ココロ 中学2年 私は、昔から何に関しても無頓着な子供だった。何を見

ココロ
中学2年
私は、昔から何に関しても無頓着な子供だった。何を見たり聞いたりしても、無反応の
無表情で、他人から見ると何を考えているのか分からないらしい。それだ から、いつも私
は独りだった。いつの間にかそれにもなれて、むしろ独りの方が気持ち良かったりする。
しかし、最近私に妙にまとわりついてくる奴が現れた。
「おーい、待ってよ、氷菜(ひな)!」
「・・・・・」
いつも通り、無視を決め込む。それでもまだ追いかけてくる。本当にうっとうしい奴だ。
「待ってってばー!」
そして最終的に、私が折れて立ち止まる。これも、いつも通りだ。そして奴、神木晶(か
みきあきら)が追いついてくる。
「氷菜、おはよ!」
私はため息をついていつも通り、すでにあいさつのようになっているその言葉を言う。
「いつもいつも、よくあきないな、お前は。私は独りが好きなんだが。」
こう言っても、まだまとわりついてくるのだ。本当に、うっとうしい奴だ・・・。
奴が私の前に現れたのは、約一か月前。私のクラスに突如転校生としてやってきたのが
奴だった。イギリス人と日本人のハーフらしい。そのせいもあってか、肌 は透けるように
白いし、髪は少しうすい色で、鼻も高かった。一言でいうと、端正な顔立ちであった。し
かし、つい最近までイギリスで暮らしていたらしく、日 本人の母から日本語を教えてもら
っていたものの、まだ難しい表現や漢字は分からないらしい。そして不幸なことに、奴の
席は左端、私の席はその右隣なのだ。 だから奴は、事あるごとに私に色々な事を聞いてく
る。その結果が、これである。すっかり私になついてしまったらしく、うっとうしいくら
いまとわりついてく るのだ。私は独りでいるのが好きなのに・・・。はっきり言って迷惑
なのである。
それは、ある日の帰りの事だった。相変わらず、晶は私の隣を歩いている。もうほとん
どの日本語を覚えたはずだから、私にまとわりついている必要は無いの に。そして、いつ
の間にかこれを普通の事として受け入れ、晶が隣に居るのをむしろ心地良いとさえ思い始
めている自分が居た。表向きは、晶の事を拒んでいる かのようにふるまっておきながら、
本当の私は、晶がいなくなったらまるで自分の一部が欠けてしまうような気さえしている。
本当に、不思議な事だ。その事に ついて考えていると、晶が話しかけてきた。
「ね、氷菜。」
「何だ?」
上の空で答える。
「氷菜は何で、みんなと話さないの?」
その言葉で、現実に引き戻された。晶は心底不思議そうな表情をしている。確かに、明
るくて、いつもクラスの輪の中心にいる晶には分からないかもしれない。
「私は独りで居るのが好きだから。」
「じゃあさ、何で僕とはいっしょに居るの?」
そう言われると、返答に困ってしまう。何故、晶といっしょに居るのか。考えた事も無
かった。それが普通だから、というのは変だな。いっしょに居たいから、そんな乙女チッ
クな事、私が考えるわけが無い。
「どうしたの?氷菜。」
晶が顔をのぞきこんでくる。顔を遠ざけつつ、精一杯見栄を張って言う。
「少し返答に困っていただけだ。・・・ところで、晶は何故私なんかといっしょに居るん
だ?」
晶が少し考え込んでから、分かったというように顔を輝かせる。
「楽しいから!」
楽しいから・・・。少し幼稚な答えだが、私にはできない直接的な表現。こういう時、
私はつくづく晶がうらやましいと思う。
「氷菜を見ているだけで、ワクワクするんだ。色んな発見があって。その度に、うれしく
なるんだ。氷菜のいい所、もう一個見つけたって。」
私のいい所・・・?そんなもの、あるはずが無い。いい所が無いから、みんな寄ってこ
ないのだろうし・・・。
「例えば?」
「優しいところ、まつ毛が長いところ。それから、意外と可愛いものとか小動物が好きな
ところ。」
・・・そうなんだ。自分でも知らなかった。
「ね、氷菜が僕のいい所見つけたら、教えてね。約束だよ。」
そう言って手を振ると、私の家とは反対方向へ歩いて行った。晶の・・・、いい所・・・
か。
家に帰っても考えていた。晶のいい所・・・。数えきれないほどでてきた。明るいとこ
ろ、肌が白いところ、勉強も運動もできるところ・・・、本当にたくさ ん。確かに、晶の
いい所を見つけると、何だかうれしくなる。うれしい・・・、他人に対してそんな感情を
抱いた事はあっただろうか。きっと、晶は私にココロ をくれるんだ。だから、いっしょに
居たいって思うんだろう。それが分かって、うれしくなった。晶のいい所、もうひとつ見
つかった。私にココロをくれる。
「氷菜、僕のいい所、見つかった?」
次の日、会ってひとこと目はそれだった。そして私は、例のごとく事実とは異なる事を
言う。
「見つかるわけないだろう。ただ、何故晶といっしょに居るかは分かった。」
一瞬がっくりと肩を落とした晶が、ばっと顔を上げる。
「本当っ?」
「晶は、私にココロをくれる。」
そう言って少し笑うと、自分で言った事が恥ずかしくなって、急いで顔を伏せた。
「氷菜―?」
晶の声が聞こえるけど、わざと聞こえないふりをした。
それからしばらくして、また晶が同じ質問をしてきた。
「何で氷菜は、みんなと話さないの? あ、独りが好きだからは無しね。」
それ以外にどう答えろと言うんだ、一体。少し考えていると、急に思いついた。
「興味が無かったから。きっと、私にはココロっていうものが無かったから、そうだった
んだと思う。」
すると、晶が少し怒ったような悲しいような顔をする。
「僕は、氷菜と会った時から、氷菜には心があったと思うよ。だって氷菜、すごいさみし
そうだった。」
「さみしい? 私が? そんなわけない。私にはココロなんて無かった。」
しかし、晶は引き下がらない。一体、どうしたと言うんだ。
「違うよ。そんなの言い訳だ。」
何故か私もむきになって答える。
「言い訳なんかじゃない!
私にはココロが無かった! だから、誰とも話さなかったし、
誰も寄ってこなかった! 分からないよ、晶には。絶対に分からない!」
晶の表情が泣きそうに崩れる。
「何で・・・? 何で、氷菜はいつもそうやって自分を否定するの? ああ。分からない
さ。僕には一生分からないだろうね!」
それから、私と晶は話さなくなった。
あの喧嘩から二か月後、何の前触れもなく、晶はイギリスへ帰ってしまった。今更後悔
してももう遅い。それは分かっているのに、後悔せずにはいられなかっ た。今、こんなに
苦しいのも、ココロがあるからなのだろうか・・・。それなら、ココロなんて無い方がい
いのかもしれない。そう、私は晶がいなくたって別 に・・・
『何で、氷菜はいつもそうやって自分を否定するの?』
・・・全く、皮肉なものだ。晶がいなくなってから、晶の言ってた事の意味が分かるな
んて。少しだけ、つぶやく。
「明るいところ、肌が白いところ、勉強も運動もできるところ・・・」
つい、涙があふれてきて、空を仰ぎながら一言一言、はっきりとした声で言ってみる。
「優しいところ、髪が金髪がかっているところ、鼻が高いところ、素直なところ、私は、
そんないい所がたくさんある晶が・・・、私の心を見つけてくれた晶が・・・、大好きで
す!」
本当に、晶には色々な事を教えてもらった。私に気持を、人を好きになるって事を、教
えてくれた。私はその時、生まれて初めて、素直な気持ちになった。まだ心の中は、晶の
いい所でうめつくされていた。
(終わり)