Title Author(s) Citation Issue Date 幼児期における「バイキン」と病気の概念( fulltext ) 高橋, 道子; 吉成, 佳苗 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 58: 147-159 2007-02-00 URL http://hdl.handle.net/2309/65467 Publisher 東京学芸大学紀要出版委員会 Rights 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 58 pp.147 ~ 159,2007 幼児期における「バイキン」と病気の概念 高橋 道子*・吉成 佳苗** 臨床心理学* (2006 年 9 月 29 日受理) 1.問題と目的 4 歳前後の子はバイキンを語彙として持つが内容の理解 は乏しく,例えば風邪だけでなく歯痛やひざの擦りむき, 1. 1 幼児期における病気の理解 骨折などのケガもバイキンによると見なす傾向があるこ 幼児は病気がどのような原因によっておこると考えて とを示している。Kalish(1996)は汚染と感染における いるのだろうか。Siegal(1988)は 4 ~ 8 歳の子どもに 細菌の役割について子どもがどのように理解しているか 対し,病気の原因としての伝染と汚染について質問し, 体系的に検討し,就学前の幼児は細菌を病気の根底に その理解を調べる実験を行った。すべての年齢の子ど あるメカニズムと見ていると報告している。その汚染に もが風邪は伝染するという説明を受け入れ,風邪をひ 関して,Rozin,Fallon,& Augstoni-Ziskind(1985)は目 いている子に接触するなどの医学的要因によって病気に に見えない汚染の性質を幼児は容易に理解できないと なると考え,バチがあたるために風邪になるという道徳 し,一方 Siegal(1988)は見えない汚染を3 歳児は知っ 的要因による説明は否定するということが示された。こ ており,多くの就学前児が感染を理解し,さらに汚染へ のことはSpringer & Ruckel(1992)でも確認され,彼ら の感受性があると主張している。Siegal & Share(1990) はさらに,復讐や意図の実行の失敗などによる社会的 でも,3 歳児はすでに目に見えない汚染への感受性があ メカニズム(例:食べたリンゴの中にいた虫が怒ったか るとしている。しかし,小畑(1990)は,7 歳前後でバ ら病気になった;サンドイッチを作り忘れたから病気に イキンと身体の不調を結びつけて考えることができるよ なった)よりもバイキンや毒などによる生物学的メカニ うになるが,感染についてきちんと理解するのは11 歳 ズムを病因説明として幼児が好むということを明らかに 前後になると報告している。 した。また国内の研究では,落合(1996)が 3 歳以降は また稲垣・波多野(2005)は素朴生物学における生 生物学的な病気の理解ができることを示している。稲垣 気論的因果説を主張しているが,病因説明においてもこ (1996)では,5 ~ 6 歳児は栄養の欠如が風邪に対する の因果性による説明を幼児が好むことを示唆し,生気論 抵抗力を弱めることを理解しているが,同時に道徳的要 的因果を次のように説明している;生気論的因果とは臓 因も病気にかかりやすくすると考える傾向があると報告 器に人間のような「行為主体的性格」つまり行動を引 している。そして,4 ~ 5 歳児は病気の抵抗力として生 き起こし持続させる傾向を付与し,その活動により当該 物的要因と社会的要因を区別し,どちらかの選択を求め 現象が引き起こされるとする考え方である。臓器の活動 られれば,生物的要因の方をより重要と考えることを示 は,しばしば「活力」の伝達もしくは交換として描かれ した(稲垣・波多野,2002) 。 る。 「活力」とは,特定されない何らかの物質,エネル バイキンという概念についての研究は多くみられる。 ギー,もしくは情報として概念化されるものである。生 Bibace & Walsh(1980)は 4 歳以降で病気にバイキンや 気論的因果は,臓器の活動によって現象が引き起こさ 感染の概念を用いると主張したが,Brewster(1982)は れるが,臓器の活動はその臓器を所有している本人の 子どもが病気とバイキンを関連づけるのは7 歳以降であ 意図から独立している点で,人の意図に基づく意図的因 るとした。これについてKister & Patterson(1980)は, 果とは明確に異なる。稲垣(1995)は「西洋医学の見 * 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1) ** 東京学芸大学 N 類カウンセリング専攻(平成 17 年度卒業) - 147 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) 方を前提とした最近の研究は,病気の原因としてのウイ このことからも,2 ~ 3 歳の時期に清潔への意識づけが ルスや細菌の作用に関する幼児の理解を調べることへ できることは,基本的生活習慣の自立へ大きく貢献する と向かいつつある。しかし医学の歴史においてこれらの と考えられる。 要因の発見に時間がかかったことを考えれば,この理解 を幼児がたやすくできるとは考えにくい。 」と述べてい 1. 3 本研究の目的 る。そして,幼児は活力のおかげで生物が病気にならな 先行研究より,幼児は病気の生物学的な原因を知っ いと考えていることを示した(Inagaki,2000) 。つまり ていることは明らかになったが,バイキンの汚染・感染 身体に活力が満ちていると,たとえ病気にかかっている の概念については,幼児に馴染まないとする説と,早い 人と接触しても病気になりにくく,さらに活力をたくさ 時期から獲得しているとする説とに分かれる。また,研 ん持っている人は病気やケガをしても速やかに回復でき 究対象は 4 歳以降の幼児がほとんどであり,それ以前で ると幼児が考えているという。 の実態はほとんど検証されていない。しかし,2 ~ 3 歳 以上のように先行研究では,子どもはいつからバイキ の時期に清潔に関する習慣の基礎を身につけることを考 ンの概念を用いて病気を考えているのか,そしてバイキ えると,この時期の病気の概念を捉えることができれば, ン概念と生気論的因果説明のどちらを好むのかについ その指導・教育にも役立つ資料となるにちがいない。 ては諸説がある。またいずれにせよ,2 ~ 3 歳の時期を そこで本研究では,2 ~ 3 歳児が病気の原因をどのよ 対象とした研究はほとんどみられないのが現状である。 うに考えるのか,バイキンに関する概念や,その汚染や ところでバイキンは生物学的・医学的にどのように定 感染についてどのように捉えているのかを明らかにする 義されているのだろうか。広辞苑第 5 版でバイキンをひ ことを目的とする。そのために,本研究は2 部構成とし, くと「黴菌。黴(かび)や細菌などの有害な微生物の まず,幼児の日常生活の観察研究によって,2 ~ 3 歳児 俗称」とあり,生物学辞典などにはバイキンの記載はな がもつ病気と清潔・バイキンの概念を読み解くこととす い。つまりバイキンは生物学的・医学的な定義をもった る。次に,観察の結果を踏まえた実験研究によって,さ 特定のものを指すのではなく,あくまで俗称なのである。 らに詳しい検証を行うこととする。 実際に病原体となるものは,生物であったりまたは生物 と無生物の中間のようなものであったり,性質も特徴も 2.2 歳児の生活における清潔とバイキンの概念 違うものである。よってバイキンという言葉が示す内容 ― 観察研究 ― やバイキンのもつ性質などを単純に生物学的に説明する 2. 1 目 的 ことはできないはずである。 2 歳児クラスの保育園での生活を観察することによっ 1. 2 保育内容領域「健康」と2 ~ 3 歳児の発達 て,幼児や保育者はバイキンという言葉やそれを用いた 保育所保育指針には,保育内容である5 領域として 汚染・感染の説明をどの程度行っているのか,バイキン 「健康」 「人間関係」 「環境」 「言葉」 「表現」の記載がさ 概念を幼児はどのように理解しているのかを知ることを れている。このうちの「健康」が,人間の心身の健康に 目的とする。 関する領域となる。指針の「2 歳児の保育の内容」と「3 歳児の保育の内容」から「健康」に関する部分をみて 2. 2 方 法 いくと,いずれも身体の発育のための運動に関する事項 観察対象 都内の A 保育園 2 歳児クラスの幼児 7 人 とともに,健康管理としての環境の管理や安全・健康の (男5;女 2) 。観察開始時点での幼児の年齢は2 歳 3 ヵ月 教育に関すること,そして生活習慣の自立に向けた内容 ~ 11 ヵ月(平均 2 歳 7 ヵ月) 。観察者は第 2 執筆者であ が記されている。 り,A 保育室に非常勤保育士として勤務している。 基本的生活習慣においては具体的には食事,排泄, 観察期間・観察場所 2005 年 4 月中旬~ 5 月下旬。 睡眠,清潔,着脱が挙げられている。いずれも健康に 期間中の観察者の勤務(16日間,1日4 ~ 8 時間)にお 関することといえるが,特に清潔習慣については,病気 いて,2 歳児と関わることのできたすべての時間が観察 の予防との関わりが深い。西頭(1980)によれば,清 時間となった。 潔習慣の自立は2 ~ 3 歳の時期に手洗いから始まってい 手続き 観察者は保育者として園での日常の活動を くという。また,他の習慣に比べると少し遅れて自立す 行い,幼児の会話・行動や他の保育者からの声かけの るが,それ以前の乳児期から身体を清潔にすることの 中で,健康に関する内容に触れたエピソードを観察対象 快感を味わうことが自立に大きく役立つ(近藤,1999) 。 として記録する。具体的には,健康とその管理及び病 - 148 - 高橋・吉成:幼児期における「バイキン」と病気の概念 気・ケガに関係すると思われる発言や,それに対する反 キンという言葉と,バイキンの汚染に対する清潔の考え 応をとりあげる。毎日の活動である食事や手洗いなどの 方に関しては,幼児は保育者から日常的に聞かされてい 行為そのものすべてを観察記録とするのではなく,その るといえる。 行為に対する発言などがあった場合にエピソードとして ただし,バイキンの感染と病気との因果関係について 記録する。ケガや病気,健康に関する保育者の声かけ は特に説明されているエピソードが観察されなかった。 の他に,各活動や遊びの中での幼児からの自発的な発 また,幼児が自発的にバイキンという言葉を用いる場面 言にも注意する。記録は,その場で幼児の目にとまらな も観察されなかった。そのため,幼児がバイキンという いところでメモ書きし,その後,休憩時間,幼児の午睡 存在を媒介として汚染・感染や清潔を認識しているの 中,勤務後などにフィールドノートに記録した。 かどうかということを確認することはできなかった。 2. 3 結果と考察 2. 3. 3 保育者からの声かけ 2. 3. 1 観察されたエピソード数とその内容 保育者からの声かけによる11エピソードについても, 人の健康に関して73 エピソードが観察され,そのう 手洗いに関するものが最も多かった。その内容としては, ち36 例が外科的なケガやそれを引き起こす事故・行動 「食べる前に手を洗う」 , 「手を洗うことでバイキンがな やそれに対する安全に関する内容であり,残り37 例が くなる」 , 「手がバイキンに汚染している」 , 「手を洗わな 内科的な病気になることや病気そのもの,その予防とし いで食べるとお腹が痛くなる」 , 「手で食べる時は特に手 ての衛生・清潔に関することであった。2 歳児クラスの を洗う」ことが説明されていた。また, 「バイキンバイ 生活の中では,ケガと病気に関してほぼ同数が表現され バイ」という表現はよく用いられ,バイキンは手から離 ていることが分かる。 れさせるべきであるものであることが繰り返し表現され 病気に関する37 エピソードのうち,特にバイキンや ている。つまり2 歳児に対し,一つの習慣としての食前 その汚染・感染,清潔に関するものは17 例であった。 の手洗いの呼びかけと,手洗いの意味としてバイキンが それに対し,生気論的因果と関連したものは2 例しか観 なくなることの説明が行われている。またバイキンの汚 察されなかったことから,2 歳児クラスの生活では病気 染の説明はされており,バイキンによる病気感染につい の原因は栄養・抵抗力の低下などより汚染・感染で説 て直接説明しているエピソードは見られなかったが,手 明されていることの方が圧倒的に多いといえる。実際に を洗わないという行為によって腹痛が引き起こされると 保育の現場では汚染・感染の説明が好んで使われてい いう説明はされている。 ることが確かめられた。このことから,2 歳児にとって は生気論的説明より汚染・感染のほうが,親しみやすく 2. 3. 4 幼児の行動・発言 分かりやすい考え方であることが示唆された。 汚染・感染,清潔についての幼児の行動・発言から, 「 (目に見えて)汚れたものは“汚い” 」 , 「 (目に見えて) 2. 3. 2 バイキンや清潔に関するエピソード 汚れているものは洗うべき」と認識していることが読み バイキンやその汚染・感染,清潔に関するエピソード 取れた。このことより,見えているのであればその汚さ 17 例のうち,11 例が保育者から幼児への声かけであり, を自覚し,それは洗ってきれいにするべきだと2 歳児は 6 例が幼児主体のものであった。保育者は,汚染・感染 知っていることがわかる。 についてよく意識し,幼児に積極的に声かけをしている 「食べる前に手を洗う」ことについては模倣遊びにも ようである。幼児主体の6 エピソードでは,3 例が模倣 何度も再現が見られることから,2 歳児にも十分浸透し 遊びの中での再現であった。自主的な遊びの中で再現 た清潔に関する習慣であると言える。 できるということは,汚染・感染と清潔に関する各行動 についての認識があること示している。 2. 3. 5 まとめと次への課題 17 例のうち手洗いに関するものは9 例と最も多く,汚 以上より,次のことが言える。 染・感染と清潔について保育園生活では手洗いが最も ・2 歳児の生活においては,栄養・抵抗力の低下といっ 身近で意識される行動であることが分かる。 た生気論的因果の説明よりも,バイキンの汚染・感染 バイキンという言葉が実際に用いられるのは,保育者 という説明の方が,身近で理解しやすいものである。 から幼児への声かけの中でのみだった。保育者は積極 ・2 歳児の保育園生活において,バイキンという言葉は 的にバイキンという言葉を用いて,特に手洗いを幼児に 保育者からの清潔の呼びかけによく使われており,バ 呼びかけており,その声かけに幼児は従っている。バイ イキンの汚染についてもある程度は説明されている。 - 149 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) ・2 歳児の保育園生活において,汚染・感染に対する清 潔は特に手洗いという場面で意識されることが多い。 の汚染・感染と病気についてどのように考えるのかを, 実験的課題を通して明らかにすることを目的とする。 ・清潔習慣として,手洗いは2 歳児の生活に浸透している。 ・2 歳児は目に見える汚れは汚いと判断し,洗うことで きれいになると知っている。 3. 2 方 法 被験児 都内にあるA・B 保育園(うちA 園では観察 つまり2 歳児は大人からバイキンという言葉や概念を 研究も実施)の2 ~ 3 歳児クラスの幼児計 37 人。その 用いた説明を受けることが多く,また稲垣(1995)の主 内訳は2 歳児クラス21人(男13;女 8) ,3 歳児クラス 張に反して汚染・感染の説明に馴染んでいるようにみえ 16 人(男7;女 9)であり,月齢範囲は2 歳 9 ヵ月~ 4 歳 る。また,2 歳児が汚染・感染と病気との関連をどのよ 6 ヵ月,平均月齢は3 歳 5 ヵ月であった。年齢差を比較 うに捉えているのかについては,この観察だけでは十分 するために,分析においては3 歳群 21人(2 歳 8 ヵ月~ に知ることができなかった。特に目に見えない汚染につ 3 歳 5 ヵ月;平 均 3 歳 0 ヵ月) ,4 歳 群16 人(3 歳 8 ヵ月 いての認識,バイキンの感染と病気との関連の認識はど ~ 4 歳 6 ヵ月;平均 4 歳 0 ヵ月)に分ける。 のようなものであるかを捉えることはできなかった。そ 実験時期・場所 2005 年11月。各園の保育室で個別 こで,このような点を明らかにするために,次に示す実 に実験を行った。 験研究を行うことにする。 実験材料 バイキンと病気に関する17の質問と,そ の内容に対応するイラスト図版(B5 版)をファイルに 3.幼児期における病因の説明とバイキンの概念 綴じ,絵本のようにして被験児に提示する。質問の内容 ―実験研究― を表 1に,具体的な質問文とイラストの内容を表 2に示 す。質問 8 ~ 11で,生気論的要因の説明として「よく 3. 1 目 的 食べる・あまり食べない」を用いたのは,稲垣(1996) , 実験法を用いた先行研究によれば,4 ~ 5 歳以上の 稲垣・波多野(2002)に倣ったものである。質問14 ~ 子どもは道徳的要因によってではなく,生物学的要因に 16で手洗いに関する内容を扱うのは,前述の観察研究 よって病気になることを知っている(Siegal,1988)が, によって2 歳児の保育園生活において汚染・感染に対す それ以前の時期については明らかにされていない。そこ る清潔は特に手洗いという場面で意識されることが多い で本研究では,4 歳以前の幼児は病因をどのように説明 ことと,清潔習慣として手洗いが 2 ~ 3 歳児の生活に浸 し,また病気の原因となるバイキンや目に見えない汚れ 透していためである。なお, 「病因としての道徳的要因 表1 質問内容 質問 内容 質問の目的 1 病気とは 病気を知っているか 具体的な内容に入る前に,病気という単語について確認を とる。 2 病因 病気の主な原因は何か 病因について自由記述の回答を求める。 3 バイキンとは バイキンを知っているか バイキンという単語の確認をし,バイキンに対して持って いる考え方を知る。 4 良い子がバイキンに接触した場合 病因としての道徳的 良い子がバイキンに接触しなかった場合 病因として道徳的要因と汚染・感染に関する要因のどちら 要因と汚染・感染要 の説明を好むかを知る。 悪い子がバイキンに接触した場合 因 悪い子がバイキンに接触しなかった場合 5 6 7 8 9 10 11 12 13 食べる子がバイキンに接触した場合 病因としての生気論 食べる子がバイキンに接触しなかった場合 病因として生気論的要因と汚染・感染に関する要因のどち 的要因と汚染・感染 らの説明を好むかを知る。 食べない子がバイキンに接触した場合 要因 食べない子がバイキンに接触しなかった場合 感染と病気 14 15 手の汚れが見える場合 汚染 16 17 バイキンのついているものを食べた場合 バイキンに汚染された物を食べることで感染すると考える バイキンのついていないものを食べた場合 かを知る。 汚れが見えるときと見えないとき,バイキンの汚染を予測 できるかを知る。 手の汚れが見えない場合 手を洗った場合 バイキンマン キャラクター「バイキンマン」についてどのように考えて いるかを知る。 バイキンマンを知っているか - 150 - 高橋・吉成:幼児期における「バイキン」と病気の概念 と汚染・感染要因」 , 「病因としての生気論的要因と汚染 うに待つ。実験所要時間は1人につき約10 分であり,課 感染要因」 「感染と病気」については各々についてカウ 題中の様子は,上着ポケットに入れたテープレコーダー ンターバランスをとったが,これは質問・イラストの順 及び補助的にメモによって記録した。 序の違うファイルを8 種類用意し,使用するファイルを 3. 3 結 果 事前に決定しておくことで対応させた。 3. 3. 1 病気・ケガの知識 手続き 被験児と実験者は原則として1 対1だが,そ 病気がどんなものであるか,また病気になった時にど れまでの実験者との関わりが少ない B園においては,幼 のようになったか(問1)に対し,22 人中6 人は「病院 児の不安が高い場合にはクラス担任がそばに付き添っ に行った」 「救急車」 「薬を飲む」などの医療的対処を た。実験者は被験児の右隣に座り,課題ファイルを2 人 述べていた。また, 「火事になると病気になる」や「血 の中間に広げ,一緒に見ている絵本を読み聞かせるよう が出る」など内科的病気ではなく外科的なケガの説明を にして実験を進め,質問では幼児が自由に回答できるよ する幼児もいた。 表 2 質問文とイラスト内容 質 問 質 問 文 1 病気って知ってる? 病気になるとどうなるの? 病気になったことある? ケガってどんなのかわかる? 2 この子は,いま病気なんだって。なんで病気になっちゃったのかな? 3 バイキンって知ってる? バイキンってどんなの? バイキンに触るとどうなる? バイキンに触ると病気になる? バイキンに触るとケガをする? 4 この子は,嘘もつかないし,お友達と仲良くするし,いつも悪いことはしないんだって。 この子がバイキンに触ったら病気になる? ならない? なんで? 5 この子は,嘘もつかないし,お友達と仲良くするし,いつも悪いことはしないんだって。 この子がバイキンに触らないようにしたら病気になる? ならない? なんで? 6 この子は,嘘をついたり,お友達をいじめたり,いつも悪いことをしているんだって。 この子がバイキンに触ったら病気になる? ならない? なんで? 7 この子は,嘘をついたり,お友達をいじめたり,いつも悪いことをしているんだって。 この子がバイキンに触らないようにしたら病気になる? ならない? なんで? 8 9 イラストの内容 悲しそうな男の子の 顔のアップ 男児2人が肩を組ん で笑っている 男児がおもちゃの刀 を振り回しながら, 女児を追いかけてい る この子は,いつもご飯をたくさん食べて,好き嫌いも言わないで,ご飯を残すこともないんだって。 女児がお弁当の蓋を この子がバイキンに触ったら病気になる? ならない? なんで? 開けながら笑ってい この子は,いつもご飯をたくさん食べて,好き嫌いも言わないで,ご飯を残すこともないんだって。 る この子がバイキンに触らないようにしたら病気になる? ならない? なんで? 10 この子は,ご飯をあまり食べなくて,好き嫌いも言って,ご飯をいつも残すんだって。 この子がバイキンに触ったら病気になる? ならない? なんで? 11 この子は,ご飯をあまり食べなくて,好き嫌いも言って,ご飯をいつも残すんだって。 この子がバイキンに触らないようにしたら病気になる? ならない? なんで? 12 この子はおイモを食べているね。このおイモにはバイキンがついているんだって。 この子がこのバイキンがついたおイモを食べたときは病気になる? ならない? 女児が笑顔でサツマ イモを食べている 13 この子はドーナツを食べているね。このドーナツにはバイキンがついていないんだって。 この子がこのバイキンがついていないドーナツを食べたときは病気になる? ならない? 男児が笑顔でドーナ ツを食べている 14 みんなお砂場で遊んでいるね。この子の手はお砂で汚れているね。 この汚れた手にバイキンはついているかな? ついていないかな? 15 この子はお砂のついた手をパンパンって払ったから,お砂が手からとれたんだって。 このパンパンした後の手にバイキンはついている? ついていない? 16 この子はお砂遊びをした後なんだって。手はお砂で汚れていました。 お砂遊びが終わって手を洗っているね。 手を洗ったらこの子の手にバイキンはついている? ついていない? 女児が手を洗ってい る後ろに手が汚れた 男児が並んで順番を 待っている 17 これは誰? 「バイキンマン」を知っている? 「バイキンマン」はいつも何をするの? 「バイキンマン」に触ったら病気になるかな? ならないかな? 特に表情の無い「バ イキンマン」が立っ ている - 151 - 男児がお弁当を食べ ながら悲しそうな顔 をしている 5人の子どもが砂場 で山をつくって遊ん でいる 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) ケガがどんなものかに対して回答があった11人中6 人 3. 3. 3 病因についての説明要因 が「血が出る」など出血の説明をしたが,症状を「赤く 病気の原因 なる」と説明した幼児もいた。これらは外科的なケガを 絵を示して,その子が「なぜ病気になってしまったと 説明していると考えられる。また,ケガの原因として「こ 思うか」 (問 2)を自由に答えてもらった。回答したのは ろぶ」と外科的な要因を述べた者と「バイキンマンが来 8 人であり,これは全体の21.6%であった。回答の内容 たとき」とバイキン要因を述べたものが1人ずついた。 は, 「ころんだ」が 3 人, 「ほっぺが赤くなっている」が 3 人, 「耳」と「ブツブツ」が各 1人であり,原因らしい 3. 3. 2 バイキンとは 説明は外科的な「ころんだ」のみであった。 バイキンを知っているか(問 3)に対して回答があっ 道徳的要因とバイキン要因 た26 人中23 人(88.5%)が知っているとし, 3 人(11.5%) 病気の原因として道徳的要因とバイキン要因のどちら が知らないと答えた(2 項検定によりp<.01) 。バイキン の説明を幼児はするかを知るために設定した問 4 ~ 7に がどのようなものかについては14 例の説明が得られ, 対する回答をまとめたのが表 4 である。良い子がバイキ うち4 例では「ツノがある」 「顔が怖くて刺すものを持っ ンに触った場合に「病気になる」と回答したのは26 人, ている」などその形態を描写している。バイキンマンと 「病気にならない」と回答したのは10 人であり, 「病気 説明したのは2 人,バイキンマンについて語っているで になる」とする方が多かった(p<.05) 。良い子がバイキ あろうと推測される説明(ジャムおじさんとテレビに出 ンに触らなかった場合では, 「病気にならない」 (31人) てくる)が 1人いた。 は「病気になる」 (4 人)よりも多かった(p<.01) 。悪い バイキンに触ると病気になるか(問 3)に対し, 「病 子がバイキンに触った場合では, 「病気になる」 (34 人) 気になる」と回答した幼児(30 人)は「病気にならな は「病気にならない」 (3 人)よりも多かった(p<.01) 。 い」 (4 人)よりも有意に多かった(2 項検定で p<.01) 。 悪い子がバイキンに触らなかった場合では, 「病気にな また,表 3に示すように3 歳児群,4 歳児群間の比較を る」 (16 人)と「病気にならない」 (20 人)の間に有意 行ったが,有意な関係は得られなかった(χ²(1,N=34) な偏りはみられなかった。さらに各質問について年齢と = 3.173,n.s.) 。つまり,2 歳半~ 4 歳半の被験児全体で 回答との関係をみるためにχ² 検定したが,すべてにお バイキンに触ると病気になると考える幼児が多い。 いて有意な関係は得られなかった。つまり上記の結果 バイキンに触るとケガをするかに関しては,表 3に示 は,2 歳半~ 4 歳半の被験児全体で年齢とは関係なく共 すように16 人が「ケガをする」 ,11人が「ケガをしない」 通に言えることである。 とし,2 項検定によると回答に有意な偏りはみられなかっ 表 4 病因としての道徳的要因と汚染・感染要因 た。また,年齢と回答との有意な関係は得られなかった (χ²(1,N=27)= 2.769,n.s.) 。つまり被験児全体で年齢 人数(%) 断は二分した。 表 3 バイキンに触ると病気になるか? バイキンに触るとケガをするか? 人数(%) 病気にならない 3 歳(n=20) 16( 80.0) 4(20.0) 4 歳(n=14) 14(100.0) 0(00.0) 計 (n=34) 30( 88.2) 4(11.8)** ケガをする ケガをしない 3 歳(n=15) 11(73.3) 4(26.7) 4 歳(n=12) 5(41.7) 7(58.3) 計(n=27) 16(59.3) 悪い子がバイキンに 病気になる 接触した 接触しない 接触した 接触しない 良い子がバイキンに に関係なく,バイキンに触るとケガをするかどうかの判 病気になる 病気にならない 3 歳(n=21) 14( 66.7) 7( 33.3) 4 歳(n=15) 12( 80.0) 3( 20.0) 計(n=36) 26( 72.2) 10( 27.8)* 3 歳(n=21) 4( 19.0) 17( 81.0) 4 歳(n=14) 0( 00.0) 14(100.0) 計(n=35) 4( 11.4) 31( 88.6)** 3 歳(n=21) 18( 85.7) 3( 14.3) 4 歳(n=16) 16(100.0) 0( 0.0) 計(n=37) 34( 91.9) 3( 8.1)** 3 歳(n=21) 11( 52.4) 10( 47.6) 4 歳(n=15) 5( 33.3) 10( 66.7) 計(n=36) 16( 44.4) 20( 55.6)n.s. ** p<.01 * p<.05(2 項検定による) 13(40.7)n.s. ** p<.01 * p<.05 (2 項検定による) 表 5は,上記の問 4 ~ 7についての個人別回答パター ンをまとめたものである。与えられた道徳要因に関係 - 152 - 高橋・吉成:幼児期における「バイキン」と病気の概念 表 6 病因としての生気論的要因と汚染・感染要因 なく常にバイキン要因によって病気になるか /ならない 人数(%) かを判断した幼児は全体の35.1%と最も多いのに対し, 27.0%は場合次第で判断の要因を変えており,特に「良 い子」についてはバイキン要因で「悪い子」については 道徳要因で判断することが多かった。 生気論的要因とバイキン要因 病気の原因として生気論的要因とバイキン要因のど ちらの説明を幼児をするか知るために設定した質問 8 ~ 11に対する回答を表 6に示す。食べる子がバイキンに 触った場合に「病気になる」と回答したのは18 人, 「病 気にならない」と回答したのは17 人であり,2 項検定に よると回答に有意な偏りは得られなかった。食べる子 がバイキンに触らなかった場合では, 「病気にならない」 (31人)は「病気になる」 (4 人)よりも多かった(p<.01) 。 接触した 接触しない 接触した 接触しない 食べる子がバイキンに 食べない子がバイキンに 道徳的要因によって判断した幼児は13.5%であった。 病気になる 病気にならない 3 歳(n=21) 10(47.6) 11(52.4) 4 歳(n=14) 8(57.1) 6(42.9) 計(n=35) 18(51.4) 17(48.6)n.s. 3 歳(n=21) 3(14.3) 18(85.7) 4 歳(n=14) 1( 7.1) 13(92.9) 計(n=35) 4(11.4) 31(88.6)** 3 歳(n=21) 17(81.0) 4(19.0) 4 歳(n=14) 12(85.7) 2(14.3) 計(n=35) 29(82.9) 6(17.1)** 3 歳(n=21) 7(33.3) 14(66.7) 4 歳(n=14) 6(42.9) 8(57.1) 計(n=35) 13(37.1) 22(62.9)n.s. ** p<.01 * p<.05(2 項検定による) 食べない子がバイキンに触った場合では, 「病気になる」 (29 人)は「病気にならない」 (6 人)よりも多かった まり,上記の結果は,被験児全体で年齢と関係なく共通 (p<.01) 。食べない子がバイキンに触らなかった場合で に言えることである。 は, 「病気になる」 (13 人)と「病気にならない」 (22 人) 表 7は,上記の問 8 ~ 11についての個人別回答パター との間に有意な偏りはみられなかった。さらに各質問に ンをまとめたものである。与えられた生気論的要因に関 ついて年齢と回答との間の関係をみるためにχ² 検定し 係なく常にバイキン要因で病気になる/ならないの判断 たが,すべてにおいて有意な関係は得られなかった。つ をする幼児が全体の27.0%と最も多いのに対し,生気論 表 5 病因としての道徳的要因(良い子/悪い子)とバイキン要因(接触/非接触)による回答パターン 回答パターン(病気になる/ならない) 人 数(%) 良い子 良い子 悪い子 悪い子 ― 接触 ― 非接触 ― 接触 ― 非接触 なる ならない なる ならない 13( 35.1) バイキン要因で判断 ならない ならない なる なる 5( 13.5) 道徳的要因で判断 なる ならない なる なる 8( 21.6) ―― 判断の要因は場面による ならない ならない なる ならない 2( 5.4) なる なる なる なる 3( 8.1) 全て「なる」 ならない ならない ならない ならない 3( 8.1) 全て「ならない」 その他(無回答含む) 3( 8.1) 計 37(100.0) ] 表 7 生気論的要因(食べる/ 食べない)とバイキン要因(接触 / 非接触)による回答パターン 回答パターン(病気になる/ならない) 人 数(%) 食べる子 食べる子 食べない子 食べない子 ― 接触 ― 非接触 ― 接触 ― 非接触 なる ならない なる ならない 10( 27.0) バイキン要因で判断 ならない ならない なる なる 5( 13.5) 生気論的要因で判断 ならない ならない なる ならない 6( 16.2) ―― 判断の要因は場面による なる ならない なる なる 4( 10.8) なる なる なる なる 4( 10.8) 全て「なる」 ならない ならない ならない ならない 6( 16.2) 全て「ならない」 その他(無回答含む) 2( 5.4) 計 37(100.0) ] - 153 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) 的要因で判断したのは13.5%であった。27.0%の者は場 手の汚れが目に見えない場合では,バイキンが「いな 合によって判断の要因を変えていた。 い」 (25 人)は「いる」 (10 人)よりも多かった(p<.05) 。 ところが,手を洗った場合にその手にバイキンがいるか 3. 3. 4 感染と病気 については,37 人全てがバイキンは「いない」と答え, バイキンがついているものを食べた場合に病気にな 洗った手からはバイキンがいなくなると判断した。各質 るか(表 8)について, 「病気になる」と回答した幼児 問について年齢と回答との間に有意な関係(χ² 検定) (27 人)は, 「病気にならない」 (9 人)よりも多かった は見られなかった。つまり上記の結果は,被験児全体 (p<.01) 。バイキンのついていないものを食べた場合で で年齢とは関係なく言えることである。 は, 「病気にならない」 (33 人)が「病気になる」 (3 人) よりも多かった(p<.01) 。各質問について年齢と回答と 3. 3. 6 バイキンマン の間に有意な関係(χ² 検定)は得られなかった。つま アニメキャラクターであるバイキンマンについてどの り上記の結果は,被験児全体で年齢とは関係なく共通 ように知っているか,考えているかをたずねた(問17) 。 に言えることである。 37 人全員がバイキンマンを知っていると答えた。バイ キンマンに触ると病気になるかについては, 「病気にな 表8 感染と病気 る」と回答したのは17 人, 「病気にならない」と回答し 人数(%) ものを食べた ものを食べた バイキンの ついている ついていない 病気になる 病気にならない たのは16 人であり,2 つの回答に有意な偏りは見られな かった(表 10) 。また,年齢と回答との間に有意な関係 3 歳(n=21) 14(66.7) 7( 33.3) (χ² 検定)は見られなかった。つまり被験児全体で年 4 歳(n=15) 13(86.7) 2( 13.3) 齢とは関係なく,バイキンマンに触ると病気になるか/ 計(n=36) 27(75.0) 9( 25.0)** ならないかの判断は二分した。 3 歳(n=21) 3(14.3) 18( 85.7) 4 歳(n=15) 0(00.0) 15(100.0) 計(n=36) 3( 8.3) 33( 91.7)** 表10 「バイキンマン」に触ると病気になるか 人数(%) ** p<.01 * p<.05(2 項検定による) 病気になる 3. 3. 5 手の汚れとバイキン 目に見える汚れ,見えない汚れとバイキンによる汚染 病気にならない 3 歳(n= 19) 9(47.4) 10(52.6) 4 歳(n= 14) 8(57.1) 6(42.9) 計(n= 33) 17(51.5) 16(48.5) の予測を知るために設定した問14 ~ 16の結果を表 9に 表 11に,バイキンマンに触ると病気になるかへの回 まとめた。 表 9 手の汚れとバイキン 答(問17)とバイキンに触ると病気になるか(問 3)へ 人数(%) 見える 手の汚れが 手の汚れが バイキンはいる バイキンはいない の回答についてクロス集計した結果を示す。この2 つ の質問への回答には有意な関係が得られた(χ²(1, 見えない 15(71.4) 6(28.6) 4 歳(n=15) 13(86.7) 2(13.3) ると回答した幼児17 人全ては,バイキンに触った時に 計(n=36) 28(77.8) 8(22.2)** も病気になると回答していた。 3 歳(n=21) 6(28.6) 15( 71.4) 4 歳(n=14) 4(28.6) 10( 71.4) 計(n=35) 10(28.6) 25( 71.4)* 3 歳(n=21) 0(00.0) 21(100.0) バイキンに触ると 4 歳(n=16) 0(00.0) 16(100.0) 病気になる 病気にならない 計(n=37) 0(00.0) 37(100.0)** N=30)= 6.036,p<.05) 。バイキンマンに触ると病気にな 表11 病因としてのバイキンマンとバイキン 人数(%) ** p<.01 * p<.05(2 項検定による) 手の汚れが目に見える場合にその手にバイキンはつ いているかに対して,バイキンが「いる」と回答した幼 児(28 人)は「いない」 (8 人)よりも多かった(p<.01) 。 - 154 - バイキンマン に触ると 洗った手に 3 歳(n=21) 病気になる (n=17) 17(100.0) 0( 0.0) 病気にならない(n=13) 9( 69.2) 4(30.8) 計 (n=30) 26( 86.7) 4(13.3) χ²(1, N=30)= 6.036, p<.05 高橋・吉成:幼児期における「バイキン」と病気の概念 3. 4 考察 つけているかどうかを知ることができれば,より深い考 3. 4. 1 病気・ケガの経験と知識 察ができるだろう。 病気がどのようなものであるかに対しては,実際に自 分に経験のある病名を含め内科的な病気について説明 3. 4. 3 病気の原因について する幼児が多く,ケガについては外科的な現象につい なぜ病気になるのかという質問に対して回答できたの ての説明が最も多く得られた。一方で,病気について外 は全体の約 2 割であり,またその内容も原因となること 科的なケガの説明をしている数例もあり,内科的な病気 を説明したものは「ころんだ」と答えた3 人のみだった。 と外科的なケガを混同させて捉えている幼児もいる。2 このことから,4 歳までの幼児は内科的病気と外科的ケ ~ 3 歳児では,内科的な病気と外科的なケガを区別して ガをはっきり区別できないと同時に,自力で原因を説明 「病気」という語彙を用いる子と,その区別をつけてい することは難しいのであろうと推測できる。では,課題 ない子とがいるようである。また病気については「病院」 場面設定をして病気になるかどうかの判断を求めた場 や「救急車」などの説明もあり,医療的対処までを含め 合にはどうなのだろうか。 て病気の概念としていることが示唆された。 道徳要因とバイキン要因の内容が病気になるかどうか を判断する上で拮抗する質問では,良い子がバイキン 3. 4. 2 バイキンについて に触ったときに「病気になる」と判断する幼児が有意に バイキンについては, 「知っている」と答えた幼児が 多かった。よってバイキン要因が道徳的要因よりも優先 有意に多く,バイキンに触ると「病気になる」と答えた されて判断されたと言える。一方,悪い子がバイキンに 幼児も有意に多かった。年齢と回答との間には有意な関 触らなかったときについては,病気になる/ならないの 係が得られなかったことから,2 歳半の段階にはすでに 判断は分かれた。また,4 問を通してみたとき,バイキ ほとんどの幼児がバイキンという言葉を知っていて,病 ン要因で判断する幼児の方が道徳的要因で判断する幼 気の要因としてバイキンを考えることができると言える 児より多い傾向がみられた。いずれも年齢による違いは だろう。 みられなかった。 バイキンがどのようなものかという質問に対しては, これらより,2 歳半から4 歳半までの幼児は道徳的要 その姿かたちを描写した説明が得られた。これは生物 因よりもバイキン要因の方を病気の原因としての判断に 学的な菌の形態ではなく,大人一般がバイキンという言 用いると言える。しかし,悪いことをした場合について 葉に対して描くイメージと同じものではないだろうか。 はバイキン要因よりも道徳的要因によって病気になると 見えないバイキンが 2 ~ 3 歳の時期からすでにキャラク 考えることも多く,その判断は分かれることがわかった。 ター的イメージをもった概念として存在しはじめている このことについてある被験児は「 (良い子はバイキン と言える。また特にバイキンマンという言葉や『アンパ に触らなければ病気にならないが)悪い子は(バイキ ンマン』に関することを語る幼児がいたことから,その ンに)触らなくても(病気に)なる」と発言し,場合に イメージ形成にはアニメキャラクターのバイキンマンの よって道徳要因が優先となる説明をした。つまり幼児は 影響があることも示唆された。 両方の要因を併せて考え,その状況次第でいずれかの バイキンに触ってケガをするかという質問に対して 要因を優先させて最終的に病気になるか /ならないかを は,病気になる/ならないに回答が二分したが,年齢と 判断していると考えられる。 の関係は見られなかった。つまり,4 歳までの幼児では, Siegal(1988)は4 ~ 5 歳以上の幼児は道徳的要因よっ バイキンによってケガをするかどうかの判断が子によっ てではなく生物学的要因によって病気になると判断する て分かれる。Kister & Patterson(1980)は,4 歳前後の と示したが,本研究からは2 歳半以降ですでに道徳的要 幼児は骨折などのケガもバイキンによると考えると報告 因よりも生物学的要因が用いられることが明らかになっ しているが,彼らの示すよりもさらに前の時期において た。ただし,単純に生物学的要因のみで考えるのではな このことが実証されたことになる。しかしこれは,単純 く,どちらも併せて考慮していることがわかった。これは に幼い幼児がケガもバイキンによって起こると考えてい Piaget(1932)による幼児は道徳的要因を病因と考えると るというわけではなく,前述したように病気とケガとい いう主張も一部支持している。場合によってどちらの要 う言葉の区別がある子とない子とがいることも含んだ結 因を優先させて判断するかについてはさらなる検証が必 果であることに注意しておきたい。幼児が内科的現象と 要だが,良い子についてはバイキン要因を優先し,悪い 外科的現象の区別をして病気やケガという言葉を用い 子については道徳的要因を優先する幼児が比較的多くみ ているかどうかを調べ,その上でケガとバイキンを結び られたことから, 「悪いこと」は病因として意識化されて - 155 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) いる程度が高いのではないかと推測される。 断する子が 28.6% おり, 「まだ(バイキンが)ついてい 生気論的要因とバイキン要因に関しては,その内容が るから洗ったほうがよい」という発言もみられた。しか 病気になるかどうかを判断する上で拮抗するとき,つま し,被験児全体をみるとバイキンは「いない」と回答し り食べる子がバイキンに触った場合と,食べない子がバ た幼児の方が「いる」とした者よりも有意に多かった。 イキンに触らなかったと場合では,いずれも病気になる このことから,汚れが目に見えない時にはバイキンの汚 /ならないの判断は分かれた。つまり,生気論的要因と 染を4 歳までの幼児は考えていないことが示唆された。 バイキン要因のどちらを優先させて判断するかが場合に このことは,目に見えないバイキンの汚染について幼児 よって異なっていると言える。また,4 問を通してみる はまだ理解できていないというRozin, et al.(1985)の説 と,生気論的要因よりもよりもバイキン要因を優先させ を支持している。 る幼児が多かったが,両方を判断の基準として取り入 しかし,観察研究では,見えない汚染について理解 れていると思われる子も同じくらいいた。そのなかには, していると考えられる行動・発言をしていた幼児が,本 食べる子については生気論的要因を優先させ,食べな 実験課題では汚れが見えない時にはバイキンはいない い子についてはバイキン要因を優先させて判断する回答 と判断しているケースもあった。また他の幼児からは, パターンと,食べる子についてはバイキン要因を優先さ 手を払うことによってバイキンが拭われたり,一緒に払 せ,食べない子については生気論的要因を優先させて われたりした為にバイキンがいなくなったと判断したと いる回答パターンがあった。 思われる発言もあり,見えない汚染を理解していないと 以上から,バイキン要因は生気論的要因より病因の説 は単純に言い切れない。むしろ,清潔行為として見えな 明とされる傾向があるが,両方を要因として考えている いバイキンを払ったり拭ったりすることの効果を考えて 幼児も多く,その場合には状況によりどちらの要因で最 いる可能性もある。 終的に判断するかが個人によって分かれていることがわ つまり,見えない汚れについての幼児の考えは当初 かった。また,年齢差も特に見られないことから,バイ 研究者が予想していたよりもさらに深いものである可 キン要因と生気論的要因による説明の両立は2 歳半の時 能性がある。単純に汚れが見える/ 見えないだけではな 点で形成されていることが示唆される。その後どちらの く,そこに至るまでの行動や環境などの要素をそれぞれ 要因を優先させていくことになるか,または両立させ続 に考慮してバイキンの有無を判断しているのかもしれな けるのかについては,より年齢の高い児童や大人を対象 い。そうなるとSiegal & Share(1990)の主張するよう とした研究で明らかになると考えられる。稲垣(1995) に3 歳までには見えない汚れに対する強い感受性がある では幼児は病因についても生気論的因果説明を好んで と言うことができる。 用いるとされていたが,本研究からは幼児は 4 歳までに バイキン要因による判断を行い,かつ生気論とバイキン 3. 4. 6 「バイキンマン」について 概念を両立させ,与えられた状況によっていずれかの バイキンマンについては全員が知っていると答えた 要因を優先させていることがわかった。 が,バイキンマンを触ると病気になるかどうかに関して は年齢に関係なく判断が分かれた。バイキンを知ってい 3. 4. 4 感染について ると答えた幼児は全員がバイキンマンに触ると病気にな バイキンがついているものを食べると病気になるかど ると判断しており,またバイキンマンに触ると病気にな うかに関しては, 「病気になる」と判断する幼児が有意 ると答えた幼児は全員がバイキンに触ると病気になると に多く,バイキンのついていないものでは「病気になら 答えていた。 ない」と判断する幼児が有意に多かった。また,これら つまり,2 歳半以降の幼児はバイキンマンというキャ の回答と年齢との間に有意な関係はなかった。このこと ラクターをまず知っており,バイキンマンもバイキンと から,幼児は2 歳半以降になるとバイキンの感染によっ 同様に病因となると考え,その区別ははっきりとしてい て病気になると考えていることがわかった。つまり小畑 ないことがわかった。前述したバイキンのイメージに (1990)や Bibace & Walsh(1980)で報告されているよ ついての考察を踏まえると,幼児はバイキンマンという りもさらに早い時期に幼児はすでにバイキン感染の概念 キャラクターの浸透によってバイキンという言葉に馴染 をもっていることが本研究によって示された。 み,かつこのキャラクターをバイキン概念を形成する際 の拠りどころのひとつとしていると考えることができる 3. 4. 5 汚染について のではないだろうか。 砂を払っただけの手に関しては,バイキンがいると判 - 156 - 高橋・吉成:幼児期における「バイキン」と病気の概念 4.まとめと今後の課題 今後の課題としては,まず前述したように,見えない 汚染についての幼児の概念がどのようなものであるか, 観察研究と実験研究の2 つを通して,本研究では以下 さらに様々な場面や要素を考え検証していく必要があ のことが明らかとなった。 る。また本研究では,幼児が環境から得るバイキン情 ・2 歳児においては,栄養・抵抗力の低下といった生気 報の例として,観察研究では保育者の声かけを中心に, 論的因果の説明よりも,バイキンの汚染・感染という 実験研究では『アンパンマン』の登場人物としてのバイ 説明の方が,身近で理解しやすいものである。 キンマンをとりあげ検証したが,それ以外にも各メディ ・2 ~ 3 歳児の保育園生活において,バイキンという言 アでの表現や周囲の人間の発言・行動は幼児がバイキ 葉は保育者からの清潔の呼びかけによく使われてお ンについて知るための手がかりとなるだろう。特に大人 り,バイキンの汚染についてもある程度は説明されて や,より高年齢の幼児がもつバイキンのイメージや概念 いる。 がどのようなものであり,どのように表現されているか ・2 ~ 3 歳児の保育園生活において,汚染・感染に対 を調べることができれば,それらが幼児のバイキン概念 する清潔は特に手洗いという場面で意識されること の形成に及ぼす影響を考えることができるであろう。そ が多い。 れは同時に,2 ~ 3 歳児のバイキン概念がその後どのよ ・清潔に関する習慣として,手洗いは2 歳児の生活に浸 透している。 うに発達していくのかを検証することにもつながると思 われる。 ・2 ~ 3 歳児は目に見える汚れは汚いと判断し,洗うこ 引用文献 とできれいになると知っている。 ・2 歳半の段階ですでに,ほとんどの幼児はバイキンと いう言葉を知っており,病気の要因として考えること Bibace, R., & Walsh, M.E. 1980 Development of children’s concepts of illness. Pediatrics, 66, 913-917. ができる。 ・目に見えないバイキンではあるが,2 歳の頃からすで Brewster, A.B. 1982 Chronically ill hospitarized children’s concepts of their illness. Pediatrics, 69, 355-362. にキャラクター的イメージをもった概念として存在し はじめている。 稲垣佳世子 1995 生物概念の獲得と変化 - 幼児の「素 ・2 歳半以降の幼児は『アンパンマン』の登場人物であ 朴生物学」をめぐって- 風間書房. る「バイキンマン」というキャラクターを知っている 稲垣佳世子 1996 幼児における病気に対する抵抗力 が,4 歳までの間にバイキンとの明確な区別はされて の理解 日本教育心理学会第 38回総会発表論文 いない。 集 , 167. ・2 歳半の幼児には,バイキンの感染によって病気にな Inagaki, K. 2000 Young children’s vitalistic explanation for るという概念がすでにある。 eating and other related bodily phenomena. Paper presented at 27th International Congress of Psychology. ・2 ~ 3 歳ではケガもバイキンによって起こると判断す る子が多いが,これは内科的な病気と外科的なケガ の区別をして「病気」という言葉を用いる子と,その Stockholm. 稲垣佳世子・波多野誼余夫 2002 病気の原因につい 区別をつけずに考えている子がいるためによる。 ての素朴生物学的研究(1)- 幼児における病因の ・4 歳までに道徳的要因よりもバイキン要因の方が病因 識別- 日本教育心理学会第 44回総会発表論文集 , の説明として優先されている。しかし,悪いことをし た場合については道徳要因をバイキン要因よりも優先 568. 稲垣佳世子・波多野誼余 2005 認知科学の探求 幼 させる場合も多く,判断は分かれる。 児の概念発達と変化 - 素朴生物学をめぐって- 共 ・4 歳までに生気論的要因よりもバイキン要因を病因 立出版 . の説明として優先させる傾向があるが,この時期で Kalish, C.W. 1996 Preschoolers’understanding of germs は両方とも要因となると考える子も多く,場面によっ as invisible mechanisms. Cognitive Development, 11, てどちらを優先させて判断をするかは個人によって 83-106. Kister, M.C., & Patterson, C.J. 1980 Children’s conceptions 分かれる。 ・2 歳児は自力で病因の説明をすることが難しい。 of the causes of illness: Understanding of contagion ・病気の概念としては 4 歳までに医療的対処までを含ん and use of immanent justice. Child Development, 51, でもっているようである。 839-846. - 157 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) 近藤充夫 1999 保育内容:健康 建帛社 . 小畑文也 1990 児童における病因の認知 上越教育 大学研究紀要 , 9, 153-161. 落合正行 1996 幼児の生物学の理解 - 病気の理解を 例に- 追手門学院大学人間学部紀要 , 3, 1-22. Piaget, J. 1932 The moral judgment of the child. London: Routledge & Kegan Paul. Rozin, P., Fallon, A.E., & Augstoni-Ziskind, M. 1985 The child’s conception of food: The development of contamination sensitivity to “disguesting” substances. Developmental Psychology, 21, 1075-1079. 西頭三雄児 1980 健康 福村出版 . Siegal, M. 1988 Children’s knowledge of contagion and contamination as causes of illness. Child Development, 59, 1353-1359. Siegal, M., & Share, D.L. 1990 Contamination sensitivity in young children. Developmental Psychology, 26, 455-458. Springer, K., & Ruckel, J. 1992 Early beliefs about the causes of illness: Evidence against immanent justice. Cognitive Development, 7, 429-443. 付 記 本論文は,第 1 執筆者の指導の下に第 2 執筆者が東 京学芸大学卒業論文(平成 17 年度)として提出したも のに加筆、修正したものである。観察および実験に協 力してくださった保育園の皆さまに心から感謝申し上 げます。 - 158 - 高橋・吉成:幼児期における「バイキン」と病気の概念 幼児期における「バイキン」と病気の概念 Preschooler’s conception of germs and illness 高橋 道子*・吉成 佳苗** Michiko TAKAHASHI, Kanae YOSHINARI 臨床心理学* 要 旨 本研究では,2 ~ 3 歳児が病気の原因をどのように考えるのか,バイキンに関する概念や,その汚染・感染について どのように捉えているのかを明らかにすることを目的として観察研究と実験研究を行った。 2 歳児クラスの保育園での観察(2 歳 3 ヵ月~ 11 ヵ月;n =7)からは,以下のことが明らかとなった。2 歳児の汚染・ 感染に対する清潔は手洗いという場面で意識されることが多く,日常生活では,栄養・抵抗力の低下という生気論的因 果の説明よりも,バイキンの汚染・感染という説明が身近で理解しやすいものであった。 図版を用いた実験的課題では,2 ~ 3 歳児(n=37)を対象として,病気の原因となるバイキンや目に見えない汚れの 汚染・感染と病気との関係をどのように考えているのかを検討した。その結果,2 歳半の幼児には,バイキンの感染に よって病気になるという概念が既にあること,4 歳までに道徳的要因よりもバイキン要因の方が病気の説明として優先さ れるが,悪いことをした場合については道徳的要因をバイキン要因よりも優先させる場合も多く,判断が分かれること が明らかとなった。 キーワード:幼児,素朴生物学,バイキン,病気の概念 * Tokyo Gakugei University (4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan) ** Graduated Tokyo Gakugei University in 2006. - 159 -
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