No.201 2010年3月 March ミートミーティングに臨んで 伊勢牛 上村

No.201
2010年3月●March
アルプス牛 福沢良紀さん
息子2人は近くで働いてる
ミートミーティングに臨んで
けど、今帰ってきても生活で
ミートミーティングでは、生産者の皆さんに「後継者
きない。農地はあるんだけど
問題・地域の未来」というテーマでお話いただくつもり
鹿の害がひどくて使えないん
ですが、事前に電話インタビューをさせていただきま
だ。鹿も山にえさがないんだ
した。
から下りてくるよね。30年ほど前、私が町から帰
ってきた頃カラマツが植林されていた。まだ燃料や
伊勢牛 上村康広さん
南島町は合併して南伊勢町に
なったけど相変わらず過疎は止ま
土建材料に需要があったんだ。でも今や使いようが
なくほったらかし。鹿のえさのドングリは採れない。
結局鹿害というけど人災だよ。
らん。1万6千人の人口も今の減
少ペースが続けば、20年後には
TONTON 豚 大浦秀樹さん
1万人を割ってしまうという予測
将来て言われてもなぁ、先が見え
が出とる。高齢者人口はもう4割を超えてる。それ
へん、今を生きるのが精いっぱいや。
は結局仕事がないからさ。それでいつまでも「起死回
長女は今度大阪で働くことにな
生の一発」になるという幻想で原発の話が消えん。そ
った。次女夫婦は大津やけど、三女
うではなくて、まぁのさんに牛を買ってもらうのも
が今年大学を出て TONTON で働く。
そのひとつやけど、こつこつと実績を積み重ねてい
ま、今までも大学の休みには手伝ってたけどね。
かなあかん。長男は消防士をしながら、仔牛の買い
ちょっとええ話がある。和歌山もイノシシの害が
付けや牛の出荷はまかせられるから、いつでも交代
ひどいけど、そのイノシシ肉を加工してほしいと依
可能な体制にはしとる。
頼されてる。ためしに加工してみたら好評やった。
県の特産品奨励事業に認定されたら、設備に補助が
アルプス牛 青木清さん
畜産の後継は難しいね。次女が
出る。そんなにイノシシがいるかって?
紀北地方
のワナにかかった分だけで年間600頭もおる。
豚を飼ったりしてるけど牛じゃな
いし、結婚して出て行くかも知れ
ん。やっぱり地域の後継というイ
OWL 仕事研究会
1月18日
メージしかない。大鹿村は私がそ
久しぶりの OWL です。主催の四木さんが体調を
うだったように、よそ者を受け入
崩して入院しておられたため、半年ほど休会になっ
れてくれる風土があった。今も毎年入村してくる人
がいる。ただ、今の人は農業とは限らず陶芸家なん
かもいるけどね。
ていました。
今回の話題提供者は、長く OWL 会員を続けてお
られて私もお顔は記憶にある田中一生さん。スペイ
当面問題になるのはリニア新幹線だろう。南アル
ンでの5年ほどの就労経験を語って下さいました。
プスをトンネルで貫くというんだから…。どう反対
日本人にとって馴染みが少ないスペインを身近に感
していけるか。
じてもらうために、世界地図でスペインと日本の位
No.201
2010年3月●March
置関係を示したり(緯度では日本の東北地方あたり)、
りあの車は登山者のものでした。皆さんアイゼンを
現地での暮らしぶりを伝えるさまざまな写真や関連
つけています。スノーシューの人もいます。五合目
する書籍・資料などを豊富に用意して下さり、田中さ
小屋では若い男女 4 人グループが食事中でした。「上
んの日頃の徹底した仕事ぶりがうかがえました。
はやっぱりアイゼンが要りますかね?」「いやー大丈
就労経験というのはアメリカ企業のスペイン子会
夫でしょう。それより下の凍ってる道のほうが危な
社の副社長という立場で、会社経営や従業員の採用・
いですよ」
。私はアイゼンを使ったことがありません。
マネジメントに携わってこられたそうです。さまざ
さらに登っていくとブナ林を雪が包み込む別世界!
まな国籍の人たちの中で働き方もさまざまです。当
どんどん雪も深くなってきます。七合目に行者堂が
然カルチャーショックも受けられたことでしょう。
あり、ここからはほとんど直登です。木につかまり
グローバル社会といわれます。日本という国はそ
雪に足を取られながら必死で登ります。頂上も近い
の中でどんなスタンスをとるべきなのでしょうか。
かというところで出会った人に「まだ頂上におられ
田中さんはしきりに「日本はビジネスモデルが確立
ますか?」「もう一人おられますよ」。1 時 50 分やっ
していない」と言われていました。あるいは「“国”
と頂上です。誰もいません。あれぇ別の道で下りた
という単位は経済には小さすぎる、文化にとっては
のかなぁとケルンの陰を見ると「いてはるやん!」。
大きすぎる」という言葉を引用されていました。グロ
相手も苦笑いで
ーバル社会では国がうまく機能していないというこ
す。私のカメラ
とでしょうか。またこれからの方向性として「日本は
で撮ってもらお
“戦略的鎖国”も選択肢としてありでしょう」とも言
うとしたら電池
われていました。私の勝手な解釈では、食糧の自給
切れ。「私のカメ
は確保しつつ人的交流ではオープンに、多様な働き
ラで撮ってメー
方を認める社会のようなイメージがあります。
ルで送ります
私の働き方は狭い世界ですが、田中さんの問題提
起は非常に新鮮な印象を与えてくれました。
よ」と言ってもらい助かりました。S さんは湖南の人
でこの付近の山はよく登っているとか。「雨乞にチャ
レンジしてからこっちに来たんですか。それは大変
山の記録
綿向山
でしたね。雨乞まで縦走もできるんですよ」。話が弾
2月3日
最初雨乞岳を目指したのですが、2 つの登山口と
み、一緒に下りて行きます。五合目小屋まで下りて、
中で休んでいた 2 人の男性とも山の話で盛り上がり、
も雪が深くて道が見つからない。やむなく撤退して
4 人で下山します。年長の S さんは 78 歳。登山暦
途中の R477 に看板が出ていた「綿向山」に向かうこ
59 年とか。ひょいひょいと歩いていきます。草木も
とにしました。地元日野町が宣伝に力を入れてくれ
よくご存知で途中にいろいろ教えてもらいました。
ていてあちこちに案内があり、登山口までスムーズ
いつも単独行ですがやっぱり出会いは楽しいですね。
に着けました。御幸橋駐車場に車を置いたらすでに
お昼です。広い駐車場には 10 数台の車。平日で山は
ニ
雪模様だし、工事関係者かと思いました。林道をし
◇
ク
ヤ
ノ
ツ
ブ
ヤ
キ
佐藤眞生さんに勧められた大野晋の評伝を読了しました。
ばらく歩くとヒミズ谷出合小屋という立派な建物。
“抜き身の刀”と呼ばれた激しい生き方や、徹底した仕事振り
寒いしお昼も過ぎたのでここで昼食にします。中に
は大いに刺激になりました。日本語の起源をタミル語に求めた
は登山届ボックスもあるしポスターが貼られ絵葉書
説は余り支持されないようですが、興味深い説です。 (幸治)
も売っています。
「標高 400m、頂上まで 4300m」の
◇
最近の我が家のマイブームは「白ねぎ」です。餃子にたっぷ
表示もあります。12 時半スタート。以降一合目ごと
り入れると具がとろりとして美味しいですし、ぶつ切りにして
にこの表示があり、道もよく整備されたゆるやかな
お味噌汁に入れると極上の一品になります。野菜農家の皆さ
ジグザグ道ですが、残雪が凍っていてよく滑ります。
ん、白ねぎをいっぱい作ってくださ~い!
朝から登った皆さんがどんどん下りてきます。やは
(幸子)