ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語

ねじとねじ回し
南口
誠
『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』
ヴィトルト・リプチンスキ著、春日井晶子訳
早川書房
工学に携わる人間でなくとも、ねじを回したことがない人間はおそらくこの国
にはほとんどいないだろうと思う。少なくともねじの恩恵にあずかっていない人
間はこの国にはいない。私は高専や大学で機械工学を学び、いまはその学問を教
える学科で教鞭を取っている。学生時代には、ねじを図面の上に嫌というほど描
いたし、ねじについての JIS 規格とにらめっこしながら設計したこともある。機械
工学に携わるものであれば、誰でも似たようなものである。また、ねじは過去の
ものではなく、最新装置もねじのお世話になっているし、現在でも、ねじは研究
課題として学術論文が発表されている。しかし、この“ねじ”はいつ、どこで誕
生したのかということは私自身聞いたこともなかった。正確に言えば、そんなこ
とを気にも留めないくらい、機械工学の中で当たり前の存在であった。
この本との出会いは、ある書店の新刊コーナーだった。目に飛び込んできた表
紙には“なぜ今ここに?”と思える題目があった。それと同時に、副題「この千
年で最高の発明」に共感した。中身をぱらぱらとめくりはしたが、その場は買わ
ずに書店を後にした。その後、その本は新刊コーナーに居座り続けていた。その
書店を訪れるたびに新刊コーナーで目にするにつれ、中身をしっかり読みたいと
いう欲求が大きくなり、海外出張のお供に購入することにした。
この著者は現在、ペンシルベニア大学で都市学を専攻している教授である。技
術文化一般を扱うような著書もあるそうである。言ってみれば、分野は異なるが
同業者が書いた本といえなくもない。緻密な文献調査と引用の展開は学術論文を
書く際に行う作業そのものである。しかし、技術書ではなく、技術史についての
本である。かたっくるしい本であるには変わりない。それなのに、巧みにストー
リーが展開する、純粋に楽しめる(B級?)エンターテイメントである。
そもそも著者がこの本を執筆に至った経緯は、ニューヨークタイムスの編集者
から「このミレニアムのベスト」という特集のなかで、
「最高の道具」について書
いて欲しいという依頼があったからである。あれこれと考えていくうちにねじ回
しがその候補になり、やがてその興味がねじに移っていく。様々な文献や書籍か
らねじの歴史を遡っていくのだが、単なる技術年表を作る作業が展開されるので
はない。歴史の中で“様々な技術とねじの関係”が記され、技術革新の立役とし
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てのねじを知ることができる。そして、
“ねじやねじ回しに携わる人々”のさまざ
まな人間模様も描かれている。あるときは現代に生きる技術者との共通点を感じ、
さが
あるときは人間の性を感じることができる。著者は様々な調査と考察を行いなが
ら、ねじの歴史を遡り、誰でも知っている超有名人に“ねじの父”の称号を与え
ることとなる。その名前は本を読んでのお楽しみである。
昨今叫ばれている“教養”とはいえないかもしれないが、技術者として知って
おくべき“トリビア”にはなるかもしれない。
執筆者紹介
南口 誠
本学准教授。専門領域は、材料工学、高温物理化学。都立高専から本学へ進み、課程
博士修了。高大連携講座やサークル活動で、たたら製鉄(宮崎駿監督の「もののけ姫」
に出てくる昔の製鉄法)の再現を試みたりもしている。
『書名』 著者名(翻訳者名) 出版社または文庫・シリーズ名 出版年 税込み価格
『ねじとねじ回し:この千年で最高の発明をめぐる物語』ヴィトルト・リプチンスキ著
(春日井晶子訳) 早川書房 2003年 1,575円
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