歯遠心に組み込んだループにかけて,一日 12 時
間から 24 時間のⅢ級ゴム使用を指示した.(図
5)また上顎前方牽引装置は上顎口腔内に固定式
装置を装着しチンキャップに組み込んだフックか
らゴムによる牽引を行った.使用時間は終日の使
用を指示.F.K.O は夜間就寝時を中心に使用を指
示した.
3.混合歯列期における第一期治療の平均治療期間
女性 12.2 か月(2 ∼ 31 か月)
男性 11.8 か月(5 ∼ 22 か月)
図 5 エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴム(池ら3)改変)
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
35
36
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
上顎前方牽
引装置
F.K.O
エッジワイ
ズ装置
治療期間
overjet
初診時
初診時
初診時
31 か月
IMPA
ANB
SNA
SNB
下顎骨長
Go angle
R-O
overbite
UISN
IMPA
ANB
表 2 第一期治療による装置別の変化
SNA
SNB
下顎骨長
Go angle
R-O
0.6°(-2 ∼ 4°) 0.4°(-2 ∼ 4°)
-0.1°(-2 ∼ 2°)
4.7mm(0 ∼ 14mm)
-0.8°(-3 ∼ 2°)
0.8mm(0 ∼ 3mm)
1.8°(-1 ∼ 5°) 79.3°(73 ∼ 86°) 77.5°(70 ∼ 85°) 113.7mm(104 ∼ 124mm) 124.1°(115 ∼ 134°) 15.3mm(12 ∼ 18mm)
4.0mm
1.0mm
第一期治療後
-3.0mm
1.0mm
0.0mm
1.0mm
110.0°
3.0°
107.0°
89.0°
-1.0°
90.0°
5.0°
6.0°
-1.0°
83.0°
4.0°
79.0°
0.0°(0°)
78.0°
-2.0°
80.0°
-1.0°(-1°)
2.0mm(2 ∼ 3mm) 110.0°(109 ∼ 111°) 93.0°(89 ∼ 97°) 1.0°(-1 ∼ 3°) 79.0°(77 ∼ 81°) 78.0°(79°)
-6.0°(-11 ∼ -1°) 1.0°(1.0°)
2.5mm(2 ∼ 3mm)
3.0°(2 ∼ 4°)
0.0mm(0mm)
107.0°(105 ∼ 109°) 99.0°(98 ∼ 100°) 0.0°(-2 ∼ 2°) 79.0°(77 ∼ 81°) 79.0°(79°)
2.0mm(2mm)
4.5mm(4 ∼ 5mm)
1.1mm(0mm ∼ 3mm)
0.0°(0°)
0.0mm(0mm)
113.0mm
7.0mm
106.0mm
137.0°
2.0°
135.0°
6.0mm
1.0mm
5.0mm
106.0mm(105 ∼ 107mm) 129.0°(125 ∼ 133°) 17.0mm(16 ∼ 18mm)
0.5mm(0 ∼ 1mm)
105.5mm(105 ∼ 106mm) 129.0°(125 ∼ 133°) 17.0mm(16 ∼ 18mm)
-1.5°(-9 ∼ 1°)
2.3mm(1 ∼ 4mm) 115.6°(108° ∼ 123°) 82.0.°(65° ∼ 102°) -0.9°(-5° ∼ 2°) 79.7°(71° ∼ 90°) 80.6°(75° ∼ 89°) 116.7mm(104 ∼ 125mm) 125.8°(115 ∼ 136°) 16.2mm(12mm ∼ 20mm)
-0.2°(-3° ∼ 3°) 5.0mm(2 ∼ 12mm)
2.4mm(1 ∼ 4mm)
0.9°(-5° ∼ 2°) 0.6°(-1° ∼ 4°)
-2mm(-2mm)
-7.7°(-21° ∼ 0°)
0.1mm(-2 ∼ 2mm) 10.5°(0° ∼ 36°)
4.9mm(2 ∼ 10mm)
-2.5mm(-6 ∼ -1mm) 2.2mm(-6 ∼ -1mm) 105.1°(87 ∼ 116°) 89.7.°(83 ∼ 104°) -1.8°(-7 ∼ 3°) 79.1°(74 ∼ 85°) 80.8°(77 ∼ 89°) 111.7mm(98 ∼ 118mm) 127.3°(115 ∼ 136°) 15.1mm(12 ∼ 18mm)
2.4mm(2 ∼ 4mm) 107.6°(87 ∼ 119°) 88.6°(79 ∼ 96°)
2.6mm(2 ∼ 4mm)
-6.9°(-18 ∼ 0°)
1.1mm(-1 ∼ 3mm) 6.5°(1 ∼ 19°)
4.1mm(3 ∼ 7mm)
-1.5mm(-3 ∼ -1mm) 1.3mm(-1 ∼4mm) 101.1°(86 ∼ 117°) 95.5°(82 ∼ 102°) 1.2°(-2 ∼ 5°) 78.9°(74 ∼ 85°) 77.6°(72 ∼ 86°) 109.0mm(102 ∼ 120mm) 124.9°(115 ∼ 136°) 14.5mm(12 ∼ 17mm)
overjet
変化量
初診時
か月
女性 2名 (2 3.0
∼ 4 か月) 変化量
第一期治療後
1名
UISN
-2.5mm(-6 ∼− 1mm) 2.2mm(1 ∼ 4mm) 105.1°(87 ∼ 116°) 89.7°(83 ∼ 104°) -1.8°(-7 ∼ 3°) 79.1°(71 ∼ 90°) 80.1°(77 ∼ 89°) 111.7mm(98 ∼ 118mm) 127.4°(115 ∼ 136°) 15.1mm(12 ∼ 18mm)
か月
男性 12 名 (5 11.8
∼ 22 か月) 変化量
第一期治療後
女性
overbite
-1.6mm(-3 ∼− 1mm) 1.4mm(-1 ∼ 4mm) 102.1°(86 ∼ 117°) 95.6°(82 ∼ 102°) 1.0°(-2 ∼ 5°) 78.9°(74 ∼ 85°) 77.9°(72 ∼ 86°) 108.6mm(102 ∼ 120mm) 125.8°(115 ∼ 136°) 14.3mm(5 ∼ 18mm)
か月
女性 17 名 (8 12.2
∼ 19 か月) 変化量
第一期治療後
人数
5名
構成咬合者
男性 12 名 8.6 歳(8 ∼ 11 歳)
平均年齢
5名
人数
女性 20 名 7.6 歳(3 ∼ 10 歳)
表 1 初診時の状態
4.第一期治療の治療期間のうち,側切歯未萌出時に
左右中切歯にエッジワイズ装置を装着し,被蓋改善
後,側切歯萌出までの待機期間
要治療群
(左右中切歯は被蓋を保つが叢生等のため治療
が必要と判断した症例)
9 名 女性 7 名 男性 2 名
4.8 か月(2 ∼ 12 か月)
治療不要群
6 名 女性 5 名 男性 1 名
5.第一期治療による装置別の変化(表 2)
8.第一期治療によって被蓋改善を行った 32 症例の
6.第二期治療開始前資料採得時の平均年齢
男女別転帰(表 4)
女性 12.6 か月 (10 ∼ 16 歳)
女性 20 名
男性 15.8 か月 (12 ∼ 18 歳)
再下突群 8 名
被蓋維持群 12 名
7.第一期治療によって被蓋改善を行った 32 症例の
転帰(表 3)
うち要治療群 7 名 治療不要群 5 名
男性 12 名
再下突群 9 名
再下突群 (切端咬合 overjet = 0 を含む)
被蓋維持群 3 名
17 名 女性 8 名 男性 9 名
被蓋維持群
うち要治療群 2 名 治療不要群 1 名
15 名 女性 12 名 男性 3 名
表 3 第一期治療によって被蓋改善を行った 32 症例の転帰
19%
28%
再下突群
53%
要治療群
治療不要群
表 4 第一期治療によって被蓋改善を行った 32 症例の男女別転帰
女性
男性
8%
25%
40%
35%
再下突群
再下突群
17%
要治療群
治療不要群
要治療群
75%
治療不要群
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
37
9.第一期治療後に再度下突咬合を示した症例への対
応(表 5)
12.第一期治療として乳歯列期に治療を開始した症
例の転帰(表 8)
10.第一期治療後に被蓋は維持したものの,要治療
と判断した症例への対応(表 6)
13.第一期治療として上顎前方牽引装置を使用した
症例の転帰(表 9)
11.初診時に構成咬合をとることができた症例の転
帰(表 7)
14. 初診時から第一期治療を経て第二期治療前に至る
被蓋維持群と再下突群別変化(表 10)
表 5 第一期治療後に再度下突咬合を示した症例への対応
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
女性
男性
年齢
10
11
15
13
13
15
16
15
18
18
17
17
15
17
18
15
13
咬合状態
下突咬合+上顎犬歯低位唇側転位
下突咬合+開咬合
下突咬合+側方開咬合
切端咬合
下突咬合+偏位咬合
下突咬合+上顎犬歯低位唇側転位
下突咬合
切端咬合+偏位咬合
下突咬合+上顎犬歯低位唇側転位
下突咬合+偏位咬合
下突咬合+偏位咬合
下突咬合(中切歯切端)+偏位咬合
下突咬合+開咬合
下突咬合+開咬合+偏位咬合
下突咬合(中切歯切端)
下突咬合+偏位咬合+上下叢生歯列
下突咬合
第二期治療治療方針
非外科 / 上下顎左右側第一小臼歯抜歯
外科予定
非外科 / 上下顎左右側第一小臼歯抜歯
非外科 / 治療を望まなかった
外科予定
外科
外科
治療を望まなかった
外科
外科
外科
外科予定
外科
外科予定 / 治療を望まなかった
外科予定 / 治療を望まなかった
外科予定
外科予定
表 6 第一期治療後に被蓋は維持したものの,要治療と判断した症例への対応
1
2
3
4
5
6
7
8
9
女性
男性
年齢
11
10
12
10
11
12
12
12
14
咬合状態
上顎犬歯低位唇側転位
上顎犬歯低位唇側転位+下顎前歯部叢生
上顎犬歯低位唇側転位+下顎前歯部叢生
上顎犬歯低位唇側転位
下顎左右側切歯欠損による空隙歯列
偏位咬合+上顎前歯部叢生歯列
空隙歯列+側切歯交叉咬合
上顎犬歯低位唇側転位
下顎前歯部叢生歯列
第二期治療治療方針
非抜歯
上下顎左右側第一小臼歯抜歯
上下顎左右側第一小臼歯抜歯
上下顎左右側第一小臼歯抜歯
上顎左右側第一小臼歯抜歯
治療せず
非抜歯
非抜歯
治療せず
表 7 初診時に構成咬合をとることができた症例の転帰
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
38
女性
男性
初診時年齢
7
6
9
8
8
9
9
11
9
9
F.K.0. 第二期時年齢
12
○
11
○
11
12
12
15
14
18
15
13
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
咬合状態
正常咬合
正常咬合
下顎左右側切歯欠損による空隙歯列
偏位咬合+上顎前歯部叢生歯列
空隙歯列+側切歯交叉咬合
正常咬合
下顎前歯部叢生歯列
下突咬合(中切歯切端)
下突咬合+偏位咬合+上下叢生歯列
下突咬合
第二期治療治療方針
上顎左右側第一小臼歯抜歯
治療せず
非外科 / 非抜歯
治療せず
外科的骨切り術予定 / 治療を望まなかった
外科的骨切り術予定
外科的骨切り術予定
表 8 第一期治療として乳歯列期に治療を開始した症例の転帰
初診時年齢 第二期時年齢 咬合状態
1
2
女性
3
8
男性
第二期治療治療方針
3
12
正常咬合
4
10
上顎犬歯低位唇側転位+下顎前歯部叢生
上下顎左右側第一小臼歯抜歯
4
11
下突咬合+開咬合
外科的骨切り術予定
7
17
下突咬合+偏位咬合
外科的骨切り術
表 9 一期治療として上顎前方牽引装置を使用した症例の転帰
1
女性
初診時年齢
第一期治療期間
7
31 か月
第二期時年齢 咬合状態
下突咬合
16
第二期治療治療方針
上下顎左右第一小臼歯抜歯+外科的骨切り術
察を行っているが,今回第一期治療として被蓋改善を
Ⅳ.考察
行った 53 名の下突咬合者のうち,12 名がその転帰を
見届けること無く,保定期間中に来院が途切れた.ハ
1.第一期治療に関して
ガキや電話で受診を促すが,来院は叶わず,確認でき
当院における歯科矯正治療における目標は,永久歯
た来院できない主な理由として「塾やクラブ活動によ
列期において,整然とした歯並びと一歯対二歯の緊密
る多忙」が挙げられた.最終来院時の咬合を口腔内写
な咬合,閉唇時の安寧な口唇状態を獲得することであ
真から確認すると,1 名が切端咬合を呈していたが,
り,通常矯正治療は,永久歯列完成を待って開始す
それ以外の 11 名は正被蓋を保っていることから,咬
る.その中で,第一期治療を行う場合は,下記の場合
合に問題なしとの認識のもと,定期の保定観察受診が
に限定される.
負担となり,上記の理由と相まって,来院が中断した
ものと思われる.来院中断時の平均年齢も,中学入学
① 永久歯列での治療(第二期治療)が不要になる場
時期と前後している.前歯部被蓋の状態は一般の方で
も簡単に視認出来る事から,再び下突を呈した場合は
合や治療が簡単になる場合
② 治療しないと歯や歯周組織に悪影響があると考え
再度受診される可能性もあるが,再下突者の第二期治
療を行う場合,下顎骨の成長が終了していることが前
られる場合
③ 咬合上の機能的な観点から早期の改善が必要な場
合
提である.定期の側方 X 線規格写真撮影を行ってい
ない患者に対しては,年齢によっては成長発育終了の
④ 患者やその保護者の心理的救済が必要な場合
確認のため,再受診から一定の期間を必要とする場合
も考えられることから,患者とその保護者に対して,
従って永久歯列完成までに時間的猶予がある,混合
定期検査の意義について,十分な説明を行い,特に中
歯列期における下突咬合の患者には,上記の条件に照
学入学前後には,相互の状況理解のもと,定期の受診
らし合わせ,将来の再下突の可能性も含めて説明を行
率を上げるべく努力したい.
い,保護者にも同意の上で,第一期治療として被蓋改
善を行っている.
2)第一期治療に関して(表 2)
32 名すべてにおいて被蓋を改善したが,そのうち
29 名において,エッジワイズ装置とⅢ級ゴムによる
2.第一期治療における評価
治療を行った.
治 療 に お け る 変 化 の う ち, 歯 性 の 変 化 と し て
1)来院中断群に関して(表 11)
当院では,被蓋改善後に 4 ∼ 6 か月の間隔で保定観
U1SN: 女 性 6.5°(1.0° ∼ 19.0°), 男 性 10.5°(0.0° ∼
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
39
40
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
男性
女性
再下突群
被蓋w維持群
再下突群
被蓋維持群
初診からの変化量
第二期治療時
第一期治療後の変化量
1.9mm(1 ∼ 3mm)
0.1mm(-1 ∼ 2mm)
-0.1mm(-3 ∼ 3mm)
16.4 歳(13 ∼ 18 ヶ歳) -2.1mm(-5 ∼ 0mm)
-2.7mm(-6 ∼ 0mm)
-0.9mm(-3 ∼ 1mm)
3.2°(-9 ∼ 19°)
87.6°(79 ∼ 93°)
-7.8°(-18 ∼ 0°)
95.4.°(88° ∼ 102°)
-4.8°(-12 ∼ 2°)
90.9.°(80° ∼ 100°)
0.9°(- 7∼ 12°)
-5.4°(-7 ∼ -2°)
93.7°(84° ∼ 104°)
IMPA
-4.6°(-13 ∼ 3°)
2.4°(-1 ∼ 8°)
8.8°(-2 ∼ 23°)
-1.0°(-4 ∼ 1°)
-0.3°(-1 ∼ 0°)
-0.7°(-4 ∼ 1°)
2.0°(1 ∼ 2°)
-2.7°(-7 ∼ 0°)
ANB
15.1mm(7mm ∼ 27mm)
3.6°(1 ∼ 7°)
11,3mm(5 ∼ 21mm)
79.8°(74 ∼ 86°) 77.0°(71 ∼ 85°) 114.3mm(104 ∼ 124mm)
SNB
3.0°(0 ∼ 6°)
下顎骨長
16.1mm(6 ∼ 28mm)
2.0mm(1 ∼ 3mm)
2.8mm(1mm ∼ 4mm)
0.8mm(0 ∼ 3mm)
1.0mm(0 ∼ 3mm)
Or-R
1.8mm(0 ∼ 4mm)
1.0mm(0 ∼ 2mm)
13.0mm(4 ∼ 18mm)
1.6°(-2 ∼ 4°)
17.3mm(13 ∼ 20mm)
5.2mm(2 ∼ 11mm)
19.1mm(5 ∼ 30mm)
-.2.6°(-7 ∼ -0°) 1.4°(0 ∼ 4°)
4.2°(0 ∼ 7°)
24..3mm(12 ∼ 33mm)
-4.0°(-7 ∼ -1°) 81.5°(73 ∼ 90°) 85.7°(78° ∼ 91°) 135.6mm(116 ∼ 148mm)
4.4°(1 ∼ 7°)
80.3°(72 ∼ 90°) 81.3°(77° ∼ 89°) 116.4mm(104 ∼ 125mm)
0.2°(− 1 ∼ 2°) -0.2°(-1 ∼ 1°)
80.1°(73 ∼ 90°) 81.5°(77° ∼ 89°) 111.2mm(98 ∼ 118mm)
3.3°(0 ∼ 5°)
79.3°(72 ∼ 84°) 80.3°(76° ∼ 83°) 130.3mm(127 ∼ 135mm)
2.0°(1 ∼ 4°)
3.7mm(2 ∼ 5mm)
1.1mm(0 ∼ 3mm)
1.4mm(0 ∼ 4mm)
-3.1°(-9 ∼ 2°)
2.5mm(0 ∼ 5mm)
126.8°(115° ∼ 135°) 17.2mm(12 ∼ 21mm)
-1.5°(-5 ∼ 1°)
128.3°(119° ∼ 136°) 15.8mm(12 ∼ 21mm)
-1.6°(-9 ∼ 1°)
129.9°(120° ∼ 136°) 14.7mm(12 ∼ 18mm)
-1.6°(-4 ∼ 0°)
116.7°(114° ∼ 118°) 20.0mm(20mm)
2.7mm(0 ∼ 4mm)
-0.6°(-4 ∼ 3°)
-1.0°(-3 ∼ 0°)
118.3°(115° ∼ 122°) 16.3mm(15 ∼ 18mm)
Go angle
-1.4°(-9 ∼ 2°)
124.6°(116 ∼ 137°) 14.4mm(6 ∼ 18mm)
-1.3°(-9 ∼ 1°)
125.9°(115 ∼ 137°) 13.4mm(6 ∼ 17mm)
-0.1°(-2 ∼ 2°)
126.0°(115 ∼ 135°) 12.6mm(5 ∼ 17mm)
-2.3°(-9° ∼ 0°)
123.3°(116 ∼ 133°) 18.2mm(15 ∼ 20mm)
-1.5°(-6 ∼ 0°)
1.7°(0 ∼ 4°)
4.3mm(2 ∼ 9mm)
0.8mm(0 ∼ 3mm)
124.8°(116 ∼ 133°) 16.2mm(12 ∼ 18mm)
-0.8°(-3 ∼ 2°)
117.3°(115° ∼ 122°) 17.3mm(16 ∼ 20mm)
-0.4°(-2 ∼ 1°)
R-O
125.6°(118 ∼ 136°) 15.4mm(12 ∼ 18mm)
Go angle
77.6°(71 ∼ 82°) 78.3°(75° ∼ 81°) 117.3mm(112 ∼ 123mm)
1.6°(0 ∼ 4°)
76.0°(71 ∼ 79°) 78.7°(78° ∼ 80°) 113.0mm(110 ∼ 115mm)
SNA
-.3.0°(-6 ∼ 0°) 1.2°(-1 ∼ 4°)
-1.0°(-5 ∼ 2°)
0.4°(-1 ∼ 2°)
-1.4°(-4 ∼ 3°)
-5.5°(-13 ∼ 4°)
1.6°(-1 ∼ 4°)
1.3°(− 2 ∼ 4°) -0.6°(− 2 ∼ 2°) 4.8mm(1 ∼ 8mm)
-1.4°(− 4 ∼ 1°) 1.6°(0 ∼ 4°)
88.3°(83° ∼ 101°)
115.6°(108° ∼ 122°) 82.8°(72° ∼ 90°)
11,0mm(5 ∼ 19mm)
-0.5°(− 3 ∼ 3°) 80.1°(75 ∼ 87°) 80.6°(74° ∼ 88°) 125.6mm(111 ∼ 138mm)
1.7°(0 ∼ 2°)
2.9°(-8 ∼ 21°)
1.0°(-2 ∼ 4°)
-3.3°(− 7 ∼ 1°) 0.3°(-1 ∼ 2°)
2.8°(0 ∼ 5°)
1.9°(0 ∼ 6°)
-3.0°(-8 ∼ 1°)
-8.4°(-21 ∼ -0°)
1.2°(-1 ∼ 4°)
80.1°(74 ∼ 85°) 79.3°(71° ∼ 86°) 123.0mm(112 ∼ 137mm)
0.8°(-1 ∼ 2°)
0.9°(− 1 ∼ 5°) 78.5°(73 ∼ 85°) 77.6°(73 ∼ 85°) 109.5mm(102 ∼ 120mm)
-0.3°(-4 ∼ 4°)
0.8°(-2 ∼ 5°)
-0.5°(-2 ∼ 2°)
1.3°(− 1 ∼ 4°) 79.3°(74 ∼ 84°) 77.7°(70 ∼ 86°) 112.0mm(105 ∼ 121mm)
115.5°(108° ∼ 123°) 79.9°(65° ∼ 89°)
8.7°(0 ∼ 36°)
106.8°(87° ∼ 116°)
11.0°(6 ∼ 21°)
下顎骨長
90.0.°(80° ∼ 97°)
111.0°(110° ∼ 112°) 90.7°(76° ∼ 102°)
-3.7°(-8 ∼ -1°)
SNB
0.2°(− 2 ∼ 4°) 0.2°(− 2 ∼ 3°) -0.4°(− 2 ∼ 1°) 4.1mm(0 ∼ 11mm)
114.7°(112° ∼ 118°) 88.3°(77° ∼ 102°)
14.7°(7 ∼ 23°)
100.0°(91 ∼ 105°)
UISN
7.3°(0 ∼ 13°)
SNA
1.1°(− 2 ∼ 5°) 79.1°(75 ∼ 84°) 78.1°(70 ∼ 86°) 107.9mm(102 ∼ 115mm)
ANB
-5.7°(-14 ∼ 0°)
95.7.°(82° ∼ 102°)
IMPA
110. 6°(100° ∼ 117°) 90.8.°(80° ∼ 103°)
-4.2mm(-7 ∼ -1mm) -2.8mm(-5 ∼ -1mm) 0.1°(-13 ∼ 12°)
2.1mm(1 ∼ 3mm)
第一期治療後
10.6 歳(10 ∼ 12 歳)
4.1mm(2 ∼ 7mm)
-2.0mm(-5 ∼ -1mm) 1.8mm(1 ∼ 3mm)
初診時
第一期治療による変化量
6.3mm(5 ∼ 8mm)
-1.7mm(-2 ∼ 0mm)
2.3mm(2 ∼ 3mm)
-1.0mm(-2 ∼ 0mm)
3.3mm(2 ∼ 4mm)
-0.7mm(-2 ∼ 1mm)
初診からの変化量
9.6 歳(9 ∼ 11 歳)
2.3mm(2 ∼ 3mm)
第二期治療時
13.7 歳(12 ∼ 15 歳)
-1.0mm(-2 ∼ 0mm)
第一期治療後の変化量
3.3mm(2 ∼ 4mm)
第一期治療後
9.6 歳(9 ∼ 10 歳)
overbite
-1.2mm(-2 ∼ 0mm)
-4.0mm(-6 ∼ -3mm) 4.0mm(3 ∼ 5mm)
overjet
7.3mm(5 ∼ 10mm)
8.7 歳(8 ∼ 9 歳)
年齢
0.5mm(0 ∼ 2mm)
第一期治療による変化量
初診時
初診からの変化量
-0.5mm(-2 ∼ 1mm)
-1.0mm(-3 ∼ 0mm)
13.6 歳(10 ∼ 16 歳)
第二期治療時
107.0(87 ∼ 119°)
3.8°(98 ∼ 117°)
-3.1mm(-5 ∼ -2mm) -2.5mm(-5 ∼ -1mm) 2.8°(-3 ∼ 9°)
2.0mm(1 ∼ 3mm)
1.3mm(-1 ∼ 3mm)
103.2°(96° ∼ 108°)
8.6°(-1 ∼ 24°)
110.2°(93° ∼ 116°)
1.5°(-10 ∼ 10°)
108.7°(87 ∼ 119°)
7.1°(0 ∼ 19°)
101.6°(86 ∼ 117°)
UISN
第一期治療後の変化量
2.1mm(1 ∼ 4mm)
第一期治療後
8.2 歳(4 ∼ 10 歳)
3.6mm(3 ∼ 5mm)
第一期治療による変化量
-1.5mm(-3 ∼ -1mm) 0.7mm(-1 ∼ 2mm)
8.0 歳(6 ∼ 10 か月)
初診時
0.2mm(-3 ∼ 1mm)
3.6mm(2 ∼ 5mm)
2.0mm(1 ∼ 3mm)
-0.6mm(-2 ∼ 0mm)
2.6mm(2 ∼ 4mm)
0.8mm(-1 ∼ 2mm)
初診からの変化量
1.9.mm(1 ∼ 3mm)
第二期治療時
12.0 歳(10 ∼ 16 歳)
-0.9mm(-3 ∼ 1mm)
第一期治療後の変化量
2.8mm(2 ∼ 4mm)
第一期治療後
8.2 歳(4 ∼ 10 歳)
overbite
-1.7mm(-3 ∼ -1mm) 1.8mm(1 ∼ 4mm)
4.5mm(3 ∼ 7mm)
7.3 歳(3 ∼ 9 歳)
overjet
第一期治療による変化量
初診時
年齢
表 10 初診時から第一期治療を経て第二期治療前に至る被蓋維持群と再下突群別変化
36.0°).IMPA: 女 性 -6.9°(-18.0° ∼ 0.0°). 男 性 -7.7°
(-21.0° ∼ 0.0°)の変化がそれぞれ認められた.一方,
いて,側切歯萌出を待って,第一期治療を開始するこ
とで,治療期間の短縮を図っている.
顎 関 係 の 変 化 に つ い て SNA: 女 性 0.4°(-2.0° ∼
4.0°), 男 性 0.6°(-1.0° ∼ 4.0°),SNB: 女 性 -0.1°
3)第一期治療後の転帰(表 3)
(-2.0° ∼ 2.0°),男性 -0.2°(-3.0° ∼ 3.0°).ANB:女性:
第一期治療にて,被蓋改善を行った 32 名のうち,
0.6°(-2.0° ∼ 4.0°),男性 0.9°(-5.0° ∼ 2.0°)という増
下突咬合に復した症例は 17 名(53%女性 8 名,男性
減が認められた.混合歯列期における反対咬合症例に
9 名)であった.一方,被蓋を保った 15 名のうち,
対するエッジワイズ装置とⅢ級ゴムの併用による治療
叢生等のために第二期治療が必要と判断した要治療群
法の治療効果を検討した池ら は,歯性の変化に加え
は,9 名(28%女性 7 名,男性 2 名),また第二期治
上顎歯槽基底の前方への移動と下顎歯槽基底の相対的
療の必要がないと判断した治療不要群は 6 名(19%女
な後方への移動によって,顎関係と被蓋の改善が生じ
性 5 名,男性 1 名)であった.
3)
ると述べている.今回の調査結果においても同様の傾
男女別にみると,男性において再下突を呈する傾向
向が認められたが,変化量から判断して,当院におけ
が強く認められた.女性の第一期治療後における再下
る第一期治療における被蓋改善は主として上下前歯部
突群が 40%を示したのに対して,男性は 75%が再下
における歯軸の変化によってなされたと考える.
突を示した(表 4).また,再下突群のうち,女性 8
また,32 名中構成咬合の採得が可能であった 10 名
名中 4 名,男性 9 名中 9 名が外科的骨切り術の併用が
のうち,2 名においては,F.K.O. を使用した.短期間
必要と判断した(表 5).一方,被蓋を維持したもの
で,SNB:女性 -1.0° という変化が認められたが,こ
の,要治療と判断した要治療群は,女性 7 名中 4 名を
れは上下前歯部の早期接触により,前方位置にて咬合
小臼歯抜歯にて,2 名を非抜歯にて治療した.また男
していた下顎骨が,早期接触の解除によって,後方の
性 2 名中 1 名を非抜歯にて治療した.なお,これら要
中心位に位置したことによる.
治療群は成長発育終了前に第二期治療を開始した症例
一方,女性 1 名に上顎前方牽引装置を使用したが,
この症例において,SNA:4.0°SNB:-2.0°ANB:6.0° と
いう最も大きな顎関係の改善が認められた.
もあるが,治療後,保定中を通じて再下突を呈した症
例は認められなかった(表 6).
また,初診時に構成咬合を採得することができた症
第一期治療の治療期間に関して,今回の調査から,
例は,女性 20 名のうち 5 名,男性 12 名のうち 5 名で
上顎側切歯が未萌出の状態で第一期治療治療を開始し
あった.通常構成咬合を採得することができる下突咬
た症例のうち,側切歯萌出までの待機時間が平均 4.8
合症例は,歯性による機能的な前歯部交叉咬合症例で
か月(2 ∼ 12 か月)であった.可及的に短期間で第
あることから,比較的予後も安定するとされる.今回
一期治療を終了し,患者の負担を軽減する必要がある
の調査においても女性 5 名のうち,2 名を F.K.O. にて
と思われることから,現在は前歯部早期接触による下
治療を行い,治療期間は平均 3 か月であった.5 名の
顎前歯部の歯肉退職などの問題が認められる場合を除
うち 2 名が正常咬合(F.K.O 使用 1 名),2 名が空隙歯
表 11 来院中断群に関して
番号
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
性別
女性
男性
被蓋改善後管理期間
41
27
22
34
65
51
4
31
30
14
22
8
脱落時年齢
11
13
14
12
14
13
14
12
12
11
11
15
脱落時咬合
正常咬合+欠損歯列
Ⅰ級叢生
被蓋はあるがⅢ級咬合
被蓋はあるがⅢ級咬合
正常咬合
切端咬合+上顎叢生+偏位咬合
正常咬合
被蓋はあるが片側Ⅲ級
被蓋はあるがⅢ級咬合
正常咬合
被蓋はあるがⅢ級咬合
被蓋はあるがⅢ級咬合
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
41
列(F.K.O 使用 1 名),1 名が叢生歯列の転帰を辿り,
80.0° から 78.0° まで 2.0° 減少したことから,ANB-1.0°
再度下突咬合を呈する者は認められなかった.一方,
から 5.0° と本調査において最も大きな顎関係の改善
男性においては,5 名中 1 名が正常咬合,1 名が叢生
6.0° が認められた.しかし,経時的に再下突に復した
歯列,3 名が再度下突咬合を呈した(表 7).今回の調
ことから,第二期治療として,上下小臼歯抜歯に外科
査において,初診時に構成咬合をとることができた女
的骨切り術を併用した治療にて対応した.
性 5 名中 5 名,男性 5 名中 2 名が,被蓋を維持したこ
とから,構成咬合者は治療後の被蓋維持に有利といえ
4)初診時から第一期治療を経て第二期治療開始前に
るものの,男性 5 名中 3 名が下突咬合に復し,第二期
いたる被蓋維持群と再下突群の各計測項目の変化
治療方針はいずれも外科的骨きり術併用の状態を呈し
第一期治療にて被蓋改善を行い,被蓋を維持した被
たことから,初診時に構成咬合を採得することができ
蓋維持群とその後再度下突咬合に復した再下突群との
たとしても,必ずしも将来の被蓋維持の担保足り得な
差異の評価を側方 X 線規格写真トレース分析にて行っ
いと言える.
た(表 10).この資料採得を行った第二期治療採得時
一方,乳歯列期に治療を開始した 4 名(女性 3 名,
において,特に被蓋維持群のうち治療が必要と判断し
男性 1 名)に関しては,すべてムーシールドの夜間を
た症例に関しては,完全に成長発育が終了する前に,
中心とした在宅時の使用を指示したところ,女性 1 名
それまでの経過から判断して治療を開始したものもあ
が切端咬合の位置まで改善したが,3 名は被蓋改善に
ることから,女性:被蓋維持群 12.0 歳(10 ∼ 16 歳),
至らず,4 名ともに永久前歯萌出後に前歯部交叉咬合
再 下 突 群 13.6 歳(10 ∼ 16 歳 ), 男 性: 被 蓋 維 持 群
を呈したために,再度エッジワイズ装置とⅢ級ゴムに
13.7 歳(12 ∼ 15 歳 ), 再 下 突 群 16.4 歳(13 ∼ 18 ヶ
よる被蓋改善を行った.その結果,ムーシールドにお
歳)と,再下突群にくらべて比較的早期に資料を採得
いて切端咬合を呈した女性は,永久歯列完成後に正常
している.但し,被蓋維持群において第二期治療を
咬合を獲得したものの,上下前歯部に叢生が生じたこ
行った,いずれの症例に関しても治療後に再下突を示
とから,上下左右側第一小臼歯抜歯にて治療を行っ
した症例はなかった.
た.また,ムーシールドにおいて被蓋改善に至らな
かった女性 2 名中 1 名は,第一期治療後に被蓋を保っ
a)overjet に関して
たものの,1 名は再下突咬合と開咬合を呈し,外科的
骨きり術の適用となった.一方乳歯列時に治療を開始
した 1 名の男性も,再度下突咬合かつ偏位咬合を呈
し,外科的骨きり術の適用となった.(表 8)現在,
下突咬合の治療において早期に行えば行うほど効果的
であるという意見が散見される.今回の調査におい
overjet
4
3
2
1
0
-1
て,乳歯列期に治療を開始したものの,その時期に被
-3
蓋を改善した症例が存在しないために,その効果を検
-5
討することは出来なかった.下突咬合者者に対する乳
初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
-2
-4
被蓋維持群 女性
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
再下突群 男性
歯 列 に お け る 治 療 の 予 後 に つ い て, 北 浦 ら4) は
22.8%,坂井5)は約 50%,種市6)は 56.7%において,
初診時の overjet は,女性被蓋維持群:-1.7mm(-3
成長の過程において再下突を呈したと報告している.
∼ -1mm)再下突群 -1.5mm(-3 ∼ -1mm),男性被蓋
従って乳歯列期における早期治療については,その効
維 持 群: 男 性:-4.0mm(-6 ∼ -3mm), 再 下 突 群
果とともに意見が分かれている.当院において,萌出
-2.0mm(-5 ∼ -1mm)であり,男女ともに再下突群は
する永久前歯部に捻転や遠心傾斜等の問題が生じる可
被蓋維持群にくらべて overjet が少ない.一方 , 女性の
能性もあるために,現在は乳歯列期における下突咬合
overjet は被蓋維持群と再下突群において大きな差異は
の第一期治療は基本的には行っていない.
認められないが,男性においては,被蓋維持群がより
今回 1 名の症例において,上顎前方牽引装置を使用
大きなマイナス overjet を示した.全群ともに第一期
した.装置の効果に関して,自然成長に比べて有意に
治療において,overjet は増大し,マイナスからプラス
上顎部の前方成長が生じることが報告 されている
に転じたが,男女ともに被蓋維持群の方がより大きな
が, 同 様 に,SNA79.0° か ら 83.0° へ 4° 増 加 し,SNB
overjet を示した.その後,第二期治療前にかけて,す
7)
42
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
べての群において overjet は減少を示したが,その減
少量は再下突群において勝っていた.
初診時 U1SN は,女性:被蓋維持群 101.6°(86 ∼
117°)再下突群 103.2°(96° ∼ 108°),男性:被蓋維持
群 100.0°(91 ∼ 105°)再下突群 106.8°(87° ∼ 116°)
と男性において再下突群は初診時の上顎中切歯の唇側
b)Overbite に関して
傾斜傾向が認められた.その後第一期治療において,
overbite
5
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
被蓋改善のために上顎中切歯の唇側傾斜を行ったこと
から,男女ともに,U1SN は増大している.その後,
第一期治療後の変化において,最も唇側傾斜量が大き
初診時
第一期治療終了時
かった被蓋維持群の男性のみ,U1SN が減少した.た
第二期治療開始前
だし,個別の症例に目を向けると再下突群の男女にお
いても U1SN が減少した症例が認められた.
被蓋維持群 女性
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
一般開業医が取り組みにくい下突咬合者として上顎
再下突群 男性
前歯部の唇側傾斜症例は骨格性反対咬合の要素を持
つ8)とされているが,第一期治療後の転帰から判断す
初診時の overbite は,女性被蓋維持群:1.8mm(1
∼ 4mm)再下突群 0.7mm(-1 ∼ 2mm),男性被蓋維
ると,再下突群は平均 U1SN が大きく,その傾向は女
性にくらべて男性に顕著であった.
持群:男性:4.0mm(3 ∼ 5mm),再下突群 1.8mm(1
∼ 3mm)であり,男女ともに再下突群は被蓋維持群
d)IMPA に関して
にくらべて overbite が少ない.その後,男女ともに,
IMPA
第一期治療において,overbite は被蓋維持群において
減少し,再下突群は増加傾向を示した.この再下突群
の overbite 増大の理由として,第一期治療において,
100
95
overbite が少ない症例に関しては,Ⅲ級ゴムの使用に
90
加え,前歯部 up & down ゴムの使用を指示した結果
80
と思われる.
また,第一期治療後においては,overbite は全ての
群において減少を示したが,その減少量は男女いずれ
85
75
70
初診時
被蓋維持群 女性
第一期治療終了時
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
第二期治療開始前
再下突群 男性
も再下突群において大きかった.
なお,overbite が十分にある症例は歯性反対咬合の
初診時の IMPA は女性:被蓋維持群 95.7.°(82° ∼
要素を持つ8)ことから一般開業医が取り組みやすい下
102°),再下突群 95.4.°(88° ∼ 102°)と大きな差異は
突咬合者としてされているが,第一期治療後の転帰か
認められず,男性:被蓋維持群 93.7°(84° ∼ 104°)再
ら判断すると,被蓋維持群は平均 overbite が大きく,
下突群:88.3°(83° ∼ 101°)では,再下突群において
その傾向は女性にくらべて男性に顕著であった.
下顎前歯部の舌側傾斜が顕著に認められた.その後,
男女ともに,第一期治療において,IMPA 値は減少し
ている.これは被蓋改善のために,下顎中切歯の舌側
c)U1SN に関して
傾斜を行ったことによる.第一期治療儀の変化とし
U1SN
て,総体的には増加傾向を示し,その増加量は男女と
120
115
もに再下突群において大きかった.但し,それぞれの
110
群の男女において,IMPA が減少した症例も存在した.
また第二期治療前の IMPA をみると,初診時と同様
105
100
に,女性:被蓋維持群 90.9.°(80° ∼ 100°),再下突群
95
90
90.8.°(80° ∼ 103°)と大きな差異は認められず,男
初診時
被蓋維持群 女性
第一期治療終了時
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
第二期治療開始前
再下突群 男性
性: 被 蓋 維 持 群 90.7°(76° ∼ 102°) 再 下 突 群:82.8°
(72° ∼ 90°),と再下突群において下顎前歯部の舌側
傾斜が顕著に認められた.
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
43
る.ただし,第一期治療において SNA が減少した症
例が存在した.これは,上顎骨が後退したわけではな
e)ANB に関して
く,主として上顎骨の下方成長に加え,N 点を含む
ANB
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
前頭骨と鼻骨の前方成長による幾何学的要因である.
一方,第一期治療からの SNA の変化量として,全
ての群で増加傾向を示し,第二期治療前では,女性被
初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
蓋維持群 80.1°(74 ∼ 85°)再下突群 80.1°(75 ∼ 87°)
と差異は認められず,男性:被蓋維持群 79.3°(72 ∼
84°) 再下 突 群 80.3°(72 ∼ 90°) と 全 て の 群 に お い
被蓋維持群 女性
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
再下突群 男性
て,大きな差異は認められなかった.
g)SNB に関して
初診時において,女性被蓋維持群:1.1°(-2 ∼ 5°)
再下突群:0.9°(-1 ∼ 5°)男性被蓋維持群:-2.7°(-7
∼ 0°)再下突群:-1.4°(-4 ∼ 3°)と,男性の ANB が
小さい傾向が認められた.一方,女性においては両群
に顕著な際は認められず,男性においては,再下突群
でより大きい値を示す傾向が認められた.
第一期治療の結果,ANB は増加傾向を示した.中
には ANB が減少した症例も存在したが,おしなべて
平均値からは第一期治療において顎関係の改善がなさ
SNB
88
86
84
82
80
78
76
74
72
初診時
被蓋維持群 女性
第一期治療終了時
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
第二期治療開始前
再下突群 男性
れたことが示された.
第一期治療後においていずれの群の男女において,
初診時 の状態から 女性: 被蓋維持群 78.1°(70 ∼
ANB は減少傾向を示し,男女ともに再下突群におい
86°)再下突群 77.6°(73 ∼ 85°)と大きな差異は認め
て,減少量が顕著に大きい傾向が認められた.
られず,男性:被蓋維持群 78.7°(78° ∼ 80°)再下突
f)SNA に関して
が大きい傾向が認められた.
群 81.5°(77° ∼ 89°)と男性において再下突群の SNB
88
86
84
82
80
78
76
74
72
その後,第一期治療の結果,SNB の平均値は全て
SNA
の群で減少していることから,構成咬合者における下
顎骨自体の時計方向への回転に加え,下顎前歯部の舌
側移動の結果,下顎歯槽部の後方への移動が生じた可
能性がある.ただし,第一期治療において SNB が増
加した症例も存在した.
初診時
被蓋維持群 女性
第一期治療終了時
被蓋維持群 男性
第二期治療開始前
再下突群 女性
再下突群 男性
その後,第一期治療後の変化において,全ての群に
おいて増加傾向を示し,
女 性 被 蓋 維 持 群:79.3°(71° ∼ 86°) 再 下 突 群:
80.6°(74° ∼ 88°) 男 性 被 蓋 維 持 群:80.3°(76° ∼
初診時では,女性:被蓋維持群 79.1°(75 ∼ 84°)
83°)再下突群:85.7°(78° ∼ 91°)といずれも,再下
再下突群 78.5°(73 ∼ 85°)と大きな差異は認められ
突群において,SNB が大きい傾向が認められた.特
ず, 男 性: 被 蓋 維 持 群 76.0°(71 ∼ 79°) 再 下 突 群
に第一期治療後の変化量に関して,男女ともに再下突
80.1°(73 ∼ 90°)と男性において再下突群の SNA が
群において,より大きな増加量が認められた.
大きい傾向が認められた.
男女ともに,第一期治療の結果,SNA の平均値は
増加していることから,上顎前歯部の唇側傾斜に伴
い,上顎歯槽部の前方への移動が生じた可能性があ
44
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
126°)再下突群:129.9°(120° ∼ 136°)と,大きな差
h)下顎骨長に関して
異が認められた.
下顎骨長
男女ともに,第一期治療の結果,Go angle すべての
140
群において総体的に減少を示した.ただし,女性の両
135
130
群と男性再下突群において,増加を示した症例が認め
125
られたが,この変化と第一期治療の関連は不明であ
120
115
る.
110
105
また,第一期治療後もすべての群において総体的に
100
初診時
被蓋維持群 女性
第一期治療終了時
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
減少を示したが,一期治療からの増加を示した症例
第二期治療開始前
再下突群 男性
も,男女ともに再下突群に認められた.
第二期治療前においては,初診時と同様に,女性被
初診時において,女性被蓋維持群:107.9mm(102
蓋維持群:123.3°(116 ∼ 133°)再下突群:124.6°(116
∼ 115mm) 再 下 突 群:109.5mm(102 ∼ 120mm) 男
∼ 137°)と大きな差異は認められず,男性被蓋維持
性被蓋維持群:113.0mm(110 ∼ 115mm)再下突群:
群:116.7°(114° ∼ 118°) 再 下 突 群:126.8°(115° ∼
111.2mm(98 ∼ 118mm)と,女性においては下突群
135°)と大きな差異が認められた.
が大きく,男性においては被蓋維持群が大きい傾向を
示した.
j)R-O に関して
第一期治療の結果,下顎骨長は F.K.O. にて,短期
間に被蓋改善を行った女性被蓋維持群 2 例を除いて増
加を示したが,この変化と第一期治療の関連は不明で
ある.
R-O
22
20
18
また,第一期治療後は全群ともに,下顎骨長の増加
が認められたが,その増加量は男性において大きく,
男女ともに再下突群の増加量が大きい傾向にあった.
16
14
12
10
初診時
第 二 期 治 療 前 の 状 態 で は, 女 性 被 蓋 維 持 群:
被蓋維持群 女性
123.0mm(112 ∼ 137mm) 再 下 突 群:125.6mm(111
第一期治療終了時
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
第二期治療開始前
再下突群 男性
∼ 138mm) 男 性 被 蓋 維 持 群:130.3mm(127 ∼
135mm)再下突群:135.6mm(116 ∼ 148mm)と,男
初 診 時 で は, 女 性 被 蓋 維 持 群:15.4mm(12 ∼
女ともに再下突群が大きな値を示し,男性においてよ
18mm)再下突群:12.6mm(5 ∼ 17mm)男性被蓋維
り大きな差を示した.
持群:16.3mm(15 ∼ 18mm)再下突群:14.7mm(12
∼ 18mm))と,男女ともに被蓋維持群が小さい値を
示し,男女別では女性においてより小さい値を示し
I)Go angle に関して
た.その後,すべての群において,総体的に増加を示
Go angle
したが,変化量が 0mm という症例もすべての群にお
135
いて存在したが,この変化と第一期治療の関連は不明
130
である.
125
また,第一期治療後の変化量として,すべての群に
120
おいて総体的に増加を示したが,被蓋維持群の女性以
115
110
外の群に,初診時より変化 0mm という症例が存在し
初診時
被蓋維持群 女性
第一期治療終了時
被蓋維持群 男性
再下突群 女性
た.
第二期治療開始前
再下突群 男性
第 二 期 治 療 前 の 状 態 で は, 女 性 被 蓋 維 持 群:
18.2mm(15 ∼ 20mm) 再 下 突 群:14.4mm(6 ∼
初 診 時 か ら, 女 性 被 蓋 維 持 群:125.6°(118 ∼
18mm)男性被蓋維持群:20.0mm(20mm)再下突群:
136°)再下突群:126.0°(115 ∼ 135°)と大きな差異
17.2mm(12 ∼ 21mm)と,男女ともに被蓋維持群が
は 認 め ら れ ず, 男 性 被 蓋 維 持 群:119.7°(115° ∼
小さい値を示し,男女別では女性においてより小さい
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
45
値を示した.また,初診時からの変化量として,女性
をとって変えて行くために,上下顎骨の成長の調和に
被蓋維持群:2.8mm(1mm ∼ 4mm)再下突群:1.8mm
とって重要という意見8)もある.被蓋維持群において
(0 ∼ 4mm)男性被蓋維持群:3.7mm(2 ∼ 5mm)再
は,結果からそのように敷衍して述べる事は可能であ
下突群:2.5mm(0 ∼ 5mm)となり,初診時に小さい
るが,正常な被蓋関係獲得後にバランスをとれなかっ
値をとる再下突群において,増加量が少ない傾向が認
た再下突群が存在する事から,一般論として語る事は
められた.
出来ないと考える.
5)被蓋維持群,再下突群における計測項目の差異に
ともにより大きな成長量を示し,特に男性において,
関して
下顎骨長が顕著に大きい症例が存在した.また,下顎
次に,下顎骨長においては,再下突群において男女
被蓋維持群,再下突群のいずれも第一期治療におい
骨の形態において,混合歯列期の下突咬合者にスプリ
て,主として上顎前歯部の唇側傾斜と下顎前歯部の舌
ントタイプの拡大床と上顎前方牽引装置を併用して,
側傾斜により,正被蓋を獲得したが,第二期治療前ま
被蓋改善を行い,その後の転帰を調査した INAMI9)
での変化として,最も唇側傾斜量が大きかった被蓋維
は,再下突を示した患者群の特徴として,開大した下
持群男性のみ,U1SN が減少したが,男女ともに再下
顎角を挙げている.この下顎角に関して,下突咬合者
突群の UISN は増加している.一方下顎前歯部は第一
に対して第一期治療を行い,被蓋を維持した症例と再
期治療後に,被蓋維持群,再下突群ともに IMPA は増
下突を示した症例を形態的に比較した妹尾2)は,下顎
加しているが,第二期治療前の IMPA をみると,女性
枝と下顎体の長さが同じ場合において,下顎角が開大
においては大きな差異は認められず,男性は再下突群
するほど,下顎頭からオトガイ部までの距離が幾何学
において下顎前歯部の舌側傾斜が顕著に認められたこ
的に増加し,symphysis が前方に位置されることから,
とから,再下突の要因として,治療後における上顎前
下顎角が開大した形態は被蓋維持に不利であると述べ
歯部の舌側傾斜と下顎前歯部の唇側傾斜による歯性の
ている.(図 5)今回の調査結果から,被蓋維持群,
要素は極めて低いと言える.
再下突群の比較において,女性においては下顎角の大
一方,上下顎関係に目を向けると,第一期治療にお
きな差異は認められなかったが,男性において再下突
いて,被蓋維持群,再下突群いずれも ANB が増加し
群は,下顎角の開大した形態を示した.ただし,男性
ていることから,変化量の多寡はさておき,第一期治
の再下突群が女性とくらべて過度に下顎角が開大して
療は前歯部歯軸の変化のみならず,顎関係にも影響を
いる訳ではないことから,むしろ男性においては,下
与えたと考えるが,第一期治療後に男女ともに,ANB
顎角が小さいことが被蓋維持のひとつの条件とも言え
の減少傾向が認められた.被蓋維持群とくらべて再下
る.
突群において,減少量が大きい値を示した事から,再
下突の要因としては,顎関係のズレの増大が考えられ
る.そこで,SNA と SNB に関して検討を加えてみる
と,SNA においては,第一期治療と第一期治療後も
増加傾向を示したが,女性において被蓋維持群と再下
突群では,SNA の値と変化量に大きな差異は認めら
れなかった.また,男性においては,初診時から第二
期治療前まで,再下突群の方が SNA において大きな
値を示したことから,上顎骨の劣成長による相対的な
下顎骨の前方位が生じた可能性は低いと考える.一
方,SNB は第一期治療において減少傾向を示した後
に,増加傾向を示したが,男女群ともに再下突群にお
いて,より増加量が大きい傾向が認められたことか
ら,SNA の変化と併せて,再下突の要因はやはり下
顎骨の前方への成長に起因するものと思われる.一
方,第一期治療において,正常な被蓋関係を得ること
は,その後の下顎のグロースが上顎の発育もバランス
46
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
図 6 下顎骨の形態の違いによる上下顎骨の水平的な関係への
影響
の特徴が認められた.
また,下顎骨の大きさと形態以外にも,下顎骨の脳
頭蓋(Sella)を基準とした付着位置に関して R-O か
これらの特徴は側方 X 線規格写真からでしか得る
ら判断すると,与五沢 の指摘にあるように,明らか
ことのできない情報であることから,矯正治療を行う
に再下突群において,関節頭の付着位置が前方に位置
前の資料採得は非常に重要であると言える.
1
する傾向が認められた.また,男女においては,女性
においてその傾向が顕著であった.
6)初診時から振り返って再下突咬合者の特徴を読み
以上,第一期治療を行った症例のうち,被蓋を維持
解く事ができるか.(症例 1 ∼ 8)
当院にて第一期治療を行った再下突群は,主として
出来なった症例は,主に下顎骨の前方成長によって再
下突を呈したが,その下顎骨に関して,
成長発育期における下顎骨の成長によって逆被蓋を呈
① 下顎骨の大きさ(下顎骨長)
する結果となったが,初診時の顎関係を表す ANB に
下顎骨長がより大きく成長した症例が前突しやす
おいて,女性 被蓋維持群:1.1°(-2 ∼ 5°)再下突群:
い.
0.9°(-1 ∼ 5°)男性 被蓋維持群:-2.7°(-7 ∼ 0°)再
男性において成長量が大きく,再下突群において
下突群:-1.4°(-4 ∼ 3°)から将来を予測する事は困難
更に成長量が大きい傾向が認められた.
であった.これは,Scammon の臓器成長曲線から,
頭蓋顔面を構成する上顎骨の成長は早期に発達を示す
② 下顎骨の形態 (下顎角)
女性においては被蓋維持群,下突群に差異は認め
神経型と一般型の中間型であるが,下顎骨は一般型で
られなかった.
ある四肢の長骨の成長の時期と類似した成長時期を示
男性において,被蓋維持群は下顎角が小さく,再
し,その成長が思春期以降に促進されること9)から,
下突群において大きい.
女性平均年齢 7 歳 6 か月,男性平均年齢 8 歳 6 か月と
言い換えると,男性において被蓋を維持した症例
いう年齢においてはその差異が表れにくいことによる
の下顎角は小さい.
と推察する.
③ 下顎骨の付着位置
一方前述の再下突群と被蓋維持群を分つ 3 つの特徴
脳頭蓋(Sella)に対して下顎頭の付着位置が前方
において,検討してみる.
①の下顎骨の大きさ(表 12)に関して.従来から
に位置すると前突しやすい .
女性における再下突群が最も前方に位置する傾向
下顎骨全体長の成長予測に関する研究は数多く行われ
を示した.
てきているが,その報告はさまざまなものがあり,下
表 12 被蓋維持群と再下突群の下顎骨長の変化
初診時
女性
男性
変化量
第一期治療後
変化量
第二期治療前
初診時からの変化量
被蓋維持群
107.9mm(102 ∼ 115mm) 4.1mm(0 ∼ 11mm) 112.0mm(105 ∼ 121mm) 11.0mm(5 ∼ 19mm) 123.0mm(112 ∼ 137mm) 15.1mm(7 ∼ 27mm)
再下突群
109.5mm(102 ∼ 120mm) 4.8mm(1 ∼ 8mm)
114.3mm(104 ∼ 124mm) 11.3mm(5 ∼ 21mm) 125.6mm(111 ∼ 138mm) 16.1mm(6 ∼ 28mm)
被蓋維持群
113.0mm(110 ∼ 115mm) 4.3mm(2 ∼ 9mm)
117.3mm(112 ∼ 123mm) 13.0mm(4 ∼ 18mm) 130.3mm(127 ∼ 135mm) 17.3mm(13 ∼ 20mm)
再下突群
111.2mm(98 ∼ 118mm)
5.2mm(2 ∼ 11mm) 116.4mm(104 ∼ 125mm) 19.1mm(5 ∼ 30mm) 135.6mm(116 ∼ 148mm) 24..3mm(12 ∼ 33mm)
表 13 被蓋維持群と再下突群の Go angle の変化
女性
男性
初診時
変化量
第一期治療後
変化量
第二期治療前
初診時からの変化量
被蓋維持群
125.6°(118 ∼ 136°)
-0.8°(-3 ∼ 2°)
124.8°(116 ∼ 133°)
-1.5°
(-6 ∼ 0°)
123.3°(116 ∼ 133°)
-2.3°(-9 ∼ 0°)
再下突群
126.0°(115 ∼ 135°)
-0.1°(-2 ∼ 2°)
125.9°(115 ∼ 137°)
-1.3°
(-9 ∼ 1°)
124.6°(116 ∼ 137°)
-1.4°(-9 ∼ 2°)
被蓋維持群
118.3°(115 ∼ 122°)
-1.0°(-3 ∼ 0°)
117.3°(115 ∼ 122°)
-0.6°
(-4 ∼ 3°)
116.7°(114 ∼ 118°)
-1.6°(-4 ∼ 0°)
再下突群
129.9°(120 ∼ 136°)
-1.6°(-9 ∼ 1°)
128.3°(119 ∼ 136°)
-1.5°
(-5 ∼ 1°)
126.8°(115 ∼ 135°)
-3.1°(-9 ∼ 2°)
第二期治療前
初診時からの変化量
表 14 被蓋維持群と再下突群の R-O の変化
女性
男性
初診時
変化量
被蓋維持群
15.4mm(12 ∼ 18mm)
0.8mm(0 ∼ 3mm) 16.2mm(12 ∼ 18mm)
第一期治療後
変化量
2.0mm(1 ∼ 3mm) 18.2mm(15 ∼ 20mm)
2.8mm(1 ∼ 4mm)
再下突群
12.6mm(5 ∼ 17mm)
0.8mm(0 ∼ 3mm) 13.4mm(6 ∼ 17mm)
1.0mm(0 ∼ 3mm) 14.4mm(6 ∼ 18mm)
1.8mm(0 ∼ 4mm)
被蓋維持群
16.3mm(15 ∼ 18mm)
1.0mm(0 ∼ 2mm) 17.3mm
(16 ∼ 20mm)
2.7mm(0 ∼ 4mm) 20.0mm(20mm)
3.7mm(2 ∼ 5mm)
再下突群
14.7mm(12 ∼ 18mm)
1.1mm(0 ∼ 3mm) 15.8mm(12 ∼ 21mm)
1.4mm(0 ∼ 4mm) 17.2mm(12 ∼ 21mm)
2.5mm(0 ∼ 5mm)
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
47
症例 1 被蓋維持群 女性
初診時 9 歳 7 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 9 歳 7 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
9 歳 7 か月
10 歳 4 か月
14 歳 1 か月
overjet
-1.0mm
2.0mm
2.0mm
第一期治療後 10 歳 4 か月 overbite
1.0mm
2.0mm
2.0mm
UISN
102.0°
108.0°
112.0°
IMPA
99.0°
93.0°
100.0°
ANB
1.0°
1.0°
0.0°
第二期治療前 14 歳 1 か月 SNA
77.0°
77.0°
77.0°
SNB
76.0°
76.0°
77.0°
下顎骨長
113.0mm
117.0mm
128.0mm
Go angle
119.0°
121.0°
118.0°
R-O
17.0mm
17.0mm
20.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムによって,第一期治療を 10 か月行い,被蓋を改善.初診時に構成咬合は採得できなかった.その後,上顎に
Begg type リテーナーを装着し,定期観察を行い,側方 X 線規格写真トレースの重ね合わせから,成長終了を確認し,治療終了とした.
下顎頭の付着位置は初診時に比較的後方に存在し,成長とともに更に後方に移動している.また下顎角は一時的に開大したが,その後減少
し,初診時から形態的な変化はほぼ認められなかった.
症例 2 被蓋維持群 女性
初診時 9 歳 0 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 9 歳 0 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
9 歳 0 か月
10 歳 1 か月
12 歳 6 か月
overjet
-1.0mm
2.0mm
2.0mm
第一期治療後 10 歳 1 か月 overbite
1.0mm
2.0mm
2.0mm
UISN
107.0°
110.0°
109.0°
IMPA
96.0°
87.0°
86.0°
ANB
0.0°
0.0°
-1.0°
第二期治療前 12 歳 6 か月 SNA
83.0°
83.0°
81.0°
SNB
83.0°
83.0°
82.0°
下顎骨長
102.0mm
109.0mm
122.0mm
Go angle
124.0°
122.0°
120.0°
R-O
14.0mm
15.0mm
17.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムによって,第一期治療を 10 か月行い,被蓋を改善.なお.初診時に構成咬合は採得できなかった.その後,
上顎に Begg type リテーナーを装着し観察を行ったが,下顎骨の成長終了を待たずに,患者の希望もあり,上顎前歯部の捻転等の解消のため
に,14 か月間上下歯列にエッジワイズ装置を装着し治療を行った.その間下顎骨は僅かに下方に成長し,16 歳まで保定観察を行ったが被蓋
は維持している.
症例 1 にくらべて,初診時の下顎骨の付着位置は前方であったが,成長とともに後退を示した.また,下顎角も症例1に比べて開大してい
たが,成長ともに狭小化した.
48
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
症例 3 再下突群 女性
初診時 9 歳 9 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 9 歳 9 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
9 歳 9 か月
10 歳 9 か月
15 歳 10 か月
overjet
-1.0mm
2.0mm
-1.0mm
第一期治療後 10 歳 9 か月 overbite
1.0mm
2.0mm
0.0mm
UISN
101.0°
117.0°
114.0°
IMPA
94.0°
83.0°
85.0°
ANB
1.0°
2.0°
-2.0°
第二期治療前 15 歳 10 か月 SNA
82.0°
84.0°
83.0°
SNB
81.0°
82.0°
85.0°
下顎骨長
120.0mm
124.0mm
138.0mm
Go angle
133.0°
132.0°
130.0°
R-O
17.0mm
17.0mm
17.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムによって,第一期治療を 11 か月行い,被蓋を改善.なお.初診時に構成咬合は採得できなかった.その後,
上顎に Begg type リテーナーを装着し,保定観察を行うが,治療後 1 年4か月後に下突咬合に復したために,成長終了まで観察.第二期治療
に際しては,下顎骨きり術併用の矯正治療を提案したが,患者の承諾を得られず,上顎左右側第二小臼歯,下顎左右側第一小臼歯抜歯にて治
療を行い,27 か月にて動的治療を終了した.
症例 1 にくらべて,初診時における下顎骨の付着位置に変わりはないが,成長発育期を通じて,下顎頭の後方への移動が認められなかった.
また初診時から下顎骨長が大きく,下顎角も開大した形態を示した.
症例 4 再下突群 女性
初診時 9 歳 4 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 9 歳 4 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
9 歳 4 か月
10 歳 9 か月
15 歳 2 か月
overjet
-1.0mm
2.0mm
-1.0mm
第一期治療後 10 歳 9 か月 overbite
1.0mm
2.0mm
0.0mm
UISN
108.0°
111.0°
113.0°
IMPA
98.0°
92.0°
103.0°
ANB
0.0°
1.0°
- 1.0°
第二期治療前 15 歳 2 か月 SNA
85.0°
86.0°
87.0°
SNB
85.0°
85.0°
88.0°
下顎骨長
115.0mm
120.0mm
133.0mm
Go angle
115.0°
115.0°
116.0°
R-O
12.0mm
12.0mm
14.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムによって,第一期治療を 13 か月行い,被蓋を改善.なお.初診時に構成咬合は採得できなかった.その後,
上顎に Begg type リテーナーを装着し,保定観察を行うが,治療後 5 か月後に切端咬合を呈したために,上顎リンガルアーチに変更.その 18
か月後に下突咬合を呈したために成長終了まで観察.第二期治療に際しては,下顎骨きり術併用の矯正治療で対応中.
初診時において,症例 1 に比べて下顎角は小さいが,下顎骨の付着位置は前方位であり,成長発育期を通じて,症例 1 にくらべて下顎骨長
において勝り,下顎頭の後方への移動は僅かであった.
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
49
症例 5 被蓋維持群 男性
初診時 8 歳 10 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 8 歳 10 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
8 歳 10 か月
9 歳5か月
15 歳 5 か月
overjet
-3.0mm
4.0mm
3.0mm
第一期治療後 9 歳 5 か月 overbite
3.0mm
4.0mm
3.0mm
UISN
105.0°
112.0°
111.0°
IMPA
93.0°
86.0°
94.0°
ANB
-1.0°
1.0°
1.0°
第二期治療前 15 歳 5 か月 SNA
79.0°
80.0°
84.0°
SNB
80.0°
79.0°
83.0°
下顎骨長
115.0mm
117.0mm
135.0mm
Go angle
122.0°
122.0°
118.0°
R-O
16.0mm
16.0mm
20.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムによって,第一期治療を 7 か月行い,被蓋を改善.なお,初診時に構成咬合を採得することができた.その後,
上顎に Begg type リテーナーを装着し,定期観察を行い,側方 X 線規格写真トレースの重ね合わせから,成長終了を確認し,治療終了とした.
下顎頭の付着位置は成長とともに後方に移動している.また初診時における下顎角は,再下突群である症例7,8と比べて明らかに小さく,
成長発育に伴い,さらに減少した.
症例 6 被蓋維持群 男性
初診時 9 歳 7 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 9 歳 7 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
9 歳 7 か月
10 歳 4 か月
14 歳 1 か月
overjet
-6.0mm
4.0mm
2.0mm
第一期治療後 10 歳 4 か月 overbite
5.0mm
-1.0mm
2.0mm
UISN
104.0°
118.0°
110.0°
IMPA
84.0°
77.0°
76.0°
ANB
-7.0°
-4.0°
0.0°
第二期治療前 14 歳 1 か月 SNA
71.0°
71.0°
72..0°
SNB
78.0°
75.0°
76.0°
下顎骨長
110.0mm
112.0mm
129.0mm
Go angle
115.0°
115.0°
114.0°
R-O
15.0mm
16.0mm
20.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムと上顎補助弾線付きリンガルアーチによって,第一期治療を 12 か月行い,被蓋を改善.なお,初診時に構成
咬合を採得することができた.その後,上顎に Begg type リテーナーを装着し,定期観察を行い,側方 X 線規格写真トレースの重ね合わせか
ら,ほぼ成長終了を確認した.上下前歯部に叢生が認められるが,患者は治療を希望していない.
下顎頭の付着位置は成長とともに更に後方に移動している.また初診時における下顎角は,再下突群である症例 7,8 と比べて明らかに小
さく,成長発育に伴い,さらに減少した.
50
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
症例 7 再下突群 男性
初診時 8 歳 4 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 8 歳 4 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
8 歳 4 か月
9 歳 8 か月
18 歳 4 か月
overjet
-2.0mm
2.0mm
-5.0mm
第一期治療後 9 歳 6 か月 overbite
2.0mm
2.0mm
1.0mm
UISN
102.0°
114.0°
108.0°
IMPA
85.0°
80.0°
72.0°
ANB
-1.0°
0.0°
-6.0°
第二期治療前 18 歳 4 か月 SNA
79.0°
79.0°
80.0°
SNB
80.0°
79.0°
86.0°
下顎骨長
110.0mm
114.0mm
142.0mm
Go angle
135.0°
134.0°
130.0°
R-O
17.0mm
17.0mm
19.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムによって,第一期治療を 13 か月行い,被蓋を改善.なお.初診時に構成咬合は採得できなかった.その後,
上顎に Begg type リテーナーを装着し,保定観察を行うが,治療後7か月後に左側側切歯が交叉咬合を呈したために上顎補助弾線付きリンガル
アーチに変更.その 29 か月後に下突咬合を呈したために成長終了まで観察.第二期治療に際しては,下顎骨きり術併用の矯正治療で対応.
初診時において,症例 5 に比べて 下顎骨の付着は 1mm 後方に位置していたが,下顎角は開大している.また,成長発育期を通じて,下顎
頭の後方への移動も認められたが,症例5にくらべて下顎骨長の成長量において勝っており,下顎角の開大した下顎骨の旺盛な成長量が再下
突の主因であると思われる.
症例 8 再下突群 男性
初診時 8 歳 9 か月
Superimposed on Sella-Nasion at Sella
初診時 8 歳 9 か月 初診時
第一期治療終了時
第二期治療開始前
年齢
8 歳 9 か月
10 歳 3 か月
17 歳 11 か月
overjet
-2.0mm
2.0mm
-5.0mm
第一期治療後 10 歳 3 か月 overbite
0.0mm
2.0mm
0.0mm
UISN
107.0°
109.0°
114.0°
IMPA
101.0°
80.0°
90.0°
ANB
3.0°
2.0°
-4.0°
第二期治療前 17 歳 11 か月 SNA
83.0°
83.0°
83.0°
SNB
80.0°
81.0°
87.0°
下顎骨長
115.0mm
121.0mm
148.0mm
Go angle
129.0°
129.0°
130.0°
R-O
18.0mm
20.0mm
21.0mm
エッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムによって,第一期治療を 14 か月行い,被蓋を改善.なお.初診時に構成咬合は採得できなかった.その後,
上顎に Begg type リテーナーを装着し,保定観察を行うが,治療後 5 か月後に前歯部が開咬合を呈したためにエッジワイズ装置+Ⅲ級ゴムに
て 10 か月再治療.その後 7 か月後に下突咬合を呈したために成長終了まで観察.第二期治療に際しては,下顎骨きり術併用の矯正治療で対
応.初診時において,症例 5 に比べて 下顎骨の付着は 2mm 後方に位置していたが,下顎角は開大している.また,成長発育期を通じて,下
顎頭の後方への移動も認められたが,下顎角の開大した下顎骨の旺盛な成長量が再下突の主因であると思われる.
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
51
顎骨体長の個別の厳密な予測は十分ではない11) とさ
る調査では,男性で 10mm,女性で 7 ∼ 8mm の成長
れる.従って,初診時から,将来の下顎骨の成長量を
量がある 15)とされる.この結合部の変化量がそのま
予測する事は困難であると言えるが男女ともに再下突
ま側頭骨における下顎窩の変位に直結するかどうかは
群が大きな値を示し,男性においては被蓋維持群と再
不明であるが,三谷はこの下顎窩の変位が,側頭骨下
下突群の初診時からの成長量には明らか差異が認めら
顎窩と上顎部の前後的距離を離し,それが両者の成長
れた.この傾向は,平均成長の上では,Class Ⅲ級の
量の差異を解消するとして,その変化「頭蓋底補償機
下顎骨は過成長を示さないと言う佐藤ら
構」と名付けて,下突咬合者はむしろ下顎骨の過成長
12)
坂本ら
13)
ではなく,その「頭蓋底補償機構」が機能せず,増齢
の報告と異なる結果を得た.(症例 7.8 参照)
②の下顎骨の形態(下顎角)において(表 13).一
的に悪化すると述べている.一方,与五沢 16) は下顎
般的には,下顎骨は成長が進むに連れて,下顎枝後縁
頭の位置とⅠ級,Ⅱ級,Ⅲ級の不正咬合の成立とは関
上部の骨吸収,後縁下部には骨添加,その前縁下部に
わりが深く,Sella を中心とした場合,Ⅰ級を境に,
は骨吸収が生じ,筋突起の高さと幅の増大とともに下
Ⅱ級ではより後方にあり,Ⅲ級では前方位にあると
顎枝が直立し,下顎角は減少すると報告 14)されてい
し,下顎頭の位置を中心に考えれば,A 点と Nasion
る.本調査において,初診時から第二期治療前まで
までの距離はⅢ級,Ⅰ級,Ⅱ級の順に大きくなること
に,男女とも再下突群に下顎角が増大した症例が散見
から,飛躍して考えれば,長頭形と短頭形の差はⅡ級
されたが,総体的に下顎角の減少が認められた.この
とⅢ級の発生と関わりが深いと述べている.今回の調
減少量について,女性においては,わずかに被蓋維持
査では,上顎骨の状態は SNA という角度計測をもち
群が大きく,男性においては,両群の変化量に差異は
いて評価したところ,被蓋維持群と再下突群に大きな
認められなかったことから,下顎角については,減少
差異を認める事は出来なかったが,今後は下顎骨の付
傾向はあるものの初診時の形態的特徴から大きく逸脱
着位置と上顎骨前縁との距離(顔の奥行き)も含めて
はしないと言える.初診時から第二期治療時における
検討すべきであると考える.
下顎角の状態は,女性では被蓋維持群がやや下顎角が
一方,性差も看過出来ない要因であった.まず第一
小さい程度であり,再下突群との間に,明確な差異は
期治療の転帰から,男性において再下突を呈する傾向
認められなかった.一方,男性においては,被蓋維持
が強く認められた.(表 4)また,骨格的な特徴にお
群では下顎角が明らかに小さい傾向が認められた.こ
ける性差も認められ,男性において,再下突群は,①
の点から,下顎角が小さいことが被蓋維持の必要条件
下顎骨の大きさ(下顎骨長)において大きく,②下顎
であると考える.(症例 5.6 参照)
骨の形態 (下顎角)において,下顎角が大きく,③
③の下顎骨の付着位置に関して(表 14).与五沢
1)
下顎骨の付着位置において,脳頭蓋(Sella)に対し
の指摘にあるように,明らかに再下突群において,下
て,前方に位置するという特徴が認められたが,女性
顎頭の付着位置が脳頭蓋(Sella)に対して前方に位置
は,被蓋維持群と再下突群においては,平均すると①
する傾向が認められた.この傾向は初診時においても
下顎骨の大きさ(下顎骨長)②下顎骨の形態(下顎
認められ,その平均変化量から,脳頭蓋(Sella)に対
角)に顕著な差異は認められず,③下顎骨の付着位置
して,前方に位置するもの程,後方への移動量が少な
のみ,下突群では脳頭蓋(Sella)に対して,前方に位
いことから,第一期治療後の転帰を予測する重要な要
置する傾向を示した.
因と考えられる.(症例 3,4 参照)この,下顎頭の付
着位置の変化に対して,下顎骨は側頭骨の下顎窩に付
7)第一期治療における,将来の再下突予防に関して
着しており,R が後方移動するということは,側頭骨
本調査から,早期に第一期治療として被蓋改善を
が成長発育の結果として脳頭蓋(Sella)に対して位置
行った下突咬合者の転帰に関して,被蓋を維持した群
変化を示すという事である.当然のことながら,側頭
と再下突を示した群における差異の特徴として,
骨が単独で変化する事はなく,周囲の骨とともに変化
① 下顎骨の大きさ(下顎骨長)
する.側頭骨は頭頂骨,後頭骨,蝶形骨と接している
② 下顎骨の形態 (下顎角.Go angle)
が,この下顎窩の変位に関して,三谷 15) は蝶後頭軟
③ 下顎骨の付着位置
骨結合における成長が強く関与していると述べてい
が,挙げられた.当院における第一期治療における,
る.蝶後軟骨結合は 15 歳前後で閉鎖をはじめ 18 歳か
エッジワイズ装置を介して矯正力を加えた上下前歯部
ら 20 歳ごろに完全に閉鎖するが,正常咬合者におけ
と,その周囲歯槽骨や歯槽基底部の変化は,歯の移動
52
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
メカニズムの結果として解釈可能であるが,上記 3 点
で,将来の正被蓋を保つ症例は存在するが,それは早
に関しては,直接的な矯正力が作用していない事か
期治療自体の時期や方法が効を奏したというよりも,
ら,その影響は不明である.但し,初診から第一期治
患者自身の骨格的特性が被蓋維持を受け入れた結果だ
療を経て,第二期治療にいたる変化の傾向をみると,
と考えている.すなわち,下突咬合者の第一期治療に
すべての群においてその傾向は,ほぼ一定であったこ
対する予後は,突き詰めると,患者自身の先天的な骨
とから,この 3 点の変化は自然成長の結果であり,当
格的特性によって決定されると言える.
院における第一期治療おいて,影響を与えることが出
来なかったと考える.そこで,上記 3 点に関して他の
方法論でアプローチ出来るかどうか検討を加えてみ
る.
8)まとめ
まず,考察の冒頭にも記した第一期治療の意義を,
当院における下突咬合者の第一期治療の結果から再度
下顎骨の大きさに関して,従来よりチンキャップ装
検討を加えてみると,被蓋維持群においては,①の第
置が下突咬合者の下顎骨の前方成長抑制の目的で使用
二期治療が不要になる(治療不要群)あるいは治療が
されてきた.後頭部を固定源として,オトガイ部付近
簡単になる(要治療群:主として叢生歯列)という効
に矯正力を付与するチンキャップの効果に対して,三
果が認められたが,第一期治療における被蓋改善後
谷17)は 18 症例の臨床調査から,下顎骨全体長(Cd:
に,再下突を示す患者が存在し,そのうち女性 8 名中
下顎頭頂点から Pog:下顎骨体部再前方点を結ぶ距
4 名,男性 9 名中 9 名が外科的骨切り術の併用が必要
離)では,成長量の抑制または促進に関しては一定の
と判断されたことから,再下突群の患者に対しては,
傾向が認められないことから,下顎骨全体長の実質的
その効果は③の咬合上の機能的な観点から早期の改善
な成長量をチンキャップ整形力によって任意に制御す
が必要な場合と④の患者やその保護者の心理的救済が
る事は困難であると述べている.他に下顎骨の前方成
必要な場合を一時的に改善しただけということにな
長を抑制する矯正装置やシステムは見当たらないこと
る.この場合,第一期治療の効用に対する判断は難し
から,第一期治療として下顎骨の大きさをコントロー
いが,当院における再下突群の患者とその保護者に関
ルすることは困難であると言える.
しては,再下突前後の側方 X 線規格写真の重ね合わ
一方,下顎骨の形態であるが,下顎角(Go angle)
せを用いて,下顎骨の成長発育の状態を説明し,現状
において,本調査では,初診時から第二期治療前にか
を理解して頂いた上で,成長発育終了までの観察を了
けて -9° から 2° と幅のある変化を示した.下顎角は 4
承して頂いている.この観察時期は,患者や保護者に
歳頃には開大しているが,成人ではやや鋭角になり,
とっては,下突咬合の増悪化の時期と一致するため
老人になると再び鈍化する.これは咀嚼筋(咬筋)の
に,積極的な介入を行わない矯正専門医に対して,や
力の大きさの消長と連動している事
から,下顎角
やもすると不安感を抱く原因ともなるが,第一期治療
は咀嚼筋機能の発達や咀嚼力の強弱を反映するとされ
後の再下突の原因を理解して頂けると,比較的問題な
る.また,下突咬合の原因として遺伝的な要素以上
く成長終了後の第二期治療に移行することができる.
に,筋の不調和があり,その筋の不調和を改善すれ
但し,これはあくまで,初診時おける将来の予測にお
ば,形態もおのずと改善されるとの意見もある8).こ
いて,再下突の可能性を患者の保護者に納得してもら
の筋の不調和が下突咬合の原因という意見に対しては
い,第一期治療を行った結果である.従って乳歯列
具体的な根拠と機能改善による形態変化を含めた臨床
期,混合歯列期における下突咬合者に対して,第一期
治験例の蓄積に欠ける事から私自身は首肯出来るもの
治療開始前に,側方 X 線規格写真を含む資料を採得
ではないが,再下突防止に関しては,下顎角の減少を
し,将来における予測の元に,成長発育終了後の第二
計ることが有利に働くと思われる.但し,過去にチン
期治療までを視野にいれた長期的な治療計画を患者と
キャップの使用によって下顎角が小さくなるという報
患者の保護者に十分説明し,理解を求める必要があ
告
る.特に初診時において,下顎骨成長量の予測は困難
18)
19)
があるものの,予知性を持った治療結果の臨床
統計等の報告は寡聞にして知らず,併せて下顎骨の付
であるが,側方 X 線規格写真から,下顎角の開いた
着位置のコントロールに関しては,脳頭蓋底も含めた
下顎骨を有し,下顎骨の付着位置が脳頭蓋に対して前
形態変化であるために,この部分を人為的にコント
方に位置している症例に関しては,特に予後に注意を
ロールすることは困難であると考える.
払うべきである.但し,これらの要素は,おそらく下
従って,下突咬合者に対して,早期治療を行うこと
突咬合者の成り立ちに深く関連する要素であるもの
早期治療によって被蓋改善を行った下突咬合者の転帰[有松]
53
の,あくまで全体の中の部分であり,下突咬合者の成
44:144-159, 1985.
立は,極めて複合的なものである.例えば,下顎頭の
8)柳澤宗光,丸山順,金子和之,三浦廣行:スペシャルシ
付着位置だけを取り出して,ある数値以下の場合は下
ンポジウム 反対咬合の早期初期治療:Dental Diamond
突咬合を呈する,というような短絡的なものではない
12:22-43, 2010.
(症例 7.8).おなじく下顎角の角度がある数値以下だ
9)Toru Inami: Critical factors unfluencig stability of classIII
から将来の被蓋維持が担保されるということでもない
treatment in growing children: Aichi-Gakuin Dental Science,22
(症例 6)
.今回の調査において便宜上計測結果や変化
量の平均値を示したが,この値を持って基準値とはな
らないことを明記しておくとともに,部分を中心とし
た数値における理解形式ではなく,部分を統合した構
(1):11-17, 2009.
10) 与五沢文夫監修,与五沢矯正研究会編著:矯正臨床の基
礎 . 東京:クインテッセンス出版;2008.
11) 山口裕美,茂木 悦子,野村真弓,根岸史郎,原崎守弘,
造における幾何学的理解形式によって,下突咬合者を
山口秀晴: 手根骨を用いた下顎骨体長のコンピューター
理解し,将来を予測すべきである.すなわち,側方 X
予 測 プ ロ グ ラ ム の 評 価, 歯 科 学 報,106(3):228-235,
線規格写真から患者の骨格的な特徴を頭蓋顔面各部の
2006.
構成要素から把握し,翻って全体の形,大きさに加
12)佐藤亨至,菅原準二,三谷英夫:思春期後期における女
え,患者の顔立ちの幅と奥行き,顎の力強さや骨の大
子骨格性下顎前突症の顎顔面頭蓋の平均成長様相−顎矯
きさ・太さ・厚さ・咀嚼筋群の働き,口唇の機能や形
正 外 科 の 早 期 適 用 に 向 け て −, 日 矯 歯 誌 48:21-28,
などの情報を,可能な限り収集し,その個体の部分の
1989.
特徴を把握した上で,全体像として理解することが必
13)坂本恵美子,菅原準二,梅森美嘉子,三谷英夫:思春期
要である.そして予測はその特徴が将来も引き継がれ
性成長における男子・骨格性下顎前突者の顎顔面頭蓋の
るという観点から行われなければならない .特に将
成長変化 -10 歳から 15 歳までの縦断的研究 -, 日矯歯誌
来の再下突が疑われそうな患者とその保護者には,心
55:372-386, 1996.
16)
理面を配慮した充分な説明と話し合いを行い,第一期
治療を行うかどうかを決定すべきであろう.
14)Enlow,D.H.:Facial growth.3rd ed., W.B. Saunders, Philadelphia, 1990.
15)三谷英夫:下顎前突症の顎顔面成長発育とチンキャップ
【参考文献】
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て―:Monograph Clin.Orthod., 13:1-22, 1991.
2)妹尾葉子: 混合歯列期に早期治療をおこなった下突咬合
2 症 例 の そ の 後 ―「 も の の 見 方 」 の 観 点 か ら −:
Monograph Clin.Orthod., 13:1 -22, 1991.
顎外力の効果と限界,中・四矯歯誌 10:3-10, 1998
16)与五沢文夫:Edgewise System Vol. Ⅰプラクシス アート,
クインテッセンス出版,東京,2001.
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18)Gray,H.:Anatomy of the human body.30th American ed ., by
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3) 池元太郎,澤端喜明,森田修一,花田晃治:混合歯列期
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須佐美隆三:骨格正反対咬合における上顎前方牽引法の
応用について−Ⅲ B 期女子 3 症例の検討−,日矯歯誌
54
THE JAPANESE JOURNAL OF ORTHODONTICS
E d i t o r ' s
N o t e s
JSO 学術雑誌 第三巻は第 3 回学術大会におけるテーマ「適切な歯科矯正治療の普及を目指して-
その早期治療は本当に必要? 歯科矯正治療における早期介入の是非-」について,講演者からの投
稿を中心に編集いたしました.
乳歯列や混合歯列などに対する早期治療のあり方に関して,それぞれが矯正専門医の立場から,症
例を通じて論じていますが,明らかに不要と思われる早期治療を受けた症例が見受けられます.そこ
には,矯正治療上の明確なゴール設定とそこへと導く適切な診断と技術の不足,そして成長発育や生
体の反応に関する予測の欠落という共通した問題点が存在します.「歯科矯正の誇りを守るために」
私たちは,これからも正しいと信じる情報を発信しつづけたいと思います.今後とも先生方の積極的
なご協力をお願いいたします.
編集委員長 澤端喜明
日本歯科矯正専門医学会学術雑誌
The Japanese Journal of Orthodontics VOL 3/2015
2015 年6月 28 日発行
発行所 日本歯科矯正専門医学会
発行人 池元太郎
事務局 いなみ矯正歯科医院内 〒 321-4305 栃木県真岡市荒町 2094-13
編集委員長 澤端喜明
編集 有松稔晃
JSO 公式サイト h t t p : / / w w w . j s o . o r . j p
頒価 2,000 円
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