地域の航空と空港、活用の道 東京工業大学大学院総合理工学研究科

地域の航空と空港、活用の道
東京工業大学大学院総合理工学研究科教授 屋井鉄雄
地域航空が成長できる環境整備
富士山静岡空港を拠点とするフジドリームエアラインズ(FDA)が開港とほぼ同時に就
航した。親会社の鈴与の 100%出資(資本金 4.5 億円)で保有機材エンブラエル E170(76
人乗り)2 機からのスタートである。一般に航空ビジネスとして採算確保が可能な保有機数
10 機程度には遠く及ばず、開設路線、小松、熊本、鹿児島のうち、小松が日に 2 便で他は
1 便に過ぎないスタートである。当分の間、厳しい収支状況になると予想されるが、今後導
入予定の 3 号機(E175:84 人乗り)を利用して既に JAL 撤退後の福岡路線等を引き受けるこ
とを表明するなど、今後の地方路線と地方空港に明るい話題を提供している。
さて、今後の地域航空の発展を考えるなら、羽田空港に 70-100 席程度の小型航空機が
数多く乗り入れ可能な環境整備が必要と考えられる。詳細は後述するが、そのことで地域
航空の成長環境を整えることができる。従来の羽田空港の発着枠配分では、大手エアライ
ンが配分の対象で、傘下の地域航空会社が発着枠を確保することは容易ではなかった。同
じ 1 枠なら大型機で収益性の高い路線に振り向ける方が良いし、発着枠を海外に転用でき
るとなれば大手エアラインは躊躇なく地方路線を切り捨てる心配もある。しかし、筆者ら
の分析によれば、たとえば羽田-花巻路線等も小型機なら 1 日に数便程度は十分成立する
との計算結果が出ている。そのようなポテンシャルがありながら運航されないギャップは、
単に地方空港の問題と片づけられない。
外国の地域航空会社の急成長、我が国との違い
欧州や米国では航空自由化の潮流のなかで、良く知られた JetBlue や Easy Jet などの
LCC(ローコストキャリア)ばかりではなく、地域航空会社(リージョナルエアライン)も急
成長を遂げてきた。このことはあまり知られていない。
地域航空会社は、1990 年代半ばに開発された 50 席程度のリージョナルジェット機によ
って、優に 1000km 以上離れた都市を日に 3 便以上の直行便で結び、新たなマーケットを
次々に開拓した。高い運賃を負担できるビジネス旅客を獲得し、そのようなニッチサービ
スの展開で急成長を遂げた会社は尐なくない。
クロスエアがスイスを本拠地に 10 年で 2、3 機から 100 機体制の地域航空会社に大躍進し、
経営破綻した親会社のスイス航空を一時傘下に収めるほどに成長した成功物語や、最近で
は英国の Flybe という地域航空会社が大躍進して LCC に変貌を遂げるなど、規制緩和の進
んだ欧州では、地域航空会社の躍進事例は多く、我が国の状況とは隔たりがある。
エアライン間競争は、主に価格と頻度で行われるため、競争激化で空席を運ぶくらいな
ら小型機材の方が有利な場面も増える。そのため、B737 等比較的小型の機材導入で搭乗効
率を上げられるなら、低価格化と多頻度化との同時戦略が可能となり、機材の小型化は自
然に進展する。
従来の 50 席クラスのリージョナルジェットの大躍進が、このような小型化の自然な進展
の結果とは一概に言えないが、近年の小型ジェット機開発は MRJ など 70 席から 100 席前
後の高効率な機材に移行していることから、将来、このクラスの小型機材まで活用できる
市場の競争環境を整えて、我が国の地域航空産業を発展させることが期待される。
地方路線撤退の背景、エアラインと路線
さて、地方路線の休廃止がたびたび報道される。世界同時不況下で経済の冷え込みが航
空旅客を大幅に減尐させる事態に至り、ネットワークを縮小する企業の戦略もやむを得な
いが、だからといって、このような異常事態に、エアラインに撤退された空港を不採算で
無駄な空港と断罪することはフェアではないだろう。
我が国の大手エアラインは、B777 のような大型機材を多数保有することで、いつの時代
も容量一杯の羽田空港で、離着陸枠を常に最大限有効に活用してきたことから、地方路線
に適する小型機材を十分持ち合わせていなかった。このようなことが競争環境を常に制限
し、我が国は、欧州や米国で起こった規制緩和の大波や航空産業の大変革とほぼ無縁でい
られた。また同時に、エアラインに公共性の高い事業者としての振舞いを求める暗黙の社
会的圧力ともいうべき風土が維持されてきたと考えられる。
不採算路線を休止すると発表すれば、今でもエアラインは地域社会から批判されるかも
しれないが、今後は、社会がエアラインと路線とを区別する必要がある。エアラインは企
業として採算等から参入撤退を判断する一方、路線自体は当該地域が公共性で維持すべき
か否かを判断可能なのである。この 2 つを峻別しないことが、現在の地方路線撤退の問題
を分かりにくくしている。
地方空港の利活用のための幾つかの提案
地域航空会社の成長環境の整備と地方空港の利活用との 2 つが、今後の我が国の地域航
空政策に求められる方向である。そのため、国として規制緩和と制度設計の両者が必要で
ある。
前者については、①地方空港に韓国、中国、台湾など近隣国の LCC や地域航空会社を誘
致すると同時に、そのエアラインに羽田路線等、国内路線の運航権を特別に与えることで、
地方の国際線と国内線との両者を活発化させることもが考えられる。現在の日本に適材適
所の運航可能なエアラインが存在しないとすれば、これは利用者の利益に照らした対策と
考えられる。
後者については、②国と地方が必要と認定した路線では地域合意の上に、路線維持に対
する財政支出を正当化する安定的な法制度を整えることが必要である。また、③個々の空
港が責任を持って将来像を描き競争力を高める取り組みを一丸となって進められるよう、
計画・運営制度の設計も課題である。これらに対してエアラインには高効率な小型機導入
などで地域サービスにきめ細かく対応できるような体制整備が求められる。
また、羽田空港では来年 10 月に新しい滑走路(D ラン)が完成して離着陸容量が増すこ
とから、小型機専用の枠、あるいは小型機実験枠を設けることも必要である。同じ1回の
離着陸枠で、定員の尐ない小型機を飛ばすのはもったいないと思われるかもしれないが、
小型機を連続的に離陸または着陸させる工夫等で、離着陸容量を増す運用も可能で、さほ
ど輸送力を減らさないでも済む。更に、東京の陸上上空への離着陸を低騒音の小型航空機
に認めることなども早急に検討を開始すべきである。国と地方には、首都と地方との直結
性を確保する責任があることを改めて認識してもらいたい。
公共交通サービスとしての地方路線、ビジネス化
羽田空港の容量拡大を契機に、より小型の機材運用が全国的に進展すれば、それは地方
空港にとって歓迎すべきであるが、それでもエアラインとして採算が取れない路線もある
だろう。先に述べたように、エアラインが採算に基づいて路線展開を判断するのは当然で、
不採算路線から撤退する判断も企業としてしかたないが、路線維持の判断を地方が求めら
れる状況は今後増すのではないだろうか。離島路線などの住民の生活に必要な路線につい
ては、国や地方自治体の助成が従来から行われてきたが、公共交通サービスという視点を
必要に応じて内陸部路線についても適用するべきである。
たとえば、平成 15 年より始まった能登空港の搭乗率保証制度は、一定の搭乗率が満たさ
れない場合に自治体が運賃収入の不足分を補填する点で画期的であった。実際には、県や
地元の努力等により報奨金こそ受け取っているものの、現在に至るまで補填をした実績は
ないが、他の自治体が同様の仕組みを導入するには、個々にハードルを超えて地域合意を
得る必要がある。
他方、米国や EU 諸国では、もともとそのような考えに基づく制度によって地方路線が
維持されている。地方路線の維持が必要と国と自治体が判断した場合、運航会社を入札で
決めて運航させる方式等が取られる。米国では 5%ほどの利益分まで認める必需航空サービ
ス(エッセンシャル・エア・サービスがある。EU では公共サービス義務(パブリック・サ
ービス・オブリゲーション)の制度があり、フランス等では多数の路線が認定されている。
同国では実質補助を与えない路線までを含め、LCC によるオフピーク時撤退等に陥らない
通年の路線保護も行われている。
このような方式には、都市内バスの赤字入札や運航委託など、欧州で従来から類似の事
例がある。公共性の判断を行政が責任を持って行い、エアラインはビジネスとして路線運
航を行うという責任分担の明確さが共通である。
今後は、小型機材が徐々に増加することが予想され、地方空港間の路線開設や運航便数
増加などの可能性も増すと期待される。そこで上記の考え方を早急に検討して、地方の責
任を明確にしつつ、国として全国共通で安定的な地方路線の維持支援制度を設計すること
が望ましい。
地方空港の戦略づくりと国の制度設計
さらに、地方としても、一丸となって東アジアの大競争時代に向きあい、空港や地方の
競争力を高める工夫が欠かせない。だが、我が国の空港政策上、根本的なところに看過で
きない問題がある。それは空港運営が一元化されていない点である。特に地方の国管理空
港等では、滑走路などの空港管理主体、ターミナル会社、駐車場運営主体等がみな別組織
で、統一的な将来を描く体制にはない。地方自治体も積極的に関わる仕組みではない。収
益状態の悪くないターミナル会社も尐なくないが、それらは日銭を稼ぎ将来への危機感も
ないと思われ、空港管理主体の台所が火の車であることに関心もないかもしれない。この
際、地方の国管理空港等では、空港資産の一括保有等による上下分離の方式を別途検討し
つつ、尐なくとも上物会社として責任ある空港経営ができるような一元化を目指すべきは
ないか。
なお、経営一元化を行うとして、他の問題は、空港会社が地域とともに責任を分担しつ
つ、将来に亘り空港の利活用を推し進める方針・計画を持たないことである。方針・計画
は法律に基づき、その策定の途上で地域や利用者の声を反映し、その策定後に方針・計画
に基づく事業でなければ予算措置も出来ない透明性ある制度が設計されるべきである。米
国の空港整備制度はまさにそのように出来ている。計画があると事業費要求の根拠になっ
てしまうと言われるが、だからと言って、方針・計画も持たない事業に予算を付けること
は不透明な裁量行政に陥り、国民に対する説明責任を果たせない。
地域の拠点空港等が将来戦略を地方自治体とともに明確に有し発展することで、他の地
方空港に対してもネットワーク上のプラスの効果をもたらすことが期待される。さて、そ
の際、地方には東京を眼中とせず、アジアに広く目を向けた国際展開の戦略を持ってもら
いたい。
(地域航空会社の小型機は地方の空港を救うか、
エコノミスト、12 月 15 日号、pp. 44-46,
2009.の元原稿)