科学者に委ねてはいけないこと 岩波書店 このページを開いている若い人の 大学で数学を教えているくらいな なかには、2011年3月12日の ら原発のしくみについてもよく知っ 東京電力福島第一原子力発電所の一 ていたはずだと思われるでしょう。 号機の爆発事故を、リアルタイムで 原発がいろいろな問題を抱えている の出来事としては,記憶していない ことを知識として知ってはいても、 方もいらっしゃるかもしれません。 それがもつほんとうの意味には目を 東日本を襲った地震と津波の翌日、 むけずにいました。絶対安全という 前夜から危機的な状況に陥っている 説明は信じられないとしても、それ 原発はどうなってしまうのか、私も が目の前でなすすべもないままに崩 テレビに釘付けになっていました。 れていくのを見ることになるとも思 何の前触れも説明もなく原子炉建 ってはいませんでした。 屋を吹き飛ばす爆煙の映像。骨組み 科学と科学者によせる人びとの信 だけになった建物上部。そこで何が 頼も,原子炉建屋とともに崩れてい おきているのか、これからどうすれ ったように私には感じられました. ばよいのかを教えてはくれない専門 原発の安全神話を作りあげた末に過 家。それまでの考えを根底からひっ 酷な事故を招いたこと.そして事故 くり返す衝撃的なできごとでした。 の実態と放射能の危険性についての ( NHK ス ペ シ ャ ル 「 メ ル ト ダ ウ ン 」 情報がもっとも必要とされるときに 取 材 班「 メ ル ト ダ ウ ン 適切に提供されなかったこと.事故 連鎖の真相」 講談社)そしてテレビに映らないと から4年が経とうとしている今も, ころでは、自分たちにどんな災厄が 信頼は崩れたままに放置されている ふりかかっているか知らされないま と私は思います. まに、多くの人びとが放射能にさら 福島では今も十数万人もの人が住 されていたのです。 ( 広 河 隆 一「 福 島 み慣れた土地に帰ることができず、 原発と人びと」岩波新書) もっと多くの人びとが放射能の危険 にさらされながら,事故以前とはす 人びとに危険をおしつけるしくみの っかり変わってしまった日常のなか 中にあった,と私は思っています. で不安とともに暮らしています(朝 最高学府とよばれる東京大学は, 日新聞特別取材班「生きる 原発避 この知の権威による権力のしくみを 難 民 の み つ め る 未 来 」朝 日 新 聞 出 版 )。 支えてきたし,いまもそれは続いて その一方で東京にすむ私たちは、 いると思います.科学と科学者への 200キロ北での現実から目をそら 信頼をとりもどすためにも,原発事 しさえすれば、原発事故の前と同じ 故をくりかえさないためにも,この ように,問題など何もないかのよう しくみの再生産を止めなくてはなり にふるまうことができるのです。 ません. 科学を学ぶということは、使い方 これがこの本に原稿を書くか書か を誤れば、これほど重大な結果をも ないか最後までためらった理由です. たらし、これだけ多くの人を不幸に どの大学にも数学を勉強したい新入 陥れる力を手にするということです。 生がいるはずです.それどころか, それを防ぐためには,私たちに何が 数学は大学の外でもできるのです. できるのでしょうか。原発事故とそ 東大新入生という限られた人にでは れに続いて起きたことからみえてき なく,数学をもっと知りたいすべて た,科学と科学者が抱える問題が, の人におすすめしたい本を紹介しま ここにあげた本ではさまざまな視点 した. から論じられています。 すらすら読めるものではないです 限られた一部の人や組織が知識を が,数学の本は一歩一歩読み進めれ 囲いこむことで権威を作りあげると, ば違う世界を見せてくれます.数学 そこから疎外された人はよわい立場 の世界にふれながら,原発事故のあ におかれてしまいます.原発事故と とで数学を学ぶことの意味も考えて その被害の拡大の根源は,そうした いただければと思います.
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