<La は楽しく、Die は悲しい?> 菜穂:ねぇオペラ博士。オペラの「椿姫

<La は楽しく、Die は悲しい?>
菜穂:ねぇオペラ博士。オペラの「椿姫」や「ラボエーム」って、悲しいお話でしょう?
博士:うん、そうだね。どちらも主人公は最後に死んでしまう。
菜穂:で「魔笛」とか「こうもり」は喜劇なんでしょう?
博士:まぁそうだ。専門的にはオペラ・セリエとかオペラ・ブッファ、ジング・シュピール
のような分類があるし、
「こうもり」はオペレッタ(喜歌劇)なんだけれど、まぁ悲劇
と喜劇のどちらかに分けてもいいと思うよ。
菜穂:こんど学校で音楽の時間にオペラのことを習うの。それでオペラの粗筋だけでも予
習しておこうと思って…。
博士:へぇ、感心だねぇ。
菜穂:でね、Wikipedia で調べたら、
「椿姫」は“La Traviata”、
「ラボエーム」は“La Bohéme”
っていう原題が出ていたの。最初に“La”っていう字がついていると楽しそうな感
じがするでしょう!喜劇かなと思って。
博士:ほう…?!
菜穂:そして「魔笛」を調べたら“Die Zauberflöte”。
「こうもり」は“Die Fledermaus”
って書いてあった。先頭の Die って「死ぬ」っていう意味でしょう? 喜劇だとい
うのに、暗い悲しい言葉がついているなんて変だなぁって思うの。
博士:なぁるほど、面白いことに気がついたねぇ。よし菜穂ちゃん。いい機会だから冠詞
についてちょっと勉強しておこう。
菜穂:えぇ~!なにそれぇ!めんどいなぁ。
博士:いいからっ! まずヨーロッパの言葉の多くには、名詞に性別がある。
菜穂:英語にはないよぉだ。
博士:大昔はあったけどヴァイキングが英国土を支配する頃になくなったといわれている。
でもラテン系のフランス語やイタリア語では男性名詞、女性名詞の区別があるし、
ゲルマン系のドイツ語などには中性名詞まであるんだよ。そして冠詞にも男性名詞
用と女性名詞用がある。もちろん中性名詞用も。
菜穂:うぁー大変。英語の文法は簡単でいいね。
博士:たぁしかに。ま、それはさておき、まず「こうもり」Fledermaus についてチェック
してみよう。ドイツ語の fledern は英語では flatter、つまりパタパタするという意
味だ。Maus はねずみ(女性名詞)で英語の mouse。Fledermaus(パタパタと飛ぶねずみ
=こうもり)のように一語に組合わせると、性は語尾に支配されるから、全体でも女
性名詞となり、女性名詞用の定冠詞 Die(ディ)が使われている。ちなみに男性名詞用
は Der(デル)、中性名詞は Das(ダス)だ。
菜穂:Die は「死ぬ」とは関係ないのね。
博士:そう、この綴りは英語では「ダイ」だが、ドイツ語では「死」とはまったく関係な
い。
菜穂:魔笛の Die も同じことね。
博士:Zauber は「魔法の」とか「不思議な」という意味で、英語なら magic。Flöte は「横
笛」(女性名詞)で英語なら flute。Magic flute = Zauberflöte(魔法の笛=魔笛)も
女性名詞。だから定冠詞は Die(ディ)がついて“Die Zauberflöte”となる。
菜穂:じゃ、La はどうなの?
博士:La はイタリア語の女性名詞にかぶさる定冠詞だね。男性名詞用は、il だ。
「鍛冶屋
の合唱」が出てくるオペラ Il torovatore(吟遊詩人)のイルだよ。
菜穂:あぁ「鍛冶屋の合唱」なら知っているわ。じゃ、Traviata っていうのは何?
博士:定冠詞がついているから直訳すると「あの(例の)traviata」(道を踏み外した女)っ
てことになる。英語だと"The Fallen Woman"(堕落した女)だね。
菜穂:主人公の名前じゃないの?
博士:主人公の高級娼婦は Violetta(すみれさん)という名前だ。
菜穂:えぇ! じゃぁ「椿」とは関係ないじゃん。
博士:原作が小デュマ作の La dame aux Camélias(椿の花の貴婦人)という小説で、これを
もとにヴェルディがオペラを作ったんだよ。日本では小説の原題のほうを使ってい
るんだろう。多分「堕落した女」が題名では、お客が入らないからだろうね。作家
はやしのぞむ
の 林 望 (リンボウ先生)は「椿姫の“姫”はおかしい。巴御前や静御前のように、椿
御前と訳すべきだ。
」と言っているよ。Traviata が白拍子だというのは面白い見方だ
ね。
菜穂:La Bohéme のほうはどうなっているの?
博士:チェコのボヘミヤ地方の名がもとになっている。あの地方からジプシー(ロマ)が西
ヨーロッパに流れてきて、彼らのような自由奔放な生き方する人を称してボヘミヤ
ンといったわけだ。さらに定職を持たない、作家や画家などもボヘミヤンと呼ばれ
ている。このプッチーニのオペラには、そんな芸術家が何人も出てくるよ。Bohéme
は女性名詞で La がついているという訳だ。
菜穂:じゃぁ La だから楽しいってわけじゃないってことなのね。
博士:そういうこと。
「冠詞に喜怒哀楽は関係なし。
」ってことだ。