Washington DC Political and Economic Report

Washington D.C. Political and Economic Report
ワシントン情報 (2009 / No.009)2009 年 3 月 13 日
三菱東京 UFJ 銀行ワシントン駐在員事務所長
Tomoyuki Oku 奥 智之
+1-202-463-0477, [email protected]
米国におけるインフラ投資拡大の動き
~民間資金投入と国家インフラ銀行設立に向けて高まる機運~
米国では近年、インフラの老朽化による事故が多発している。インフラの点検・整備の必要
性が声高に叫ばれるようになって久しいが、新政権の下でインフラ整備を重視した景気刺激
対策法が成立したことを受け、インフラ投資が再び注目されつつある。資金調達難がインフ
ラ投資拡大の根本的な壁だったが、その打開策として、国立インフラ銀行の設立に向けての
議論が始まっている。
【老朽の一途を辿る一方で、整備・拡大が追いつかない米国のインフラ】
2005 年 8 月末の大型ハリケーンカトリーナ来襲時には、Louisiana 州 New Orleans の複数箇所
で堤防が決壊し、市内の 8 割が水没した。また New York 市では 2007 年 7 月、地中の老朽化
した蒸気管が破裂し蒸気が噴出、1 人が死亡、30 人以上が重軽傷を負った。Minnesota 州
Minneapolis では 2007 年 8 月に高速道路の橋梁が突如崩落し、死者 11 人、行方不明者 2 人を
出した事故は記憶にも新しい。これらはメディアでも大々的に報道された比較的大規模なケ
ースで、小規模のインフラ関連の故障・事故は全米各地で頻繁に起こっており、数えるとき
りがない。
航空や道路、鉄道、公共交通などの交通インフラも、ここ数十年の経済成長に伴って利用頻
度が著しく増加したにもかかわらず、整備・拡大が追いついていない。空港は、日本と比べ
れば巨大で余裕があるように見えるが、実際は乗客増加、便数増加に対応できておらず、多
くの空港で発着の遅れが常態化している。米国の高速道路は広く、多くは無料ではあるが、
道路の補修不良はドライバーに年間 670 億ドルのコストをもたらしており、ドライバーは渋
滞に年間 42 億時間を費やし、経済全体に 782 億ドルのコストをもたらしているといわれる。
一方、鉄道運送量は近年大幅に増加し、ボトルネックが遅延の原因となっている。鉄道イン
フラの維持と運送能力の拡大のためには 2035 年までに合計 2,000 億ドルの投資が必要といわ
れる。また全公共交通機関の利用者は 1995-2005 年の間で 25%増加し、ここ 1 年間ではガソ
リン価格高騰の影響と環境保護の観点から、利用者が 4%と急に増加した。昨年末にかけて
はガソリン価格も下落し、失業率増加により通勤者が減少しているにもかかわらず、公共交
通機関利用者は増え続けているという。
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にもかかわらず多くの地方自治体・都市部の公共交通システムでは、投資不足から整備、サ
ービス拡大が追いつかないどころか、財政難から運賃値上げやサービスの削減を行っており、
質の悪化が指摘されている。
米国土木学会(ASCE)は今年 1 月、ABCDF の 5 段階評価に基づいて 4 年毎の米国インフラ
の評価をまとめた「2009 年米国インフラ評価(Report Card for “America’s Infrastructure”)」を
発表した1。2001 年度通知表では D+の全体評価だったが、今回の評価では 2005 年度の前回
評価に引き続き、D 評価となった(以下表を参照)。前回報告書では、インフラを十分なレ
ベルまで改善するために 5 年間で必要な投資額を 1.6 兆ドルとしていたが、今回の報告書で
は 2.2 兆ドルまで引き上げられた。
(表 1)米国土木学会(ASCE)のインフラ評価
合計 15 のカテゴリーにおいて、インフラ構造物の状態、キャパシティ、資金状況などを実際に必要
なレベルと比較して評価したもの。評価は A、B、C、D と F(落第)、I(未完了)に分かれる。15
カテゴリーのうち評価が引き下げられたのは、航空、道路、公共交通の 3 つのカテゴリーで、交通イ
ンフラの悪化が目立った。一方、唯一評価が上がったのは、エネルギー部門で、送電網整備・拡大へ
の投資が増加したことが評価された。
カテゴリー
航空
橋梁
ダム
飲料水
エネルギー
有害廃棄物
運河
堤防
公園・レクリエーション
鉄道
道路
学校
固形廃棄物
公共交通
下水排水
全体平均
2005 年度
D+
C
D
DD
D
D-
CCD
D
C+
D+
D-
2009 年度
D
C
D
DD+
D
DDCCDD
C+
D
D-
D
D
加えて ASCE は米国のインフラ改善に向けて、以下の 5 つの解決策を提言している。
① インフラ整備における連邦政府のリーダーシップ。
② インフラ維持投資の推進。
③ 連邦政府・州政府・地域ごとのインフラ計画の策定。
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American Society of Civil Engineers, Report Card for America’s Infrastructure, January 2009.
http://www.asce.org/reportcard/2009/
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④ ライフサイクルコストとメンテナンス費用をどう捻出するか検討。
⑤ あらゆる方面からのインフラ投資を拡大。
【インフラ事業における民間資金投入の動き】
米国でインフラ整備が遅れている理由として、①ここ数十年間における経済成長にもかかわ
らず、十分な公共投資が行われてこなかったこと、②近年の建設コストの増加(場所によっ
ては年間 20%の割合で増加)や、③連邦高速道路信託基金の収入源である連邦ガソリン税が
1993 年以来増加していないこと2、などが挙げられるが、①に関連した大きな理由として、連
邦予算の中で公共インフラ投資に向けた正式な予算枠組みが存在しないことが挙げられる。
このような背景から最近、インフラ事業における民間セクターの役割を拡大しようとする動
きが出始めている。Florida 州政府は 3 月初め、Fort Lauderdale 近辺の高速道路 595 号線沿い
に新たな有料高速車線の「設計・建築・運営・維持(Design, Build, Operate, Maintain:
DBOM)」をスペイン国籍の Grupo ACS (Actividades de Construcción y Servicios, SA)に委託
することを決定した。595 号線は渋滞が激しいことで知られ、道路整備・拡大は州政府にと
ってかねてよりの課題であったが、予算確保の問題から実現できずにいた。州政府はこの先
35 年間にわたり、パフォーマンスベースで最大 18 億ドルを支払う代わりに、ACS は当該有
料道路を設計・建築し、運営とメンテナンスを行う。道路料金は州政府が決定するが、パフ
ォーマンス基準をすべて満たせば、ACS は最大 12%の投資利益を得ることも可能であるとい
う。
新政権の下で景気刺激対策が実施される中、Florida 州有料高速道路のケースは、民間セクタ
ーによるインフラ事業参入の新しいモデルになり得るとして注目されている。景気刺激対策
法は全米各州の交通インフラ整備に 480 億ドルを充当したが、多くの州政府は財政難からイ
ンフラ拡大プロジェクトの削減を強いられており、連邦資金の多くはインフラ整備・維持に
充てられる見通しである。このような状況から、Florida の他に Texas、Virginia などの州政府
もインフラ拡大の手段として、民間委託の選択肢を検討しているという。
Florida 州の例は委託先が外資という点でも注目されている。Pennsylvania 州でも過去に高速
道路(Turnpike)の運営を民間委託しようとする試みが見られたが、名乗りを上げた一社が
スペイン資本(Abertis Infraestructuras, SA)であったこと、保守的な土地柄であることなどか
ら、国家安全保障上の懸念を理由に州議会で反発が生じ、案件が進まなくなった苦い経験が
ある。Florida 州のケースは DBOM という新しい契約モデルに基づいた柔軟性のあるアプロー
チがとられたこもあり、案件は比較的スムーズに進んだという。
【議会における国立インフラ銀行設立に向けての議論】
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連邦高速道路信託基金は 2009 年財政年度においては 40 億ドルの赤字を出すことが予想される一方で、連邦
ガソリン税は 1993 年以来 18.4 セント/ガロンのまま増加していない。連邦ガソリン税引き上げはここ数年間議
会でも議論されてきたが、ガソリン価格高騰などの背景を受けて実現していない。
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連邦議会でもインフラ投資拡大の必要性は、大きな課題として認識されている。そんな中で
再び注目を浴びつつあるのが、「国家インフラ銀行」設立構想である。上院では 2007 年 8 月、
銀行委員会の Christopher Dodd 委員長(民 Connecticut)が国家インフラ銀行設立法案
(S.1926)を提出した。同法案は国内の一定規模のインフラ・プロジェクトの資金調達を目
的としたインフラ銀行を設立し、公共投資を促進することを狙ったものであったが、その後
議会での審議は進まずに会期は終了した。この時上院議員として同法案の共同スポンサーと
して名を連ねた Obama 大統領がインフラ改善に積極的な姿勢を見せていることもあり、
Dodd 委員長は新議会発足後まもなく、「国家インフラ銀行設立は最優先課題の一つである」
として、今会期議会での法案可決に意欲を示した。
現行制度下では議会が連邦予算を充当するインフラ・プロジェクト(“earmark”とも呼ばれ
る)には、議員が選挙区で人気を得ることを狙ったいわゆる“pork barrel projects”が多い。最
近 Obama 大統領の署名を受けて成立した連邦政府歳出法案でも“earmark”がその 2%(8,500
件以上のプロジェクト、金額にして 80 億ドル近く)を占め、“earmark”の削減を求める
Obama 大統領と、それを議会の特権であると主張する一部議員との間で対立が生じた。それ
に対し、国家インフラ銀行は独立機関として、プロジェクトのメリットに基づいた投資判断、
資金調達を行うため、インフラ整備の必要性から政治的意図が取り除かれるという利点があ
る。
【長期的なインフラ改善対策の必要性】
1950-70 年代における米国のインフラ支出は GDP の 3%程度であったが、1987 年には 1.17%、
2007 年には 0.6%以下まで下がった。中国は GDP の 9%を、インドは GDP の 5%をインフラ
にあてがっている。基本的インフラ整備度合いの違いから中国インドが高いのは当然とはい
え、国土の広さ、人口、都市の多さから見ても米国のインフラ投資拡大の必要性は一目瞭然
である。
Obama 大統領は、大統領選挙キャンペーン中から国家インフラ銀行設立構想を支持しており、
政権移行チームが発足してまもなく EU(欧州連合)の在米代表部と接触し、欧州インフラ
銀行の仕組みについて説明を受けたといわれる。景気刺激対策のインフラ支出は整備・維持
にとどまる可能性が高いこと、連邦政府予算から“pork barrel projects”を取り除く必要性など
からも、今後政権が長期的なインフラ改善の手段として、国家インフラ銀行の設立に向けて
取り組むことが予想される。
(担当:松村詩子)
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https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/site/menuitem.a896743d8f3a013a2afaaee493ca16a0/
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