コスメトロジー研究報告 第 12 号(2004) 独自のチタン反応を利用するムスク・ ジャスミン系高級香料の実用的化学合成 田 辺 陽 関西学院大学理工学部化学科 【目的・背景】 グ リ ー ン な チ タ ン = ク ラ イ ゼ ン 縮 合・ア ル ド ー ル 反 応 と い う 独 自 反 応 の 開 発 と 有 用 フ ァ イ ン ケ ミ カ ル ズ 合 成 へ の 応 用 ( プ ロ ダ ク ト ア ウ ト 指 向 ), さ ら に は 各 種 エ ス テ ル 化・ア ミ ド 化・ス ル ホ ニ ル 化・シ リ ル 化 な ど の 汎 用 反 応 の 実 用 的 合 理 化( マ ー ケットイン指向)を行ってきた. す な わ ち コ ス メ ト ロ ジ ー の 分 野 に 展 開 す べ く ,特 に ,香 料 業 界 最 大 の テ ー マ の 一 つ で あ る 天 然 大 環 状 ム ス ク 香 料( = Z − シ ベ ト ン・ R − ム ス コ ン 等 )の 実 用 的 化 学 合 成 法 を 見 出 し た .言 う ま で も 無 く ,こ れ ら の 天 然 ム ス ク の 有 用 性 は 香 料 化 学 で 認 められており,その実用生産が最大の懸案である. ま た ,植 物 性 香 料 シ ス − ジ ャ ス モ ン の 新 規 フ ラ ン 誘 導 体 の 合 成 を 行 っ た .こ の 化 合 物 は 以 前 よ り 香 料 素 材 と し て の 期 待 が あ っ た が ,合 成 法 が 無 か っ た .さ ら に ,閾 値 が 非 常 に 小 さ い( 香 気 が 強 い )天 然 ミ ン ト 香 料 で あ る ミ ン ト ラ ク ト ン や メ ン ト フ ラ ン の 最 も シ ン プ ル な 短 段 階 合 成 法 を 見 出 し た .加 え て ,こ の 反 法 を 転 用 し 最 も 進 化 し た 抗 生 物 質 で あ る 1 β -メ チ ル カ ル バ ペ ネ ム の 新 規 で 効 率 的 な 合 成 法 に も 展 開 できた. こ れ ら の 化 合 物 の 合 成 は チ タ ン = ア ル ド ー ル・ク ラ イ ゼ ン 反 応 で 初 め て 可 能 に な り,工業的にも期待できる方法である. 【結果・考察】 チ タ ン = ク ラ イ ゼ ン 縮 合 ・ ア ル ド ー ル 反 応 は , 従 来 塩 基 法 に 比 べ ,① 一 般 に 高 い 反 応 速 度 ・ 強 力 な 炭 素 − 炭 素 結 合 形 成 能 を 有 し ,② ケ ト ン よ り も エ ス テ ル の 方 が 反 応 性 は 高 い な ど 官 能 基 選 択 性 も か な り 異 な る ,こ と が 分 か っ た .以 下 に 具 体 的 内 容 について述べる. ( 1 ) Ti− デ ィ ー ク マ ン ( 分 子 内 ク ラ イ ゼ ン ) 縮 合 を 用 い る Z− シ ベ ト ン の 実 用 合成 安 価 な 原 料 ( Z-オ レ イ ン 酸 )・ 反 応 剤 ( 四 塩 化 チ タ ン , ト リ エ チ ル ア ミ ン 等 ) を 使 用 し ,従 来 環 化 法 に 比 べ 格 段 に 高 濃 度 で 反 応 が 進 行 す る 点 で Z-シ ベ ト ン の 唯 一 と も い え る 実 用 的 合 成 で あ る .天 然 品 と 同 一 の Z-体 で あ る た め 製 品 の 差 別 化 が 期 待 さ れ,工業化が期待される. ( 2 )Ti-ク ラ イ ゼ ン 縮 合 お よ び メ タ セ シ ス 環 化 を 利 用 し た シ ベ ト ン の 短 段 階 製 法 メ チ ル = 2-デ セ ノ ア ー ト を 原 料 と す る こ れ ま で の 合 成 法 の 中 で 最 も シ ン プ ル な 製 法 で あ る .た だ し ,Grubbs 触 媒 が 非 常 に 高 価 で あ る こ と ,環 化 の 容 積 効 率 が Ti- コスメトロジー研究報告 第 12 号(2004) デ ィ ー ク マ ン 縮 合 反 応 に 比 べ 約 30-100 倍 の 高 希 釈 を 必 要 と す る こ と か ら 大 量 合 成には不向きな実験室的な方法である. ( 3 ) Ti-ア ル ド ー ル 付 加 ・ ク ラ イ ゼ ン 縮 合 を 用 い る R-ム ス コ ン の 短 段 階 合 成 入 手 容 易 な ジ メ チ ル ジ ケ ト ン の Ti-ア ル ド ー ル 付 加 , 立 体 選 択 的 脱 水 に よ る α , β 不 飽 和 エ ノ ン を 野 依 不 斉 還 元 に よ る 効 率 的 製 法 で あ る .こ こ で も 従 来 環 化 法 に 比 べ 格 段 に 高 濃 度 で 環 化 反 応 が 進 行 す る .短 段 階 で 安 価 入 手 容 易 な 原 料・反 応 剤 を 使 用している点で工業化が期待される. ( 4 )Ti-ア ル ド ー ル 型 付 加 を 用 い る 天 然 ジ ャ ス ミ ン 香 料 cis-ジ ャ ス モ ン の ラ ク ト ンアナログの創生と合成 調香にかけたところ残効性の優れた非常に個性的なフレグランスとして期待さ れることが分かった. ( 5 ) Ti-ア ル ド ー ル 縮 合 を 用 い る 三 置 換 フ ラ ノ ン の 一 段 階 合 成 と 天 然 ミ ン ト ラ クトンの合成への応用 2(5H)-フ ラ ノ ン は 天 然 物 の 基 本 骨 格・合 成 中 間 体 と し て 基 本 的 に 重 要 な 複 素 環 で あ る が ,三 置 換 体 の 一 般 的・実 用 的 合 成 法 は 少 な い .そ の 応 用 と し て ミ ン ト 香 料 と し て 重 要 な (R)-ミ ン ト ラ ク ト ン・(R)-メ ン ト フ ラ ン の す べ て 市 販 の 原 料・反 応 剤 を 用いる最もシンプルな短段階合成を達成した. 今 後 ,ア メ ニ テ ィ ー ラ イ フ の 向 上 化 に 対 し ,こ れ ら の 高 級 香 料 の 利 用 が 増 す も の と予想される. ( 5 ) 新 規 Ti-ク ラ イ ゼ ン 縮 合 1 β -メ チ ル カ ル バ ペ ネ ム の 短 段 階 ・ 実 用 合 成 最 も 進 化 し た 抗 生 物 質 で あ る 1 β -メ チ ル カ ル バ ペ ネ ム の 実 用 合 成 法 の 確 立 な ら び に 合 理 化 は 重 要 な 課 題 で あ る .2 つ の 炭 素 骨 格 形 成 鍵 段 階 が あ る が ,そ の い ず れ に も Ti-反 応 を 適 用 し た . 特 に 後 段 の Ti-ク ラ イ ゼ ン 縮 合 は 従 来 の 塩 基 法 と 異 な り 脱 水 型 で 進 行 す る こ と が 分 か り ,結 果 と し て 従 来 法 よ り 短 段 階 で あ る .高 活 性・高 性能で重要なメロペネム(住友製薬)の合成にも適用できる. 以 上 ,独 自 チ タ ン 反 応 の 特 性 を 活 か し ,特 に 各 種 有 用 天 然・合 成 香 料 化 合 物 ,医 薬 の こ れ ま で に な い 斬 新 な 実 践 的 合 成 方 法 を 提 供 す る こ と が で き た .商 業 レ ベ ル で の化学合成が実現できればインパクトのある研究となろう.
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