「病気のプロフィル」No. 40 腸炎と潰瘍性大腸炎 その3. 非特異性腸潰瘍 原因を推定しがたい腸炎のうち、炎症性病変から潰瘍形成に進展したと思われる 病気を非特異性腸潰瘍 non-specific ulcer of the intestineという。 これらの病気の定義は回りくどく、分りにくいが、現知識水準ではこのようにま とめるのが不難であろう。専門家によっては腸の原因不明な潰瘍性疾患すべてを非 特異性腸潰瘍とみなす人もいる 武藤 Baille [1]。 (1979)によれば、腸の非特異性潰瘍についての記載は古く、小腸については (1795)、大腸については 出来るという Curveilher (1832)の報告にまでさかのぼることが [2]。現在、非特異性腸潰瘍として広く知られている病気は潰瘍性大 腸炎とクローン病であるが、そのほかに少なくても6∼7種類の非特異性腸潰瘍また はその疑いの病気がある 表1. (表 1)。 潰瘍性大腸炎とクローン病以外の非特異性腸潰瘍の例 非特異性多発小腸潰瘍 単純潰瘍 急性出血直腸潰瘍 (回盲部) 好酸球性胃腸症 直腸粘膜脱症侯群 黒木, アフタ性大腸炎 飯田(2000)を参考に編成 [8]。 これらの病気の発見と病態の解析には、わが国の消化器病学者が貢献したところ が大きい。 このことは意外とわが国の医学界では知られていないのではあるまいか。たまた ま「胃腸科」を標榜している医師に「非特異性小腸潰瘍や急性出血直腸潰瘍を診る ことがありますか」と尋ねたが、はっきりとした返事が返ってこなかった。もっと も、筆者の認識も似たようなもので、最近まで、非特異性潰瘍といえば、岡部治弥 名誉教授 (北里大学) と崎村正弘博士 (宗像市崎村医院) よって発見された非特異性 多発小腸潰瘍しか知らなかった。 次の報文の潰瘍性大腸炎の紹介に入る前に、急遽予定を変更して、非特異性腸潰 瘍のぞくすると思われる六つの病気のプロフィルをまとめることにした。 1 この報文で採択した用語 非特異性腸潰瘍 非特異性多発小腸潰瘍 non-specific 抜き状潰瘍 out solitary punched rectal 脱症候群 stool, syndrome, mucosal フタ性大腸炎 ulcer, aphthous 単純潰瘍 syndrome strainer, stercorcal multiple ulcers of 急性出血直腸潰瘍 好酸球性胃腸症 the 直腸弧在性潰瘍症候群 profunda, 粘膜 直腸 排便時いきみ t straining hemorrhagic eosinophilic intestine, small 打ち intestine, cystica rectum, acute of the ulcer, Colitis the ulcer of simple 深部嚢胞性大腸炎 prolapse いきみ癖の人 宿便性潰瘍 ulcer, non-specific rectal ulcer, gastroenteropathy, ア colitis. 非特異性腸潰瘍の六つの単位 以下紹介する六つの病気の単位すべてを非特異性腸潰瘍に入れてよいかどうか、 なお若干の疑問が残っている。好酸球性胃腸症とアフタ性大腸炎がその例である。 これらは比較的治りやすいことやその他の点で他の四つの病気とはひと味もふた味 も違う。しかし、これらは今なお本体不明で、腸の炎症性病変に続いてびらん、潰 瘍を生じやすいいう点であえて非特異性腸潰瘍のカテゴリーに入れることにした。 非特異性多発小腸潰瘍 この病気は1966年に岡部と崎村によって初めて報告され、1968年に非特異性多 発小腸潰瘍 non-sepcific multiple ulcers of the small intestine れた と名づけら [3-8]。 小腸の中部から下部、終末回腸以外の回腸部分に輪状ないしは斜走する浅く、境 界鮮明な潰瘍が多発する。潰瘍のほかに多中心性皺壁集中の所見も特異である 7, 9]。図 1 に一症例の小腸のX線写真を、図 2 [4- に別の症例の小腸切除標本のX線写 真を示す。 図 1. 非特異性多発小腸潰瘍の小腸X線像 潰瘍による二次的変化が比較的強い場合には、潰瘍 ないしは潰瘍瘢痕部に一致して輪状狭窄が生じ、 その口側の腸管に拡張が見られる。崎村 (1970)より引用 2 [7]。 a 図 2. 非特異性多発小腸潰瘍―小腸の切除標本のX線写真 両端では規則正しい腸の輪郭が病変部では乱れ、拡張と狭窄の 不規則な形状と無構造な辺縁が直線化している。 崎村 (1970)より引用 [7]。 手術を受けた患者の経過を観察している間に十二指腸や大腸にも同様な潰瘍が複 数発生することがある。この病気は小腸だけでなく、消化管全域にわたる「潰瘍性 疾患」と理解すべきであるとする意見もある [10]。 慢性に続く消化管出血、それにもとづく中等度ないしは高度の貧血、低タンパク 血症、浮腫、発育障害などの症状が見られる。 腸結核、クローン病、NSAID潰瘍、KCL潰瘍などの病気が鑑別の対象になるが、 一般に非特異性多発小腸潰瘍の場合には血清CRP値は正常範囲で、マントウ反応は 陰性である。 10∼20歳の青少年に多く、同一の家系に複数の患者がみられた例があるという [8]。これらのことはこの病気の成立に宿主要因 host factor が関与していることを 示唆している。 <治療>サラゾピリンや副腎皮質ステロイド薬はほとんど無効。中心静脈栄養法 によって便の潜血は陰性になるが、これを中止して経口栄養に切り換えると、再び 陽性になる。 クリニミールによって症状が長期にわたり寛解した例があるという [11]。新しい 治療法の開発が望まれる。 単純潰瘍 武藤 (回盲部) (1979)は、消化管の単純潰瘍のうち、回盲部に発生する打ち抜き状の潰瘍 punched out ulcer を狭い意味の単純潰瘍 は一定の臨床的、病理学的な特徴をそなえているとして、これ 告の最初はおそらく亀井 simple ulcer とした (1936)であろうか [2]。このような単純潰瘍に関連する報 [12]。 X線像では、回盲部末端の腸間膜付着部分の反体側に境界鮮明な粘膜集中像を示 すニッシェが見られ、浮腫をともなう。内視鏡検査では、下掘れ傾向の強い潰瘍が 3 特徴的で、生検組織は非特異的な慢性炎症の像を示す [13]。 わが国で報告された症例についての集計では、患者の平均年齢は約 は3:1である 39歳、男女比 [8]。 問題は、腸型ベーチェット病との鑑別である。 単純潰瘍の症状、経緯、手術後の再発率はベーチェット病のそれによく似ている。 単純潰瘍の経過観察中にベーチェット病の発現した例がある。単純潰瘍は腸型ベー テェット病と同一か、あるいは類縁疾患ではないかとする意見がある [9, 13, 14]。 <治療>薬物療法としてサラゾピリンや副腎皮質ステロイド薬、栄養療法として 中心静脈栄養がなされている。これらの治療法によって潰瘍は縮小、瘢痕化するが、 しばしば再発する。次のような場合には手術が適用される。(1) がない場合、(2) 腸穿孔、(3) 大出血、(4) 内科的治療で効果 高度の腸管狭窄。しかし手術をしても再 発することが多く、腸管の吻合部に潰瘍が生じやすい。 直腸粘膜脱症候群 従来から直腸の弧在性潰瘍症候群 胞性大腸炎 Colitis solitary rectal ulcer syndrome または深部嚢 cystica profundaと呼ばれていた病気が、直腸粘膜が繰り返し 肛門外に脱出することにもとづく病気と同じ臨床病理学的な特徴を示すことが分り、 1983年に syndrome Du of Boulay et al . によって直腸粘膜脱症候群 the rectum mucosal という病名で統一された 定され、その意味で病名に症候群の名が付けられたらしい [8, prolapse 15]。その原因は多元的と推 [15]。 肛門線から約10cmまでの直腸の前壁ないしは前側壁が繰り返し脱出する。潰瘍 型とポリポイド型とに分けられている。 20∼30歳の若い人に多く、なかでも排便のときに過度にいきみ stool)を繰り返す人 (strainer)に多い (straining at [8]。 長期にわたる腸管の内圧上昇と直腸粘膜の脱出によって直腸に虚血をきたし、そ の結果、粘膜のひずみ、隆起、びらん、潰瘍をきたすと推定されている [8, 13, 16]。患者は一般に排便の時間が長く、しばしば排便痛を訴え、粘液便または粘血 便を排出する [8]。 組織学的には病変の局所に腺管の過形成、間質には平滑筋の線維組織増生 筋性閉塞 fibromuscular obliteration)の所見がある (線維 [13]。おそらく病因は一元的で はないであろう。 <治療>保存的治療が基本で、排便のしかたを変えるだけで軽症化する。原因の 一つと推測される過度のいきみを控えさせる目的で緩下剤を服用させ、植物線維の 多い食事を取るように指導する [8]。 潰瘍が治りにくい場合や隆起性の病変が大きく、肛門から逸脱する場合には、外 科手術によって直腸粘膜の一部を切除するか、固定する 4 [8]。 急性出血直腸潰瘍 この病気は1980年に河野らによって初めて報告され、それから約4年後に広岡ら (1984)によって急性出血直腸潰瘍 位として確立された まとめている [8, acute hemorrhagic rectal ulcer という病気の単 17]。中村ら(1997)は、この病気の50例について臨床像を [18]。 この病気は脳血管障害などで長期にわたって臥床している高齢患者に見られるこ とが多い。突然、新鮮な血便を排出し、大ていの場合、腹痛も排便痛も訴えない。 内視鏡検査で、図 3に示すように、肛門線の直ぐ上の直腸部分に限局して、不整 形な地図状または帯状の浅い潰瘍が1ないし数個認められる。境界は鮮明、組織学 的には、一見、消化性潰瘍に似ているという [17, 19, 20]。 発病には長期にわたる臥床が直接、間接に影響をおよぼしているかも知れない。 また腸管内に長く滞留した糞便塊、すなわち宿便によって腸粘膜が機械的に圧迫と 刺激を受け、局所の循環障害をきたす結果、びらんと潰瘍を生ずると推測される (宿便性潰瘍 stercoral ulcer)。虚血性腸炎の一型か、それに別の機序が加わったか 議論の別れるところである。 図 3. 急性出血直腸潰瘍の内視鏡所見 肛門の直上の直腸の部分に管腔の半周を越える地図状の潰瘍 (矢印) が認められる。潰瘍の底部には凝血塊が付着している。 黒木・飯田 (2000)より引用 [8]。 <治療>まだ原因が確実に分っているわけではないが、虚血腸炎の仕組みもはた らいているとみなすと、全身状態を良好に保ち、基礎疾患を治療することが第一で ある。持続的な仰臥位から側臥位に体位を変換することによって再出血の頻度が低 下するという [18]。 出血局所の圧迫、エタノールの局所注入、露出する血管の結紮などの外科的治療 を必要とする場合がある [8]。 5 好酸球性胃腸症 潰瘍性大腸炎、タンパク漏出胃腸症、吸収不良症候群、セリアック・スプルーと ともに腸管アレルギーの仕組みによると推定されている病気に好酸球性胃腸症 eosinophilic 能性がある gasteroenteropathyがあり、これも腸粘膜にびらんと潰瘍を生ずる可 [22]。 この病気は末梢血液における好酸球の増多と食道から結腸までの消化管、とくに 胃の前庭部と小腸壁における好酸球の浸潤によって特徴づけられる。消化管壁への 好酸球の浸潤の程度によって粘膜型、固有筋層型、および漿膜型に分けられている。 比較若い人に多く、患者のおよそ年数において過去にアレルギー疾患の既往歴が あるという。 消化管への好酸球浸潤が一定の水準を越えたときに症状が発現すると推測され、 悪心、嘔吐、腹部仙痛、下痢、消化管出血 (血便)、吸収不良症候群、タンパク漏出 胃腸症などの症状が発現する。長期化すると、貧血と低タンパク血症をきたし、と きとしてイレウスや腸管穿孔をみることがある。重症化すると、X線像で幽門狭窄 や小腸狭窄が認められる。 <治療>この病気では早期診断-早期治療が重要である。副腎皮質ステロイド薬 が第一選択で、よく効果をあげる。 アフタ性大腸炎 粘液便または粘血便を訴える患者に、内視鏡検査で、大腸粘膜に紅暈 red halo をともない、中心部が陥凹している斑状の病変が認められることがある。これは口 腔内のアフタでよく似ていて、アフタ性大腸炎 aphthous colitis と呼ばれている。 一過性の炎症性病変らしいが、びらん、潰瘍を生ずることがある。とくに粘血便が 見られる場合に注意を要する [20]。 む す び 腸の非特異性潰瘍のなかには長年の排便習慣、緩下剤・浣腸薬・坐薬の常用、特 定の薬物の長期連用、長期の臥床、虚血性腸炎などが原因になっているものが存在 するかも知れない。またベーチェット病、ゾリンジャ・エリソン症候群、メッケル 憩室などの病気が潜在している可能性もある。このような場合には必ずしも非特異 性潰瘍とはいえないが、上に述べた六つの病気はその原因がまだ明確に把握されて おらず、当分は非特異性潰瘍として今後もなお病態の観察と病因の解析を続けてい く必要があろう。現在把握されている病気の単位は氷山の一角に過ぎないかも知れ ない。 また個々の非特異性腸潰瘍が一般集団中にどれくらいの頻度で分布しているか知 6 りたいところである。急性出血直腸潰瘍などはクローン病より高い頻度で分布して いるのではないかと推測されるが、確かな資料がない。今後の調査が待たれる。 [謝辞] 立元貴博士 (福岡逓信病院) と嶋田裕稔医師 (研修医) 柳瀬 敏幸 の御協力に深謝する。 (2001.9.6) 参 考 文 献 [1] [2] 八尾恒良 (1977) 非特異性小腸潰瘍. 臨床科学 13: 789 武藤徹一郎 (1979) いわゆるSimple ulcerとは. 胃と腸 14: 739 [3] [4] [5] 岡部治弥 (1966) 原発性多発性慢性小腸潰瘍. 日医事新報 2212: 161 岡部治弥、崎村正弘 (1966) 非特異性小腸潰瘍の3例. 日内会誌 55: 215 岡部治弥、崎村正弘 (1968) 仮称”非特異性多発性小腸潰瘍症”. 胃と腸 3: 1539 [6] [7] 岡部治弥ら (1967) 仮称”非特異性多発性小腸潰瘍症”. 日消会誌 64: 660 崎村正弘 (1970) ”非特異性多発性小腸潰瘍症”の臨床的研究─限局性腸炎との異同を中心と して. 福岡会誌 61: 318 黒木文敏、飯田三雄 (2000) 非特異性腸潰瘍(潰瘍性大腸炎・クローン病を除く)の鑑別診断 と治療. 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