テーマ2 『ドイツのエネルギーシフト戦略と日本への展開』

Vol.164-2【平成 24 年 3 月 30 日発行】
テーマ2
『ドイツのエネルギーシフト戦略と日本への展開』
【山梨総合研究所
調査研究部長
中田
裕久】
1.はじめに
本年2月29日から3月2日にかけて、「スマートエネルギーWeek2012」が東京ビックサイト
で開催された。昨年の原発事故によって、日本では再生可能エネルギーの大幅な導入が必
至と見たのか、主催者によると27カ国、太陽電池、燃料電池、二次電池、スマートグリッ
ドなど、再生可能エネルギー関連分野の1950社が出展。例年に増して、多数の来場者を集
めていた。
このメッセにあわせ、ドイツの(株)NRWジャパン社が「ドイツと日本におけるエネル
ギーシフト」をテーマにセミナーを開催した。これはドイツ最大の経済州であるノルトラ
イン・ヴェストファーレン州(以下NRWと略記)が進めるエネルギーシフト(転換)、エネ
ルギー効率化の状況を紹介するものであった。この中で特に興味深いものについて、筆者
の感想を交えて報告したい。
2.エネルギーシフト
周知のように、1990年以降、ドイツでは一次エネルギー量、発電量に占める再生可能エ
ネルギーの割合を大幅に伸ばしているのに対し、日本は低減傾向にある。再生可能エネル
ギーによる発電量は、日本では水力発電が大部分を占めるのに対し、ドイツでは2000年以
降、風力、バイオマス発電が急増し、水力発電を上回っている。また、再生可能な熱利用
においても大幅に伸ばしている。
この背景には日独のエネルギー政策の違いがあり、原発事故後の両国の対応にも現れて
いる。現在、日本は原発中心のエネルギー政策を見直し中であるが、ドイツでは福島第一
の原発事故後、6月の連邦議会で原発8基を廃止、2022年までに残り9基の段階的閉鎖を決
定した。9月にはシーメンスグループも原発事業からの完全撤退を決定している。
2007年、ドイツはエネルギー・気候保全統合プログラムを作成し、2020年に達成すべき
目標を設定している。
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―
温室効果ガスを1990年比で40%削減
―
発電量に占める再生可能エネルギーの割合を35%以上(2050年には80%)
―
エネルギー効率を倍増、2010年~2020年間には電力消費量を10%削減
また、温室効果ガスの削減のためのロードマップは次の通り。
図表1.ドイツのエネルギーコンセプトの目標(2010)
気候
再生可能エネルギー エネルギー効率
電力
総消費量 エネルギー 電力
割合
消費量
消費量
(1990年比)割合
温室効果ガス
2020年
2030年
2040年
2050年
-40%
-55%
-70%
-80%
~ -95%
35%
50%
65%
80%
18%
30%
45%
60%
-20%
-10%
-50%
-25%
建物
消費量
交通
-20%
(暖房)
-10%
-80%
-40%
(1次
最終消費量
エネルギー)
出典:ドイツ環境省
3.地域開発とエネルギー効率
イノベーション・シティ・ルールはイノベーションとエネルギー効率を推進するパイロ
ットプロジェクトである。60以上の主要企業のイニシアティブ・グループが主導している。
2010年の春、5万人程度の都市、地区を低エネルギー都市として再建することをねらいと
して、コンペティッションが行われ、同年11月に16の応募都市・地区の中からボトロップ
市が選ばれた。今後、10年にわたり、低エネルギー都市へと変換するための、各種インセ
ンティブ、民間投資が期待されている。
イノベーション・シティ・ボトロップの大目標は2020年までの10年間で、既存ビルのエ
ネルギー効率改善、再生可能エネルギー、分散型エネルギーの導入、新たな交通手段の検
討を通じ、二酸化炭素排出量を50%削減することである。ボトロップのプロジェクトは産
官学及び市民を巻き込み、2011年から案内センター・アドバイスネットワークの設立、マ
スタープランづくり、具体プロジェクトの検討が始まっている。
―
イノベーション・シティプロジェクトに対する20,000人の市民の署名
―
50以上の企業・団体の合意
―
ポスターキャンペーン
―
環境教育
―
ゼロ・エミッション・キャンパス(プロジェクト)
―
下水道ガスの水素化(プロジェクト)
―
ゼロ・エミッション・パーク(産業団地)(プロジェクト)
2
―
電気自動車・カーシェアリング(プロジェクト)
―
燃料電池バス(プロジェクト)
―
分散型エネルギー(小規模風力発電、マイクロ・コジェネ)(プロジェクト)
図表2.イノベーション・シティ・ボトロップの構造
1.住居
既存
新築
2.仕事
既存
新築
3.モビリティ
公共
個人
4.エネルギー
エネルギー効率
(エネルギーパス)
(エコプロフィット)
再生可能エネルギー
分散型エネルギーの生産
スマートエネルギー
5.都市開発
都市計画
オープンスペースの計画
水利管理
6.促進
出典:セミナー資料
「イノベーション・シティ・ボトロップ」プロジェクトでは、電力生産、交通と並んで
建設部門が温室効果ガスの削減目標となっているが、欧州においてはエネルギー消費の40%
が建設部門であることによる。こうした観点から、建設部門の数多くの中小企業は、地域
経済と持続可能社会の形成に寄与する強力なプレーヤーである。そうであるとすれば、都
市の持続性可能な環境形成、長期的な経済的競争性を維持するためには、都市はこれら中
小企業を支援するために、ノウハウの提供を図る必要がある。
ボトロップ市の人口は約11万人、「イノベーション・シティ・ボトロップ」プロジェク
トの区域人口は約7万人である。ボトロップ市は約500万人が住むルール地方の真ん中に位
置しているが、その他の都市に比して、環境、文化・学術、経済・産業の分野で傑出した
ところがない普通の都市である。
強いてあげるとすれば、市民グループの活動が活発なことである。例えば、ボトロップ
市内には「健康パーク」がある。これは慢性病をもつ人々、術後のアフターケアが必要な
人、健康づくりがしたい人が自由に集まり、仲間を見つけ、健康生活を学びあうための公
園である。健康パークは病院、市民グループ、自治体の協力で構想され、地域公園と病院
の間の緑地に体操広場、ハーブ園、集会・セミナー機能をもつ「健康の家」がある。
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ボトロップが成功すれは、ルール地方の53市町村を始め、州内外にその成果を展開する
ことは容易だ。ボトロップ市をモデル都市に選んだことは、地域イノベーションを普及・
推進する上で重要である。
出典:Gesundheitpark ホームページ(左:病院、右:健康の家)
5.エコセンターNRW
(1)概要
NRW州でエネルギーの効率化やエコ建築の研修・普及を担ってきた機関がエコセンター
NRWである。
NRW政府は産業構造の転換、旧い産業用地の再利用を長年にわたり検討課題としてきた
が、建築家などのプロでも環境やエコ住宅・エコ建築を理解するものが少なく、1985年頃
から環境やエコ住宅・エコ建築を教育・研修するための機関の設立構想が浮上。一方、ハ
ム市は炭鉱跡地の利用構想を進めていたので、ここにエコセンターを整備することになっ
た。80年代後半から設立準備が行われ、「世界の省エネ・エコロジー技術を集め、エコ住
宅・エコ建築を普及すること」、「産業構造の転換に寄与すること」を目的として、1992
年にオープンした。
エコセンターNRWは州政府、ハム市、建築家組合、手工業組合、その他の民間企業など
エコ住宅・建築の推進に関連する全ての重要な機関・団体の出資により設立されたが、独
立採算で運営しており、補助金などの支援は一切ない。市場ニーズに対応した経営でなけ
れば、革新的なサービスが生まれないといった理由による。なお、2000年に完全民営化し
ている。
エコセンターNRWの活動は時代のニーズに応じて変化しているが、主たる事業はエコ建
築、カビ・防湿対策等の研修事業、省エネリフォーム・エネルギーパス・環境負荷の少な
いまちづくり等のコンサル・プランニング事業。スタッフは建築、土木、建設技術、環境
・経営、エコプランナー、再生エネルギーなどの専門家、事務職合わせて25名である。
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エコセンターNRWのオフィス
全体図:エコセンターNRW及び産業パーク
(2)様々な業界支援のコンサル事業
ドイツの建設産業は約半分に縮小しており、建設産業は新たなビジネスを開拓する必要
がある。これを支援するため、企業や建築家の依頼により、省エネ住宅へのコンバージョ
ン、歴史的建築物の再生(コンサートホールへの再利用)、自動車の無い住宅地の開発、
エネルギー自給自足住宅などについてのコンサルティングを行っている。コンサルティン
グは環境技術だけでなく、マーケティングなども含まれる。
近年、製品をつくる企業とソフトサービスを提供する企業が集まり、企業連合のような
ものをつくるケースも増え、これらを対象としたコンサルティングも行っている。エコセ
ンターには直接消費者からエコ住宅の新築、既存施設の改修、エコ関連製品などについて
の相談があるが、適切な人材、企業、製品がない場合が多い。建設関係者が新たなノウハ
ウを習得し、エコ製品、エコ相談、エコサービスを提供するなど、新たな環境ビジネスに
参入できるようにすることがコンサル事業の狙いでもある。
エコ住宅の新築の場合は、建築家、工務店ともに良く分かる人が多くなっている。しか
し、既存施設のエコ化の場合は、ノウハウや知識の蓄積がない。そこをカバーするのがエ
コセンターNRWの役割である。
(3)エコプロフィット
エコセンターNRWはハンブルクに設立されたBAUM株式会社(ドイツ環境マネジメン
ト作業共同体の略で、フォルクスワーゲン、バイエルなども出資)と共同してジョイント
ベンチャー会社(ハム市BAUM有限会社)を1999年に設立し、「エコプロフィット」事
業に参入している。企業のエネルギー、給排水、廃棄物などの実際状況を見て、現場で改
善策などのコンサル業務を行う。相談ケースとして、製造業、サービス業、学校、病院、
スポーツ施設など多様な施設があり、コジェネなどの最新機器の導入などのケースもある
が、エネルギーや電気、水などの節約、廃棄物の低減など比較的投資が少なくてすむ改善
が中心である。
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6.日本への展開
(1)エネルギーパス
いわば建築物の燃費証明書がエネルギーパスである。ドイツでは省エネルギー法(2007
改正)で導入が決定され、新築・改築、売買、賃貸時にエネルギーパスの作成が義務付け
られた。また、公共施設はエネルギーパスの掲示義務がある。今後は劇場・映画館等の商
業施設も対象となる予定である。
このドイツの制度・仕組みを日本に導入しようとする動きもある。日本では、2009年に
石川県庁が庁舎のエネルギーパスの作成をエコセンターNRWに依頼。翌年には、県庁でエ
コセンターNRWの技術専門家によるエネルギーパスを学ぶ講習会が実施され、多数の建築
関係者の関心を集めた。2011年7月には日本のホームビルダー等からなる「日本エネルギー
パス協会」が設立され、2012年4月から認証制度をスタートする。評価に当たってはエコセ
ンターNRWが協力していく。
また、エコセンターNRWは、石川県、長野県の自治体と地元建材を利用した住宅開発な
どを手がけており、国内外のローカル対ローカルの連携によるイノベーションが進められ
ている。
(2)被災地とエコセンターNRW
2012年1月には、郡山市内にある川内村の仮設住宅に、ドイツからの支援金によりキッズ
ルーム、図書室、健康相談室などを備えたコミュニティセンターがオープンした。ドイツ
の省エネ建築を参考にした、電気・ガス・石油等を余り使わなくとも、快適な室温を維持
できる断熱建築である。日本エネルギーパス協会が設計施工などに協力した。
2012年3月25日、エコセンターNRWと川内村は同村にメガソーラーの設置を目指すことで
基本合意をした。立地については住民の理解を得たうえで、早ければ年内にも発電所の建
設を始める。設備投資額は約44億円を予定し、電力は既存電力網に供給するとのことであ
る(日経新聞3月26日)。
7.まとめにかえて
筆者は1980年代後半から90年代前半にかけ、都合5回ルール地方の各地で展開されていた
地域プロジェクトの状況を視察した。当時、日本はバブル時代、ルール地方は重厚長大型
の産業構造の転換期であった。労働者が多い地域ではまず教育改革が優先課題、汚染土壌
や河川の浄化などの環境の改善、新たな産業の創出そして文化・芸術・住宅などの生活の
質的改善の課題もある。これらの課題を都市、各地域、市民、産業界、研究機関の協力で
どう改善・改革するか?さまざまな地域プロジェクトが地域の有志グループから生まれ、
展開されていった。
エコセンターNRW、健康パークも当時構想され、開発された多数の地域プロジェクトの
一つである。設立当初のエコセンターNRWでは、再生可能エネルギーの展示会などを行っ
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ていたが、太陽光パネルは日本メーカーのものばかり、ゲルゼンキルヘン市にある学術パ
ークの研究機関ではスイスの特許を購入して太陽光発電の研究開発を行っていた。興味深
いことは、これら産業パークの入居企業は中小企業ばかりであったことだ。当時の日本の
産業政策はトップランナー方式というもので、業界の有力企業を集めて、新規分野の技術
開発を目指そうというもので、現在も継続されている。
現在、エコセンターNRWは日本の地域のホームビルダーに技術移転を行っている。また、
被災地のメガソーラーのコンサル事業を開始している。国内の自治体や中小企業と海外の
環境分野に経験をもつ企業との協業が生まれている。閉塞した日本の地域社会や地域の環
境産業分野の一つの突破口と思われる。
【参考文献資料】
・
ドイツと日本におけるエネルギーシフト」(NRWジャパン社主催)セミナー資料
・
環境と都市のライフスタイル研究報告書 公益法人 ハイライフ研究所
・
エコセンターNRW
・
ボトロップ市 ホームページ
2004
ホームページ http://www.oekozentrum-nrw.de/
http://www.bottrop.de/
発行:平成24年3月30日 編集:財団法人山梨総合研究所
TEL:055-221-1020(代表)FAX:055-221-1050
URL:http://www.yafo.or.jp
発行人:福田加男/編集責任者:井尻俊之
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