熊本開催断念の経過などについての熊本県人教からのメッセージ

本年3月末、熊本県人権教育研究協議会役員会で第68回全国人権・同和教育研究大会地元テー
マを「事実と実践・創造 ~であう つながる『ひと なかま まち』~」と決めました。そして、
一昨年から準備を始めていた第68回熊本大会への動きがいよいよ本格的に始まるのだという意気
込みの中、2016年度を迎えました。
そんな矢先の4月14日(木)午後9時25分、熊本県央を震源とする震度7の前震。その後、
頻繁に余震が繰り返される中、前震から28時間後、4月16日(土)午前1時26分、再び県央
を震源として、阿蘇・大分にも及ぶ震度7の本震に襲われました。翌日の地元紙は「M7.3 死者
41人に 9万人超避難 不明者も」とその大変な被災状況を報じました。
本震後、県人教事務局に駆けつけました。幸いにも建物に大きな被災は見られませんでしたが、
壊滅的な被害を受けた事務局の光景に言葉もありませんでした。手のつけようがありません。あわ
せて、事務局員・役員の中にも、被害が大きかった益城町にあった実家が全壊した者、ライフライ
ンを奪われ数週間の避難所生活を余儀なくされた者、道路が寸断され2時間以上かけて事務局に通
った者など、その被災は大変大きなものがありました。
そのような中にあっても、
地震から2日後には第68回大会の開催を追求していくことを確認し、
動き始めました。それは、このような予期せぬ事態を目の前にしても、「19年ぶりに開催するこ
の68回大会をなんとか成功させたい。熊本の地で再び「同和」教育の火を燃やし、全国のなかま
たちと学びあいたい。」という役員、事務局員一致した強い思いがあったからです。
熊本の歩みを振り返ると、熊本での最初の全同教大会開催は、熊本県同和教育研究協議会が発足
して4年目の1975年の第27回大会でした。時あたかも、部落解放運動と解放教育・同和教育
のあり方、進め方で全国的に激しい議論が交わされている最中の大会でした。その大会で確認され
たことは、「部落解放の教育というものは…現象だけでなく、言葉のやりとりだけではなく、その
起こってくる原因を徹底的にとらえ、
中身と実践を通じて自己の社会的な存在を明らかにしていく。
そのことと部落問題とのかかわりを明らかにしていく(議長総括)
」ということでした。大会後は、
この大会での学びを個人に留めることなく、県下各地で還流学習会を開催し、「部落差別の現実に
深く学び、事実と実践で統一する」という作風の形成に熊本は努めて来ました。
1990年、熊本で二度目の全同教大会が開催されました。伝令の一人を残して276名全員が
死ななければならなかった旧「満州」来民開拓団の真相。差別からの解放を願う人々を、国策で部
落を丸ごと移住させた政策の果ての死。部落差別と戦争を問う開会全体会での地元特別報告は、同
和教育に新たな一歩を刻むものでした。それは同時に、後に続いた人々が、あらためて部落と向き
合い、ふるさとを取り戻していく営みでもありました。
そして7年後の1997年。熊本で3度目の全同教大会が開かれました。「こぶしで切り拓け」
と部落の解放への思いを力一杯歌った青年がいます。それはまさに、「ふるさとが好き。人間が好
き」という世の中をつくろうという呼びかけでした。「なりたい自分になれる」夢や希望が持てる
世の中をつくろうという呼びかけでした。
私たちは、熊本県人教設立以来の歩みの基調である「事実と実践」を踏み外すことなく、「人間
を尊敬し、人と結び、豊かな関係に高めうる教育の営み」を今日まで積み重ねて来ました。
「百里の道も九十九里を行って道半ば」としばしば語られた熊本の部落解放運動を長年担って来
られた先達がいます。しかし残念ながら、45年を迎えた熊本の同和教育・人権教育の積み重ねの
中でなお、差別は根絶されていません。2013年春の地元紙には、「差別根強い熊本。今も変わ
らず残念」と題して、
「
『行かない方がいい。付き合わない方がいい』と同級生から孫娘が言われた」
との県民の声が掲載されていました。学校の現場や通学路・駅で、差別発言や差別落書きが繰り返
されています。部落出身生徒の高校進学率が、84%に落ち込んだ年もありました。直近の201
5年3月公表された県民意識調査結果でも、部落の人との結婚について「親として反対・認めない
(35.1%)」「反対があれば結婚しない(18%)」と依然として厳しい県民意識があります。こうし
た現実を直視しながら、私たちは、第68回全国人権・同和教育研究大会を熊本の地で開催する決
意をしました。
私たちは学びたいのです。
同和対策事業特別措置法に始まる諸施策が2002年に失効し、集会所の灯が消されていく中で
もなお解放の火を掲げて学ぶなかまたちのことを。差別をなくすために、今日の社会の中で被差別
の位置に立たされている子どもや親とともに歩き続けている人たちの姿に。
学ぶことで私たちは、「たじろがず 部落の子どもを真ん中に据えて そこからあらたな道を拓
いてきた」熊本の先達の思いを今一度自分のものにしたいのです。そしてこれからの熊本を担う人
たちに、全国のなかまたちの強さ、厳しさ、優しさに出会って欲しいのです。
このような思いの共有が、第68回大会熊本開催へむけた地震直後からの動きの原点でした。し
かし、予定していた全体会場や分科会場の被害は甚大でした。使用の見通しすらつけられないとの
理由で、11月の全人教大会予約施設から次々とキャンセルの申し出がなされる事態となってしま
いました。それ故に、被害を免れた施設はないかと探し続けました。それらの多くは、現在も多く
の避難者を受け入れており、利用開始の見通しが立たない状況が続いています。新しい情報が入る
たびに役員・事務局員を召集し会議を重ねました。可能性を探るたびにそれが消えてしまうという
先の見えない作業の積み重ねでした。それでもどうにか開催する方向を追求しようと、屋外での全
体会開催、分科会の熊本県下での広域開催なども模索していきました。その最中、ゴールデンウィ
ーク中には全人教事務局から熊本に入っていただき、情報交換。現状と方向性を確認しあいました。
そして、5月21日(土)の全人教総会を前にして大きな判断を迫られることとなっていくので
した。タイムリミットの5月17日(火)
、役員会を開催し意見を出し合いました。
「被害が甚大で、
学校も行政もそれどころではないだろう。
」
「開催することがかえって被災者の皆さんの感情を逆な
でするのではないか。
」「いや、こういうときだからこそ全国のなかまたちに発信できるものがある
のではないか。
」
「分科会だけの開催でも『全国大会』ということでの学びがあるのではないか」な
ど意見を出し合いました。1500回を超えた余震が今なお続き被害が拡大しています。熊本県下
の各地同研にあっても会場確保が困難となり、この夏の地区の研究大会を見送ることを決定してい
る地域があります。熊本で大事にしてきている学びの積み上げ(実践の検証)ができない事態も大
変大きな痛手となりました。それでも、気持ちは一致して「やれるならやりたい」
。
しかし、最終的に、参加者の受け入れや会場確保の見通しを確約できない今、いたずらに時が過
ぎ、夏を迎えても大会実施の目途がつかないとき、全人教に、全国のなかまに、何より熊本のなか
まに迷惑を掛けることになってしまうこと。このことが最大のネックとなって、断腸の思いではあ
りますが、68回大会の熊本開催を断念する決断をしました。全員一致ではありませんでした。そ
れ故に、だからこそ、月日を重ね、復旧・復興とともに、また、いずれのときにか熊本開催の機会
を模索するという一点では全員一致した思いでした。
と同時に、このような形で、歴史を積み重ねてきた全同教大会・全人同教大会の歴史を途絶えさ
せてはならないとの思いが私たちにも強くあります。全人教に結集する皆さんの判断に委ねるほか
ないのですが、
何らかの形ででも68回大会の開催を実現していただければと強く願うばかりです。
さて、1995年、阪神淡路大震災を経験した神戸・兵庫の教育は、子どもたちの社会体験を深
め、生き方を見つめ深め励ます教育として、「職場体験学習」を生み出しました。「同和」教育の総
和としての「進路保障」の視点からの深い提起でした。97年の神戸児童連続殺傷事件を踏まえた
子どもと地域を結ぶその取り組みは、
「地域に学ぶことの大切さ」の視点を押さえ、
「人権のまちづ
くり」へと進化していくあゆみは必然であったとも受け止めています。
東日本大震災を経験した福島県教組は、震災以降毎年、日教組全国教研人権教育分科会に、原発
がもたらした被害と苦悩と取り組みを子ども、教師の姿を中心に報告を重ね続けていると聞いてい
ます。
こうした取り組みに学びたいと考えています。私たちは今、多くの被災された方々、被災した子
どもたちとともに歩みを始めることを大事にすべきとの思いを確認しあいました。震災の中で子ど
も、親と向き合うことが求められています。とりわけ、被災地の部落の子をはじめ、被差別状況に
ある子が元気でいるのか、どんな困難に直面しているのか、そこから始めなければなりません。そ
こに私たちは寄り添えているのか、何が教育の課題なのか、今私たちにできることは何か等々早急
に把握し、整理し、県下に提起していくことが人権教育に求められています。その要としての熊本
県人教の真価と力量が問われています。
私たちは、これからも「たじろがず 部落の子どもを真ん中に据えて そこからあらたな道を拓
いて」いくという思いのもと、新たな歩みに向けて、その一歩を踏み出します。そして、何年後に
なるかはわかりませんが、必ず全国のなかまの皆様に、復興の証と、明日から積み上げていく部落
問題解決を重要な柱とした人権教育の成果を地元熊本でお届けしたいと思います。
最後になりましたが、今回の「熊本地震」でお亡くなりになられた皆様のご冥福をお祈りし、今
なお、避難所暮らしを強いられるなど大変な被災をされた多くの方々に心からお見舞いを申し上げ
ます。あわせて、この間、熊本県下に向け、全国の多くの団体、個人・なかまの皆様から温かいお
見舞いや励まし・義援金・支援物資・ボランティア活動等をいただきましたことに深く感謝を申し
上げ、熊本県人教からの報告とさせていただきます。