金融敵視が経済を殺す

武者リサーチコメンタリー
2009 年 11 月 18 日
ストラテジーブレティン
金融敵視が経済を殺す
~日本一人負けの原因究明~
金融危機の収束と世界成長回帰
世界金融危機は収束、世界経済は着実に回復している。世界がデフレに陥り日本のよう
な 10 年以上にわたり名目ゼロ成長を繰り返すという可能性はほぼなくなった。
株式会社武者リサーチ
代表
武者 陵司
日本の落伍
こんな筈ではなかった。去年の今頃日本は「不良債権処理先進国」として、米国に説教
を垂れていた。日本だけは不良債権処理も終わり金融は健全であると安堵していた。ま
た世界的株と債券の大暴落で、
「日本の失われた 10 年を欧米が後追いする」との見方も
蔓延していた。しかし 1 年後、恐ろしいほどの日本の落伍が鮮明になっている。世界株
高の中の日本低迷ぶりが突出している。年初来の株価(ドルベース)は、ブラジル、ロシ
ア、中国が 8~10 割、欧米が 2 割前後の上昇となっているのに対して日本は世界最低の
1%となっている。その中でも金融株が足を引っ張っている(図表 1、図表 2 参照)。
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図表 1:日米の株価指標および金融株の推移
(2009年1月1日=100)
S&P500 金融
TOPIX
180
東証1部 銀行業
160
東証1部 保険業
東証1部 その他金融
140
120
100
80
60
40
08/10
図表 2:世界 20 カ国の年初来株価上昇率
(ドルベース)
S&P500
200
08/7
〒105-0021
東京都港区東新橋 2-18-3
ルネパルティーレ汐留 901
09/1
出所:ブルームバーグ、武者リサーチ
09/4
09/7
09/10
ブラジル
ロシア
中国88
トルコ
シンガポール
香港
スウェーデン
韓国
オランダ
カナダ
オーストラリア
スイス
イタリア
米国
英国
フランス
南アフリカ
スペイン
ドイツ
日本
104.4%
99.8%
87.5%
76.4%
60.0%
55.5%
51.8%
45.6%
37.5%
27.4%
27.4%
24.7%
23.9%
23.0%
20.8%
20.4%
19.7%
17.7%
15.0%
1.2%
注:米国はS&P500指数。
出所:ウォールストリートジャーナル2009年11月17日版より武者リサーチ作成
マネーを吸収する日本金融機関
日本が決定的に劣っているのは金融機関の収益とリスクキャピタルの供給である。日本
は金融危機から 10 年経っても金融機関収益は赤貧状態で、100%確実な借り手以外には融
資する体力がない。加えて新 BIS 規制と国際会計基準の適用で自己資本不足が露呈し巨
額の増資を連発している。マネーを供給するはずの金融機関がマネーを吸収している。
本日のウォールストリート・ジャーナルは昨日までの年初来累計の時価発行増資は 376
億ドルと前年同期(37 億ドル)の 10 倍に上っていると伝えている。その大半は三菱 UFJ
ファイナンシャルグループによる 1 兆円増資などの金融機関である。加えて消費者金融
金利の上限引き下げ、融資制限などに伴う中小零細金融の金融逼迫が起きている。亀井
大臣による「返済猶予制度」(モラトリアム)の提案はそうした窮状に対するパッチワー
ク(弥縫策)である。
武者リサーチコメンタリー
2009 年 11 月 18 日
カギは金融機関を儲けさせること
翻って米国では迅速な不良資産の処理とその後の市場回復により、金融機関収益は急速
に回復してきた。迅速なゼロ金利導入による大幅な利ザヤがもう一つの収益回復の要因
となっている。米国の金融危機対策の焦点はひとえに、金融機関の収益回復と資本増強
であった。 それなしにはマネーは回らず、経済が回復できないことは明白だったからで
ある。それは金融機関経営者の高額報酬批判とは全く別のことである。
米国政策が支えた金融利益
米国金融機関の収益回復の第一の理由はクレジット資産の値上がり「マイナスのバブル」
是正によりトレーディング利益が急回復し、また大幅な資産評価損が資産評価益に転じ
たこと、第二の理由は大幅な利下げで資金利ざやが著しく拡大していることである。危
機の根因が「貨幣への偏愛」にあると見た FRB は徹底的ドル流動性供給と市場での資産
買い支え(buyer of last resort)によって、それを否定した。つまり資産価格を押し上
げることで貨幣選好が間違いであることを示した。次いで FRB はFFレートを日本と同
じゼロまで引き下げ、金融機関の調達コストを限りなく低めた。それに対して運用の利
回りは、米国の長期国債金利ですら4%弱であり両者の利ざやは急速に拡大し、銀行の
収益を押し上げた(図表 3 参照)。
図表 3:日米バブル崩壊後の長短スプレッドと株価推移
4.0
長短スプレッド
(%)
日本
(10年物国債利回
リ-コールレート)
3.0
2.0
1.0
0.0
-1.0
米国(10年物国債利回りーFF誘導金利)
-2.0
(%)
長短金利
10
9
米国
10年物国債利回り
FF誘導金利
8
7
6
5
日本
10年物国債利回り
4
3
2
コールレート無担保翌日物
1
0
-1
(円)
45000
1700
株式市場
S&P500(右軸)
1500
35000
1300
1100
25000
日経平均株価(左軸)
900
700
15000
500
5000
300
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
00
注:2009年11月13日まで。グラフの青線は米国、赤線は日本
出所:日本銀行、内閣府、ブルームバーグ、武者リサーチ
01
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2009 年 11 月 18 日
今後も第一の「マイナスのバブル」の是正は続くだろう。また第二の利ざやも更に拡大
する可能性がある。国債大量発行、インフレ懸念の高まりなどの悪い金利上昇要因、景
気回復という良い金利上昇要因がともに揃っており、長期国債金利は更に上昇していく
と考えられるからである。つまり今起きていることを敷衍して考えると、金融機関の収
益回復には持続性があり、資本不足問題も予想外に短期で片がつく可能性が高まってい
るといえる。
金融機能(リスクキャピタルの提供)を殺した日本のデフレ
以上は1990年代の日本の金融危機の展開とは決定的に異なる点である。日本の銀行
ではバブルが破裂した後、とめどのない資産価格、不動産価格の下落により巨額の資産
評価損が発生し続けた。またゼロ金利の導入と言う異例の金融緩和にも拘らず、デフレ
の定着によって長期金利が低下し続け、利ざやは悪化したままであった。日本の銀行は
不良債権を処理しようにも、利益が回復しなかったのである。日本のデフレがなぜ悪か
ったのかと言えば、金融機関の収益を破壊し、リスクキャピタルの提供を止め、経済社
会から積極的にリスクを取って大海に漕ぎ出そうという、アニマルスピリットを殺して
しまったことにある。それはデフレがもたらした正の効果、企業と消費者のコストの低
下よりははるかに大きなダメージとなったのではないか(図表 4、図表 5 参照)。
図表 4:日本の物価推移
図表 5:日本の民間貸し出し推移
(前年比%)
8.00
7.00
6.00
5.00
4.00
3.00
(前年比%)
6
企業向けサービス価格指数
2009年9月 -3.2
国内企業物価指数
2009年10月 -6.7
地方銀行
2009年10月 2.46
4
2
2.00
1.00
0.00
0
-1.00
-2.00
-2
銀行計
2009年10月
1.52
-3.00
-4.00
-5.00
-6.00
-7.00
消費者物価指数
(東京都区部、除く生鮮食品)
2009年10月 -2.2
都市銀行
2009年10月
0.66
-4
-6
-8.00
-9.00
-8
86/1 88/1 90/1 92/1 94/1 96/1 98/1 00/1 02/1 04/1 06/1 08/1
注:企業向けサービス価格指数、消費者物価指数は消費税影響を除去、国内
企業物価指数は消費税抜き指数
出所:日本銀行、総務省、武者リサーチ
-10
92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09
出所:日本銀行、武者リサーチ
2009 年 11 月 18 日
武者リサーチコメンタリー
----------------------------------【お知らせ】--------------------------------武者リサーチ設立記念セミナーのご案内
2009 年 12 月 19 日(土)13:00-16:00
このたび、株式会社武者リサーチの設立記念セミナーを開催することと致しました。
2010 年、世界金融危機脱却後の経済と市場の展望、その論理、および処方箋に関して深
掘りをしてみたいと考えております。弊社代表武者陵司及び、運用の第一線で活躍され
ている、アルフェックス・インベストメンツ代表取締役 CIO 高松一郎氏をお招きして
の講演の後、参加者の皆様を交えての討論を企画しております。
【プログラム】
13:00 - 14:30
『2010 年の経済/市場展望
~金融危機の収束と依然豊かな投資チャンス~』
株式会社武者リサーチ
代表 武者陵司
14:40 - 15:10 『運用最前線の日本株投資戦略
~豊かな投資機会をどう刈り取るか~』
アルフェックス・インベストメンツ株式会社
代表取締役 CIO 高松一郎 氏
15:15 - 16:00
質疑応答と討論
【開催概要】
日時
2009 年 12 月 19 日(土)13:00-16:00
会場
TKP 大手町カンファレンスセンターEAST ホール 2
千代田区大手町 1-1-2
りそな・マルハビル 18 階
定員
150 名(先着順に受付、満席になり次第締め切ります。)
参加費
3、000 円(当日受付にてお支払いください。)
申込方法
詳細は 11 月 24 日(火)より、弊社ホームページ及び、日経新聞紙上にて
ご案内させて頂きます。
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