契約解除権の発生要件と法律行為の付款

契約解除権の発生要件と法律行為の付款
−我妻民法総則の記載について−
大阪弁護士会所属
弁護士 服 部 廣 志
要旨
我妻先生の民法総則は、
次のように記載の一部訂正がなされるべきである。
我妻先生の民法総則は、次のように記載の一部訂正がなされるべきである。
【原文】
一週間以内に、履行しないときは、
履行しないときは、改めて解除の意思表示をすることを要せず、
一週間以内に、
履行しないときは、
改めて解除の意思表示をすることを要せず、
解除の効果を生ずる、
という条件付解除は相手方をとくに不利におとし入れるもの
解除の効果を生ずる、という条件付解除は相手方をとくに不利におとし入れるもの
ではないから、有効
有効・
ではないから、
有効
・・・・・
【訂正】
一週間以内に、
履行しないときは、
改めて解除の意思表示をすることを要せず、
一週間以内に、履行しないときは、
履行しないときは、改めて解除の意思表示をすることを要せず、
解除の効果を生ずる、という解除の方法は、
という解除の方法は、相当の履行催告期間内に履行しない場
解除の効果を生ずる、
という解除の方法は、
相当の履行催告期間内に履行しない場
合には解除権を取得するという法定条件を記載しているに過ぎず、また右解除の意
合には解除権を取得するという法定条件を記載しているに過ぎず、
また右解除の意
思表示は、「 履 行 催 告 し た 相 当 期 間 が 経 過 し た と き 」 を停止期限にしているもので
あるから、何らの問題もなく、
何らの問題もなく、有効
有効・
あるから、
何らの問題もなく、
有効
・・・・
一 「戦後日本の民法そのもの」と表現し
てもよい我妻栄元東大教授の民法総則に明
白な誤記載があり、それがためか、多くの
大学教授の著となる民法総則の書籍も、我
妻教授と同様の誤記載がなされているので
はないだろうか。
手方をとくに不利におとし入れるものでは
ないときは、条件を付することが許される。
3 一週間以内に履行しないときには、改
めて解除の意思表示をすることを要せずに、
解除の効果を生ずる、という条件付き解除
はその適例であって、多くの場合に行われ
ている(判例、通説)。
二 新訂民法総則(民法講義I)・岩波書
店。410頁以下
三 上記新訂民法総則の記載の3の部分の
1 単独行為に条件を付することは、相手 「条件付き解除はその適例で・・」という部
方の地位を著しく不利益にするおそれがあ 分に、問題がある。
るから、一般的に許されないと解されてい
る。相殺には明文がある(506条)
、解除 1 我妻先生の、上記記載は、民法総則の
(540条以下)、取消、追認、買戻(57 法律行為の付款としての「条件」の説明欄
9条)、選択債権の選択(407条)なども に記載されており、あきらかに、
「法律行為
これに属する。
の付款」としての「条件」の説明である。
2 但し、この場合には、相手方の同意が
あるか、または条件の内容がそのために相
2 しかしながら、民法541条は「当事
者の一方がその債務を履行せざるときは、
1
相手方は相当の期間を定めてその履行を催
告し、もしその期間内に履行なきときは契
約の解除をなすことを得」と定めているの
である。
5 以上から考えると、前記我妻民法総則
の
3 即ち、
「相手方に、相当な期間を定めて
履行の催告をする」ということは、民法が
認めた契約解除権の発生原因事実、要件事
実なのである。
「一週間以内に履行しないときには、改め
て解除の意思表示をすることを要せずに、
解除の効果を生ずる、という条件付き解除
はその適例であって、多くの場合に行われ
ている(判例、通説)」
4 「法律行為の付款」とは、前記我妻民法
総則によると、
「法律行為の内容が無制限に
効力を生ずる一般の場合に比較して、特殊
の制限を付加するもの・・・」であり、ま
た、それは「・・それらの意思は、効果意
という記載は、誤解をうむ記載である。
何故なら、我妻民法総則の右の記載から
すれば、このような「意思表示は、法律行
為の付款としての、停止条件付の意思表示
である」との誤解を生む結果となるからで
思の内容の一部分となるのであるから、法
律は、普通の法律行為を認めるのと同様の
理由から、その意思を認め、その意思どお
りの効果の達成に助力すべきである」
(前記
民法総則406頁)と記載されている。
他方、有斐閣民事法学辞典下巻・184
3頁には、法律行為の付款と似て、法律行
為の付款でない「法定条件」について、次
のとおり、解説している。
ある。
これは、決して「法律行為の付款として
の停止条件」
が付された法律行為ではなく、
単に、契約解除権取得のための要件事実、
法定条件を記載しているに過ぎないからで
ある。
前記のような趣旨の意思表示は、
「契約解
除権を取得すると同時に契約解除します」
と言っているに過ぎないものであり、
「契約
解除権を取得したとき」というのは、
「履行
催告した相当期間が経過したとき」という
こととなるから、前記のような意思表示は
「履行催告した相当期間の経過」という「と
き」を期限とした契約解除の意思表示なの
である。
イ 法定条件は法律行為の効力の発生・持
続(消滅)のための本来の法律要件そのも
のであって、当事者が法律行為の付款とし
て任意に定めたものではないから、真の意
味の条件ではない。
ロ 法定条件であるか否かは、その条件事 6 現実の実務のなかで、例えば、賃料不
実の法律要件性の原因による区別であって、 払いの場合における履行催告と同時にする
効力の差異による区別ではない。
契約解除の意思表示の記載は、次のとおり
である。
ハ 当事者が当該の事実(注・法定条件事
実)を条件としても、それはただ法律の要 イ 本書面到達後7日(相当と認められる
求している要件事実を重複的に述べたのに 期間)以内に右滞納家賃全額を支払われる
とどまるからこのような条件はなんらの特 よう催告する
別な効力を持たない。
2
ロ 右期間内に支払われない場合には、
て、深く考えず、我妻先生の記載を、誤っ
て引用しているものと理解される。
ハ 右期間の経過を停止期限として本件賃
貸借契約を解除する。
五 我妻先生の民法総則は、次のように記
載の訂正がなされるべきである。
右の記載のうち、ロは契約解除権を取得
するための要件事実、法定条件であること
から、記載することは必ずしも必要はない
のである。
イ記載の催告をすれば、右催告期間の経
過により、契約解除権を取得し、次いで契
約解除の意思表示をすれば足りるからであ
る。
契約解除の意思表示に、
「右期間の経過」
を期限として、というように期限を付すの
は、未だ、解除権を取得していない段階で
あるから、
「解除権を取得するときまで、解
除する、という意思表示の効力の発生を止
めておき、その意思表示を、文字どおり、解
除権の行使にするためなのである。
原文
一週間以内に、履行しないときは、改め
て解除の意思表示をすることを要せず、解
除の効果を生ずる、という条件付解除は相
手方をとくに不利におとし入れるものでは
ないから、有効・・・・・
訂正
一週間以内に、履行しないときは、改め
て解除の意思表示をすることを要せず、解
除の効果を生ずる、という解除の方法は、
相当の履行催告期間内に履行しない場合に
は解除権を取得するという法定条件を記載
しているに過ぎず、また右解除の意思表示
は、「履行催告した相当期間が経過したと
き」を停止期限にしているものであるから、
何らの問題もなく、有効・・・・
6 以上のとおり、契約解除権の取得のた
めの要件事実、法定条件を記載した意思表
示をして「停止条件」という「付款」がつ
いた意思表示であるとの誤解を生じさせか 以 上
ねない前記我妻先生の民法総則の記載には、
問題があるのである。
7 以上を別な観点から述べると、
「契約解
除権の発生要件が、契約解除という法律行
為の付款たり得ない」という言葉で、表現
できるものである。
四 「契約解除権の発生要件が、契約解除と
いう法律行為の付款たり得ない」という命
題さえ理解しておけば、このような誤解は
しないものであるが、
「戦後日本民法そのも
の」とも言える我妻先生が誤解を招きかね
ない表現をしたしまったことから、その後
の大学教授や弁護士らも、これに引きづれ
3