生体肝移植を受ける子どもをもつ家族の体験

生体肝移植を受ける子どもをもつ家族の体験
埼玉県立大学保健医療福祉学部看護学科
講師 岡本幸江
はじめに
肝移植とは、移植以外の治療法では肝臓の機能を回復することができず末期状態にある
患者(レシピエント)に、健康な他人(ドナー)の肝臓を移植し、肝臓の機能を回復させる治
療方法です。肝移植には大きく分けて脳死のドナーから肝臓を移植する脳死肝移植と、健
康なドナーからその肝臓の一部を切除し移植する生体肝移植の二つがあります。生体肝移
植が可能なのは、肝臓が正常な状態であれば切除されても再生することが可能な臓器だか
らです。生体肝移植は健康なドナーの自発的な臓器提供によって成り立つ医療です。
1.国内外での移植医療の状況
臓器移植では、世界各国で臓器提供者が不足しています。2008 年国際移植学会が中心と
なって開かれた臓器移植サミットで、自国での脳死・心停止ドナーの普及、臓器売買の全
面禁止、渡航移植の制限、生体ドナーの保護などが骨子となったイスタンブール宣言が発
表されました 1)。これを受け 2010 年世界保健機関(WHO)は、必要な臓器は各国内で確保する
努力を求める指針を採択しました。日本では、2009 年 7 月改正臓器移植法が成立し、脳死
を人の死と位置づけられたことから、本人が生前に拒否を示さない限りは、年齢に関係な
く家族の同意があれば臓器提供は可能となりました。
脳死肝移植は、米国では年間約 6000 例のうち約 95%を占めますが、日本では約 500 例の
うち約 1%にしかすぎません。日本で 1999~2011 年までに行われた脳死肝移植 136 件のう
ち小児脳死肝移植は 12 件でした。一方で、図1にあるように小児の生体肝移植は、年間 120
~140 例で経過しています 2)。
図 1.日本肝移植研究会:肝移植症例登録報告.移植 44:559-571,2009.
2.生体肝移植を受ける子どもの家族
子どもが肝臓病の末期にあり死の可能性を告げられている時、脳死での臓器提供が困難
な状況では、家族は様々な不安を抱えながらも家族自身がドナーとなり子どもの命を救い
たいと思うのは自然なことです。
生体移植を選択する場合、ドナーは手術によって身体の一部を切除することでの臓器提
供が必要となります。つまり、健康な家族もドナーを選択することで手術の不安や健康へ
のリスクを抱えることになります。
1992~2010 年の小児総肝移植症例の報告では、両親のいずれかがドナーである症例は
95.2%を占めているという報告があります 3)。これは、生体肝移植を受ける場合、両親のい
ずれかとその子どもの 2 名が同時に手術を受ける状況を示しています。同時に 2 人の家族
員の入院生活と術後の回復を支えることは、家族にとって負担が大きいと報告されていま
す 4)。また、仕事を持った親がドナーとなった場合、長期的に仕事を休まざるを得ないこと
で経済的な負担が生じることも考えられます。
少ない生体肝移植を受けた子どもの家族に関する研究の中でドナーとなった母親の体験
についての報告があります。そこでは子どもの病状を優先して自分を納得させる体験や、
術後動くこともままならず痛みで余裕がない中「自分はさておき」、手術を受けた子どもの
様態が心配で「わが子だけに注目」した体験など、移植を通して子どもの命や回復を守り
続けるドナーの体験が語られています 5)。
一方で、最近では移植後の生存率の改善がみられ、生体肝移植を受け新たな希望を抱き
生活を送る中、出産、育児を経験しているレシピエントや、亡くなった子どもの家族、ド
ナーとなった家族からの報告が提示されています。これらは生体肝移植を体験したからこ
そ得た命への思い、生きる力、家族の絆や感謝の気持ちなど心に響くメッセージが込めら
れています。
おわりに
小児肝移植では、今後も生体肝移植を中心とした移植が継続される状況と考えます。生
体肝移植を受ける子どもとその家族は大きな負担を抱える現状があり、多面的な支援が必
要です。
移植医療はさまざまな課題があります。移植を通して互いに生きることを支え合い、命
をつなぐ希望をもつ医療として課題に向き合い関わっていくことが必要と考えます。
1) 水 田 耕 一 (2010). 移 植 医 療 と 子 ど も の 生 体 肝 移 植 : 現 状 と 今 後 の 課 題 , 小 児 看
護,33(6),702-705.
2) 日本肝移植研究会(2010).肝移植症例報告,移植,46(6),524-536.
3) 日本肝移植研究会(2009).肝移植症例報告,移植,44(6),559-571.
4) 吉野真由美,草野篤子,吉野浩之,水田耕一,河原崎秀雄(2002).難病の子どもを抱えた家
族―生体肝移植経験家族の場合―,日本家政学会誌,53(6),529-538.
5)田村幸子,稲垣美智子(2006).小児生体肝移植においてドナーとなった母親の経験,金沢
大学保健学会誌,30(2),193-201.