山倉 健嗣 - 会計人コース

経営学研究科においてであった。私は一度民間企
1 はじめに
業に就職したものの,企業経営についてより深く
学びたいと思い,山倉先生の大学院の門戸を叩い
このたび,横浜国立大学大学院国際社会科学研
究科教授の山倉
嗣先生が平成16年度の
た。驚いたことに,山倉先生は他学部の単なる一
認会計
受講生であった私のことをしっかりと憶えていら
士2次試験委員(経営学)に選任された。山倉先
っしゃった。そこで改めて先生の学生に対する情
生は1973年に横浜国立大学経営学部を卒業後,東
熱や思いやりに感服することとなった。私は修士
京大学大学院の修士課程・博士課程に進まれた。
課程・博士課程を通じ先生のもとで,アメリカの
その後,1979年に横浜国立大学経営学部専任講
貯蓄貸付組合,日本の信用金庫などを題材とした
師,1980年には同助教授,イリノイ大学客員研究
組織間関係の展開を中心とした研究を行うことと
員を経て,1993年には同教授となり,現在に至っ
なり,それまでの人生の中で最も濃密で有意義な
ている。学部では経営学
論,経営戦略論,組織
時間を過ごすことができた。実際に教育・研究に
間関係論など,大学院では戦略経営論などの講義
携わるようになった現在,研究者・教育者として
を担当されている。また学会においても精力的に
だけでなく,人間として素晴らしい先生のもとで
活動されており,組織学会,日本経営学会,国際
学べたことを誇りに思っている。そうしたことか
ビジネス学会,環境経済・政策学会,Academy
ら,大学院では現在でも,学部出身者だけにとど
of M anagementなどに所属され,多数の論文執
筆や報告を行っている。とりわけ組織学会や国際
まらず,学外出身者,国内・国外を問わず,多く
の学生が山倉先生を慕い,指導を仰いでいる。
ビジネス学会などでは理事などの要職を歴任され
ている。
2
主要学説紹介
私と山倉先生との第一の出会いは,横浜国立大
学経営学部での講義においてであった。当時私
山倉先生の研究内容は経営組織論,経営戦略論
は,同大学の経済学部の学生であった。しかし,
を中心に多岐に渡っており,これらを一口で説明
あるきっかけで企業経営に興味を持ち,異なる学
することは難しい。しかし,どのような研究領域
部でありながら先生の講義を受講する機会を得る
であっても,先生の学説を特徴付けている点が存
ことができた。初めて山倉先生の講義をお聴きし
在している。以下,それらの特徴について簡単に
たときに,それまで経験したことのない衝撃を覚
説明していこうと思う。
えた。当時山倉先生は企業論を担当していたが,
山倉先生の研究上の第一の特徴として,
「複眼
その内容の深さと面白さ,学生に対する情熱は,
思 」的であることが挙げられる。つまり,ある
私を引き付けずにはいられなかったのである。
物事をとらえようとするとき,先生はただ単にひ
第二の先生との出会いは,横浜国立大学大学院
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とつの視点から着目するのではなく,膨大な研究
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学説を敷衍しつつ,常に複数の視点から物事を
する他組織との関係に埋め込まれている。そのた
析しようとしている。たとえば経営学におけるも
め,ただ単に個々の組織を 析するだけでは不十
っとも重要な研究領域として組織論がある。組織
であり,組織を社会とのかかわりの中に位置づ
論は組織の行動,構造,変動を明らかにする学問
け 析することが求められている。そのため先生
野であるが,スコットが明らかにしているよう
の学説は,「組織を中心的視座に据えた社会シス
に組織観は合理モデルから自生体系モデル,オー
テム論」
としての色彩を色濃く有している。
先生は,
プンシステムモデルへと大きく変遷しており,組
組織の主体的な視点から他組織・社会との関係を
織をどのようにしてとらえていくのかも多様化し
捉え,独自の経営学を構築しているのである。
ている。そこで山倉先生は組織を解明していく上
山倉先生の研究上の第四の特徴として,徹底し
では構造論,コミュニケーション論,文化論,パ
て「現実性」を追及している点が挙げられる。経
ワー論,組織間関係論,変動論的視点など,さま
営学は実践的・現実的な側面を強く持っている学
ざまな視点から捉えていくべきであると論じてい
問領域である。通常,とりわけ経済学において企
る(横浜経営研究ⅩⅠⅩ巻第2号)。また経営戦略論
業は,経済的機能,すなわち利潤を追及する,一
においても同様であり,これまで主流であった環
枚岩の組織としてとらえられ,出資者に責任を負
境 析を中心とした戦略論や資源ベースの戦略論
う主体としてとらえられている。しかし現実の企
にとどまるだけではなく,先生は認知的,組織
業は,その内部において経済的な利害にとどまら
的,
政治的な視点など,
多面的な視点から経営戦略
ないさまざまな利害の対立があるだけでなく,外
をとらえることの意義と重要性を指摘している。
部に対しては単に利潤を追求し出資者のみに責任
現在では多面的な視点から経営戦略論を捉えると
を負う存在では最早ない。現代の企業は,さまざ
いう え方は普通のものとなりつつあるが,先生
まなステークホルダーによって取り囲まれてお
はかつてよりこの点に着目されていたのである。
り,それらが組織に課する要求や圧力も複雑かつ
山倉先生の研究上の第二の特徴として,
「プロ
多様なものとなってきている。経済的な機能を果
セス志向」である点が挙げられる。これは先生が
たす過程において,政治的な機能や,社会的な機
組織の行動を 析する際においては,それがどの
能を果たさなければならないのである。また企業
ようなものであれ,厳密にその行動を
とそれを取り巻く他組織との関係も,経済的
析して,
換
それらがどのようなプロセスを通じて行われてい
において論じられているような対称的なものでは
るのかについて着目する方法である。バーナード
決してない。時に企業は他組織に依存・従属し,
のいうとおり組織は諸個人の協働体系であるた
パワーの行 を受けるのである。そのため現実の
め,その行動は一度に全てのことが行われるので
組織は,他組織からの依存を回避し,自律性を保
はなく,組織内におけるさまざまな個人や部門を
とうとする存在である。そのため先生の学説は,
通じて行われる。そのため通常の場合,個人のそ
現実的な組織観に基づいた,ポリティカル・パー
の場限りの行動と異なり,組織の行動はいくつか
スペクティブ(クロジェやマーチ,ペローなどによ
のステップを踏んで行われている。たとえば経営
って生成され,ヒクソンらによる戦略的コンティンジ
戦略にせよ組織間関係にせよ,その形成・展開に
ェンシー理論,フェファーやサランシックによる資源
は一定のプロセスがあり,後述する主要著書紹介
依存パースペクティブなどによって展開されてきたパ
のところで触れているとおり,こうした問題を解
ースペクティブ)によって大きな影響を受けてい
明するために先生は多くの場合,フェイズ・モデ
るのである。
ル/プロセス・モデルを設定し, 析を行っている。
山倉先生の研究上の第三の特徴として,組織と
3 主要著書紹介
社会の関連性に重点をおいている点が挙げられ
る。現代の企業を始めとする組織は,社会を構成
山倉先生の著作活動は多岐にわたっている。そ
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こでここでは,比較的入手が容易であると思われ
国際化と組織間関係,産業と組織間関係,現代社会
る1990年代以降の著作を中心に紹介をしていくこ
と組織間関係のあり方について論じている。こう
とによって,先生の近年の研究課題についても触
した点は,先生の近年の研究課題や関心領域を知
れていくこととしたい。
りたい読者にとっては大いに参 になるであろう。
『組織間関係―企業間ネットワークの変革に向け
て』(有 閣,1993年)
『現代経営学への招待』(有 閣,1993年,共著)
第3章「変動する環境への戦略的対応―経営戦
本著は組織学会において,最も優れた研究図書
略論」の執筆を担当されている。本書では戦略の
に贈られる高宮賞(著作部門)を1994年に受賞し
形成と実行について,組織,資源,環境というオー
た,山倉先生を代表する著作である。本著ではま
ソドックスな三つのキーワードと,
新日鉄や味の素,
ず第1章において組織間関係の重要性が高まって
カルピスなどのわかりやすい事例紹介を用いて説
いった社会的背景について論じた上で,組織間関
明している。しかし本著では従来の経営戦略論に
係論が成立・発展していった背景について,組織
おいてはこれまで注目されてこなかった戦略の形
論・利害者集団論・経営戦略論などから説明を行
成・実行における新たなキーワードとして,
「パ
っている。第2章では組織間関係論の展開につい
ワー」の問題を提起している。
その上で個々の組織
て,膨大な研究論文のサーベイを踏まえて論じて
だけでなく,提携・連合や企業グループなど,他組
いる。そこで先生は,組織間関係論の主要なパー
織をも巻き込んだ経営戦略論を展開し,多角化戦
スペクティブとして,資源依存パースペクティ
略や競争戦略について論じている。さらに本著で
ブ,組織セット・パースペクティブ,協同戦略パ
は,企業が社会に対して果たす役割を,経営戦略
ースペクティブ,制度化パースペクティブ,取引
の一環を構成する社会戦略と位置づけ,経営戦略
コスト・パースペクティブなどを取り上げ,それ
らの各パースペクティブが何を問題とし,いかな
論の射程を拡大していく必要があると論じている。
『現代経営学の構築』(同文舘,1994年,共著)
るコンセプトを中核にしているのか,どこまでの
第3章4の,
「企業間関係」の執筆を担当され
射程範囲を持っているのかについて明らかにして
ている。その中で先生は,企業系列の形成と展
いる。そうした上で,組織を基本的
開,提携の形成とマネジメントについて組織間関
析単位と
し,なぜ組織間関係の形成・維持・転換していく
係論の
のか,組織間関係のマネジメントをいかに行うの
く,企業の発展過程における経済的相互依存性の
かという問題と,組織の主体性に着目する資源依
変化にともなう企業間関係の変化に着目してい
存パースペクティブを基本的視角とした組織間関
る。そこでは企業の発展過程における企業間関係
係論を展開している。資源依存パースペクティブ
の変化を,①単一製品・単一職能―水平的企業間
という基本的視角から先生は,組織間パワーとコ
関係,②垂直統合・職能部制―垂直的企業間関
ミュニケーション(第3章),組織間関係の調整メ
係,③多角化・複数事業部制―対角的企業間関係
カニズム(第4章),組織間構造と組織間文化(第
として捉え,組織間関係論の枠組みの中で企業の
5章)
,
「組織の組織」(第6章),組織間変動と変
発展メカニズムを明らかにしている。企業の発展
革(第7章)など,組織間関係を
は経営学における重要なテーマであり,この点に
析するための
基本的概念を論じ,組織間関係論を体系化し,独
析枠組みを用いて
着目し組織間関係の視点から
析されるだけでな
析を加えること
自の組織間関係論を構築している。さらに先生は
で,経営学における新たな視点を提供している。
それらを独自の視点を以って経営戦略(第8章),
『現代経営学を学ぶ人の た め に』(世 界 思 想 社,
地域社会と組織との関係(第9章)において適用
1995年,共著)
し,組織間関係論のみならず,経営学の研究対象
第6章の「組織間関係」の執筆を担当されてい
のフロンティアを切りひらく試みを行っている。ま
る。本著では経営学における組織間関係論の系譜
た先生は本著の最後において,今後の課題として
と位置づけを踏まえた上で,戦略としての組織間
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調整メカニズムの類型として,自律化戦略,協調
利害関係者に対し,どのような貢献を,どのよう
戦略,政治戦略を提示し,
「経営戦略と組織間関
に(どのようなプロセスを通じて)行うのか」とい
係」
,
「企業の社会性と組織間関係」について論じ
うことである。環境問題や地域問題など,現代の
ている。「経営戦略と組織間関係」では,企業提
ように企業が社会に大きな影響を与える時代にお
携の形成とマネジメントについて論じている。現
いては,企業を取り巻く利害関係者とのかかわり
在,学問の世界においてもビジネスの世界におい
は,より幅広く,重要なものとなっている。そこ
ても,企業提携は大きな意味を持っている。そう
で本著では企業の社会戦略として,利害関係者の
した意味で,提携の形成やマネジメントのメカニ
識別,組織の存立根拠の明確化,利害関係者をマ
ズムを明らかにすることは,学問的・実務的に有
ネイジするプログラムの策定と,調整機構の設立
意義なことである。また「企業の社会性と組織間
について論じている。
関係」においては,企業の社会戦略を取り上げて
『企業と経営』(八千代出版,2000年,共著)
いる。現代の企業は社会において経済的機能を果
第1章「企業と社会」の執筆を担当されてい
たすだけの存在にとどまるだけではなく,政治
る。本著は企業と社会の関係について,それまで
的・社会的・文化的機能をも果たすことが求めら
主流であった倫理的・価値的問題として取り上げ
れている。企業がこのような社会性を帯びた存在
るのでなく,あくまで企業の現実の行動という視
であることを前提に,フリーマンの利害関係者
点から
(ステークホルダー)アプローチに基づいた,
「企
析を行おうとするものである。そこでま
ず,
「企業と社会」を
析する視角について,社
業の社会戦略」について論じている。ここでの企
会から企業を見るマクロ・パースペクティブと,
業の社会戦略は「企業が社会の中における,どの
企業から社会を見るミクロ・パースペクティブの
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存在を指摘している。その上で,企業は社会から
理解する上で大いに有益なのではないかと える。
の制約を無条件に受け入れるような受動的な存在
その他の先生の1990年代の著書として,
『現代
では決してなく,社会からの制約を受けつつも,
経営学辞典(改訂増補版)』
(同文舘,1996年,共
社会に対して積極的に働きかけていこうとする存
著)お よ び 翻 訳 と し て『戦 略 決 定 の 本 質(The
在であるとし,企業の主体的な側面を重視した主
』(文 堂,
Essence of Strategic Decision M aking)
体論アプローチを展開している。そこで企業が,
1998年)がある。前者で先生は第Ⅶ章(経営戦略
組織化し,より幅広い利害関係を持つステークホ
と計画・統制)について担当されており,経営戦
ルダーという社会との関係や相互作用をいかにし
略論の基本的な立場に依拠しつつ,平易な筆致を
て行っていくのかについて,資源依存パースペク
以って説明されている。また,後者においては筆
ティブにおける自律化戦略,協調戦略,政治戦
者の指摘する多面的な視点からの戦略決定のメカ
略,内部適応戦略という観点から,企業とステー
ニズムに関して評価を加えつつも,それらの持つ
クホルダーとの関係のマネジメント,企業の社会
問題点,課題について,能力ベースの戦略論や知
的責任に対する対応過程について論じている。こ
識
こでは,どのようなステークホルダーに対して,
ど,多面的な側面から戦略決定のメカニズムを
いかなる「仕組み」を通じて企業が対応していか
察することを指摘されている。
造論,組織間関係論の成果を取り入れるな
なければならないのかについて,政策段階,学習
段階,コミットメント段階というプロセス・モデ
4
終わりに
ルの提示を通じて持論を展開しておられる。
『現代経営キーワード』(有 閣,2001年,共著)
先述した山倉先生の学説の特徴の背景には,膨
第1章「企業制度」,第5章「企業間関係」
,第
大な研究学説のサーベイをもとに,それらの問題
8章「企業社会」の執筆を担当されている。本著
点や意義を明らかにした上で独自の理論を構成・
は現代経営学を学ぶ上で重要なトピックスを,企
展開し,鋭い筆致を以って展開していくところに
業制度,組織,経営戦略,組織の動態,企業間関
ある。そのため先生の研究学説についてより深い
係,企業変革・活性化,国際化と日本的経営,企
理解を得るためには,付け焼刃的な学習は通用し
業社会,経営学説などの中から取り上げ,それら
ない。そのため経営学の基本をしっかりと把握し
をわかりやすく解説したテキストとなっている。
た上で,それらの背景に対する理解を深め,先生
先生が担当されている第1章では近代株式会社の
の学説を 察していくことが求められる。本稿で
成立やその現代に至るまでの変遷の推移,コーポ
は 紙 幅 の 関 係 で 触 れ な か っ た が,先 生 の 論 文
レート・ガバナンスなど,第5章では企業間関係
(
『組織科学』
,『横浜経営研究』
,『横浜国際開発研究』
の類型として継続的取引や戦略的提携,異業種
などに所収)に触れてみることも必要であろう。
流など,第8章では企業の社会的貢献やネットワ
また,経営組織論や経営戦略論など,経営学にお
ーキング,NPOや規制緩和,地域
ける主要な研究領域の基本について理解した上
造や地球環
境問題などが取り上げられている。本著で取り上
で,それらの関連性について
察することが読者
げているテーマの全てが,経営学における重要な
には求められる。先生の学説がこうした研究領域
研究テーマとなっている。そうした一方で,上述
と密接に連動して展開されているからである。こ
した山倉先生の著書で取り上げられた研究テーマ
れは決して容易なことではないことを,読者は理
や,それ以外の研究テーマについても平易な解説
解しておくべきである。
が行われている。そのため必ずしも経営学を専門
最後になりましたが, 認会計士2次試験委員
としない読者であっても,経営学の基礎を身に付
として,山倉先生が益々ご活躍されることを心か
けるだけでなく,先生の学説や研究課題について
らお祈り申し上げます。
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