巻頭言

巻頭言
脇本 幹雄
(福井県建設技術研究センター所長、福井雪技術研究会副会長)
「守・破・離」と「イノベーション」
いきなり、訳の分からない言葉を引用し、恐縮だが、「守・破・離」とは、芸の道では、
結構有名な言い伝えである。
「能」を確立した観阿弥・世阿弥が唱えたといわれ、芸の道を
究めるやり方である。
「守」では、自分が目標とする先人の芸を模倣し、本物より本物らし
い域まで達する。次の「破」では、なぜ優れているのかを分析し尽くし、新たな技を組み
込み、あるいは、まったく違ったものに改める。こうして、先人の芸から「離」れ、オリ
ジナルな自分の流儀を確立するのだ。
小生、能の世界に縁がないが、ジャズは好きで、サックスの達人・渡辺貞夫氏(ナベサ
ダ)のラジオ番組をよく聞いている。ナベサダも「守・破・離」を若いころ知り、これを
実行してきたという。ビバップの開祖、チャーリーパーカーを完全コピーし、パーカーよ
りパーカーらしく吹けるようになる(守)。次に、ブラジルやアフリカの音楽をそこに取り
入れるチャレンジをした(破)。そして、ナベサダ独自のスタイルを確立した(離)―とい
う。
もう一つのキーワードが「イノベーション」である。これは改良とどこが違うのだろう
か。改良は、積み上げによる技術の蓄積であり、進歩をめざす。これに対し、イノベーシ
ョンは、過去の積み上げと決別し、別次元の技術を開発するものという。だから、日々の
イノベーション、なんてのはありえないのだ。世に、イノベーションが求められているの
も、時代の閉塞感の表れだろう。
さて、本県の雪対策技術は、長岡市発祥の散水融雪技術をまずは模倣した(守)。それを
地下水節約・コスト縮減に向け、あるもの使いの杭からの熱回収により無散水化した(破)。
さらに、夏場の太陽熱を蓄積する独自の技術を開発した(離)―と云えるだろう。このよ
うに、破・離のプロセスで、イノベーションが実行され、新しい伝統ができた。次の世代
の技術者がこの伝統を引き継ぎ、さらなるイノベーションを起こし、新たな伝統を確立さ
れることを切に期待する。