十二指腸潰瘍に起因する十二指腸結腸瘻の 1 例

昭和学士会誌 第75巻 第 5 号〔 587-591 頁,2015 〕
症例報告
十二指腸潰瘍に起因する十二指腸結腸瘻の 1 例
山梨赤十字病院外科
1)
昭和大学医学部外科学講座(消化器一般外科学部門)
2)
山下 剛史*1,2)村上 雅彦 2) 榎並 延太 1)
古泉 友丈 1) 大塚 耕司 2) 五 藤 晢 2)
藤 森 聰 2) 渡 辺 誠 2) 青木 武士 2)
抄録:86 歳男性.整形外科疾患に対して鎮痛剤を長期内服していた.腹痛,下痢,食欲低下
などで当科受診し,高度貧血を認め精査のため入院となった.諸検査にて十二指腸潰瘍による
十二指腸横行結腸瘻と診断し,絶食,中心静脈栄養,proton pump inhibitor 投与を行った.
その後,腹痛,黒色便は消失し,貧血は改善傾向を認めた.経過観察の上部消化管内視鏡検査
では,潰瘍は縮小するも瘻孔は難治性であった.以上より,瘻孔に対する手術が必要と判断し
たが,瘻孔部を含めた胃切除では侵襲が大きいと考え,胃空腸バイパス手術を選択した.術後
経過は良好であった.退院後 2 か月が経過し,内視鏡検査で潰瘍は瘢痕化し瘻孔は消失した.
近年,制酸剤の進歩などにより減少してきており,十二指腸潰瘍の結腸への穿通は最近では稀
な疾患である.本疾患に対する治療としては瘻孔切除を基本とした手術が多く行われるが,本
症例は高齢でありバイパス手術を選択したが,良好な経過を得ることができた.本症例につき
若干の文献的考察を含め報告する.
キーワード:十二指腸潰瘍,十二指腸結腸瘻,空腸バイパス術
十二指腸結腸瘻は比較的稀な疾患であり,悪性腫
瘍の浸潤や炎症性疾患の波及により形成される消化
管内瘻である1).十二指腸潰瘍による十二指腸結腸
瘻は,H2 ブロッカーや proton pump inhibitor(以
下,PPI)の開発などにより近年では稀であると言
われている2).今回われわれは,保存的治療に抵抗
性を示した十二指腸潰瘍による十二指腸結腸瘻に対
して胃空腸バイパス術を行い,瘻孔閉鎖が得られた
1 症例を経験したので若干の文献的考察を加えて報
告する.
症
となった.
入院時現症:発熱なく,バイタルサインは正常範
囲内であった.眼瞼結膜に貧血を認めた.上腹部に
軽度圧痛を認めた.
入院時血液生化学検査:Hb5.8 g/dl と高度貧血を
認めた.抗ピロリ IgG 抗体は陰性であった.
上部消化管造影検査:ガストログラフィンⓇにて
施行し , 十二指腸球部から結腸へ造影剤の流出を認
めた(Fig.1A).
腹部骨盤造影 CT 検査:球部から下行脚にかけて
の十二指腸と横行結腸右側に浮腫性肥厚を認めた.
両者は一部接しており,同部位で両者と連続性のあ
るガス像を認めた.同部位では周囲脂肪織濃度上昇
を伴っていたが,明らかな腹水や free air は認めな
かった(Fig.1B)
.
上部消化管内視鏡検査:十二指腸球部前壁に巨大
な深掘れ潰瘍を認め,潰瘍底は腸管内腔と連続して
おり,同部位へ内視鏡を先進させるとハウストラが
存在し,結腸内へ連続していた(Fig.1C,D).入
院後第 11 病日には潰瘍は若干改善傾向を認めたが,
例
患者:86 歳,男性.
主訴:食思不振,腹痛,下痢,黒色便.
既往歴:高血圧,認知症,橈骨遠位端骨折,多発
肋骨骨折(2 か月前に転倒し受傷し,その後非ステ
ロイド性抗炎症薬を長期内服していた).
現病歴:1 か月前から食思不振が出現し,2 週間
前から腹痛,水様性の下痢,黒色便が出現し持続し
た.当院当科紹介受診し,同日精査加療目的で入院
責任著者
*
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山 下 剛 史・ほか
Fig.1 入院時画像検査所見
A: ガストログラフィンによる胃透視.十二指腸から
結腸へ造影剤の流出する瘻孔(矢印)を認めた.
B: 腹部造影 CT 検査所見である.十二指腸と横行結腸
の浮腫性肥厚を認め,両者と連続するガス像を認
めた.同部位では周囲に脂肪織濃度の上昇を伴っ
ていた.
C: 十二指腸球部前壁に巨大な潰瘍(点線矢印)を認
め,潰瘍底に結腸粘膜(矢印)を認めた.
D: 潰瘍底の奥には腸管粘膜を認め,内視鏡を先進さ
せると結腸内へ進入した.
Fig.2 入院後経過観察の内視鏡写真
A: 第 11 病日の内視鏡所見である.潰瘍は軽度改善傾
向を認めたが,瘻孔は著変なかった.
B : 第 25 病日の内視鏡所見である.潰瘍は縮小した.
瘻孔の観察は困難であったが,吸引により茶色の
便中の逆流を認めた.
C : 下部消化管内視鏡所見である.矢印部に瘻孔を認
めた.
D:(C)の近接写真である.ピンホールの瘻孔であっ
た(矢印).
瘻孔に著変はなかった(Fig.2A)
.第 25 病日に再度
内視鏡検査を施行したところ,潰瘍はさらに改善傾
向を認めるも,吸引にて便汁と思われる黄褐色の液
体が流出し(Fig.2B),瘻孔は難治性であると判断
した.
下部消化管内視鏡検査:第 20 病日に施行した.
横行結腸肝彎曲付近でピンホールの瘻孔を認めた
(Fig.2C,D).
入院後経過:上記の諸検査から,十二指腸潰瘍に
よる十二指腸結腸瘻と診断した.自発痛,圧痛は上
腹部のみで,画像検査でも炎症所見は限局してお
り,絶食,中心静脈栄養,PPI 投与,抗生剤加療に
て保存的治療を開始した.貧血に対しては赤血球輸
血,鉄剤投与を行った.これにより腹痛,下痢など
の症状,貧血は改善した.画像検査にて経時的経過
観察を行ったが,十二指腸潰瘍は改善傾向を示し,
腹痛,下痢などの症状が消失したため,流動食は開
始することができた.しかし瘻孔は難治性であり,
手術所見:入院後第 29 病日に全身麻酔下にて手
術を施行した.上腹部に 7 cm の正中切開にて開腹
し,瘻孔切除または胃切除による瘻孔切除は,過大
侵襲となる可能性が高いと判断し,胃空腸バイパス
術を行った.自動縫合器を用いて胃体下部大彎側か
ら不完全離断をおき,Billroth-Ⅱ法による胃空腸吻
合術ならびに同吻合部から約 30 cm に Braun 吻合
を行った(Fig.3)
.
術後経過:術後第 3 病日にガストログラフィンⓇ
による術後胃透視を行った.造影剤は胃空腸吻合を
通じて空腸へ流出され,十二指腸側へは体位変換に
より僅かに流出するのみであった.水分開始とし,
流動食から食事開始とした.術後第 6 病日には全粥
食としたが,合併症なく良好な経過で術後第 12 病
日に退院となった.以後外来にて経過観察となり,
術後 2 か月経過してから上下部内視鏡検査を施行し
た. 十 二 指 腸 潰 瘍 は 瘢 痕 化 し 瘻 孔 は 消 失 し た
(Fig.4A,B)
.結腸側も同様で,瘻孔は瘢痕化して
いた(Fig.4C,D)
.
内視鏡検査で便汁の逆流を認めたことから,これ以
上の保存的改善は困難と判断し手術の方針とした.
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十二指腸結腸瘻に対する胃空腸吻合
Fig.3 手術前後のシェーマ
A: 手術前の状態。瘻孔部を矢印で示す.
B : 不完全胃離断を行い,胃空腸吻合を行った(矢印).
あわせて Braun 吻合を置いた(点線矢印).
考
察
十二指腸結腸瘻は,原因により 2 種類に分類され
る.大腸癌などの悪性疾患によるものを悪性十二指
腸結腸瘻とし,クローン病や十二指腸潰瘍などの良
性疾患によるものを良性十二指腸結腸瘻としてい
る1).悪性十二指腸結腸瘻では,大腸癌が 85%を占
めると報告されている3).一方,良性十二指腸結腸
瘻は,十二指腸潰瘍やクローン病,結核,十二指腸
憩室が多いとされ,以前は十二指腸潰瘍が約 24%
を 占 め る と 言 わ れ て い た 3,4). し か し 近 年 で は,
十二指腸潰瘍によるものの報告は減少しており,
1997 年から 2012 年の 16 年間での報告は 1 例のみ
であった 5).これは,H2 ブロッカーおよび PPI の
開発や,ピロリ菌除菌により十二指腸潰瘍が減少し
ているためと思われる2).十二指腸潰瘍による瘻孔
形成のひとつとして胆道十二指腸瘻も知られ,保存
的治療のみで胆道十二指腸瘻が閉鎖した症例 6,7)や,
潰瘍手術(幽門側胃切除,Billroth-Ⅱ法による胃空
腸吻合)のみ施行し,瘻孔に対しては切除閉鎖せず
に改善した症例 8)も報告される.
今回われわれは,医学中央雑誌にて 1983 年から
2013 年までの期間で「十二指腸潰瘍」,「十二指腸
結腸瘻」をキーワードに検索したところ,会議録を
含め 4 例であった. 2 例は胃切除後吻合部潰瘍に
よるものであった 2,9).残りの 2 例は自験例と同様
で十二指腸潰瘍によるものであり,両者とも幽門側
胃切除術・結腸切除術が行われていた 10,11).
一般的に十二指腸結腸瘻の手術では,悪性腫瘍の
場合では瘻孔を含めた病巣の完全切除が必要となる
が,良性の場合は瘻孔切除が基本であり,クローン
Fig.4 術後 2 か月の内視鏡写真
A,B: 術後 2 か月の上部消化管内視鏡写真である.潰
瘍は瘢痕化し瘻孔は消失した(矢印).
C,D: 術後 2 か月の上部消化管内視鏡写真である.結
腸側の瘻孔も縮小し,瘢痕化していた(矢印).
病などでは結腸切除と瘻孔を含めた十二指腸部分切
除が行われ,十二指腸欠損部に対して単純閉鎖や大
網被覆などが追加される1).クローン病では,原因
は結腸側にあることが多く,上記術式が選択される
が 12,13),十二指腸潰瘍の場合では潰瘍手術として幽
門側胃切除が選択されたと考えられる.
本症例において,われわれはまず潰瘍の縮小から
瘻孔閉鎖を期待し,保存的治療を行った.潰瘍その
ものは縮小傾向を示しており,流動食を開始するこ
とができた.しかし,内視鏡検査にて便汁の逆流を
認めたことから難治性瘻孔と判断した.保存的治療
継続により潰瘍の縮小から瘻孔閉鎖は期待された
が,認知症のある高齢者であることや入院期間が長
くなることなどを考慮し,手術の方針とした.しか
し,十二指腸球部前壁の巨大潰瘍であり,十二指腸
壁の欠損が大きくなり,縫合閉鎖のみの対応では術
後狭窄や縫合不全などのリスクがあり,潰瘍の手術
としての胃切除が必要となる可能性があった.しか
し術後合併症のリスク,年齢,認知症などの既往を
考慮し,侵襲性の低い術式を選択すべきであると判
断した.そこで経口摂取を可能にすることで栄養状
態の改善を図り,潰瘍部への食物による刺激をなく
すことで潰瘍の改善が得られ瘻孔が閉鎖されると考
え,不完全離断を伴う胃空腸バイパス術を選択した.
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山 下 剛 史・ほか
胃空腸バイパス術は,主に切除不能進行胃癌症例
において自覚症状を緩和し,経口摂取を可能とする
ことを目的とし選択される姑息的な術式であ
る14,15).その形態から,単純型,完全離断型,不完
全離断型の 3 種類に分類される.中でも不完全離断
型は,健常胃の大彎側を離断するが小彎側を一部離
断せず残しておく方法であるが,遠位側の胃内容が
排液されるため出血や胃液貯留に強いこと,内視鏡
による病変観察が可能となる点が利点として挙げら
れるため,切除不能胃癌に対するバイパス術に適し
ていると言われる14).Kubota らは stomach-partitioning
gastrojejunostomy(SPGJ 法)と称するバイパス法
として報告しており,固形食摂取などの QOL 改善
などに利点があると述べている16,17).また結腸前経
路にて空腸を挙上する際は,十二指腸液の残胃流入
や輸入脚症候群の予防のために Braun 吻合を置く
ことが良いとされる14).
本症例においては,Braun 吻合を併施した不完全
離断型胃空腸バイパス手術を選択したことにより,
保存的治療継続よりも早期に固形物の経口摂取を可
能にすることができた.本症例の栄養状態改善にお
いて,バイパス手術はその一端を担った可能性があ
ると考えられる.また,本術式を選択することによ
り,十二指腸潰瘍の経時的な内視鏡観察も可能と
なった.
結
語
十二指腸潰瘍による十二指腸結腸瘻の 1 例を経験
した.潰瘍部の経時的経過観察や,早期経口摂取を
可能とするためには,胃空腸バイパス術は低侵襲で
有効な術式である可能性が示唆された.
文 献
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十二指腸結腸瘻に対する胃空腸吻合
A CASE OF DUODENOCOLIC FISTULA DUE TO DUODENAL ULCER TREATED
WITH GASTROJEJUNOSTOMY
Takeshi YAMASHITA1, 2), Masahiko MURAKAMI2), Yuta ENAMI1),
Tomotake KOIZUMI1), Koji OTSUKA2), Satoru GOTO2),
Akira FUJIMORI2), Makoto WATANABE2)and Takeshi AOKI2)
Department of Surgery, Yamanashi Red Cross Hospital
1)
Division of General and Gastroenterological Surgery, Department of Surgery, Showa University School of Medicine
2)
Abstract Recently, duodenocolic fistula due to duodenal ulcer is rarely reported because antacid
drugs are effective for peptic ulcer. We encountered a case of duodenocolic fistula caused by duodenal ulcer. An 86-year-old man was admitted to our hospital with complaints of appetite loss, abdominal pain,
watery diarrhea, and tarry stool. Laboratory data showed severe anemia. Abdominal computed tomography revealed inflammatory thickness of the duodenum and transverse colon, and a duodenocolic fistula.
An upper gastrointestinal series revealed that Gastrografin flowed from the duodenum into the transverse colon. An upper gastrointestinal endoscopy showed a duodenal ulcer and fistula, moreover the
scope could be inserted into the colon through the fistula. He was treated by fasting, proton-pump inhibitor(PPI), antibiotics, and intravenous hyperalimentation. However, as those therapies did not cure the
duodenocolic fistula, he underwent gastrojejunostomy by the Billroth Ⅱ method and Braun s side-to-side
jejunojejunal anastomosis. He was discharged 12 days after the operation ; the ulcer was cured and the
duodenocolic fistula disappeared after 6 months.
Key words : duodenal ulcer, duodenocolic fistula, gastrojejunostomy
〔特別掲載(査読修正後受理)〕
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