下水道協会誌 H26 年 10 月号掲載(一部加筆) 公物法としての下水道法

下水道協会誌
H26 年 10 月号掲載(一部加筆)
公物法としての下水道法 -水道法との比較において―
国土交通省
水管理・国土保全局
下水道管理指導室長
藤川眞行
1.公物法と公企業法
下水道法については、道路法、河川法等と同じく、公物(管理)法(以下の(注
1)参照)としての側面を持つとされている1。他方、下水道にやや特性が似てい
る水道については、その根拠法として水道法があるが、水道法は公物法ではなく、
公企業法との理解がなされている(以下の(注2)参照)。
(注1)
我が国の行政法学における
「公物」の概念については、
明治憲法時代から、
「国家又は公共団体が直接に公の目的の為に供用する有体物」
(
「日本行政法下
巻」
(美濃部達吉 著、
(株)有斐閣 発行、昭和 15 年)776 頁参照)が維持さ
れてきたとされる2。以下では、このような概念規定を前提として、特に、道路
法、河川法等の典型的な公物法を念頭に置いて、
「公物法」という言葉を使うこ
ととする。
(注2) 我が国の行政法学における「公企業法」の概念については、古くから様々な
見解があり3、ここで詳述することはしないが、最近の行政法学にも多少影響を
与えている公企業法の主要な概念として、
「公企業の特許」
(公企業は本来、国・
地方自治体が主体となるが、私人も「特許」を受けることによって主体となるこ
とができるとする)がある。近年、行政法学においては、この概念について様々
な批判が行われているが4、水道法については、
(社団)日本水道協会が発行して
いる逐条解説書では、
「水道事業の認可は、いわゆる公企業の特許に相当するも
のといえる。
」としており5、このような考え方が維持されている。
本稿では、下水道法と水道法との比較を通じて、公物法としての下水道法の特
色等について、整理を行うこととする。なお、紙面の関係上、以下では、下水道
1
2
3
4
5
「逐条解説 下水道法 第三次改訂版」(下水道法令研究会 編著、
(株)ぎょうせい 発行、平成 24 年)4 頁参照
「行政法Ⅲ [第 4 版] 行政組織法」(塩野宏 著、
(株)有斐閣 発行、平成 24 年)348 頁参照
「公企業法の理解と教育の課題」[奈良教育大学教育研究所紀要](高山義影 著、奈良教育大学教育研究所 発
行、昭和 42 年)参照
例えば、「行政法Ⅰ [第 6 版] 行政法総論」(塩野宏 著、
(株)有斐閣 発行、平成 27 年)129~131 頁参照
「第 4 版 水道法逐条解説」(水道法制研究会 著、(社)日本水道協会 発行、平成 27 年)221~223 頁参照
1
法については「公共下水道」、水道法については「水道事業」という典型的なも
のを取り上げて説明を行う。
2.管理・経営の主体
公共下水道と水道事業の管理・経営主体については、それぞれ、公物法、公企
業法の特色を踏まえたものとなっている。
具体的には、下水道法は、公物法として、公共下水道管理者は、地方公共団体
(原則、市町村)に限定されており(下水道法第3条)、民営は想定していない
6
。
他方、水道法は、公企業法として、水道事業は、原則として市町村が経営する
としているが、給水区域の市町村の同意を得た場合には、市町村以外の者でも経
営ができるとしており、民営を排除していない(水道法第6条第2項)。
3.管理者・事業者の責任
管理者・事業者の責任について、不法行為責任、工作物(公の営造物)責任を
考えると、国家賠償法上の責任になるか、民法上の責任になるかの問題が生じる。
これは国家賠償法の解釈によって決まるものであるため、必ずしも、公物法、公
企業法の違いが判断を分けているわけではなく、また、水道事業の取扱いが必ず
しも明らかでないので、評価が難しいが、どちらかと言えば、公物法、公企業法
の特色も反映した取扱いになっている、若しくは、そのように考えた方が適当で
はないか、と考えられる。
具体的にいえば、国家賠償法は民法の特則と考えると7、まず、公共下水道、
水道事業それぞれについて、国家賠償法上、
「公権力の行使に係る賠償責任」
(国
家賠償法第1条。民法第 709 条・第 715 条の不法行為責任に相当)の要件、又
は、
「公の営造物の設置管理に係る賠償責任」
(国家賠償法第2条。民法第 717 条
の工作物責任に相当)の要件に該当するかが問題となる。そして、基本的には、
前者については、対象となる不法行為が「公権力の行使」当たるかどうかが、後
6
7
公共下水道管理者は、国民等に対し下水道を管理する最終責任を負う主体として地方公共団体に限定されている
が、下水道管理に関する事実行為を民間主体に事務委任することは禁じていない。実際、公共下水道においては、個
別の維持管理業務を民間主体に委託する場合が多いだけでなく、終末処理場等の維持管理を包括的に民間主体に委託
する「包括的民間委託制度」も相当数活用されている。また、PFI 事業については、PFI 事業者は、かかる事実行為
について、PFI 法第 2 条第 2 項に規定する「公共施設等の整備等」を行うものと考えることができる。ちなみに、下
水道法上、下水道を構成する土地物件の所有権等の所在について制約は定められていないため、必ずしも管理者が所
有権等を保有する必要はなく、PFI 事業者等が所有権等を保有し、管理者は必要な権原を保有することも想定され
る。(
「PFI 事業者の公物管理法上の位置づけについての考え方」(平成 14 年 8 月 23 日、国土交通省)2~3 頁参照)
実際に、かつて行われていた日本下水道事業団の下水汚泥広域処理事業(エース事業:複数の地方公共団体から発生
する下水汚泥を一括処理する施設の建設・保有・管理等を行う事業)については、管理者は当該施設を所有せず、事
業団が保有して事業を行っていた。下水道事業においても、PFI 事業の BOT 方式等の活用について検討する余地があ
るのではないかと思われる。
例えば、「行政法Ⅱ [第5版、補訂版] 行政救済法」(塩野宏 著、
(株)有斐閣 発行、平成 25 年)295~296 頁
参照
2
者については、
「公の営造物」に当たるかどうかが、国家賠償法が適用されるか
の判断の分かれ目となる。
前者の公権力の行使に係る賠償責任に関しては、判例は「公権力の行使」につ
いて広義説(概ね国・公共団体の私経済作用及び国家賠償法第2条の対象となる
ものを除く全ての活動を対象とする)を採用している8。公共下水道については、
公共下水道管理者には、行政罰等の法的強制力を有する狭義の意味での公権力
の行使まで認められていること(「5.管理者・事業者の公権力行使」参照)や、
利用者との間の法関係は民事法上の契約関係として設定されていないこと(「6.
管理者・事業者と利用者との法関係」参照)等もあり、当然、「公権力の行使」
に当たると考えられる。水道事業については、必ずしも明確ではないか、経営の
主体について民営を排除していないこと、利用者との間の法関係は民事法上の
契約関係として設定されていること、公営のバス事業や公営の病院の医療行為
(強制を伴わないもの)については「公権力の行使」でないとされていること等
を踏まえると、どちらかと言うと、私経済作用として、
「公権力の行使」に当た
らないとする方が適当ではないかと考えられる。
なお、国家賠償法第1条の適用がなくとも、民法第 709 条・第 715 条の適用が
あれば、当該規定に基づき賠償責任を負うこととなる。それぞれの損害賠償責任
の相違については、①国家賠償法には使用者免責の規定がない、②国家賠償法第
1条第2項では求償権の行使の要件を故意又は重過失としているのに対し、民
法第 715 条では軽過失でも足りる、③国家賠償法第1条が適用されるときには
公務員個人に対しては被害者は直接請求できないのに対し(通説・判例)、民法
によると使用者責任の追及以外に行為者本人にも賠償を求めることができる、
といった点について、違いがあるとされる。ただし、①、②の違いについては、
民法の運用過程で、近年、大いに相対化しており、実質的には、③の違いに尽き
るとされている9。
次に、後者の公の営造物の設置管理に係る賠償責任に関しては、
「公の営造物」
について、
「公行政の主体によって特定の公の目的のために仕えるべく定められ
た人的・物的手段の総合体」
(ドイツの著名な行政法学者オットー・マイヤーの
定義)のうち、
「施設的部分たる有体物」を意味するとされており10、公共下水道
については、文字通り「公の営造物」に当たると考えられる。水道事業について
は、必ずしも明確ではないが、経営の主体について民営を排除していないこと、
利用者との間の法関係は民事法上の契約関係として設定されていること等を踏
まえると、どちらかと言うと、
「公の営造物」に当たらないとする方が適当では
8
9
10
例えば、前掲塩野「行政法Ⅱ」306~307 参照
例えば、前掲塩野「行政法Ⅱ」307~308 頁参照
例えば、前掲塩野「行政法Ⅱ」334 頁参照
3
ないかと考えられる11。
なお、国家賠償法第 2 条の適用がなくとも、民法第 717 条の適用があれば、当
該規定に基づき賠償責任を負うこととなる。それぞれの損害賠償責任の相違に
ついては、物理的な対象として「公の営造物」
(国家賠償法第 2 条)が「土地の
工作物」
(民法第 717 条)より広い(例えば、自然の池・沼等は後者の対象外だ
が、前者の対象)ということに加え、①国家賠償法には占有者免責の規定がない
(これは、特に、私人が所有し、国・公共団体が管理する施設について救済の範
囲で違いが生じる。)、②国家賠償法では、設置・管理に当たる者と、設置・管理
の費用を負担する者が異なるときに、そのいずれに対しても損害賠償を求める
ことができる(国家賠償法第3条)、といった点について、違いがあるとされる
12
。
4.管理者・事業者の義務
管理者・事業者の義務については、下水道法、水道法で様々な規定があるが、
ここでは最も重要と考えられる水質や施設に関する規定を見ることとする。結
論的には、この点については、公物法、公企業法の違いというのでなく、水質や
施設を一定水準以上のものとするために、基本的には、下水道法も、水道法も同
じような規定が措置されていると考えられる。
具体的にいうと、下水道法は、放流水の水質を一定以上のものとするため、水
質基準(下水道法第8条)、構造基準(下水道法第7条)を設けるとともに、事
業開始前にチェックする事業計画の要件として、施設が構造の基準に適合して
いることを求めている(下水道第6条第1項第2号)。そして、公衆衛生上重大
な危害が生じ、又は公共用水域の水質に重大な影響が及ぶことを防止するため
緊急の必要があると認める時は、国土交通大臣は、公共下水道管理者に、工事又
は維持管理に関して必要な指示ができることとなっている(下水道法第 37 条第
1項、第2項)。
他方、水道法は、水道水の水質を一定以上のものとするため、水質基準(水道
法第4条)、構造(施設)基準(水道法第5条)を設けるとともに、事業開始前
にチェックする経営の認可の要件として、施設が施設基準に適合していること
を求めている(水道法第8条第1項第3号)。そして、施設基準に適合しなくな
11
12
例えば、「国家補償法」
(宇賀克也 著、(株)有斐閣 発行、平成 9 年)233 頁では、公の営造物について、例示
ではあるが、田中二郎の論文を脚注で引用しつつ、「道路、~水道、下水道、~等、公の目的に供用されている有体
物を意味するというのが伝統的な理解である。
」としている。また、高裁判例で、水道事業への「公の営造物」の適
用について、配水管は対象となるとしつつ、給水管(個々の水需要者のみに水を供給する施設)は対象外としたもの
がある(東京高裁平成 16 年 12 月 22 日判決)
。ただし、前掲「国家補償法」では、「私人と対等の立場で行う私経済
的活動については、私人と同様に民法の不法行為法に服するというのが、国家賠償法の趣旨であると考えられ、その
趣旨は、同法1条のみならず、2 条においても貫徹されなければ、両条の間の均衡を欠くことになる。」
(232 頁)と
もされている。私見も、同様に、国家賠償法第1条、第2条とも、私経済的活動か否かが主要な判断の分かれ目にな
る(否の場合に国家賠償法の適用がある。)のではないかと考える。
例えば、前掲宇賀「国家補償法」229~230 頁参照
4
ったと認め、かつ、国民の健康を守るため緊急の必要があると認める時は、厚生
労働大臣は、水道事業者に、施設を改善すべき旨を指示でき(水道法第 36 条第
1項)、指示に従わない場合で給水を継続させることが利用者の利益を阻害する
と認める時は、給水の停止を命じることができることとなっている(水道法第 37
条)。さらに、これは、下水道法ではない規定であるが、給水停止命令に違反し
た者は、1年以下の懲役又は 100 万円以下の罰金が課されることとなっている
(水道法第 53 条第1項第9号)
。
ちなみに、水道法には、公企業法の特色を踏まえ、給水区域内の需要者から給
水契約の申し込みを受けた時は正当な理由がなければ拒否できない、原則とし
て常時水を供給しなければならないことになっている(いわゆる給水義務。水道
法第 15 条第 1 項・第2項)。この点、下水道法は、このようなサービス提供義務
の規定はないが、そもそも下水道の目的を達するため、排水区域内の土地の所有
者等は排水設備を設置して、汚水・雨水を下水道に流さないといけないこととな
っており(下水道法第 10 条)、当然のことながら、原則、常時、汚水・雨水を受
け入れ、処理・排除しなければならないことになる(例外については、下水道法
第 14 条参照)。
5.管理者・事業者の公権力行使
公権力の行使(ここでは、
「3.管理者・事業者の責任」で述べた国家賠償法
第1条の「公権力の行使」
(広義)ではなく、例えば、命令違反者等に行政罰が
科される等の意味での強制力を有する公権力の行使を指す。)については、基本
的には、国、地方公共団体等の公的な団体しか行使できないという考え方がある
13
。
「2.管理・経営の主体」で述べたが、下水道法は、公物法として管理主体は
地方公共団体に限られている一方、水道法は、公企業法として経営主体は民間事
業者も認められている。このため、公権力の行使に関し、公共下水道については、
下水道法上、下水道の目的を達成するため、公共下水道管理者に様々な公権力の
行使権限が与えられている(上記の表【下水道管理者の公権力の行使権限(主な
もの)】参照)一方、水道事業については、水道法上、水道事業者に公権力の行
使権限は与えられていない。
13
例外的に、例えば建築基準法の建築確認のように(建築確認を受けなかった場合には行政罰が科される)、公権力
の行使を私人(建築確認の場合は、指定を受けた民間確認検査機関)にも認めている場合があるが、理由としては、
公権力の行使自体に裁量性に乏しいといった特殊な事情があるものと考えられる。
5
【下水道管理者の公権力の行使権限(主なもの)
】
下水道法の条項
第 10 条
項目
行政罰等
排水設備の設置義務の免除
設置義務違反については、法 38 条の監督処分、
監督処分違反については、法 46 条で行政罰
第 11 条の 3 第 3・4 項
水洗便所への改造命令
改造命令違反については、法 48 条で行政罰
第 12 条の 5
特定施設に係る計画変更命令
計画変更命令違反については、法 46 条で行政罰。
また、計画変更命令違反については、法第 38 条
の監督処分、監督処分違反については、法 46 条
で行政罰
第 12 条の 9 第 2 項
事故時の応急措置命令
応急措置命令違反については、法 46 条の 2 で行
政罰。また、応急措置命令違反については、法第
38 条の監督処分、監督処分違反については、法 46
条で行政罰
第 13 条第1項
排水設備等の立入検査
検査を拒んだ者等については、法 49 条で行政罰
第 24 条第 1・3 項
行為制限(下水道への物件の設置等の制
行為制限違反については、法 38 条の監督処分、
限)の解除
監督処分違反については、法 46 条で行政罰
他人の土地への立入・一時使用(土地の
立入・一時使用を拒んだ者等については、法 47 条
占有者・所有者は正当な理由がない限
で行政罰
法 32 条第 1・7 項
り、拒み、妨げてはならない。)
法 37 条の 2
特定事業場からの下水排除に対する改
改善命令・排除命令違反については、法 46 条で
善命令・排除停止命令(なお、特定事業
行政罰。また、改善命令・排除命令違反について
場以外の「排水設備」
、
「除外施設」につ
は、法 38 条の監督処分、監督処分違反について
いては、条例で、改善命令の規定や、罰
は、法 46 条で行政罰
則規定を設けることとしている。
(参考:
標準下水道条例第 18 条、第 27 条第 8
号))
法 38 条第 1・2 項
監督処分
監督処分違反については、法 46 条で行政罰
ちなみに、水道法第 17 条第1項の「給水装置の立入検査」については、下水
道法第 13 条第1項の「排水設備等の立入検査」と似た規定であるが、水道法に
おいては、下水道にあるような違反した場合の行政罰の規定はない。この点につ
いては、水道法では、正当な理由なしに給水装置の検査を拒んだ者に対し、給水
を停止することができるとし(水道法第 15 条第 3 項)、検査の実効性の確保を
図っている。この他にも、同条項(水道法第 15 条第 3 項)では、
「料金を支払わ
ない場合」、
「その他正当な理由があるとき」は、水道事業者の供給規定の定める
ところにより給水の停止ができるとしており、水道の需要者への対応について、
6
公権力の行使権限が与えられていない仕組みの下で、実効性の確保を図る方策
が講じられている14。
なお、下水道法においても、使用制限の規定があるが(下水道法第 14 条)、
「下水道の工事を施工する場合」、
「その他やむを得ない理由がある場合」に、
「公
共下水道の使用を一時制限することができる」とされており、水道法のように利
用者への対応に実効性の確保を図る措置としては想定されていない。これは、水
道は給水停止をしても被害は基本的には当該利用者だけに限られるが、公共下
水道は利用を制限した場合、被害は、公衆衛生の悪化、公共水域の汚濁等、当該
利用者を超えて広域に発生するという特性があるためであると考えられる。
6.管理者・事業者と利用者との法関係
管理者・事業者と利用者との法関係については、公共下水道管理者と利用者
との間では、公物法の特色や下水道の特性を踏まえ、両者の間で民事法上の契約
関係は存在せず、通常の行政法にあるような処分(行政行為)を通じて権利義務
関係が設定される。他方、水道事業者と利用者との間では、公企業法の特色を踏
まえ、民事法上の契約に基づき権利義務関係が設定される。
具体的にいうと、下水道法は、
「4.管理者・事業者の義務」の最後の部分で
述べたが、排水区域内の土地の所有者等は排水設備を設置して、汚水・雨水を下
水道に流さないといけないこととなっており(下水道法第 10 条)、水道事業者・
利用者の間での契約の締結という行為は存在しない。また、料金の徴収について
は、下水道法(下水道法第 20 条第 1 項15)や地方自治法(地方自治法第 225 条、
第 228 条第 1 項)に基づき、下水道条例で、使用者から使用料を徴収する旨の規
定と納入期限についての規定が設けられており(標準下水道条例第 15 条)、当
該条例に基づき、使用者に、納入期限までに所要の使用料を納入する義務が、下
水道管理者に徴収する権利が生じている。さらに、徴収については、地方自治法
の規定(地方自治法第 231 条の3、附則第 6 条16)に基づき、通常の民事上の契
約に基づく債権とは異なり、地方税の滞納処分の例により強制徴収ができるも
14
15
16
このようなサービスを拒絶する手法については、例えば、高速道路の管理についても活用されている。具体的に
は、高速道路の管理については、基本的には、公権力の行使権限は、(独)日本高速道路保有・債務返済機構(高速
道路機構)に与えられており、民間会社である高速道路会社(東日本・中日本・西日本・首都・阪神・本四)には与
えられていないが、高速道路会社は、供用の拒絶(サービスの拒絶)という形で、高速道路利用者に対する対応の実
効性の確保を図っている(道路整備特別措置法第 5 条、第 8・9 条参照)
下水道法第 20 条第 1 項では、「公共下水道管理者は、条例で定めるところにより、公共下水道を使用する者から使
用料を徴収することができる。」と規定されている。これは、下水道法制定時までは地方自治法第 225 条に基づく条
例により使用料を徴収している地方公共団体があったことに対して、使用を強制している下水道について使用料を徴
収することに相当の反論があったことを踏まえ、立法的に使用料を徴収することができることを明確化したものであ
るとされる(前掲下水道法令研究会 「逐条解説 下水道法 第三次改訂版」279~280 頁参照)。
地方自治法第 231 条の 3 第 3 項では、
「法律」で定める使用料その他の地方公共団体の歳入は、地方税の滞納処分の
例により強制徴収ができるものとされている(昭和 38 年の地方自治法の改正により、住民の権利保護を踏まえ強制
徴収できる範囲がこのように限定された。)
。下水道使用料については、この「法律」は、地方自治法附則第 6 条の規
定であり、第 3 号で、下水道法第 20 条の規定により徴収すべき使用料が規定されている。
7
のとされている17。
水道事業者と利用者との法関係については、水道法上(水道法第 15 条第1項)、
契約を締結することを想定しており、契約をもって権利義務関係が設定される。
このため、料金の徴収についても、下水道の使用料のように特別の強制徴収の規
定はなく、通常の私法上の債権と同様の強制徴収の手続(訴えの提起、少額訴訟、
支払督促等)を行う必要がある(参照:東京高裁平成 13 年 5 月 22 日判決)。
7.料金の基準
公共下水道も、水道事業も公共性・公益性を有する事業であるため、下水道法
も水道法も、料金の基準に関する規定があり(下水道法第 20 条第 2 項・第 3 項
18
、水道法第 14 条第2項)、事業の性格を踏まえ、両法とも、
「定率又は定額をも
って明確に定められていること」、
「特定の使用者(者)に対し不当な差別的取扱
をするものでないこと」といった同じような規定がある。(なお、下水道では、
「使用料」、水道法では「料金」という用語が使われている。)
ここでは、料金の水準に関する規定ぶりの違い(公共下水道:使用料は「能率
的な管理の下における適正な原価をこえないものであること」
(下水道法第 20 条
第 2 項第 2 号)、水道事業:
「料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照
らし公正妥当なものであること」
(水道法第 14 条第 2 項第 1 項))について、一
言述べることとする。
水道法上の「能率的な経営の下における適正な原価」とは、公益事業としてな
すべき正常な努力を行った上で必要な営業上の費用に、健全な経営を維持する
ために必要な資本費用(事業報酬)を含むもの(総括原価)とされており、料金
が「公正妥当なもの」であるか否かは、総括原価の算定とこれを需要者に適正に
17
18
PFI 法の公共施設等運営権を活用する場合(コンセッション方式)においては、運営者は、管理者を介さず、自ら
直接、利用者から利用料金を収受することができるとされている(PFI 法第 23 条)(PFI 法では、公共施設等運営権
の対象となる「公共施設等」には、下水道が含まれていることからしても(PFI 法第 2 条第 1 項)、この規定(PFI 法
第 23 条)は、下水道法第 20 条第 1 項の管理者による使用料の徴収規定の特別規定と解されよう。)管理者が徴収す
る使用料(狭義)が本文で述べたように特別の強制徴収の規定があるのに対して、運営者が徴収する利用料金はその
ような特別の規定がなく、通常の私法上の債権と同様の強制徴収の手続(訴えの提起、少額訴訟、支払督促等)を行
う必要がある。なお、下水道法第 20 条第 2 項・第 3 項の規定(使用料の原則等)については、同条第 1 項の管理者
に使用料の徴収権限を与える権限確認規定とは、規定の趣旨が全く異なり、下水道を実質的に使用(利用)すること
に伴う負担(使用料・利用料)の適正化等を図る趣旨から設けられた規定であり、当然のことながら、当該規定に基
づく使用料の適否の判断に当たっては、管理者が徴収する使用料(狭義)だけでなく、運営者が徴収する利用料金も
含んだ広義の使用料として考える必要があるものと解される(
「下水道事業における公共施設等運営事業等の実施に
関するガイドライン(案)
」(平成 26 年 3 月、国土交通省水管理・国土保全局下水道部)25~26 頁参照)。下水道法
第 20 条第 2 項等の意義については、脚注 18 参照。
本稿は、公物法としての下水道法の特色について述べるものであるが、脚注 17 のなお書きでも触れたが、下水道法
第 20 条第 2 項・第 3 項の規定(使用料の原則等)については、公物(管理)法の規定というより、電気料金、水道料
金等と同様の公共料金規制の経済行政法の規定と解される。このような公共料金の規制の規定は、生活や産業活動の
基本インフラとして極めて公共性が高い事業であり、かつ、地域独占的な性格を有するものである場合には不可欠な
ものであり、同様の規定は、水道事業、電気事業、ガス事業等に係る各事業規制法においても設けられているが(例:
水道法第 14 条第 2 項、電気事業法第 19 条第 2 項、ガス事業法第 17 条第 2 項)、昨今の電力事業・ガス事業の自由化
の進展や、水道を使用しない井戸水利用の存在を考慮すると、下水道事業においては、適正な料金設定を行っていく
ことは特に重要といえよう。
8
配分する料金体系となっているかの両面から判断するとされている19。
他方、下水道法の「能率的な管理の下における適正な原価」については、逐条
の解説書においては、特段の記述は見られない20。しかしながら、下水道事業に
おいても、中長期的な視点から事業の持続性を考慮に入れることは当然のこと
であり、能率的な管理を行うという大前提の下で、
「原価」については、事業に
必要な短期的な費用だけでなく、中長期的に事業の健全な継続性を確保するた
めの経費(いわゆる「事業報酬」と言われているもの)も含まれると考えられる。
また、
「原価」については、下水道法の規定ぶり(使用料が「下水の量及び水質
その他使用者の使用の態様に応じて妥当なものであること」(下水道法第 20 条
第 2 項第 1 号))から、雨水の排除に係る経費は対象外と考えられるとともに21、
政策的な観点から一般会計から繰り入れられるべき経費(例:高度処理に要する
経費、分流式下水道に要する経費の一部)についても、原価の中に含めることは
適当でないものと考えられる。
なお、下水道法は水道法とは異なり、「原価をこえない」と規定しているが、
これは、下水道の特性(事業の初期段階ではどうしても汚水処理原価が高くなる
こと等)や、公物法の特色(管理主体が国・公共団体であり、必ずしも完全な独
立採算制を前提としていないこと等)等を踏まえ、必ずしも全国一律的に全て使
用料で賄っていくべきとは考えていないためではないかと思われる。もっとも、
一般会計からの繰出基準22等を踏まえ、それぞれの地域における事業内容や地域
特性等にも留意しながら、下水道事業としてより自立的な運営を目指していく
ことが必要なことはいうまでもない。
8.おわりに
以上、下水道法と水道法との比較を通じて、公物法としての下水道法の特色等
について見てきたが、一般的には、下水道と水道は同じような事業と見られるこ
とも多いが、公物法と公企業法との違いということにも由来し、法律上の規定・
取扱いについては、両者間で様々な違いが見られる。特に、下水道法では、公権
力の行使権限という重い権限と責任が下水道管理者に付与されているなど、通
常の民事法の世界にない行政法としての様々な道具立てが用意されている。
本格的な「管理の時代」の到来により、今後、下水道の適切な管理は益々重要
となっていく状況にあるが、下水道管理者、下水道管理に関わる方々においては、
このような下水道に関する法律の規定・取扱いにも十分留意の上、適切な対応を
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前掲水道法制研究会「新訂 水道法逐条解説」241 頁参照
前掲下水道法令研究会 「逐条解説 下水道法 第三次改訂版」278~291 頁参照
前掲下水道法令研究会「逐条解説 下水道法 第三次改訂版」286 頁参照
具体的には、一般会計からの繰出基準として、高資本費対策に要する経費に係る繰出基準がある(「平成 26 年度の
地方公営企業繰出金について」(平成 26 年 4 月 1 日、総務副大臣通知)参照)
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講じることが求められていると言えるであろう。23
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本論考の見解・意見にわたる部分については、あくまで筆者の個人的な見解であり、所属する組織としてのもので
はないことを念のため申し添える。
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