ノーマライゼーション発祥の北欧をたずねて

ノーマライゼーション発祥の北欧をたずねて
海外出張報告
八藤後 猛
学生時代の教科書がわりのスウェーデンの本
対象を特定しないことに感銘を受けました
今夏『障害者・高齢者,子どもなどを対象としたバリ
ゼーションがしっかり根づいていることに気づいていま
アフリー環境,建築安全計画に関する研究』を主な目的
したか? 形や色はデザインの大きな要素ですが,こう
として,
2007 年7月 31 日~8月 22 日の 23 日間にわたり,
した使いやすさが北欧デザインの基軸になっています。
スウェーデン,ノルウェー,デンマーク,フィンランド
蘆建築の現状と教育
の北欧4ヵ国に出かける機会を得ました。その中で印象
デンマークは,中欧文化を北欧に伝える玄関口です
に残った話題を中心に報告したいと思います。
が,北欧デザイン,ノーマライゼーションばかりでなく
蘆はじめに
1960 年代のポルノ解禁のように,全世界に浸透するあ
「ノーマライゼーション」という言葉は,1960 年代に
らゆる文化の発祥の地となり,国民もそれを誇りに思っ
デンマークのバンク・ミケルセンによって提唱され,そ
ています。北欧建築も,いまコペンハーゲンが熱いと感
の後スウェーデンなどの北欧諸国を足がかりとして,世
じました。
界に広がりました。これは,障害があっても障害のない
北欧では,首都に「建築博物館」があり,みなさんが
人と同じように地域生活ができる環境づくり,これが
旅をされたらまずここを訪れるとよいでしょう。コペン
ノーマルな環境であって,そうした人々を排除する社会
ハーゲン建築博物館では,市内の有名建築,これは建築
はもろくて弱いものであると考えられたのです。この実
ガイドブックに載っているもの以外にもおすすめ建築
現のため,早くから建築,工業製品,家具,手工芸製品の
や,
自転車で回る建築見学コースなどを教えてくれます。
デザインまで,こうした思想が研究・実践され,長い間わ
また,後述の再開発地区の展示説明なども積極的に行わ
が国では私たちの目標とすべきモデルとなっていました。
れ,その国の建築の現状がすぐにわかります。学生作品
蘆北欧デザインの今むかし
の展示も行われ,若い人たちはこれを目当てに来ている
北欧は,近代に入ってから工業製品を中心としてデザ
ようです。
インに力を入れていることは知られています。いわゆる
ストックホルムの建築博物館は,国立中央美術館に隣
「北欧デザイン」といった独特のデザインコンセプトは,
接していて,誰もが気軽に訪れることができるという好
わが国においても多くの人が受け入れ,
憧れのものとなっ
立地です。建築に関する基本的な知識が身につく展示が
ています。とくに椅子のデザインは,ウェグナー,ヤコブ
あり,小学生などの初等教育から,社会人キャリア再開
センの名前を知らなくても,私たちの周囲にとけ込んで
発まで幅広く利用され,国民にとって身近な場所です。
います。北欧には,デンマークデザインセンター(DDC)
ちょうど妹島和世+西沢立衛展をやっていて,大空間に
のように,デザインプロダクトを展示,保管し後世に残す
金沢 21 世紀美術館の模型などが置かれ,多くの人の目
だけでなく生きたデザイン教育の場が数多くあります。
をひいて,北欧でも評価されていることがわかります。
実はこれらの椅子をはじめとした製品には,ノーマライ
作風としては,岐阜県営住宅ハイタウン北方(妹島和世
コペンハーゲン市郊外,西再開発地区にある FLINTOLM 駅 地下鉄地上
駅と郊外電車が交差している駅にガラス大屋根が美しい
建築博物館(ストックホルム)
教育の場としても利用。妹島和世+西沢立
衛展が実施
建築設計事務所)など,北欧によくみられる近代~現代
なりました。
建築に共通したデザイン思想があり,この国に受け入れ
蘆目立つ建築の再利用
られやすいのではないかと思いました。
北欧は,もともと環境については「環境共生型エネル
蘆活発な再開発
ギーシステム」をはじめとしたエコロジカルなものへ
北欧は,社会福祉が充実していること,税金が高いこ
の関心が高く,古いビルや集合住宅を再利用している
となどで知られています。福祉の充実のために高い消費
光景をよく見ます。旧ノキア(携帯電話の)工場跡の
税がかけられているのは旅行者でも実感してしまいま
KAAPELI は,ガイドブックにも載る観光スポットに
す。高齢化率の高いこれらの国々では,福祉以外にかけ
なっています。われわれは横浜赤レンガ倉庫を思い出し
られるお金が少なく,先進諸国のような目立った再開発
ますが,北欧の再利用は,可能な限り手を加えていない
や大規模プロジェクトは少ないと思っている人も多いと
のが特徴です。たとえば,工場跡ではバリアフリーの観
思います。ところがデンマークでは,いまコペンハーゲ
点で,このままでいいのか?と疑問符の付くものもある
ンの臨海地区を中心に再開発が活発に行われていて,建
のですが,これは次の項で。
築はとっても元気だと感じました。これは,スウェーデ
蘆ノーマライゼーションと建築環境
ンやフィンランドの都市部などでも規模は小さいもの
今回の視察では,公共建築物,公共交通機関の物的バ
の,国民人口で比較するととてつもなく大きなプロジェ
リアの解消という観点からは,わが国は旧交通バリアフ
クトが今も進んでいることがわかります。
リー法などの法整備がなされ,ここ数年で福祉先進国と
これら各国に共通するのは「環境共生」と「バリアフ
いわれる北欧に肩を並べるどころか,世界一の水準に
リー」です。後者は,私の研究分野なので関心のあると
なったように思えました。法適用の必要性から,古い建
ころでしたが,これらの配慮は建築や工業製品では基本
築物に強引にスロープを付けるわが国のやり方とは違
性能として日常的すぎて,強調されることもありません。
い,北欧では物的バリアは建築物や車両に多く残ってい
「バリアフリー」のまちづくりは,もっぱら外国人(主
ます。これに出くわしたベビーカーや車いすは強引にア
に日本人?)に向けて発信していますが,国内ではとく
プローチし,ここに乗りたいんだという意思表示をしま
に口にする人もいないほど浸透しているのですね。
す。すると間髪を入れず人の助けが入るのです。わが国,
最近ストックホルム市では,市中心から南西郊外に位
そして私も,環境形成において人的援助に頼るのは権利
置するマハンビー地区が集合住宅を中心とし大規模な再
法の観点から望ましくないという,米国法の影響を強く
開発で有名です。わが国ではこうした地区の環境共生や
うけています。こうした光景を目の当たりにすると,こ
バリアフリー環境が強調されていますが,現地へ行くと
れまで自分たちが尽力してきた施策は,本当によかった
人から説明を受けないと気づかないのです。1980 年代
のか考えさせられます。
頃まではバリアフリー環境や高齢者住宅(グループホー
各国では,電車が着くとベビーカーが真っ先に飛び出
ム)は,目立ったデザインでしたが,こうした新しいま
してエレベーターに向かいます。車いす使用者や高齢者
ちでは,これらを強調することなく集合住宅の中や一般
はその後から列について,ときには3順以上待つことも
のデザインの中に取り込まれていて,思わず「うまいな
あります。わが国では考えにくい光景なので,ある意味
あ」と感嘆してしまいます。
障害をもつ人を特別扱いしないノーマライゼーションが
ストックホルムには 30 年くらい前,筆者が学生の頃
高いレベルで実現しているとも思えました。しかし,ス
ゼミで使った教科書にも出てきた 1960 年代の歩道橋と
トックホルムでは,
ごく最近,
ベビーカーはエレベーター
スロープ(下写真,中央)があります。バリアフリーの
から排除され,階段を使用させられていました。まだ北
機能をうまくデザインに取り組むというお手本でした
欧には,学ぶことはたくさんあって目が離せません。
が,今はこうした「いかにも」というデザインは少なく
コペンハーゲン大学に隣接した再開発地区の集合住宅 気候風土にあった
北欧独自のファサードを踏襲しながら現代建築の要素を取り込んでいる
(やとうごたけし・専任講師)
ストックホルム市内歩道橋 地下鉄
ができ,誰も使用していない
ヘルシンキ旧ノキア工場 KAAPELI
イベントでにぎわう