巻 頭 言 熱硬化性樹脂への 新しい風 「熱硬化性樹脂」という言葉が,若手の研究者にとって魅力を失って 工学博士,関西大学工学部教授 からかなり経つように思う。学会や研究会への発表でも,熱硬化性樹脂 という分野が見あたらず,どのセッションに申し込んだらよいのか迷う ことも多い。それだけ時代が変わったのかと思うが,これまで約30年間 熱硬化性樹脂(エポキシ樹脂)ばかり取り扱ってきた中年の研究者とし ては寂しい限りである。熱硬化性樹脂は,“リサイクルが困難で,環境へ 越智光一(おち みつかず)Mitsukazu Oti 最終学歴:関西大学大学院工学研究科修了 学位:工学博士(関西大学) 職歴: 1972年 関西大学工学部助手「エポキシ 樹脂の硬化過程における力学特 性の発現機構に関する研究」 1982年 米国コネチカット州立大学派遣 研究員 1985年 関西大学工学部専任講師「エポ キシ樹脂硬化物の低温力学およ び誘電緩和の緩和機構に関する 研究」 1988年 関西大学工学部助教授 1995年 関西大学工学部教授「エポキシ 樹脂をマトリックスとするポリ マーアロイあるいは遷移金属酸 化物ハイブリッド体の創製と特 性評価に関する研究」「メソゲン 基を骨格とする液晶性エポキシ 樹脂の合成と特性評価に関する 研究」 1997年 ベルギールーバン大学交換教授 専門:高分子材料化学 著書(分担執筆) : 「接着ハンドブック」,日本接着学会編 (1996) 。 「高分子とセラミックスのハイブリッ ド材料」 ,技術情報協会(1999)。 「ポリマーABCハンドブック」,エヌ・ ティー・エス(2000)。 「接着剤の分子設計,先端接着接合技 術」 (2000) 。 「高分子科学と無機化学のキャッチボ ール(ポリマーフロンティア21)」,高 分子学会編(2001) 。 の適合性が低い”とか,“分析手段がなく構造すら明らかにできない”と か,“三次元網目の構造コントロールが難しく,分子設計のおもしろさが ない”とか,“ニーズ主導型でシーズ側からの発信が困難”とか,いろい ろとそれらしい原因を聞かされることもある。あるいはもっと単純に, “高分子材料としての歴史が長く新鮮さに欠ける”というだけのことであ るのかもしれない。 しかしその一方で,熱硬化性樹脂の工業的あるいは産業的な重要性は 全く衰えていない。IT産業などの新しい技術分野でも先端機能性材料と して広く用いられ,むしろ,その重要性はこれまで以上に増加している。 例えば,半導体チップの固形あるいは液状封止材,アンダーフィル,フ ォトレジスト,積層板やパッケージ材など,IT産業分野で製造あるいは 利用される部分やデバイスのすべては,熱硬化性樹脂のかたまりで構成 されていると言っても過言ではない。言い換えれば,現代の若者の日常 生活に欠かすことのできない携帯電話やICカード,パーソナルコンピュ ータも,デジタルビデオやカメラも,その中で使われている高分子材料 のほとんどすべてが熱硬化性樹脂であるということになる。熱硬化性樹 脂はこれらの機器や装置の小型・軽量化,高性能・高機能化を通して, 現代に生きるすべての人々の生活の中に深く浸透し,その生活様式を良 くも悪くも改変しつつあるということができる。 熱硬化性樹脂がこのように先端機能性材料としての重要性を増しつつ あるのは,企業に籍を置く多くの研究者のニーズ主導型の研究に基づく 日立化成テクニカルレポート No.39(2002-7) 5 ものと言えるであろう。しかしここ数年,熱硬化性樹脂の高機能化・高 性能化の研究に再び新しい風が吹き始めたように感じている。さまざま な意味での熱硬化性樹脂のネットワーク構造あるいは分子集合体として の相構造制御による高機能化・高性能化の研究が多くの研究者によって 発表され,実用化に向かって実を結びつつあると思う。熱硬化性樹脂の 分野では,まだ,ニーズ主導型の研究が中心ではあるが,シーズ発信型 の研究も再び活性化しつつあると思う。重合と解重合が任意にコントロ ールできるポリマーの開発を目指した研究などは熱硬化性樹脂のリサイ クル化についての解答であろうし,メソゲン基の導入による高熱伝導率 の達成や遷移金属酸化物ネットワークとのハイブリッド化によるガラス 転移の消失や低熱膨張化などはネットワークおよびその集合体の構造制 御による高性能化・高機能化についての新しいシーズといえるであろう。 いずれにせよ,熱硬化性樹脂は三次元ネットワーク構造を持ち,耐熱 性や環境安定性,力学あるいは電気的性質などにほかの材料で代替不可 能な優れた性能を持つ古くて新しい高分子材料である。その工業的需要 はますます増加していくと予想される。ニーズ主導型の研究だけでなく シーズ発信型の研究を実用化に結びつけてインパクトの高い研究成果を 達成することが熱硬化性樹脂の新しい魅力の開拓に結びつくことは間違 いないであろう。 6 日立化成テクニカルレポート No.39(2002-7)
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