光学望遠鏡による宇宙デブリ観測

光学望遠鏡による宇宙デブリ観測
○ 中島厚、柳沢俊史、木村武雄、磯部俊夫、山本浩通、星野健(航空宇宙技術研究所)
Space Debris Observation by Optical Telescope
Atsushi Nakajima, Toshifumi Yanagisawa,Takeo Kimura, Toshio Isobe,
Hiromichi Yamamoto and Takeshi Hoshino (NAL)
Key Words: Space Debris, Optical Telescope
Abstract
Numerous post-mission launchers/satellites and the fragments generated by several explosions of themselves, called
space debris, are still left in orbit. For the detection and orbit determination of space debris, ground-based optical
telescopes have been used since last year in Japan. NAL has prepared high-speed tracking facility onboard 0.35 meter
Schmidt Cassegrain(SC) telescope for LEO large debris/satellite observation at NAL headquarter in Tokyo. For GEO
debris observation, the 0.45 meter telescope has been used at Yatsugatake in Nagano. The 1 meter telescope, which is
now under construction at Bisei in Okayama will be used for smaller space debris detection. Some technological items
such as development of automatic debris detecting software, small and less-vibratory refrigerator for the cooling of
detecting devices, figure and attitude motion estimation and the construction of observation network system have been
proceeded at NAL.
軌道決定のための追跡観測は、その数が膨大になる
1.まえがき
年々増加する宇宙デブリに対し、国内外において
につれて美星町だけでは観測時間の制約により対応
地上から観測する施設の整備が進められている。航
がとれなくなる可能性があるため、国内外の他の施
技研は、光学望遠鏡を用いた宇宙デブリ観測技術の
設との連携も必要になるものと思われる。航技研で
向上を目指した研究を行うために、低軌道デブリ観
は静止デブリ追跡観測用に赤道儀追尾の 35cm 望遠
測用小型追尾装置を本所(調布市)に設置し、追尾
鏡の設置を検討している。
技術並びに画像取得/処理技術の研究を行い、また、
低軌道デブリに関しては、将来的には我が国でも
八ヶ岳観測所並びに美星町観測施設のデータを用い
レーダ観測が主体となるが、比較的大きな構造物や
て静止軌道デブリ検出のためのデブリ自動識別ソフ
軌道が精度よく求まっている小さなデブリの追尾観
トウエアの開発を行っている。更に、効率的な観測
測は光学的にも可能であり、特に宇宙ステーション
並びに安定したノイズ除去のために CCD センサ冷
等はその建設段階から形状を地上より捉えることが
却用パルスチューブ冷凍機の試作研究を実施してい
できる。また、将来の落下予測に関しても姿勢情報
1)
る 。
を地上からの観測による入手することにより、より
2.観測体制
高精度の予測も可能となる。低軌道デブリ観測用に
光学望遠鏡によるデブリ観測は、主に静止高度に
は、3軸マウント方式の航技研の 35cm シュミット
おけるカタログ化されていない未知デブリ(爆発に
カセグレン望遠鏡を使用する 4)。国内ではこの他に美
よる小さな破片等)の探索が第1に求められており、
星町 0.5m 望遠鏡並びに口径1mの大型望遠鏡を有
その検出能力は光学系の性能と大量の取得データか
する公共天文台2カ所(北海道陸別町銀河の森天文
らデブリを抽出するソフトウエアに依存している。
台及び富山市天文台)が低軌道デブリ追尾能力を持
航技研においては、美星町1メートルの望遠鏡を用
っている。また、移動式として NHK 技術研究所の
いてデータを取得し、その中からデブリを自動検出
30cm 望遠鏡が稼働しており、特に落下間近なデブリ
するソフトウエアの開発を行っている 2), 3)。美星町の
に関してはこれらとの連携観測が必要となる。
施設は現在整備中で、50 センチ並びに1メートルが
以下、静止デブリ観測、低軌道デブリ観測につい
稼働する今年度後半から本格的なデータが取得でき
て述べる。
るものと期待している。新たに発見されたデブリの
1
3.デブリ自動検出ソフトウエア
静止軌道上のデブリは現在、1メートルクラスま
ではカタログ化されており、米国を主体に継続的な
観測が行われている。より小さなデブリを発見する
ことが今後の課題であるが、美星町の口径1メート
ル望遠鏡は 0.5 メートル以下のより小さなデブリの
検出が可能であるため、航技研では本施設を利用し
てサーベイを行う予定である。本施設を利用する枠
組みとしては、宇宙開発事業団との共同研究の一環
として観測計画を立て、生データを航技研で解析す
る予定である。膨大な量のデータが取得されるため、
恒星とデブリの識別は自動化する必要がある。その
ためのソフトウエアの開発を現在行っている。
美星町の施設(図1)は現在調整中であり、未だデー
タ取得はできないが、平成12年度中には2機の望
図2 0.45m 望遠鏡(八ヶ岳観測所)
遠鏡も稼働となる予定であり、本格的観測開始前に、
自動検出ソフトウエアが完成するよう準備を進めて
表1 0.45m 望遠鏡特性
いる。
Items
Telescope
Diameter
Focal Length
0.5 m望遠鏡
1m望遠鏡
F number
Mount
Location
Altitude
Characteristics
Cassegrain focus
450 mm
5400 mm
Main mirror 1800 mm/F4
12
Improve German Equatorial
Lat.35.53’25”,Long.138.18’27”
1,035 meter
表2 CCD カメラ特性
図1
BSGC 外観(JSF HP より)
Items
CCD device
Pixels
Pixel size
Area
A/D trans.
Frame rate
Cooling
Temperature
Exposure time
Interface
Power supply
Signal cable
Camera mount
Dimension
Mass
OS
1GB memory
デブリ自動検出ソフトウエア開発のために、(株)
五藤光学研究所との共同研究により、八ヶ岳山麓に
設置された 0.45m 望遠鏡を用いた静止デブリ観測並
びにそのデータを用いたソフトウエアの検証を実施
している。図2は望遠鏡の外観、表1は主な特性で
ある。焦点距離が長く視野が狭いのでレデューサを
挿入して観測を行っている。センサはナカニシイメ
ージラボ社製の電子冷却 CCD カメラで、約 130 万
画素からなり、視野角は 10’∼20’程度を確保してい
る。表2は同カメラの特性である。
2
Characteristics
Sony ICX085AL
1280×1024
6.7μm×6.7μm
8.6mm×6.9mm
12bit/18MHz
10 frames/sec
Perche
-25deg. from temperature
0.0001 – 1800sec
PCI board(128MB memory)
DC12V, 2A
D-sub 25p
C-mount
W80×H90×D95mm
600gr
Windows98
40sec serial recording
3−1 デブリ検出手法(1)
恒星とデブリの識別にはさまざまな手法が提案さ
れているが、本文では比較的明るい場合とより暗い
stars
デブリを検出する手法について述べる。図1は前者
の場合で、恒星追尾モードで観測する。デブリに対
する時間積分ができないが、多数の画像を合成する
ことにより、合成画面の中をデブリが移動するため
容易に恒星と識別する事ができる。またこのモード
はある赤緯に沿って天空をスキャンするため、カメ
debris
ラ視野内の赤緯上に存在するデブリをサーベイする
ことになり、順次赤緯を変化させて静止軌道帯を探
索することができる。図1の場合は、露出時間2秒、
撮影間隔を2秒にして7枚の画像を合成したもので、
2個のデブリ(静止衛星)が捉えられている。
Exposure time
: 2 seconds
Exposure interval : 2 seconds
Stacked frames
:7
3−2 デブリ検出手法(2)
図2 星座の中を移動する静止デブリ
より暗いデブリに対しては、CCD 上
又は画像処理上で光を蓄積する必要が
ある。静止デブリは一般に移動速度がほ
Nn
ぼゼロか非常に遅いため、追尾機能を停
止した、いわゆる固定撮影でよいが、通
time
N2
N1
● デブリ1
F1
常は長時間露出するため恒星が長い輝
▲ デブリ2
線となって画面を覆ってしまい、その画
☆ 恒星
面の中に存在するデブリをも覆い隠し
Fs1
てしまう可能性がでてくる。それを避け
F2
るために、ここで示す方法は、比較的短
時間露出の画像を多数(数十枚∼数百
枚)取得し、それを計算機上で合成して、
結果として露出時間を多くとる手法で
Fs
ある。
図3は短時間露出の画像を重ね合わ
Fs2
せて恒星を削除し、デブリのみを残し、
且つその光量を蓄積して暗いデブリを
検出するプロセスを示したものである。
F1∼Fm が取得した生データで、各画像
毎に恒星とデブリの相対位置は変化す
る。図のように変化する場合、デブリの
動きにあわせて各画像を分割し、その移
動分の座標を考慮してデブリが重なり
合うようにし、その時各ピクセルの中間
Fsn
Fm
値(median)をとることにより、恒星を除
去することが可能になる。この時、デブ
リの移動が未定の場合は、可能性のある
移動量を推定して計算機上で一致させ
る操作を行う。これらの関係式は下記の
図3 重ね合わせ法によるデブリ検出プロセス
3
通りである。
Xd = 15(Te + Tr)
n = F / Xd
m > 2n-1
(1)
(2)
(3)
ここで
F (arc sec) : CCD カメラの視野角
Fi : CCD カメラで撮像されたファイル番号
( i =1, 2,
m)
m : 撮影枚数
n : 各ファイルの分割数
Te (sec) : 露出時間
Tr (sec) : 読み出し時間
Xd (arc sec) : 各露出間のデブリの移動量
(a) Observed data
である。nはカメラの視野角と露出時間/読み出し
時間によって決定される。各フィールド (F1, F2,
Fm) は N1, N2,
Nn. というように等分に分割される。
その結果、以下のような関係式になる。
Fs1=F1N1+F2N2+・・FnNn
(b) Detected debris
Fs2=F2N1+F3N2+・・Fn+1Nn
・
・
図4 自動デブリ検出例
(4)
・
測に必要な大気圏突入間近なデブリの姿勢運動推定、
Fsn=FnN1+Fn+1N2+・・F2n-1Nn
大型不具合衛星の地上からの監視、宇宙ステーショ
ンやシャトルの飛行状態の把握等が挙げられる。現
従って
Fs=Fs1+Fs2+・・Fsn
在構築中の宇宙ステーションは国民の関心の的であ
(5)
るが、地上からの形状観測が可能なことにより、よ
り一層宇宙開発への興味につながるものと思われる。
で表される。Fs が最終の画面で、恒星が除去されて
図5は航技研に設置された低軌道デブリ、大型構
デブリのみが検出された状態になる。
造物観測用高速追尾装置で表3に主な仕様を示す。
図4は本方式により検出した例である。図4(a)は
デブリを含む画像で、同様の画像を16枚取得した。
各画像の露出時間は2秒、読み出し時間 11.3 秒で横
方向の視野は 0.88 度である。上述の手法を経て図4
(b)に示す1枚の画像にデブリのみが残されている。
この方式並びに改良方式について八ヶ岳観測所や美
星町観測データ(25cm 小型望遠鏡による画像)を基に
検証を行っている。
4.低軌道デブリ観測
低軌道デブリ観測用には、高速追尾機構が必要に
なる。美星町 0.5m 望遠鏡は本機能を有しているが、
焦点距離を短くして視野角を大きくとっているので
主に広範囲の探索用である。長焦点距離の望遠鏡に
図5 航技研の低軌道デブリ追尾装置
よる低軌道デブリ観測としては、精度の良い落下予
4
表3
航技研追尾装置の主要諸元
Items
Telescope
Diameter
Focal Length
Mount
Tracking
Location
Altitude
Characteristics
Schmidt Cassegrain
350 mm
3850 mm
2400mm with reducer(F/7)
3 axes(Az, Tr, El) control
so called X-Y mount
3 deg./sec. maximum
Lat.35.40’42”,Long.139.33’24”
100 meter
Atlantis
ISS
図6は本装置を用いて撮影された国際宇宙ステー
ション ISS とスペースシャトル Atlantis(STS-101)
とのドッキングシーンである。Atlantis は 2000 年5
月 19 日午前 10 時 11 分 10 秒(UTC)に打ち上げられ、
図6 ISS/Atlantis ドッキングシーン
その後 ISS とドッキング。図6は5月 26 日未明に撮
影された。主なデータは下記の通り。
低軌道デブリは1つの観測サイトでは可視範囲が
撮影日:2000 年5月 26 日,02:55:29(JST)
狭いため国内の他の施設との連携をとって観測を行
撮影地:東京都調布市深大寺東町7−44−1
航空宇宙技術研究所
う必要がある。図7は大気圏突入約2周前の
宇宙2号館屋上観測室
SL-04R/B の軌跡で、4施設の連携でほぼ連続的な観
光学系:米国セレストロン社製 C14 型シュミットカセグレン望遠鏡
(口径 355mm、焦点距離 2485mm、レヂューサ有)
架
測が可能となることを示している。各施設の望遠鏡
台:AES 社製3軸制御方式 X-Y マウント
口径、追尾機構は図中に示してある。
カメラ:NIL 社製 ICC-130M(130 万画素),15ms 露出
図7
低軌道デブリ観測可能施設と可視範囲の例
5
5.C C D 冷却
行っている。具体的には、航技研に設置された低軌
検出素子である CCD の冷却は、ペルチェ素子によ
道デブリ観測用高速追尾装置による大型デブリ、宇
る冷却から、液体窒素、冷凍機による冷却とさまざ
宙ステーション等の形状観測、静止デブリを含め新
まな方式がとられている。ノイズレベルを安定化す
たに発見されたデブリの軌道決定のための追跡観測、
るためには後2者が優れており、メンテナンスの点
(株)五藤光学研究所との共同研究による八ヶ岳観測
から冷凍機による方式が今後の主流になるものと思
装置によるデブリ検出用ソフトウエアの開発、美星
われる。美星町の施設は液体窒素により約-100℃に
町観測施設を利用して宇宙開発事業団との共同研究
冷却されるが、冷凍機方式への移行を考慮して、航
による未知静止デブリ検出等であり、更に将来のよ
技研ではパルスチューブ冷凍機による CCD 素子冷
り高性能化を目指した技術開発を行っている。今後
5)
却について試作を行っている 。図8はその断面図で
は国内外の他の機関との連携をより強めて、効率的
図9は試作品の外観である。当面 40 万画素の小型素
な観測を行うと共に、観測能力の向上に努める予定
子の冷却を行い、その後、100 万画素クラスの素子
である。
の冷却に着手する予定である。
参考文献
[1] A.Nakajima et.al.:Space Debris Observation
byGround-Based Optical Telescopes, Proc.of
22nd ISTS, 2000-n-03, Morioka, May 28-June 4,
2000
[2] 柳沢他:重ね合わせ法による静止デブリの検出、
第 44 回宇宙科学技術連合講演会、00-3B14, 福
岡、2000.10.15-17
[3] 磯部他:恒星追尾撮像画像における恒星とデブリ
分離処理の一方法、第 44 回宇宙科学技術連合講
演会、00-3B15, 福岡、2000.10.15-17
[4] 木村他:三軸経緯儀によるデブリの形状観測、第
44 回宇宙科学技術連合講演会、00-3B13, 福岡、
2000.10.15-17
[5] 星野他:小型2重管式パルスチューブ冷凍機の特
性、第 42 回宇宙科学技術連合講演会、東京、1998
Cold head
Linear compressor
Pulse tube
Regenerator
Water cooler
Orifice
Reservoir
図8
2重管式パルスチューブ冷凍機
図9
試作機の外観
6.あとがき
航技研では宇宙環境保全の一環として、宇宙デブ
リの光学観測並びにその技術的改良に関する研究を
6