「日本産科婦人科学会」および「成育医療センター 妊娠と薬情報センター」より最近発表されたインフルエンザに関する情報をまと めました。参考にして下さい。 妊娠とインフルエンザ感染について 平成21年11月9日 社団法人 日本産科婦人科学会(一部改変) 新型インフルエンザ感染(H1N1)に対する対応 Q&A Q1: 妊婦は非妊婦に比して、新型インフルエンザに罹患した場合、重症化しやすいのでしょうか? A1:妊婦は重症化しやすく、また死亡率が高いことが強く示唆されています。カナダからの報告によれば、10 月 17 日までの総入院者 1604 名中、85 名(5.3%)が妊婦であり、総死亡者数 83 名中、4 名(4.8%)が妊婦でした。2009 年 10 月 16 日、WHO(世界保健機 構)は「妊娠 28 週以降の妊婦は特に重症化の危険が高い」との声明(Pandemic (H1N1) 2009 briefing note 13)を発表し、引き続 く 10 月 30 日(WHO, Pandemic (H1N1) 2009 briefing note 14)には「総入院者中、7%-10%は 14 週以降の妊婦である。妊婦はそ うでない一般集団より集中治療室を必要とする確率が 10 倍高い」との声明を発表しました。これらは妊婦の場合、妊娠週数が進む につれより重症化しやすいことを指摘したものです。カナダで入院した妊婦中、その妊娠時期が判明した妊婦 39 名中、28 名(71.8%) が 28 週以降であり、死亡者 4 名中少なくとも 3 名は妊娠 28 週以降でした。これらは、妊婦のなかでも妊娠 28 週以降の妊婦へは特 に優先的ワクチン接種が考慮されるべきであることを示しています。 Q2: 妊婦への新型インフルエンザワクチン投与の際、どのような点に注意したらいいでしょうか? A2: 季節性インフルエンザワクチンに関しては安全性と有効性が証明されています。 今回の新型インフルエンザワクチンのプレフィルドシリンジ製剤(あらかじめ注射器に注射液が充てんされている製剤)にはチメロ サール等の保存剤が使用されていません。バイアル製剤(小瓶に注射液が充てんされている製剤)には季節性インフルエンザワクチ ンと同様にチメロサール等の保存剤が使用されています。しかし、チメロサール等の保存剤が含まれていても安全性に問題はないこ とが証明されています(以前、胎児神経発達への悪影響が懸念された)。今回産科施設に配布される新型インフルエンザワクチンは プレフィルドシリンジ製剤が大部分であるとされています。 新型インフルエンザワクチンと季節性インフルエンザワクチンの同時接種も可能です(「CDC(米国疾病予防局)は同時接種しても よい」と表現し、日本の厚生労働省は「医師が必要と認めた場合は可能」と表現しています)。ただし、この場合には両ワクチンは ある程度離れた場所に接種することをお勧めします(発赤等の副反応がいずれのワクチンによって出現したのかを判定するためで す)。また、妊婦さんは当面、2 回の新型インフルエンザワクチン接種が推奨されています(今後の検討結果次第では 1 回接種とな る可能性もあります)。新型インフルエンザワクチンの安全性については、WHO(2009 年 10 月 30 日)が以下「」内声明を発表しま した。「新型インフルエンザワクチンの副作用について専門家らが検討したが、特に季節性インフルエンザワクチンの副作用と異な った点はなく、たいへん良好な結果であった。初期段階での結果は安心すべきものであったが、今後とも副作用については注視して いくべきである。」 季節性インフルエンザワクチンでは重篤なアナフィラキシーショックが 100 万人当たり 2〜3 人に起こることが報告されており、卵 アレルギーのある方(鶏卵、鶏卵が原材料に含まれている食品類をアレルギーのために日常的に避けている方)ではその危険が高い 可能性があります。したがって、卵アレルギーのある妊婦さん(鶏卵、鶏卵が原材料に含まれている食品類をアレルギーのために日 常的に避けている方)にはいずれのワクチン接種も勧めず、以下が推奨されます。 1)発症(発熱)したら、ただちに抗インフルエンザ薬(タミフル) を服用(1 日 2 錠を 5 日間)します。 2)罹患者と濃厚接触した場合には、ただちに抗インフルエンザ薬(タミフル、あるいはリレンザ)を予防的服用(10 日間)します。 また、新型インフルエンザワクチンに関して、アレルギーや喘息のある方はじんましん、アナフィラキシー、全身の発疹等の副反応 が出やすいことが示唆されています。したがって、特にアレルギーや喘息のある方には接種後 30 分間は病(医)院内にとどまり、 気分不快などの症状出現に注意します。 Q3: インフルエンザ様症状(38℃以上の発熱と鼻汁や鼻がつまった症状、のどの痛み、咳)が出現した場合の対応については? A3: 発熱があり、周囲の状況からインフルエンザが疑われる場合には、できるだけ早い(可能であれば、症状出現後 48 時間以内) タミフル服用開始が重症化防止に有効とされていますので、できるだけ早く医療機関を受診下さい。受診する病院に関しては、あら かじめ決めておきましょう。妊婦さんから妊婦さんへの感染防止という観点から妊婦さんが多数いる場所(例えば産科診療施設)へ の直接受診は避けて下さい。これはあくまでも感染妊婦と健康な妊婦や褥婦との接触を避ける意味です、「接触が避けられる環境」 下での産科施設での感染妊婦さんの診療は差し支えありません。一般病院を受診する際には事前に電話して相談して下さい。また、 マスク着用の上、受診するようにして下さい。これは他の健康な方に感染させないための重要なエチケットとなります。一般病院へ のアクセスが種々の理由により時間がかかる、あるいは困難と判断された場合にはかかりつけ産婦人科医が対応します。当然ですが、 産科的問題(切迫流・早産様症状、破水、陣痛発来、分娩など)に関しては、新型インフルエンザが疑われる場合であっても、重症 でない限り、かかりつけ産婦人科施設が対応します。インフルエンザに感染し「解熱後2日間」で他人への感染力はなくなると一般 には認識されていますが、最近の研究によると「解熱後5日間」はインフルエンザウイルスがまだ存在し、他人に感染させる可能性 があることが指摘されております。解熱後も5日間は行動を控え、自宅で休養を取って他の人に感染させないように努めましょう。 A 型インフルエンザ感染が確認されたら、ただちにタミフルの内服を開始することをお勧めします。発症後 48 時間以内のタミフル服 用開始(確認検査結果を待たず)が重症化防止に重要です。新型インフルエンザであっても簡易検査でしばしば A 型陰性の結果とな ることがあります。基礎疾患があり、インフルエンザが疑われる患者には簡易検査の結果いかんにかかわらずタミフルを投与すべき との意見もあります。妊婦さんは基礎疾患がある患者さんと同等以上に重症化ハイリスク群と考えられていますので、周囲の状況や 患者症状からインフルエンザが疑われる場合には簡易検査結果いかんにかかわらず同意後、躊躇なくタミフル内服をすることをお勧 めします。 Q4: インフルエンザ重症例とはどういう症例をさすのでしょうか? A4: 肺炎を合併し、十分な酸素を取り込めない状態になった場合、人工呼吸器が必要となりますので、それらに対応できる病院への 搬送が必要となります。したがって、呼吸状態について常に注意を払う必要があります。また、若年者ではインフルエンザ脳症(言 動におかしな点が出て来ます)や心筋炎もあり、これらも重症例です。 Q5: 妊婦が新型インフルエンザ患者と濃厚接触した場合の対応はどうしたらいいでしょうか? A5: 抗インフルエンザ薬(タミフル、あるいはリレンザ)の予防的投与(10 日間)を行います。予防投与は感染危険を減少させます が、完全に予防するとはかぎりません。また、予防される期間は服用している期間に限られます。予防的服用をしている妊婦であっ ても発熱があった場合には受診するよう勧めます。 Q6: 抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ)は胎児に大きな異常を引き起こすことはないのでしょうか? A6: 2007 年の米国疾病予防局ガイドラインには「抗インフルエンザ薬を投与された妊婦および出生した児に有害事象の報告はない」 との記載があります。また、これら薬剤服用による利益は、可能性のある薬剤副作用より大きいと考えられています。催奇形性(薬 が奇形の原因になること)に関して、タミフルは安全であることが最近報告されました。抗インフルエンザ薬 (タミフル、リレン ザ)の安全性については以下を参照して下さい Q7: 抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ)の予防投与(インフルエンザ発症前)と治療投与(インフルエンザ発症後)で投与 量や投与期間に違いがあるのでしょうか? A7: 米国疾病予防局の推奨 (http://www.cdc.gov/H1N1flu/pregnancy/antiviral_messages.htm)では以下のようになっていますので、本邦妊婦さんの場合に も同様な投与方法が推奨されます。 1.タミフルの場合 予防投与:75mg錠 1 日 1 錠(計 75mg)10 日間 治療のための投与:75mg錠 1 日 2 回(計 150mg)5 日間 2.リレンザの場合 予防投与:10mgを 1 日 1 回吸入(計 10mg)10 日間 治療のための投与:10mgを 1 日 2 回吸入(計 20mg)5 日間 Q8: 予防投与した場合、健康保険は適応されるのでしょうか? A8: 予防投与は原則として自己負担となります。 抗インフルエンザ薬について・インフルエンザワクチン接種について 国立成育医療センター内 妊娠と薬情報センター 薬が妊娠・胎児に与える影響を考える上で、流産の自然発生率は 15%前後、先天異常の自然発生は 2~3%と言われていることをまず はご理解ください。薬剤の影響がなくても、自然流産率や先天異常の発生率は皆さんが想像されている以上に高いことが分かります。 タミフル(リン酸オセルタミビル) 「妊娠と薬情報センター(国立成育医療センター)」では妊娠初期にオセルタミビルを使用した女性に妊娠結果の調査を行っていま すが、2005 年 10 月から 2009 年 4 月までに回答が得られた 25 人では、2 人が自然流産、1 人が人工妊娠中絶、22 人が先天異常のない新 生児を出産しています。 また、虎の門病院の報告では、妊娠初期にオセルタミビルを使用した 65 人の妊娠では、生児を出産したのが 64 人でそのうち 1 人に 先天異常がみとめられ、他の 1 人は自然流産という結果でした(日本病院薬剤師会雑誌 第 45 巻 4 号 547-550 2009 年)。 両者を合わせますと、妊娠初期にオセルタミビルを使用した 90 人の妊娠結果は、3 人が自然流産、1 人が人工妊娠中絶、86 人が生児 を出産し、そのうち 1 人に先天異常がみられましたが、通常の発生率と比較して高いものではありませんでした(CMAJ. 2009 Jul 7;181(1-2):55-8. Epub 2009 Jun 15)。 調査人数が少ないため、この調査結果から胎児への影響がないと結論づけることはできませんが、一般的な先天異常発生率を大きく上 回らない可能性があります。また、発売後の期間が短いため、長期的な発達への影響についてはまだわかりません。今後、先天異常や 長期的な発達への影響に関する大規模な疫学研究が行われる必要があります。 リレンザ(ザナミビル水和物) ザナミビルは吸入で使用され局所で作用するため、母親の血中に移行する量もごくわずかであり、さらに口に残ってしまった分を飲 み込んでしまったとしても、それも血中にはほとんど移行しないことがわかっています。 こうしたことから妊娠中にわずかの期間(通常の使用であれば 5 日)この薬剤を使用したとしても、胎児に重大な影響を及ぼす可能 性は少ないと考えられます。 インフルエンザワクチン 現在日本で使用されているインフルエンザワクチンは不活化ワクチンです。 妊娠初期のインフルエンザワクチン接種の催奇形性に関 する大規模な疫学研究はひとつあります。妊娠 4 ヶ月までにインフルエンザ不活化ワクチン接種を受けた母親から生まれた 650 人の児 において、大奇形、小奇形の発生率は増加しなかったと報告されています(Birth Defects and Drugs in Pregnancy, 1977)。他にも 第 1 三半期に不活化インフルエンザワクチン接種を受けた子どもにおいて先天奇形発生率の増加は認められなかったとの小規模な研究 による報告があります(J Infect Dis 140(2):141-146, 1979, Am J Obstet Gynecol 140:240-245, 1981)。 生ワクチンではないので重篤な副作用は起こらないと考えられ、一般的に妊娠中のすべての時期において安全であるとされています。 妊 娠 中 の イ ン フ ル エ ン ザ ウ イ ル ス 感 染 は 、 重 度 の 合 併 症 や 入 院 の リ ス ク を 高 め る と の 報 告 が あ り ま す ( Am J Epidemiol 1998;148:1094–102, Br J Obstet Gynaecol 2000;107:1282–9.)。アメリカの予防接種諮問委員会 Advisory Committee on Immunization Practices(ACIP)による勧告では、インフルエンザシーズン中に妊婦である女性のインフルエンザワクチン接種を妊娠週数に関わらず 推奨しています(MMWR 2009, Vol. 58 RR-8)。 妊娠中は胎児を免疫学的に寛容するために、母体の免疫機能は低下傾向にあり易感染性です。さらに、妊娠初期では悪阻による体力 低下、中期以降は子宮の増大による他臓器への圧排所見の 1 つとして横隔膜の挙上による肺活量の低下、循環血漿量の増大による心へ の負荷が加わり心肺機能の低下がみられます。これらのことから、妊婦はインフルエンザ感染症に関しては感染しやすくさらに重症化 しやすい身体状況にあると考えられ、積極的なワクチン接種が世界的に勧められております。 国立成育医療センターでは、妊娠中のワクチン接種による母体の免疫獲得能力、出産までの免疫持続力、赤ちゃんへの免疫移行に関 し研究させていただいております。前述のとおり母体の免疫機能は低下傾向にあり、ワクチンによる免疫獲得能力が妊娠していない時 より低下することが心配されておりましたが、現在までの当院での研究の結果からは、不活化インフルエンザワクチンは妊娠中の免疫 の変動に関係なく約 90%が免疫を獲得することが可能で、全ての時期でワクチン接種は免疫獲得に有効であることが想定されました。 ワクチン接種後に獲得された免疫は少しずつ低下しますが、出産時にはまだ感染防御に十分とされる免疫力が残っており、さらに母体 の免疫が胎盤を介して児へ移行することにより、出産した赤ちゃんも出生時に既に感染防御に十分な免疫を獲得していることが証明さ れました。また、2002 年の開設以来シーズンあたり150人前後の妊婦さんがワクチン接種を受けていますが、副反応、胎児への影響 もみられておりません。従って、妊娠中のインフルエンザワクチン接種は母子ともに有用なワクチン接種と考えられます(J Med Virol 2009, in press) 。 東京都世田谷区大蔵 2-10-1 国立成育医療センター内 妊娠と薬情報センター TEL: 03-5494-7845 申し訳ありませんが、当院ではインフルエンザ・ワクチンの接種は行っておりません。最寄りの施設にお問い合わせ下さい。 平成21年11月12日
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