【0.糖尿病の一般知識】 □ 1型糖尿病の主な原因は風邪(ウイルス感染)などが引き金になった免疫(体 を病原体から守るしくみ)の異常であると言われています。 □ 免疫の異常によっておこる病気にはバセドー病、橋本病、慢性関節リウマチな どがあり、糖尿病に合併することがあることが知られています。 □ 自分の膵臓を壊してしまう可能性を持った抗体(こうたい)が1型糖尿病の患者 さんの血液の中に高率に認められます。 □ 15歳以下の人口において1型糖尿病の発症率は10万人あたり 1.71 人、有病 率は 9.9 人という報告があります。日本は外国と比べると小児の糖尿病人口は 少ないほうですが、近年増加傾向にあるという報告もあります。 □ 小児糖尿病はわが国では男児よりも女児に多いとされています。 □ 感染症ではありませんので人にうつることはありません。 □ 親から子へ遺伝する病気ではありませんが、同じ家族内で発症することがある ので、遺伝的素質(糖尿病になりやすい体質)は存在すると考えられています。 【糖尿病の子どもと家族が学ぶべきこと】 1)糖尿病の原因、病態、治療 2)血糖コントロールの指標(尿糖、血糖、ヘモグロビン A1c、蓄尿による尿糖) 3)ケトン体の意味 4)インスリン製剤のいろいろ、注射法 5)低血糖について 6)食事療法と食品交換表 7)運動療法 8)体調が異常な時にどうすればいいか 9)合併症、発育について 10)進学、就職、社会生活、妊娠、出産について 11)糖尿病治療の将来について 12)保育園や学校との連絡のとり方 【糖尿病の子どもと家族が覚えるべき手技】 1)血糖自己測定と尿検査 2)インスリン注射のやり方 3)食事の単位数の計算、食品交換表の使用法 4)低血糖時の症状の自覚と対応処置 【参考になる本】 1)糖尿病食事療法のための食品交換表/日本糖尿病学会編・文光堂 2)こどもの糖尿病(インスリン依存性)ガイドブック/形成社 3)ヤング糖尿病 青春を生きる!/医歯薬出版株式会社 小児の糖尿病 【1.はじめに】 □ お子さんの病気は糖尿病といいます。「DM(Diabetes Mellitus)」と省略します。 1型糖尿病、インスリン依存型糖尿病、小児型糖尿病ともいいます。 □ 糖尿病は体を動かすエネルギー源である「血液の中のブドウ糖が高くなりすぎ る」病気です。血液中のブドウ糖のことを「血糖」といい、「BS(Blood Sugar)」と 省略します。 □ 1型糖尿病は血糖を下げる唯一のホルモンである「インスリンが欠乏する」こと により起きます。 □ 主な症状は5つあります。 1)尿の中へ余分なブドウ糖が出るのに伴い尿量が増える(多尿)。 2)高血糖と多尿のため脱水状態となりたくさんの水を飲む(多飲)。 3)尿から逃げていく分の栄養を余分にとるためにたくさん食べる(多食)。 4)食べても飲んでも栄養が尿から逃げていくために体重が減る(体重減少)。 5)疲れやすい。 □ 治療法は不足したインスリンを注射でおぎなうことです。(飲み薬はありません) □ 1型糖尿病は成人に多くみられる2型糖尿病とは全く別の病気です。食べ過ぎ や運動不足が引き金になる生活習慣病(成人病)とは全く別のものです。 □ 発症したことに対して、本人にも親御さんにも何ら責任はありません。 □ 多少血糖が高くてもすぐに恐ろしい症状は起こりませんが、血糖が高い状態が 続くと成人になってから腎臓や眼を悪くする合併症が起こり、腎不全になって 透析を受けたり、失明したりする原因となります。 □ 血糖が極端に低くなると、冷や汗、手足の冷感、手の震え、頭痛、動悸、ボーッ とする、顔面蒼白などの症状が出ます。重症だと意識を失い、痙攣します。 □ 高血糖での合併症や低血糖発作を起こさないようにするために、血糖を安定さ せることが必要になります。 □ 血糖を安定させるためには、バランスの良い健康的な食事をとる必要がありま す。また、余分なカロリーをどんどんとるのを慎む必要もあります。 □ 運動をすることでインスリンの効きがよくなります。また、血糖も下がり良い血 糖コントロールを行うことができるようになります。 □ ちょうどよい血糖は空腹時で 110mg/dl 以下、食後で 140mg/dl 以下。低いほう はできれば 50∼60mg/dl 以上あるとよいです。 【今回のまとめ】 □ 1型糖尿病はインスリンの不足によって起こる血糖が高くなる病気。 □ 治療のために「食事」と「運動」と「インスリン注射」を上手に管理する。 □ 高血糖で合併症を起こすのも、低血糖で倒れてしまうのもできれば避けたい。 そのためには血糖を安定させることが大切。 【2.インスリンのはたらき】 □ 膵臓(すいぞう)は胃と十二指腸のすぐ下にある消化酵素を出す臓器です。血 糖を下げるホルモンであるインスリンもここで作られます。 □ インスリンは血液の流れにのって体中にいきわたり、肝臓や筋肉、脂肪などに はたらいて血液中の糖分をとりこむように働きかけます。その結果、糖は血液 中より肝臓や筋肉の中へ移動します。 □ インスリンの働きが不足すると糖分は血液の中から取り込めなくなり、血糖が 上昇します。 □ インスリンの働きが不足して糖分が取り込めなくなった筋肉などの組織はエネ ルギー不足の状態になります。 □ 不足したエネルギーを質の悪い栄養を利用することで補おうとする結果、「ケト ン体」というできそこないの栄養素ができます。これは栄養の一種ですが、同 時に毒の一種でもあります。 □ 体中にケトン体がたまった状態をケトーシス(ケトン体血症)と呼びます。この状 態が悪化すると血液が酸性にかたむいてアシドーシス(酸血症)になります。 □ インスリンの働きが極度に不足すると、強いケトーシスとアシドーシスが起こり、 「糖尿病性ケトアシドーシス」と呼ばれる状態になります。 □ 重症ケトアシドーシスでは、血液は糖分が濃いためドロドロの脱水状態、体の 臓器はエネルギー不足、血液は生きていくのに危険な酸性、と悪条件となりま すので、意識がおかしくなったり、ひどいと死にいたることもあります。 □ ケトアシドーシスを起こさないようにするためには、最低限の量のインスリンを 補充し続けることが必要です。例えば何も食べないからといって、インスリンの 注射をしないでいると、徐々にケトーシスやアシドーシスが起こってきます。 □ ケトーシスがおこると尿の中にケトン体が出てくるので、試験紙で調べれます。 アシドーシスについては病院で血液検査をしないと分かりません。 □ 体が必要とするインスリンの量は何も食べなくても生きていくのに必要な最低 の量のインスリン(基礎インスリン分泌)と、食事によって上昇する血糖をおさ えるためのインスリンの2つによって決まります。 □ インスリンはエネルギーを臓器に取り込ませるホルモンですので、余分にイン スリンを注射して食事の量を増やすと、どんどん太ります。 □ 逆にわざとインスリンを少なめに注射して高血糖にしておくと、体重が減ります ので一見ダイエットによいようですが、合併症の危険性が高まる上にケトアシ ドーシス発作の危険も高くなりますので、絶対にやめるべきです。 【今回のまとめ】 □ インスリンは糖分を血液から体の臓器の中へ取り込ませる。 □ インスリンが不足すると高血糖、臓器のエネルギー不足、ケトアシドーシスなど が起こり危険である。 □ 何もカロリーをとっていなくても、人間が生きていくにはインスリンが必要である (基礎分泌)。だから、例え断食をしていてもインスリンは止めてはいけない。 【3.インスリン製剤】 □ インスリンは蛋白です。液体に溶けた状態でビンの中にはいったインスリンを 使います。(商品名はノボリン、ヒューマリン、ランタスなどといいます) □ 蛋白なので熱したり、凍らせたり、暑いところに放置したりすると壊れて効き目 が悪くなります。通常は冷蔵庫に保管し、凍らせないように気をつけます。数 日間であれば室温で保存しても、問題はありません。 □ インスリンにはゆっくり長く効くように作られた「中間型インスリン(N)」と、すぐ に効くように作られた「速効型インスリン(R)」の2種類があります。最近はこれ に加えて、注射するとすぐに効きはじめて効果が早く切れる「超速効型インスリ ン(Q)」と、ほぼ1日にわたって効果が続く「持効型インスリン(L)」があります。 □ インスリンは注射して体の中へ入れますので、不潔にならないように取り扱う必 要があります。特に針を刺すゴムの部分は毎回アルコール綿で消毒して使用 します。 □ インスリン製剤には注射器で吸って使うタイプのものと、持ち運びが楽なペン型 のものがあります。ペン型のものは2種類のインスリンを混ぜる比率を微調節 することができません。 □ 各インスリンの効き始め、効果のピーク、効き終わりの時間 製剤の種類 作用発現時間 最大作用発現時間 作用持続時間 超速効型インスリン(Q) 15分 0.5∼1.5時間 3∼5時間 速効型インスリン(R) 30分 1∼3時間 8時間 中間型インスリン(N) 1∼2時間 4∼8時間 18∼24時間 持効型インスリン(L) 1.5時間 24時間 □ 食事を1日3回食べる人は、各食事の30分前に(R)をうち、夜寝る前に(N)を うって夜間の血糖上昇をおさえます。これを「4回法」(R-R-R-N)と呼びます。 超速効型と持効型を組み合わせた4回法(Q-Q-Q-L)もあります。 □ 朝と晩に、注射器を用いてRとNの混合したものを注射する方法があります。こ れを「混注2回法」と呼びます。ただし、コントロールが不正確になるため、最終 的には4回法に変更していく必要があります。 □ インスリン注射に使用した注射器やバイアル瓶は、医療廃棄物なので家庭の ゴミ箱には絶対捨てないで、病院を受診した時に看護婦さんにわたして捨てて もらって下さい。使用済みの注射器はおかしなどの入っていたスチール缶に入 れておくか、牛乳の紙パック等に入れてそのまま捨ててもらうのが安全です。 【今回のまとめ】 □ インスリンには速効型(R)と中間型(N)があり、それぞれ2時間後、8時間後あ たりの血糖上昇をおさえる働きに優れている。 □ インスリンは凍らせないで、冷蔵庫で保存する。 □ 注射器や針は家庭のゴミと一緒にせず、病院で処分してもらう。 【4.インスリンのうち方(ペン型注射器を用いた1日4回法)】 □ 用意するもの:超速効型インスリン(Q)と持効型インスリン(L)のカートリッジ、 各々を装着して使用するペン型注入器。(ペンとカートリッジが一体型になった 製品もあります。)使い捨て式注射針、アルコール綿。 □ 注意事項:針先およびインスリンのカートリッジのゴムの部分(針がささるとこ ろ)は手で触らないで清潔に操作して下さい。 □ 実際の手順: 1)これからうつインスリンの種類と量を確認してからペン型注射器を用意します。 これからうつ分だけインスリンがちゃんと入っているかどうかも確認します。 2)カートリッジのゴム部分をアルコール綿で消毒し、使い捨て針をゆっくりねじりな がら装着します。この時、針が折れ曲がらないよう注意して下さい。 3)針の外カバー、内カバーをはずします。 4)2単位分ダイアルを回した後、針を上に向け空うちをします。液が針先から出て こない場合はさらに空うちをくりかえします。 5)うとうとしている量の分だけダイアルをまわします。 6)注射する場所の皮膚をアルコール綿で消毒し、ペン型注射器をさします。ダイア ルの部分が注入ボタンになっているので、親指で押し込みます。ゆっくり5つ数 えてから針を抜きます。抜いたあとはアルコール綿で軽く押さえておきます。 7)使用済みの針に外カバーをつけ、つけた時と逆に回してはずします。使用後の 針は家庭用ゴミには出さず、次回受診時に看護婦にわたして下さい。 □ インスリンを注射する部位は腕、おなか、太もも、お尻などですが、毎回少しず つうつ場所を変えて、同じところに何度も続けて注射しないようにしましょう。同 じ場所にうち続けると、しこりができて効果が不安定になります。 □ インスリンをうった後はすぐに抜かずにひと呼吸おいてから抜くとインスリンの 液もれが起きにくくなります。液もれは効果を不安定にさせます。 □ インスリンをうった後はもまないようにしましょう。もむと早く吸収されて早く効果 が切れますので、効果がもみ方によって不安定になるからです。 □ インスリンを足にうった後、歩いたり運動したりすると、インスリンが早く効いて、 早く効果が切れます。これはもんだのと同じ効果が出るからです。インスリン はこのようにうつ皮膚の場所によって効き目が異なる場合があります。 【今回のまとめ】 □ 針自身と針のささる部分は不潔にしない。 □ 中間型(N)のインスリンを使う場合は濁っているのでよくかき混ぜること。 □ インスリンをうった後はすぐさま針抜かずに、5つ数える。 □ インスリンをうったあとはもまない。 □ インスリンをうつ場所は毎回少しずつずらす。 □ 針は家では捨てないで、病院で回収してもらうこと。 【5.血糖の測定】 □ 何のために血糖を測定するのか?:現在の血糖が高すぎたり、低すぎたりしな いかどうかを把握する。インスリンの使用量が適正かどうか把握する。血糖が 安定していれば測定回数を減らすことが可能。風邪や下痢・嘔吐時など普段 と違う状態の時には、血糖を測定する回数を増やすことで思わぬ低血糖やケ トアシドーシスを回避できる。 □ どんな時に血糖を測定するのがよいか?:血糖が高くなりすぎていないかチェ ックするためには、食後2時間の血糖が有用。低血糖になっていないかを知る ためには、食事直前や、有症状時の血糖測定が有用。深夜2∼4時に測定す ると夜間の無自覚低血糖の有無が分かる。 □ 大事な測定ポイントは?:インスリンをうつ前が重要。例えば混注2回法なら朝 食前と夕食前は必須。食後高血糖の有無は食後2時間尿糖にて代用可能。 □ 低血糖は自覚症状が無ければ大きな問題はなし。ただし夜間睡眠中に低血糖 を起こして、体が反応性に血糖を上げている場合(夜間無自覚低血糖)には、 朝方にだるくなったり頭痛がしたりします。また、夜の中間型インスリン(R)をふ やしたのに朝の血糖が高くなったりするなどのおかしな反応は、この夜間無自 覚低血糖による場合のこともあります。これは夜中2∼4時頃の血糖測定で診 断がつきます。 □ 血糖測定のやり方:これは血糖測定器の種類によって違いますので、測定器 の説明書を参考にして下さい。注意点を以下に挙げます。 □ 血糖測定値を見る前に今の血糖を予測してみましょう(これ大切)。 □ 血糖測定は指先で行うのが原則ですが、手をケガした場合など耳たぶや足の 趾などどこでも測定可能です。(大人の方は足の趾はやめましょう。) □ 指をアルコールで消毒した後は、よく乾いてから針を刺して下さい。アルコール が十分乾かない状態で採血すると、溶血して値が狂いやすくなります。 □ 針を刺して血液を採取する時は小さな米粒ぐらいをイメージして下さい。血液の 量が少ないと、測定時の誤差が大きくなり、低値になることがあります。 □ 採血時にあまり指を強くしぼると体液が混じって誤差が大きくなります。 □ 思わず期待とは異なる値が出た場合には、機械が故障している可能性がある ことも忘れないで下さい。もちろん他に原因がある場合が大半ですが、過信は 禁物ということです。 □ 予備の電池などは普段から常備しておきましょう。(これは補食用の食品や注 射器、インスリンなどについてもいえることです。「備えあれば憂いなし」) □ どうしても血糖測定できない場合は、「低血糖・高血糖症状の有無」「尿糖、尿 ケトン」などを利用して適度な血糖からはずれていないことを確認。 □ 測定後は値を忘れてしまう前に血糖表に記入しておきましょう。 【今回のまとめ】 □ 血糖を安定させるためには血糖測定が大切。特に食事前、注射前が重要。 □ しぼりすぎやアルコールでべたべたの状態はダメ。血の量は十分に。 【6.低血糖について】 □ 脳をはじめとする神経系はブドウ糖以外のエネルギーを利用できません。従っ て血糖が極端に低い状態というのは危険な状態です。 □ 一般には50mg/dl 以下(簡易血糖測定器では60mg/dl 以下)が低血糖とされ ます。 □ 低血糖症状は血糖が低い時だけでなく、血糖が急激に下降した場合にも起こ ります。例えば普段の血糖が70mg/dl ぐらいの人が40mg/dl になっても何も 症状が出ないのに、別の普段の血糖が200mg/dl ぐらいの人が70mg/dl にな った時は低血糖の症状が出る、ということもありえます。 □ 【低血糖の症状】 ・40∼50mg/dl/空腹感、悪心、あくび→牛乳・おにぎりなどを補食。 ・30∼40mg/dl/だるい、無表情、会話の停滞、冷や汗、脈が速い、腹痛、ふる え、顔面蒼白/ブドウ糖10∼20g相当の食べ物(ジュース、砂糖など→即効 性を期待する)とビスケット、おにぎりなどを補食。 →いずれの場合も30∼60分後に血糖が回復していることを確認すること。 ・30mg/dl 以下/異常な行動、意識混濁、けいれん、深い昏睡/口から食物を 摂取できるならブドウ糖20∼40g相当の飲み物などをとらせる。意識がおか しい場合にはグルカゴン注射や病院受診の上、ブドウ糖注射や点滴が必要。 →症状には個人差があり、上に示した血糖と症状の関係はひとつの目安です。 □ 【グルカゴン注射】:低血糖症状が強く、口からカロリーのあるものを摂取できな い時や、意識喪失などの場合、緊急処置として行います。 □ 必要なもの:グルカゴン、溶解液(1ml)、インスリン用注射器 □ 方法:注射器に溶解液を 1ml 吸い、グルカゴンのバイアルに注入する。グルカ ゴンをよく溶かし、バイアルを逆さにして注射器に吸い、腕かお尻に注射します。 皮下注射でも筋肉注射でも静脈注射でも効きます。よくもんで下さい。 □ 意識が戻ったらすぐ補食させて下さい。30分後に血糖を測定し、血糖が回復し ていることを確認して下さい。また、グルカゴン注射が必要なほどの症状が出 た場合には、早めに受診したほうがよいでしょう □ グルカゴン注射をしても意識が戻らない時は救急車を呼んで下さい。その時に は「1型糖尿病でインスリン注射をしています。低血糖状態になり意識がおか しくなったのでグルカゴンを注射しましたが、意識が回復しません。」と、救急隊 の方に告げて下さい。 【今回のまとめ】 □ 血糖が50∼60mg/dl 以下」となると低血糖症状が出始める。 □ 低血糖症状には、空腹感、だるい、手のふるえ、冷や汗、頭痛、顔面蒼白など があるが、重症になると意識障害、けいれん、昏睡などを起こすこともある。 □ 症状が軽く、経口摂取可能ならすぐに補食1∼2単位を行う。 □ 意識がおかしくなるほどの重症ならグルカゴンを注射する。 □ 低血糖に対する処置を行った後は、30∼60分後に血糖を再確認する。 【7.食事療法】 □ 血糖を安定させるためには、毎日毎日の食事がバラバラではうまくいきません。 そこで、適度なカロリー量のバランスのとれた食事を毎日食べることができる ように考える ― これが食事療法が必要な理由です。 □ 過剰なカロリーは肥満につながり、インスリンの効果を弱め、合併症の危険性 も増加します。逆に少なすぎるカロリーは低血糖発作の危険性を増します。 □ おおまかには、1)腹8分目、2)食品の種類は30品目以上を目標とする、3) 脂肪はひかえめにする、4)朝食、昼食、夕食を規則正しくとるの4点が重要。 □ 14歳以下の小児の場合、必要なカロリー数は(年齢-1)×100+1000(kcal/日) で概算できます。ただし最大で、男子 2500、女子 2000kcal/day ぐらいです。ち なみに成人では男性 2200∼2700、女性 1800∼2000kcal/日ぐらいです。 □ 栄養素の配分がバラバラですと、同じカロリー数でも血糖コントロールが大きく 異なります。そのため、脂肪 20∼25%、蛋白 10∼20%、炭水化物・糖質 50∼ 60%ぐらいの割合になるようにバランスをとることが勧められます。 □ 同じ成分の食品を効率よく摂取する手助けとするために「食品交換表」というも のが用いられています。ぜひご購入して下さい。基本的には食品をおおまか に6つのグループに分類し、「80kcal(キロカロリー)」を「1単位」という区切りと して扱います(これは覚えて下さい)。 □ 主に糖質を含む食品(I群)として ・表1(糖 18g/蛋白 2g/脂肪 0g):穀類、芋、糖質の多い野菜と種実、豆(大豆以外) ・表2(糖 20g/蛋白 0g/脂肪 0g):果物 □ 主に蛋白質を含む食品(II群)として ・表3(糖 0g/蛋白 9g/脂肪 5g):魚介、肉、卵、チーズ、大豆とその製品 ・表4(糖 6g/蛋白 4g/脂肪 5g):牛乳と乳製品(チーズを除く) □ 主に脂肪を含む食品(III群)として ・表5(糖 0g/蛋白 0g/脂肪 9g):油脂、多脂性食品 □ 主にビタミン、ミネラルを含む食品(IV群)として ・表6(糖 13g/蛋白 5g/脂肪 1g):野菜、海草、きのこ、こんにゃく →実際の食品交換表の使い方はあらためて栄養士さんからお話があります。ま た、どれぐらいの量で1単位になるかは食品によって異なるので、80キロカロ リー分の食品素材が一目で分かるようにしてある写真集などをお求め下さい。 □ 食物繊維は消化、吸収を遅らせ、血糖上昇をゆるやかにする作用がある。また 便秘の予防、満腹感の達成、血中脂質の改善などに有用である。 □ 子どもは長期間の空腹には耐えられないことがあるので、午後3時の間食や 夜寝る前の夜食が必要になります。 □ 低血糖の予防や治療に用いる食事を「補食(ほしょく)」と呼びます。 【今回のまとめ】 □ 食事療法は実践あるのみ。ぜひ食品交換表を活用して下さい。 □ 1単位は80キロカロリー。 【8.運動療法】 □ 糖尿病のお子さんでも特別な運動は必要ありません。ただし運動不足になると 血糖が上昇しやすくなりますし、運動をしたりしなかったりの差が大きいと血糖 コントロールが不安定になりやすくなります。また、できない運動もありません。 コントロールさえきちんとできていれば、クラブ活動も普通にできます。 □ 運動を定期的に行うとインスリンの効果がよくあらわれるようになります。 □ 日中に運動して血糖が下がりやすくなった時に、その影響が夜まで持ち越され て夜中や翌朝の低血糖につながることもあります。 □ 運動を行うと注射したインスリンが早く吸収されて、早く効果が切れてしまうこと があります。 □ 治療に慣れないうちから自由に食べて、自由に運動するのはコントロールを難 しくしますので、なるべく毎日同じような時間に同じくらいの強さの運動を行うよ うにすると、血糖を安定させるのが楽になります。 □ 尿にケトンがたくさん出て、血糖が高い状態の時は、一時的に運動をしないほ うがよいです。無理をするとケトアシドーシスが重症になることがあります。 □ 糖尿病の方の運動は「いつでも」「どこでも」「ひとりでも」できるものがよいとさ れています。また、短時間で息切れがするような強い負担のかかる運動は「無 酸素運動」といって効果的ではありません。ジョギングのような軽く息のあがる 程度の、冗談でもいいながら続けられる程度の運動が「有酸素運動」といって、 効果的であるとされます。 □ ジョギングや水泳のような全身の筋肉を使う運動のほうが、ダンベルあげなど の同じ筋肉ばかり使う運動よりも楽に効果的な運動ができます。 □ 運動の長さは30分∼1時間くらいがおすすめです。20分以下では有酸素運 動として有効ではなく、1時間以上だと運動を理由に過食になりやすいからで す。 □ 運動によるカロリーの消費は思ったより少なく、余分に食べたカロリーを運動し て「なかったことにする」ことは、まず失敗しますのでやめるべきでしょう。 □ 日常生活で「エレベーターやエスカレーターを使わずに階段を利用する」「雑巾 がけや草むしりなどを毎日行う」「車や電車で行く所を徒歩や自転車にする」な どといったことに心がけるのも大切です。 □ 幼児期では特別な運動を毎日続けさせるのは難しいと思われますので、毎日 決まった時間にある程度まとまった時間外で元気よく遊べれば、普通は十分 なはずです。 【今回のまとめ】 □ インスリンの効果をよくし、血糖を安定させるために、決まった時間に決まった 量の運動を行うことはよいことです。 □ 息が切れるような激しいものではなく、ゆっくり長く続けられる有酸素運動のほ うがより効果的です。 □ 運動の長さは30分∼1時間くらいがおすすめです。 【9.合併症】 □ 糖尿病にはケトアシドーシスや低血糖などの急にあらわれる合併症のほかに、 長期間の高血糖状態によって引き起こされる慢性合併症があります。 □ 糖尿病性網膜症:眼で物を見る時に像を結ぶスクリーンにあたるところを「網膜 (もうまく)」と呼びます。高血糖状態が続くとこの網膜の血管がもろくなり、つま ったり小さな出血を繰り返したりしながらだんだん見えなくなっていきます。こ れを糖尿病性網膜症と呼び、初期のうちはレーザー光線治療によって進行を 防止することができますが、一番よい予防法は血糖(HbA1c)を安定させるこ とです。コントロールが悪いと最終的に失明するおそれもあります。 □ 白内障:眼のレンズ(水晶体)に濁りが出る状態です。 □ 糖尿病性腎症:腎臓も血管のかたまりのような臓器ですので、高血糖が続いて 血管がもろくなると腎臓がだんだんいたんできます。まず蛋白が尿の中に漏れ 始め、ひどくなるとむくみが出たり、血圧が高くなったり、貧血になったりします。 さらに進行すると血液中の老廃物を尿の中へ捨てる働きがダメになり、血液透 析を行わないといけない状態になります。 □ 糖尿病性神経障害:手足のしびれ感や神経痛、あるいは逆に痛みの感じ方が 鈍くなる、自律神経の働きが鈍くなる(汗のかき方がおかしい、尿が出きらない、 下痢や便秘を繰り返す、立ちくらみ、インポテンツ)などの症状が現れます。 □ 高血圧:糖尿病では動脈硬化が進みやすく、心筋梗塞、高血圧、脳出血・脳血 栓などを起こしやすくなります。 □ 口腔・歯牙病変:虫歯や歯周病を起こしやすくなりますので、毎食後の歯磨き などの歯とお口のケアを十分に行う必要があります。 □ 足病変:痛みに対する神経が鈍くなり、血液循環が悪化することから、足の小 さな傷が治り難くなったりします。血糖が高いと傷の感染が治りにくくなります ので、合併症が進行した状態では「糖尿病性壊疽(えそ)」と呼ばれる状態にな ることもあります。 □ 慢性合併症の予防には血糖のコントロールを良好に保つ以外には良い方法が ありません。 □ ものすごくコントロールが悪くても最初の数年∼10年くらい(特に小児期)は、 合併症の症状が起こりにくいです。ただし、これは合併症が進んでいないわけ ではないので、その後に合併症が急速に進行する可能性が高くなります。 【今回のまとめ】 □ 糖尿病の3大慢性合併症は腎症、網膜症、神経障害。 □ その他に高血圧や足病変、口腔病変などがある。 □ いずれも血糖コントロールを良好にすることで発症を遅らせることが可能。 □ 合併症の中には一度起こると、後からコントロールを良くしても回復しないもの があるので、予防が重要。 【10.糖尿病とつきあっていくにあたって】 □ 糖尿病とうまくつきあえているかどうかの指標(短期的なものさし) ・食前および就寝前の血糖がおおよそ70∼140mg/dl の範囲内におさまってい る(理想は120mg/dl 以下)。 ・食後2時間の血糖が180mg/dl 以下(理想は140mg/dl 以下)。 ・深夜2∼4時頃の血糖が100∼140mg/dl(理想は70∼120mg/dl)。 ・尿ケトンが陰性。 ・各食前および朝1番目の尿の尿糖が陰性(理想は食後尿糖も陰性)。 □ 糖尿病とうまくつきあえているかどうかの指標(長期的なものさし) ・HbA1c が8%以下(理想は7%以下)。 ・糖尿病症状の消失。 ・ケトアシドーシスがない。重い低血糖発作がない。 ・身長が年相応によく伸びている。やせや肥満の進行がない。 ・高血圧や高脂血症、蛋白尿、眼科的異常、しびれや知覚低下がない。 ・月1回の通院でき、情緒不安がなく、治療に前向きである。 □ 注意が必要な状態 ・風邪や胃腸炎、発熱時(下痢・嘔吐はなく、食欲もある場合):血糖、尿糖の測定 回数を増やし、速効型(R)の量やうつ回数を増やす。中間型(N)はそのまま。 ・風邪や胃腸炎、発熱時(下痢・嘔吐・食欲低下などがある場合):食べれていな ければ中間型(N)をいつもの 2/3∼3/4 の量でうち、少しずつ水分と糖分をとら せる。そして早めに受診する。速効型(R)は摂取したカロリーに応じて。 ・運動量の増加:運動会、旅行など、運動量が日常のそれを大きく上回る場合は 低血糖を起こす可能性が高くなるので、補食によってカロリーを補う。捕食とし ては吸収が早く、効果が短いブドウ糖の仲間よりも、ゆっくり長く効くでんぷん の仲間が適している。 □ 民間療法について ・糖尿病に効くと称する民間療法には、はり、灸、祈祷、健康食品、イオン水など 様々なものが存在します。しかし多くはその効果が実証されていない不確実な ものであり、営利目的のインチキ商売、効果はたいしたことないが気休めや体 を動かすなどといった間接的な面で良い影響が得られるもの、あるいは医学 的に有効と思われるものなどピンからキリまであります。糖尿病は慢性病であ り、治療を長く続けなくてはならないことから、救いを求めて中にはこのような 民間療法にはしる方もみえます。しかし、いたずらに民間療法を重視してイン スリン注射や食事療法をおろおかにするとコントロールが大きく狂ったり、ケト アシドーシスを起こす引き金になりかねません。民間療法を行う場合にはひと こと主治医までご相談下さい。 ・いんちき療法の見分け方 1)勧める人が儲かっているか、2)医学博士など肩書きを誇示しているか、3)わ かりにくい科学データを並べたてているか、4)「ほとんどの人の食事は、誤っ ている」と言っているか、5)「これを飲めば治る」と言っているか 【11.退院時の覚え書き】 □ 1ヶ月分の必要な量を記入しておきましょう。 ・ノボラピッド注フレックスペン(300 単位/3ml/1本) ・ランタス注オプチクリック(300 単位/3ml/1本) ( 朝:Q 、 昼:Q 、 夕:Q 、 眠前:L ) ・ペンニードル32Gテーパー(7本入り)注射針(1日3回) ・マイクロファイン31G(14本入り)注射針(1日1回) ・マイクロレットランセット(30本入り)血糖測定用針 ・オートディスクセンサーセンサー(30回分/箱) ( 1日4回 血糖測定 ) ・ウロペーパーIIG(100枚入り) 本/4週 本/4週 12 2 4 4 袋/4週 袋/4週 箱/4週 箱/4週 1 個/4週 □ 自宅での治療計画です。 ・血糖測定:1日4回。朝昼夕の食前30分と寝る前です。 低血糖や体調不良を認めた時は適宜追加して下さい。 ・尿糖測定: 1)起床時朝食前(夜間の高血糖の有無をみます) 2)幼稚園・学校より帰った後に出る尿(昼食後の高血糖をみます) 3)寝る前の尿(夕食後の高血糖をみます) □ 現在の食事設定は kcal/日 です。これは 単位 に相当します。 表1 表2 表3 表4 表5 表6 付録 朝食 昼食 夕食 間食 合計 □ 低血糖の目安は 簡易測定器で 50∼60mg/dl 程度で症状が出始めます。 日中では40mg/dl 程度になっても症状が出ないこともありえますが、以下のよう な状態の時は補食を行うべきでしょう。 1)日中で血糖が50mg/dl 以下 2)寝る前で血糖が70mg/dl 以下 どの程度で補食を行うかは試行錯誤が必要ですので、どういう条件でどの程度 補食したら良い結果が得られたかを、記録して積み重ねていって下さい。ポイントと しては「日中運動をよくしたかどうか」「食事の内容や調理法はゆっくり吸収されそう なものであったか、早く吸収されそうなものであったか」「風邪などの体調不良はな いか」「補食として何を飲食したか」などの点に気をつけてみて下さい。 【12.外来受診時の注意】 □ 伝えたいことを事前にメモしておくと確実です。 □ 大事なことはメモをとって確認して下さい。 □ 説明に納得がいかない場合には何度でも質問してください。 □ 次回受診日を確認し、薬が足りるかどうかを確認して下さい。 □ 民間療法を行う場合は事前に教えて下さい。 □ コントロールがうまくいかない時は、その理由をいっしょに考えましょう。 【13.医療費補助制度の利用】 □ 「小児慢性特定疾患治療研究事業」の制度を利用することで一定額以上の医 療費に対して公費負担とすることができます。負担上限額は所得税の額に応 じてかわりますが、通院で月に5750円程度までです。詳細は保健所等へお 問い合わせください。申請に必要な「意見書」は主治医よりお渡しいたします。 参考:岐阜市の場合の問い合わせ先 市民健康部 保健所地域保健室 058−252−7191 【14.患者・家族の会】 つぼみの会 愛知・岐阜(1型糖尿病 患者・家族の会) http://www.aichi-gifu.iddm.jp/guidance.html 【おわりに】 今回の入院は、糖尿病を発症されたお子さんにとっても親御さんにとっても大変 ショックな出来事であったことかとお察しします。ショックから立ち直り、前へ進み始 めるまでに、いろいろと振り返ったり、下を向いたり、足踏みしたりすることもあった と思います。しかしその経験はいつか必ず役に立つ時がくると思います。一番大切 なのは本人と家族、医療機関とが連携をとりつつ、前向きに治療に取り組む姿勢で はないでしょうか。 1型糖尿病は簡単に言ってしまえば「インスリンが足りないから注射する」病気で す。「インスリンが足らない体質」と言ってもよいでしょう。ですから適切にインスリン が補充されていれば、健康人と全く変わりない生活ができるわけです。我々が目指 しているのは「インスリンを補っている健康人」です。あなたのとなりにも「眼鏡をか けたら健康人」とか「入れ歯を入れたら健康人」がいますよね。 糖尿病だからといって出来ないことは何もありません。適切な治療が行われてい れば、野球選手になることだってできます。「私は病気だから○○はできない」とい う具合に引っ込み思案にならないよう、お子さんをはげましてあげて下さい。 いつか誰もが膵臓移植などの新しい治療法を選択できるようになるその日まで、 あせらずに糖尿病と2人3脚で歩いていきましょう。
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