多汗症

Disorders of skin appendages
19 章 付属器疾患
皮膚付属器である汗腺,脂腺,毛髪,爪の疾患を取り上げる.これらの器官が侵されると,体温調節など皮膚
のもつ機能に影響を与えるのみならず,外観的,美容的にも問題を生じる.各付属器の構造や機能については 1
章で述べているので,本章ではこれらの器官を病変の主座とする疾患について解説する.
A.汗腺の疾患 disorders of sweat glands
1.汗疹 miliaria
同義語:汗貯留症候群(sweat retention syndrome)
●
エクリン汗腺の閉塞による,いわゆる“あせも”
.
●
治療はスキンケア中心.
症状・分類
汗管の閉塞する部位によって,水晶様汗疹,紅色汗疹,深在
性汗疹の 3 つに分類される(図 19.1)
.
①水晶様汗疹(miliaria crystallina)
角層内あるいは角層直下で汗管が閉塞し,浅在性で透見され
る直径数 mm の小水疱を形成する.潮紅などを伴わず,まも
りん せつ
そう よう
なく乾いて白色の薄い鱗屑になる.瘙痒も炎症もなく,1 〜数
汗の角層内貯留
19
汗管の閉塞
汗管の閉塞
汗の表皮内
貯留
汗の真皮内
貯留
水晶様汗疹
紅色汗疹
図 19.1 汗疹の分類と閉塞部位
339
深在性汗疹
340 19 章 付属器疾患
日で消退.新生児の顔面に好発するが,成人でも発熱などの際
に生じることがある(図 19.2)
.
②紅色汗疹(miliaria rubra)
高温多湿の環境や肥満者,多汗症,乳児に好発する(図
19.3).顆粒層付近での汗管の閉塞によって炎症が生じ,1 〜
2 mm 大の紅色小丘疹となる.発赤と強い瘙痒を伴う.好発部
位は体幹,四肢屈側,頸部,腋窩部である.しばしば湿疹化,
膿疱化〔膿疱性汗疹(miliaria pustulosa)〕する.
③深在性汗疹(miliaria profunda)
図 19.2 水晶様汗疹(miliaria crystallina)
表皮真皮接合部において汗管が破綻.紅色汗疹を繰り返して
いるうちに,発汗時に瘙痒を欠く蒼白色の扁平な丘疹が多発す
るようになる.
病因
エクリン発汗の際に汗管の閉塞が生じ,汗の流出が障害され
ることが原因である.このとき貯留した汗が汗管周囲の組織に
漏出して皮疹を生じる.夏季,高温多湿の環境での身体運動,
発熱性疾患,湿布,包帯やギプス,絆創膏,通気性の低い衣類
の着用など,多汗をきたす状況のときに好発する.
図 19.3 紅色汗疹(miliaria rubra)
発熱後に生じた.
治療
高温多湿の環境を避け,入浴により清潔を保つ.湿疹化して
いる場合はステロイド外用薬を用いる.二次感染に注意する.
2.臭汗症 bromhidrosis / osmidrosis
19
定義・分類・症状
汗に臭気を伴うものの総称である.エクリン臭汗症とアポク
リン臭汗症に大別される.
①エクリン臭汗症(eccrine bromhidrosis)
ニンニク,香辛料,薬剤などの摂取により,身体全体のエク
リン汗に臭気を帯びる場合がある.足の臭汗症は,足底で分泌
された汗が皮表細菌によって分解されることで生じる.
②アポクリン臭汗症(apocrine bromhidrosis)
腋臭症(osmidrosis axillae),いわゆる“わきが”がその代表
である.外陰部に生じる臭汗症はアポクリン汗による.アポク
リン汗自体は無臭であるが,皮表細菌により分解されて低級脂
肪酸が生じ,これが臭気の源となる.アポクリン腺は思春期頃
から発達し,精神的興奮や運動によって発汗は増加する.
A.汗腺の疾患 341
治療
フォアダイス
制汗剤,剃毛,デオドラントなどが用いられる.腋臭症に対
Fordyce 状態
(Fordyce’
s condition)
しては外科手術やレーザー脱毛も行われる.ただし,腋臭症を
主訴に受診する患者の多くは臭気に関して正常範囲内であり,
神経症的要素が強い(osmidrophobia)
.
フォックス
フォアダイス
3.Fox-Fordyce 病 Fox-Fordyce disease
同義語:アポクリン汗疹(apocrine miliaria)
症状
にゅううん
主に 20 歳代女性の腋窩,乳暈,外陰部などアポクリン汗腺
分布領域に生じ,常〜紅色で直径 2 〜 3 mm の毛孔一致性丘疹
しゅうぞく
が集簇する.激しい瘙痒を伴い,運動や興奮で増悪する.慢性
たい せん
に経過し,掻破により苔癬化したり,化膿性汗腺炎などの二次
感染を生じることがある.
symmetrical lividity
病因
アポクリン汗腺の汗管が閉塞し,アポクリン汗が表皮中に漏
出して生じる.
治療・予後
瘙痒に対してステロイド外用や抗ヒスタミン薬内服を行うが
難治性である.
腋臭症に準じて剪除法など外科手術も行われる.
4.多汗症 hyperhidrosis,hyperidorosis
分類・症状
エクリン発汗が亢進している疾患で,以下のように分類され
る.
①全身性多汗症(generalized hyperhidrosis)
高温多湿の環境や運動時あるいは交感神経緊張時には,生理
的に多汗になる.甲状腺機能亢進症,糖尿病,低血糖,感染症,
パーキンソン
神経変性疾患(Parkinson 病など)
,悪性リンパ腫といった疾患
を有する場合や,薬剤(解熱薬,ステロイド,向精神薬など),
妊娠,肥満などによっても多汗となる.特段の原因のない特発
性全身性多汗症も存在する.
②局所性多汗症(localized hyperhidrosis)
手掌,足底,腋窩,顔面など,体の一部に限局性に多汗がみ
られる.緊張や運動などで増悪することが多い(情緒性発汗).
安静時でも蒸発量を越えた発汗を生じることが多く,QOL の
19
342 19 章 付属器疾患
低下をきたす.
しょうせき
・掌蹠多汗症(palmoplantar hyperhidrosis)
:アトピー素因,
掌蹠角化症などに合併することがある.
・片 側性多汗症(hemihyperhidrosis)
:半身不随や Parkinson
病など,末梢神経の片側障害によって身体の片側に多汗が生
じる.
図 19.4 無汗症(anhidrosis)
発汗機能検査(ヨードデンプン法):左の患者では変
色部位がほとんどみられず,著しい低発汗であるこ
とがわかる.
診断・治療
診断は明らかなことが多いが,軽症例ではヨードデンプン法
などで健常人と比較する.塩化アルミニウム水溶液などの制汗
剤や抗不安薬を用いる.水道水イオントフォレーシスやボツリ
ヌス毒素局所注射も有効である.難治例では交感神経遮断術を
表 19.1 無汗症の原因と考えられる疾患
行うが,他の部位の発汗が増強することが多い(代償性発汗).
5.無汗症,乏汗症 anhidrosis,hypohidrosis
発汗がまったくない,あるいは非常に少ない状態である(図
19.4)
.このため皮膚は乾燥,粗造化し,鱗屑と軽度の瘙痒感
をきたす.運動により発熱することがある.全身性のもの(無
汗性外胚葉形成異常症,18 章 p.321 など)と局所性のもの(神
経障害など)がある.原因と考えられる疾患を表 19.1 にまと
める.
B.脂腺の疾患 disorders of sebaceous glands
19
ざ
そう
1.尋常性痤瘡 acne vulgaris
●
いわゆる“にきび”で,90%以上の思春期男女が経験する.
毛包炎,丘疹,膿疱を呈する.
●
アクネ桿菌 Propionibacterium acnes (P. acnes )
,毛包虫,
内分泌,ストレスなど多数の因子が存在.
●
治療は生活の改善,レチノイド外用,抗菌薬の投与など.
症状
10 〜 30 歳代までの青年期の男女に多く,顔面,背部,前胸
部などの脂漏部位に好発する,毛孔一致性の炎症性丘疹(図
19.5).膿疱,さらには囊腫や結節を形成することもある慢性
めん ぽう
の炎症性疾患である.とくに思春期に増悪する.初発疹は面皰
(comedo)と呼ばれ,毛孔が開口して黒色を呈するもの〔開放