「バーチャルを消費する社会の現代的課題 -大人に見えないオンラインの

2008年度 第24回「消費者問題 わたしの提言」
内閣府特命担当大臣賞
「バーチャルを消費する社会の現代的課題
-大人に見えないオンラインの危機」
大阪教育大学教育学研究科家政教育講座大学院1回生
奥谷 めぐみ
1.はじめに
2007年、総務省が行った「通信利用動向調査」によると、インターネットの普及率は 69.0% 1)と
なり、携帯電話の普及率も2008年3月の時点で 90.5%(単身世帯を除く) 2)となっている。こうし
た状況の下、それぞれ年齢層のニーズに対応した、オンラインゲームや携帯アプリ、音楽ダウンロ
ード、SNSなど、豊富なインターネットコンテンツ市場が形成されるようになった。
このことは、同時に新たな問題を発生させる可能性を示唆している。例えば、「これらのコンテン
ツ利用について消費者が正しい知識を持っているか」、「契約内容が複雑になる中で、消費者は自
分の受けることができるサービスを把握できているのか」、「被害額が少額であるため、泣き寝入り
の状態で被害が拡大していないか」、などの問題である。また、これらのコンテンツの利用に関して
は、大人である親や教師以上に、子どものほうが豊富な知識を持っていることも珍しくない。つまり、
「大人が子どもに“教える”」という家庭教育や学校教育の前提条件が通用しない可能性が高いの
である。
リアルマネートレード(RMT)、ID交換、アイテム課金、アバター、従量課金制…といった言葉の
意味や、その背景にあるリスクを正確に説明できる親や大人はどれだけいるだろうか。インターネ
ットコンテンツについて十分理解をし、親や教師だけでなく、子どもや若者と共に解決していくため
の提言を行う。
2.バーチャルを消費する社会〜オンラインゲームと携帯電話利用の現状〜
まず、オンラインゲーム、携帯電話を通じて利用できるインターネットコンテンツの購入に関して、
複雑化している契約について触れる。次に、それらに関連する消費者被害の実態の一例について
述べる。最後にインターネットコンテンツに関する大人向け消費者教育講座の実施状況について
明らかにする。
ア)複雑なバーチャル消費
オンラインゲームとは、「パソコンや家庭用ゲーム機を使い、インターネットを介して遊ぶゲーム
の総称」 3)である。近年では携帯電話でも遊ぶことができるオンラインゲームも多数存在している。
その市場の規模は、2007年時点でおよそ1,211億円 4)となり、2004年時点で578億円 5)で
あったことを考えると、急速に拡大していることがわかる。ユーザーアカウント 6)数はおよそ5,90
0万件 7)であり、その人数も世界的なレベルで急速に増えている。
さらに、この市場拡大に貢献していると考えられるのが、日常生活で当たり前のように利用してい
る携帯電話である。図1は、総務省が行った携帯電話の通信以外の機能が、実際どのように使用
されているのか(利用機能)、今後どのような機能を利用したいか(利用意向)、に関する調査であ
る。
図 1 携帯電話の通信以外の利用機能と利用意向
(平成 18 年版『情報通信白書』より抜粋)
調査結果をみると、利用調査ではカメラの利用がもっとも多く、アプリ、バーコードリーダーと続く。
一方で、意向調査をみると、カメラの次に音楽プレイヤーや、アプリとなっている。つまり、携帯電
話の利用者が、音楽やゲームといったインターネット上のコンテンツに関心を持っていることがわ
かる。
インターネットコンテンツの利用料金は、ポイント制や月額制、従量課金制 8)など、さまざまであ
る。これらの支払い方法を複合的に扱うサイトなどもあり、極めて複雑な料金体系になっている。
支払いはクレジットの料金や携帯電話の使用料金等と一括されるため、どのサービスにいくらかけ
ているのかもわかりにくい。商品も目に見える形で手元に残らず、コンテンツの所有権を購入した
のか、利用権を購入したのかも不明確である 9)。
このように、オンラインゲームや携帯電話のコンテンツに関わる契約は複雑化し、その補償体制
も完備されていないにもかかわらず、利用者は10~20代の若者が多く、被害にもあいやすい状
態である。
イ)見えない消費者被害の拡大
オンラインゲームや携帯電話のダウンロードコンテンツに関する被害は、明るみに出にくく認識さ
れにくい。その原因を3点挙げることとする。
まず1点目は、オンラインゲームにおける、リアルマネートレード(以下RMT)である。これは、ゲ
ーム内で使用するアイテム(道具)や通貨を現金で購入する仕組みである。近年ではゲーム内で
キャラクターを育成し、強くなったキャラクターのIDを現金で売買するという手法も見られている。こ
れらはゲーム運営会社で禁止されているものの、さまざまな手口で隠れて行われるため全面規制
をするのは不可能であるとも言われている。
RMTはその行為自体が禁止されているため、被害にあっても申し出しにくい、という現状があり、
消費者被害として認識されにくい。しかし、その市場が拡大しているため無視できない被害であり、
また認識されないからこそ悪質な業者が存在できる理由となっている。
オンラインゲームの利用者の多くは20~30代 10)であるが、好奇心や周りの友達にあわせて、
お小遣いを使ってアイテムやキャラクターを購入する中・高校生もいる。つまり、RMTの危険性を
十分に周知徹底することが必要である。
2点目は、サービスの価格が非常に安価である、という点である。大体、月々100~500円程度、
少しお金をかけても2,000円程度であり非常に安価であるため、消費者が諦めてしまい被害状
況が把握しにくい問題もあると考える。また、利用者がパソコンや携帯電話の操作ミスをした場合
にサービスを受け取れなくても、利用規約に単純な操作ミスや通信の不具合などに対する補償は
行わないとしている企業が多い。よって、自分の責任であるとして「被害にあった」という認識がな
い消費者もいると考えられる。
しかし、安価であっても、契約は成立していない上に、企業は利益を受けとることができるため、
考慮しなくてはならない問題である。
3点目は、契約の結果を証明するものが残らないという点である。バーチャルであるため、モノ・
サービスが受けられているかどうかを証明することは難しい。大半は消費者側が折れることとなり、
企業と利用者間だけで処理され、被害として報告されないこともある。
インターネットコンテンツに関する消費者被害の詳細な被害状況についての調査も今後必要であ
ると考える。
ウ)大人、保護者に向けたインターネット利用に関する啓発の現状
中・高校生にとって被害にあった際、相談しやすいのは身近で普段接している大人であろう。そこ
で、インターネットコンテンツに関する、大人の十分な理解がなければ、受けた被害の救済も、その
後の対処もできない。また、安易に手の出せるコンテンツが多いだけに、金銭感覚の形成が不十
分な子どもに対しては、適宜注意を示唆できるような大人が必要なのではないだろうか。
また、オンラインゲームや携帯電話のダウンロードコンテンツの利用者は若者が主流であると思
われがちであるが、Nintendo DS など手軽な携帯ゲームや、教養を深めることを目的としたゲーム
ソフトなども開発され、中高齢者向けのゲームの市場も拡大しつつある。つまり、大人にとっても、
インターネットコンテンツが身近なものになりつつある。
これらの現状から、大人向けのインターネットコンテンツに関する学習会や講習なども必要なの
ではないだろうか。
3.現状から見える解決すべき課題
本提言で注目する課題は以下の3点である。
◆契約の内容や結び方が複雑化していることに対する消費者の理解
消費者が、「今支払うお金」と「受けられるサービス」と「サービスの補償」について明確に理解し
ているかは難しい。この複雑化する契約についての理解を促進する必要がある。
◆消費者被害が明らかになりにくい環境
RMT等の規制された行為や安価な被害は被害報告されず、統計的にも、被害が見えてこない。
さらに、商品がバーチャルであるため被害の証拠が残らず、企業と消費者の間だけの処理にとど
まり、その被害はなかなか大きく扱われない。また、それらの被害について消費者への十分な周
知徹底を行き届かせるシステムが十分ではない。
◆大人よりも子どものほうが豊富な知識を
持っているという現状
オンラインゲームやダウンロードコンテンツの利用者が10~20代に集中し、その契約の方法や、
利用方法については若年層の利用者のほうが知識豊富である。子どもの被害を未然に防ぐため
にも大人の側にもインターネットのコンテンツやオンラインゲームに関する知識が求められる。
4.現代的課題に対する3つの提言
提言① 被害状況を明確にするための被害報告サイトの設置
まず、1つ目の提言は、消費者被害の報告サイト設立である。国民生活センターでも、実際に起
きた被害についてデータベース化したり、取り扱ったりしているが、ここでは特に被害の証拠が残ら
ないインターネットコンテンツ利用の取引における被害報告サイトを提案する。消費者被害を受け
た人の報告コミュニティ等を作成し、受けた損失を気軽に報告できるようになれば、今後被害にあ
うかもしれない原因を特定したり、消費者に注意を呼びかけたりすることもできる。また、事例を通
して、消費者被害にあったと認識していなかった人たちへの啓発にもつながると考える。
被害報告サイトへの関心を向けるためには、携帯向けの音楽や画像を扱っているサイトやオンラ
インゲームの公式サイトからリンクをするよう企業側に呼びかけ(あるいは義務化)をすべきであ
る。
トラブルに関する報告がサイトに書き込まれ、企業側もその状況を確認することができれば、企
業の体制にも改善が期待できる。企業体制の改善が進めば進むほど、消費者の意見を取り入れ
る優良な企業として認められるような認定マークなどを作成すれば、消費者にとっても安心して娯
楽を選択する 1 つの指標になると考える。
提言② コンテンツに関する大人向け消費者講座の開講
次に、2つ目の提言は、子どもが巻き込まれる可能性のあるさまざまな消費者問題について「大
人がインターネットコンテンツに関して学ぶ消費者講座」の開設である。
契約の複雑化が進む中、インターネットコンテンツについて関心や知識のない消費者にとっては、
これらの被害はとても理解しがたいものであると考える。
だからこそ、よりさまざま消費者に理解してもらうために、企業の出前講座や、実際にコンテンツ
やゲームを利用している小、中、高校生や大学生などと一緒に学ぶ講座などを開くことを提言する。
コンテンツやゲームを実際に利用してみることで、その問題点を明らかにできる効果が期待され、
一方普段から利用することに慣れている子ども、学生たちにとっては、自分が日ごろ交わしている
契約について振り返る機会にもなると考えられる。
提言③ 講座の講師は若者に!-社会参加の場の提供-
最後の提言は②と関わって、大人よりもインターネットコンテンツに関する豊富な知識を持つ高・
大学生に講座の「講師」として関わる場を提供する、ということである。つまり、「大人がインターネッ
トコンテンツに関して学ぶ消費者講座」を高校生や大学生の社会参加の場として位置づけるので
ある。
まずは、高校生や大学生向けに携帯電話のインターネットコンテンツに関する消費者被害の学
習会などを開き、そこで講習を受けた人は、大人向け講習会の講師として認定されるような制度を
つくるのである。そうすることによって、高校生や大学生にも幅広く被害の状況について知らせるこ
とができる。さらに、高校生や大学生にとっては、自分たちの興味・関心や、豊富な知識を活かすこ
とのできる場があることで、社会参加への関心が高まるのではないだろうか。
これらの講師認定が一時的に終わることがないように、消費生活アドバイザーや消費生活相談
員などの資格取得によい意味で影響を与えるような制度をつくることで、消費生活に関心を持つ若
者の育成にもつながると考えられる。
さらには、若者の消費者支援団体に対する助成金制度などをつくり、若者の社会参加を促進す
る背景があれば、さらにシティズンシップの育成にも効果があると考えられる。
5.おわりに
オンラインゲームの市場の大半を占めているのは韓国や中国の企業が提供しているゲームであ
る。パソコンや携帯電話から得られるインターネットコンテンツも日本で開発されたものだけではな
い。つまり、インターネットコンテンツの被害は、国際的な視点を持って解決されるべき課題である
と言える。もはや、国内だけの規制や制限だけでは対応として不十分である。また、サブカルチャ
ーが世界的にも文化として認められつつある現代において、その消費者被害はほんの一部である、
と捉えることは、さらに悪質な業者を蔓延させ消費者被害を拡大する原因になりかねない。
そこで、ACAPや日本消費者教育学会が、世界に積極的に呼び掛け、各種団体がリーダーシッ
プを取り、いち早く行動することも、日本の消費者支援活動が国際的に認められるきっかけにもな
るだろう。
また、大人のインターネットコンテンツに関する理解の促進や、子ども・学生側にある豊富な知識
を活用できる場の形成は、子どもの被害を防止するだけでなく、子どもの自尊心を高めたり、社会
参加への関心を高めたりするきっかけにもなるだろう。シティズンシップを持ち、さまざまなフィール
ドに視点を向け、国際的にも社会に貢献する消費者の育成がなされることを期待する。
<注釈及び参考文献>
1)総務省『情報通信白書 平成 20 年版』(2008)
http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/cover/index.htm
2)内閣府『消費動向調査』(2008.3)
携帯電話を所有する世帯数の割合を出している。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/shouhi.html
3)国民生活センター「オンラインゲームに関するトラブルが急増」記者説明会資料(2005)p.1
4) エンターブレイン『JOGA オンラインゲーム市場調査レポート 2008』(2008)
JOGA(有限責任中間法人 日本オンラインゲーム協会)は、オンラインゲームの市場拡大とさまざまな社
会的課題に注目し、オンラインゲームが健全に運営されるためのガイドラインの作成も行っている。
『オンラインゲームガイドライン』 http://www.onlinegameforum.org/guideline060605.pdf
5)首都圏情報ベンチャーフォーラム「オンラインゲーム研究会」分科会『オンラインゲーム市場統計調査報
告書 2005~004 年の国内のオンラインゲーム市場~』(2007)
6)ゲームを利用するためには、個人情報を入力してアカウントを入手しなくてはいけない。一個人で2つ以
上のアカウントを取得することも可能であるため、利用者数とは一致しないが、利用者が増えていることも
事実である。
7) エンターブレイン『JOGA オンラインゲーム市場調査レポート 2008』(2008)
8)「月額制」とは、350 円/月など、定められた金額を毎月支払うことによってインターネットサイト内のコン
テンツが利用できるシステムである。一方、「従量課金制」とは、ダウンロードするコンテンツ自体に料金
がかけられているため、コンテンツをダウンロードすればするほど料金がかかるシステムである。
9)オンラインゲームなどでプレーヤーが扱うキャラクターやアイテムは、所詮ただのデータでしかなく、プレ
ーヤーに与えられているのは「所有権」ではなく、「利用権」のみである。そのため、キャラクターやアイテ
ムの転売は認められていない。しかし、第三者のキャラクターやアイテムを許可なく使用し、消去した人を
「財産」詐取で逮捕したケースが生じ、オンライン上のキャラクターやアイテムを「財産」として認める裁判
などが起きている。
10)オンラインゲームフォーラム『オンラインゲームの市場統計調査報告書 2006~2005 年の国内のオンライ
ンゲーム市場~』(2006)