星と生の臨界点 - Seesaa Wiki(ウィキ)

【特集 美少女ゲーム】
星と生の臨界点
――『Rewrite』論
赤井 祐
我が子よ… /よくお聞きなさい。/これからあなたに話すことは…とても大切なこと。/わたした
ちが、ここから始める…/親から子へと、絶え間なく伝えてゆく…/長い長い…旅のお話なのですよ。
――『AIR』(Key、2001)
地球システムは物理、化学、生物、人間という構成要素から成る単独の自己調節システムとして機能
している。構成要素間の相互作用とフィードバックは複雑多様なスケールで時間空間的に変動されて
いる。
――2001 年、アムステルダム会議宣言
1.ガイア理論
ガイアという仮説がある。地球上に最初の生命
が現れてからの 35 億年間、地球の気候はほんの
わずかしか変化しておらず、また大気の化学組成
が安定状態の化学的平衡からは予測されないもの
であることから、英国の作家・研究者・発明家
ジェームズ・ラブロックは、現在および過去の歴
史を通じて、地球の気候と化学特性がつねに生命
にとって最適の状態を保ってきたことに気付き、
ある仮説を立てた (1)。「つまり、地球の生物、大気、
海洋、そして地表は単一の有機体とみなしていい
複雑なシステムをなし、われわれの惑星を生命に
ふさわしい場所として保つ能力をそなえているの
ではないかという仮説である」(2)。まるである種
の生物が外界の温度にかかわらず一定の体温を保
つような恒常性(homeostasis)を示す惑星大の
存在を、ラブロックは作家ウィリアム・ゴールディ
ングの指摘に基づき「ガイア」(Gaia)と呼んだ。
リン・マルグリスとの最初の共同論文で、ラブロッ
クはガイア仮説について次のようなことを述べて
いる。「生物圏は適応制御システムとして作動し
ており、それによって地球のホメオスタシス(恒
常性)が維持される」(3)、すなわち地球はその地
表に棲息する生物とともに気候や化学物質を自己
調節しているのだと。
ギリシャの女神に由来を持つガイアというメタ
ファーは、科学者に違和感を与える一方、ニュー
エイジ運動を進めるヒッピーの熱烈な歓迎を受
け、また「母なる大地の神」というイメージは当
時のフェミニズムや情緒的環境主義者にも受け入
れられた。その過程でガイア仮説に対する誤解・
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FLOWORDS vol.3
曲解が広まり、創造主によって設計された宇宙と
いう目的論的主張、いわゆる反進化論団体の提唱
するインテリジェント・デザイン説と同類のもの
とみなされたり、その擬人的・疑似宗教的なメタ
ファーがネオ・ペイガニズム(新異教主義)の信
仰対象として利用されることもあった。
ガイア仮説が合目的論的・反進化論的なもので
あるとする指摘は、リチャード・ドーキンスや英
国の生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドか
らもなされ、彼らとの論争を経て、ラブロックは
ガイア仮説が不十分なものであることを認めた。
ガイア仮説に不足していたのは、ガイアのシステ
ムが生命体と物質的環境の結びついた全体的なも
のであるということ、すなわち生命や生物圏が地
球を生存に最適な状態にするために目的論的に進
化していたのではなく、この巨大な地球のシステ
ムそれ自体が、惑星の進化を自己調節していたの
だという認識とその証明だ。あの有名な、暗い色
の植物と明るい、色の植物が次第に太陽熱の強ま
る惑星で成長を張り合うモデル、いわゆるデイ
ジーワールドのシミュレーションは、この論争の
過程で生み出された (4)。「デイジーワールドは、
自然淘汰に基づくダーウィンの進化論がガイア理
論に反しているのではなく、その一部だというこ
とを示すために考案されたのだ」(5)。ガイア仮説
はガイア理論へとその内実を強化し、その主張の
一部は、少なくともヨーロッパでは認められるこ
ととなった。2001 年、気候変動に関するアムス
テルダム会議で調印された宣言の次の一節がその
証左となるだろう。「地球システムは物理、化学、
生物、人間という構成要素から成る単独の自己調
節システムとして機能している」(6)。