中南米における原子力発電 - So-net

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FIAL 第 40 回フォーラム
平成 25 年 9 月 19 日
中南米における原子力発電
発表者 内多 允(元 JETRO)
Ⅰ .中 南 米 地 域 の 原 子 力 発 電 政 策
1)3 か国が原子力発電を操業
現在、中南米ではメキシコとブラジル、アルゼンチンが原子力発電所を操業している。
これら 3 か国では総発電量に占める原子力発電のシェアは一桁台(表1)に止まっている。
現在、稼働している原子炉の数も各2基である(表2)。
表1.原子力発電量とシェア
原子力発電量シェ
原子力発電
2005 年 10 年 11
12
11
12
アルゼンチ
6.9
5.9
5.0
4.7
5.9
5.9
ブラジ
2.5
3.1
3.2
3.1
14.8
15.2
メキシコ
5.0
3.6
3.6
4.7
9.3
8.4
(注)シェアは総発電量に占める原子力発電量の割合で単位はパーセント。
原子力発電の単位は TWh(10 億ワットアワー)
(出所) World Nuclear Association(WNA)
表2 原子炉の状況
a)稼働
b)建設中
c)提案段階
基数 出力 基数 出力 基数 出力
アルゼンチン 2
935
1
745
2
1400
ブラジル
2
1901 1
1405 4
4000
メキシコ
2
1600 0
0
2
2000
(注) 出力の単位は全てメガワット(MWe)であるが、a)は net,その他(b,c)は
ベースである。
「稼働」の定義は電力配電網向けにに接続して発電中の原子炉。
「建設中」は原子炉の着工または主要な改修工事が進行中の原子炉。
「提案段階(proposed)」は 15 年以内に発電が期待される原子炉。
(出所) World Nuclear Association(WNA 発表の 2013 年 7 月 1 日現在のデータ。
原子力発電を手掛ける主な動機は、長期的なエネルギー源の選択肢を多様化することで
あり、環境問題については CO2 排出量を削減することである。しかし、現状は従来の火力
(主に石油と天然ガス)と水力への依存度が高い。発電量の計画や見通しでも、中南米 3
か国に共通して言えることは従来から、原子力発電量が飛躍的に増加する数字を想定して
いない。
2)福島原発事故後の動向
2011 年 3 月 11 日の福島原子力発電所の事故後に、南米地域ではベネズエラとチリが対
照的な原子力政策を表明した。
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原子力発電所の事故が、深刻な事態を招いていることを踏まえて、関連政策の凍結を迅
速に表明した国がベネズエラである。福島の事故発生から4日後、3月15日にチャベス
大統領は,福島の事故を原子炉爆発と表現して(graves explosiones en varios reactores)、
ベネズエラ政府は核エネルギー開発計画を凍結させる旨発表した。ベネズエラ政府は 2010
年、ロシアから発電能力 1,200 メガワットの原子炉を 2 基導入する協定を締結したが、チ
ャベス大統領の命令で同協定の実施も凍結されることになった。
一方、チリは 2011 年 3 月 21 日、米国政府と原子力エネルギーの平和利用への協力につ
いての覚書を取り交わした。チリはフランスとは同年 2 月、同様の協力関係を取り決めた。
福島の事故の後に原子力エネルギー開発を進める方針を表明したことに対して、チリ国内
でも反対する意見もある。一方、産業界が以前から要求している電力不足を解決するため
に、原子力発電の導入を支持している。チリは地震多発国であるだけに、政府も早急な原
子力発電所建設には、否定的であるが、全く否定している訳ではない。
原子力発電に積極的に取り組んだが、断念した国がキューバである。キューバはソ連の
援助で 1983 年に 1 号機(出力 44 万キロワット)、1985 年に 2 号機(同 44 万キロワット)
の建設を開始したが、ソ連が 1991 年に崩壊して資金不足に陥り、1992 年に工事は中断し
た。その後、プーチン大統領が 2001 年 12 月にキューバを公式訪問した折に、キューバが
中断したプロジェクトを完成させる意向のないことを表明したことで、これらの建設が中
止されることになった。
Ⅱ 原子力発電操業 3 か国の実態
1)メキシコの原子力発電
メキシコでは原子力発電事業は政府機関である連邦電力委員会(以下、略称 CFE)が独
占している。原子力発電所(名称は Laguna Verde)はベラクルス州に開設され、プラントは
2基の米国・ゼネラル・エレクトリック(GE)による沸騰水型軽水炉(BWR 型)である。
1号機は 1976 年 10 月 1 日に着工、商業運転は 1990 年 7 月 29 日(最初の発電は 1989 年)
に開始した。2 号機の着工は 1977 年 6 月 1 日、商業運転開始は 1995 年 4 月 10 日(同 1994
年)であった。
これら 2 基は着工当初の発電能力は 654MWe(メガワット)であったが、その後これを引
き上げる工事によって、現在は約 800MWe に引き上げられた。最近の総発電設備容量を引
き上げる工事は 2007 年 2 月から始まり、2011 年 2 月に完了した。同事を請け負った企業
はスペインの Iberdola Engineering & Construction とフランス企業のメキシコ法人であ
る Alstom Mexico の 2 社である。受注額 6 億ドルの配分は Iberdola97%、Alstom3%であ
る。両社は世界各地で原子力を含む電力関連のエンジニアリング事業を展開している大手
企業である。
原子炉の新設については提案段階では2基の新設が検討されている(表2)。しかし、現状
は具体的な新設のための予算や、工事御スケジュールは発表されていない。操業中の 2 基
はいずれも、発電可能な期間は 40 年間である。従って、1号機は 2029 年迄、2 号機は 2034
年迄それぞれ発電が可能である。
原子炉を新設するかどうかの問題と並んで、操業中の 2 基の運用方針も具体的に決定し
なければならない。 操業中の1号機は建設開始から商業運転開始まで約 13 年 10 か月を、
2 号機は 17 年 10 か月を要した。従って、これら 2 基が 40 年間の操業期間を迎えて、これ
らを廃炉処分をして新設に踏み切るのか、あるいは操業期間を延長するのか、どちらにし
ても原子力発電の空白期間を避けるために必要な工事期間を考慮すると、検討の先送りは
厳しい状況であろう。
2)アルゼンチンの原子力発電
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アルゼンチンは第 2 次世界大戦後、1940 年代後期から原子力開発体制の整備に着手する
ようになった。原子力発電事業は国営企業である Nucleoel éctrica Argentina S.A.(アルゼ
ンチン原子力発電会社 略称 NASA)が独占している。
原子力開発については、外国の支配を排除することを重視する観点から、燃料も国内供
給を優先している。そのためには、輸入に頼る濃縮ウランを使用しない天然ウラン重水炉
(PHWR)を採用した。原子力発電を操業している中南米 3 か国で、アルゼンチンの原子
力発電は、唯一の重水炉利用国である。アルゼンチン国内ではウラン鉱石の存在は確認さ
れているが、IAEA(国際原子力機関)の情報ではその採掘の実績は報告されていない。
原子炉の燃料として利用可能な核分裂を起こす「ウラン 235」は、ウラン鉱石には 0.7%
しか含まれていない。残り 99.3%は核分裂しにくいウラン 238 である。重水炉では天然ウ
ランを燃料として利用できる。一方、軽水炉ではウラン 235 を濃度が2%から4%に加工
した低濃縮ウランを、アルゼンチンでは輸入に依存しなければならない。燃料コストの負
担は濃縮ウランよりも、天然ウランを使用する重水炉の方が経済的である。国際原子力機
関(IAEA)によれば、アルゼンチンで操業中の発電用原子炉(2 基)のウラン燃料の品位
は、次のようになってる。同国最初のプラントである Atucha1 号の燃料は Slightly enriched
uranium(0.85%),そして Embalse 発電所については Natural uranium と報告している
(IAEA の Country Profile 2011 より引用)。
現在、操業中の原子力発電プラントはアト―チャ 1 号機(Atucha 1、所在地はブエノス
アイレス北西 100Km のリマ)とエンバルセ原子力発電所(Embalse、所在地コルドバ州)
の 2 基である。アトーチャ 1 号機はドイツのシーメンス社グループのクラフトベルク
(KWU)が 1968 年、ターンキー契約で受注、1974 年 6 月に商業発電を開始(出力
335NetMWe)した。この原子炉は、圧力容器型重水炉(PHWR)である。ドイツ企業が受注
した理由は、アルゼンチンが支持する重水炉型を採用していることに加えて、同国が国産
化を重視していることを踏まえて資材の 40%、土木工事の 80%は国内企業の寄与分である
ことも影響した。因みに同 1 号機に対して米国とイギリスは軽水炉を売り込み、この型の
燃料である濃縮ウランの提供を申し出た。重水炉を提案した国はドイツとカナダである。
同国 2 番目の原子力発電プラントが Embalse で、1974 年着工、1983 年に発電開始(商
業運転は翌年)した。その出力は 600NetMWe である。この原子炉はカナダ式重水炉
(CANDU-6,PHWR 仕様)である。この原子炉技術は、カナダ原子力公社(Atomic Energy
of Canada Itd. 略称 AECL)から導入された。
現在、新設の原子炉としては Atucha2 号機が 2013 年中の発電を目指している。政府の
財政難によって、原子炉新設は当初に計画から紆余曲折があった。1979 年に政府は 4 基の
新設を計画したが、結局 Atucha2 号のみが 1981 年に着工した。この受注企業は 1 号機を
建設した KWU でやはり、重水炉である。しかし、約 8 割の工事を終えた段階で資金難の
ために、工事は中断した。政府が積極的な原子力政策へ舵を切る契機は、2006 年に 8 年間
に 35 億ドルを投入する原子力発電開発計画を策定したことであった。この政策転換で、
Atucha2 の工事も再開され、原子力発電所の新設のフィージビリティ調査の開始も決定さ
れた。また、同計画で、次の 2 点が今後のアルゼンチンの原子力政策の方向を見極める上
で注目される。
① 同国の原子力機器メーカーである INVAP 社が手掛けている小型炉 CAREM(Central
Argentina de Elementos Modules、蒸気発生器等を原子炉容器内に設置する一体型
PWR)の開発を推進する。
② IAEA 等の国際的な枠組みを尊重して、ウラン濃縮を再開する。同国はガス拡散法ウラ
ン濃縮に 1983 年、成功したが資金難のためこれを中止していた。
小型炉開発の推進は、特定の大国に技術が独占されている原子炉開発にアルゼンチンの
独自性を強化する姿勢を示したと言える。この小型炉は発電しながら海水の淡水化も可能
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な設計になっている。INVAP の研究炉はオーストラリアとエジプトへの輸出実績もある。
アルゼンチン国防相は INVAP の小型炉を海軍の艦船に搭載することを検討しているという
発言も 2010 年 6 月に報道された。隣国ブラジルが 2008 年、フランスから原子力潜水艦の
建造技術導入を決定、2020 年に 1 隻を配備することを目指している。両国はかつて、核兵
器の開発に着手したことがあると言われ、現在は原子力の平和利用で協調体制を構築して
いる。海軍艦船の動力としての原子炉は核兵器ではないということではあるが、ブラジル
の原子力潜水艦導入と、これに呼応するかのようなアルゼンチンの反応は、近隣諸国にお
けるパワーバランスにどのように影響するか注目される。
ウラン濃縮の再開は、重水炉型原子力発電に頼ってきた政策から、軽水炉型も視野に入
れるのか、新設の原子炉導入政策との関係が、明らかにされていない。
3)ブラジルの原子力発電 ブラジルの原子力発電事業は国営企業であるエレトブラス(Eletbras)の系列企業である
エレトロ・ニュークリア(Eletronuclear)が独占している。同国で最初の原子力発電所は
1971 年、リオデジャネイロ州のアングラ(Angra)原子力発電所である。同発電所の建設
は米国のウエスティングハウス(WH)が、フルターンキイー方式で受注した。Angra1 号
機は 1982 年 3 月 13 日に最初の臨界状態を達成、営業ベースの発電は 1985 年 1 月 1 日(総
発電容量 640MW)に開始した。
Angra2 号機と 3 号機の建設はシーメンス(Siemense)系列の Kraftwerk Union(KWU)
が受注した。 1975 年にブラジルは当時の西ドイツと原子力協力協定を締結した。Angra2
号と 3 号の建設は同協定に基づいて、ドイツ企業の受注が決定した。同 2 号機は 1976 年 1
月 1 日に着工して、2001 年 2 月 1 日より商業発電を開始した。同 3 号機は 2010 年 6 月 1
日に着工、2016 年の発電を目指している。なお、1 号機から 3 号機は全て加圧水型軽水炉
(PWR)である。3 号機建設の時期からはシーメンスに代わって、フランスのアレバとの協力
関係が強化されている。ブラジルは 2002 年、フランスと原子力エネルギーの平和利用のた
めの政府間協定を締結した。同協定によって、フランスからの技術導入が促進されるよう
になった。
今後の原子炉増設については、4基が提案されているが実現の目途は立っていない。ブ
ラジルの電力源は水力への依存度が高い。しかし、水力発電の開発は以前ほど、順調に進
まなくなっている。水力発電ダムの建設には,広大な面積の水没地域の住民からの反発が
ある。特に先住民の権利擁護の観点からも、立ち退きが困難になっている。また、自然環
境保護の観点からも水没地域の増加が疑問視されている。
また、電力需要が多い都市部向け長距離送電網の建設コストと、送電時の電力ロス対策
の負担も重なる。水力発電ダム建設に伴うこれらの問題に対処して、電力需要の増大に対
応するために、電力源の多様化に迫られている。その解決策の一つとして原子力発電が注
目された。ブラジル経済で重要な地位を占めるリオデジャネイロ州における発電量の約
50%は、地元のアングラ原子力発電所で占められている。しかし、その原子力発電について
も建設経費や環境への影響を考慮した反対意見が出るような状況が生まれる事態に、直面
するようになっている。前記のアングラ 3 号機も最初は 1984 年に着工したものの、1986
年に工事を停止した。同工事は 2000 年 6 月に再開、2016 年に発電能力 1270NetMWe で、
商業発電開始を予定している。具体的な新設プロジェクトとしては、次の 2 件の原子力発
電所を 2020 年代に、商業発電開始を計画(提案段階)していることが報道された。
Pernambuco 州(東北部)で発電能力 6000 から 6600 グロス MWe(PWR 原子炉 4 基合計)、
ミナス・ジェライス州(サンパウロ州の隣)で 4000 カラ 6000 グロス MWe(同)である。
原子力発電の燃料資源であるウラン供給力の観点からは、ブラジルの原子力発電は拡大
の余地があると言える。ブラジルは中南米ではウランを生産している唯一の国である。
Eletronuclear によれば、ブラジルは 31 万トンのウランを既に確保しており、これは Angra
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原子力発電所(操業中の2基と建設中の1基)に将来の新設9基を60年間操業可能であ
ると説明している。また、ブラジルの地質がウラン埋蔵量が豊富なカナダやオーストラリ
アと類似していることから、110万トンの埋蔵量もあり得るとも述べている(バルガス
財団、The Brazilian Economy 2011 年 3 月号による)。
国際原子力機関(IAEA)のデータ(Uranium2009,OECD2010 年、通称レッドブックに
よる)では、ブラジルのウラン資源量について、次のように報告している。発見資源量に
ついては確認資源 15 万 7,700tU(ウラン含有トン)、推定資源 12 万 1,000tU で合計 27 万
8,700tU である。一方、未発見資源量は 80 万 tU(予測資源量 30 万 tU と期待資源量 50 万
tU の合計)である。国際原子力機関(IAEA)によるブラジルの発電能力とウラン需給見通
しによれば、同国内で必要とする量を上回る生産拡大を予測している(表3)。
(表3)ブラジルの原子力発電能力とウラン必要量見通し
2009 年 2015 年予測
2020 年予測
実績
Low High Low
High
発電能力
1875
1875 3120 3120
4120
ウラン必要量
450
450
750
750
1000
ウラン生産量
340
1600
2000
(注)発電能力単位はメガワット(ネット)。ウラン必要量と生産量単位は tU(ウラン含有トン)。
( 出 所 )Uranium2009, A Joint Report by The Nuclear Energy Agency and the
International Atomic Enetgy Agency の各種統計より抜粋して作成。
同表による原子力発電能力見通しは最低(Low)と最高(High)で差があるが、これは今
後の原子力発電の拡大方針がはっきりしないことが影響している。ウラン生産量は将来の
輸出も視野に入れて、増産の方針が取られていることを反映して、国内の必要量を超える
増産傾向が見込まれている。
原子力分野でフランスとの関係強化を反映して、原子力企業アレバがアングラ原子力発
電所の建設に加えて、ウラン処理分野にも進出している。ブラジルで原子力燃料の生産と
供給を独占している国営企業ブラジル原子力産業(Industrias Nucleares do Brasil,略称
INB)は 2010 年 2 月、アレバにウラン転換サービスを 5 年間にわたって委託する契約を締
結した。アレバはブラジルのウラン鉱石から精錬されたイエローケーキを濃縮して核燃料
を生産する。ブラジルは国内のウラン鉱石のウラン燃料への転換を強化して、国内の原子
炉への利用に加えて輸出拡大も目指していると伝えられている。