2015 年度日仏会館科学シンポジウム 「 ルイ・パスツールの科学 」 稀代の科学者であるルイ・パスツールは、科学に対し独立性と大胆さとを持って、 作業仮説を組み立てた実験をすることで、科学の進歩に捧げた。 彼の科学者としてのスタートは、化学者としてであり、酒石酸とブドウ酸(酒石酸 のラセミ体)の旋光性の違いと、それによる光学異性体の発見である。生物学や発酵 に関しては素人だった彼は、アルコール製造過程における酸敗の究明にあたり、発酵 研究で酵母菌・乳酸菌等を発見した。また、彼は生物の自然発生説の否定実験で用い たれた“白鳥のクビ型フラスコ”は万人が知れる所であり、生物は“生命は生命から” を証明し、自然発生論争に終止符を打った。 彼の尽きない研究への情熱は、近代微生物学をコッホ等とともに黎明期を築き感染 症と病原菌を突き止め数々のワクチン開発をし、狂犬病ワクチンは人類に多大な貢献 をしている。彼の業績は正にフランス科学の栄光として神話的なものとも言える。 2015 年は彼の没後 120 年、狂犬病ワクチン療法 130 年に当たり、彼の業績を知る とともに科学に対するあり方について考察したい。 プログラム 1. 生命科学の祖、パスツールの原点:酒石酸塩の結晶化学 −僥倖は良き準備をした人にのみ与えられる− 北原 武(東京大学名誉教授、北里大学客員教授) 2. ワイン醸造学の基礎とワイン醸造技術の革新 戸塚 昭(ワイン醸造技術管理師、(社法)葡萄酒技術研究会代表幹事 3. 生命の起原の研究とパスツール 大島泰郎(共和化工・環境微生物研究所所長、東京工業大学・東京薬科 大学名誉教授) 4. 近代ワクチンの創始者 池田忠生(日仏会館学術委員、元日本パスツール協会副会長) 日時:2015 年 12 月 5 日(土曜日) 13:00-18:00 会場:日仏会館ホール 参加費無料 生命科学の祖、パスツールの原点:酒石酸塩の結晶化学 −僥倖は良き準備をした人にのみ与えられる− The Origin of Pasteur, the Founder of Biological Sciences: Crystal Chemistry of Tartaric Acid and Its Salts -Chance Favors only the Prepared Mind北原 武(農学博士、東京大学名誉教授・北里大学客員教授) 1943 年長野県生まれ。東大院農・農芸化学博士修了、農学博士。理研・研究員、米ピッツバ ーク大化学・博士研究員、東大院農助教授、教授歴任。その間 1991 年仏ルイ・パスツール大 招聘教授。退官後帝京平成大薬教授を経て、現在東大名誉教授・北里大客員教授。専攻:有 機合成化学・天然物化学。新しい生物機能性分子の創製と応用を目指す“ものつくり”を追究 してきた。2003 年日本農学賞・読売農学賞。2010 年日本学士院賞。 ルイ・パスツールは、フランスが生んだ最大の科学者の 1 人であり、業績は化学・微生物学・ 医学に及ぶ。彼の生命科学分野における膨大な業績の出発点には立体化学に関わる発見があ った。 1847 年エコール・ノルマルを卒業、当時全く理解不能であった酒石酸塩類の結晶形と旋光 性に関する研究に着手した。水晶結晶の半面像に由来して発見された旋光性に関し、葡萄酒 の醗酵で生じた同じ分子式を有する酒石酸(右旋性)とブドウ酸(光学不活性)が異なる性 質を示したのである。緻密な発想と実験および僥倖に恵まれて,パスツールは結晶化学の分 野における 30 年来の大問題を解明した。さらに、ブドウ酸を酒石酸に変換しようと微生物変 換を用いたことから、研究は醗酵学、微生物学へと展開され、後年の偉大な業績へと結びつ いたのである。演者は、その原点である結晶化学分野の成果について解説する。 ワイン醸造学の基礎とワイン醸造技術の革新 The Base of Enology and Technological Innovation of Wine-making. 戸塚 昭(農学博士、ワイン醸造技術管理士、(一社)葡萄酒技術研究会代表理事) 1937 年生。農学博士・技術士(農学部門・農芸化学)ワイン醸造技術管理士(一般社団法人 葡萄酒技術研究会認定・国際エノログ連盟会員)、有限会社 テクノカルチャー (酒類醸造コ ンサルティング業) 代表取締役、東京バイオテクノロジー専門学校 講師(醸造学) 兼 同校教 育課程編成委員、東京農業大学 (元) 客員教授(醸造学)、一般社団法人 葡萄酒技術研究会 代 表理事・会長。平成 4 年 4 月:「ワイン醸造における酸化防止と品質改良に関する研究」に より「科学技術庁長官賞 研究功績者表彰」受賞。平成 15 年 4 月:「ワイン醸造における酸 化防止とそれによる高品質化技術の開発」により「紫綬褒章(科学技術に関する研究、開発 部門)」受章。平成 18 年 4 月: 「税務行政事務功労」により「瑞寶小綬章」受章。平成 27 年 10 月:「日本のワインの高品質化に関する広範な研究、並びにワイン醸造技術者の育成と啓 蒙活動、教育活動への貢献」により、「日本醸造学会功績賞」受賞。 ワインを貯蔵する際に生成する結晶(酒石)が光学異性体であることを発見したパストゥー ル博士は、その後、腐敗と発酵がいずれも微生物に起因する現象であることを証明するとと もに、発酵における自然発生説を否定し、ワイン、ワインヴィネガー、ビールの醸造産業の 発展に寄与した。特に低温殺菌法はパストゥリゼーションと名付けられ、現在でも食品産業 において広く採用されている。 ワインの世界では永年にわたり「畑の酵母によるワイン醸造」が主流であったが、1930 年 代になって世界各国の大学、研究機関により優良ワイン酵母の収集と保存が行われるように なり、1970 年代に入ると顆粒状酵母によるワインの醸造が始まり、1990 年代後半には顆粒状 乳酸菌によるマロラクティック発酵も実用化された。パストゥール博士によるワイン醸造学 の基礎の確立と現在に到るワイン醸造技術の革新について述べる。 生命の起原の研究とパスツール Pateur and Studies on Origins of Life 大島 泰郎(理学博士、共和化工(株)環境微生物学研究所長、東京工業大学・東京薬科大 学名誉教授。) 1935 年東京生。現在は共和化工(株)環境微生物学研究所長、東京工業大学・東京薬科大学 名誉教授。1958 年東京大学理学部化学科、1963 年同大学院生物化学専攻博士課程終了。理学 博士。東京大学助手、NASA 博士研究員、三菱化成生命科学研究所を経て、1983 年東京工業大 学教授、1995 年東京薬科大学教授、2005 年より現職。好熱菌、好熱古細菌を利用したタンパ ク質工学、進化生化学の研究を行っている。 有名なパスツールの「白鳥の首のフラスコ」の実験研究は、生命の起原の研究における記 念碑的な研究であることはいうまでもない。彼の実験研究は、生命の起原研究にとどまらず その後の生命科学の基礎研究の発展に大きな影響を及ぼしたが、さらに滅菌法、消毒法の確 立など医療や発酵産業を発展させる上でも大きく貢献した。パスツールの輝かしい業績のな かから、生命科学の研究における「仮説検証型」の実験手法など、二、三の話題を取り上げ て、話題提供としたい。 近代ワクチンの創始者 Le fondateur du vaccin modern 池田忠生(医学博士、日仏会館学術委員、元日本パスツール協会副会長) 1943 年東京生まれ、日大獣医卒、日大大院獣医学修士終了、医学博士、パスツール研究所、 仏農務省中央獣医学研究所(Maison-alfort)、日大奉職(農獣医学部、医学部)、その間アル フォール国立獣医大学、Saint-Antoine 病院感染症科、Henri-Mondor 病院微生物検査科、 AFSSA 狂犬病・野生動物疾病研究所(Malzeville-Nancy)など。元パスツール協会副会長、 (公社)東京都獣医師会監事、狂犬病臨床研究会監事、(公社)東京都医師会感染症予防検討委 員会委員など。専攻:人獣共通感染症、実験動物科学。 パスツールと言えば狂犬病ワクチンの発見が有名なことは衆人の知るところですが、伝染 症の原因と予防に関する研究は 1877 年の炭疽に関する最初の実験から 10 年も経ない期間で、 この夢想的な考えを、鶏コレラ、炭疽、豚丹毒、そして狂犬病のワクチンに成功した。免疫 学の歴史の中で彼が果たした役割は、伝染病の「微生物説」の確立であり、ジェンナーの考 えを発展させ、予防接種の概念を体系化した事である。 バカンスでたまたま長期培養されたニワトリコレラ菌が弱毒化され、免疫効果を有する事 を理解し、1880 年に発表した論文「伝染病、特に鶏ニワトリコレラについて」は、近代ワク チンのはじまりを告げるとこになる。 演者はパスツールがいかにして各種ワクチンを作製したかを2、3のエピソードをまじえ て概説する。
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