下に掲げる全ての天皇が実在していたかは定かではないとされていま す。 特に、初期の天皇は神武天皇を初めとして神話の世界です。 また、ここでは、追号として漢号を掲げていますが、これも後代に付 されたものです。 代 追 読み 和名 数 号 がな 1 神武 じん 神日本磐余 む 彦(かむや まといわれ ひこ) 2 綏靖 すい 神渟名川耳 ぜい (かむぬな かわみみ) 3 安寧 あん 磯城津彦玉 ねい 手看(しき つひこまた でみ) 4 懿徳 いと 大日本彦耜 く 友(おおや まとひこす きとも) 5 孝昭 こう 観松彦香殖 しょ 稲(みまつ う ひこえし ね) 6 孝安 こう 日本足彦國 あん 押人(やま とたらしひ こくにおし ひと) 在 位 期 間 神武天皇 - 神武天皇76( 元(前660) 前585) 3.11 正.1 綏靖天皇 - 綏靖天皇33( 元(前581) 前549) 5.10 正.8 綏靖天 - 安寧天皇38( 皇33(前549) 前511) 12. 6 7.3 懿徳天皇 - 懿徳天皇34( 元(前510) 2 前477) 9. 8 .4 孝昭天皇 元(前475) 正.9 - 孝昭天皇83( 前393) 8. 5 孝安天皇 元(前392) 正 . 27 - 孝安天皇102( 前291) 正. 9 7 孝霊 こう 大日本根子 れい 彦太瓊(お おやまとね こひこふと に) 8 孝元 こう 大日本根子 げん 彦國牽(お おやまとね こひこくに くる) 9 開化 かい 稚日本根子 か 彦大日日 (わかやま とねこひこ おおひひ) 10 崇神 すじ 御間城入彦 ん 五十瓊殖 (みまきい りひこいえ に)イリ王 朝(10-14代) 11 垂仁 すい 活目入彦五 にん 十狭茅(い りめいりひ こいさち) 12 景行 けい 大足彦忍代 こう 別(おおた らしひこお しろわけ) 13 成務 せい 稚足彦(わ む かたらしひ こ) 孝霊天皇 元(前290) 正 . 12 - 孝霊天皇76( 前215) 2. 8 孝元天皇 元(前214) 正 . 14 - 孝元天皇57( 前158) 9. 2 孝元天 - 開化天皇60( 皇57(前158) 前98) 4. 9 11 . 12 崇神天皇 - 崇神天皇68( 元(前97) 正 前30) 12. 5 . 13 垂仁天皇 - 垂仁天皇99(70) 元(前29) 正 7.14 .2 景行天皇 - 景行天皇60(130) 元(71) 7 . 11 11. 7 成務天皇 - 成務天皇60(190) 元(131) 正 . 6.11 5 14 仲哀 ちゅ うあ い 15 応神 おう じん 16 仁徳 にん とく 17 履中 り ちゅ う 18 反正 はん ぜい 19 允恭 いん ぎょ う 足仲彦(た らしなかつ ひこ) 誉田別(ほ むだわけ) ワケ王朝(1525代)。 大鷦鷯(お おさきぎ) 倭王 讃/珍か 去来穂別 (おおえの いざほわ け) 多遅比瑞歯 別(たじひ のみずはわ け) 雄朝津間稚 子宿禰(お あさずまわ くごのすく ね) 20 安康 あん 穴穂(あな こう ほ) 21 雄略 ゆう 大泊瀬幼武 りゃ (おおはつ く せわかた け) 仲哀天皇 - 仲哀天皇9(200) 元(192) 正 . 2. 6 11 応神天皇 - 応神天皇41(310) 元(270) 正 . 2.15 1 仁徳天皇 - 仁徳天皇87(399) 元(313) 正 . 正.16 3 履中天皇 - 履中天皇6(405) 元(400) 2 . 1 3.15 反正天皇 - 反正天皇5(410) 元(406) 正 . 正.23 2 允恭天皇 元(412) 12 - 允恭天皇42(453) 正.14 允恭天 - 安康天皇3(456) 皇42(453) 8. 9 12 . 14 安康天 - 雄略天皇23(479) 皇3(456) 11 8. 7 . 13 22 清寧 せい 白髪武広国 ねい 押稚日本根 子(しらが たけひろく におしわか やまとね こ) 23 顕宗 けん 弘計(を ぞう け) 24 仁賢 にん 億計(お けん け) 25 武烈 ぶれ 小泊瀬稚鷦 つ 鷯(おはつ せのわかさ ぎ) 26 継体 けい 男大迹(お たい ほど) 新王朝。 27 安閑 あん 勾大兄広国 かん 押武金目 (まがりの おおひろく におしたけ かなひ) 28 宣化 せん 武小廣國押 か 盾(たけお ひろくにお したて) 清寧天皇 - 清寧天皇5(484) 元(480) 正 . 正.16 15 顕宗天皇 - 顕宗天皇3(487) 元(485) 正 . 4.25 1 仁賢天皇 - 仁賢天皇11(498) 元(488) 正 . 8. 8 5 仁賢天 - 武烈天皇8(506) 皇11(498) 12. 8 12 継体天皇 - 継体天皇25(531) 元(507) 2 . 4 2. 7 継体天 - 安閑天皇2(535) 皇25(531) 2 12.17 .7 安閑天 - 宣化天皇4(539) 皇2(535) 12 2.10 . 17 29 欽明 きん 天国排開広 めい 庭(あめく におしひら きひろに わ) 30 敏達 びだ 訳語田渟中 つ 倉太珠敷尊 (おさだの ぬなくらふ とたまし き) 31 用明 よう 橘豊日(た めい ちばなのと よひ) 32 崇峻 す 泊瀬部(は しゅ つせべ) ん 33 推古 すい 額田部(ぬ こ かたべ) 宣化天 - 欽明天皇32(571) 皇4(539) 12 4.15 .5 34 舒明 じょ 息長足日廣 めい 額(おきな がたらしひ ひろぬか) 35 皇極 こう 天豐財重日 ぎょ 足姫(あめ く とよたから いかしひた からしひ め) 36 孝徳 こう 天万豐日 とく (あめよろ ずとよひ) - 舒明天皇13(641) 10. 9 敏達天皇 - 敏達天皇14(585) 元(572) 4 . 3 8.15 敏達天 皇14(585) 9 .5 用明天 皇2(587) 8 . 2 崇峻天 皇5(592) 12 .8 舒明天皇 元(629) 正 . 4 - 用明天皇2(587) 4. 9 - 崇峻天皇5(592) 11. 3 - 推古天皇36(628) 3. 7 皇極天皇 - 大化元(645) 6.14 元(642) 正 . 15 大化元(645) - 白雉5(654) 10.10 6 . 14 37 斉明( さい 皇極 めい 重祚) 38 天智 てん じ 39 弘文 こう ぶん 40 天武 てん む 41 持統 じと う 42 文武 もん む 斉明天皇 - 斉明天皇7(661) 元(655) 正 . 7.24 3 中大兄, 天命 天智天 - 天智天皇10(671) 開別(あめ 皇7(668) 正 12. 3 みとこひら . 3 かすわけ) 大友、明治3 天智天 - 天武天皇元(672) 年に皇位追 皇10(671) 7.23 贈 12 . 5 天武天 - 朱鳥元(686) 9. 9 大海人 皇2(673) 2 . 27 持統天 - 文武天皇元(697) 皇4(690) 正 8. 1 .1 倭根子豐祖 文武天皇 - 慶雲4(707) 6.15 父(やまと 元(697) 8 . 1 ねことよお おじ) 慶雲4(707) - 霊亀元(715) 9. 2 阿閇 7 . 17 霊亀元(715) - 神亀元(724) 2. 4 氷高(ひだ 9.2 か) 43 元明 げん めい 44 元正 げん しょ う 45 聖武 しょ 首(おび うむ と) 46 孝謙 こう 阿倍 けん 神亀元(724) - 天平勝宝元(749) 2.4 7. 2 天平勝宝 - 天平宝字2(758) 元(749) 7 . 2 8. 1 47 淳仁 じゅ 大炊、淡路 んに 廃帝 ん (恵美押勝の 反乱時に廃 帝) 48 称徳( しょ 孝謙 うと 重祚) く 49 光仁 こう 白壁 にん 50 桓武 かん 山部(やま む のべ) 51 平城 へい 安殿(あ ぜい て) 52 嵯峨 さが 神野(かみ の) 53 淳和 じゅ 大伴(おお んな とも) 54 仁明 にん 正良(まさ みょ ら) う 55 文徳 もん 道康(みち とく やす) 56 清和 せい 惟仁(これ わ ひと) 57 陽成 よう 貞明(さだ ぜい あきら) 58 光孝 こう 時康(とき こう やす) 59 宇多 うだ 定省(さだ み) 天平宝 - 天平宝字8(764) 字2(758) 8 . 10. 9 1 天平宝 字8(764) 10 .9 宝亀元(770) 10 . 1 天応元(781) 4.3 大同元(806) 3 . 17 大同4(809) 4.1 弘仁14(823) 4 . 16 天長10(833) 2 . 28 - 宝亀元(770) 8. 4 嘉祥3(850) 3 . 21 天安2(858) 8 . 27 貞観18(876) 11 . 29 元慶8(884) 2.4 仁和3(887) 8 . 26 - 天安2(858) 8.27 - 天応元(781) 4. 3 - 大同元(806) 3.17 - 大同4(809) 4. 1 - 弘仁14(823) 4.16 - 天長10(833) 2.28 - 嘉祥3(850) 3.21 - 貞観18(876) 11.29 - 元慶8(884) 2. 4 - 仁和3(887) 8.26 - 寛平9(897) 7. 3 60 醍醐 だい ご 61 朱雀 すざ く 62 村上 むら かみ 63 冷泉 れい ぜい 64 円融 えん ゆう 65 花山 かざ ん 66 一条 いち じょ う 67 三条 さん じょ う 68 後一 ごい 条 ち じょ う 69 後朱 ごす 雀 ざく 70 後冷 ごれ 泉 いぜ い 71 後三 ごさ 条 ん じょ う 72 白河 しら かわ 維城、延喜 聖主 寛明(ひろ あきら) 成明(なり あきら) 憲平(のり ひら) 守平(もり ひら) 師貞(もろ さだ) 懐仁(かね ひと) 居貞(おき さだ) 敦成(あつ ひら) 敦良(あつ なが) 親仁(ちか ひと) 尊仁(たか ひと) 貞仁(さだ ひと) 寛平9(897) 7.3 延長8(930) 9 . 22 天慶9(946) 4 . 20 康保4(967) 5 . 25 安和2(969) 8 . 13 永観2(984) 8 . 27 寛和2(986) 6 . 23 - 延長8(930) 9.22 - 天慶9(946) 4.20 - 康保4(967) 5.25 - 安和2(969) 8.13 - 永観2(984) 8.27 - 寛和2(986) 6.23 - 寛弘8(1011) 6.13 寛弘8(1011) - 長和5(1016) 6 . 13 正.29 長和5(1016) - 長元9(1036) 4.17 正 . 29 長元9(1036) - 寛徳2(1045) 4 . 17 正.16 寛徳2(1045) - 治暦4(1068) 4.19 正 . 16 治暦4(1068) - 延久4(1072) 12. 4 . 19 8 延久4(1072) - 応徳3(1086) 12 . 8 11.26 73 堀河 ほり 善仁(たる かわ ひと) 74 鳥羽 とば 宗仁(むね ひと) 75 崇徳 すと 顕仁(あき く ひと) 76 近衛 この 体仁(なり え ひと) 77 後白 ごし 雅仁(まさ 河 らか ひと) わ 78 二条 に 守仁(もり じょ ひと) う 79 六条 ろく 順仁(のぶ じょ ひと) う 80 高倉 たか 憲仁(のり くら ひと) 81 安 あん 言仁(とき [1] とく ひと) 徳 82 後鳥 ごと 尊成(たか 羽 ば ひら) 83 土御 つち 為仁(ため 門 みか ひと) ど 84 順徳 じゅ 守成(もり んと なり)、佐 く 渡院 応徳3(1086) 11 . 26 嘉承2(1107) 7 . 19 保安4(1123) 正 . 28 永治 元(1141) 12 .7 久寿2(1155) 7 . 24 - 嘉承2(1107) 7.19 - 保安4(1123) 正.28 - 永治元(1141) 12. 7 - 久寿2(1155) 7.23 - 保元3(1158) 8.11 保元3(1158) - 永万元(1165) 8 . 11 6.25 永万 - 仁安3(1168) 2.19 元(1165) 6 . 25 仁安3(1168) - 治承4(1180) 2.21 2 . 19 治承4(1180) - 寿永2(1183) 8.20 2 . 21 寿永2(1183) - 建久9(1198) 8 . 20 正.11 建久9(1198) - 承元4(1210) 正 . 11 11.25 承元4(1210) - 承久3(1221) 4.20 11 . 25 85 仲恭 ちゅ う きょ う 86 後堀 ごほ 河 りか わ 87 四条 し じょ う 88 後嵯 ごさ 峨 が 89 後深 ごふ 草 かく さ 90 亀山 かめ やま 懐成(かね なり)、半 帝、九条廃 帝 茂仁(ゆた ひと) 秀仁(みつ ひと) 邦仁(くに ひと) 久仁(ひさ ひと) 恒仁(つね ひと) 91 後宇 ごう 世仁(よひ 多 だ と) 92 伏見 ふし 煕仁(ひろ み ひと) 93 後伏 見 94 後二 条 ごふ しみ ごに じょ う 95 花園 はな ぞの 胤仁(たね ひと) 邦治(くに はる) 富仁(とみ ひと) 承久3(1221) - 承久3(1221) 7. 9 4 . 20 承久3(1221) - 貞永元(1232) 10. 7.9 4 貞永 - 仁治3(1242) 正. 元(1232) 10 9 .4 仁治3(1242) - 寛元4(1246) 正 . 20 正.29 寛元4(1246) - 正元元(1259) 正 . 29 11.26 正元 元(1259) 11 . 26 文 永11(1274) 正 . 26 弘 安10(1287) 10 . 21 永仁6(1298) 7 . 22 正安3(1301) 正 . 21 - 文永11(1274) 正.26 - 弘安10(1287) 10.21 - 永仁6(1298) 7.22 - 正安3(1301) 正.21 - 延慶元(1308) 8.25 延慶 - 文保2(1318) 2.26 元(1308) 8 . 26 96 後醍 醐 97 後村 上 ごだ いご ごむ らか み 98 長慶 ちょ うけ い 99 尊治(たか はる) 義良(のり よし) 寛成(ゆた なり) 後 ごか 亀 めや 煕成(ひろ なり) 山 ま 北 光 朝1 厳( こう 北 ごん 朝) 北 光 こう 朝2 明( みょ 北 う 朝) 北 崇 朝3 光( すこ 北 う 朝) 北 後 朝4 光 ごこ 厳( うご 北 ん 朝) 文保2(1318) - 延元4(1339) 8.15 2 . 26 延元4(1339) - 正平23(1368) 8 . 15 3.11 正 - 弘和3(1383) 平23(1368) 10.27 3 . 11 明徳3(1392) 弘和3(1383) - 閏10. 5 10 . 27 [1] 南朝元中9 年 量仁(かず ひと) 元徳3(1331) 正慶2(1333) 9 . 20 5.25 豊仁(ゆた ひと) 建武3(1336) 貞和4(1348) 8 . 15 10.27 興仁(おき ひと) 貞和4(1348) 観応2(1351) 11. 10 . 27 7 弥仁(いや ひと) 文和 応安4(1371) 元(1352) 8 . 3.23 17 北 後 朝5 円 ごえ 融( んゆ 北 う 朝) 100 後 ごこ 小 まつ 松 101 称 しょ 光 うこ う 102 後 ごは 花 なぞ 園 の 103 後 ごつ 土 ちみ 御 かど 門 104 後 ごか 柏 しわ 原 ばら 105 後 ごな 奈 ら 良 106 正 おお 親 ぎま 町 ち 107 後 ごよ 陽 うぜ 成 い 108 後 ごみ 水 ずの 尾 お 緒仁(おひ と) 応安4(1371) 永徳2(1382) 3 . 23 4.11 幹仁(もと ひと) 弘和2(1382) 応永19(1412) 4 . 11 8.29 実仁(みひ と) 彦仁(ひこ ひと) 応 正長元(1428) 永19(1412) 8 7.20 . 29 正長 寛正5(1464) 元(1428) 7 . 7.19 28 成仁(ふさ ひと) 寛正5(1464) 明応9(1500) 7 . 19 9.28 勝仁(かつ ひと) 明応9(1500) - 大永6(1526) 4. 7 10 . 25 知仁(とも ひと) 大永6(1526) - 弘治3(1557) 9. 5 4 . 29 方仁(みち ひと) 弘治3(1557) 天正14(1586) 10 . 27 11. 7 誠仁(さね ひと) 政仁(こと ひと) 天 慶長16(1611) 正14(1586) 3.27 11 . 7 慶 寛永6(1629) 11. 長16(1611) 3 8 . 27 109 明 めい 正 しょ 興子 う 110 後 ごこ 紹仁(つぐ 光 う 明 みょ ひと) う 111 後 ごさ 良仁(なが 西 い ひと) 112 霊 れい 識仁(さと 元 げん ひと) 113 東 ひが 朝仁(あさ 山 しや ひと) ま 114 中 なか 慶仁(やす 御 みか ひと) 門 ど 115 桜 さく 昭仁(てる 町 らま ひと) ち 116 桃 もも 遐仁(とお 園 ぞの ひと) 117 後 ごさ 智子(とし 桜 くら こ) 町 まち 118 後 ごも 英仁(ひで 桃 もぞ ひと) 園 の 119 光 こう 兼仁(とも 格 かく ひと) 120 仁 にん 恵仁(あや 孝 こう ひと) 寛永6(1629) 寛永20(1643) 11 . 8 10. 3 寛 永20(1643) 10 . 3 - 承応3(1654) 9.20 承応3(1654) 寛文3(1663) 11 . 28 正.26 寛文3(1663) 貞享4(1687) 正 . 26 3.21 貞享4(1687) 宝永6(1709) 3 . 21 6.21 宝永6(1709) 享保20(1735) 6 . 21 3.21 享 保20(1735) 3 - 延享4(1747) 5. 2 . 21 延享4(1747) 宝暦12(1762) 5.2 7.12 宝 明和7(1770) 暦12(1762) 7 11.24 . 27 明和7(1770) 安永8(1779) 11 . 24 10.29 安永8(1779) 文化14(1817) 11 . 25 3.22 文 弘化3(1846) 化14(1817) 3 正.26 . 22 121 孝 明 122 明 治 123 大 正 こう めい めい じ たい しょ う 統仁(おさ ひと) 睦仁(むつ ひと) 嘉仁(よし ひと) 124 昭 しょ 裕仁(ひろ 和 うわ ひと) 125 今 きん 上 じょ う [indexへ] 弘化3(1846) 2 . 13 慶応3(1867) 正.9 大正 元(1912) 7 . 30 昭和 元(1926) 12 . 25 昭 和64(1989) 1 .7 慶応2(1866) 12.25 大正元(1912) 7.30 - - 昭和元(1926) 12.25 - 昭和64(1989) 1. 7 - - [1] 安徳天皇には様々な伝説が伝えられています。つまり、壇ノ浦で入 水したのは安徳帝ではなく、安東水軍の塩鮑次郎左衛門の子「辰丸」 であり、本当の安徳帝は水軍に護持されて一旦は津軽鯵ケ沢附近の天 皇山に宮を構えたというもの。この他にも多くの身代わり伝説があ り、長浜家古文書の伝えるところでは、薩摩の硫黄島に渡ったされ、 黒木御所を造営し68歳で崩御したとされる。 [1] 「明徳和約」により、天皇位を北朝後小松天皇に譲位する。 これによって、南北の円満な和解が成立したかに見えた。この「和 約」では、合一後の天皇位は後小松帝とするも、その後は旧南朝後亀 山上皇の皇子小倉宮実仁親王とし、それ以降は「両統迭立」とされ た。しかし、足利家に支えられた旧北朝の勢力に旧南朝は次第に押さ れ、後亀山法皇は応永17年(1410)に再び南朝縁の地である吉野へ逃れる (後南朝の開始)。 この後南朝は、後亀山天皇、良泰親王(初代、第3代)、天基天皇(2代、 後亀山法皇の孫良泰親王の子、義仁親王)、泰仁親王(良泰親王の子、4 代)、中興帝(5代、小倉宮実仁親王の子、尊義親王[三之公(川上村)在 住]、万寿寺宮、兄宮自帝[上北山村]と弟宮忠義王[神之谷、兄宮暗殺の 後も奥地に匿われる]の父)、自帝(6代、尊秀王、赤松氏により暗 殺)、 興福帝(尊雅親王、7代)、西陣南帝(8代、小倉宮第四皇子・信雅 親王、-1514)と続きます。後南朝最後の西陣南帝は、その名に西陣の 地名が冠せられています。これは、文明3(1471)年に応仁の乱を戦って いた西国の覇者、山名宗全が帝を西陣安山院に迎えたことに由来しま す。なお、西陣南帝は謎多きその後の人生を歩むことになりますが、 一説には帝としての身分を隠し、熊沢現覚坊(母方武田支族八代熊沢 家)と言う偽名を用いて全国を放浪した後に尾張一の宮にて生涯を終 えたとされています。
© Copyright 2024 Paperzz