議決権種類株式の国際比較と日本の制度設計への示唆:論文要旨 一橋大学大学院国際企業戦略研究科 経営法務コース博士後期課程(担当指導教官布井千博教授) 藤田勉(学籍番号 ID07L004) 第 1 節:議決権種類株式制度整備の必要性 (1) 株式持合いの弊害 日本の議決権種類株式制度を改革することにより、株式持合いを減少させ、その結果、日 本企業の資産効率とコーポレートガバナンスが改善することが期待される。バーリー、ミーンズ が、経営と株式保有の分離を伴う近代株式会社制度の問題点を指摘したように、株式保有は、 企業経営に大きな影響をもたらす1。株主が分散されている英国、米国などのアングロサクソン 諸国と、特定の少数株主の影響力が強い傾向がある日本や大陸欧州とでは、コーポレートガ バナンスのあり方が異なるが、パンネッズィ、ブルカルト、シュライファーは、前者では株主と経 営者との利害相反、後者では大株主と少数株主との利害相反が最大の焦点であるとする2。 ドイツの事業会社と金融機関の株式保有比率合計は49.0%と著しく高い3。また、日本の場 合、これらの合計で34.8%を占める4。ドイツではコンツェルン、日本では財閥が、法人による高 い株式保有比率のルーツであると言える。ドイツでは、1870年の株式会社の準則主義の採用 により株式会社設立が容易になり、1870年代にはコンツェルンが活発に形成された5。コンツェ ルンの特徴は垂直型(縦型)企業結合方式であることであり、この点は、持株会社を頂点とする 日本の戦前の財閥に近い6。第二次世界大戦後の占領下において、1947年ドイツ経済力過度 集中禁止法が成立し、株式保有がある程度分散されたものの、事業会社の高い株式保有比 1 AA Berle and GC Means. The Modern Corporation and Private Property, revised edition. London: Macmillan (1932), p. 3-10. 2 Panunzi, Fausto, Burkart, Mike C. and Shleifer, Andrei, Family Firms (September 2002). FEEM Working Paper No. 74.2002; Harvard Institute of Economic Research Paper No. 1944. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=298631 or doi:10.2139/ssrn.298631, p. 38. 3 スペイン34.8%、イタリア31.7%、フランス21.0%、英国6.1%。“SHARE OWNERSHIP STRUCTURE IN EUROPE Final Version”(December 2008 Federation of European Securities Exchanges (FESE) Economics and Statistics Committee (ESC)) p. 11, 20, 112. 4 2009 年 3 月末、金額ベース。「平成20年度株式分布状況調査結果の概要」(2009 年、東京証券取引所等)、6 ページ参照。事業法人の株式保有比率は、22.4%、保険会社が 7.5%、銀行が 4.9%。 5 その後、不誠実な株式会社や泡沫会社の設立が相次いだため、1884 年に、再度、ドイツ普通商法典が改正され た。布井千博「第 5 章:会社組織の形成と展開」、鳥山恭一、甘利公人、山本爲三郎、布井千博、福原 紀彦『会社 法』(2006 年、学陽書房)260 ページ参照。 6 奥村宏『新・六大企業集団』(1983 年、ダイヤモンド)37 ページ参照。 1 率は長く維持されたままである7。日本における株式持合いや政策保有株式の起源は、1952 年陽和不動産買占め事件である8。これ以降、戦後に解体された財閥や金融機関が、株式持 合いを通じて、系列や企業グループを形成、あるいは強化した。株式持合いの弊害は、①株 価下落が持合い株式の評価損などを通じて会社の業績悪化要因になる、②コーポレートガバ ナンスに対して悪影響を与える、③株式市場の流動性が低下する、④会社の資産効率が悪 化する、⑤M&Aや健全な敵対的買収を阻害する、などである9。 (2) 敵対的買収と防衛策 議論の大前提は、企業の経営規律において、敵対的買収には効用があるということで ある10。ホルムストローム、カプランは、敵対的買収やレバレッジドバイアウト(含む敵対的 LBO)が、企業価値を高め、かつ経営規律を高めることを実証研究によって証明し、現在 ではこれが学説として広く受け入れられている11。ただし、日本においては、歴史的に、蛇 の目ミシン、雅叙園観光などのように濫用的買収は少なくない。あるいは、敵対的買収の対 応のために、小規模な企業にとっては、買収防衛において、過度な金銭的、時間的な負 担が生じたことがあることも事実である。よって、一定の防衛策の必要性が認められる。 世界の全ての主要国においては様々な防衛策が存在するが、種類株式を用いた防衛 策が世界の主流である。EU には、複数議決権株式や黄金株を中心に議決権種類株式を 用いた防衛策が普及している。米国のライツプランは、ライツ部分に白地優先株を用いて 7 1965年株式法は、支配契約が締結された場合に、それらをコンツェルンと定義し(株式法192条1項)、この 場合、支配会社が従属会社に対して指揮することが可能となると定める(株式法308条1項1号)。野田博「企業 結合の法規制における企業の評価 : ドイツ株式法305条における公正な代償額算定をめぐって」(1987年、 商学討究 (1987), 37(4): 49-74)50ページ参照。 8 三菱地所株式会社社史編纂室編集『丸の内百年のあゆみ 三菱地所社史 上巻』(1993 年)、伊藤正晴「持 ち合いの終焉と株式市場の新世紀」(2004 年、大和総研)2 ページ、奥村宏『会社はなぜ事件を繰り返すのか- 検証・戦後会社史』(2004 年、NTT 出版)37-40 ページ、中島修三『株式の持合と企業法』(1990 年、商事法 務)46 ページ、橘木俊詔、長久保僚太郎「株式持合いと企業行動」(大蔵省財政金融研究所「フィナンシャ ル・レビュー」November-1997)3-7 ページ参照。 9 「金融審議会 我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ報告(案) ~上場会社等のコーポレー ト・ガバナンスの強化に向けて~ 」(2009年、金融庁)8ページ、家田明、大庭寿和「銀行の政策保有株式のリスク 管理について」(日本銀行金融研究所、1998年11月金融研究)26ページ参照。 10 池尾和人「第 4 章 企 業 統 治 の 多 様 性 」 、 神田秀樹、財務省財務総合政策研究所編著『企業統治の多様 化と展望』(2007 年、金 融 財 政 事 情 研 究 会 ) 1 0 4 ペ ー ジ 参 照 。 11 Holmström, Bengt R. and Kaplan, Steven N., Corporate Governance and Merger Activity in the U.S.: Making Sense of the 1980s and 1990s (February 2001). MIT Dept. of Economics Working Paper No. 01-11. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=261112 or doi:10.2139/ssrn.261112, p. 8, Holmström, Bengt R. and Kaplan, Steven N., The State of U.S. Corporate Governance: What's Right and What's Wrong? (September 2003). ECGI Finance Working Paper No. 23/2003. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=441100 or doi:10.2139/ssrn.441100, p. 7、胥鵬「第 6 章どの企業が敵対的買収のターゲットになるのか」、宮島 英昭編著『日 本の M&A―企業統治・組織効率・企業価値へのインパクト』(2007 年、東洋経済新報社)200 ページ参照。 2 おり、これも種類株式の特徴があるが故に可能なスキームである12。加えて、米国では、複 数議決権株式の上場例は少なくない。 日本では、取締役会決議のみによるライツプランは、事前警告型防衛策を中心に多く の企業に普及している 13。これまで、買収者が濫用的買収者であることを被買収者が疎明 立証しない限り、裁判所はライツプラン発動を違法措置として認定する可能性が高いという ことが有力な学説とされており14、有効な防衛策が存在しないために、その代替として、株 式持合いが形成されてきた要素もあろう。以下の議論は、基本的には、敵対的買収の効用 を肯定的に評価しつつも、日本において議決権種類株式制度の規制緩和を実施すること が望ましいと結論付けるものである。 (3) 議決権種類株式と支配権強化機能(CEM) 普通株や種類株式の定義は、国や地域によって様々であり、世界的に統一した概念は 存在しない。たとえば、複数議決権株式と言っても、米国とフランスとでは、その構造は大き く異なる。米国の複数議決権株式は普通株であるが、日本のそれは種類株式である。この ため、便宜的に、日本での定義を基準として、普通株や種類株の呼称を用いる。これらの中 で、議決権制限株式、複数議決権株式、拒否権付株式など議決権に直接影響を与える 種類株式を、議決権種類株式と呼称することとする15。 EU では、種類株式よりも広義の表現として、支配権強化機能(control enhancing mechanism、以下 CEM)を使っている。EU 委員会の定義によると、CEM とは、持株比率に 関係なく、支配権を強化させる制度設計であり、株主の経済的持分と議決権との関係を乖 離させることを目的する16。CEM は、種類株式、あるいは定款による規定などによる会社型 CEM(会社法上の根拠を持つ、複数議決権株式、黄金株など)と、株主総会決議や定款 変更を必要としない非会社型 CEM(株式持合い、ピラミッド構造など)に大別できる。つまり、 12 Martin Lipton, Erica H. Steinberger, Takeovers and Freezeouts, Law Journal Press (2007)、中山龍太郎「米国に おけるポイズンピルの進化とその最新実務」『企業買収防衛戦略』(商事法務、2005 年)参照。 13 2007 年 7 月末時点で 381 社が事前警告型防衛策を導入した。岩倉正和、佐々木秀「ブルドックソースによる敵 対的買収に対する対抗措置〔下・その 2」(2008 年、商事法務 1825 号)37 ページ、別冊商事法務編集部編『買収防 衛策の事例分析(別冊商事法務 No. 310)』(商事法務、2007 年) 5、9 ページ参照。 14 岩倉正和、佐々木秀「ブルドックソースによる敵対的買収に対する対抗措置〔下・その 1〕」(2008 年、商事法務 1824 号)49 ページ参照。 15 東京証券取引所(以下、東証)が設置した「種類株式の上場制度整備に向けた実務者懇談会」の定義による。 「議決権種類株式の上場制度に関する報告書」(2008 年 1 月 16 日、東京証券取引所)、3 ページ参照。 16 Commission staff working document, “Impact Assessment on the Proportionality between Capital and Control in Listed Companies“, (published on 12 December 2007), p. 52. 3 種類株式は、会社型 CEM の 1 種である。2001 年以降、EU において、議決権種類株式と コーポレートガバナンスに関わる研究が、集中的に実施され、その研究成果は日本の制度 設計において大いに示唆に富むものである。そこで、EU における一株一議決権原則(one share one vote principle)を中心とする比例性原則(proportionality principle)の研究を軸と し、米国、日本の制度を比較した上で、日本の議決権種類株式制度設計に関する提言を 行う。なお、以下は、基本的に上場企業に関わる議論である。 第 2 節:一株一議決権原則と比例性原則 (1) 一株一議決権原則とは何か 一株一議決権原則は、会社は「契約の束」であることを前提とし、会社は残余請求権者 がその出資額に応じて株主総会における議決権を持つべきという説に基づく。グロスマン、 ハートは、一株一議決権原則は、株式の持つ経済価値とその発行会社の議決権に関わる 原則であると定義し、一株一議決権原則の重要性を主張する17。ファーマ、ジェンセンは、 「会社は契約の束である」と定義するが、これが、議論の出発点である18。「EU における TOB に関する会社法専門家上級者グループの報告書」は、「会社の残余請求権を持つ株 式資本のみが、そのリスクに見合った経営支配権を持つ」という基本思想を示す 19。ハイデ ン、ボーディは、残余請求権の割合に応じて議決権を保有するべきという考えが、一株一 議決権原則の理論的根拠であるとする20。アーマー、ハンスマン、クラークマンは、株主の 17 Grossman, Sanford J. and Hart , Oliver D., One Share/One Vote and the Market for Corporate Control (August 1987). NBER Working Paper Series, Vol. w2347, pp. -, 1987. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=976159, p. 1. 18 Fama, Eugene F. and Jensen, Michael C., Separation of Ownership and Control. Michael C. Jensen, FOUNDATIONS OF ORGANIZATIONAL STRATEGY, Harvard University Press, 1998, and Journal of Law and Economics, Vol. 26, June 1983. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=94034 or doi:10.2139/ssrn.94034, p. 2, Bainbridge, Stephen M., The Board of Directors as Nexus of Contracts: A Critique of Gulati, Klein & Zolt's 'Connected Contracts' Model (January 2002). UCLA, School of Law Research Paper No. 02-05. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=299743 or doi:10.2139/ssrn.299743, p. 9-10. 19 Winter, Jaap W., Schans Christensen, Jan, Garrido Garcia, José Maria, Hopt, Klaus J., Rickford, Jonathan, Rossi, Guido and Simon, Joelle, Report of the High Level Group of Company Law Experts on Issues Related to Takeover Bids in the European Union (January 10, 2002). Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=315322 or DOI: 10.2139/ssrn.315322, p. 3, Fama, Eugene F. and Jensen, Michael C., Agency Problems and Residual Claims. Michael C. Jensen, FOUNDATIONS OF ORGANIZATIONAL STRATEGY, Harvard University Press, 1998; Journal of Law & Economics, Vol. 26, June 1983. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=94032 or doi:10.2139/ssrn.94032, p. 2. 20 Hayden, Grant M. and Bodie, Matthew T., The False Promise of One Share, One Vote (March 4, 2008). Hofstra Univ. Legal Studies Research Paper No. 08-01 ; Cardozo Law Review, Vol. 30, 2008. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1103160, p. 38. 4 利益を追求することが、結果として、従業員、社会、取引先の利益に資するため、ステーク ホルダーと株主の利害は一致させることが可能であるとする21。 これら以外に一株一議決権原則を支持する論拠として、株主民主主義が挙げられる22。 これは、政治で 1 人 1 票が民主主義の基礎とされるように、同様に多数決制を採用する株 主総会も一株一議決権原則であるべきという議論である23。加えて、少数株主保護の必要 性も指摘される。あるいは、一株一議決権原則からの乖離を否定する論拠として、それが 企業買収や産業再編を阻害することが指摘される。公平性原則と少数株主保護という有 力な理論的根拠を持つ一株一議決権原則が、世界の会社法の大原則として支持されて いるのは当然のことである。今後も、基本的には、一株一議決権原則が重視される流れが 続き、また、それが世界の健全な金融市場の育成に寄与するものと考えられる。 (2) 比例性原則とは何か 比例性原則とは、株式の持つ経済価値とその発行会社の支配権の比例性に関わる原 則であり、一株一議決権原則より広い概念である。一株一議決権原則からの乖離は存在し ないが、比例性原則からの乖離が存在する場合がありうる。ある会社の株主総会における 議決権行使比率が 51%である場合、過半数の株式を保有しなくても、ある株主が、発行済 み株式数の 26%の株式(ブロック株式)を保有すれば、その株主は会社の支配権を、事実 上、得ることができる。ましてや、ブロック株式の保有者が創業者や経営者(たとえば社長) であった場合、グループ会社を事実上支配することが可能となりうる。これをピラミッド構造 と呼び、大陸欧州では多く見られる24。一株一議決権原則を中心とする比例性原則は、主 として、①会社法を中心とする成文法、②証券取引所上場規則など、③裁判や証券監視 当局による命令、④市場の規律、といった 4 つのルールによって規定されるため、仮に、株 21 Armour, John, Hansmann, Henry and Kraakman, Reinier H., The Essential Elements of Corporate Law. Oxford Legal Studies Research Paper No. 20/2009; Yale Law, Economics & Public Policy Research Paper No. 387; Harvard Law and Economics Research Paper No. 643; Harvard Public Law Working Paper No. 09-39; ECGI - Law Working Paper No. 134/2009. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1436551, p. 26-27. 22 Burkart, Mike C. and Lee, Samuel, The One Share - One Vote Debate: A Theoretical Perspective (May 2007). ECGI - Finance Working Paper No. 176/2007. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=987486, p. 37-42. 23 ダンラヴィーによると、19 世紀の米国企業では、一株一議決権原則だけではなく、一株主一議決権原則も存在 したという。Dunlavy, Colleen A., Social Conceptions of the Corporation: Insights from the History of Shareholder Voting Rights. Washington and Lee Law Review, Vol. 63, p. 1347, 2006. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=964377, p. 1355. 24 ISS Europe, ECGI, Shearman & Sterling, “Report on the Proportionality Principle in the EU” p. 28-29. 5 式持合いを減らすとすれば、これらのいずれかの制度を改訂、あるいは変更させることが必 要である。 会社法においては、英国と米国が相対的に柔軟な規定を持つ一方で、ドイツ、日本は厳 格な規定を持つ。上場規則においては、米国と日本が厳格な規定を持つ一方で、欧州は 相対的に柔軟な規定を持つ 25。つまり、英国は、会社法、上場規則とも、規制が柔軟である。 ドイツは、会社法の規制は厳格であるが、上場規制は柔軟である26。米国は、会社法の規 制は柔軟であるが、上場規制は厳格である。そして、日本は、会社法、上場規則とも、規制 が厳格である。 英国は、債券型無議決権優先株式を除くと、主要国で最も CEM が少なく、一株一議決 権原則、比例性原則双方からの乖離が小さい。米国は、会社型 CEM(複数議決権株式と ライツプラン)が多いが、非会社型 CEM はほとんどない。フランスは、会社型 CEM と非会社 型 CEM が多く、主要国の中では一株一議決権原則、比例性原則双方からの乖離が最も 大きい国の一つである。ドイツと日本は、会社型 CEM は少ないため一株一議決権原則か らの乖離は英国と並んで世界で最も小さい部類であるものの、非会社型 CEM が存在する ため比例性原則からの乖離は存在する。日本の場合、会社法も証券取引所上場規則も、 一株一議決権原則を厳格に適用する傾向があったので、歴史的には、上場企業による議 決権種類株式発行は例外的であった。その一方で、企業による株式持合いや政策保有株 投資などは広く普及しており、比例性原則からの乖離は小さくないものと考えられる。 第 3 節:欧米の議決権種類株式と支配強化機能 (1) 米国の支配強化機能 株主が分散した株式保有構造を持つ米国では、有力な CEM は白地優先株を用いたラ イツプランと複数議決権株式である。ライツプランを導入した会社の株式は差別行使条件 付新株引受権付株式であり、その新株引受権の行使対象は 0.001 株に対して 1 議決権が 25 布井千博監訳、ゲラルド・ヘルティッヒ、レニエル・クラークマン、エドワード・ロック「第 8 章 発行者と投資 家保護」『会社法の解剖学』(2009 年、レクシスネクシス・ジャパン)278 ページ参照。 26 1998 年企業領域における統制および透明性に関する法律(Gesetz zur Kontrolle und Transparenz im Unternehmensbereich、以下 KonTrag)によって、上場企業に関する議決権制限は禁止され、その時点で存在する 議決権制限に関わる定款は 2000 年 6 月以降は無効となった。1998 年までは、最高議決権株式が存在したが、 KonTrag によって廃止された。複数議決権株式は、現在では法律でその発行が禁止されている。また、フォルクス ワーゲンを例外として、黄金株は一般には存在しない。吉森 賢「ドイツとフランスにおける二層型取締役会:企業 統治の視点」(2000 年、横浜経営研究第 21 巻、横浜国立大学) 72 ページ参照。 6 付与される白地優先株であるのが一般的である。よって、米国における比例性原則からの 乖離は、主として会社型 CEM、中でも種類株式によって生じていると言える。 米国でも、かつては、モルガン、ロックフェラー、カーネギーなどの企業集団が存在した が、現在では、それらの株式所有が分散されている27。アーマー、ハンスマン、クラークマン は、米国では大きな企業集団について大衆迎合的な政策が実行され、その結果、財閥や 大企業集団は解消されたとする28。たとえば、モークは、大恐慌後の 1933、1934 年のルー ズベルト大統領の税制改革(たとえば、配当の益金参入)などによって、それまで存在した ピラミッド構造がほとんど解消されたと述べる29。 複数議決権株式は米国では最も多い CEM であり、EU の調査対象の 4399 社の上場会 社のうち 20%に相当する 896 社が複数議決権株式発行会社である(2006 年)30。アルガス ラン、クック、キーシュニックによると、1980 年から 2008 年までの 19 年間に 6600 社(株価が 5 ドル以下の会社などを除く)の新規上場があったが、そのうち 405 社(新規上場企業全体 の 6.1%)が複数議決権株式発行会社であった31。最近のピークである 2005 年には、複数 議決権株式発行会社の新規公開数は 16 社(同 12.5%)であり、依然として、有力な株式 公開の形態であることを示している。 1980 年代前半に敵対的買収が急増した結果、上場廃止を検討する企業が相次いだり、 複数議決権株式発行会社が増加した。このため、1988 年に、米国証券取引委員会(以下、 SEC)は、SEC 規則 19c-432を制定した。これは、ニューヨーク証券取引所を含む主要証券 取引所の上場規則を変更させ、事実上、既存の上場企業による複数議決権株式の発行 を禁止するものであった。ところが、1990 年に、SEC とビジネスラウンドテーブルの訴訟で、 ワシントン DC 上級裁判所は、SEC 規則 19c-4 について、証券取引所法は情報開示以上 27 2009 年 9 月末時点で、株式保有比率は、家計部門が 37%、投信が 24%、外国人が 11%。”Flow of funds of the account of the United States” (2009, FRB)、奥村宏『新・六大企業集団』(1983 年、ダイヤモンド)28 ページ参照。 28 Armour, John, Hansmann, Henry and Kraakman, Reinier H., supra note 21, at. 29. 29 Morck, Randall, Why Some Double Taxation Might Make Sense: The Special Case Of Inter-Corporate Dividends (March 20, 2003). University of Alberta Center for Financial Research Working Paper No. 03-01. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=369220 or doi:10.2139/ssrn.369220, p. 2-3. 30 フォード、グーグル、バークシャーハサウェー、コムキャスト、ワシントンポスト、バイアコム、ニューズコープなど世 界的な大企業の発行例がある。ISS Europe, ECG, Shearman & Sterling, supra note 24, at 81. 31 Arugaslan, Onur, Cook, Douglas O. and Kieschnick, Robert L., On the Decision to Go Public with Dual Class Stock (May 4, 2009). Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1402756, p. 32. 32 Governing Certain Listing or Authorization Determinations by National Securities Exchanges and Associations. 7 の規制を求めるものではないことを理由に、違法とした 33。1994 年に、ニューヨーク証券取 引所は自主的に、SEC 規則 19c-4 の精神を反映した規定を上場規則 313.00 に採用し、 現在では、上場企業による複数議決権株式の発行を原則として禁止する証券取引所の規 制は適法とされる。 (2) 米国の議決権種類株式とコーポレートガバナンス 米国では、種類株式発行によってその企業のコーポレートガバナンスが著しくネガティ ブな影響を受けているとの学説は必ずしも多数派とはなっておらず、様々な論議が存在す る34。複数議決権株式発行会社のエージェンシー問題を指摘する研究として、マスリス、ワ ング、シェーが、複数議決権株式発行会社の CEO の報酬が高いことを理由に、複数議決 権株式によって、少数株主の利益を多議決権株式保有者が搾取しているとの指摘したも のがある35。ベブチャック、クラークマン、トリアンティスは、ピラミッド構造、株式持合い、複数 議決権株式がキャッシュフローの権利と経営支配権の乖離を生じさせるため、エージェン シーコストが発生するとしてコーポレートガバナンスにおいて好ましくないものとして位置づ けている36。一方で、複数議決権株式発行会社の優位性を主張するディミティロイとジェイ ンの研究がある37。 米国の複数議決権株式発行会社に特有のモニタリング方法として、独立取締役や株 主による訴訟を通じての取締役の信認義務の監視がある。ハンスマン、クラークマンは、独 立取締役や株主による訴訟を通じて取締役の信認義務を監視する米国のコーポレートガ バナンス制度は、他の先進国と比較して少数株主の利益を保護する点において優れると 33 Business Roundtable v. SEC 905 F.2d 406, 410 (D.C. Cir. 1990), Bainbridge, Stephen M., The Short Life and Resurrection of SEC Rule 19c-4. Washington University Law Quarterly, Vol. 69, Pp. 565-634, 1991. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=315375 or doi:10.2139/ssrn.315375, p. 4, Bebchuk, Lucian A., The Business Roundtable's Untenable Case Against Shareholder Access. Shareholder Access to the Corporate Ballot, 2009; Case Western Reserve Law Review, Vol. 55, No. 3, pp. 557-568, 2005; Harvard Law and Economics Discussion Paper No. 516, 2005. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=686184 or doi:10.2139/ssrn.686184, p. 1. 34 Stephen M. Bainbridge, Corporation Law and Economics, Foundation Press, 2002), p. 332. 35 Masulis, Ronald W., Wang, Cong and Xie, Fei, Agency Problems at Dual-Class Companies (November 12, 2006). Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=9611, p. 14-17. 36 Bebchuk, Lucian A., Kraakman, Reinier H. and Triantis, George G., Stock Pyramids, Cross-Ownership, and Dual Class Equity: The Creation and Agency Costs of Separating Control from Cash Flow Rights (2000). Concentrated Corporate Ownership, (R. Morck, ed.), pp. 295-315, 2000; Harvard Law and Economics Discussion Paper No. 249. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=147590 or doi:10.2139/ssrn.147590, p. 3-4. 37 Dimitrov, Valentin and Jain, Prem C., Recapitalization of One Class of Common Stock into Dual-class: Growth and Long-run Stock Returns (September 1, 2004). Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=422080 or DOI: 10.2139/ssrn.422080, p. 9, 30. 8 指摘する38。ギルソン、ゴードンは、独立取締役や株主による訴訟を通じての支配株主に対 する監視が十分に機能して、支配株主による少数株主の利益の搾取が防げるのであれば、 支配株主によるモニタリング機能がエージェンシーコストを低下させることの効用が大きいこ とを指摘する39。つまり、複数議決権株式発行会社においては、多議決権株主が経営者を しっかり監視するので、株主が広く分散された会社よりも、経営の規律が強まるということが ありうるということである。 (3) EU における支配強化機能 2001 年 9 月に、EU によって会社法改革のために会社法専門家上級者グループが設立 された40。EU における比例性原則の研究の必要性を最初に提起したのは、2002 年 1 月に、 TOB 指令採択に向けて公表された「EU における TOB に関する会社法専門家上級者グル ープの報告書」である41。会社法現代化行動計画は、一株一議決権原則と株主民主主義 に関わる研究を開始することを中期目標として掲げた 42。2006 年に、EU 委員会は、一株一 議決権原則に関する法律上、経済上の研究を外部に委託し、その成果として、2007 年 5 月 に、「EU における比例性原則に関する報告書 43」を公表した。合わせて、一株一議決権原 則の法理論を研究するブルカルト、リーによる「一株一議決権原則の論争:理論的な視点 44 」、アダムス、フェレイラによる「一株一議決権原則:実証研究 45」、そして、その 19 カ国の法 制度を研究する「EU 上場企業による所有と支配の比例性 46」が公表された47。 38 布井千博監訳、ヘンリー・ハンスマン、レニエル・クラークマン「第 3 章 基本的なガバナンス構造」『会社 法の解剖学』(2009 年、レクシスネクシス・ジャパン)68 ページ参照。 39 Gilson, Ronald J. and Gordon, Jeffrey N., Controlling Controlling Shareholders (June 2003). Columbia Law and Economics Working Paper No. 228; Stanford Law and Economics Olin Working Paper No. 262. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=417181 or doi:10.2139/ssrn.417181, p. 61. 40 PRESS RELEASE OF 4 SEPTEMBER 2001 “Company law: Commission creates High Level Group of Experts”. 41 Winter, Jaap W., Schans Christensen, Jan, Garrido Garcia, José Maria, Hopt, Klaus J., Rickford, Jonathan, Rossi, Guido and Simon, Joelle, Report of the High Level Group of Company Law Experts on Issues Related to Takeover Bids in the European Union (January 10, 2002). Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=315322 or DOI: 10.2139/ssrn.315322. 42 Communication from the Commission to the Council and the European Parliament - Modernising Company Law and Enhancing Corporate Governance in the European Union - A Plan to Move Forward, p. 25 43 ISS Europe, ECG, Shearman & Sterling, supra note 24. 44 Burkart, Mike C. and Lee, Samuel, The One Share - One Vote Debate: A Theoretical Perspective (May 2007). ECGI - Finance Working Paper No. 176/2007. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=987486. 45 Adams, Renee B. and Ferreira, Daniel, One Share, One Vote: The Empirical Evidence (December 2007). ECGI Finance Working Paper No. 177/2007. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=987488. 46 PROPORTIONALITY BETWEEN OWNERSHIP AND CONTROL IN EU LISTED COMPANIES:COMPARATIVE LEGAL STUDY, (MAY 18, 2007, Shearman & Sterling LLP). 9 EU の調査対象 464 社全体では、44%の企業が CEM を採用している48。フランスは 72% の企業が何らかの CEM を採用しており、その比率は対象国中では最も高い49。一方で、ド イツは、意外に CEM 採用企業が少なく、主要国では最も低い 23%である。次いで、英国の 比率が低く、31%である。EU 加盟国企業で採用されている主要な CEM は、ピラミッド構造 が CEM 全体の 27%、複数議決権株式が 24%と多く、この二つの CEM だけで、全体の 51%を占める。機関投資家の CEM に対する評価についてもアンケート調査(対象は 386 社、 そのうち EU の機関投資家は 198 社)をしているが、機関投資家の CEM に対する評価は概 ね厳しいものが多い50。 ドイツの複数議決権株式、無議決権優先株式、英国の黄金株、イタリアの無議決権優 先株式の例にあるように、会社型 CEM の採用例は、1990 年代後半以降、着実に減少して きた。一方で、「上場企業の資本と支配権の比例性原則に対する影響の評価」は、数量的 な根拠を明確にしていないものの、非会社型 CEM は増加しつつあると明記している51。制 度を伴う会社型 CEM と異なり、非会社型 CEM はその国の文化、歴史、伝統、商慣習など に起因するものが多く、EU 加盟国の民族、宗教、言語などが収斂しないのと同様に、これ らが短期間で収斂したり解消したりするとは考えにくい。そもそも、ピラミッド構造、株主契約、 株式持合いは、直接的に会社法に基づくものではないので、法律で規制するのは困難で ある。また、ドイツや日本のように、一株一議決権原則を厳格に適用しても、副作用を伴う 非会社型 CEM を通じて比例性原則の乖離が生じるため、会社型 CEM を厳しく規制するこ とはむしろ弊害が生まれかねない。 (4) 比例性原則に関わる EU の判断 比例性原則からの乖離によって弊害が発生する可能性があることに異論を挟む余地は ないものの、実際には、世界の主要国において、比例性原則や一株一議決権原則からの 乖離を禁止している国は皆無である52。一株一議決権原則の理論的根拠は、残余請求権 に基づく株主主権論であるが、近年、残余請求権者は株主だけではなく、従業員や取引 47 Commission publishes external study on proportionality between capital and control in EU listed companies (IP/07/751 Brussels, 4 June 2007). 48 ISS Europe, ECGI, Shearman & Sterling, supra note 24, at 24, 25. 49 次いで、オランダ 65%、スウェーデン 65%、スペイン 62%、イタリア 59%の順である。 50 ISS Europe, ECGI, Shearman & Sterling, supra note 24, at 6, 84-86, 96. 51 Commission staff working document, supra note 16, at 55. 52 ISS Europe, ECGI, Shearman & Sterling, supra note 24, at 14-15. 10 先など多くのステークホルダーを含むという議論が台頭しつつあり、これを根拠に一株一議 決権原則からの乖離を許容する見解が有力となりつつある53。 イースターブルック、フィシェルは、会社が債務超過に陥り倒産した時には、株式の残余 請求権は存在せず債権者が会社を支配することがありうるし、あるいはドイツのように従業 員が経営に直接参加する経営形態もあるので、株主のみが残余請求権者であるという考 えに疑問を呈する54。加えて、不完備契約理論は、株主のみが残余請求権者であることを 否定する55。ハイデン、ボーディは、株主のみならず、多くのステークホルダーがコーポレー トガバナンスに利害関係を持つのであるため、一株一議決権原則の前提は誤りであるとす る56。EU の委託研究において、ブルカルト、リーは、会社の経営支配権の視点からの比例 性原則の分析を論じているが、比例性原則からの乖離を容認するメリットの根拠を主張す る57。同じく、多くの実証研究を分析したアダムス、フェレイラは、比例性原則からの乖離の 是非については明確な結論は見出せないと結論付けた58。 現実には、世界の主要国において、比例性原則を厳密に適用している国はないが、先 進国の会社法はいずれも比例性原則の中核である一株一議決権原則を規定する59。主要 国では、一株一議決権原則の歴史も 19 世紀に遡るが、多くの会社型 CEM も、その発祥は 19 世紀に遡るなど、歴史は十分に長い。EU の理論的、実証的な整理によって、「比例性 原則を基本的な枠組みとしながらも、適度な乖離を認める」という政策が、支持を集めつつ あり、かつこれが EU の現状でもある。 53 Martin, Shaun P. and Partnoy, Frank, Encumbered Shares. University of Illinois Law Review, Forthcoming. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=621323, p. 33-36, Bernard Black” Corporate law and Residual Claimants”(1999, Berkeley Program in Law and Economics, Working Paper Series), p. 5, 宍戸善一『動機付けの仕 組みとしての企業』(2008 年、有斐閣)172 ページ、柳川範之『法と企業行動の経済分析』(2006 年、日本経済新聞 社)33 ページ参照。 54 Frank H. Easterbrook, Daniel R. Fischel, The Economic Structure of Corporate Law, Harvard Univ Pr; Reprint (1996), p. 71. 55 Hart , Oliver D., Financial Contracting (April 2001). Harvard Institute of Economic Research Paper No. 1924; Harvard Law and Economics Discussion Paper No. 327. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=269241 or doi:10.2139/ssrn.269241, p. 10, 田中亘「第 1 章 ス テ ー ク ホ ル ダ ー と コ ー ポ レ ー ト ・ ガ バ ナ ン ス : 会 社 法 の 課 題 」 、 神田秀樹、財務省財務総合政策研究所編著『企業統治の多様化と展望』(2007 年、金 融 財 政 事 情 研 究 会 )4-10 ページ参 照 。 56 Hayden, Grant M. and Bodie, Matthew T., The False Promise of One Share, One Vote (March 4, 2008). Hofstra Univ. Legal Studies Research Paper No. 08-01 ; Cardozo Law Review, Vol. 30, 2008. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1103160, p. 38. 57 ISS Europe, ECGI, Shearman & Sterling, supra note 24, at 10-13, 20-21, 26, 33-34, 38. 58 Adams, Renee B. and Ferreira, Daniel, supra note 45, at 45. 59 PROPORTIONALITY BETWEEN OWNERSHIP AND CONTROL IN EU LISTED COMPANIES:COMPARATIVE LEGAL STUDY, (MAY 18, 2007, Shearman & Sterling LLP) 11 2007 年 10 月に、EU 委員会のチャーリー・マクリービィ域内市場・サービス担当委員は、 比例性原則に関して、EU としては CEM の規制については何も方策を採らないことを表明 した60。これを受けて、2007 年 12 月に、影響評価審議会(Impact Assessment Board)は、 EU の最終的な判断として「上場企業の資本と支配権の比例性原則に対する影響の評価 61 」を公表した。報告書は、比例性原則に関して、EU として新規の政策を導入しない理由と して、以下のように、CEM を禁止するのを正当化する理由が十分に存在しないということを 指摘する62。 第一に、契約の自由と投資家の多様性である。適切な規制が必要であることは論を待 たないが、基本的には、株主総会の承認を得れば、会社は定款を変更する自由がある。 同時に、投資家にも選択の自由があるべきである。一株一議決権原則から乖離した株式 に投資しない投資家もいれば、議決権には関心がなく、値上がり益と配当のみに関心があ る純投資目的の投資家もいる(よって、無議決権優先株に対する需要はある)。 第二に、実証研究が不足している63。CEM の中で最も有力なピラミッド構造やフランスの 複数議決権株式について、比例性原則とその影響に関する包括的な実証研究が存在し ないため、比例性原則から乖離することによる会社や資本市場に対する効果を判断するこ とができない。 第三に、非会社型 CEM と経営支配権との関係である。ピラミッド構造や株主契約は、必 ずしも一株一議決権原則から乖離させることが主たる目的ではなく、商慣習に基づいて形 成されてきた場合も少なくない。非会社型 CEM の禁止は、その実効性に問題があり、現実 には、ピラミッド構造や株主契約を法律で禁じることは著しく困難であると考えられる。 第四に、CEM を禁止すると、会社の経営監視コストが上昇するということがある。支配株 主は自らの利益ためにその会社の経営者を監視するが、結果として、それは少数株主の 利益にもなることが少なくない。 60 Speech by Commissioner McCreevy at the European Parliament's Legal Affairs Committee, EP Legal Affairs Committee (JURI Ctee), Brussels, 3 October 2007. 61 Commission staff working document, supra note 16. 62 Commission staff working document, supra note 16, at 29-33. 63 たとえば、「EU における比例性原則に関する報告書」においては、CEM についての実証研究が紹介されている が、EU に存在する最大の CEM の一つであるフランスの複数議決権株式に関する分析は対象になっていない。同 様に、スペインでは最も採用数が多い議決権行使比率上限設定条項などに関する分析はない。 12 第五に、資本市場が利用しづらくなるということがある64。創業者、あるいはその家族が 株式公開後、発行済み株式数が大きく増加しても、経営権が維持できる制度を用意するこ とによって、新興企業がより積極的に資本市場を活用する機会が増す。 第六に、経営者にオートノミーを与え、長期的な視点に立つ経営を可能にするということ がある。投資家は多様であるため、上場企業である以上、短期的な収益を追及する株主が その会社の議決権を大きく取得することがある65。その場合、CEM を用いて経営権を支配し ている株主(同時に経営者であることもある)は、議決権保有や支配が安定しているため、 より長期的な視野から経営することができる。このような場合でも、短期的な株主構成に左 右されず、長期的な視点で経営を続けることが可能となる。 第七に、加盟国毎に、株主構成や資本市場の成熟などの事情が異なるということである。 発達した資本市場を持ち、多くの洗練された機関投資家が株主構成の中で多数を占める 英国と、ブロック株式の保有やピラミッド構造が多い大陸欧州の先進国、そして資本主義を 導入してから歴史の浅い東欧諸国では、一律の規制は好ましくない。 第八に、訴訟による解決に過度に依存しないということである。可能な限り、訴訟によら ず、会社の運営に関わることは株主総会で解決する方がコストは低いため、株主総会を活 性化する措置を活用することが好ましい。 第九に、富の移転である。仮に、複数議決権株式を廃止した場合、多議決権株式の株 主の持つ財産価値は、議決権が減少する分、減価するということを意味する。その場合、 現在の支配株主から非支配株主に富が移転することとなるが、金銭的な代償の措置など の問題が生じる。 最後に、社会的な要請である。CEM やブロック株式の保有者は、経営者のみならず、 社員、地方政府、取引先など多様なステイクホールダーを含む。それらには、多様な株式 保有目的があり、経済的な利益の追求以外を目的とする投資家も少なくないため、それら を一律に規制することは適切とは言い難い。 64 TOB 指令に採択により、買収がしやすくなった結果、資本市場の利用を避ける起業家が増加するという懸念があ る。Pacces, Alessio M., Control Matters: Law and Economics of Private Benefits of Control (August 12, 2009). Rotterdam Institute of Law and Economics (RILE) Working Paper No. 2009/04. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1448164, p. 36-37. 65 単に、対話するだけでなく、株主提案や訴訟を交えると、その議決権保有比率よりも会社に対する影響力を増すこ とができる。Armour, John and Cheffins, Brian R., The Rise and Fall (?) of Shareholder Activism by Hedge Funds (September 1, 2009). ECGI - Law Working Paper No. 136/2009. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=, p. 5-6. 13 このように、比例性原則からの乖離を無秩序に認めていいというわけではないが、それ は、法制度による一律の規制ではなく、可能な限り市場の規律に委ねるのが適切であると 考えられる。これによって、EU における比例性原則の研究と検討は終了した。 第 4 節:日本の議決権種類株式と比例性原則 (1) 支配強化機能としての議決権種類株式 日本の CEM として、非会社型 CEM である株式持合いが多い一方で、会社型 CEM は 多く用いられていない66。日本の種類株式制度の歴史は古い。1890 年旧商法には種類株 式の規定はなかったものの、起草者のロレスレルは、定款の規定により種類株式発行が可 能であると述べた67。1899 年新商法は優先株発行の明文規定を設け(1899 年商法 211 条)、 1938 年商法改正によって劣後株の発行も認められた68。2001 年商法改正により、議決権 制限株式、転換予約権付株式、強制転換条項付株式、2002 年商法改正により、種類株 主による取締役等の選解任制度が導入された。2005 年会社法により、9 種類の種類株式 の発行が可能となった(上場会社は 8 種類)。 ただし、種類株式制度は、無議決権優先株を除き、上場企業においてはあまり活発に 使われてこなかった 69。2008 年に、「上場制度総合整備プログラム 2007」を踏まえて、東京 証券取引所は種類株式上場に関わる制度を変更した70。この制度変更による上場対象株 式は、既上場会社が新規に発行する無議決権株式と、新規上場申請者の場合は、無議 決権株式に加えて、複数議決権株式の上場である (東証有価証券上場規程 302 条の 2 第 1 項、205 条 9 号の 2)。ただし、上場規則改定後の議決権種類株式の発行例、新規上場例 はない。 (2) 規制緩和と規律強化の両立 比例性原則に関して、規制緩和と規律強化の両立が可能となる制度設計を行うことが 求められるが、可能な限り、規制を緩和し、同時に市場の規律を主体とするルール形成を 66 ISS Europe, ECGI, Shearman & Sterling, supra note 24, at.81, 調査対象 248 社中 2 社が CEM を採用。 高橋英治『ドイツと日本における株式会社法の改革―コーポレート・ガバナンスと企業結合法制』(2007 年、商事 法務)302-303 ページ参照。 68 前掲。 69 江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣、2008 年)131ページ参照。神田秀樹『会社法』(弘文社、2009 年) 60 ページ 参照。 70 議決権種類株式に係る上場制度は、内国株券(日本株)等に関する上場制度に準じる。出所:「議決権種類株式 の上場に関する制度の整備について」(2008年、東京証券取引所)。 67 14 目指すことが望ましい。日本の CEM は非会社型 CEM に偏っており、非会社型 CEM の中 でも、日本以外の主要先進国においては例が少ない株式持合いや親子上場が中心となっ ている。種類株式を用いた CEM は、株式持合いや親子上場の必要性を低下させることが 期待される。 ただし、一株一議決権原則を含む比例性原則を尊重することは重要であり、安易に、そ れからの乖離を生じさせると、様々な弊害が生じることがある。議決権種類株式は、強力な 防衛策になることもありうるため、少数株主の利益が損なわれたり、経営者の地位と権力の 濫用が行われるリスクが生じる。よって、種類株式についての上場規制の緩和をすることに よって、経営に対する規律が緩むことが起こらないような歯止めが必要である。問題は、比 例性原則からの乖離をどの程度認めるか、そして、その乖離をどのようにしてコントロール するか、ということである。 今後の制度設計において、日本が参考にすべきモデルとして英国がある。英国は、会 社法、上場規則共、CEM に関わる規制が少ないものの、議決権種類株式を含む CEM は、 債券型無議決権優先株を除き、ほとんど存在しない。つまり、規制がなくとも、市場の秩序 により CEM がほとんど存在しないのである。ハンスマン、クラークマンは、米国と比較して、 英国の会社法上の株主権が強く、かつ機関投資家の活動が活発であることが、英国の資 本市場の特徴であると指摘する71。また、サーンズ、ファーランは、資本市場におけるソフト ローは、英国独自の株主構成や株主権などの積極的な行使などによって機能するもので あると指摘する72。前身は民間の自主規制団体であった金融サービス庁(FSA)やテイクオ ーバーパネルなどが古くから機能してきた最大の理由として、アーマー、スティールは、英 国では、米国や他の先進国と比較して、機関投資家保有比率が早くから高まったことを挙 げる73。 ソフトローを中心とする規制の長所は、市場の環境変化に迅速かつ柔軟に対応できると いうことであるが、一方で、強制力が相対的に弱いという難点がある。しかし、ゲルターは、 71 布井千博監訳、ヘンリー・ハンスマン、レニエル・クラークマン、前掲注 38、75 ページ参照。 Cearns, Kathryn and Ferran, Eilis, Non-Enforcement Led Public Oversight of Financial and Corporate Governance Disclosures and of Auditors (March 2008). ECGI - Law Working Paper No. 101/2008. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1111779, p. 55. 73 Armour, John and Skeel, David A., Who Writes the Rules for Hostile Takeovers, and Why? The Peculiar Divergence of Us and UK Takeover Regulation (2007). Georgetown Law Journal, Vol. 95, p. 1727, 2007; ECGI Law Working Paper No. 73/2006. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=928928, p. 1768-1770. 72 15 英国では、投資家としての株主の利益を追求すべく専門性の高く経験豊富な自主規制団 体が整備されてきたが、これらの権威が高いために、高度で柔軟な資本市場法制や法秩 序の形成を可能にしてきたと指摘する74。そして、コストがかかり、相対的に時間がかかる司 法に過度に依存しないという特徴もある75。よって、英国同様、高度なノウハウと豊富な経験 をもつ機関投資家中心のモニタリングシステムを、日本にも導入することが有力な選択肢と なる。 議決権種類株式のデメリットを軽減するために、株主総会における株主権の活発な行 使が必要であるが、その中で、比較的低コストで少数株主が行使できる株主権は議決権行 使である76。議決権行使活発化のもう一つのメリットは、スティールパートナーズによるアデラ ンスの経営権取得のような、低コストの敵対的買収の実現である77。議決権行使結果の開 示を進め、議決権行使に対する関心が増せば、低コストの敵対的買収が増加し、低コスト で効果的なモニタリングが実現することが期待される。 (3) 比例性原則と支配強化機能の制度設計に関する提言 議決権種類株式に関する上場規則の緩和を行うと同時に、市場の規律を強化すること が望ましいが、比例性原則から許容される乖離の度合いは、会社、時期、状況などによっ て、大きく異なるはずである。その意味では、柔軟性に欠ける成文法や上場規則によって 一律に規制することは必ずしも好ましいことではなく、情報開示の強化と議決権行使の活 性化によって、市場による監視能力を高めることが望ましい。最終的には、会社による議決 権行使結果や導入された CEM に関わる情報開示を進め、その上で、市場の規律や自主 規制に委ねることが望ましい。 74 Gelter, Martin, The Dark Side of Shareholder Influence: Toward a Holdup Theory of Stakeholders in Comparative Corporate Governance (March 17, 2008). ECGI - Law Working Paper No. 096/2008; CLEA 2008 Meetings Paper; Harvard Olin Fellows' Discussion Paper No. 17/2008. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1106008, p. 93-94. 75 Armour, John, Enforcement Strategies in UK Corporate Governance: A Roadmap and Empirical Assessment (April 2008). ECGI - Law Working Paper No. 106/2008. Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=1133542, p. 4, 21-22. 76 たとえば、欧州のように株主総会の定足数が低い、あるいは定足数がないために議決権行使比率が低い場合、 創業家が 30%程度の議決権を確保していれば、会社の支配権が概ね確保できる。しかし、議決権行使が活発に 実施され、議決権行使比率が上昇すると、30%程度の議決権を保有していても、会社の支配権を確保することが 困難となる。 77 株主総会における株主提案において、株主の過半数の賛成を得た。つまり、コストのかかる委任状勧誘や TOB などによらず、かつ過半数の株式を取得せずに経営者をほとんど入れ替えることに成功し、スティールパートナーズ が経営権を取得した。 16 人的資本の拠出者のオートノミーと物的資本の拠出者のモニタリング権限との調整は、 議決権種類株式制度の在り方の根幹に影響すると考えられる78。資本市場のグローバル化 という視点から、買収と防衛双方の M&A 法制を欧米並みに整備することが望ましい。M&A において、買収者側と被買収者側の規制緩和を同時に行い、合わせて経営に対するモニ タリングに関して、健全な市場メカニズムを働かせることが期待される。これらを実現するた めに、以下を提言する。 買収法制の規制緩和 日本では、欧米で一般的に用いられる株式対価の TOB(エクスチェンジオファー)、逆三 角合併、タックスフリースピンオフなどは、規制緩和が十分でないために、全く、あるいはほと んど使われていない。そこで、会社法、税法など関連法制の改正によって、買収手段を、 欧米と同様の水準まで規制緩和することが望ましい。 議決権種類株式の上場規制の緩和 経営者に対して一定のオートノミーを与えるべく、上場規則を改定し、未上場、既上場 を問わず、複数議決権株式と民営化企業による黄金株の発行規制を緩和することが望ま しい。欧米では、特に複数議決権株式は広く使われているので、外国人投資家とも十分に コミュニケーションをとれば、ある程度理解してくれることもあろう。 議決権行使活発化と情報開示の強化 モニタリング機能を強化するために、情報開示を強化し、同時に株主総会における議 決権行使を活発化させために、①機関投資家の議決権行使基準と行使結果、そして上場 会社による株主総会議案の個別議案毎の議決結果の公表義務化、②上場企業の議決権 電子行使プラットフォームへの参加の義務化、③ドイツの株主フォーラムと同様の制度の設 置、④株主総会集中開催日の分散、を実行する。 これらによるメリットは以下の通りである。第一に、複数議決権株式の発行によって、株 式持合い解消が期待される。複数議決権株式発行によって、M&A が阻害されるという危惧 はあるが、株式持合いと異なり、複数議決権株式には、株安による損失の発生が生じない 分だけ、好ましい。あるいは、株式の放出によって市場の流動性が増加し、かつ、企業の資 産効率が改善する。第二に、上場を躊躇していた同族企業の株式公開が増加することも 78 宍戸善一、前掲注 53、270 ページ参照。 17 有り得よう。第三に、濫用的買収、あるいは不適切な敵対的買収の抑制、減少が期待され る。第四に、JT や NTT 等の民営化企業が黄金株を政府に対して発行することにより、これ らの政府保有株式の売却が可能となり、財政再建に貢献できる。 議決権種類株式の上場規則を緩和しても、実際には、敵対的買収の脅威にさらされる 小規模な会社が、これらを導入すると思われる。トヨタ自動車やキヤノンなどの世界的な大 企業は、そもそも時価総額が大きいために敵対的買収の脅威は小さく、同時に、外国人や 機関投資家の持ち株比率が高いため、市場による監視も相対的に厳しい。あるいは、マス コミの注目度も高いため、世界的な大企業が資本市場全体に影響を与えかねないような資 本政策をとりづらい。濫用的買収の対象となるのは小規模な会社が中心であるので、そう であればむしろ好ましい。 最後に、制度論に関してではないが、コーポレートガバナンスの法制度に関わる研究の 強化を提言したい。日本では、欧米と異なり、敵対的買収を制限する制度が十分には存在 せず、あるいは、ブルドックソース事件などを通じて、TOB 制度などの規律に問題があること が指摘されている79。そこで、日本においても、コーポレートガバナンスに関わる法制度を研 究する機関を設立することが望ましい。そして、将来は、アジアの資本市場法制を可能な 限り統一的に整備し、アジアと共に、日本の資本市場が成長することが期待される。 79 岩倉正和、佐々木秀「ブルドックソースによる敵対的買収に対する対抗措置〔下・その3(完)〕」(2008 年、商事法 務 1826 号)39 ページ参照。 18
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