「虐待」の精神病理 ― 試論(抜粋) 高 橋 紳 吾 Abuse の基本構造 そもそもなぜ人は Abuse するのだろうか。それを考察する前に、自己と他者の関係につ いて押さえておく必要がある。 「構え」とはいつの時代も人間に関する学問、たとえば哲学や心理学、社会学、教育学 などの重要な関心領域であったし、今でもそうなのだが、ここでは Abuse を理解する上で 有効だと考えられるフロイト左派の心理学者E・フロムによる古典的な性格類型を簡単に 紹介しておきたい。 ①共生的関係(その1) マゾヒズム ― 受容的構え 孤立を避けるために他者に依存・服従をするタイプで、自らの主体性を主張することは 耐え難い孤立の不安を呼ぶ。この構えは時に、愛、献身、忠誠といった一般的には良い徳 性として装われることもあるが、自己保身の手段であることがある。愛されること、自己 が評価されることを常に期待しつづける。フロイトの口唇愛期に相当している。 この構えの良い面と悪い面は対になっている。容認―非主体的、献身―追従、社会に適 応している―卑屈な屈従、信じやすい―騙されやすい、などである ②共生的関係(その2) サディズム―搾取的構え これも相手と密着し、自他の区別が明確でないまま結合関係を保とうとする意味では共 生的関係であるが、マゾヒズム的構えとは対照的であり、権力を用いて相手を所有しよう とする構えである。その支配や所有がときに合理化されて、慈悲深い保護者の形をとるこ とがある。フロイトの口唇愛後期に相当し、つねに攻撃的(かみつく)、羨望的態度で相手 に接するが、搾取に価しないと判断した場合には冷淡で無関心である。この構えの善し悪 しも対になっている。積極的―搾取的、自己主張―自己中心的、エネルギッシュ―短気、 自信家―傲慢、誇り高い―自惚れ。 ③退避的関係(その1) 貯蓄的構え、破壊的構え 退避(退行)的関係とは相手から距離を保って無関心や反発によって自己を保つことを さす。そのうち破壊的構えとは外界からの脅威をすべて積極的に排除し、都合の悪いもの をすべて破壊することで自己の無力感から逃れる形式である。肛門愛期に相当し強迫性格 の素地となる。他者への不信が基本にあり、自己内部への蓄えを唯一の拠り所とする。几 帳面だが頑固である。対比的には、現実的―夢がない、経済的―けち、謙虚―冷たい傍観 者、秩序―こだわり、忠実―盲従となる。 ④退避的関係(その2) 市場的構え 所属する社会や文化にステレオタイプに自己を埋没させることで脱個性化し、具体的他 者とのかかわりを持たずに孤立を避けるタイプで、高度にシステム化された現代社会に多 い。個性を持つかわりに自己が市場でどのような貨幣的価値を持つかに最大の関心を寄せ る。それは単なる歯車で代替え可能なモノ的存在である。したがって能率主義―現実への 逃避、前進的―今の価値だけに囚われる、臨機応変―刹那的、目的追求―ご都合主義、好 奇心旺盛―無方針という対で表される。 ⑤愛・理性関係 創造的構え これまでの4型は一部に肯定的な要素があったとしてもヒトとしての病理に起源のある 類型だが、フロムは「健康な構え」として他者に対して共生的でも退避的でもない類型と して生産的 productive であることを挙げる。それは自らの力で、自らの内に備わった可 能性を実現する人間の能力のことで、「外界を直視し、それに生気を与え豊かにしながら、 関与していく」創造的構えとされる。理性は虚構を打破して他者と本質的な関係を作りだ し、愛は自己と他者の距離を縮め、相互の受容を可能にするが、決して束縛することはな く自由であるという。したがってこの構えには先の4型のように対概念で示さなければな らない独善性はない。 以上がフロムの類型だが、このうち①、②に示された共生関係において Abuse の被害者 ―加害者の役割が与えられている。③は単なる近隣の傍観者ということだし、④は、虐待 防止キャンペーンが張られると一時的には関心を寄せるがその関心はなが続きしないとい うタイプだろう。 基本的には⑤の構えで Abuse 問題に取り組みたいものである。
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