デザインフォーラム、ビジネスデザインシリーズ第三回報告 「ファッションからエレクトロニ

デザインフォーラム、ビジネスデザインシリーズ第三回報告
「ファッションからエレクトロニクス・航空・宇宙まで、化学から生まれた先端素材が世の中を変える」
講師:出口雄吉氏(東レ株式会社専務取締役 経営企画室長)
開催日:2014 年 12 月 19 日(金)
場所:京都大学デザインイノベーション拠点(KRP9 号館 5 階)
冒頭、石田先生の当該フォーラムの主旨説明を頂いた後、出口氏の講演、更に参加者を交えての活発な討議、意
見交換が行われた。(参加者;37 名)
[講演内容主意]
◆東レグループの概要
東レは繊維からエレクトロニクス、医療、航空機まで非常に幅広く事業展開を展開。その源に迫るべく、創業
以来 88 年の間にさまざまな要素が複雑に絡み合いながら現在の姿になっている東レの歩みと技術革新について
語られた。
● 東レは 1926 年にレーヨン繊維製造のために創業し、現在では国内 102 社だけでなく、海外 24 カ国 151 社
の連結対象会社を有する。2013 年度の従業員数は約 4 万 6000 人、連結売上は 1 兆 8000 億円規模。繊維を
はじめプラスチック・ケミカル、情報通信材料機器、炭素繊維、複合材料、環境エンジニアリング、ライフ
サイエンスといった事業をグループで展開。また、繊維事業、プラスチック・ケミカル事業を「基幹事業」
と位置づけ、この 2 つの事業で売上が全体の約 60%、営業利益の 55%を占める。そういう意味では東レは
現在も繊維会社であるとも言える。一方で、
「戦略的拡大事業」として取り組んでいる情報通信材料・機器と
炭素繊維複合材料で売上が全体の約 20%、営業利益では 30%強。さらに環境・エンジニアリングとライフ
サイエンスを「重点育成・拡大事業」と位置付けている。
● 創業時にあったレーヨンは 1960 年代に収束しているが、そのあとナイロン、ポリエステル、アクリルのい
わゆる 3 大合成繊維を皮切りに、樹脂・フィルム、電子情報材料、医薬、医療材料、水処理膜と、次々に新
しい事業を展開。該社では、高分子化学、有機合成化学、バイオテクノロジーといったコア技術をベースに
事業推進して来たが、最近ではここにナノテクノロジーを融合することによって、様々な要素技術を生み出
し、更にこれらを組み合わせて、次の時代を担う技術構築を進めている。
◆コア技術の深化・融合による多様な素材とその事業展開
このようなコア技術の深化・融合から生まれた素材と事業展開として、具体的な事例を紹介。
● まずは最近話題にもなっている炭素繊維。これは髪の毛の 20 分の 1 程度、5μm くらいの細い繊維で、比
重は鉄の 1/4 と軽く、重量あたりの強度は、鉄の 10 倍ほどある強い材料である。さらには錆びず、優れた
耐薬品性を備え、繊維状で加工しやすいという特徴を有する。炭素繊維は単独で使われることはなく、複合
材(CFRP)として活用される。機械的にも化学的にも安定した樹脂と組み合わせた中間素材(プリプレグ)を
重ね合わせて積層し、加圧・硬化・成形された状態で使用に供する。炭素繊維については、東レが 1971 年
に世界で最初に PAN(ポリアクリロニトリル)系の炭素繊維のビジネスを開始。以降、航空機を本命用途
として推進するも認定までには、非常に長い時間を必要とした。従って当初は、釣り竿やゴルフシャフト、
テニスラケットなど、スポーツ用途主体の時代が長く続くも 1970 年代の後半から航空機分野での性能実証
が徐々に進み、最新のボーイング 787 機では主翼、尾翼、胴体を含めたほぼすべての構造材料に東レの炭素
繊維が採用されるに至っている。787 機では 1 機あたり約 35 トンの炭素繊維を使うことで機体が 20%軽量
化され、20%の燃費改善につながっている。
炭素繊維の採用は航空機のものづくりの面でも変革をもたらすことになる。「航空機メーカーの設計仕様に
合わせてサプライヤーが部材や材料を納入する」従来型のものづくりシステムから、「東レとボーイングが
最初から密接に連携して、CFRP のポテンシャルを最大限に引き出せるような機体設計を行い、さらに世界
中の部材メーカーがチームになって CFRP の最適な設計、製造技術を作る」新たなものづくりシステムへと
変遷。つまり、材料が起点になって革新的な機体の設計や製造法を生み出すことになった。東レは「素材に
は社会を本質的に変える力がある」という言葉を常々表明しているが、まさにその好例と言える。
ボーイング 787 機は受注が 900 機を超えるベストセラーになり、新しい価値を世の中に生み出している。
例えば、CFRP を適用したボーイング 787 機を従来のアルミ合金でできた航空機と比較すると、燃費向上に
よる CO2 発生量が圧倒的に減り、1機あたり年間 2700 トンの削減につながり、更に、現在就航している航
空機すべてが CFRP に置き換わったとすると、年間 0.4 億トンもの CO2 の削減が期待できる。
また、強度の高い CFRP を使うことで窓は 30%大きくなり、機内圧の増加も可能にせしめたことから離着
陸時に耳が痛くなる症状が軽減され、加えて腐食に強く結露を気にしないで良いため機内の湿度を高くする
ことも可能にしている。つまり、この素材の登場により、乗客にとっても快適な空間を提供できるようにな
った。このように、炭素繊維の用途は航空機から、スポーツ、自動車、エネルギー、IT 関係、機械、医療関
係、土木まで大きく広がり続けている。
● もうひとつの事例が、水処理膜。実は、世界人口 70 億人強の中で、容易に飲料水を得られない人が約 9 億
人、衛生設備が不十分な人が約 26 億人と言われていることから、水問題の解決は人類にとって喫緊の課題
とも言える。この問題の解決手段のひとつが、海水淡水化プラント。東レではその基幹部品となる水処理膜
の技術で貢献。水処理膜は除去対象物の大きさによって、精密濾過膜(MF)や限界濾過膜(UF)、逆浸透膜
(RO)
、ナノろ過(NF)の 4 つを使い分けるが、4 種類すべての水処理膜を自社で開発、販売している世界
唯一の総合膜メーカー。現在では、アルジェリアの日産 50 万トンのプラントをはじめとして、大型プラン
トへの納入が世界 26 カ国、中小のプラントまですべて含めると世界約 70 カ国に納入。これは水の量に換算
すると、日産約 3600 万トン。計算上、約 1.4 億人分の生活用水を作っていることになる。
● 三つ目の事例は、機能性の繊維。東レ繊維事業の大きな特徴は、原糸だけでなく原糸原綿からヒートテック
のように縫製製品までを一貫して生産し、垂直統合型の事業展開をしている点。3 大合繊をはじめ、PPS(ポ
リフェニレンサルファイド)繊維やフッ素繊維といった先端素材の商品化も手掛け、テキスタイル事業にお
ける規模は世界最大級といわれる。
2006 年に企業提携を結んだユニクロのケース。両社は戦略的パートナーシップのもとで素材から商品まで
の企画/開発/生産/物流に至る、一連のトータルインダストリーを実現し、ヒートテックやウルトラライトダ
ウンといった製品を一緒に開発。この企業提携では、新しいサプライチェーンの構築にも成功。このことは、
競合他社が繊維事業の縮小や撤退を進めていくなかで、東レは「世界中を見渡せば繊維はまだまだ成長産業」
という発想で継続的な製品開発を行うとともに、新しいサプライチェーンの構築を通じてグローバル事業展
開を可能にした過程に繋がっている。その結果、未だに繊維の売上が該社の中で一番大きい状況を生み出し
ている。
◆それを成り立たせている仕組み
● 次に、素材を核にした多角経営を可能にしてきた仕組みの一端の紹介。そのひとつが東レの研究技術開発の
すべてをコントロールし、新製品の新技術開発を行っている技術センターの存在。研究技術開発要員は世界
中で約 3500 名、そのうち 73%くらいが日本国内。東レ本体では約 7000 人のうちおよそ 3 人にひとりが研
究開発要員である故、研究開発型の会社と言える。研究開発費は景気の波に関係なく少しずつ増えており、
2013 年度ベースで約 560 億円。研究本部を例に取ると、国内に 9 つの研究所それぞれに、本社が費用負担
している研究(Corporate Research、CR)と、各事業本部からの委託でまかなっている研究(Divisional
Research、DR)
、2 種類のテーマが混在。CR の方は原理の発見や新事業の創出、革新技術の創出、極限追
究による基礎基盤技術の構築に向けた取り組み。一方、DR の方は CR で出てきた革新技術の育成や事業化
のための技術開発、技術用途/応用の転換、などを担う。この 2 つが同じ研究所の中に同居することにより、
ある程度出口を見据えた基礎研究が実施でき、そして革新技術が事業につながりやすいのではないかと思わ
れる。
● また、該社では基盤技術を進化させる上で、
「技術の極限追究」
「深は新なり」ということを大切にしている。
ひとつの技術を深めていけば、新しいものがそこから出てくるという意味で、たとえば繊維の場合、細さの
極限追究、フィルムでは厚さの極限追究、炭素繊維では強度と剛性の極限追究といったものである。
◆今後の展開に向けて
● 現在、海外の売上高は約 9000 億円、従業員数 2 万 8000 人の規模。海外での事業運営の基本方針は、
「企業
として短期的な利益を求めるのではなくて、長期的な視点をもって相手の国の経済、社会とともに発展して
いく」という考え方であり、これが成功の鍵と捉えている。国内は高コスト構造のため今後も研究開発の強
みを生かしたハイエンドの製品を国内で開発・生産することで生き残ることを目指す。これが東レの考える
「日本をマザー工場とするグローバル展開」である。同時にグローバルに活躍できるグローバル人材の育成
と確保を実践していくことも大切である。
● 東レでは今後社会が持続的に成長を続けるための地球規模の問題を 4 つ挙げている。それは、①CO2 濃度
の増加が主因とされている地球温暖化の抑制
②化石資源の枯渇やエネルギー問題
③人口増加による食
料・水不足問題 ④ヘルスケアの問題。これら 4 つの課題に対して、化学を核にした技術革新から生み出さ
れる先端材料を通じた解決策、ソリューションを提供して、社会の持続的成長に貢献することを目指す。こ
れを一言で表したのが「Innovation by Chemistry」というコーポレートスローガン。
「素材には社会を本質
的に変える力がある」と信じ、これからも先端素材を開発して世界に貢献していく所存である。
[主たる討議論点]
1. 市場が活況を呈するまでの間、長期視点に立った素材の研究開発マネージメント
2. 素材産業における研究開発の深化と需要(実ビジネス)の間の埋め方(長期にわたる研究開発期間の中での出口
の見定めや研究開発者のモチベーション維持)
3. イノベーションを起こす上で重要なキーパートナーの選択基準
4. CR( Corporate Research)と DR (Divisional Research)の予算配分、その管理システムなど
5. 息の長い素材研究における世代を越えての技術の伝承
6. 研究開発における産官学連携の在り方、あるいは要求事項
7. 自動車産業においてグリーンイノベーションが進行する中で、CNG(Compressed
Natural
Gas)、CHG
(Compressed Hydrogen Gas)が注目されているが、これらのタンクに向けた炭素繊維のビジネス(マーケッ
ト)展望
以上。