3.11 後の日本で地域は変われるか? ~テレワークと地域ブランディング

第3回ワークショップ(5月14日)
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3.11 後の日本で地域は変われるか?
~テレワークと地域ブランディングで考える~
講師
中嶋聞多 教授
諏訪康雄 教授
担当
浅間 優子 井手上 秀 井上 竜一郎 門田 政己 柏瀬 延大 芹澤 和樹 中井 典絵 朴 成煥 牧野 陵 田邉 崇洋 85
プログラム
●♪タイムテーブル♪
①主旨説明
9:30 ~ 9:40
②講義 1 中嶋聞多教授「地域のブランド化戦略」
9:40 ~ 10:10
③講義 2 諏訪康雄教授「テレワークと震災 テレワーク未導入にみる日本組織の特徴」
10:10 ~ 10:40
休憩・移動 10 分
④グループディスカッション 10:50 ~ 11:40
(1 ~ 4 班:地域のブランド化戦略/ 5 ~ 8 班:テレワークと震災)
移動 5 分
⑤ディスカッションの内容発表+質疑 11:45 ~ 12:25
1 グループにつき 発表時間 3 分 + 質疑応答 2 分
⑥講師からのコメント 12:25 ~ 12:35
⑦まとめ 12:35 ~ 12:40
●講師プロフィール
諏訪 康雄(すわ やすお)
◇担当科目
【雇用政策研究マクロ】
【比較雇用政策研究】
【地域雇用政策事例研究】等
◇専攻分野
① 雇用政策(キャリア形成支援政策)に現在、
大きな関心をもっています。
② 雇用政策では、ほかにテレワークの問題を長らく、調査研究してきま
した。
③ 若いころの研究分野は労働法と労使関係論で、労働協約、就業規則な
どに関心を持っておりました。
◇主な研究業績
諏訪康雄先生
(論文) ・The Concept of the Right to aCareer(2011)
・TheActors ofCollective Bargaining(2003)
・Employee Involvement in Japan(2002)
・キャリア権の構想をめぐる一試論(1999)
・Flexibility and security in employment: Japanese Case(1990)
・Riflessioni sul dovere di pace sindacale(1976)
(著作) ・法律学小事典(第 4 版)
(2004)
(共編著)
・労使コミュニケーションと法(2000)
(単著)
・雇用と法(1999)
(単著)
・Il diritto dei disoccupati(1996)
(共編著)
・労使紛争の処理(1992)
(単著)
(現在の研究テーマ)
・キャリア形成支援政策・地域雇用政策
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中嶋 聞多(なかじま もんた)
1954 年生まれ。
◇現職
法政大学政策創造研究科教授/信州大学特任教授
◇略歴
大阪大学工学部を卒業後、同大学附属図書館、国立民族学博物館を経て、
1988 年より東京慈恵会医科大学医学部助手。この間、慶応義塾大学大学
院で修士号(図書館・情報学専攻)を取得。その後、情報経営コンサル
タントとして独立するが、バブル崩壊とともに大学へ復帰。文教大学情
報学部講師・助教授を経て、1996 年より信州大学人文学部助教授。2003
中嶋聞多先生
年、同教授。同年、学生たちとともに NPO 法人信州・大学地域連携プロジェクト(通称:SCOP)を
創設。2005 年 4 月より、学長補佐、2008 年 8 月より、信州産学官連携機構(県下 19 の高等教育
機関による地域連携組織)の地域ブランド分野長も兼任。2009 年 10 月より法政大学政策創造研究
科教授。
専門は応用情報学
(情報にもとづく問題解決の研究)
・情報経営論。企業経営・地域経営を主な研究テー
マとするが、最近は、地域活性化をキーワードに、地域イノベーション、地域マーケティング、地域
ブランディングの研究に精力的に取り組んでいる。
◇主な役職
地域活性学会副会長、日本地域政策学会常任理事、長野県経済戦略会議メンバー(国際戦略 PJ 顧問)
など。
◇主な著作
『飛耳長目-信州の成功企業を読み解く-』信濃毎日新聞社,2003( 単著 )
『情報社会を理解するためのキーワード2 情報システムの基本概念』培風館,2003(共編著)
『山岳科学叢書1 山に学ぶ 山と生きる』信濃毎日新聞社,2003(信州大学山岳科学総合研究所編:
編集委員長)
『山岳科学叢書2 山と里を活かす』信濃毎日新聞社,2003(共著)
『情報システム学への誘い』培風館,1998 ( 共著 )
『新版情報処理ハンドブック』オーム社,1995 ( 共著 ) など
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Ⅰ 講義1:「地域のブランド化戦略」
中嶋聞多教授
1.はじめに
おはようございます。ご紹介にあずかりました政策創造
研究科の中嶋でございます。初めての方もいらっしゃると
思いますが、30 分ほど私のお話にお付き合い下さい。司会
の方からご紹介がありましたが日経ビジネスオンラインで
「日本の地域を創り直す」というシリーズのコラムが出てお
りまして、これは小峰先生から始まり政策創造の先生が順
番に書いておりますので是非他の先生方の記事もご覧下さ
い。ちょうど今、掲載されているのが私のものなのですが、
実は前編もあって、あわせて読んでいただけると今日の講
講義をする中嶋聞多先生
義の内容がより一層ご理解いただけるということでござい
ます。
さて今日は震災後のまちづくりを 2 つの視点から考えるお題だったと思います。私の方で地域ブ
ランド化戦略のお話をして、諏訪先生の方からテレワークのお話をしてくださいます。それぞれを 1
つの考え方として、3・11 後のまちづくりを考えていただきたいと思います。ポイントとして必ずし
も被災地に限定はしないということでございます。私の方は先ほどご説明ありましたが、
ここ 10 年来、
地域と企業のブランディングの研究をしておりますが、
とくに地域ブランディングの研究者は少なく、
ちょっと目新しい話だと思いますので最後までお付き合いいただければと思います。
震災と地域ブランドということですから、まずはこの点について考えていかないといけないのです
が、テレビでよく報道されている南相馬市の北に新地町というまちがございます。実は私は、そこの
町長さんと面識がございまして、
加藤さんとおっしゃるのですが非常に見識のある町長でございます。
実はそこも大変な被害をうけておりまして、百数十人の死者を出したと聞いています。やはり海沿い
の町ですので津波の被害を大きく受けたわけです。先日、
その加藤町長と電話で話ができたのですが、
「福島の三重苦」という言葉が胸に突き刺さりました。もちろん地震・津波・原発のことです。新知
町もまた 1 次産業中心の町でございますが、海産物や農産物が出荷できない状態にあって本当にど
うしたら良いかわからない状況にあるとおっしゃっておられました。私が現在、政策創造研究科とい
うところにいると申しましたところ、そういうところに是非、知恵をお借りしたいとおっしゃってお
られました。そういう意味で今回のワークショップはまさに時宜にかなった企画だと思います。 さて、JAPAN ブランドとよくいわれますが、日本というブランドが今大きく棄損している状況に
あるということは間違いないと思います。東京にいらっしゃる方々はお気づきかもしれませんが、外
国の方が非常に減っていると実感されることでしょう。
地方にまいりますと、
私は長野県の方をフィー
ルドとしていますが、本当にいない。知り合いの外国人の方にお伺いすると本国に帰っているという
状況でございます。皆さんが警戒されているのは地震もそうですが放射能に過敏に反応しています。
農水省等のホームページを確認していただきますと各国の今の日本に対する対応処置が一覧で掲載さ
れています。私も研究室で先ほど見てきたのですが非常に厳しい状況にございます。特に中国や韓国
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台湾などは被災地の農産物前面輸入禁止です、それ以外でも放射能チェックをしてからでないと納品
ができない。これは食品だけでなく工業品にも及んでいる次第でございます。そうした安心安全であ
るといわれてきた日本の商品の神話が今や崩壊の危機にございます。
是非皆さんに考えていただきたいのは、防災対策が必要というのは当たり前の議論なのですが、そ
れ以外の事にこの震災の経験を生かしていただく視点が必要だということです。報道などを見ていて
皆さんもそれぞれお考えがあると思うのですが、
私のようなブランドを専攻する立場から申しますと、
改めて思いますのは、地域のコミュニティの大切さということです。やはりコミュニティがしっかり
していないと地域のまちづくりというものはできませんし、コミュニティが地域のブランディングに
大きく関っているということを実感しております。3・11 の震災を1つの契機として、改めて皆さ
んなりのまちづくりというものを整理していただけたらと思います。
2.ブランディングとは
さて今日は時間も無いことですし、30分でわかるブラ
ンディングを講義するわけでございまして、時間的にたい
へん苦しいのですが、ブランドをつくるという事について
考えていただきたいと思います。よく私は、
「先生、ブラン
ドってなんですか」と聞かれるのですが、もちろん人によっ
て定義は違うと思うのですが、私は冒頭に書いてある通り、
ブランドとは記号であり情報であると答えます。これは大
学院ですのでアカデミックな内容としてご理解していただ
きたいのですが、人文・社会科学の様々な領域の中でベー
図1 ブランドは記号であり情報である
スとなるひとつの考え方として記号論があります。聞いた
こともあるかと思いますが。記号論(Semiotics)というものをベースと考えたときにブランドの話
が少し見えてきますよという話です。記号論には創始者といわれる方が2人いまして、その内の一
人がフェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure)です。彼の有名な言葉が「記号と
は、記号表現と記号内容が不可分に結びついたもの」というものです。フランス語で記号をシーニュ
(signe)、記号表現をシニフィアン(signifiant)
、記号内容をシニフィエ(signifié)といいます。こ
の二つが不可分に結びついたもの、要するにコインの裏表のようなものだと。お手元の資料に傘のよ
うなマークがありますね。これは1つの記号だとおもいますが、記号であるためには何か意味内容を
持っていなければならない。
傘マークは1つの記号表現だと思いますが、
この表現がなにか意味を持っ
ているというものが記号です。
もっと具体的にいうと、まずマークは傘を意味すると考えられますね。ところが天気図の中で出て
くると普通は雨マークと思うでしょう。これが景気の天気図であれば不況を表す意味となってきます
よね(図 1)。つまり表示義(denotation)共示義(connotation)と記号論では言うのですけれども、
記号のもうひとつの特徴は、記号の表現と内容が不可分に結びつくばかりでなく、内容が膨らんでい
く、つまり1つの記号に直接的な意味があったとしたら、間接的な意味がそれに乗っかっていく、意
味生成というのですが意味が生まれてくるというプロセスがあるということなのです。これは記号の
話ですが、次にこのマークを見たとき、わかりますでしょうか、これは一つのブランドを表す記号な
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のですが。そう、アーノルド・パーマー(Arnold Palmer)。
よくゴルフウェアについていたので、ご存じの方も多いと
思います。これは1961年に生まれたブランドでござい
ます。
このブランドは、当時たいへんな人気があったのですが、
トイレのスリッパにまでマークをつけたりしてブランドを
消耗してしまい、一時世の中から消えかけたのですが、今
また若い人にアニー(Arnie Arnold Palmer)という名前で
講義をする中嶋聞多先生
知られるようになりました。このマークも、直接的にはアー
ノルド・パーマーというブランドをさしているのですが、
年配者には一流のイメージ、若い方にはかわいい、かっこいいというようなさまざまな意味合いが付
加されているわけですね。これがブランドであり記号であるということです。
もう1つ情報であるということのですが、記号がただ単に止まっているのではなく、流通していく、
コミュニケーションがあってブランドが成立していくということを考えていかなければならないとい
うことなのです。先ほど申しましたブランドは、レナウンが持っているのですが、これを消費者に上
手にコミュニケーションしていくプロセスがあるわけです。それによって我々は、ブランドのイメー
ジを持ち、情報の伝達が行われていると私は思っております。
ここまでがブランドの定義のお話。このブランドにもさまざまなものがあります。たとえば長野県
にはプリンターで有名なセイコーエプソンという会社がございます。プリンターのブランドで有名な
のはカラリオですが、これは製品ですよね。プロダクトブランドといいます。カラリオ以外に、エプ
ソンにはオフィリオ (Offirio) などいろいろな製品ブランドがありますが、エプソンという企業名もま
た 1 つのブランドとなっている。さらにセイコーエプソンは本社が諏訪にあり、長野県の人はそこ
に誇りを持っているのですが、海外の人にとっては日本のブランドと認知されている。つまり諏訪ブ
ランドであり、長野ブランドであり、JAPAN ブランドでありアジアブランドである事ですね。つま
りこれはリージョナル・ブランドですが、ここで注意していただきたいのはブランドの範囲にはいろ
いろ考えられるということです。つまりドメインの問題ですね。地域ブランドをどのドメインで考え
るかということは後々ワークショップで考えていただきたいことでございます。
次にブランド化で押さえるべきポイントですが、冒頭でブランドとは記号であり情報であると申し
ましたが、そこには送り手と受け手がいるということですね。送り手の側にはブランド・アイデンティ
ティ(Brand Identity)
、受け手の側にはブランド・イメージ (Brand Image) があります。私はよく、
ブランド構築はこの両者の戦略的マッチングだといっています。マーケティング・リサーチ等により
ブランドイメージを把握することは大切ですが、ブランド・アイデンティティ、すなわち冒頭にご紹
介いただいた日経ビジネスのタイトルにあったように「地域の人にとって譲れぬ一線とは何か」議論
することも大切なのです。田中知事の時代、信州ブランド戦略会議の座長をした時に、なんども強調
したのがこの点でした。つまりわれわれは、信州がどういうところなのかさまざまなイメージを持つ
わけなのですが、しかしながらまず、地元の方々がどのように信州を認識し、どういう信州にしたの
か合意形成がされていなければ、ばらばらな焦点の定まらないものになってしまう。こだわりや思い
をまず議論するべきと言い続けてきました。もちろん長野県に対するイメージもインターネットを通
じて調査し、例えば色にたとえると何色ですか等、具体的なイメージを掘り下げ、その上でどの部分
を合わせ、どの部分をあえてあわせないかの選択をしていきました。地域ブランドで一番重要なのは
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この点にあると思います。単なるビジネス的な成功、つま
り短期的な売り上げの増加とは違う点がブランディングに
はあると思います。ブランディングとは目先の話ではなく、
10年、30年、100年と長期的に考えていかなくては
ならないということですね。そこには独自のこだわりがお
もいがなくてはならない。この点をまず押さえていただき
たいと思います。
2つめなのですが、ダートマス大学のケビン・ケラーに
よるブランド・エクイティモデルというものがあります。 図2 ブランドエクイティモデル
これは顧客の頭の中にブランドイメージはこうつくられる
というという議論なのですが、別名ブランド・エクイティ・ピラミッドとも呼ばれます。図の右側を
見てください(図 2)。要するに4つの層があって、ブランディングのはしごを構成し、強いブラン
ドは下から上につくれということです。下から認知・連想・反応・関係という順ですね。アーノルド・
パーマーといわれても知らなければ好きにも買う気にもなりません。つまり知っていなければ始まら
ない。まず認知の層をつくらなければならないということです。その上で強いブランドをつくるため
には良いイメージを持ってもらうことが大切です。だからこの連想の層が認知の上にあるのです。さ
らに良いイメージを持ってもらっても買ってもらわなければならないので、反応の層が上に来ます。
この二つの層には理性的な側面と感性的な側面があります。さらに 1 回だけではなく、繰り返し買っ
てもらい、愛着を持ってもらうことでの顧客との絆、関係性ができてくる状態が彼のいう関係の層と
いうことなのです。1番上の関係の層を、彼はレゾナンス(resonance)と表現しています。つまり
送り手と受けての間に共鳴関係ができた時ブランドは最強となるということです。
例えばアメリカのバイクメーカーでハーレーダビットソン(Harley ‐ Davidson)という企業があ
りますが、ハーレーには、
世界最大の所有者グループがありまして H・O・G(ハーレーオーナーズグルー
プ)といいます。ハーレーの熱狂的なファンは刺青までしていますね。まさにブランドと一体化して
いる。そこまでいけばブランドは最強です。刺青とはいいませんが、こうした状況はアップルやシャ
ネルでもみられます。
これは企業の話ですが、地域の話として山形県のことに触れたいと思います。今、山形県が注目さ
れていまして、映画「おくりびと」などご覧になった方も多いと思います。銀座にアンテナショップ
もあるのですが、山形ファンクラブがございまして、現在、1 万人以上の会員がいます。ファンを囲
い込む戦略がとても上手ですね。こうしたファンクラブの組織化は、共鳴性をつくる一つの手段とい
えるでしょう。
3つ目は、ブランディングの三角形を考えるべきということです。ビジネスブランディングを考え
た場合、多くの人が頭に描くのはエクスターナル・ブランディング(External Branding)
、つまり企
業がお客様に対しておこなうコミュニケーション、外部ブランディングですね。実はブランディング
にはあとふたつ、同じように大切なものがありまして、その 1 つはインターナル・ブランディング
(Internal Branding)
、
つまり企業とスタッフの関係です。もう1つはスタッフとお客様の関係。スタッ
フがお客様と相対するコンタクトポイントでのブランディングです。これをインターラクティブ・ブ
ランディング(Interactive Branding)といいます。これらが正三角形になっているのが理想のブラ
ンディングといえましょう。
これを地域ブランディングで考えた場合、企業に当たる部分をブランド推進組織、スタッフの部分
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をその地域の住民であったり、事業者の方におきかえて考えるとよろしいかと思います。その上で、
エクスターナル、インターナル、インターラクティブを考えるわけです。たとえば富士宮やきそばの
場合、ブランディングを推進をしているのは富士宮市ではなく、渡邊英彦さんら、NPO 法人まちづ
くりトップランナー富士宮本舗が運営する富士宮やきそば学会です。事業者はお店、顧客は食べに来
てくれるお客様と理解してください。その上で三角形を考えると、富士宮やきそばの例ではエクス
ターナル・ブランディングが突出しています。渡辺さんたちはパブリシティがとてもお上手なのです。
しかし実際に行って食べてみると、おいしい店もあればあれっと思う店もありますし、サービス面が
ちょっとねという店もある。つまりインターナル・ブランディングやインターラクティブ・ブランディ
ングがまだまだというケースもあるわけです。
ブランドである以上、
一定のクオリティがないとイメー
ジの低迷につながると思います。
3.まとめ
最後にこれまで述べた点を踏まえて、
具体的なブランドづくりのポイントに言及したいと思います。
ブランドポジショニング戦略と呼ばれる四つのポイントです。まずフレーム・オブ・リファレンス
(Frame of Reference)、準拠枠と訳されますが、いったいどのカテゴリーで戦うのですかということ
ですね。例えば地域ブランドのお話ですと、特産品開発なのか観光なのか、居住、すなわち住みたい
まちとしてのブランドなのか違うわけで、そのカテゴリーのセッティングをしていただきたいわけで
す。そのうえで市場を細分化して、標的市場を設定することによって顧客を特定するとともに競合と
の差別化ポイントを考えるのがポジショニング戦略です。
もうひとつ重要なのがブランド・ポートフォ
リオ戦略。たとえば地域でいうと、青森県に田子町というにんにくによるまちおこしで有名なところ
がございます。このまちにはにんにくドームまであって、町長さんも口を開けば、にんにく、にんに
くとおっしゃるのですが、このような町でも地域資源はひとつだけというわけではありません。地域
資源を複合的にマネージメントすることも地域ブランディングにとって重要なことなのです。
時間の関係で最後が駆け足になりましたが、ブランドについて少しはご理解いただけましたでしょ
うか。それではどうか活発なご議論を。ご静聴ありがとうございました。■
(文責:芹澤 和樹)
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講義2:「テレワークと震災 テレワーク未導入にみる日本組織の特徴」
諏訪康雄教授
おはようございます。今の中嶋先生の大変魅力的なテーマに比べますとテレワークというのは随分
小さいテーマになってしまいますが、実は震災を契機にテレワークの話題というのは議論が急速に活
発化しております。現実化をしておりますので、この点について今日これから考えていきたいと思っ
ております。
1.日本型組織の特徴
戸部良一さんという人が先生でいらっしゃるのですが、
その他色んな方が一緒になって書いた名著と言ってもいい
『失敗の本質』という本があります。日本軍は何故失敗を繰
り返したのかということを、組織戦略、組織の観点から分
析したという大変当時有名になった本でありますが、この
本は今も文庫本で出ておりますから、おそらく政策を考え
る人にとっては必読文献の一つだろうと思います。
この本の中で、どうして日本軍は負けたかというのを色
講義をする諏訪康雄先生
んな観点で分析していますが、基本においての考え方はこ
こに出ているとおりでありまして、日本軍は平時において
大変強い、上手く動く組織を作っていた。ところが、いざ危機が来たときにうまくいかない。組織の
欠陥を示した。つまり、想定外ということになると手も足も出なかった。
日本軍はこうした組織の欠陥を持っていたけども、
戦後の日本経済の復興過程で主流を取ったのは、
こうした軍隊において士官、トップクラスにいた人たちが多く、日本の戦後復興の担い手になってい
きます。一番有名なのは、伊藤忠の社長さん、会長さんをされた人なんかは、戦前満州で活躍した人
であって、そういう過去の経緯から批判もされたのですが、いずれにしましても、こうした欠陥はそ
の後も続いていて、今度の震災の後、見事に現れているわけでございます。今の政治のゴタゴタ、そ
の他我々が見ていてマスコミの批判の仕方のあまりの子供らしさといいますか、
あまりの未成熟ぶり。
その他を見るときに何に似ているのかといいますと、まさにかつて観た映画のリメイクしたようなも
のになっているわけでございます。
2.
「言霊」の国、日本
それで、何でこんなことになるのか? ひとつの私の仮説は、言霊の国と日本の場合は言っていて、
言葉には魂があって、下手にそういうことを言うとその中身ですね。さっきのブランドで言えば、ブ
ランドの内容を下手な言葉遣いをすると呼んでしまうのだという、こんなような感じがありまして、
「禁忌」というのですかね。
「タブー」として最悪のシナリオは考えない。
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例えば日本が負けたとき、
どんな風にやるかを考えない。最高のシナリオも考えなかったのですよ。
かつて、アメリカを占領したら、どのようにアメリカを運営するかなんて、日本軍全く考えてなかっ
たのですよ。つまり、勝てるなんて思っていなかったのですね。だとしたら、負ける可能性はある。
その頃の日本と向こうの国力は、1 対 100 位の差があったわけですから、勝てる可能性がないです
から。負けたときどうなるかって考えなければいけないのに全然考えていなかった。全く考えていな
かった。本当にそういう議論が無かったのです。
こうした最悪の事態にどうするかということを考えるということをしていないと、最悪の事態、あ
るいはそれに近い事態が起きたときに手も足も出なくなってきます。皆さんのお手元に今日追加で
配ったものの中の「経営の視点」というところに、
「
『最悪の想定』は背徳的か」と書いておりますが、
こんなような議論、あるいはそれ以前にこの中にも入れておきましたが、
「震災が問う情報管理」と
か色んなものの中にはテレワークの情報も入っていますが、他方で日本的なこういう組織のあり方、
戦略的な弱さといったものを物語っているところがございます。
3.日米の差異
さて、他方日米の差異は何かと言うと、その『失敗の本質』という本の中では、要するに色んな時
にどうしていったらいいかと絶えず考えて、事前に定めておく。事前に定めておきますから、そうい
う事態が起きたら自動的にそういう行動をするようにします。これが外資系のトップがアッと言う間
にいなくなったという。
「あいつら本当に無責任な奴ら」って言うけど、あれは既定の通りに行動し
たのですね。原子力事故、テロ、その他が起きたらどうするか。何故ならば、永久にそういう状況が
続くわけではないですから、リーダーシップを持っている責任者が生きていなければ、その先の対応
はできないので、それをどうするのかを決めている。同じように、各社ともそういうやり方をとって
いました。
とりわけ、こういう危機管理にしっかりしている国は、米国や英国やフランスといったような世界
を支配している国、支配した経験のある国でありまして、ここらの国の人は、すごい速さで脱出をし
た訳でございます。すごい速さで帰って来ているかというと、神楽坂に行くとあまりフランス人はい
ませんから、すごい速さで帰っては来ないのですが、
ともかく、
そういうようなシナリオを作っておく。
いざという時に臨機応変に皆で考えればいい、
日本人はこう考えるのですよ。でも、
そんな事をやっ
ていたら間に合わないのですよ。津波なんていうのは 30 分とか何分で来るわけですから。津波のこ
とを考えないで作った、あるいはまともに想定をしていなかったものを作って、校庭に集まって皆で
番号掛けて「オイ」なんて言って死んでしまったり、もっと悲惨な例は、高台にある幼稚園で震災が
起きたらできるだけ子供を親に返したい。責任を負いたくもないですしね。下の方に連れて行ったら
皆死んじゃったとか、本当に臨機応変ということはまずいですよ。
いざっていうとき。いざってときは、我々の頭は合理的総合的に見るということができないだけで
はなくして、流言飛語が広がるようにいざってときに我々は情報を持てないのです。正確な。したがっ
て、できるだけ早く事前に決めておいて、その決めておいたものを繰り返し、繰り返し見直して、そ
してそういう事態が起きたら自動的にそれを発動していく。緊急事態が終わってから、その後で臨機
応変だとか色んなことを考えていけばいい。つまりこういう第一段階と第二段階をきれいに分けなけ
ればいけないのに、
日本人は第一段階シナリオを作らない。第二段階から結構よくやるのですね、我々
はプラグマティックなので。という特色があるのではないかと思われます。
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例えば IBM です。4 分後には危機管理体制がもう動き、震災からですよ。したがって 2 時 46 分
の 4 分後の 2 時 50 分には動き、社長はその頃北陸だか向こうの方に行っていたのですが、帰る手段
もないということで直ちにテレビ会議で作戦を立てて、1 時間後には IBM はもう非常時体制が動き
始めた。危機管理体制が動き始めて、従業員の多くは普段からテレワークをしている。
「e-work」と、
この会社では言うのですが。テレワークをもう既に 10 数年の経験がありますから、大部分は自動的
に自宅でテレワークに入っていく。したがって、電車が動かなくなろうが何しようが、当面の非常事
態はテレワークとそれから危機管理体制のこれで対応していく。勿論、社員の安否確認そういうのも
そうことでやっていった訳であります。日本の企業の動きのにぶさに比べてなんて早かったのだろう
といわれていますが、実はこれだけではなくして外資系の企業のかなりは非常に早い動きを示しまし
た。
皆さんのこの資料の後ろから、何ページですかね。1/4 と書いてあるものが真ん中くらいにあるの
ですが、テレワークを大変普及に頑張っている田澤由利さんという方がいらっしゃる。会社があるの
ですが、そこはテレワークの情報をたくさん集めている。こんなような、1/4 と書いている中で、震
災後テレワークをどんな風に進めたかという情報を集めてあります。他にもたくさんありますが、で
もこれを全部見ればわかるのですが、どこかに英語かカタカナが入っている会社ばかり。漢字だけで
できているのは日立製作所だけです。だけど、日立製作所は、実は子会社でテレワーク用の、挿し込
めばすぐテレワークをできるという物を一つ千いくらかで売っているのですが、こうした様なシステ
ムを持っていましたので、その範囲内でやれた。つまり、常日頃からこうした物を考えて用意してき
たところだけが対応できて、そうでないところは大変な苦労をしたということであります。
そういう訳で日本ではなかなか普及しないできたテレワークが、今回の震災を巡って少し関係者の
間で注目をされてきた。注目された例の一つが、追加資料のネットワンシステムズと書いてある物な
どは例えばそうであります。このネットワンシステムズは、ネットワーク構築の大手の一つですが、
ここは全社的なテレワークを入れることをいよいよ決めた。このように今回の震災を契機にテレワー
ク、これまで普及が外国に比べて 2、30 年遅れているこの制度を導入することが可能になるかどう
かという重要な今、時期に来ています。
4.テレワークってなんだろう?
さて、テレワークってなんだろうというと、遠く離れた場所に「tele」
、普通と同じように、普段
会社に行くのと同じように働ける。これが、基本的な考え方であります。では、やり方がどうやって
やるのかというと、それは ICT( インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー )、情報通
信技術の発達によって可能になる。わざわざ通勤しなくても仕事ができる。こういうやり方でござい
ます。
日本にこれが本格的に議論として導入したのは 1980 年です。今から 31 年前ですから、その後に
生まれてきた方はたくさんいらっしゃると思います。1980 年、その頃に「第三の波」という本が大
変売れまして、第三の波という本の中でエレクトロニック・コテージ、電子化された小屋でしょうか
ね。要するに自宅で在宅勤務をする、テレワークの考え方が世界的に広まりました。そういう流行本
で売れたということは、その前から現実があるということで、だいたい 1970 年代です。70 年代ア
メリカで計算すると、既に 300 位の職種でテレワークが行われているということが言われています。
私は、1980 年頃にこのテレワークと出会って、学生たちとその関係の本を読み、あまり興味なかっ
95
たのですね、自分は。でも、その頃ゼミの学生がですね、
「先生これで調査しよう」と言って、調査を始めました。そ
れ以来細々とですがテレワークと付き合ってきましたので、
日本で生きているテレワーク学者の中ではもっとも古い一
人だろうと思います。古生物でございます。ずっと付き合っ
てきましたが、私がもしシンクタンクを経営していたらこ
の会社、潰れてないと思いますね。本当に広がらない。何
でこんなに広がらないだろうという位、広がらないできま
講義をする諏訪康雄先生
した。
例えば、アメリカに行くと、アメリカの連邦公務員のう
ちの 10 数万人は 2 年前の時点でテレワークをしている。日本はアメリカの規模の半分弱であります
から、日本で計算すると 5 万人位はやっていなければいけないなと思いますが、おそらく霞が関の
国家公務員でテレワークをやっている人は実験で入れたって 200 人とまだいないだろうと思います。
このようにテレワークは日本では全く流行らない、うまく根付かない働き方としてきました。何故か
というのは後で見ることにして、テレワークは可能なのかというと、今はもうインターネットはこれ
だけ盛んですし、携帯電話もありますし、それからネットでテレビ電話もできますし、ネット会議も
できますし、パソコンは一人で何台も持っている時代でありますから、テレワークをしようと思った
らかなり容易にできます。
やったらまずい問題が起きるのかというと、全然起きないということは無いですが、大部分の問題
は対処可能です。いいところを挙げますと、
効率が落ちない。それどころか個人でやる作業は上がる、
集中できる、上がる。それから従業員の帰属感、満足感が高まる。これはもう、どこの国でも言われ
ています。もっとも、一般的に広がったらそうなるかどうかはまた別なのですが。
それから、何と言ってもテレワークが無かったら辞めてしまうであろう人たちの離職を防止でき
る。例えば、小野測器という一部上場の、色んな物を測定する機械がありますが、あそこはもう既に
1980 年代の前半にテレワークを入れました。どういう風にして入れたかというと、優秀な人が結婚
して、そして辞めてしまう。これが非常に痛い。そこで、そういう人たちのためにということですが、
ただ、
「優秀な女性の社員というのはどういう人なのですか」と言ったら、錚々たる大学の修士だと
かドクターを出て、
「数学科・応用数学科・物理学科などを出た人が何をやっているのですか」と言っ
たら、CAD だとか CAM いうようなコンピュータを使って設計をしたりするような作業のこれであり
ました。その頃には今のこういうパソコンよりはるかに性能の悪い機械が 3000 万円位しましたので、
「それだけ投資してもペイするのかな」という風に思ったことがありましたが、いずれにしましても、
テレワークというのは日本でもいち早く 1980 年代前半に実験は始まったのですが、しかし一般化は
なかなかいたしませんでした。
5.導入の手順は?
何故かという問題はまた後にしまして、私はテレワークをどう進めるかというと、まずは部分的に
やれるところからやるというのが一番いいのではないかと。家でメールを見てから会社に行くとか、
会社から帰ってきてからメールを見るなんていうのはいくらでもやっている。あれは実はテレワーク
でございますから、こういうものをもう少しインフォーマルなもの、あるいはノンフォーマルなもの
96
をフォーマル化していくという、こういう作業が良いのではないかと。
やり方の一つは、個人が単独でできる、現に単独でしている作業がだいたい調査をしていくと 2
割位あるのですね。どんなにチームワークでやっている会社でも。したがいまして、これを切りだし
て 1 日分にまとめてみる。そうすると仮に 2 割あったら 5 日の勤務のうちの 1 日分になりますから、
週に 1 日テレワークをする、といったようなやり方が可能になってくる。そこまでいかなくても 1 ヶ
月に 1 回とか 2 回程度でいいからやっていくということを、あまり制度化しなくてもできますので、
早く始めることが良いのではないかと思っています。
それをやるためにはトップが「なんだ、あいつ出てきていないのか」と、出てこないのが遊んでい
るように思うのは非常にまずいのですよね。と申しますのはテレワークの日というのは、普段よりも
集中よく、効率よく実際は働いていることが殆どでございますので、出てきていない、即、遊んでい
るという風に見られますと「なんだ、それなら会社行っちゃうじゃない」なんてことになってしまう
わけでございます。
それからトップが理解するだけではなくして、担当者、
「お前やれ」という担当者が熱心にやった
ところはうまくいきますね。やはり、担当者が言われて嫌々やっているというところはうまくいきま
せん。それから邪魔する人は中間管理職です。日本の中間管理職は管理技術が低いものですから、皆
様の中にもいらっしゃるから自分の胸に手を当ててみると分かると思いますが、管理職技術だけで他
社を転々と渡り歩けるだろうかと考えたときに、
自分が大丈夫だと思う人は管理職技術が高い人です。
「いやいや、ちょっと業界が変わったり、ちょっと違った職種の人たちといったら、もう私辞めるかな」
と思う人は管理技術が一般的に高くない。つまり、そこだからやれる。ともかく、この中間管理職は
抵抗勢力となる。日本だけではありません。世界的どこでもそうです。管理職というのは、自分の前
で部下が動いているのを見たほうが安心できるのですね。それから気がついたらパッと言うとか、こ
ういうことを思いついたらすぐ言いたい。ところがテレワークだと目の前にいませんしね。それから
テレワークを実際にする人たちにも一定の訓練をしないとまずいのです。
その他、書類のデータ化とか色んな問題はありますが、これは大した問題ではないのでとばしまし
て、導入の手順は、ではどうしたらいいか。テレワークを導入しようと思いましたら、まず第一に、
「と
もかく何がなんでも我社に入れるぞ」と決断することが大事です。ちょうど我々が「日曜日にやるこ
と無いな、何しよう」と「何がなんでも勉強するぞ」と決めれば勉強するのですね。でも、時間が空
いたらやろうといったら絶対にしませんね。いつの間にか夜中になって「まぁ、いいや。また来週」
という風になります。したがって、
「何がなんでも入れるぞ」
とまず決める。決めたらどうするかといっ
たら、それは他所がどうやっているかを見るということが大事なことでありまして、他社の導入例や
色んな先行例などを見てみる、聞いてみるというのが大事です。
そして、やりやすそうなところから、かつ、現場がそれなりに乗り気のところを選んで、あるいは
乗り気でなくても乗り気になるよう説得できるところから始めていく。大事なのは管理職が自らもや
るということです。後で、テレワークがうまくいったところは皆管理職も泣く泣くやらされて、
「あ、
結構良いものだな」
と分かったということです。ところが管理職がやらないで部下だけやっていると、
部下はどんどんやりたいのに管理職がブレーキをかける。あるいは邪魔をする。もっとひどい例にな
ると、
「テレワークをしたら必ず査定は低いところに付けることにしています」なんて言う課長に会っ
て、おったまげましたね。だって社長はやれといっているじゃないかと言うと「あれは社長ですから」
と。こんなような日本の管理職のいい意味でも悪い意味でも特色が出てきたりします。
97
その次、どうするか。一定期間、こうしてインフォーマルにでも始めていったところで、実証実験
的に本格的にやってみる。そして、実証実験参加者やその周辺の反応を見ながら無理ない形で導入す
るのがいいのだろうと思います。
現にパナソニックが全ての社員に原則としてやらせるといった時は、
実証実験をやっていますし、その他、富士ゼロックスもそうでしたし、IBM なんかでもそうでしたね。
ともかく、みんな最初は小規模でやってみて、結果がすごくいいということで、実証実験を一次、二
次などとやりながら広げていきました。
こういう時に、一挙に入れてしまうところと少しずつ入れる会社がありました。どちらが良いか
は会社の文化だろうと思いますが、日本は、普通は少しずつ広げていく、そしてあるところでド
ドッと前に行く、そしてまた少し足踏みしながら、また少しして経ってからドドッと、こっちの方
が日本人にあっているかなと思います。一挙にドドッと入れたところは、外資系だとか Information
Communication Technology 関係の会社で多いですね。ですから、今度の震災を契機にいれていると
ころでも、ドドッと入れたのはそういうカタカナ系の会社に例が多いように思われます。
6.逆に、入れづらい職場は?
では、テレワークはどこにでも入れられますかというと、そういうことではありません。やはり、
無理なところはあります。例えば、職場備え付けの機械を用いなければいけない、例えばプレス機械
で「ガスン」とやらなければいけない。こんなのは家でやろうにもできません。それから、訪問して
くるお客様に窓口で会って対応しなければいけないという現場、顧客がそれを求めるようなところ、
これも難しいです。それから、会社の文化が非常に臨機応変を持って我社の方針とする、というとこ
ろは難しいですね。これはもう本当に。つまり、随時「おーい、皆ちょっと集まれ」とか「ちょっと
来てくれ」とか、
「あー何とかいるか、じゃあちょっと」とか年がら年中打ち合わせをする、会議が
やたら多い会社ですね。こういう会社というのは難しいですね。
会議というのは例えば週の始まりと終わりだけで、始まりのところで確認をして、終わりのところ
ではどうなったかをみるとかね。あるいは、ある一つの期間のところで最初と真ん中ちょっとと最後
とこういうのをチェックするというだけ、こういうタイプのスペックをはっきりをさせていく企業、
こういうところはテレワーク入れやすいです。スペックがはっきりしてその中で
「お前は何やれ」、
「君
は何やれ」、「あんたはこれ」というのが決まっているところ、決めやすいところは良いのですが、何
だか分からなくて団子状で「ベタベタ」とくっついているところではテレワークが非常に入れづらい
なというのが、30 年くらい観察している私の印象でございます。
それから、会社のすぐそばに例えば社宅があって、従業員の大部分は歩いて数分で会社に出てくる。
こういうところもテレワークは難しいですね。それはそうでしょうね。
「なんで、家でやる必要があ
るんだ」ということになりまして、出てくるということであります。性格もありますが、警察署なん
てそういう点では難しいのかも知れないですね。軍隊なんかもそうかも知れません。ある一定の職種
はやれるでしょうけど、だいたいすぐそばに皆いますから、あっという間に。
それから、初心者など周囲のサポートの不可欠な人がいて、放っておいて一人でやれと言ってもで
きない場合ですとか、色んな場合があります。中間管理職が非常に強固な文化を作っていて、相対と
いう、相対してやるひざ詰め談判型が一番良いのだと思っている会社も入れづらいです。
98
7.従来型の強みと課題は?
従来型は何が強いのですかというと、それはやはり顔を合わせて情報を得ながら仕事をするという
のは素晴らしいことなのです。色んな人が言っていますが、コミュニケーションの 9 割は雰囲気で
見ているのですね、我々。例えば海軍の空気を読むなどがそうです。電話会議は日本では盛んではあ
りません。電話回線を通じて空気が全然分からないからですね。我々は同じように、ネットを通じて
の授業を実験してみたのですが、ネットを通じてのこういうグループディスカッションというのはう
まくいかないというのを見て、
「あぁ、なるほどな」と。空気がネットを通じて伝わらない。つまり、
日本人は論理ではなくエモーショナルな部分と論理を非常に絡め合わせながら動いている。その時に
は、相対が一番強いのです。それから、
地方は通勤時間が短いので、
「なにもそんなにまでしてテレワー
クをする必要はないのではないか」とそういうことがある。
弱みは何かと言うと多様な人々、とりわけ子育てをするだとか、介護をするだとか、あるいは障害
を持つだとか、あるいは結婚したら連れ合いが転勤するのでどちらかが辞めなければならなくなるな
どという問題が起きているようなこういう人たちをも、retention policy(維持方針)で確保しよう
と思ったら、それは間違いなくテレワークは有力な手法になっていきます。それから、テレワークに
は他にも利点がありますが時間の関係で飛ばしていきまして、
「他の利点は?」と書いてある 20 番
目の最後のところに、我々は、最後の最後でいつも言ってきたのは災害、パンデミック(疫病の大流
行)、こういう時に、いざという時に business continuity program(事業継続策)みたいなものを進
めるときの重要な柱となる。
これはテレワークに関しては今までにも二つの点で実証されてきました。
一つは、ロサンゼルスの大震災で高速道路とかが皆、切断されて動きがとれない。テレワークを推進
した会社はほとんど問題なく動けたというものであります。
しばらく前に中国で SARS と呼ばれる強い感染症で、非常に恐ろしいというので街に出られないと
いうことがありましたが、あの時にもテレワークを入れている英米系の企業を中心として、普段とほ
とんど変りなく事業をできたという風に言われています。このように災害・パンデミックなどの場合
に、非常に危険分散ができる訳でありまして、テレワークが有効ではないかとこれまでも言われてき
ましたが、今度の東日本大震災はそれを実証する第三の機会だったのかも知れませんが、残念ながら
日本ではテレワークは全然ありません。特に東北などはテレワークがあまり進んでいない地域でござ
いましたので、なかなか難しい結果になりました。
さて、テレワークの人材をどう確保するか、その他全て飛ばしていきまして、具体的にどう入れて
いっていいか。ともかく、部分的にやる。非公式で最初は良いのではないか。やがて、それを徐々に、
徐々に広げていく。しかし、何と言ったってトップの理解は大事ですし、推進役がいて熱心に唱え続
ける。「だからテレワーク」
、
「そうなんだ、テレワーク」
、こういう感じでやらないと我々日本人の感
覚、相対文化が強い中ではなかなか難しい。でも、先程から言うように、戦略的に考えると私は非常
に重要な働き方ではないかと思っています。
テレワークを戦略的に考えると色んな問題があるのです。国境を越えて簡単にできますから、実は
ですね、テレワークで今、日本から仕事が大連だとかバンガロールに流れているのです。金曜日の夜
に仕様を決めて、
「月曜日の朝までに」というと大連やバンガロールでプログラムしたものが日本に
返ってくる。でも、やがて日本がだんだん地位低下していったときには、逆にバンガロールから仕事
をもらう、上海から貰うというこことができるようになるのですね。テレワークがあれば。
99
それから、もっと大きいのは、日本が夜の間に、今度の 6 億円持っていった事件ですとか、ある
いは介護でコストが掛かるということがあるのですが、これは昼間のところでテレワークでチェック
して貰えばこんな問題は起きなかったのです。カメラを置いておいて、日系人のペルー人かボリビア
人などに見ていてもらえば、向こうは昼間ですからね。安い値段で見て、
「なんか変な車が来て、な
んかドア開けていますよ。なんかガムテープでやっています」とすぐ挙がるわけですよ。でも、日本
でやろうと思ったら、夜中に働けば特別の手当で、人は寝ているし、だいたい夜中働けと言ったって
仮眠していたからこんなことになってしまう訳です。という訳で、テレワークにはこのように国境を
越えてグルーバルにまさに働くというときの戦略的な手法だということが分かります。
という風に考えていくと、東北に仕事を呼び込むというようにも考えられる。東北に戦略本部が仮
にあって、ここで全部人がいなくても東京や大阪にいる優秀な人達の仕事をテレワークで出せば良い。
普通、東京や大阪にあるものを地方にテレワークで出すというからうまくいかないのではないかと思
います。地方が東京や大阪やニューヨークや上海にいる有能な人材を使うという、テレワークで使う
という逆転の発想も必要ではないかという風に思っています。
色々ありますが、ここでまた震災論に戻りたいと思います。というように、テレワークには働き方
として色々な利点があり、かつ、それは世界的にもうすでに先進国では実証されて、本格的な活用が
多くの国でなされている。例えば、オランダに行って調査をすると、地方公務員の 5 日に 1 回は自
宅勤務をする「権利」があるという風になっている。何故ならば、2 割くらいは少なくとも個人で、
一人で、会議とかをしないでもやれる時間なので、したがって、それで週に、夫も妻も働いています
から普通は、夫が例えば月曜日にテレワークをする。火曜日は妻がテレワークするとなりますと、土、
日、月、火の 4 日間は子供の側に親がいてあげられる。後の 3 日間だけ保育園とかなんかに。勿論、
テレワークで本格的に働いている間、やはり小さな子がまとわりつかれては難しいところがあります
が、いずれにしましても家庭と仕事のワークライフバランスでもテレワークというのは非常に望まし
いと言われておりまして、こうした戦略的な視点を日本人はもっと持つ必要がある。戦術的な手元だ
けの発想ではまずいのではないかということであります。
テレワークは今後日本でも急速に広がるか。私は疑問です、過去の経験からして。
「喉元過ぎたら
熱さを忘れる」ということになりかねませんので、どうやったら良いか。この点を皆様に今日議論し
ていただいて、
「こうやったらいいのですよ」
というものを教えていただければありがたいと思います。
以上、テレワークと震災、テレワーク未導入に見る日本組織の特色ということで話をさせていただ
きました。だいたい時間内に収めたつもりです。どうも、ありがとうございました。■
(文責:柏瀬 延大)
100
Ⅱ グループディスカッション
■手法 2つの視点からまちづくりを考え、グループを2つに分けて討論する。
1.「地域ブランディングから考える 3.11 後のまちづくり」
(1 ~ 4 班)
キーワード:①ブランド・アイデンティティ②関係性③インターナル・ブランディング
④インターラクティブ・ブランディング⑤ブランドポジショニング
論点 事前復興または事後復興をしたい ‘ まち ’ または地域を選んだ上で、キーワードの議論をし、
持続可能な ‘ まちづくり ’ の提案をして下さい。
2.「テレワークを用いて考える 3.11 後のまちづくり」
(5 ~ 8 班)
キーワード:①雇用②ワークライフバランス③震災対応④防災への備え
論点 事前復興または事後復興をしたい ‘ まち ’ または地域を選んだ上で、キーワードの議論をし、
テレワークを用いた ‘ まちづくり ’ の提案をして下さい。
1.各班の発表 〈1班/臼井慎一郎、家合透、安達詩織、馬場敦己、後藤ひかり、大浦涼介〉
ファシリテータ:井手上秀、バク・ソンファ
発表:臼井慎一郎 書記:後藤ひかり 司会:家合透
今回のワークショップでは 3.11 後の
まちづくりに焦点を当ててというお話な
ので、その中でもひとつの論点として絞
りましたのは事前の復興という、今後そ
の大きな災害、あるいはエネルギーにか
かわる事故が起きるのではないかという
事前の復興に焦点を当てて、このメン
バーで議論をさせていただきました。
まず、この度の東日本の大震災や福島
第一原発事故による教訓としてですね、
経済面での落ち込みがありました。具体
的には例えば受注の激減という話なんで
すけれども、プラス、その農産物にかかわりましては風評被害というのが影響して、それによって消
費が落ち込んでいるというのもありました。そういう中で外国人を始めとするさまざまな方々が東海
地方からどんどん離れているという動きがありまして、それをヒト・モノ・カネがどんどん流出して
いるとことで空洞化現象とみました。
101
で、一方でもうひとつ、命に関わることで健康被害というのもありますし、さらに、言えば、エネル
ギーの安定供給というのが原発ではそんなに簡単ではないのではないかという、その原発の安全神話
崩壊というところが不安要素として出てきたと思います。そういう中でこのグループでひとつのキー
ワードとして、あえて脱原発というものを掲げました。あえて脱原発を進めて、多様な電源をベスト
ミックスで構成するというこの可能性を東海地方の中で、積極的に考えてみてはどうか、それによっ
て人に優しい・安心・安全なまちづくりを実現できるんじゃないかというところに落ち着きました。
それでは、どうやって具体的に実現すればいいのかという話ですが、そこでは、皆さんご存知のあ
のプリウスに象徴されるトヨタ、イナックスにともなう下請けに関連するR&D型の企業もかなり中
部中心に集約しておりまして、そういったノウハウを大学の方ともうまく連携させることで実現に向
けて模索していけるのかなと、プラス、これに合わせて脱原発を契機ですね、例えば電気自動車、あ
るいは自転車などで短い空間をぐるぐる回って、気楽にショッピングをしたり病院にいったりするそ
ういうコンパクトシティを追求することはどうかなと、この二つについて実現策として提案させてい
ただきました。それによって、今、グリーンニューディールというキーワードが昨今もてはやされて
いて、アメリカで誕生したんですけれども、日本版グリーンニューディールというのも数年前に発表
されましたが、あえて東海湾グリーンニューディールというのをモデルケースとして打ち出してはど
うかというふうに考えてみました。
もし、
それが実現する場合はオンリーワンの地域としてモデルケー
スとして注目を浴びるのではないか。
空洞化を防止して雇用を産み出せるのではないかと考えました。
それで、最終的な効果ですけれども、そういうことによって持続可能な地域ブランドに結び付けら
れるかなということでまとめてみました。
◆質疑応答
Q.(門田):東海地震が起こるというのはよくわかるのですが、どういうコミュニティにするという
か、雇用によって再生するのは特に東海地区でなくてもよいですし、これは別に関東地区でもよいで
すよね。
A.
:お答えしますと高い技術力の集積が東海地区にあるということですね。ここに着目しました。
豊田ですとか、確かに新しいエネルギーづくりというものは、ほかの地域でもできるというのもあり
ますし、町というものも関東関西に比べて密集しているとも限りませんし、コンパクトシティという
法令化の観点からも地方というものが進んでいると思うのです。また電力というお話が出ましたが作
るだけが能ではなく、関東関西に比べてまだ成熟しきっていないということでこの東海地区を選ばせ
てもらいました。
(文責:朴 成煥)
〈2班/稲垣陽子、近藤博子、亀井省吾、広井朋実、川口真史、神宮道喜〉
ファシリテータ:門田政己
発表:亀井省吾、近藤博子 書記:広井朋実 司会:亀井省吾 タイムキーパー:稲垣陽子
私どもは、まず、地域の選定とそれからその新たな地域ブランディングという定義で浦安市を地域
として選定して最終的なブランドイメージとして全世界向けファンタジーエリアの創出というよう
102
な計画を立てました。名付けて、浦安全体
TDL 計画というものでございます。なぜ、
浦安市なのかといったところなんですけれ
ども、浦安市といえばみな様ご存知のよう
にTDL(Tokyo Disney Land)が誘致さ
れていて、一方で今回、液状化という非常
に激しい損傷を負った地域でございます。
その二つの対象的なですね、TDLの対応
に対して、もう一方で復興体の対応、非常
にまずいものがございました。二つの対象
地域を、対照的な二つの事業体をみ
てどうすればいいのかというふうに
考えたのが背景でございます。ひと
つのポイントとしてましては危機管
理、TDLが非常に事前からその危
機を予想して準備してきたことに対
して、浦安市はどうしても場当たり
的な対応で遅れてきたということがございます。
それを踏まえて、次にフレームワークを考えました。じゃ、何をフレームにして考えていったらい
いのかなというとこなんですけれども、
私どもとしては「観光の町浦安」と、
観光というテーマに絞っ
ていこうとゆうふうに考えてみました。一方、その住居問題はどうするのかのかとゆうふうな議論は
あるんですけれども、そういったことも踏まえないといけないのですけれども、ポジティブな面にス
ポットライトを当てていかなければいけないんですけれども。
次はターゲッティングですけれども、じゃ、どういう層に遡及していこうかということでですね、
これからの時代背景を踏まえて、あるいはTDLがファミリー層を対象にしているので、新たなター
ゲッティング層としてシニア向けとゆうふうに考えております。そのシニアの中でもですね、特に独
身のシニアで、もう合コンしちゃおうじゃないか、というところまでターゲッティングに加えていき
たいなと。町をあげて合コン!ということでございます。
4番、じゃ、競合はあるかなというところなんですけれども、圧倒的なそのTDLのブランドとい
うものがございますので、これは非常に優位性が高いのかなと、競合というのはそんなにないかなと。
差別化についても同様でございます。それを町全体に取り込んで浦安市全体、TDL計画、全世界向
けのファンタジーエリアを推進していこうとゆうことになりました。
◆質疑応答
Q.(芹澤):M1の芹澤です。浦安という町がどのようなところかわからなかったということとなぜ
それを観光の町にしなければならないのかよくわかりませんでした。もう一点なのですが東京ディズ
ニーランドをなぜ一体感のあるような町にしなければならなかったのか、はたして一体的にすること
によって利益というものがあるのかという点について教えてください。
A.:まず前半の質問なのですが、浦安市を詳細に知っているというわけではございません。ただ一
つのイメージとして東京ディズニーランドというイメージと震災対応というイメージの中で対照的な
103
地域として例として挙げられる地域かなと思い挙げました。
もう一つの質問に対してなのですが浦安市が東京ディズニーランドのイメージを取組んでいくよう
な街づくりをしたほうが良いということでございます。ちょっと言葉少なくて申し訳ございません。
(文責:朴 成煥)
〈3 班/家長千恵子、清水遥介、平川拓也、井坂康弘、石田勝行、洪文茜〉
ファシリテータ:中井典絵
発表者:平川卓也 書記:洪文茜 司会:清水遥介
我々の班は東北3県を対象として、こ
の3県から自発的な復興計画を立てると
いうことで、この3県の復興シンボルロ
ゴを創って、そのロゴによって世界中の
人から復興への支援の気持ちやお金を集
めようという計画を立てています。その
ロゴですけれども、平和マークというの
があるんですけれども、これを逆さにし
て幹の部分で産業を支えるという意味づ
けをしてこの 3 本が東北3県になるとい
う、そこにお金と気持ちを入れようとい
う事です。
で、具体的な方策ですけれども、対象的は世界中というインターネットがつながる地域はどこでも支
援していただくという形で、シンボル化という事で、ブランディングの戦略になると思うので、ブラ
ンド化について先生が説明して下さった3つの三角形で考えると、推進組織と顧客の部分で世界中を
繋ぐのはロゴマーク。たとえば、公共交通機関の列車やタクシーなどのいろんなところにつけること
によって、認知度を高めて、あとは、商標登録で著作権料が入ってきたり、そういった感じでロゴマー
クを利用していこうということです。
世界中の人や事業者、住民をつなぐ方法としてはバナー広告やネットショッピングといった形で、
バナー広告にロゴを使っていったりして収益を上げ、ネットショッピングなんかでも、被災地の商品
とか、そういった事業に対して、このロゴマークを前面に押し出して推進していこうことです。
住民とブランド化推進組織といったつながりというインターナルブランディングの点では、復興に
向けて、復興会議など今は乱立していますけれども、そういうところで、情報を共有し、しっかり導
いていくことで、お互いが結びつき成立していく。具体的な事例として、花器の投資ファンドで、一
口一万円で 20 個花器を投資者に配り、
9 千万集まった。献金だと一時的になると思うんですけれども、
投資ファンファンドのようなビジネスを利用して、持続可能なビジネスモデルを作って復興していく
のがいいのではないかという結論に至りました。
(文責:朴 成煥)
104
〈4班/今津寛史、志水静香、沖田直美、土田俊人、飯塚日登志、重山紀子〉
ファシリテータ:芹澤和樹
発表者:飯塚日登志 記述:重山紀子
私たちは東北復興の連携の拠点としての地域づくりという
ものをテーマに山形県の白鷹町を例にとってみました。 山形
県白鷹町というのはどういうところかというと、災害のあっ
た宮城県と福島県に近いところでありまして、仙台市、山形市、
山形市から車で45分ぐらいの位置にあります。
なぜ、この町を選んだかと言いますと、被災地に近かった
ということがありますが、立地的なそういった面での優位性、
それと被害が少なかったということ、それと実証実験などの
事例がたくさんあったということ、協力的な町の人々がいたので受
け入れやすいということで住民の寛容性があるということ、このあ
たりが地域資源として選ばれまして、かつ、安全であると、放射能
のデータなどを見ても比較的に安全な場所でありまして、あと、災
害に強く、台風などもこの町をわりと逸れて、今まで通っていたよ
うです。こういったことを元にカテゴリーとしまして、購買と観光
と投資。どんなことかといいますと購買につきましては、東北の農
産物が風評被害でなかなか売れなくなっている。この白鷹町に集め
て完全な保障できる安全性のチェックをし、それから日本の消費地
や世界に対して販売していく。
次に観光としては、ボランティアの拠点となるがある。先ほどの
安全性のチェックの拠点となることもあるので、いろんな企業がここに施設などを投資したりするだ
ろうと考えました。ターゲットとしましては復興関係者、
行政や企業や、
個人、
あと被災者があります。
協同としては私たちは共謀ということではなくて連係という視点で考えました。このモデルを確立
するによって、あるいはブランド化するによって青森県や秋田県や山形県、あるいは他の市町村に対
しても同じようなものを連係していくことによって、災害に強い東北地方づくりというのを考えると
非常に面白いのではないかなということで、実際にやってみたいなと思う気持ちで考えてみました。
最後に、被災地の方々も自分たちのブランドの商品を売るためにこの町に入っていて安全性の
チェックをするという仕事が非常にできるようになればと思いますので、いわば、被災があった東北
の流通拠点としてすごく大きな役割を果たすのではないかなとゆうふうに考えております。
◆質疑応答
Q.(木村):M1の木村です。例で取り上げた白鷹町の実証実験のデータはどういったものがあるの
でしょうか。
A.
:1つの例としましては地方自治情報センター(平成20年)
・ITを活用したシティプロモーショ
ン・地域活性化策というものが年に1度2度行われています。
(文責:朴 成煥)
105
〈5 班/黒沢親史、村田昭悟、真瀬(高岡)朋子、水野信一、岡野哲史、清水洋美〉
ファシリテータ:柏瀬延大
発表:黒沢親史 書記:岡野哲史 5班の黒沢と申します。我々の班から
はテレワークを用いて考える3・11後
の町づくりという話し合いがなされまし
た。まずテレワークを考えるときに諏訪
先生の授業でテレワークが効果的に浸透
していかなかったという状況がありまし
た。では日本でどうしたらそれが浸透し
ていく可能性があるのか。仮説をたてま
した。そもそもこのテレワークというの
を知識、パソコンとかプログラムといっ
たような知識の作業というものを切り分
けて個人だけでパソコンの前だけで作業
するイメージがありました。そうした時に諏訪先生がおっしゃったように、日本人は論理と感情を絡
め合わせながらコニュニケーションをとるという国民性とか気質があるとおっしゃった時に、日本人
にそもそもそのテレワークという作業自体が向いていないのではないか、日本人の特性が生かされて
いなかったのではないかというところから議論をスタートさせました。
では、どういったテレワークに実効性があるのかという話をした時に、まず一例で阪神淡路大震災
の時のボランティアのグループが、ベルシステムつまり電話を使って独居老人や仮設住宅の人たち
に安否を確認したり、一人一人がナースコールのようなものを持って何かお手伝いをして欲しい時
に「ピッ」と鳴らすとボランティアセンターに電話が鳴ります。それで電話をかけ直します。かけ直
して「どうしました。
」という話をします。そこで問題があった場合は、ボランティアセンターから
人が実際に行って「お米買いたいんだけど…。
」とか細かい、いろいろな日々の雑事をそこでします。
ではそれをテレワークとした時にボランティアセンターのような集中センターがなくても良くて、各
個人個人の一人一人の家庭で電話さえあればできる、パソコンさえあれば出来るという状況にして、
一番近い人がその独居老人のところに行きます。そういう電話とかパソコンとか使ったものとコミュ
ニケーションをとり、上手に感情論と重ね合わせるサービスをテレワークでやればいいではないか。
地域として話が飛びますが、東海地域と想定しました。震災前の想定をしたのですけども、そうい
うテレワークを使った感情と理論を絡め合わせながらコニュニケーションをとる手法としてテレワー
クをやる場合に、我々は最悪の想定というのを考えなければいけません。東海地域だけで完結しても
潰れたら何もならないのです。そうした時に、近隣の県や市町村からお手伝いが来るという状況にし
たいのです。そうしたら結局、東海地域だけを想定した町づくりをするのではなくて、国家戦略とし
てすべての市町村または県レベルで同じフレームワークで、先程の阪神淡路大震災の例のように電話
で受けて実際に動く、そういうようなものを均一化して、どこに行ってもサービスがあるアメリカの
Web のように、どこか一か所孤立されてもサポートするような、テレワークのシステムを全国的に
作ることを考えました。以上です。
106
◆質疑応答
Q.(井上):単純な質問です。ローカリティからの発想という基本テーマがあると思いますが、その
点についてまったく触れられていないような気がするのですが。どうしてでしょうか。
A.(黒沢):はい。このサービスする上で行政サービスとしてまず考えました。行政サービスを考え
た時に行政が、指揮をとって動くかといったらそうではなくて、先ほどの中嶋先生のお話の中で富士
宮焼きそばのお話があったように、行政サービスをするんですがテレワークとしてそこの住民と行政
との間に富士宮焼きそば学会のような地域に根ざした企業であったり組織体であったり何でもいいで
すが、そういったものが絡んでその地域に最も必要なものをその住民が自らの頭で考える発信すると
いうようなものを間に入れて、サービスを形作っていきたいと考えました。
(文責:牧野 陵)
〈6 班/蘭亮人、富永正義、矢島厚子、片桐貴司〉
ファシリテータ:井上竜一郎
発表:矢島厚子 書記:富永正義 それでは6班の発表をさせていただき
ます。諏訪ゼミの矢島と申します。宜し
くお願いします。我々の班は、まずテー
マとしてテレワークを用いて3・11後
の町づくりということで考えておりまし
たが、その中で3・11が起きてどうなっ
たのだろうという話がありました。例え
ば企業は、集中というキーワードであっ
たものが、リスクの分散が起こっており、
こういったことも100年に一回起きる
ような災害であり日本の安全とか安心と
いったそういった考え方がいろいろと揺
らぎました。こういう時に首都は大丈夫かという話をしていく中で町という視点ではあるのですが、
国の視点でも考えていく必要があるのではないかということになりまして、大きなタイトルにしまし
た。防災型頭脳都市飛騨高山ということでテーマアップさせていただきました。なぜ岐阜にある飛騨
高山を選んだのかということなのですが、地理的環境、災害に強いということです。ただ、地震の岩
盤がどこにあるのかこの辺は検証したことではないのですが、そうであろうと想定して、あと三大都
市が近い。これが一番大きい理由です。大阪、名古屋、東京すべての都市に近い。あと自然のインフ
ラが整っていることや、スーパーカミオカンデもあるのではないかという話も出ました。防災の目か
ら見てもここは例えばお水が豊富であるところが恵まれていて、地域の特徴を生かすべきではないか
という話になりました。今回の防災の歪を利用し、こういった土地に近未来の首都機能を作ろうでは
ないかという話になりました。
次にどういったことをやっていくかということですが。まず岐阜を中心に大阪、名古屋、東京の機
107
能を移す。今回災害関係で中心になった防災担当の方や IT 担当の方や公官庁方を呼び、地域の方々
に IT のリテラシーをつけて発展させていくという考え方も出ましたが、まずはそういう方々を呼び
込んで、雇用の面からやっていくのがフェーズ1であろうと考えました。10年後岐阜から東京や名
古屋、大阪に指示を出していく、そういった中心の都市にしていこうという考え方であります。その
途中でテレワークの機能も必要であろうと考えております。その地域にテレワークで首都機能を移転
したとして、今現在テレワークの進まないスペースとして十分な家がないので、例えば古民家を生か
すとか公民館を買ってテレワークを進めるようなことを国がサポートしてはどうかという話になりま
した。テレワークのそういったことをやる会社もあり、テレワーク社宅やテレワーク住宅を開くチャ
ンスではないか。これをもって業界を拡大させていく。企業の力で限界があるのであれば国がリード
してこういった有事のチャンスにテレワークを推進していくということ考えてみました。発表につい
ては以上で終わりです。ありがとうございました。
◆質疑応答
Q.(木村):飛騨高山にリニアは通っていましたか。
A.(片桐):多分通らないと思います。
Q.(木村):それは特に交通の面では構想の中に入ってないというか考えられていないということで
すか。
A.(片桐):名古屋から北に行く東海北陸道というのが線上に多分あると思います。ですから名古屋
にも出られるし、大阪、東京に行くアクセスを考え、JR 東海に金を払ってもう少し上まで延伸して
もらう。それでもいいのですが、そういうことをやるのが非常に有効でないでしょうか。まず既存の
東京、名古屋、大阪にいろんな本社があるわけですから、そこから一番アクセスをしやすい場所を考
えてやるという意味で岐阜でやります。
Q.(木村):なぜ岐阜市でなく飛騨高山でやるのですか。
A.(片桐):近ければ意味がありません。そういう意味では。
Q.(木村):ありがとうございました。
(文責:牧野 陵)
〈7 班/塙久美子、松村萌、木村良太、佐藤芳晴〉
ファシリテータ:牧野陵
発表:佐藤芳晴 書記:木村良太
恩田ゼミの佐藤です。7班では、テレワークを用いて考える3・11後のまちづくりについて話し
合いました。まず初めに、3・11後のまちづくりなので東北からと考えたのですが、あの東北だけ
ではなく各地方では工場特に製造業が多いのでテレワークは厳しいのではないかという話がでまし
た。テレワークは欧米が結構進めているので日本人の気質、アメリカは人種が多いのでいろいろな人
とコミュニケーションをとったり個人主義の人も多い。一人でも生きていけますが、日本人は同調主
義で、日本人の塊であるとか、例えば僕は新潟出身ですが、新潟県民がこの中に入れば「あー、新潟
県民ですか。」と話し、山形から来ている人がいれば「山形ですか。
」という仲になると思います。
やはり日本人には、同調する部分があります。あと、仕事面でも何事も話し合いで解決をする、何
108
事でも話し合いを進めていく中で解決をし
ていくことが多いので、欧米のようなテレ
ワークは難しいと考えました。あと、進め
るのならば教育も変えていかなければなら
ないので、欧米のような個人主義を持つた
めには、あと30年位かかるのではないか
と話し合いがでました。私らのグループの
出した提案ですが、テレワークを用いた会
社を六本木ヒルズなどに集める。例えば、
孫さんのような大金持ちで「じゃよし、テ
レワークを使った会社を作ろう。
」
といった時に、六本木ヒルズは非常
にブランド力があるので、そういう
ビルにテレワークを用いた会社を集
めます。
当然、家賃は安くして、たくさん
入れるようにします。女性であれば、
会社に来なくても家で仕事したり、会社に行ったり好きに選んで仕事ができます。
かっこいいだとかブランド力を身につけてそういった会社が出来れば、たくさんの女性や男性に
とっても魅力ある会社になると思います。特に女性は、仕事をすると一生のうちで5回、仕事をとる
か家庭をとるかを考える時があるそうなので女性には非常にいい働き方だと思います。家でも仕事が
出来るし、ずっとスキルを使うことも出来ます。あとは当然シンボリックな形を構築。まずはテレワー
クといえば六本木ヒルズ、テレワークと言えば安信ビルといった形でそのビルを言えばもうテレワー
クをやっている会社であることが分かるブランド化、イメージを構築していきます。あとは、それを
地方の軽井沢ヒルズとし、地方にたくさん作っていきます。重要なのは見せることです。魅力のある
会社、かっこいいなと思わせることで、特に学生だとか、女性だとか。女性メインです。女性の方か
ら注目を集めるようなそんな感じにしていきます。名付けてテレワークタウン構想によるライフデザ
インの提案です。以上です。
◆質疑応答
Q.(片桐):片桐と言います。災害に強いかということを考えたらそのビルなんて長期振動で、かな
り揺れており、六本木ヒルズは振動でエレベーターがすべて止まってしまうビルにわざわざテレワー
クを入れたらむしろ危険な気がするのですが、そこに持っていった理由は防災といった観点は入って
いるのでしょうか。
A.(佐藤):すばらしい質問です。要はテレワークですので、会社に来る必要がない。家で出来るの
でそれはすべて選べます。ですから自宅で仕事をしていれば影響ありません。地震だけではなく火事、
テロすべての災害について、自宅で仕事が出来るので大丈夫です。
(文責:牧野 陵)
109
〈8 班/伊藤豊、望月伸保、鬼塚翔二朗、堀水健司、徳丸史郎、佐藤浩司〉
ファシリテータ:浅間優子
発表:堀水健司 書記:徳丸史郎、佐藤浩司、鬼塚翔二朗
8グループを担当させていただきました。テレワークも用
いるというのが我々としてあまりイメージがわかなかったも
のですから、どういった形にしようかというところから議論
が始まり、地域としては具体的に浮かばなかったので、どこ
の地域でもあてはまるような汎用的なモデルを作りたいとい
う希望から始めました。
まず、諏訪先生がおっしゃったように、テレワークという
のは日本では非常に進みづらいということがありますので、
雇用を満たしテレワークを進めるという観点からあえて IT 企業と
コールセンターといったようなものを企業誘致としてまず進めると
いうのがステップ1です。
あと地域の情報化を進める。高齢者や主婦の方やお子さんを持た
れている方に行う。今孤独な高齢者や主婦の方が地域参加したいが、
結びつきがわからないという課題がありますので、そういった方た
ちをうまくネットワーク化する主婦と高齢者と先週でました弱者と
呼ばれる人、主婦の方は違いますけど、そういった方たちをうまく
地域資源としてネットワーク化していくというのが二つ目になりま
す。そういったものを主体にし、コールセンターを自宅で主婦の方、
高齢者の方を対象にしながら取り込む。次の段階としては医療の面
で高齢者の方に安否確認できるような、先ほど神戸の話ありましたけど、そういった内容で高齢者が
安心して暮らせる仕組みを作る。
最後に教育です。お子様を含めて IT 教育をする。
我々は防災プログラムを主婦の方、高齢者の方に地域参加させて市役所の方も含めて地域にあった
防災プログラムを作る。そして外国の都市と防災協定を結んでネットワーク化する。それで常時、非
難訓練も含めて月1回あるいは何らかの形でマニュアル化して運営していくことを考えています。地
域を主体にし、外国と防災ネットワークも結ぶ防災基盤ネットワークモデルを考えました。以上です。
(文責:牧野 陵)
110
2.講師の講評 (1)中嶋聞多先生
私は、地域ブランディングの立場でお話をしましたので、1 班か
ら4班までがおもにかかわるように思います。30分という限られ
た時間で話をしましたので、うまく伝わっていない部分も多々ある
と思いますが、話のポイントを思い出していただきたい。
皆さん、短時間でよくここまで考えられたと思いますが、基本は
まず地域のブランディングということですから、地域が特定できな
いと話が非常にしにくいんですね。できれば地域を、
東北三県とか大きく考えないで、
小さく切り取っ
ていいただくとより具体的に話が進めやすいと思います。被災地といってもそれぞれ事情が違うわけ
じゃないですか。ローカリティからの発想は、まずこの地域でどうだろうと、考えて頂きたいという
のが一点目。
二点目はですね、これも申し上げたことだと思いますが、ブランドを考える場合、イメージだけで
なく、ブランド・アイデンティティを考えて下さいということです。これは、要は、どういう事かと
いうと、そこに住む方々にとって、その地域はどうあるべきかということを議論すること、そこから
発想していくことが大切ということです。この点をどこまで汲み取っていただけたかそれぞれ考えて
頂きたい。その上で、どのようなまちをつくりたいのか、ということを端的な言葉で表現をする。皆
さんの発表の中にもいくつかの具体的な言葉があったような気がしますが、そういうものを合意形成
で本来は積み上げていくべきなんですね。合意形成といっても、限られた時間とメンバーでの合意形
成ですから、大変難しいですけれども。その場合、ブランドのイメージのほうのは、思い込みや予測
ではなくて、本来はきちんと調査をして、客観的なエビデンスを持って議論しなきゃいけないわけで
すね。それはもちろん今回はないわけですけれども、ブランドイメージとの戦略的マッチングが重要
という視点はおさえておいてほしいと思います。
後半の4グループについては、
テレワークが組み込まれているから分かりやすい。なぜかというと、
ブランドポジショニング戦略の中で、ポイント・オブ・ディファレンス、差別化ポイントと言ってい
ますけれど、としてテレワークがあるからです。だから分かりやすいまちづくりになっているなあと
思います。
ただ、テレワーク以外もいろいろな手段があるわけだから、地域ブランディングを考えるときに、
いくつか差別化ポイント、他所と何が違うかという視点を入れ込むとよりエッジの効いたブランドイ
メージ、ブランド・アイデンティティが生まれてくるのではないかと思います。あと、3班のブラン
ドの三角形の話を聞いていて思ったのですが、あの話自体はですね、地域のブランディングというよ
り、復興支援というもののブランディングですよね。それにシンボルを持たせてやっていくという形
で。確かに、さきほども話をしましたが、何でもブランド化できます。だから、地域のブランディン
グ、人のブランディング、いろいろなブランディングが考えられるわけです。復興支援そのもののブ
ランディングあってもおかしくない。
最後に、
「ローカリティからの発想」ということについて申し上げたいんですけど、エリアをきち
んと限定的に考え、定義して、その地域の支援、その地域の方々のニーズ、文化、歴史、そうしたも
のを踏まえてのブランディングをやっていかなと、本物ができていかない。本来は、その土地の方々
111
と情報を共有して、そこからの非常に奥行きの広い議論をしていかないと、なかなか難しいんだなと
感じていただければ今回のワークショップの一つの成果かと思います。
(文責:門田政己)
(2)諏訪康雄先生
短い時間の中で、また私の説明が至らない中で、皆さん面白い発
表ありがとうございました。私はテレワークを中心にお話をさせて
いただきたいと思います。7点ほど掻い摘んでお話させていただき
ます。わざと言いませんでした。実はですね、
国際的にみて、
テレワー
クをしているか、してないかは週に一日以上している人の比率で言
います。国際的にみて、先進国ではだいたい 20%から 30%くらい
できておりまして、テレワークは実は非常に知識社会では向いた働き方だと、というのがまず1点で
す。物づくりには向かないでしょうね、
日本は今どれくらいかというと、15%を超えました。ただし、日本はですね、週に8時間以上全
部足したらという、こういう論理なんです。ですから一日1時間ずつくらいメールをみたり、家に少
し持ち帰り残業、
風呂敷残業などをしているとあっという間にテレワークという勘定になるわけです。
それから、ちょっとインチキなところがありましてね、Aという事業所にいつもつとめていながら、
Bにときどき応援とか派遣とか出張で行っている、
そこでも働いている。
そういうのもみんな含めちゃ
うんですよ。ですから、日本のテレワーク人口は水増しされているんです。15%がついに超えたん
です。国の方針はあとちょっと、2015年くらいまでに 20%に持っていくという。それも水増し
をできるだけ無くした形で。ですから、日本も難しいということは事実なんですが、着実にじわりじ
わり進んでいるっていうことは、やはり言える訳でありまして、この点はわざと言わなかったんです
が、頭の中に入れておいていただきたいとおもいます。
それで、その上で、テレワークは何に向いてるのか、というとやはり個人が自分の守備範囲のこと
を集中してやるのに向いていて、相手の顔色を窺ったり、空気を読みながらみんなで何がを作ってい
く作業、こういう会議みたいなものをやるには相対のほうが絶対良いんです。問題は日本で会議のあ
る人がどれくらいいるんですかっていうことなんですね。毎日一回は私は会議に出ているって人は、
社会人の中でどれくらいいるんですか?手を上げてください。はい、だいたい経営者や、管理職の方
ですよね。全体でみると2割くらいでしょ。つまり大部分の人たちは毎日会議なんてやってないんで
すよ。だとしたならば、あるところで方向を決めたら、あとは分散してやってというのを、同じ会社
に来ながらやっているんですよ。
そうすると、人々は会社に行かないでも勉強や仕事をするようにするにはどうするのか?というの
は次の問題になります。
先程教育のことを言った方がいらっしゃいましたが、
これもわざと言わなかっ
たんですが、実はですね、あの世界の26か国くらい調査をしましたら、宿題が世界で一番少ない国
は、日本だという。家で勉強している時間が、宿題をするために勉強している時間が一番少ないのは
日本です。
日本の子供は何をやっているんだというと、テレビを見ている時間が世界一多いんです。3時間で
す。勉強が1時間です。大学生は何もやってないと思いますが、ともかく、つまり、子どもの時から、
勉強は学校でする、家帰ったら遊ぶもの、この癖をずっとつけますとね、社会人になったら、仕事は
会社でやる、家帰ったら、ビール飲みながらリラックスすると、こうなっちゃうんです。この癖がつ
112
くと、ある時、国際会議をやったとき、おもしろいことがありました。東京でやって、その次は大阪
でやるということになってました。東京でやって、さあこれから出発だというので、新幹線にのって、
みんなで雑談して、さあ大阪に着きました。そうすると外国人はみんな大阪城を見たいとか言い出し
たんですが、冗談じゃない、今から打ち合わせだといったら、全員が机をひっくりかえさんばかりに
怒って、新幹線の中でなぜしなかったのか、とこう怒りました。なるほどね、最近では新幹線の中で
パソコン抱えてやっている人もふえましたが、欧米でああいう高速移動ビジネス列車に乗ると大部分
の人は電話をかけたり、パソコンをやったりして、仕事をやっているんです。
つまり、現地行って遊べばいいんじゃないかっという。確かにそうですね、
現地に行って我々はちゃ
んと打ち合わせ室を金払ってとってたからといって会議行かないと思って、それまでの間みんなでプ
シュッとかしてる訳ですよ。この発想の違い。これは文化かもしれないけれども、考え方によっては
違ってくるんではないかと。男が長い間無限に働いていて、長時間だから時々息抜きしないとやって
られないよと、このようなものが残っている。女性みたいに育児だとか家事とか色んなものと絶えず
皆さんのように学校に行ったりだとかやらなきゃいけないと思うと違うんじゃないかという事でござ
います。少し端折ります。先程15%くらいといっておりましたが、実はですね、インフォーマルに
とらえますと、役所の人とかはものすごい仕事してるんですね。ある程度の水準の人たちになると。
ところが、そういうのあまり答えないんですね、なぜかというとそれは情報管理の問題もあって、家
でやってたら怒られかねないですから、言わないんです、出てこないんです。公共部門がものすごく
日本は多いです。
公共部門、それも地方の自治体が最悪。
もし、
オランダと同じように2割が在宅で仕事をしていたら、
例えば何とか町で町長以下全員が流されて大部分の人が亡くなったなんていう、職員からみんな亡く
なったっていう所は、少なくとも2割は生き延びた。あるいはもっとみんなで分散していれば、リス
クを回避できた可能性があるわけでありまして、このようなことで、7つといっておりましたが、時
間の関係で以上にいたします。要するに、もう少し構想力と、時代の流れと、そういうものを考える
と、今はテレワークをどどっと前へ進める素晴らしいチャンスであると改めて申しあげて、個別にご
相談があれば、ご相談に応じます。
(文責:門田政己)
3.ワークショップを終えて (1)各自の感想
10L0002 パク・ソンファン (1班担当)
私は地域ブランド班担当のファシリテータとして参加させてもらい、グリーンニューディールなど
の自分がよくわかっていないところまでに話が入ってしまいました。もちろん、自分ひとりだけでな
く、4~5人の方々と一緒に話し合うことを通じ、さらに各分野の異なる方々が集まり、多様な観点
から意見、あるいは情報を共有することができました。これこそ、私にとっては金では買えないプレ
ゼントだと思います。
しかし、この中で少し物足りなかったところもありました。まず、時間です。グループが多いため、
113
発表やディスカッションができる時間はいつも不足でありました。それで、結論のところに至っては
みんな焦りながら考え出したため、実現性の高い意見があんまり出てこなかったと思います。二つ目
は今回の大地震の話に対してあまりにも偏っていたところです。
もちろん、今、日本では一番重要な課題でありますが、ローカリティというのは災害地域だけでは
なく、すべての地域がその対象になると思います。特に、鳥取県や秋田県などの高い潜在力を持って
いる地域についても詳しい情報を得られるのではないかなと思いましたが、意外とその地域に対して
はなかなか出てこなかったのが個人的にはもっと多様な地域の情報を共有してもらいたかったです。
こういう物足りない感があったにも拘らず、全体的には大満足の時間であり、これから、我々が政
策の模索、あるいは事業や起業活動を行うことに対しては単純な知識それ以上だと思います。
同じテー
マについてみんなとの話し合いを通じて情報の共有ができたことは我々にとってはものすごく価値の
高い経験であると思い、これからの人生においては必要不可欠のことだと思います。皆さん、ありが
とうございました!
11L0053 井手上秀(1班担当)
今回、3グループは二つのテーマを提示して講義、討議をお願いしましたが、二つのどちらも3月
11日の未曾有の大震災に関わっていました。共通テーマが「ローカリティからの発想」ですが、今
年の政策ワークショップは3.11を避けて通ることが出来ないと思いました。もちろん討議グルー
プが取り上げる「地域」をどこにするのかは自由なのですが、それでもワークショップの仲間たちの
意識の根底には常に被災地があったに違いないのです。
具体的にはなかなか被災地に関われないもどかしさがずっと心のなかにありましたが、政策ワーク
ショップに参加することで、先生方の講義、仲間との討論から3.11後の自分自身の生き方も含め
見直すきっかけができたのは貴重だったと改めて思います。
さて、私は3グループ担当当日、全体の司会を務めさせていただきました。恩田先生が出張でお見
えになってないこともあり多少緊張していましたが、みなさんのご協力で無事に会を進めることがで
きました。しかし、グループの仲間が忙しいなかで打ち合わせをし、準備をしてくれたにもかかわら
ずその意図を受け止めて十分司会として役割を果たせたかははなはだ疑問です。申し訳ありません。
今回の貴重な経験が生きるときが来ることを信じています。
11L0353 門田政己(2班担当)
今回のワークショップは、今までの形式から変更し、グループディスカッションのテーマを2つに
分け「中嶋先生のテーマのみでディスカッションするグループ(1~4班)
」と、
「諏訪先生のテーマ
のみでディスカッションするグループ(5~8班)
」で進めました。
1)運営側の感想
第一回・第二回のように時間内に2つのテーマを融合し、アウトプットする形式とは違い、1つのテー
マを単純に掘り下げる内容だったにも関わらず、
「浅い」発表が目立った。
約半分のグループはこちらが意図するゴールに至っていなかったのは非常に残念。
2)運営上の課題
運営グループから各班にオブザーバーが立会い、脱線しないようサポートに徹するが、
114
今回の参加者から「議論が脱線してもオブザーバーが何もサポートしない」また「議論の半分以上、
オブザーバーが介入して話がまとまらなかった」という意見をもらった。
事実、アウトプットに差がでるのはオブザーバーの役割に影響されるところが大きい。
3)政策ワークショップの感想
当の参加者は、毎回 2 人の先生から話を聞き、面識のない者同士がディスカッションをしていく政
策ワークショップは通常の授業にない面白さがあるが、恩田先生のおっしゃる「内容が陳腐」という
意味が理解できなかったが、運営側になりその意味と課題が分かった。
4)政策ワークショップの課題
この授業が「求めるアウトプット」に辿り着くまでの要因は次のようなものが考えられる。
2人の先生からのインプットの質×(参加者の質×オブザーバーの質)×発表者の質
⇒インプットの質は高いとして、組み合わせに問題はないか!?
⇒参加者全員の発言を引き出し、その発言量・発言の質は担保できているか!?
⇒オブザーバーは、役割を理解した上で、質の高い場のマネージメントができているか!?
⇒発表者は、話し合われた内容を汲み取り、視聴者が理解できるよう伝えられているか!?
この課題は、「陳腐」という総評を受けただけでは自然発生的に改善されないだろう。
5)来年以降の政策ワークショップへ提案
上の課題を踏まえ、オブザーバーと発表者にガイドラインの提示&レクチャーを望みます。
11L0064 中井典絵(3班担当)
中嶋先生との連絡役とファシリテータを担当しました。ゴールデンウィークを挟んだので、打合せ
出来る日にちが限られ、先生にはお忙しい中、5 月 10 日の授業前にお時間を取って頂き感謝申し上
げます。また、諏訪先生にも同 12 日、授業後お疲れのところ打ち合わせして頂き本当に有難かった
です。事前に、3 班のメンバー有志で話し合いをしたのですが、どう「テレワーク」と「地域ブラン
ド」を融合させてグループディスカッションをするか、結論が中々出ませんでした。中嶋先生にご相
談したところ、1 ~ 8 班を 2 つに分けて、
「テレワーク」と「地域ブランド」について、それぞれディ
スカッションしてはとご提案頂いたのです。2 つのテーマを結びつけることに囚われていた私達には
光明になりました。
当日、テーマを 2 つに分けて「まちづくり」を考えてもらいましたが、それでも各班ディスカッ
ション時間が足りてなかったように感じました。もし、
テーマ 2 つを踏まえてプランを考えていたら、
全く纏まらなかったのではと恐ろしくなります。両先生のお陰で、何とか運営を終えることが出来ま
した。5 月 14 日は恩田先生不在で、
TA の中村さんのお力添えも大きかったです。諏訪先生、
中嶋先生、
中村さん、本当に有難うございました。
11L0006 芹澤和樹(4班担当)
今年度はローカリティからの発想というメインテーマがありその中でサブテーマを決定してきまし
た。3 班は、地域ブランドという側面とテレワークという側面 2 つの視点から 3・11 後のまちづくり
というものを考えていくことになりました。各自の分野が異なる中で 1 つのことについて問題の所
在を考えていく事に新鮮さを感じました。地域ブランドについては勉強するカリキュラムがあるので
115
すがテレワークについては知らない事が前提でのスタートでしたので苦労しました。当日私はファシ
リテータとして班をみていましたが、限られた時間の中でよい議論がされていたと思いました。さら
に良いものにするためには実現・持続可能性や地域の特色をより分析できたらと思いました。
事後作業のテープお越しを私は初めて経験しました。意外に時間をとられたという実感と専門用語
の理解をしなければならないという苦労を経験し、良い経験になったと思いました。
次に活かしてほしい事は、知らない知識に対して勉強するようにしてください。今回はテレワーク
というものの本質を理解する事がポイントとなりました。これを理解できない事は議論そのものが見
当違いのものになります。ファシリテータは議論が実りのあるものになるよう頑張って下さい。
11L0352 柏瀬延大(5班担当)
ワークショプを「運営」するということ、これは生まれて始めての経験でした。過去に行政が運営
するシンポジウムに「参加」した経験は数度あります。主催者からプログラムが送られ、テーマが設
定されたパネルディスカッションに参加し、テープ起こしされた文章の最終チェックをしました。し
かし、プログラムを作り、テーマを設定し、テープ起こしをするというシンポジウム運営にかかる労
力を想像したことがありませんでした。
ところが今回は逆の立場で関与することになりました。今回のワークショプでは、先生を交えて行
われた打ち合わせの参加、ファシリテータとしての関与、及びテープ起こしをさせていただきました。
この中で一番記憶に残ったのがテープ起こしの大変さです。35 分程の講義を紙に起こしたら 9 枚
(!)
になりました。要した時間も 4 ~ 5 時間は軽く掛かったと思います。
ワークショプを運営すること、そして参加すること、いずれも労力を要する作業です。今後ここで
学んだことを活かす機会があると思います。その際は、運営側・参加側の労力が一体となり、素晴ら
しい結果がでるようなワークショプを行いたいです。
11L8451 井上竜一郎(6班担当)
今回のワークショップでは、
「3.11後の日本で地域は変われるか?~テレワークと地域ブラン
ディングで考える~」をサブテーマに、全体を「地域ブランディングから考える3.11後のまちづ
くり」
「テレワークを用いて考える3.
11後のまちづくり」の2組(4班づつ)に分けて、
ディスカッ
ションをして頂きました。いずれも、
「震災後のまちづくり」として、今、本当に必要な提案が出る
かもしれないとワクワクしたのを覚えています。
本来なら、異質な2テーマをぶつけることで新たな思考を生み出す、という効果を期待して行うと
ころを、2組に分けるというのは初の試みでした。なぜだ、とも思いましたが、当初あまりにもギャッ
プがありすぎてプログラム等を考えにくかったのも確かで、
若干負荷が軽かったように感じましたが、
分けて正解だったように思います。
ファシリテータをやらせて頂いて、とても楽しくディスカッションを進めることができました。素
晴らしいアイディアがどんどん出て、これは本当に国に提案できるのでは?!とも思える内容までに
至ったのですが、限られた短い時間内での出力作業(紙にまとめる作業および発表)により、内容の
2~3割ほどしか伝えられない残念さを痛烈に感じました。
(今回に限らず)
今回は、何度も行きつ戻りつしたプログラム作成や先生方との調整が一番大変だったと思います。
116
浅間さん、中井さん、ありがとうございました。私が愛知県在住のため、実際の行動や作業やミーティ
ングにも参加できず、申し訳なく思います。ご尽力いただいたグループメンバーの皆様には本当に感
謝を申し上げます。ありがとうございました。
11L0357 牧野陵(7班担当)
ワークショップを企画・準備する側というのは、いろいろ大変であると感じた。普段は、
受講する側として先生のおっしゃったことをメモし、グループ討論に参加し発表する。
しかし、企画・準備する側というのは、担当する先生の論文を読み、講義予定の内容について理解
しキーワードを決めなければならない。キーワードの設定は難しかった。サブテーマと論点をつなぎ、
回答を導き出せるキーワードとは何か。
今回はファシリテータとテープおこしも担当した。
ファシリテータは、
始めての経験で未熟ではあっ
たが、担当した7班は論点をふまえた活発な議論を交わしいただいたおかげで、無事に終了すること
ができた。テープおこしについては、話すことと書くことのスピードの違い。話し言葉と書き言葉の
違いを認識されられた。話すときはよく考えて話さなければいけないことも感じた。
最後に今回のワークショップでは、TA 中村幸子さんの細かい配慮により無事に終了できたもので
あると思う。感謝いたします。また、お忙しいなか講義を行っていただいた諏訪先生、中嶋先生あり
がとうございました。そして、恩田先生ありがとうございました。
10L0455 浅間優子(8班担当)
昨年度は履修登録を見送った政策ワークショップ。1 年目の院生が大多数を占めるなか、マイノリ
ティな 2 年目の院生として参加させていただきました。
事前準備として講演いただく先生との連絡調整、事前の資料準備、当日はファシリテータ、終了後
は感想文とりまとめ等を務めました。諏訪先生のところに、初回訪問してみると、予想外のことがお
きました。
「政策ワークショップ」に例年、講演等で協力してきている諏訪先生の方が段取りを熟知
していたのです。既に当日の発表資料、配布資料を政策ワークショップの担当教授である恩田先生に
渡してありました。少し拍子抜けしてしまいました。一方で、講義に関連する新聞記事を探して、当
日配布資料に加えるように指示をいただきました。
ファシリテータの役割はメンバー達の自主性をなるべく尊重しながら、方向性が狂わないよう、適
宜助言をするという役回りに徹しました。しかしながら、途中で議論がうまく流れない局面が生じ、
この役割を務めるには熟練が必要だと感じさせられました。
メンバーの皆様にあっては、あらかじめ決めてあった分担を超えて、準備段階、当日、提出資料の
作成段階と、さりげなく助けあうことができました。また、ワークショップそのものを運営するとい
う希少なカリキュラムを提供してくださった先生方と関係者の方々にも感謝もうしあげます。
11L0055 田邉崇洋(写真担当)
私は写真係を担当しました。
大学院においてはどの授業においても共通することかもしれませんが、
ある時、あるテーマについて、あるメンバーで討論をして、ある結論に至る(提言する)
、という一
117
連の活動は再現性の困難なものです。時を同じくしてある目的に向かって学ぶ人たちの写真を一枚で
も多く記録として残したく写真係を希望しました。
また、本授業で接する方々の特徴なりを日頃より少しずつ理解・把握した上で全班の活動・討論を
見ると、右往左往しながら討論が進行するなかで参加者がコンセンサスにより意見集約することが如
何に難しいかを客観的に感じました。容易に実験することが不可能な政策というものについて、各参
加者が複数回におよび異なるメンバーと共に政策を疑似的に検討したことの効用を自分なりに振り
返ってまとめることで、将来、必ずや役立つことがあると考えます。討論の時間をもう少し長くでき
ればより深く多面的に検討することが可能になるかもしれませんが、時間の制限があったなかでの体
験が将来活かせるものとなりうると思います。
「震災に関連するテレワーク」
と
「地域ブランド」
という一見共通点を探すことの困難なワークショッ
プ実施についてメンバーで事前に悩みながら検討することができたことは非常に有意義な経験とな
り、また、講義を頂いた諏訪先生と中嶋先生、また、恩田先生と中村 TA にお礼を申し上げます。
(2)役割分担
◆事前準備
事前打ち合わせ:全員
講師との折衝責任者:浅間優子(諏訪先生担当)/中井典絵(中嶋先生担当)
配布資料・機材の準備:全員
◆当日の進行
司会進行:井手上 秀
講師講演の録音:柏瀬 延大/門田 政己/朴 成煥
当日の写真撮影:田邉 崇洋
タイムキーパー:朴 成煥
グループ討議(ファシリテーター)
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1 班 朴 成煥・井手上 秀
2 班 門田 政己
3 班 中井 典絵
4 班 芹澤 和樹
5 班 柏瀬 延大
6 班 井上 竜一郎
7 班 牧野 陵
8 班 浅間 優子
◆報告書作成
<原稿起こし>
中嶋聞多教授基調講演:芹澤 和樹
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諏訪康雄教授基調講演:柏瀬 延大
グループ討議 1 ~ 4 班:朴 成煥
グループ討議 5 ~ 8 班:牧野 陵
講師講評:門田 政己
総合編集:井上 竜一郎
THANKS TO:中嶋聞多教授・諏訪康雄教授・恩田重直准教授・中村幸子(TA)
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