本文 - J

日本腹部救急医学会雑誌 33(7)
:1165〜1168,2013
症例報告
門脈に穿破した出血性十二指腸潰瘍の 1 例
東京慈恵会医科大学外科学講座消化器外科
増田隆洋,矢野文章,青木寛明,三森教雄,小村伸朗,矢永勝彦
要旨:症例は 50 歳代,男性。吐・下血,全身倦怠感を主訴に当院救急搬送された。来院時 Hb 6.2g/dL であり,
濃厚赤血球を 8 単位輸血した。緊急の上部消化管内視鏡検査を施行したところ,十二指腸球部後壁に活動性出血
性潰瘍を認め,内視鏡的に止血した。腹部 CT 検査にて,十二指腸の浮腫性変化,肝内門脈ガスおよび門脈血栓
を認めた。翌日も Hb が 8.6g/dL まで低下したため,腹部血管造影による塞栓術を試みたが,出血源を同定でき
なかった。内科的治療は限界と考え,当科依頼となり同日緊急手術を施行した。出血により視野不良であったた
め,十二指腸球部を離断し確認したところ,潰瘍底が門脈に穿破していた。門脈穿破部を周囲組織と縫合閉鎖し,
幽門側胃切除術ならびに腸瘻を造設した。術直後より門脈血栓による肝障害を認め,術後第 12 病日に肝不全に
て死亡した。十二指腸潰瘍が門脈に穿破することは極めてまれであるため報告した。
【索引用語】出血性十二指腸潰瘍門脈穿破,穿通性潰瘍,門脈・上腸間膜静脈血栓症,門脈ガス
化管内視鏡検査を行ったところ,十二指腸球部後壁に
はじめに
活 動 性 潰 瘍 を 認 め,hypertonic saline epinephrine
穿通性潰瘍は十二指腸球部後壁にみられる場合が多
(HSE)局注にて止血した。4 時間後に再度内視鏡検
く,穿通部位として膵臓,小網,胆道,大腸などがあ
査を行ったところ,同部位に噴出性出血を認め,さら
げられ,頻度としては膵臓が最も多いといわれてい
にクリッピングにて止血した(図 1a)。
る 。しかし,十二指腸潰瘍が膵臓を穿通し,さらに
腹部 CT 所見:入院時の単純 CT では,肝内門脈ガス
門脈へ穿破することは極めてまれである。今回われわ
を認め(図 1b),また翌日の造影 CT では,前庭部か
れは,門脈に穿破した出血性十二指腸潰瘍の症例を経
ら十二指腸にかけて浮腫状の変化(図 1c)および門
験したので,文献的考察を加えて報告する。
脈血栓を認めた(図 1d)。
1)
入院後経過:来院時 Hb 6.2g/dL であり,濃厚赤血球
Ⅰ.症 例
を 8 単 位 輸 血 し た。 輸 血 後 は Hb 8.8g/dL, 血 圧
症例:50 歳代,男性。
90mmHg 台を維持していた。入院翌日に再度内視鏡
主訴:吐・下血,全身倦怠感。
検査をしたが,検査中に再び活動性出血をきたし,止
既往歴:30 歳時,睾丸良性腫瘍にて腫瘍切除術。57
血は困難であった。このため,interventional radiolo-
歳時,肝膿瘍にて経皮的ドレナージ施行。
gy(以下,IVR)による塞栓術を試みたが,胃十二指
現病歴:2012 年 9 月下旬より下血が出現し,さらに 3
腸動脈は描出されず明らかな出血源を同定できなかっ
日後より吐血を認めていたが外来受診されなかった。
た。内科的治療の限界と判断され当科紹介となり同日
7 日後,朝方に約 400mL 吐血し,吐・下血および全
緊急手術を施行した。
身倦怠感を主訴に当院救急搬送,上部消化管出血の診
手術所見:上腹部正中切開にて開腹すると,胃小彎か
断にて当院消化器内科緊急入院となった。
ら十二指腸周囲に混濁した腹水を認め,また胆囊と
来 院 時 現 症: 身 長 160cm, 体 重 55kg, 血 圧
十二指腸との間に強固な線維性の癒着を認めた。潰瘍
86/40mmHg, 脈 拍 120 回 / 分, シ ョ ッ ク 指 数 1.4,
を直視下に観察するため十二指腸前壁を切開したとこ
体温 36.6℃,意識清明。眼瞼結膜に貧血を認め,心窩
ろ,腸管内より急速な静脈性の出血を認めた。出血源
部に自発痛および圧痛を認めた。
を目視できなかったため,潰瘍底を示指にて触診し圧
来 院 時 血 液 検 査 所 見: 炎 症 反 応 の 上 昇(WBC
迫することで一時的に出血を制御した。圧迫を解除す
11,800/μL,CRP 9.10mg/dL)
, 著 明 な 貧 血(Hb
ると再出血をきたすため,示指を挿入したまま胃と
6.2g/dL,Ht 19.3 %)
, 肝 機 能 障 害(AST 206IU/L,
十二指腸を離断し出血源を確認すると,脾静脈と上腸
ALT 218IU/L)
, お よ び 低 蛋 白 血 症(TP 4.9g/dL,
管膜静脈,門脈合流部近傍に示指が挿入されており,
Alb 2.4g/dL)を認めた。
十二指腸潰瘍の門脈穿破と診断した(図 2)。門脈の
上部消化管内視鏡所見:緊急搬送後,ただちに上部消
欠損部は約 1.5cm あり,周囲組織と 4 ─ 0 プローリン
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a b c
d e
図 1 上部消化管内視鏡所見:a.十二指腸球部後壁に潰瘍が存在し,噴出性の出血を認
める(矢印)。術前 CT 所見:b.肝内門脈ガスを認める(矢印)
。c.胃前庭部から
十二指腸にかけて浮腫状の変化を認める(矢印)
。d.門脈血栓を認める(矢印)
。
術後 3 日目 CT 所見:e.門脈本幹より上腸間膜静脈に連続した血栓(矢印)
,著明
な腹水および虚血に伴う肝萎縮を認める。
1e)。同日の腹部エコー所見上,門脈本幹に血栓およ
び血流をわずかに認めた。門脈縫合閉鎖部からの再出
血の可能性は考えられたが,肝不全の進行を防ぐ目的
でヘパリン 10,000 単位 / 日の持続静脈内投与を開始
し,厳重に経過観察を行った。その後,徐々に全身状
門脈本幹
態が悪化し,術後第 12 病日に肝不全にて死亡した(図
3)。
十二指腸潰瘍穿破部
十二指腸
上腸間膜静脈
Ⅱ.考 察
脾静脈
穿通性潰瘍は十二指腸球部後壁にみられる場合が多
下腸間膜静脈
く,穿通部位として,膵臓,小網,胆道,大腸,大網
な ど が あ げ ら れ, 頻 度 と し て は 膵 臓 が 最 も 多く約
膵臓
50%とされている 1)。しかし,本症例のように十二指
腸潰瘍が膵に穿通し,さらに門脈へ穿破することは極
めてまれであり,検索しえた範囲では 1994 年に小田
図 2 十二指腸潰瘍穿破部位
らが報告 2) して以来,会議録,本症例を含めて僅か
に 6 例 3)~ 6) を数えるのみである(表 1)。一般に胃・
糸 に て 縫 合 閉 鎖 し た。 そ の 後, 幽 門 側 胃 切 除 術,
十二指腸潰瘍の死亡率は人口 10 万対 3.1 と極めて低
Roux ─ en ─ Y 再建,空腸瘻造設を行い終了した。術中
いが,十二指腸潰瘍の門脈穿破例では 6 例中 4 例が死
出血量は 4,170mL,術中輸血量は濃厚赤血球 18 単位,
亡,1 例は不明で生存例は 1 例のみであり,予後が極
新鮮凍結血漿 10 単位,濃厚血小板 10 単位,手術時間
めて不良な病態と考えられる。
出血性十二指腸潰瘍に対しては内視鏡的止血術が治
4 時間 41 分であった。
病理組織学的所見:摘出した胃組織では,十二指腸の
療の第 1 選択である。その初回成功率は 90%とされ
切離面に出血変性,壊死を認めたが,その他の部位で
る 7) が,再出血率は約 15%との報告がある 8)。内視
は粘膜は保たれ,粘膜下および漿膜面に炎症性変化を
鏡的に止血困難な症例においては IVR もしくは手術
認めるのみであった。
が考慮されるが,竹下ら 9) は,大量の消化管出血で
術後経過:術直後より肝障害の増悪を認めた。術後第
重篤な状態を呈している場合,手術による止血は,術
3 病日の腹部造影 CT 所見上,門脈本幹より上腸間膜
後さまざまな合併症を引き起こす可能性が高く,第 2
静脈に連続した血栓形成,著明な腹水,虚血に伴う肝
選択として IVR による塞栓術を試みるべきと報告し
萎縮,脾静脈の造影効果の消失および脾腫を認め,ま
ている。しかし,十二指腸球部後壁の出血性潰瘍で初
た術前にみられた門脈ガスはほぼ消失していた(図
回の内視鏡的止血術が無効な高リスク症例において
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35
30
25
PPI 30mg×2
CMZ1g×4 TAZ/PIPC 4.5g×4
ヘパリン 10,000 単位 / 日
RCC-LR
8U 16U
WBC(×10*3/μL)
Hb(g/dL)
20
CRP(mg/dL)
15
AST(×10*2IU/L)
ALT(×10*2IU/L)
10
5
0
ICU
1
2
3
4
手術施行
5
6
7
9 10 11 12 13 14(病日)
8
腹部エコー
死亡
腹部 CT
内視鏡的止血術
図 3 入院後経過:PPI;proton pump inhibitor, CMZ;cefmetazole, TAZ /
PIPC;tazobactam / piperacillin, RCC ─ LR;Red cell Concentrates
Leukocytes Reduced
表 1 十二指腸潰瘍門脈穿破の報告例
No.
著者
報告年
歳
性別
手術歴
外科的治療
転帰
1
2
小田
Soares MA
1994
1996
45
65
男
女
Povoski SP
2003
40
男
膵頭十二指腸切除
-
幽門側胃切除・十二
指腸切除*
不明
死亡
3
4
Kinoshita H
2006
68
男
-
死亡
5
Fujiki M
2012
58
女
-
-
肝外胆管癌:肝外胆
管切除
肝門部胆管癌:拡大
肝右葉切除
胆管癌:拡大肝右葉
切除
6
本症例
2012
59
男
-
試験開腹
幽門側胃切除
生存
死亡
(術中に心停止)
死亡
(術後第 12 病日)
*球部から下行脚を切除
は,早期に手術を選択するべきとの報告もあり 10),
消化性潰瘍が原因であった門脈ガス血症(7 例)の死
議論が分かれる。本症例においては内視鏡的に止血困
亡率は 25%であり,予後不良の徴候である。
難であり,かつ IVR による出血部位の同定も困難で
また,本症例では術後に門脈・上腸間膜静脈血栓症
あったため,外科的治療を余儀なくされた。
(portal and superior mesenteric venous thrombosis:
十二指腸潰瘍門脈穿破に対する有効な治療法は現在
以下,PSMVT)による肝不全が直接死因となった。
は十二指腸潰
PSMVT は欧米の報告では死亡率 27 ~ 55% 12)~ 15),
瘍門脈穿破の治療として,門脈への covered stent 留
本邦の報告では死亡率 8 ~ 17%と高率であり 16)17),
置が効果的であるかも知れないと報告している。しか
可及的速やかに診断をつけ,抗凝固剤,血栓溶解剤の
し,消化管との交通部にステントを留置するため術後
投与や場合により外科的治療を施行する必要がある。
のステント感染が危惧され,根治的治療となり得るか
しかし,本症例では術後再出血の危険性があったため
は疑問が残る。早期に診断し血管縫合による損傷部の
積極的な抗凝固,血栓溶解療法の選択は難しく,また
修復を行うより他に根治的治療は難しい。
全身状態より再手術も不可能であった。
のところ報告されていない。Fujiki ら
6)
本症例では術前の CT 所見上,肝内門脈ガスならび
術中の血栓除去術追加が有効であった可能性は否定
に門脈血栓を認めた。十二指腸門脈穿破部より直接消
できないが,本症例のごとく門脈損傷部の血管内皮障
化管ガスが流入したことが門脈ガス血症の原因と考え
害がそのまま残存している場合には血栓再発が想定さ
られ,また潰瘍の浸潤による血管壁の傷害が門脈血栓
れ予後が改善されるか否かは疑問が残る。血栓再発予
の原因と考えられた。Kinoshita ら
11)
防のためには傷害内皮の除去が必要であり,そのため
の報告によれば,
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には術式として膵頭十二指腸切除,門脈合併切除,血
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では術中急激な大量出血を伴っており,門脈穿破部の
縫合閉鎖が限界であり,上述の術式は施行不能であっ
たと考える。
おわりに
今回,われわれは門脈に穿破した出血性十二指腸潰
瘍の 1 例を経験したので報告した。
参考文献
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right hepatectomy for cholangiocarcinoma. Am Surg
論文受付 平成 25 年 2 月 12 日
同 受理 平成 25 年 4 月 8 日
A Case of a Portoenteric Fistula Due to a Duodenal Ulcer
Takahiro Masuda, Fumiaki Yano, Hiroaki Aoki, Norio Mitsumori, Nobuo Omura, Katsuhiko Yanaga
Department of Surgery, Jikei University School of Medicine
A 59 ─ year ─ old man was admitted to the emergency room with hematemesis, melena and general malaise. His hemoglobin was 6.2g/dL, for which a transfusion of 8 U of packed red blood cells was administered. He immediately underwent upper gastro-intestinal endoscopy and a hemorrhagic ulcer was confirmed at the posterior wall of the duodenal
bulb, which was controlled by endoscopic hemostasis. Abdominal CT showed irregular swelling of the antral wall of the
stomach and the duodenum, as well as portal vein thrombosis(PVT)with gas in the portal vein. On the next day, angiography was performed for persistent anemia, but no active bleeding from the duodenal ulcer was identified. On the
same day, due to progressive anemia, he underwent emergency surgery. Due to poor visibility around the duodenum
caused by bleeding, the anterior wall of the duodenum was opened and bleeding was confirmed to originate from a perforation of the portal vein due to the duodenal ulcer. The perforated portal vein wall was sutured with the surrounding
tissue, then a distal gastrectomy and jejunostomy were performed. Immediately after the operation, liver damage due to
PVT became evident. The patient died on the 12th post ─ operative day. Portal vein perforation due to duodenal ulcer is
extremely rare.
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