LCC 参入により日本の航空業界はどうなって行く?

LCC 参入により日本の航空業界はどうなって行く?
8 月 16 日(火)に都内のホテルで、新ローコストキャ
リア「ジェットスター・ジャパン」
の記者発表が、カンタスグループ(豪州)
、日本航空、
三菱商事の 3 社の共催で盛大に行わ
れた。
日本航空もいよいよローコストキャリア(Low Cost Carrier=LCC または格安航空会社)へ
参入したのだ。
記者発表で配られた資料の冒頭の書き出しは、『
「ジェットスター・ジャパン」は日本の
何百人もの皆様に、空の旅を安く簡単に楽しめる新時代をもたらします。
』で始まる。
新会社は、カンタスグループ、日本航空、三菱商事がそれぞれ 1/3 ずつ出資する。
豪ジェットスターは 2007 年 3 月に関空に就航した、日本乗り入れ LCC の第 1 号だ。
一方、全日空は、今年 5 月に、関空を拠点とする日本初の本格的な LCC「ピーチ航空」
(香
港の投資家と共同で設立)を発表、そして 8 月にはアジアを代表する LCC、マレーシアの
エアアジアと共同で成田を拠点とする「エアアジア・ジャパン」の設立を立て続けに行っ
た。
LCC では世界に大きく出遅れた日本だが、これで本格的な LCC の時代に突入したと言える
だろう。
LCC は日本語では「格安航空会社」と訳されることが多いが、文字通り“低コスト”と“格
安な運賃”で既存の大手航空会社を脅かしている。
LCC は、航空業界のビジネスのあり方を根底から覆す独特のビジネスモデルを導入し、
新たな航空需要を掘り起こし、世界の人々の航空機での往来を益々盛んにした。
元来、航空機は、他の地上交通機関に比べると割高な乗り物だったが、それを大きく変え
たのは、規制緩和による航空自由化の波だった。
欧米では 70 年代後半から規制緩和の動きが活発になり、最初に規制緩和を始めたのは米国
だった。80 年代後半には欧州でも推進され 90 年代後半に完全自由化が実現した。
米国では航空会社間の自由競争が活発になり、規制緩和以前には 36 社あった航空会社が、
最大で 300 社近くまでになったが、90 年代には 10 社を切るまでに劇的に変化した。
生き残った会社は、一時は寡占化をエンジョイしたが、その間隙を縫って挑戦してきた新
興の航空会社が LCC だ。LCC は航空機に乗る時には当たり前のサービスを、思い切ってカ
ットし、
“バス並み”の安い運賃で旅客を運び始めた。この“バス並みの運賃”が、今や世
界の LCC の CEO の口癖になっているくらいだ。
今日の LCC のビジネスモデル(*)の基礎を作ったのは、米国の“サウスウエスト航空”だ。
彼らは格安運賃の実現に取り組むため、コストの徹底的な削減を行った。航空機の旅客に
対するサービスを根本的に見直した。大手は競合他社との差別化の為、サービスをエスカ
レートさせていたが、彼らは必要最小限にとどめ、格安運賃の実現に知恵を絞った。
そして、欧州で登場したのがアイルランドの“ライアン航空”だ。この 2 社は、今日では
世界を代表する2大 LCC だ。ライアン航空の躍進ぶりは“ライアン効果”と言う言葉を生
み出したくらいだ。
(*)【LCC のローコスト・ビジネスモデル(例)
】
施策内容
コスト削減効果
単一機材に統一(A320、B737 等)
○
座席数の最大設置(既存大手より多い)
○
近距離運航(4 時間以内)
○
空港での折り返し時間の短縮(稼働率 UP)
○
第 2 空港の使用(安い使用料等)
○
機内サービスの有料化(機内食等)
○
その他サービスの有料化(手荷物等)
オンライン販売(自社開発)
収益増効果
○
○
○
○
アジアの LCC の代表格はマレーシアの“エアアジア”だ。
昨年、2010 年の 12 月に“エアアジア”の長距離運航の子会社、エアアジア X が羽田空港
に飛来したのは記憶に新しい。
いま、アジアの航空市場は世界の注目を浴びている。
中国を始め、経済成長が著しい東南アジア各国の航空市場の旺盛な伸長により、いまでは
アジアの航空市場が欧米市場とほぼ互角の規模となり、世界の航空市場は、北米、欧州、
アジア太平洋が3大市場となっている。これは従来予測を5年程度上回るペースである。
今年の6月にパリで開催されたエアー・ショーでは“エアアジア”がエアバスA320neoを300
機確定発注して世界を驚かせた。
ボーイング社が発表した新たな航空需要予測では、2011年から2030年までの20年間で、世
界の航空機の新規需要の内、アジアからの需要は34%に上る。アジアが最大の市場に成長中
であることから、これは当然の予測だ。一方、北米および欧州がそれぞれアジアの60%程度
となっている。また全体の22%がLCC 用の機材と予測されている。
いま、エアバスもボーイングも盛んにアジアに販売攻勢をかけている。
そんな中、LCCはアジアでも着実にそのシェアと勢力を拡大しつつあるのだ。
そしてこの流れが、昨年 2010 年、日本にも本格的に上陸したことが注目される。
(カンタスグループの“ジェットスター”が 2007 年 3 月に関空就航しているが、本格的と
言う意味で)
8 月に中国の“春秋航空”が茨城に就航し、12 月に“エアアジアX”が羽田に就航と、
日本の LCC 元年到来と言っても良い。 これは日本側の事情も大きい。
2010 年 5 月に発表された「国交省の成長戦略」において、尐子高齢化という厳しい日本の
局面に対応するために、将来に渡って持続可能な国造りの一環として、観光立国の推進を
挙げ、その重要事項としてオープンスカイ(航空自由化)への積極的な取り組みや LCC を
含む新規参入の推進を戦略的に決定することを取り上げた。
そして、他地域より遅れたが、2010 年 10 月に日米オープンスカイも発効し、これで日本
も本格的な航空自由化を迎えた。以降、東南アジア各国とは次々とオープンスカイ協定の
締結を推進している。
いま、中国を含むアジアの航空業界では、これまでになく動きが活発になりスピードも加
速している。日本もこの変化の波に乗って知恵を絞れば、大きな市場獲得チャンスがある
と言う事だ。アジアの航空業界は、EU のように自由化(EU は「ひとつの空」とみなすと
いう考え方)されていない中、国境の障壁を克服するために各国間で合併会社設立という
手段を積極的に活用する動きが強まっている。
既に、シンガポールやタイでは活用しているが、最近は韓国、日本、マレーシア、インド
ネシアと急速に拡大する様相を呈している。
ANA や JAL がこぞって LCC の合併会社設立を表明したのもこの流れに乗ったわけだ。
もはや、日本だけが世界の波に後れを取る事は許されないと言う市場の事情があるからだ。
2015 年にはアセアン多国間オープンスカイ協定の成立が控え、ますます陣取り合戦がし烈
になってくるだろう。また日本とアジア各国とのオープンスカイ協定が推進されると、日
本の国内線にもアジアの LCC が飛ぶようになる。そして、日本の空はスカイマークを始め
とした新興航空会社との競合や、他国と違い、新幹線(またはリニア)という強敵もいる。
日本の航空業界は、いま、必死で生き残りをかけている。
航空会社の使命は、
“安全運航”と“ダイヤの確保”だ。
コストを削減する努力に最大限の知恵を絞っても、この 2 点は遵守しなければならない。
そのために、合併という手法で、他国で成功した DNA を導入してコスト削減のノウハウを
真摯に学ぼうとしている。そして実現したところしか生き残れない。
特にアジアの LCC のビジネスモデルのフィロソフィーは航空業界だけではなく、他の業界
でも参考になるところが多いのではないだろうか。
日本が、観光立国として世界に立脚することに知恵を絞れば、多くの外国人が日本を訪問
し、内需拡大への経済効果は計り知れない。恩恵を受けるのは観光業界だけではない。
多くの業界に波及するだろう。そして、恩恵を受けた日本人が海外旅行の足として LCC を
使う。このサイクルを実現することだ。
自治体の LCC 詣でが着々と実績を挙げている。
茨城に続き、香川、佐賀などが新規誘致に成功しており、自治体の 7 割が LCC 誘致を検討
していると言う。
以上
㈱航空経営研究所(Japan Aviation Management research)
主席研究員
志方紀雄
URL: http://www.aviatn.com
e-mail: [email protected]