良い日本酒を流通させるための販売店支援ツール

良い日本酒を流通させるための販売店支援ツール
東京支部 良い食品販売研究会
発表者
齊藤 昭彦
Mail:[email protected]
Summary(概要)
2008年9月 三笠フーズが、事故米を食用として転売していたことが発覚したニュースは、私
達「良い食品販売研究会」に一つの問題提起をもたらした。
かねてから、当研究会では生産から消費者にいたるプロセスを一連の価値連鎖(バリュー・チ
ェーン)と見なした上で、いかに優良な食品を流通させるかをテーマに研究を続け、特に食品の
表示内容の不足感や、販売店における商品知識(バイイングにおける品質の見極め能力)の欠
如、消費者の本質的な良い食品に対する意識の希薄さについて危惧していたからである。
良い食品販売研究会では、P.コトラーのマーケティング理論を基礎に、産地から原材料、
製造、流通の連携による良い食の品質保持と、市場ニーズに合致した食品を最終消費者に届
けることを目的として、食品販売店に対する支援活動の品質向上に資するツール開発を行う
こととした。今回は日本酒をテーマにツール作成を行ったが、今後様々な食品に対して水平
展開していく予定である。
Ⅰ.良い食品販売研究会の活動内容
1. 目的
良い食品の原料の選択方法、良い食品の作り方を学び、その食品販売のあり方を考える
2. テーマ
(1) 良い食品の意味・意義を考える
(2) 良い食品の原料の選択方法を学ぶ
(3) 良い食品の作り方を学ぶ
(4) 良い食品販売の方法を構築する
(5) 日本の食文化における良い食品の役割
3. 主な活動内容(09年度)
(1) 良い食品に関する講義(松澤先生)
(2) メンバーによる研究発表
P.コトラーのマーケティング理論の良い食品販売での活用
原価計算の原則を学び、食における原価計算への応用方法を構築する
Ⅱ. 支援ツールの概要
この支援ツールは、診断士が企業支援を行うにあたり、ポジショニングに適した製品の具
体的な提案が行えていないという、従来のマーケティング手法の未熟さを補うため、マーチ
ャンダイジングの概念を取り入れ、より総合的な診断を目指したツールである。
図表1:ツール作成フレーム
MK
MD
2.マーケティ
ング戦略
プロセス
プロダクト
商店街
1
2
3
4
5
基盤
調達
(肥料)
育成・製造
(栽培)
加工
物流
(包装)
(自然・環境)
6
7
消費者
8
診断士
フターサービ 経営管理
販売
(パッケージ・デザイン)
C
5.具体的行
動提案
1.市場分析
理念・ビジョン
小売
ドメイン
戦略
R/STP
戦術
MM
現
場
1.
3.良い日本酒のマー
チャンダイジング
消費者
4ギャップを埋める
ための戦術
市場分析
図表 2:3C分析
市場分析は、3C分析に基づき、それぞれの
市場
項目をマクロ・ミクロ・業界(地域)という観点から
生活者
アプローチし、成功要因の把握を行う。
消費者
顧客
(1) 顧客
日本酒の場合、その地域の「生活者」の状
生産地・自然
通販
蔵元・取引先
広域酒店
自店
況・酒の「消費者」の傾向と自店に来店する
競合店
「顧客」という観点から分析をすすめ、生活者
に占める成人男女の構成比や、日本酒消費
自社
競合
の動向、店舗顧客の客層や日本酒に対する
ニーズや意見の調査を行った。
その結果、低アルコール志向・健康志向を背景に酒類の販売量は減少傾向にあり、
なかでも日本酒の販売量は大幅な低下を続けている。顧客においても、日本酒の主な
顧客は中高年男性が多く、主要顧客層である主婦層は、家庭でワインやカクテルなどを
楽しむ傾向が見受けられた。
日本酒に対する顧客ニーズには以下のものがあった。
・
日本酒の味の違いがわからない
・ 一升瓶は重たい
・
料理との相性を知りたい
・ 低アルコールの日本酒がほしい
・
お洒落なボトルだと食卓にも置ける
(2) 競合
日本酒においてマクロの視点では、「通販」、ミクロでは広域商圏を対象とした「倉庫タ
イプ量販店」、業界では近隣の「酒屋」「コンビニエンス・ストア」を対象に分析を行った。
通販は、主に高級酒やこだわりのある日本酒をメインとしており、日本酒に対する造詣
が深い顧客を対象としている。又、倉庫タイプ量販店では、大手の酒蔵メーカの日本酒
が中心で、商品回転率の高さからか、店頭における品質管理が劣悪な状況が見受けら
れる。業界では、コンビニエンス・ストアは倉庫タイプ量販店と同様の状況であったが、酒
屋のなかには品質や品揃えにこだわった店舗が存在した。但し、一様に酒屋は商品説
明や買いやすさに対する工夫が見受けられない傾向があった。
(3) 自社
自社分析では、マクロ視点として「産地」、ミクロでは協力者としての「蔵元」、そして「自
店」と分析を行った。
産地に対する意識はさほど高くなかったが、鑑評会へ足を運ぶことで馴染の蔵元も多
く、自らの目利きと蔵元からの情報を活用し自店の品揃えに反映をさせている。
ただし、日本酒の特徴を顧客へ伝達する工夫が見受けられないうえ、売上と品揃えの
構成が不一致であることから日本酒の売上を伸ばす余地がうかがえた。
2.
マーケティング戦略
マーケティング戦略では、当研究会が前提にしている「良い食品」の定義を明確にし
た上で、顧客ニーズとのギャップを認識し、そのギャップを埋めるためのマーケティング
戦略を策定するフレームワークを行っている。
(1) 良い日本酒の定義(「良い食品づくりの会」より)
【原料】米・米麹とし白糠糖化液・アルファ化米の使用は認めない
【酒造】自家醸造 100%であること
液化仕込みなどによらず伝統的併行複発酵方式で醸造すること
瀘過時の活性炭素使用はできるだけ少なくする
人工的な着香を行わないこと
容器はガラス瓶・陶磁器・樽に限る
【小売】適正な価格(品質にてらして安い値段)
ごまかしがない(不当・誇張表示、過剰包装がない)
図表3:セグメントとターゲット
(2) ターゲット・マーケティング
① セグメンテーション
日本酒の顧客セグメントでは、名品や希
タイプ
品質
学生 男性 女性 夫婦
高級・最上級
少価値の高い日本酒を求める「高級・最上
級」志向者、おいしさを求め、安全・安心に
関心の高い「上級」志向者、手軽に日本酒
上級
中・下級
が飲めれば、紙パックでもよいと考える「中
級・下級」志向者に分類できる。
又、顧客タイプとして、来店顧客である学生・男性・女性・夫婦という分類を行った。
② ターゲティング
顧客タイプからは既存顧客は男性客であるが、ワインを家庭で楽しむ夫婦層がター
ゲットとして考えられる。なぜなら、最近は海外においても日本酒は徐々に脚光を浴び
ており、ワインに興味を持つ層が日本酒に対してイメージを変えつつあるためである。
但し、顧客ニーズでは、日本酒の選択基準が不明という意見があることから、名品
や希少価値の高いブランド酒を求めているわけではないことが伺える。
以上のことから、顧客ターゲットは、既存顧客のほか、食卓で気軽に日本酒を楽し
む夫婦層を設定した。
③ ポジショニング
店主の目利き力と蔵元の情報を生かし、競合店とは異なる品質にこだわった品揃え
でターゲット顧客を日本酒ファン・自店のファンに変えていくことを目指していく。
また、顧客ニーズの「一升瓶は重たい」から、主要顧客である主婦にも持ち運びや
すく、「試してみよう」と思わせる分量の四合瓶の取り扱いの拡大を行うことで、顧客ニ
ーズへのマッチングと競合との差別化を図ることとした。
図表 4:ポジショニングマップ
品質
品質
高
高
自店
自店
コンビニ
コンビニ
倉庫型
倉庫型
通販
低
低
3.
高
通販
低
価格
パック酒
四合瓶
一升瓶
容量
良い日本酒のマーチャンダイジング
従来のマーケティング手法では、ポジショニングを示した後の製品に対する関与が未
熟であった。このツールでは、従来のマーケティングとマーチャンダイジングを融合させ、
品揃えすべき商品の条件を農商工連携の観点から診断士が具体的に定義することで、
取り扱う商品、扱わない商品を特徴付けることを目的としている。
図表5:農商工連携マーチャンダイジング概略図
農業(酒米)
自然・基盤
育成
工業(酒造)
製造
物流
関与
契約
商業(酒屋)
販売
サービス
目利き
パートナーシップ
絆を結ぶ(コーディネーター)
情報
フィード・バック
消費者
4.
ギャップを埋めるための戦術
以上のプロセスから、判明した課題を埋めるための戦術(MM)を策定する。
今回の酒販店では、米の品質と酒づくりにこだわった蔵元と、そこから得られた情報を
元に仕入れを行う販売店の農商工連携は有効に行われているが、最終消費者に対して
適切な情報が伝達されていないことが課題と認識された。
そのために、酒販店のこだわり(良い日本酒のみの品揃え)を顧客へ伝達する仕掛(5
P)を中心に戦術を策定した。
図表6:全体戦略戦術相関図
戦略 : 品質にこだわった品揃えのお店
MM
Product
MK
良い日本酒
MD
MG
計数
5.
Price
適正な価格
Place
Promotion
品質の保持
品質訴求
Partnering
農商工連携
産地・製造への 過剰包装・中 蔵元との直取 商品説明
バリューチェ
こだわり
引
ーン
蔵 元 と の 定 期 価格帯の設
流通における 季節感
診断士のコー
的な情報交換
定と維持
光と温度管理
ディネート
自然(気温・気
原料、精米度 色・味覚・酸
候)、収穫量
合、熟成期間
間業者排除
イベント回数
関与度合
度
小売業の取るべき具体的な行動提案
良い日本酒を、顧客に理解してもらうための具体的な戦略として「AIDMA」の実践を行う。
その際、地域・酒米・酒蔵・味覚・酒販店という一連の流れの中で、旬を感じさせる「見た
味」、実際の「食べ味」を意識した要素を抽出し、訴求することに心がけ、ミニ情報誌やメル
マガ、店頭POPや試飲会イベントなどの提案を行った。
Attention
地域・産地
Interest
Desire
・標高2~4 百mの中山間地
・酒の産地
・日照時間長く朝晩寒暖差が大
・県名
Memory
Action
・透過性の高い水源がある
酒米
酒蔵
味覚
・酒造好適米について
・米と味の関係
・酒米の銘柄
・ブランド原料
・育成状況
米
・農地へのこだ
・精米歩合と特定名称分類の関係
・銘柄
わり
・「火入れ」と清酒、生酒、生貯蔵酒などの違い
・分類
・杜氏のポリシー
・蔵の特徴と銘柄
・ラベル
・新酒・冷おろしや醸造期間
・ 保存方法
・お燗に適するお酒や方法
・日本酒と料理の相性
酒販店
・日本酒に関する情報提供
・試飲会
Ⅲ.課題・留意点
1.
診断士に求められる専門知識・能力
(1) 個店診断ではない、農地や酒作りと品質に関する知識(農商工一連の知識)
(2) 生産者から消費者まで顔の見えるコーディネート
・ 蔵元は産地、製法にこだわりをもつ
・ 店舗は、蔵元の造る酒と流通にこだわりをもち、消費者に伝える
2.
ツールの作成について
(1) ツールは与えるのではなく共に作っていくこと(気づきを与える)
(2) 良い日本酒と酒の好みは別であることを認識する
(3) マーケット・インの発想(ものづくりにこだわるとプロダクト・アウトに陥りやすい)
Ⅳ.今後の活動
本ツールは未完成であると認識しており、今後更にブラッシュアップを重ね、他の酒販
店への拡大や、蔵元の販路拡大ツールとしての応用を考えていく。
又、他の食品にも応用して使用することで、研究会の目指す良い食品の普及に役立て
ていきたい。
図表7:良い日本酒マーケティングシート
良い食品の条件(良い食品づくりの会より)
・何より安全である:添加物や食品衛生の点で安心 ・おいしい :形状・色沢・香味・食感のすべてが「本
物」
適 な 格 安 値 ご
がな
誇 表
包装がな
良い日本酒の定義
チェックシート
(良い食品づくりの会より)
【原料】米・米麹とし白糠糖化液・アルファ化米の使用は認めない
MD
【酒造】自家醸造100%であること
1
2
3
4
5
6
液化仕込みなどによらず伝統的併行複発酵方式で醸造する
農業(酒米)
工業(酒蔵)
商業(酒屋)
瀘過時の活性炭素使用はできるだけ少なくする
酒米用農地
酒米農家
生産者と蔵元
蔵元
流通
小売
人工的な着香を行わないこと
基盤
調達
育成・製造
加工
物流
販売
容器はガラス瓶・陶磁器・樽に限る
■標高200~
■無化学肥料・ ■農醸一貫体制 ■製麹は蓋麹法 ■光(特に直射 ■紛らわしい表
【小売】適正な価格(品質にてらして安い値段)
400mの中山間地 減農薬
または田の面積 または箱麹法に 日光)を避ける 現を用いない
ごまかしがない(不当・誇張表示、過剰包装がない)
帯
■肥培管理が徹 1反あたりいく よる
■吟醸系は低温 ■過剰包装でな
■日照時間が長 底されている
い
らで契約する契 ■併行複発酵方 で保存する
い
■生酒は冷蔵す ■適正な価格を
約栽培とする
式で醸造する
■登熟期間に
る
保持する
■アル添は必要
対象企業
は、1日の最高
■容器はガラス
最低限とする
●●酒店
と最低の気温の
■瀘過時の活性 瓶・陶磁器・樽
・店主自ら蔵元に出向き、こだわりの酒をそろえている。
差が大きい
炭素使用はでき に限る
・日本酒に関する知識は相当あるが、顧客に価格と品質の相
■透過性の高い
るだけ少なくす
関を理解してもらうことに難しさを感じている
水源がある
る
■人工的着香は
行わない
良い 日本酒マ ー ケ テ ィ ン グ シ ー ト
中小企業診断士
齊藤 昭彦
7
8
消費者
診断士
経営管理
■基盤の変化
(震災や異常気
象・開発など)
の影響を調査す
る
■生産量が極端
に増加していな
いことを確認す
る
■新たな良い日
本酒の発見とM
Dに努める
アフターサービス
■料理に合う日
本酒の情報を提
供できる知識が
ある
■日本酒に関す
る情報を提供す
る
診断目的
良い日本酒を消費者に届けるマーケティング確立
消費者意見
■ ■ ■ ■ ■ ■ 日本酒の味の違いがわからないので知りたい(ラベルの読み方
一升瓶は重たい
料理との相性がわかれば購入する
低アルコールの日本酒があれば買うのだが
お洒落なボトルだと食卓にも置ける
いろいろ置いてあるが、特徴がわかれば面白いのだが
「顧客・競合・自社分析」参照
特徴ある酒など品揃えにこだわっている
具体的提案内容
(1) Attention(注意)
ミニ情報誌の配布やメルマガの発信
・季節感(新酒・冷おろし・熱燗に適したお
酒)など
(2) Interest(関心)
ラベル表示の読み方啓蒙 (冊子配布、店内表示)
・お客様を目利きにして、店主と顧客のコ
ミュニケーションのきっかけづくり
良い日本酒を取り揃えている
品質
品質
自店
高
自店
コンビニ
コンビニ
倉庫型
低
高
価格
一升瓶の構成比が高い
倉庫型
通販
低
農業は、適正に管理されており、蔵元の関与
(こだわり)を感じられる蔵から仕入を行って
いる
酒販店は鑑評会などで新たな情報を積極的に
とりいれ蔵元の経営理念を認識している
マーケティング
高
GAPと対策
通販
低
パック酒
四合瓶
一升瓶
容量
ターゲティング:家庭で良い日本酒を楽しむ層
日ごろ来店していただいている既存顧客に、既存の日本酒を販売
店舗周辺顧客への地理的拡大
来街者の中心的層(30代から40代前半のファミリー層)へセグメント侵攻
戦略:品質にこだわった品揃えのお店づくり
・説明が適切 ・楽しさや発見がある ・親しみやすい
(3) Desire(欲求)
接客による顧客知識の充足
・ラベルだけではわからない、味覚や情報の
提供
POPなど十分な商品説明がなされていない
消費者に適正な情報提供がおこなわれって
いない
(4) Memory(記憶)
試飲会など日本酒にふれあう機会の提供
・ラベル表示と味覚の実体験
(5) Action
POPとラベルによる行動誘引
実行チェック
・情報誌配布状況
月 回
3月 回、4月 回
5月 回、6月 回
7月 回、8月 回
・冊子の消化状況
3月 冊/200冊
4月 冊/200冊
5月 冊/200冊
・試飲会の開催
3月 回、4月 回
5月 回、6月 回
7月 回、8月 回
・日本酒売上
3月 千円(前年比 )
4月 千円(前年比 )
5月 千円(前年比 )
6月 千円(前年比 )
7月 千円(前年比 )
8月 千円(前年比 )