『ラテンアメリカ時報』No.1397、2011/12 年冬号, pp.7-10. 中国との経済関係におけるブラジルのジレンマ 西島 章次 過ぎなかったが、その後急激に拡大し始め、 中国との急激な緊密化 2000 年代初めに日本を追い抜き、2010 年には 近年、中国との関係が急激に緊密化したが、 その基本的な理由は世界の資源供給国としての 輸出、輸入とも 300 億ドル前後にまで達した。 ブラジルの存在にある。旺盛な中国の資源需要 ブラジルの貿易においては、既に中国の重要性 をブラジルがまかなっている構図だ。とくに中 が日本のそれをはるかに上回っていることを認 国へは鉄鉱石、大豆などを大量に輸出している 識しなければならない。 が、近年の国際的な資源価格の高騰もあり、輸 図 1 が示すもう一つの重要な点は、リーマ 出額が急増している。他方、ブラジルでは国内 ン・ショックにより 2009 年にはブラジルの中 消費が堅調に拡大していることから、中国から 国からの輸入が減少したが、輸出は拡大を続け の工業製品輸入も急速に拡大している。 たことである。しかも 2010 年には輸出は 120 図 1 は 1990 年~2010 年におけるブラジルの 億ドル超の増加となり、世界的な経済状況と関 対中国、対日本貿易を示したものである。日本 わりなく中国の資源需要が堅調であったことを との貿易は、1990 年代には大きな変化が見られ 物語っている。さらに、図示されていないが、 なかったものの、2000 年代後半に入りようやく ヨーロッパの金融不安が深刻化した 2011 年に 輸出、輸入とも 50 億ドルを超える規模に達し おいても中国との貿易は大幅に拡大しており、 た。これに対し、中国との貿易は 1990 年代初 2011 年 1 月~11 月の輸出は 407 億ドルに達し、 めには輸出、輸入ともに僅か数億ドルの規模に 11 月現在、前年比で 100 億ドルを超える増加と なっている。 図 1 ブラジルの対日本、対中国貿易 35 30 25 20 10億ドル 10億ドル 35 30 中国への輸出 中国からの輸入 日本への輸出 日本からの輸入 25 20 15 15 10 10 5 5 0 0 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 出所:IMF, Direction of Trade. 1 図 2 は、2010 年のブラジルの中国との貿易 抜き、ブラジルにとって最大の貿易相手国とな における品目構成(SITC 大分類)を示してい っている。2011 年 1 月~11 月でみると、中国へ る。輸出は第 2 類に含まれる鉄鉱石、大豆など の輸出が輸出全体の 17.4%、米国への輸出が の原材料が圧倒的に多く 75%を占め、これに鉱 10%である。因みに、その他地域への輸出比率 物性燃料が約 11%で続いている。ブラジルの鉄 は、ラテンアメリカ諸国が 22.1%、EU が 20.7%、 鉱石輸出全体の 46%、大豆輸出の 65%、石油 日本が 3.7%であった。ブラジルの輸出全体の品 輸出の 25%が中国向けである。これに対し、中 目構成の変化を見ると、2005 年には、一次産品 国からの輸入は、圧倒的に工業製品が多く、第 が 30%、半工業製品が 14%、製造工業製品が 5 類以降の化学製品、機械、輸送機器、雑製品 56%であったが、直近の 2011 年 1 月~11 月で などの工業製品で約 97%を占めている。まさに は、一次産品が 48%、半工業製品が 14%であ 互いに一次産品と工業製品を貿易する補完関係 り、製造工業製品は 38%まで後退している。こ にある。 うした変化の背景の一つが対中輸出の急増にあ ることは明らかである。 以上の状況を反映し、既に中国は米国を追い 図 2 ブラジルの中国への輸出と輸入 0 食料品及び 動物 1 飲料及びたばこ 2 原材料・非食品原料 3 鉱物性燃料 4 動植物性油脂 5 化学製品 6 原料別製品 7 機械類,輸送用機 器 輸入 輸出 8 雑製品 (100万ドル) 0 5000 10000 15000 20000 25000 30000 出所:UNcomtrade. ところで、ブラジルでは 2010 年に実質経済 マクロ経済における中国の重要性 このところ好調な経済パフォーマンスを見せ 成長率が 7.5%と 1990 年代以降で最大の成長率 ていたブラジルであるが、2011 年後半に入ると となり、景気過熱によるインフレ圧力が増して ヨーロッパ危機の影響もあり、景気停滞が危惧 いた。2011 年にはインフレ率はインフレ・ター される状況となった。ブラジルにとって景気持 ゲットの上限値 6.5%を超え、8 月には 7%台と 続の原動力は国内消費と輸出の持続であり、こ なる勢いであった。このため、ブラジル政府は の意味で中国との貿易関係は極めて重要である。 2011 年 1 月から 7 月までに 5 回の基準金利の 2 引き上げを実施し、基準金利は 10.75%から らす問題点が強く認識され始め、ブラジルにお 12.5%となった。しかし、2011 年後半になると、 ける対中国感が変化するとともに、中国に対す 国内での個人消費の減速やレアル高による輸入 る保護主義の色彩が強まりつつある。 その典型例は、2011 年 9 月 15 日に公示され 拡大で景気後退が明確となってきた。7 月~9 月の GDP は前期比(季節調整値)でマイナス た輸入自動車メーカーへの工業製品税の 30% 0.04%となり、2 年半ぶりのマイナス成長とな 引き上げに見られる。ブラジルでは、もともと った。個人消費の減速は、ギリシャの債務危機 輸入車には 35%の関税と排気量に応じて 25% に始まるヨーロッパの金融不安に対し、金融機 までの工業製品税が賦課されていたが、これに 関が個人ローンに慎重となってきたことに起因 一律 30%を上乗せする措置である(メルコスル するとされる。このため、中央銀行は 9 月以降、 加盟国やメキシコから調達する部品比率が 金利引き下げに転じ、基準金利は 12 月現在で 65%に達するメーカーは対象外)。近年急激に 11%となっている。 拡大している中国、韓国からの完成車輸入を念 こうした利子率政策の転換は、ある意味で必 頭においた措置であり、国内産業や雇用の保護 然的であった。そもそもブラジルの利子率は国 を意図しているとされる。新たな税率の適用は 際的な水準から見て異常に高く、度重なる利子 2012 年 12 月までの時限措置となる(但し、ブ 率の引き上げは、内外利子率格差で利益を得よ ラジルの最高裁判所は税の導入には公示後 90 うとする資本流入を加速してきた。このため、 日を要することから 12 月中旬までの差し止め 通貨レアルは 2011 年 7 月には 1 ドル=1.55 レ を決定している)。 アルにまで切り上がっている。このようなレア ブラジルでは、乗用車新車登録における輸入 ル高は、製造業部門の輸出を困難とすると同時 車比率が 2009 年の 15.6%、2010 年の 18.8%、 に輸入を加速するため、製造業部門を収縮させ 2011 年(1 月~10 月)の 23%へと拡大を続け る。製造業部門の収縮は雇用を減少させるため ている(Anfavea 調べ) 。ブランド別新車販売 に、ブラジル政府にとって頭の痛い問題となり シェアを見ると、フィアット、フォルクスワー つつあった。したがって、利子率引き下げは国 ゲン、GM、フォードのビッグ4には遠く及ば 内需要の拡大のみならず、通貨レアルの過大評 ないものの、2011 年(1 月~11 月)では、現代 価の是正が期待され、資源輸出のいっそうの拡 と起亜が 5.69%、中国のジャック(江淮汽車) 大、製造業輸出の拡大、輸入抑制によって国内 が 0.69%、チェリー(奇瑞汽車)が 0.63%、ハ 経済の景気回復が期待される。いうまでもなく、 ーフェイ(哈飛汽車)が 0.49%であった こうしたブラジルの輸出拡大に関し、世界的な (Fenabrave 調べ)。2010 年に現代と起亜が 景気の後退にあっても最も重要な相手国として 4.82%、ハーフェイが 0.25%、チェリーが 0.21% 期待されるのは、依然として中国であることは であったことと比較すると、シェアとしては依 変わりない。 然として小さいがこの 1 年で急激に市場を獲得 したことが判る。因みに、同時期の日本メーカ ーのシェアは、ホンダの 2.81%、トヨタの 2.81%、 中国とのコンフリクト 日産の 1.8%、三菱の 1.57%などである。 ところで、中国との経済関係が様々な意味で 緊密化するにつれ、中国への過度の依存がもた こうしたブラジルの保護主義的な措置に対し、 3 中国の自動車メーカーはブラジルでの生産に乗 年 11 月には、中国の三大国有石油企業の一つ り出す方向で動いている。ジャック、グレート である中国石油化工集団公司(シノペック)が、 ウォール(長城汽車)は年産 10 万台規模の工 ポルトガルの石油大手ガルプ・エネルジーアか 場建設を表明。チェリーは既に新工場建設に着 らブラジルで保有する石油権益の 30%を約 52 工している。もちろん韓国勢も積極的であり、 億ドルで取得することで合意した。シノペック 現代が 2012 年後半の操業を目指して建設中で は 2010 年にもレプソル・ブラジルの 71 億ドル ある。なお、日産もリオ州の新工場建設を発表 の増資を全額引き受けており、深海プレサル層 している。 の油田開発に参加することになっている。この ブラジルの中国に対する保護主義的な政策は 他、IPEA, Comunicados No.85(08 de abril de これだけではない。2011 年 9 月には中国製鋼管 2011)によると、中国企業の農業関連投資が大 へのアンチダンピング関税の適用を決めたが、 規模な土地買収を伴っており、非公式の推定で 現在、ブラジルが進めている 81 件の反ダンピ は既に中国企業が 700 万 ha の土地を所有して ング措置のうち、半数以上が中国製品を対象に いるとされ、反中国感情を高めているといえる。 したものだとされる(人民網日本語版、2011 2010 年にはブラジル政府は外国企業による農 年 9 月 13 日)。また、2011 年同月には、タイ 地取得を制限する法律を制定した。 ル、自転車、空調機器などの関税引き上げも実 中国との貿易、投資関係の拡大を続けること 施している。こうした保護主義的な手段は、一 はブラジルにとって必要不可欠であるが、同時 方で、ブラジルの低い国際競争力の要因である、 に、資源輸出依存の増大、非競争的な国内製造 労働生産性、人件費、インフラなどの社会資本、 業の収縮(したがって、雇用の収縮)、石油とい 税制などの問題の抜本的解決への障害となる恐 う戦略的部門への他国国営企業の参加、農地の れがあり、他方で、世界から保護政策の発動と 外国企業保有など、様々なリスクに直面するこ して非難される危険性がある。にもかかわらず とになる。だが、中国の人為的な為替政策や不 保護主義的な手段に訴える背景には、中国から 公正な貿易政策に対して強硬な手段に訴えるこ の安価な工業製品の輸入によって競争力を持た とができないとう側面も否定できない。アモリ ないブラジルの工業部門が深刻な影響を受けて ン前外務大臣は 2010 年 9 月の BRICs 外相会談 いることがある。ブラジルのマンテガ財務大臣 後、 「ブラジルは組織的な反中国行動には表立っ が 2010 年 9 月に「世界は自国通貨安を目論む ては参加したくない、ブラジルと中国との貿易 通貨戦争にある」と語ったが、中国が人民元の 関係が極めて緊密だからだ」と発言したが、ま 為替相場を人為的に低く抑えていることに対す さにブラジルが直面しているジレンマを表現し る不信感もこうした政策の背景にあるといえる。 ており、このジレンマの克服がジルマ政権に課 せられた大きな課題でもある。 この他、ブラジル政府や民間企業が神経を尖 (2011 年 12 月 17 日記) らせているのは中国企業のブラジルへの進出で ある。中国のブラジルへの直接投資は、ブラジ ルへの直接投資全体の 1%にも満たないが、ブ (にしじま ラジルに権益を有する外資企業への中国国有企 所教授) 業による巨額の資本参加が続いている。2011 4 しょうじ 神戸大学経済経営研究
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