長期入院児童とその家族をむすぶコミュニケーション支援

長期入院児童とその家族をむすぶコミュニケーション支援
-ツール設計に向けたケーススタディ-
○尾島知夏
櫻井由李
甲洋介(法政大学国際文化学部)
Supporting peripheral communication between a family and a child hospitalized for a long period
- A case study*Chika OJIMA, Yuri SAKURAI, Yosuke KINOE
Faculty of Intercultural Communication, Hosei University
1.はじめに
入院児童とその家族にとって、長期入院は治療の苦痛、
家族や友人からの分離、種々の生活制限などさまざまな
心理的・身体的負担を負う。入院児童の主な関係者として、
①医療従事者、②家庭、③院内のこども仲間、④院内学
級1)の教員、⑤地域の学校教員と同級生、が存在する1)が、
入院児童の心理に関する従来の研究は医療従事者の視
点が多く、他は限られていた。本研究は、入院児童を最も
近くで見守り、精神的な支柱として実質的に中心的役割を
果たす「母親の支援」に着目する。主に母親の視点を
ベースにして、入院児童と母親の心理的なつながりを支
援するツールの可能性を検討する。
peripheral communication cues: 同居する家族は家族成
員の気分や様子を、声の調子や階段の足音など、日常の
些細な行動変化や気配を手掛かりに推察することがある。
本論文では、日常生活で家族が特に意識しないまま、他
の家族成員の存在や気分を意識の周辺で感じとる際に活
用する手掛かり情報を“peripheral communication cues”と呼
び、家族のつながり感の形成に寄与するものとして注目
する2)。家族はこの手掛かりを得ると、相手を想起したり、
特定の感情を生起したり、相手のための行為を開始させ
ることがある。入院児童は、長期の別居によって、それま
で日常生活に溢れていた手掛かり情報の多くを失う。
2.入院児童の家族へのフィールド調査
2.1 長期入院児童の家族へのフィールド調査1
調査1では、入院児童の母親にとって知りたい(病状以
外の)児童の日常生活の様子、生活の様子を知る際に活
用する手掛かり情報、について調査した。
(1) 調査対象と入院児童のプロファイル: 参加者は母親A
(44歳、女性、家族構成は夫と子供2人)。Aの長女Bは生後
間もなく生命に関わる重篤な心臓病と診断され大学病院
に入院(当時0~4歳、女子、現在は中学生)。Aはその後、
児童Bの2度の大規模手術を含む断続的な4年間の入院
生活(ICUおよび一般病棟)を通じて看病した。
(2) 調査内容と方法: インフォームド・コンセントに続き、
約2時間の調査を2回、質問紙と半構造化インタビューを組
合せて参加者宅ダイニングにて実施した。 主な調査項
目は、1)家族構成等のプロファイルに加え、2)児童Bの闘
病生活に焦点を当てたライフヒストリー、3)看病生活の様
子、4)記憶に残るエピソード(大小に拘らず)とその時のA
の心情、5)児童の生活の様子を感じ取る時に活用する手
掛かり、6)児童の気分を推察できる手掛かり、7)家族の姿
が見えなくても一緒にいることを感じる手掛かり、であっ
た。調査時期は2009年10月5日~12月5日。
(3) 分析と結果: 半構造化インタビューで得た言語デー
タに対し、時系列に沿ってシークエンス分析を行い、エン
コードした。分析観点は: a)児童Bの病状変化とそれに伴
う母親Aと児童Bの関係の変化、b)話題内容の種類・特に具
体的な出来事への言及、c)その当時の感情の状態、d)言
及された事柄に対する現在の気分や反応、の4つである。
表1に結果の抜粋を示す。
(「Bを守れるのは私。頑張ってた」)。わが子が生死を彷徨う壮絶な
環境の中で夫や親戚に支えられながらも、周囲とまったく異なる精
神状態に置かれていた。(「この大変さを分かってない外野(=親
戚)にいろいろ言われるのはイライラしてしまう」)
(「面会時間が終わると、後ろ髪を引かれる思いでわが子の傍を離
れる」)。ICUの時は、面会の数時間しか一緒にいられない。体中に
無数の管をつけ、機械とつながっているわが子。寄り添うことしか
できない。児童の様子を24時間知りたいと思う。病院を出た瞬間、
傍にいたい感情を抑え込むことで気持ちの平静を何とか保つ日々
であった。(おかしくなっちゃう人もいる、って」)。
(看護師から)「子どもは私たちが看られます。でもお母さんのこと
は看れません。自分のケアは自分でしてください」
一般病棟の時は、母子分離不安届を出して病院に寝泊まり。文字通
り、わが子とともに闘病生活をおくる。食事やベットは用意されな
い。夜は子ども用ベットにBと二人で寝る。寝返りもできない。
ベットには常にお気に入りのぬいぐるみがあった。(「私がぬいぐ
るみ代わりのように、常に一緒にいた。じゃないと、泣いちゃうか
ら。泣くと病気(心臓)に負担が大きい、だから泣かせられない」)
表1. 調査1インタビュー結果の抜粋
2.2 院内学級教員へのフィールド調査2
調査2では、家族と異なる側面から児童の入院生活を知
る院内学級教員を対象に調査した。
(1) 調査対象: 院内学級教員2名(女性、40歳代後半と50歳
代前半、院内学級の担当経験は延べ5年程度)。
(2) 調査内容と方法: インフォームド・コンセントに続き、
約1時間半の半構造化インタビューを実施。調査項目は、
地域の学校との違い、院内学級の生活の様子、家族の知
らない児童の暮らしぶり、入院児童と接する際の配慮、で
あった。調査時期は2009年12月11日。
(3)分析と結果: 得られた言語データに対し、シークエンス
分析を行った。表2に結果の抜粋を示す。
【A】
朝のベッドへのあいさつ回りで児童の様子を知る。学級に来られ
たこと自体が、児童の心身が安定している目安になる
【B】
【C,D】
1ヶ月、学級を欠席した児童C。病室のカーテンを閉め切り、朝の先
生の挨拶にも反応なし。母親ともあまり口をきかない
家族とあまり連絡が取れないと元気がない様子
家族が面会に来ると乱暴な態度をとってしまう児童Dも、学級では
しっかりしていたりする。家族の知らない児童の別の姿がある。学
級での様子を家族に伝えられるといいのではないか
教員は複数の役割を切り替えて児童と接している(教師、親の代弁
者、日常生活の指導者、お姉ちゃん)。児童は闘病で十分に頑張っ
ている、無理をさせない。児童には病気の話をしない、自信を失い
がちなので些細な事でも褒める
新しいコミュニケーションツールの使用によって、せっかく我慢し
ている児童の気持ちを壊さないように配慮してほしい
表2. 調査2インタビュー結果の抜粋
3.支援ツールのプロトタイプ製作と初期評価
支援ツールの設計にあたり、母親の視点をベースに、
入院児童と母親の心理的つながりの支援に重点を置く。
(1)離れる間の不安感や(2)寂しさを和らげる、(3)緊張の続
く精神状態を緩和する、(4)児童の命を愛おしく感じ、(5)児
童と離れざるを得ない時も一緒にいるように感じられる状
態の実現、(6)飽きずに使われる、これらの実現を目指す。
3.1 調査結果から導き出した支援ツール設計指針
(a) 伝達情報に、緊急連絡/バイタルサインを含めない
(b) 児童との日常生活に自然にあるモノを活用し、生活の
風景から際立たないようにする。知ろうとした時に知る
ことができ、気にしない時はむしろ気がつかないまま
いられるようにする(周辺性)
(c) 児童の命の営みを感じられ、児童の暮らしぶりの情景
が思い浮かぶようにする
(d) 母親と児童が愛着を持って使っているものの持つ手触
り、匂い、しみ、さまざまな感覚情報を使って伝え、一
緒にいるような感触を伝え合う。例えば、子どもの柔ら
かい手触り、母親の体温。
【A. 子どものオネンネ状況が分かる携帯ストラップ】 付き添いの母親は、児童
の睡眠時間を利用して買物や用事に出かけるが、その間も気が気でない。携帯
ストラップ上の小型ディスプレイに、ユーモラアスな表現で、子どもが熟睡して
いるか/動き始めたか/起きているかが分かるように状態を表示。離れざるを
えない間の心配・不安の軽減を図り、緊張の連続の中にほっとできる瞬間を作る
【B. 呼吸するぬいぐるみ】 児童のお気に入りのぬいぐるみが、入院児童の呼
吸動作にシンクロして、呼吸を模して動く。 呼吸をそのまま伝えるのでなく、や
や緩やかな動作で動く。呼吸するぬいぐるみの後ろ姿が愛らしい
【C. 児童の呼吸にシンクロして、呼吸するクッション】 入院児童の呼吸動作に
シンクロして、柔らかな布地のクッションが呼吸を模して動く。 クッションが呼吸
に応じてゆったり大きく膨らんだり縮んだりする
【D. 母親の呼吸にシンクロして、呼吸するクッション】 母親の呼吸動作にシン
クロして、入院児童のベッドのまくら元に置かれた柔らかな布地のクッションが、
呼吸を模して動く。 クッションが呼吸に応じてゆったり膨らんだり縮んだりする
【E.. 学級での様子を伝える引き出し(Siio20023)を参考に作成)】 引出し内に装着し
たデジカメを介し、学級でやったことを家族に伝える。学級への出席は家族に
とって児童の体調の目安となる、病室と異なる児童の暮らしぶり、頑張りを伝える。
図1 製作したプロトタイプ
評価者Aにとって利用したい支援はC、B、E・Aの順(Dは
子ども支援のため想像のみ)。いずれも「使いたい」かそ
れ以上の評価であったが、その期待は異なる。EとAは具
体的な実用の点で評価が高かった。児童の病状や母親
の心理状態が変化すると望む支援も変化すると思われる。
図2. プロトタイプの初期評価結果
3.2 支援ツールの製作: 5種類のプロトタイプ
5種類のプロトタイプを製作した(図1)。Aは模型。B・
C・Dは生体アンプと呼吸センサを用いて主に腹・胸部の
圧力変動を取得して、ステッピングモータを駆動制御し、
実際の呼吸にシンクロした動きをする玩具を製作。Eは
Siio(2002)3)を参考にペーパープロトタイプを製作した。
4.結び
3.3 初期評価と結果
プロトタイプA~Eを用いて、調査1に参加した母親Aの
協力を得て、参加者宅ダイニングで約2時間弱をかけて評
価を行った。セッションは、プロトタイプごとに、想定する
支援場面を状況設定、プロトタイプの挙動をデモし、イン
タビュー、次に目標(1)~(6)(3章)の達成度合いの5段階評
価(まったくそう思う~まったくそう思わない)とその理由、
最後に総合評価を尋ねた。調査時期は2010年3月18日。
図2に評価結果と、根拠となる評価者コメントをまとめた。
謝辞
離れて暮らす家族の支援は重要である。本研究はま
だ当該課題の質的研究の端緒にすぎないが、今後さら
に進め、入院児童の病状と母親の状態、母子の関係性に
うまく適合する支援ツール設計・製作の知見蓄積を図っ
ていく。高齢者など他の別居形態との比較も有効である。
本研究は日本学術振興会科学研究費(課題20500675)
による成果の一部である。調査に快くご協力いただいた参
加者、ご家族、院内学級関係者の皆様、活発な討議に参加
してくれた2009年度研究室メンバーに謝意を表します。
参考文献
1) 谷口明子: 長期入院児の心理と教育的援助. 東大出版会,2009.
2) Kinoe, Y., et al.: “Peripheral Telecommunications.”
Springer Lecture Note LNCS 4541, 81-89, 2007.
3) Siio, I., et al.: "Peek-A-Drawer: communication by
furniture.” Extended Abstracts ACM CHI 2002.