Chaperone Newsletter - 特定領域研究「タンパク質の社会

分子シャペロン研究の今をお届けする最新情報紙
1998 No.
重点領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」領域ニュース
発行日:1998年2月
2
Highlight
CHAPERONE
NEWSLETTER
CONTENTS
重点領域主催シンポジウム,
班会議開かれる
Highlight
重点領域主催シンポジウム,
班会議開かれる
………………………………………………………………… 1
Information
………………………………………………………………… 2
Meeting Report
公開シンポジウム「分子シャペロンと…」
南 康文
分子シャペロン班会議レポート
河田 康志
「プリオンと分子シャペロン」
木村洋子
「ERC on Protein Targeting」
徳田 元 / 遠藤 斗志也
学会梯子の記
永田 和宏
「ASCB Meeting」
吉久 徹 / 西川 周一
………………………………………………………………… 3
Reflections
実験と構想,あるいは批判と創造,あるいは懐疑とロマン,あるいは…
吉田 賢右
班会議での発表・討論
本
重点領域研究主催・後援の公開シンポジウム,班会議が,
11 月から12月にかけて相次いで開かれた(関連記事:3-6
頁に)。
まず 11 月 27 日に,公開シンポジウム「シャペロンと…」が,
横浜で開かれた。研究班員も含めて,約150人の参加があり,シ
ャペロンが関わる幅広い話題に,熱心にメモをとる聴衆の姿が見
られた。世話人側(東工大吉田研究室)によれば,ルノワールの
代表作「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」(1876)の少女とその
シャペロンと思われる女性の描かれた部分を引用した,芸術性高
い宣伝ポスター,およびタイトルの意外性の効果か,学部学生な
ど研究班員以外の人たちの関心もよび,事前に相当件数の問合せ
があったという。このため講演者に急遽,分かりやすいイントロ
をしていただくよう,お願いした。オープニングの永田代表は,
……………………………………………………………… 12
本重点領域研究の説明も兼ねて「シャペロン機能には,シャペロ
Reviews
ンの種類,生物種を越えた普遍性があるとともに,細胞内の様々
その後の劇的な展開
な現象に関わる多様性を同時に持ち合わせている」と説明。6人
森 和俊
の講演者が引き続き,シャペロン機能の多様性を裏付ける,ホッ
……………………………………………………………… 15
Techniques
細胞を一個の試験管に見立てた一細胞測定システム
村田 昌之
トな話題を提供した。
公開シンポジウムに引き続いて,11 月 27 日から29 日にかけて
箱根で,重点領域研究の班会議が開かれた。非公開ではあったが,
……………………………………………………………… 17
班員の研究室の学生など若い人たちの参加も多数あり,参加者は
Books and Journals
全部で 93 名にのぼった。班会議では,シンポジウム講演者以外
……………………………………………………………… 21
Calendar
……………………………………………………………… 22
Epilogue
……………………………………………………………… 23
の班員が研究成果を報告,超過密スケジュールにもかかわらず,
連日活発な議論が交わされた。
12 月 18日には京都で,第 20 回分子生物学会年会のシンポジウ
ムとして「プリオンと分子シャペロン」が開かれた。タイトルの
「プリオン」は,タンパク質でありながら感染性を持ち,ウシ海
Chaperone Newsletter
綿状脳症(通称=狂牛病)や人間のクロイツェル・ヤコブ病など
母のプリオン様因子の研究で知られるリンドクイスト(米国シカ
致死性の脳異常を引き起こす。プリオンは,人間を含む動物の脳,
ゴ大学),日本の矢原(都立臨床研)らを招いて,タイムリーな
神経細胞にもともと存在し,その構造の一部に変化が起きるとは
本シンポジウムが企画されたわけだが,プルシナーは 97 年度の
じめて,痴呆症のような脳の異常が引き起こされるものと考えら
ノーベル生理学・医学賞を受賞。分子生物学会の直前にストック
れている。正常なプリオンがどんな機構で異常プリオンに変わる
ホルムで授賞式があるということで,急遽,講演ビデオの上映に
かは不明だが,酵母におけるプリオン様因子の研究から,この構
切り替えられた。またリンドクイストも,都合により研究室のポ
造変化に分子シャペロンが関与している可能性がある(たとえば,
スドクが代理講演を行った。このようにトラブルが相次いだにも
細胞工学97年9月号1295-1301ページを参照)。そこで,プリオン
かかわらず,ノーベル賞受賞研究のテーマということもあって,
研究のパイオニア,プルシナー(米国カリフォルニア大学),酵
会場には多くの聴衆が集まり,盛況であった。
Information
重点領域研究総括班会議の報告
他の重点領域研究代表者,班長,審査員などへ 76 部発送し
た。インターネットのホームページは,6 月開設以来,1 日
総括班会議(第1回)議事録
に平均4件ていどのアクセスがある。今後,改善のためのア
ドバイスをいただきたい。
日 時:平成9年11月27日(木)11:30 ∼13:00
h
るていどあることが予想される。このため,一般向けのイン
出席者:永田和宏(代表),吉田賢右,森 正敬,三原勝芳,石
トロをしていただくよう,講演者には連絡をしておいた。
川 統,伊藤維昭,矢原一郎,遠藤斗志也(議事記録者)
議 事:以下の通り。配付資料なし。
公開シンポジウム(吉田)
20件くらい問合せがあったので,研究班員以外の参加があ
場 所:神奈川県民センターホール会議室
j
合同班会議および総括班会議(永田)
今年度は,10年度の申請前に総括班会議を開くことができ
1)報告事項
ず,文書での了承という形になってしまったが,来年度は2
a
回総括班会議を開けるようにしたい。
研究班の成立(報告者 永田;以下同)
平成8年度に本重点領域研究に関する調査・打ち合わせを
s
k
分子生物学会シンポジウム「シャペロンとプリオン」(永田)
目的とする基盤研究 B が認められ,平成 9 年 1 月 14 日に班会
非常にタイムリーな企画であったが,Prusinerはノーベル
議を行った。このとき重点領域研究の研究班の構成,研究費
賞受賞のため来日できなくなり,やむを得ず彼の講演ビデオ
の配分などの確認が行われた。
を上映,内容に関する質問を受けるポスドクを派遣するとの
研究費の配分とその基本方針(永田)
こと。Lindquistは娘さんが病気のため,研究室のポスドクを
代わりに派遣することになる。
9 年度は,計画研究・総括班に 2 億 1000 万円,公募研究に
8600 万円の配分があった。公募研究は申請時には 4500 万円
l
その他(永田)
臨床ストレス蛋白質研究会(代表:東京女子医大・出村博
だったが,計画研究班員に大型予算を受けている者が多く,
大幅に削ってその分を公募研究に充当した。その結果,多く
教授)が昨年発足し,永田,由良らが参加している。年1回
の公募研究(A01 班で 9 件,A-2 班で 31 件)を採択すること
研究発表会があるので,興味のある人は参加していただきた
ができた。
い。
11月に入って総括班への追加配分があったので,今回はシ
d
ンポジウム開催費用を含めて,A01研究代表に追加配分する
2)審議事項
こととし,一部を事務担当に配分した。
a
平成 10 年度の申請に関しては,事後承諾になることをご
研究の進捗状況(永田,吉田,森)
了承いただきたい,との説明が永田よりあり,了承された。
研究概要に関する説明があり,順調にスタートしている旨,
f
報告があった。
総括班,A01 班,A02 班の申請内容について,永田,吉田,
研究費の執行状況:設備備品の購入状況(吉田,森)
森より説明があり,了承された。
A01班の矢原班員の特別推進研究が採択されたため,矢原
2
s
計画班の研究経費の配分
班員がA01班を辞退し,代りに南康文班員(大分医大)に10
原則として,9年度と同様,各省庁の大型予算をもらって
年度からA01班計画研究班員として加わってもらうことにな
いる計画班員は減額し,著しい研究進展が見込まれる人には
った。今年度の矢原班員の研究経費の一部を南班員に配分し,
重点配分する方針が永田より提示され,了承された。
残りについては,研究進展のめざましい研究班員に臨時で使
g
平成10年度の申請状況
9 年度はかなり無理をして公募研究を採択した(約 40 件)
っていただくことにした。
が,10年度は総額が9年度よりも減るので,公募研究の採択
広報活動(遠藤)
件数を減らすことになるかもしれない(永田)。このことに
名簿は7月中旬に100部作成し,班員などへ86部発送した。
ついて,できるだけ多くの公募研究を採択するよう努力して
ニュースレターは 10 月に 300 部作成し,班員関係へ 107 部,
はどうか,との意見があった。また班会議において,公募研
Chaperone Newsletter
究の内容を評価するとともに,公募研究から計画研究に取り
にお世話していただくよう,お願いすることが,了承された。
込むことが出来る人がいるかどうかも検討してほしいとの提
若手ワークショップについては,学生の旅費などの問題があ
案が,永田よりあった。
る(講演者には総括班から援助可能)が,班員の研究室でで
きるだけサポートしていただき,若い人を積極的に出してほ
2年終了時にヒアリングがあるので,その時点で計画研究
しい旨,班会議でお願いすることとなった。
も含めて大幅な見直しをしてはどうか,との意見があった。
また,それを目指して業績集を出す必要があるとの説明が永
g
APOCB において,シャペロン関係のシンポジウム(オー
田よりあった。
d
ガナイザー:永田,中野)が計画されており,このシンポジ
名簿,重点ニュース等発行計画
ウムで講演する外国人3名の招聘旅費の一部を総括班から出
9年度は2月までに,ニュースレター2号を発行する,10年
したい,との提案が永田よりあり,了承された。
度は名簿の発行とニュースレターの発行を2回予定している
との計画が遠藤より示され,了承された。
f
APOCB(アジア太平洋細胞生物学会議)への支援要請
h
生化学会シンポジウム
10年度の生化学会大会(名古屋)において,シャペロン関
平成10年度の会議等
係のシンポジウムを,永田,吉田がオーガナイザーとなって
総括班会議は11年度の研究計画申請前に1回,班会議の時
行うことが了承された。
に1回,計2回行いたい(永田)。班会議,シンポジウムのや
り方について,意見交換し,検討を行った。その結果,班会
議は平成 10 年 11 月∼平成 11 年 1月頃に 2 泊 3 日で,熊本で森
j
国際会議「Dynamics and Regulation of Stress Resonse」への参
加要請
正敬班員にお世話していただく。シンポジウムは班会議とは
この会議は本重点領域研究と関係が深いので,研究班員は
切り離して,夏に,若手中心のワークショップとして,京都
班会議に準じる形で積極的に参加してほしい旨,永田より要
で森和俊(HSP 研究所),秋山芳展(京大ウィルス研)両氏
望があった。
Meeting Report
文部省科学研究費重点領域研究
「分子シャペロンによる細胞機能
制御」公開シンポジウム「分子
シャペロンと…」に参加して…
の真骨頂がいよいよ明らかになりそうである。
吉田さん(東工大・資源研)は,シャペロニンの基質分子認識
機構についての新しい考えを提唱した。基質結合に伴う熱変化を
測定し,従来言われているような基質の疎水性残基の寄与はない
という結論を得た。また,ランダムポリペプチドのGroELへの結
南 康文
合実験ではどれもが結合でき,いわゆるモルテン・グロビュール
(大分医科大学医学部)
構造とか,二次構造の寄与も否定された。それでは何が結合に関
わっているのか。答えは基質分子主鎖の伸びきった(β-シート
題の「参加して…」は,参加して聞いたこと,知ったこと,
様の)構造であり,主鎖との結合に関わっているGroELの水素結
見たこと,思ったことをまぜこぜにして報告するという意
合がGroESとの結合に置き換わる結果,基質はGroELのドーム内
味で,以下の文章がまとまりがないことを最初にお断りしておき
に押し出されて,フォールディングする。近年の GroEL/ESに関
たい。
する膨大な研究成果は,私たち(私だけ?)に GroEL/ESによる
標
トップは代表の永田さん(京大・胸部疾患研)で,本重点領域
蛋白質フォールディングはほぼ解明されたという錯覚をもたらし
研究班の陣容の説明と来年 3 月の国際シンポジウムの宣伝に続
たが,吉田さんの講演はそれが間違っていることを教えてくれた。
き,Hsp47の話があった。従来からの主張のように Hsp47とコラ
次に,三原さん(九大院・医)が MSF の研究の歴史的経緯を
ーゲンの発現が相関していること(発現パターンの一致やアンチ
交えた導入に引き続き,ミトコンドリア蛋白質のターゲッティン
センスの実験結果)を更にノッ
グ機構について最新のデータを紹介した。前駆体は ATP により
クアウト実験で証明すると共
MSFから解離しミトコンドリア外膜のTom70/37に結合し,その
に,Hsp47 の発現がコラーゲン
後外膜を通過するが,その際にあたかもミトコンドリアの中に引
のそれと一致することを保証す
き込まれるように,前駆体はTom70,Tom20,Tom22,Tim23と
る調節部位として,第一イント
いう順に親和性の高い分子へと移っていくという話であった。更
ロン中に80bpのシスエレメント
に,ソーティングに関わる(Hsc70よりも分子量の大きい)新し
があることが報告され,新たな
いHsp70分子が外膜に存在することを見出したという興味深い報
トランス因子の存在が示唆され
告もあった。
永田和宏代表のイントロダクション
た。更に酵母 two-hybrid システ
四番手として西川さん(名大院・理)の酵母の核膜融合に関す
ムにより,新規コラーゲン分子
る講演があった。西川さんたちが見つけた小胞体膜内側にある
の同定をしたということで,演
Jem1pが核膜融合に関与していることを遺伝子破壊実験により証
題にあった分子シャペロンの
明した。酵母の場合,核分裂に伴う核膜融合はないが,接合によ
「多様性」の代表格であるHsp47
る核膜融合を観察し,Jem1pが接合子の(いずれかではなく)い
3
Chaperone Newsletter
ずれにも存在しない場合には接合できないことを見つけた。更に
員でもある小安さん(現・慶応大・医)から「蒸着したのは松崎
DnaJ ホモログの全てのメンバーに保存されているHPD 配列のア
ですが,(苦労して?)電顕を撮ったのは僕です」というクレー
ミノ酸置換により核膜融合が障害されることから,Kar2pとの相
ムがあったことをつけ加えておきたい。
互作用が強く示唆された。また,Sec63pは核膜融合の初期の外膜
シンポジウムは無事終了し,その後箱根に場所を移しての班会
融合に必要であり,Jem1pはその後の内膜融合に必要であること
議となったのだが,その移動たるや正月の大学駅伝で有名な箱根
を明らかにした。Jem1pとScj1pの二重破壊株では蛋白質のフォー
の山道をチャーターバスで迷走するという難行苦行となり,メモ
ルディングに異常が起こることが示され,小胞体の三つの DnaJ
でも取っておかなかったらシンポジウムの内容など微塵も記憶に
ホモログがそれぞれに役割を分担して機能していることを物語っ
残らなかっただろうと思った次第である。
ている。
休憩を挟んで,クロロプラストの分子シャペロンについての中
井さん(阪大・蛋白研)の講演があった。後日班会議の席で菊地
分子シャペロン班会議レポート
さん(名大・医)から紹介があったように,Laskeyが作り出した
「分子シャペロン」という言葉(私の不確かな記憶では Nature の
河田 康志
論文ではたった一回しか使われず,注目した人は余りいなかった
(鳥取大学工学部生物応用工学科)
のではないか)にEllisが再び光を当てるきっかけとなったのが,
クロロプラストのRubisco結合蛋白質であり,その輝かしい功績
ゆえに,GroELなど共にシャペロニンという特別な称号を与えら
1
997年11月27日の横浜駅前の神奈川県民センターで行われ
た公開シンポジウム「分子シャペロンと…」の後,重点領
れたわけである。中井さんはその Rubisco 結合蛋白質に着目し,
域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」の班会議が箱根・
14量体のCpn60がATP存在下,低温処理によりモノマーに解離し,
強羅にある文部省共済の宿「静雲荘」で東工大の吉田研究室のお
更にATPアガロースとイオン交換によりαとβのサブユニットに
世話で行われた。関係者はシンポジウム後チャーターバスで移動
分離できることを報告した。Cpn60のオリゴマーは酸変性させた
し,その夜から 29 日の午前中まで,一人 15 分の持ち時間でシン
GFPを結合するが,モノマーは基質を結合しないという。本筋と
ポジウムで発表した人を除く班員全員がそれぞれの研究報告を行
は関係ないが,Cpn60 のコ・シャペロニンは Cpn10 ではなくて
った。A01班(分子シャペロンと基質との動的相互作用)からは
Cpn21であるということを私は初めて知り,勉強になった。
14題,A02班(細胞機能発現における分子シャペロンの役割)か
次 に 登 場 し た の が 森 さ ん ( H S P 研 )。言わずと知れた UPR
らは 36 題の熱気のこもった発表が行われ,質疑応答も真剣で厳
(unfolded protein response)の騎士であり,巨人Walterに敢然と立
しい議論がなされた。共同研究者も含めてこの会議に参加した人
ち向かう勇姿は前号のニュースレターをご覧になれば十分にお分
は総勢93名であった。
かり頂けるはずある。既に森さんの論文を読んでおり,以前から
A01 班では分子シャペロンの相互作用という観点から,T4-
話を聞いてもいた私には,最初のような強烈なインパクトはなか
phage の分子シャペロン様タンパク質 gp51(有坂),DnaK(重
ったが,逆にそれだからこそ複雑な話の展開に何とか付いて行け,
信・石川,北川・森,吉川),αBクリスタリン(加藤),GroEL
膨大にして緻密なデータに改めて驚かされた。Ire1p/Ern1pがエン
(河田,桑島,後藤),Hsp70(木戸),NAC(坂井),膜透過 Sec
ドヌクレアーゼとして働くというWalterらの主張を軸に,mRNA
タンパク質(徳田),アミロイドタンパク質(樋口),MSF(森本),
スプライシングの分子機構の解明を目指した決戦の火蓋が既に切
DnaK/J/E(和田)について詳細な報告がなされた。
られたということであり,森さんの戦いはまだまだ続く。
興味深い話題をいくつかあげると,木戸(徳島大)はウシの脳
取りは矢原さん(都臨床研・細胞生物)。酵母では Hsc82 の高
からの Hsp70 と 大腸菌の Hsp70 である DnaK を用いて,それら
発現によりストレスに対しむしろ超感受性になり,逆にHsc82欠
のヌクレオチド加水分解活性をヌクレオシド二リン酸(ADP,
損株では耐性が強くなるという,私たちの予想とは裏腹の結果は
UDP, CDP)共存下で調べた。その結果, ATP 加水分解によって
少なからず驚きであった。Hsc82高発現による超感受性がカルシ
生じるγリン酸は共存するヌクレオシド二リン酸に移り,ヌクレ
ニューリン遺伝子(CMP1)の高発現により抑制されたというあ
オシド三リン酸が生じることが分かった。すなわち,Hsp70
たりからは,込み入った筋の展開に付いていけなくなったが,そ
(DnaK) は ATPase 活性と共にヌクレオシド二リン酸キナーゼ活
れだけに奥が深そうな印象を持った。次に,回転蒸着法により得
性も持っていることになる。キナーゼ活性は ADP, CDP, UDP が
られたHsp90の電顕像が示され,四つのドメイン構造が一列に並
強く,GDP は非常に弱いらしい。転移するリン酸は一時的にシ
んでおり,その両端にHsp90のN末端を認識するモノクローナル
ャペロンタンパク
抗体が結合した。これにより,Hsp90がC末端部分で結合してダ
質のヒスチジン残
イマーを形成しているという以前からの主張が証明されたが,何
基に移されること
故,そのような証明が必要になったかというと,今年イギリスの
も判明した。Hsp70
PearlらがHsp90のN末端約230残基のX線結晶解析を行い,その
(DnaK)の機能発
N末端部分がダイマーを作ると報告したからである(詳しい事情
現に ATP の結合と
はニュースレター前号にある矢原さんの記事をご覧頂きたい)。
加水分解が重要な
さて余談であるが,講演の中で十数年前のHsp90の電顕像がスラ
ファクターになっ
イドで紹介され,矢原さんがこれは松崎さん(現・国立精神神経
ているが,これま
セ)が撮影したと言ったのだが,シンポジウム終了後,当班の班
での ATP 加水分解
4
箱根で行なわれた班会議
Chaperone Newsletter
活性は半反応しか見ていなかったことになり,またその場合,次
ることを報告した。
第に逆反応が出てくるので正しい加水分解速度を反映していない
糖鎖を認識してそ
ことになる。ヌクレオシド二リン酸が存在すると ATP 加水分解
れに結合すること
速度は速められ,この最適な加水分解速度とヌクレオシド二リン
で構造形成中間体
酸キナーゼ活性が他の Hsp70 系シャペロンタンパク質(Hsp40
の特定の領域のフ
(DnaJ),Hsp20(GrpE))の相互作用と関連してタンパク質のフ
ォールディングを
ォールディングというシャペロン活性にどのように関与するかが
順序立てて起こさ
今後期待されるところである。
せている可能性が
一方,タンパク質の構造変化が病気の原因になるアミロイドタ
示された。小胞体
ンパク質の研究が樋口(京大)によって報告された。マウスの正
内の分子シャペロ
常なアミロイドタンパク質 apoA-II は老化アミロイド繊維タンパ
ンにはカルネキシン,カルレティキュリン,ER-60 プロテアーゼ,
ク質 AApo-II と接触するとその構造変化が誘起され,異常な繊維
PDI などが存在しているが,シャペロニンはなぜ存在していない
状構造に変化することが in vivo, in vitro で確かめられた。塩酸グ
のだろうか。
班会議の懇親会にて
アニジンで変性させたものを加えるとアミロイドーシスは起こら
最後に,方法論的に期待が寄せられたのは,村田(生理研)が
ないことから,異常な構造に変化した分子種が正常なタンパク質
報告したタンパク質輸送を蛍光多重標識法を用いて一細胞で観測
の構造を異常なものに変化させていると考えられる。興味深いこ
しようとしたものである。これは,ターゲットタンパク質を蛍光
とは,異常タンパク質を飲料水に含ませ腸管から吸収させてもア
色素で多重標識し,同時に異なった二波長で励起,二波長でその
ミロイドーシスが起こることである。ある割合で腸管からタンパ
蛍光を観測するものである。この方法では一つの細胞内でリアル
ク質そのものが吸収されていることになる。apoA-II とその前駆
タイムでのゴルジ輸送が観測されることになる。同様な蛍光標識
体タンパク質のアミロイドーシス化の機構に分子シャペロンがど
法を駆使し,蛍光エネルギー移動を用いたタンパク質の一分子フ
のように関与しているかを明らかにすることが,今後大いに注目
ォールディングの観測を試みている後藤(阪大)の報告も合わせ
される。
て,細胞内の様々なできごとの様子の動態が,遠からず実際に眼
タンパク質の構造変化が病気に関連するのは,プリオンタンパ
で直接見れるようになってくるものと思われる。
ク質も有名である。これに関してはA02班の佐藤(佐賀医大)に
三日間のこもりっきりの厳しい班会議であったが,多くの新し
よって報告された。プリオンタンパク質を欠損させたノックアウ
い報告と今後の有望な期待に胸おどらせる体に乳白色の箱根の温
トマウスを用いて,熱ショックで主な熱ショックタンパク質の発
泉が心地よかったのは筆者だけであったろうか。
現がどのように変化するかを正常なものと比較した。その結果,
Hsp105, 72, 70, 60, 25 の発現挙動に変化は見られなかった。酵母
でのプリオンタンパク質の構造変化には Hsp104 が関与している
ことが報告されているが,高等動物でのそれに関わる分子シャペ
ロンの研究が待ち望まれる。プリオンやアミロイドタンパク質の
構造変化そのもの(いかにして生じるか,それがどのような構造
分子生物学会年会シンポジウム
「プリオンと分子シャペロン」の
報告記
しているかなど)に関する基礎的な研究も非常に大事であると思
木村 洋子
われる。
(都立臨床医学総合研究所)
A02班では,特に細胞内おけるタンパク質の機能制御とそれに
関わる分子シャペロンに関する研究が報告された。研究内容は多
年の 12 月 18 日に,京都で行われた第 20 回分子生物学会年
岐にわたっており,すべては列挙しないが主な分野は,真核細胞
昨
の Hsp40 を中心にした Hsp70 シャペロン系に関する研究,膜透
ポジウムが開かれた。最近,ウシ海綿状脳症(BSE,狂牛病)や
過に関する研究,タンパク質輸送に関わる研究,ストレス現象と
ヒトのクロイツェル・ヤコブ病(CJD)などで,プリオンに対す
それに誘導されるストレスタンパク質に関する研究などである。
る医学的及び社会的関心が非常に高い。また,たんぱく質の構造
山口大の加藤はグリコシル化リゾチームの変異体を酵母で発現さ
変化が病因となり感染性を持つようになるプリオンと,たんぱく
せ,カルネキシン欠損がそのリゾチームの分泌にどのような影響
質の構造形成や変化に関与するシャぺロンの間に何らかの関係を
を与えるかを検討した。その結果,分子内のジスルフィド結合を
求めようという試みは,現在大きな注目を集めている。そこで,
欠いて構造的に不安定なグリコシル化リゾチームはカルネキシン
プリオンの側からStanley Prusiner(UCSF),分子シャぺロンの側
にトラップされて発現しないことが分かった。このことは,小胞
から矢原 一郎(都臨床研)が,そしてこの2つの分野を結びつけ
体内にある分子シャペロンカルネキシンはうまく構造形成できな
ようとしているSusan Lindquist(シカゴ大学)が招かれた。大変
い分泌タンパク質の選別,すなわち細胞内クオリティーコントロ
タイムリーな企画であったが,少しタイムリーすぎたようだ。
ールを行っていることになる。このような構造形成ができない,
Prusinerが97年度のノーベル医学,生理学賞を受賞することにな
いわば“品質不良”のタンパク質の分解にはやはり小胞体内で発
り,来られなくなってしまったのである。そのため彼は自分の講
見されたプロテアーゼ ER-60 が関与していることも鬼頭・裏出
演ビデオを送ってきたので,これを上映し,ラボの人が後で質問
(京大)によって報告された。一方,和田(札幌医大)はカルネ
に答えた。 また,Lindquist も家庭の事情から来られず,ラボの
キシンが小胞体内で分泌タンパク質の構造形成に直接関与してい
会で,「プリオンと分子シャペロン」というテーマのシン
ポスドクが代理講演した。
5
Chaperone Newsletter
Prusiner博士の講演ビデオに関して質問に答える
Patrick Bosque博士
シンポジウムで
的手法(sedimentation, protease sensitivity, ANS fluorescence,
は,まず最初に,
Circular Dichroism, Congo Red binding, SDS resistancy)と電顕を使
矢原が分子シャぺ
って調べていることである。現在,Hsp104 ならびに他の分子シ
ロンの定義の変遷
ャぺロンが,生化学的にどのようにSup35のプリオン形成に関わ
を説明してから,
っているかを調べている段階だそうだ。
最近分子シャぺロ
最後はPrusinerの講演ビデオの上映だった。まず,古くからの
ンとして地位を確
彼のプリオンの研究やプリオン研究一般の歴史が説明された。ス
立した Hsp90 の研
クレイピーから感染性を持つ因子プリオンの抽出から始まり,こ
究成果を話した。
れがたんぱく質であること(PrP),プリオン遺伝子のクローニン
以前まで,分子シ
グ,そしてこの遺伝子が多くの生物に正常に存在すること,細胞
ャぺロンとは基質たんぱく質のフォールディングの過程のみに働
型プリオンタンパク質(PrPC)と感染型(PrPSC)の分離とそれら
き,フォールディングが終わった基質から離れていくものと定義
の立体構造の違い,PrPSC が鋳型となりPrPC をPrPSC に変換するプ
されていた(基質の最終産物に含まれない)。しかし,彼等の
リオン仮説について,さらにプリオンの strain の違いについても
Hsp90とカゼインキナーゼII(CKII)の相互作用の解析や,他の
話した。現在の彼等の関心は,やはり PrPC がPrPSC に変換される
グループの研究から,必ずしも基質がシャぺロンから離れる必要
メカニズムの解明であろう。トランスジェニックアニマルを用い
がないことがわかってきた。例えば,CKII の機能発現には,
たプリオン感染に対する種間の差の結果から,彼等はPrPC 型に結
Hsp90が絶えず緩く結合していることが必須である。基質が安定
合してPrPSC 型への変換を促進する種特異的な因子,Protein Xの
に,凝集しないようにしながら機能を発揮するためにシャぺロン
存在を提唱した。しかし,今のところ,これが何なのかはまった
がいつもついているのである。また,細胞内では,Hsp90は単独
くわかっていないようである。それこそ,分子シャぺロンかもし
で働いているのではなく,他のシャぺロンや cofactor(DnaJ
れないが,彼等はProtein X に分子シャぺロン的な機能を期待し
family,Hsp70,FKBPs etc.)と共に働いている。 さらに,出芽酵
ているが,普通の分子シャぺロンのように広い範囲の基質を認識
母の hsp90 の変異体を用いた研究から,Hsp90 がカルシニューリ
するものではなく,何か特異的な構造ノミを認識するものではな
ンのシグナル伝達系に関与している可能性を示した。また,
いかと考えているようだ。また,PrPC 生理的機能はまだ明らかで
Hsp90が二量体の構造をどのようにとっているのかについて,電
はないが,銅に結合するたんぱく質であるらしい。
顕を用いた結果を話し,彼等の今までの主張であるカルボキシル
側に二量体形成部位があることをさらに裏付けた。
ビデオから流れてくるPrusinerの声は,自信にあふれたとても
魅力的な声だった。でもできるならば,彼の生の声を聞き,彼の
次に,Lindquist のポスドクのTricia Serioが,Amyloid fibers of
生の姿を仰ぎたかったというのがミーハーな私の感想である。ま
Sup35 support a prion-like mechanism of inheritance in yeast という題
た,Lindquistもやむを得ない事情で来られなかったが,講演のた
+
−
で講演を行った。Sup35は,出芽酵母でΨ とΨ という2つの表
めだけでなく,アメリカのsuccessfulな女性研究者の代表として,
現型の原因遺伝子産物で,元来 translation fidelity factorである。
日本の女性研究者を励まして欲しかったと思う。
−
+
Sup35がΨ 型の酵母では翻訳終結がきちんと起きるが,Ψ 型の
酵母では,どの3つの終止コドンに対しても翻訳の終結があいま
いになり,read-through を起こす(omnipotent nonsense-suppression)。
European Research
Conference (ERC)on
Protein Targeting
遺伝学的には,Ψ + はΨ − に対して優性であり,細胞質性遺伝を
示すがミトコンドリアには由来しない。生化学的には,Ψ−型の
Sup35は水溶性であるが,Ψ+型のSup35は不溶性である。このよ
うな結果とあわせて Ψ+型のSup35がプリオン様な挙動を示すこ
徳田 元
とがわかり,酵母のプリオンとしてにわかに注目を集めることに
(東京大学分子細胞生物学研究所)
なった。Sup35には翻訳終結の機能を持つGTP結合ドメインに加
えて,グルタミンに富んだドメイン(N domain)と高度にチャ-
ルトガル南端のリゾート地 Albufeira で 10 月 22 日から 27 日
ジに富むドメイン(M domain)がある。このNとM(特にN)ド
ポ
メインがプリオン様の機能の発揮に働いていることが示された。
は Walter Neupert(ドイツ)が chairman となって,バクテリア,
彼等はもともと Hsp104 の研究を進めていたが,大量発現によっ
小胞体,ミトコンドリア,クロロプラストおよびチラコイド,ペ
+
−
の間,タイトルの会議が開かれたので紹介する。この会議
てΨ からΨ 型の変換をもたらす因子としてHsp104が取られた
ルオキシゾームにおける蛋白質の移行・膜透過を研究しているお
ことから,これらの研究を始めたのである。ただし,Hsp104 の
よそ100名の参加者を集めて開かれた。会場となったホテルAlfa
関与は単純なものではないようだ。というのは,HSP104遺伝子
Marは大西洋に面し,大部分の部屋から海が臨めるリゾートホテ
+
の欠損変異株では今度はΨ 型が決して現れなくなるのである。
ルである。筆者は4月にも,同じホテルで開かれた膜蛋白質の構
最近彼等は Cell に,リコンビナントのSup35が試験管内で 重合し
造と機能についての別のERCに参加していたので,周囲の景色も
てfiberを形成することを発表した。このとき, Ψ+型の酵母の抽
半年ぶりということになった。4月に訪れた時,ホテルの庭で満
出物を加えると,これが「種」となり,重合化が著しく促進され
開の赤紫色の花を咲かせていた棘をもった蔦が,数は少なくなっ
る。そして今回興味深かったのは,Sup35がfiberを形成するまで
ていたがまだ花を咲かせていた。気候があまり変化しないせいで
に経時的にどのような変化が起きているかを,さまざまな生化学
あろうか。4月の会議では,帰りの便を予約していたポルトガル
6
Chaperone Newsletter
バーで行なわれた会議(コーヒーブレーク)
の航空会社がスト
駆使しての話が前半にあり,ゲノムのORFの数が増えるにつれ膜
ライキを行ったた
蛋白質と予想される遺伝子の比率が上昇するとか,大腸菌では膜
め,リスボンに1泊
を6,10,12回貫通すると考えられる膜蛋白質に富んでいるなど
して観光する予定
の解析結果が披露された。膜蛋白質の配向性の決定にプロトン駆
を変更し,その日
動力がどう影響するかについて,Dalbey(アメリカ),Kuhn(ド
の内にフランクフ
イツ)が話題を提供した。二人とも大腸菌でM13ファージあるい
ルトまで飛ばなけ
はPf3ファージのコート蛋白は,Secに依存しないで膜に組み込ま
ればならなくなっ
れるが,配向性の決定に重要なのは負に荷電した残基であり,プ
た。フランクフル
ロトン駆動力がこの負電荷部分を細胞質膜の外に配置させるよう
トに到着したのは
に働くというものである。いわばnegative-outside ruleであるが,
深夜で,ドイツマルクは持ち合わせず,ホテルの予約もないとい
結果的にはpositive-inside ruleということでもある。分子シャペロ
う悲惨な目にあった。British Airways なら大丈夫だろうと考え,
ン SecB は大腸菌のすべての分泌蛋白質に働くわけではない。何
22 日午後ロンドン経由で Albufeira 近くの Faro 空港に到着した。
がSecB依存性を決定しているかについて,通常はSecBに依存し
Bill Wickner らと空港からタクシーでホテルに着いてチェックイ
ないPhoAに正電荷を導入するとSecB依存になったとKendall(ア
ン。その夜はGet Together+Drinksだったが,翌朝2番目に講演し
メリカ)が報告した。
なければならなかったので,遅くならないうちに部屋に帰った。
夕方からはERの話題になり,Dobberstein(ドイツ)のKeynote
ホテルにはドイツからの観光客が多く,料理もドイツ風であま
address(集中力を無くしていたのか,筆者のメモには化学架橋と
り私の好みではなかったが,昼食と夕食のテーブルには必ず赤ワ
しか書かれていない)に続いて,High(イギリス)がERルーメ
インと白ワインのボトルが出たので,ワインでごまかして食事を
ンに入った蛋白質がシャペロン(calnexinやcalreticulin)と相互作
した。リゾート地としてはそれほど高級ではなく,Neupert の話
用するにはグリコシレーションが必要であることを述べた。午後
では観光客は金を貯めてはやって来る人達で,それほど裕福では
7時に夕食となり,8時からはポスターセッションが始まったが,
ないだろうということであった。さしづめ日本の大学の先生が相
夕食のワインと時差のせいで早くベッドに入ってしまった。
翌 24 日は引き続き ER の話題で,Rapoport(アメリカ)が酵母
当するかと思ってしまった。
23 日の午前 9 時からいよいよ会議の開始である。ホテル 7 階の
の膜透過装置複合体の形成と Kar2 との相互作用を,Hartmann
見晴らしの良いバーが会場となった。酒はもちろん出なかったが, ( ド イ ツ ) が シ グ ナ ル ペ プ チ ダ ー ゼ に 焦 点 を 当 て た 話 を し ,
バーを会場にした会議は初めてである。4 月の会議では 1 階にあ
Zimmermann(ドイツ)が動物細胞を用いて,DnaJ domainを持っ
る別の部屋が会場に使われたが,大雨が降った日には天井から雨
た膜蛋白Mtj1p(Sec63pとtopologyが似ている)はGrp170, Grp78
漏りがした。雨漏りを避けながらの会議も初めてであった。9時
(Bip)と共に免疫沈降されること,BipとMtj1pはクロストークし
直前までスピーカーやマイクロフォンの調整をし,Wickner(ア
ている可能性などについて述べた。この後はミトコンドリアの講
メリカ)の Keynote address に続き,筆者,Driessen(オランダ)
演となり遠藤さんが書くことになっている。この日の夜8時過ぎ
と大腸菌の蛋白質膜透過装置の話が続いた。この分野は,
から1回目のRound table discussionが原核細胞とERにおける蛋白
Wicknerらが提唱したSecAの膜への挿入と脱離をめぐって何かと
質膜透過というテーマで行われた。しかし,議論されたのは大腸
話題が多い。筆者らは装置を構成する因子の一つSecGが,SecA
菌のSRPホモログが膜蛋白質の組み込みにどう関わっているのか
の構造変化と共役して膜内配向性を反転させることを見いだして
ということが主であった。多くのグループがこの仕事を開始して
いる。Wicknerらは 125I で標識したSecA が,膜透過反応に依存し
いることに少し驚いた。
てプロテアーゼ処理に耐性の約30kDaのSecA断片を生じ,これは
35
会議開催中にNeupertが58(?)歳の誕生日を迎えた。この日の
膜に挿入した証拠であると主張している。一方,この断片は S
朝は,Wicknerが音頭をとって全員で声を張り上げHappy birthday
で標識したSecAでは検出できないとか,SecAは膜に挿入するが,
を歌ってから会議を始めた。
膜透過反応依存ではなく,また挿入したままで脱離しないなど,
また,26 日最終日の Conference dinner に先立ち,European
主としてTaiのグループが反論を発表している。しかしTaiグルー
Science Foundationから派遣されて来ていた美しいお嬢さん(ポル
プの結果は今ひとつ説得力を欠いている。DriessenはSecY/E/G複
トガルは2回目だからという理由でカメラを持参しなかったのが
合体を膜から可溶化して精製し,オクチルグルコシド中でこの複
悔やまれた)から花束とキスが Neupert に送られた。このように
合体に SecA が結合すること,一部の膜透過反応も起きること,
会議は友好的な雰
さらにプロテアーゼ処理するとSecAから30kDa断片が生ずるとい
囲気に包まれては
う結果を示した。すなわち,30kDa の断片は SecA がSecY/E/G と
いたが,一方ミト
相互作用して構造変化をする結果プロテアーゼ耐性のドメインが
コンドリアのRound
形成されるのであり,膜に挿入した結果プロテアーゼから保護さ
table discussionでは
れたのではないということになる。ただし,SecY/E/Gと相互作用
Dobberstein が
してプロテアーゼ耐性ドメインを形成するためには,膜に挿入す
Neupert を批判する
ることが必要と考えられる。
ような辛辣な意見
午後最初の演者は今回の会議の vice chairman でもある von
Heijne(スウェーデン)であった。相変わらずコンピューターを
を述べる場面もあ
った。
会議の合間のディスカッション Pfanner(後列左)
,
Soll(後列右)
,Keegstra(前列右)
7
Chaperone Newsletter
余談であるが,米国のKeegstraなど一部の参加者は会議終了後
hsp70はどのようなメカニズムで前駆体の内膜通過を駆動してい
早朝にチェックアウトし,Faro空港に着いてみたらポルトガルの
るのか,という問題である。Schatz らは,hsp70 が前駆体をつか
航空会社の予定便がキャンセルされており,大変な思いをして米
んだまま大きな構造変化を起こし,そのことにより前駆体をマト
国にたどり着いたそうである。どういう事情があったかは不明だ
リクスに引っ張り込むという「translocation motor」モデルを提唱
が,航空会社は注意して選択した方が良い。
し,一方 Neupert らは,ブラウン運動によりマトリクスに入って
きた前駆体にhsp70が順次結合し,逆方向への前駆体の移動を妨
げることにより前駆体のマトリクスへの移動を引き起こすという
European Research
Conference on「Protein
Targeting」
「Brownian ratchet」モデルを提唱してきた。
今回,NeupertグループのBrunnerは,Brownian ratchetモデルを
支持する新しいデータを発表した。彼らはミトコンドリアタンパ
ク質前駆体のアミノ末端側に安定性の異なる様々なタンパク質
(バルナーゼ,DHFRなどの変異体)をpassenger proteinとしてつ
遠藤 斗志也
なぎ,それらのin vitroでのミトコンドリアへの取り込みの様子を
(名古屋大学大学院理学研究科)
比較した。一般にpassenger protein のunfoldingを阻害すると,ミ
徳
田 さ ん に 引 き 続 い て ,「 Protein Targeting 」 に 関 す る
トコンドリア膜透過が阻害されることが知られている。ところが
European Research Conferenceについて報告する。
Brunner らは,passenger protein 全体の高次構造の安定性(Δ G)
2日目から,いよいよ,ミトコンドリアにテーマが移った。ミ
と,ミトコンドリアへの移行能力の間には相関がないことを見い
トコンドリア関係では,Schtatz研のTokatlidis(後述),Neupert研
だした。さらに,DHFRの変異体をpassenger proteinとして用い,
のBrunner(後述)とStuart(マトリクスから内膜,膜間部側への
低温でのミトコンドリアへの取り込みの律速段階はDHFR部分の
exportに関与する新因子Oxa1pについて),日本からは私(部位特
unfoldingのステップにあることを確認したうえで,取り込み速度
異的光架橋を使った新しいアプローチについて)と森正敬さん
もDHFRの高次構造の安定性(ΔG)と相関がないことを見いだ
(GFP を用いた
した。それでは,ミトコンドリアへの取り込みは何と相関がある
Tom20 の機能解析)
かというと,DHFRのN末端側部分のlocal unfoldingの頻度(彼ら
らが発表を行った
はこれをDHFRのアミノ末端側部分にある,埋もれたCysのNEM
(なお,森さんのと
による修飾のされやすさから見積もっている)との間に相関があ
ころの寺田さんは,
Neupert(左)
,Hoogenraad(中央)
,森 正敬(右)
ることが分かったのである。
ポスターで,哺乳
translocation motorモデル(彼はこの呼び方にもイチャモンを付
類の DnaJ ホモログ
け,「swinging crossbridge」モデルと呼ぶべきだと主張)と
の一つである Hdj2
Brownian ratchetモデルの違いは,前者ではhsp70が直接passenger
の機能について発
proteinをunfoldするのに対し,後者では,passenger proteinは自発
表)。
的に unfold することにある。hsp70 のパワーストロークにより,
ミトコンドリアは外膜と内膜の二つの生体膜に囲まれており,
passenger proteinのアミノ末端側が膜透過チャネルに引き込まれる
各々にTOM複合体,TIM複合体という膜透過装置がある。最近,
と,(この状態においては,passenger protein のnative状態を安定
TIM 複合体には Tim17,Tim23,Tim44,Ssc1p(マトリクスの
化する協同的相互作用が失われてしまっているので)passenger
hsp70)等から成り,プレ配列を持った前駆体のマトリクスへの
protein 全体が unfold しなければならない。したがって,
移行に関与するTim17/23複合体と,Tim22を含み,AAC,リン酸
translocation motor モデルが正しければ,前駆体の取り込みは,
キャリア等プレ配列を持たないタンパク質の内膜への組み込
みを媒介する Tim22 複合体の少なくとも 2 種類が存在するこ
とが分かってきた。Tokatlidisは,Tim22複合体の新たな構成
タンパク質,Tim10,Tim12 の温度感受性変異体を用いた機
能解析の結果について報告した。両者ともにperipheralな膜タ
ンパク質もしくは可溶性タンパク質で,AAC等が外膜を通過
してくると,まずTim10がAACに結合,続いて
Tim10/Tim12/AC 複合体が Tim22 にドッキングする。この後
AACの内膜への組み込みが内膜の膜電位に依存して起こる。
Tokatlidisは,Tim10,Tim12にはAACに対するシャペロン機
能があるのではないか,と推察していた(これを裏付ける実
験的根拠には触れなかった)。
さてミトコンドリアといえば,未解決の重要問題の一つに,
ミトコンドリアのマトリクスへのタンパク質移行の原動力の
問題がある。すなわち,ミトコンドリアタンパク質の内膜通
過にはマトリクスのhsp70(酵母ではSsc1p)が必須であるが,
8
会議が行なわれたホテル
Chaperone Newsletter
hsp70 の分子モーターに対する抵抗の目安としての passenger
質のN末端には葉緑体行きシグナル様の配列があり,これに続い
protein全体の安定性(ΔG)に相関づけられるはずである。一方,
てグリオキシソーム行きシグナル(PTS)らしきものがある。そ
Brownian ratchetモデルでは,サイトゾル側のpassenger proteinの
こで最初の Met から翻訳された分子種はプラスチドに移行する
アミノ末端側が部分的かつ自発的にほどけることによりはじめ
が,2 番目の Met から翻訳された分子種はグリオキシソームに移
て,前駆体がマトリクス側に移動できるようになるのであるから,
行するのではないかと考えたという。興味深い発表であるが,現
前駆体の取り込みは,passenger protein全体の安定性(ΔG)では
時点では説得力十分とは言い難かった。
なく,アミノ末端側のlocal unfoldingの「頻度」に相関づけられ
朝から夜までびっしりスケジュールが組まれたかなり密度の高
るはずである。したがって,Brunner らの結果は,Brownian
いミーティングであったが,せっかくのリゾートホテルなのだか
ratchetモデルを指示しているように見える。ちなみに,タンパク
ら,と2回ほどランチタイムにビーチに出て地中海の荒波と戯れ
質の立体構造の揺らぎについては,タンパク質主鎖のアミドプロ
た。この海の向こうにアフリカ大陸があると思うと,少し感傷的
トンの重水素交換の仕組みに関する長年の論争の結果,分子全体
な気分になった。ホテル内はドイツ人がやたら多くて,ちっとも
の立体構造がほどけるglobal unfolding,立体構造の一部が協同的
ポルトガルにいる気分にはなれなかったが,帰りの飛行機の待ち
にほどけるlocal unfolding,限られた数の低分子がタンパク質の
時間を利用して森さんたちと散策したファロの旧市街は,そこだ
内部にしみ込んでいけるようなさらに局所的かつ非協同的な揺ら
け何百年も時間が止まっているかのようで,良かった。昼食をと
ぎ(local fluctuation)の3種類があり,(熱変性温度からはるかに
った,ファロの地
離 れ た ) 通 常 の 生 理 的 条 件 下 で は , local unfolding と local
元の人向けのレス
fluctuationが支配的であり,これら二つの揺らぎと分子全体の安
トラン。ポルトー
定性との間には相関がない(global unfoldingと分子全体の安定性
ワインと見た目に
の間には相関がある)ことが知られている。
はどうってことな
結局この問題は,3日目夜のラウンドテーブル・ディスカッシ
い素朴な魚の塩焼
ョンに持ち込まれたが, BrunnerとAzem(Schatz研のポスドク)
きだったが,ホテ
との間のテクニカルなディテールに関する論争に長時間が費やさ
ルで出たどの食事
れ,聴衆はみな辟易としてしまった感じであった。今回日程の関
よりも,数倍美味
係から来れなかったSchatz本人がいれば,場の雰囲気はずいぶん
しかった。
Faroの旧市街
変わって,より生産的な議論が行えたであろうに,と悔やまれた。
「構造変化対Brownian ratchet」という問題は,ミトコンドリアの
hsp70に限らず,小胞体のBiPが駆動するposttranslationalな膜透過,
さらにはミオシン,F1F0ATPアーゼなど(広義の)分子モーター
一般に共通する重要問題であり,今後の行方が注目される。
さて話はこれで終わらない。Neupert研と袂を分かったPfanner
の発表である。彼は,ミトコンドリアのhsp70の役割に関する第
学会梯子の記
臨床ストレス蛋白質研究会/The 3rd World
Congress on Inflammation/5th
International Federation of Teratology
Societies Conference
三のモデルを提唱した。すなわち彼によれば,hsp70は内膜の膜
透過装置の機能をスイッチする役割も担っているという。hsp70
永田 和宏
がないと内膜通過チャネルを構成するTim17とTim23は前駆体を
(京都大学胸部疾患研究所)
しっかりとつかんだ「tight state」にあるが,hsp70がTim17に結
合すると Tim17/Tim23 と前駆体の相互作用が解除され,「open
月中旬の 1 週間は,私にとっていささかタイトな週であっ
state」になるという。この後は,translocation motor モデルでも
11 た。ほぼ一週間のあいだに 3 つの学会を梯子するという羽
Brownian ratchetモデルでもよいから,Tim44/hsp70によって前駆
目になってしまったからだ。
体のマトリクスへの移動が起こればよい。「構造変化対Brownian
一昨年(平成8年)から活動を始めた「臨床ストレス蛋白質研
ratchet」の問題自体は解決しないが,hsp70 が膜透過チャネルに
究会」(会長,出村博東京女子医大教授)が 2 年目の大会を行っ
対する regalatory な機能を持っているというのは,新しい視点で
たのが11月15日(土)。東京女子医大のキャンパスで朝から一般
ある。
講演があった。今回は徳島大学の姫野國祐教授が大会長を引き受
葉緑体関係では,特にシャペロンに絡む話はなかったが,ペル
オキシソーム関係で,スイカのグリオキシソーム中にhsp70を見
け,一般演題のほかに,パリからやってきたBarbara Pollaが最後
に特別講演を行なった。
いだしたという報告(Gietl)があった。彼女らはスイカ子葉ホモ
「臨床ストレス蛋白質研究会」は,ストレス応答,ストレス蛋
ジネートを,変性malate dehydrogenaseカラムにかけ,ATPにより
白質の関係する臨床的側面について研究を行なっている研究者が
溶出される画分を抗hsp70抗体で染色することによって,サイト
中心であるが,ストレス蛋白質/分子シャペロンは一面で臨床と
ゾルのhsp70とプラスチドhsp70のホモログを検出した。免疫電顕
きわめて密接な関係をもった蛋白質であり,その意味でもこの研
で観察したところ,グリオキシソームにhsp70らしきものが見え
究会がこの分野の裾野を拡げていくことを期待している。
たので,遺伝子クローニングを行った。その結果,見いだされた
本年の大会でも,虚血や免疫,繊維化,アポトーシスや肝,腎
hsp70は,プラスチドのストロマのhsp70と同一タンパク質らしい
疾患との関連といった臨床的にも重要な問題が多く扱われた。純
ことが分かった。この遺伝子の最長ORFから予測されるタンパク
粋に基礎的な演題もまじっており,臨床への適用,応用の重要性
9
Chaperone Newsletter
を認識していると
いった程度のゆる
しかしまあ,冬の国から春へ向かう訳である。シドニーの空港
やかな集団である。
へ着いたらさすがに華やいだ気分になった。いたるところジャコ
まだ演題も 20 数題
ランタの紫の花とブラッシュツリーの赤い花が咲いているのが印
とさほど多くはな
象的だ。空港ではオーガナイザーのD.Walshの奥さんが迎えに来
く,一会場でゆっ
てくれていた。日本人でも顔を覚えられない私が,まして外人の
たりとした講演が
顔を覚えている筈がなく,数年前に会った筈のWalsh夫人も,車
聞けるのが楽しい。
に乗せてもらって,ほとんど学会場のホテルに着く頃になってや
翌日の日曜日は,
ボンダイビーチの風景
スの中は,どうにも憂鬱で仕方がなかった。
っと想いだすという始末。この病気はほんとに困ったものである。
久しぶりにゆっく
シドニー郊外の保養地,ボンダイビーチにあるホテルを会場に
りして,昼ごろぶらぶらとお茶の水の湯島聖堂,昌平黌跡などに
したこの学会は"5th International Federation of Teratology Societies
立ち寄ったりしながら,月曜からの「国際炎症学会」に備えて,
Conference"というもので,17日から19日まで3日間の会期である。
帝国ホテルに移動。名にし負う帝国ホテルであるが,もちろんそ
1日目は炎症学会のため出席できず,途中からの出席ということ
んなところに泊るのは初めて。「国際炎症学会」の方で,シンポ
になった。18日の昼頃着いて,私の発表は午後の4時から。もっ
ジウムのスピーカーは一泊だけ泊めてくれるのである。やはり臨
とひどいのがRick Morimotoで,彼は中華航空かなにかを利用し
床の学会には金があるものだ。
ていて,日本を出るのは前日私より大分早かったはずが,着いた
夕方,Rick Morimotoと二人で夕食をとり,さてその16日の夜
はもちろん,ご存じワールドカップのアジア最終予選。イラン戦
である。経過と結果は繰り返すまでもないが,とにかく真夜中の
のは私より遅く,ほとんど着いてすぐに講演というスケジュール
であった。
この学会は,テラトロジー学会主催の国際学会にもかかわらず,
2 時過ぎまでひとりで興奮し,それからあちこちに電話したり,
演題はWalshの興味を中心としている感が強く,彼の専門である
ビデオを見ながらワインを一本空けたりして,結局眠ったのが朝
テラトロジーとストレス蛋白質,そしてアポトーシスというのが
の4時過ぎ。
どうやら3つの柱になっているらしかった。私の出席できなかっ
「国際炎症学会」は今回が3回目とのことであるが,17日には,
た第 1 日目は主としてテラトロジーの発表が,第 2 日目がストレ
東京都臨床研の矢原一郎副所長のオーガナイズによる「熱ショッ
ス蛋白質とストレス応答,そして第3日目にはアポトーシスと発
ク蛋白質と炎症」というセッションがもたれた。海外3人,国内
生,テラトロジーの演題が多かった。全体で参加者100名余りの
3人の6人の演者が話した。最初にR. Morimotoがストレス応答の
こじんまりした会議で,昼飯は海岸へ出て,みんな立ったままサ
総論を話し,私は脳虚血,心虚血におけるHSFの活性化について
ンドウイッチをほお張るといったat homeな雰囲気であった。
話した。昨夜のワールドカップで夜遅くまでテレビにくぎ付けに
ちなみにストレス応答の分野で馴染みの深い参加者を少しだけ
なっていたので,練習ができなかったよ,という枕が結構ウケて
あげてみると,R. Tanguay(Canada), I. Brown(Canada),L.
いた。次いで,パリからきたPatrick ArrigoがHSP27とアポトーシ
Hightower(USA)
, J. Seo(Korea),M.-J. Gething(Austraria),D.
スとの関係について話し,京大ウイルス研の淀井淳司さんがチオ
Walsh(Austraria),R. Morimoto,M. Morange(France),W.
レドキシンとレドックス制御について話した。次に前述の B.
Currie(Canada),I.J.Benjamin(USA)などであろうか。日本か
Pollaが煙草の煙による肺胞マクロファージの炎症反応などをモデ
らはほかに,テラトロジーの塩田浩平(京大),井上稔(名大),
ルとして,熱ショック蛋白質と炎症の関わりについて,もっとも
抗原認識の鵜殿平一郎(岡山大)などが出席して発表していた。
このセッションらしい講演をし,最後に姫野國祐さんがパラサイ
ストレス蛋白質/分子シャペロンの機能を知るために,遺伝子
トの感染とストレス蛋白質の関わり,その病原性とストレス誘導
のターゲティングをとは誰もが考えることであろうが,韓国の
の関連について話した。
J.Seo は HSP70.1 のノックアウトを,テキサスの I.J.Benjamin は
国内の炎症学会では毎年のように,熱ショック蛋白質関連のシ
HSF1のノックアウトをそれぞれ報告した。HSP70.1のノックアウ
ンポジウムが持たれているが,この国際学会でも心配したよりは
トではいくつかのフェノタイプが現れるが,さほど大きな変異は
観客も多かった。しかし質疑応答は若干物足りないものであった。
見られなかった。これは同じHSP70をコードする遺伝子が3つあ
おそらくまだこの分野でストレス応答や分子シャペロンといった
ることからも当然といえば言えようが,新しく見つかったフェノ
概念が十分市民権を得ていないということであろうか。午前中で
タイプとしてadrenalおよびpituitary glandの縮小傾向は,かつての
海岸でのランチ
10
セッションは終り,
Holbrook の報告などを考え合わせても興味深いのかも知れない。
矢原さん,Arrigoら
一方BenjaminによるHSF1のノックアウトは,かなり大きな驚き
と昼飯を食って,
を与えるだろう。ノックアウトマウスでは,ストレスによる各種
夕方,成田からシ
HSPの誘導は抑えられ,また温熱耐性の獲得や,熱ショックによ
ドニーへ向かうこ
るアポトーシスの誘導に対する防御能などが見られなくなってい
とになった。夜の
たが,フェノタイプとしては野生型とほとんど変わりがなかった。
出発というのは,
わずかに雌が不妊になるくらいが現在わかっている変化である。
どうも気が滅入っ
まだもっと時間をかけてこれらのノックアウトマウスの表現型を
ていけない。今回
調べる必要があるのだろうが,ほとんどのHSPs の誘導が抑えら
も成田へ向かうバ
れても,生体は十分生きていけるものらしい。
Chaperone Newsletter
GethingはDnaK, HSP70およびBiPの基質ペプチド結合活性を較
側・ER内腔側の透過障壁は膜透過中のnascent chainの長さや膜貫
べ,共通の認識機構と異なった認識機構の両者が存在することを
通領域の有無に応じて開閉すること,両方が同時に開かぬよう協
示した。個人的には,BiP がコラーゲンの C プロペプチドに結合
調して制御されていることを報告した。そして,alkaline washし
するというデータが興味深かった。マンチェスターのN.Bulleidら
た ER と精製した BiP を用い,内腔側の“gating”に BiP が必要で
によって,コラーゲンの 3 本鎖形成(2 本のα 1 鎖と 1 本のα 2 鎖
あることを明らかにした。C. Nicchittaもnascent chain のprotease感
がアッセンブルする)の特異性を決めるものとしてC-propeptide
受性の解析から類似の結果に達しており,特に,細胞質側の
中のシスエレメントが報告されているが,これがBiPの認識配列
gating,つまり,ribosomeとtransloconの間のシーリングの気密さ
になっていて,実際に結合しうるというものであった。コラーゲ
も,lumen 側に BiP があるかないかで影響を受ける可能性がある
ンの選択的な3本鎖形成の機構を知るうえにも興味深いと考えら
と報告した。こうした結果は,transloconを介してcytoplasm側と
れる。
lumen 側の構造的な情報が伝達され,各々の gating が制御されて
参加者の半分は,普段交叉することのないテラトロジー分野の
いることを示唆している。さらに重要なことは,これらの結果が
研究者であり,気楽さとちょっとした緊張感もあり面白かった。
BiPとSec61 complexが直接相互作用する可能性を示していること
しかし両者のあいだで本当に議論がかみ合っていたとは思われ
で あ る 。 T. Rapoport ら の reconstitution 実 験 か ら , BiP は co-
ず,関連の深い分野同士であるだけに残念なところでもある。
translational translocation を促進するものの,ER における DnaJ
結局シドニーには2日いただけで急いで帰ってきたが,最後の
homologueであるSec63pはこの過程に必須でないことが明らかと
日は Rick Morimoto と春から初夏といったところの市内を歩き,
なっている。事実,T. Rapopoprtは,post-translational translocation
HightowerやWalshと一緒に美術館のカフェーでしばらく太陽を浴
においては,Sec62pやSec63pを含むSec complexに結合した分泌
びながら時間を過ごしたのち,例によって空港で3本のオースト
タンパク質前駆体の遊離に BiP が重要な役割を果たすと述べた
ラリアワインを買って,そそくさと帰ってきたのであった。日本
(基本的には8月にScience に掲載された内容が中心の発表であっ
の冬はやはり寒かった。
た)が,前述のco-translational translocationにおけるBiPの効果に
ついては,あまりポジティブな評価を与えていなかった。この件
に関しては,ミニシンポジウム後に T.Rapoport,A. Johnson,R.
海外学会報告…
ASCB年会に出席して
Schekman らがさらに discussion しており,後二者が BiP の co-
吉久 徹・西川 周一
性を BiP が緩和するためではないかとやや苦しい主張をしてい
(名古屋大学大学院理学研究科)
た。BiP が内腔側の gating に関与する際,Sec63p 以外の DnaJ
translational translocationへの積極的な関与を支持しているのに対
し,Rapoportは,再構成やalkaline washに伴うSec61 complexの変
homologueが必要なのか,BiPはどのようなメカニズムでgating機
こ
こでは,昨年 12 月 13 日から 17 日にかけてアメリカ合衆国
能を果たすのか,どのような nucleotide 依存性を示すのかなどの
Washington D. C.で開かれたAmerican Society for Cell Biology
疑問は残るが,Hsp70の新たな機能として注目される。
(ASCB)の年会について,筆者らが見聞した内容について報告す
protein translocationを巡る話題の中で近年注目を浴びているも
る。アメリカの細胞生物学会は,日本でいえば生化学会ほどの大
のに,proteasomeにおけるタンパク質分解と共役したERから細胞
きさの学会で,シグナル伝達,細胞周期,細胞骨格系などの話題
質へのprotein exportがある。K. Römishは前述のminisymposiumで,
を中心とした日本の細胞生物学会に比べ,細胞生物学のより広い
McCracken グループの E. Werner は翌々日のポスターで,酵母の
分野(特に筆者らの興味のある生体高分子の細胞内局在化など)
ERにおけるprotein exportについて報告した。 K. Römishは突然変
において,数多くの演題が提供される。ポスターが中心であるが,
異体の単離とin vitroのassayを利用し,この過程にSec61pは必須
up-to-dateな話題についての中規模のシンポジウム
であるが,Sec62p と Sec63p は必要ないことを報告した。
(minisymposiumと銘打ってあるがけっして“mini”ではない)が
McCrackenのグループは,やはりin vivoおよびin vitroの実験から,
充実している。今回は同じ研究室から2名がポスター発表のため
BiP(Kar2p)はこの過程に必要であるが酵母細胞質の主なHsc70
出席したこともあり,お互いに補完する形で演題にあたれたのは
の一つであるSsa1pは必要ないことを示した。以上の報告におけ
幸いであった。シンポジウム,ポスターとも chaperone を冠した
る BiP の役割が,export されるべきタンパク質の認識や高次構造
セッションはなく,細胞生物学の個々の局面における chaperone
変化に必要なのか,reverse translocation machineryのintrinsicな部
の働きに関する話題を拾うこととなった。我々の興味の対象につ
品として必要なのかは不明である。Translocation に関する A.
いてしかお話しできないことをお詫びした上で,いくつかの話題
Johnson のグループのポスターでは,ribosome が結合していない
を紹介したい。
場合のtransloconの細胞質側は閉じられていないと主張している。
ホットな話題の一つは,12 月 14 日のミニシンポジウムや翌日
ERからのprotein export の際にも,Sec61 complex からなるexport
のポスター発表で議論されたERのtransloconの“gating”である。
machinery の気密性は保たれている必要がある。BiP はここで,
ER におけるタンパク質膜透過の際,膜の integrity を保つため,
Sec63pのようなDnaJ homologueに依存することなく何らかの役割
translocon の低分子物質に対する透過障壁は適切に維持されなく
を果たしている可能性もある。translocationとexportとでBiPが同
てはならない。A. Johnson のグループは,Lys 残基に蛍光プロー
じ働きをしている保証がないにしても,要求する役者が一致して
ブを導入した膜透過モデルタンパク質を用い,そのnascent chain
いる点は,注目すべきであろう。なお,T. Rapoport によれば,
の化学環境を解析してきたが,今回彼らは,translocon の細胞質
mammalian の Sec63p homologue がクローニングされたそうであ
11
Chaperone Newsletter
ることを考えると,アメリカの持つ国力と,知識を増やし,維持
る。
これほど大きな議論ではないが,酵母の細胞質Hsp70のタンパ
し,多くの人々に伝えることに対するのアメリカ国民全体の意志
ク質核移行に関与についてGoldfarbのグループから興味深いポス
の強さには脱帽するしかない(近年,政府の財政再建のため,博
ターが出されていた。タンパク質核移行におけるHsp70の機能に
物館への補助金を減らして有料化しようとの試みがあったそうだ
関しては不明な点が多いが,彼らは,酵母 Hsp70 である Ssa1p の
が,猛反対にあってあっさりつぶされたそうである)。その点で
過剰生産が,いくつかの nucleoporin の変異( nup1 , nup82 ,
は,まだまだ日本は後進国なのであろうか...。堅い話に終始した
nup188)の引き起こす核移行不全を抑圧することを報告した。彼
が,とっておきの観光スポットを一つ。Washington D. C.の西の
らは,こうしたSsa1pの機能にとって,Ssa1p自身が核内に輸送さ
一区画Georgetownは,東海岸らしい雰囲気で食事・ショッピング
れることが必須であることを,Ssa1pと核へ移行せず細胞質に留
を楽しむことができる洒落た町だ。ここの Georgetwon Park とい
まる Ssb1p とのキメラを作成して比較することで明らかにした。
うショッピングモール地下にあるPlatypusという日用雑貨のお店
興味深い点は,Ssa1p のみが核移行シグナルを持つのではなく,
は,ちょっと気の利いたおみやげを手に入れるにはうってつけで
むしろ,Ssb1p が積極的な細胞質局在シグナルをその 574 番残基
ある。ウインドウからのぞく愛嬌のあるぬいぐるみのカモノハシ
よりC末端に持つことである。この領域には,Leu rich核外移行
が目印。最もprimitiveなほ乳類の名を持つ店が,最も新しい強国
シグナル様配列が存在する。事実この領域を欠失したSsb1pは核
アメリカの首都にあるという対照が楽しいショッピングスポット
に移行してnucleoporin変異の表現形を抑え,またこの領域を融合
である。
した低分子量タンパク質は核から排除されて細胞質にのみ存在す
我々は旅の終わりに University of California, Berkeley の R.
る。さらに発表者のN. Shulgaは,Ssb1pのみでなく,オルガネラ
Schekman研究室を訪れる機会を得た。かれは,今年のASCBの会
への局在化シグナルを欠失した Ssc1p(ミトコンドリア Hsp70)
長であり,近く,彼の所属するDepartment of Molecular and Cell
やKar2p(BiP)でも同様に核に移行してSsa1pと同様の活性を持
Biology の学部長に就任するという多忙の身である。しかし,
つと言っており,核移行におけるHsp70の機能は,Hsp70にとっ
我々が訪れたそのとき,彼は,我々を笑顔で出迎えながら,10ポ
てgeneralな生化学的機能に基づくものではないかと推察される。
ンド入りのBacto-Yeast Extractのバケツ(十分洗ったと主張して
同時に,拡散による核膜孔透過限界の 60 kDa より大きな Hsp70
いたが)でクリスマスのエッグノッグをかき回していたのだった。
familyのタンパク質が,その本来の局在に関わらず核に積極的に
おすそわけに預か
入るのは何故なのか,逆に,Ssb1pを積極的に細胞質に局在化さ
ったそのエッグノ
せる必要性は何なのか,各々のHsp70分子種の機能的な住み分け
ッグの味は申し分
に加えて興味の持たれる点である。
なく,中身の濃い
さて,今回ASCBのミーティングが開かれたWashington D.C.は,
アメリカ出張を締
NIHのあるBethesdaに近いこともあり,訪れた研究者の方は多い
めくくるにふさわ
と思われる。無論,合衆国の首都であるが,一方,Smithsonian博
しい一杯であった。
物館群のある町という認識を持たれる方も多いのではなかろう
か。自然,美術,歴史,そして現代科学を代表する航空宇宙技術
に至るまで,世界第一級の内容と量を誇る博物館が無料で楽しめ
クリスマスパーティーのエッグノッグを作るSchekman
Reflections
実験と構想,あるいは批判と
創造,あるいは懐疑とロマン,
あるいは…
しかし,この自分の態度は,ガセねたにおどらされることを時
に防いだとしても,ちかごろ冷静にふりかえってみると,結局,
罪の方が大きかったような気がしてきた。例をあげる。1977年米
国のWoeseは,原核生物はメタン菌などの古細菌と大腸菌や枯草
吉田 賢右
(東京工業大学資源化学研究所)
菌などの真正細菌の2つに分類すべきである,と提案した。その
根拠は,16SrRNAの塩基配列の分析である。しかし,塩基配列の
分析といっても,まだ塩基配列決定法は確立していなかったので,
昔
から疑い深いところがあったのか,私は新説に対して気が
ごく短い RNA 断片のカタログをくらべただけある。私はそのこ
付かないうちに批判的あるいは否定的な態度をとる傾向が
ろ好熱菌や好塩菌など極端な環境に住む細菌に興味をもっていた
あったようだ。特に新説の内容が華やかであればあるほど,いい
が,Woeseの論文を見て,こんなプアーな結果から大きなことを
かげんなことを言っちゃって,とシニカルな立場をとった。新説
いってどうせホラみたいな話だろうと思った。そうすると,その
というのは,その出現の当初は証拠もたいしたものがないのが普
時の自分の印象に加担する気持ちがその後もずっと後を引いた。
通で,まあ,わずかな手がかりをもとに大きな話を作り上げるわ
結局,私が古細菌を第三の生物群と(自分の頭のなかで)はっき
けだが,それが気に入らなかった。これで,例えば,発ガンの原
りと認めることになったのは,1987年に真核細胞のリソゾームな
因はNa,K-ATPaseを主役とするリン酸化カスケードである,とい
どのプロトンポンプである V-ATPase と同じタイプの ATPase を,
うSpecter,Rackerの論文のうさんくささをいちはやくかぎつけた。
自分自身でたまたま初めて古細菌に発見してからであった。この
12
Chaperone Newsletter
図1 シャペロニンに結合した基質タンパク質を抗体で検出する。これで基質タンパク質はシャペロ
ニンの空洞の入り口に結合する、と確信したのだが…
上段、シャペロニン(GroEL/ES複合体)
下段、シャペロニンに基質タンパク質を結合してから基質タンパク質に対する抗体を結合させた。
図2 シャペロニンの作用機構のモデル。どうやら、
「カンガルーの袋」がメイジャーな作用機構ら
しい。
D:完全変性 I:折れたたみ中間体 N:ネイデイブ cpn:シャペロニン
Agg:擬集体
発見はそれなりに反響をよんだけれど,古細菌は普通の細菌とは
ク質の折れたたみ中間体がGroELに可逆的に結合し,そのことに
まったく違うものだ,という認識をもっと以前から私が持ってい
よって溶液中の折れたたみ中間体の濃度が下がり,凝集が抑えら
たら,この発見はさらに早期にできただろうと思う注 1。
れる,と考えた。これによると,シャペロニンは折れたたみ中間
もうひとつの例は,シャペロニンの作用機構である。シャペロ
体をリングの入り口に結合するだけで,なにも積極的なことはし
ニンはGroELとGroESがそろって始めて完全な機能を果たすこと
ていない(リザーバー説)。Hartlのグループは,私たちがカンガ
が出来る。私たちは,GroEL-ES の複合体を好熱菌 Thermus
ルーの袋とよんだモデルを派手にぶちあげていた(図2)。これだ
thermophilus(真正細菌)から始めて単離し,これが弾丸型をし
と折れたたみ中間体はシャペロニンの内部の空洞に結合し,その
ていることを明らかにした(Ishii et al.(1992)FEBS Lett., 299,
なかで折れたたんで成熟するというわけである。私は,なにせ結
169)。その勢いをかりて,私たちは今度は,シャペロニンによっ
合の現場を見ているという自信があったので,自分の方が正しい
て折れたたみを助けられる「基質」タンパク質の折れたたみ(変
と確信していた。このころ Hartl と議論して,空洞のなかに折れ
性)中間体注 2 がシャペロニンのどこに結合するのか,電子顕微鏡
たたみ中間体がいるならどうして抗体がそれに接近できるのか,
で調べた。まず,基質タンパク質をシャペロニンに結合させてお
どうしてプロテアーゼで非常にたやすく分解されるのか,と問う
いて,次に基質タンパク質の抗体を結合させて観察すると,明ら
たことがある。彼の答えは,抗体は2つある抗原結合ドメインの
かに抗体は弾丸型の底に結合していた。すなわち,基質タンパク
うち片方を空洞のなかに突っ込んでいる,プロテアーゼは分子量
質はGroESの反対側のGroELのリングの入り口付近に結合するの
が小さいので空洞のなかに入り込んで分解する,という返事で,
である(Ishii et al.(1994)J. Mol. Biol. 236, 691)(図1)。
私は説得力のない反論だと思った注 3。
しかし,これより先に,HorwichのグループとHartlのグループ
ところが,1995年,Horwichのグループから実に明快な実験結
は,やはり電子顕微鏡による観察から基質タンパク質はGroELの
果が発表された(Weissman et al.(1995)Cell 83, 577)。GroELと
リングの中に結合すると発表していた。Horwichらの方法は,金
GroESを結合させて弾丸型複合体を作る。それに折れたたみ中間
微粒子を付着した基質タンパク質をGroELに結合させてそれを凍
体を結合させる。そしてプロテアーゼを働かせる。すると折れた
結乾燥して無染色で観察するというものであった(Braig et al.
(1993)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90, 3978)。私には,無染色で金
微粒子は見えるだろうけれどもタンパク質がどうして見えるのか
(今でも)よくわからなかった。また,論文をよく読むと,ある
ところでは結合場所はthe end portions of the(GroEL) cylinderと
言っているのに,タイトルではwithin a central cavityとなっている。
Hartlらの論文はもっと飛躍していて,上から見た7角形のGroEL
の画像処理によってあらわれるリング中央のマスだけから,基質
タンパク質は空洞の内部に(within)結合するとタイトルで宣言
してしまう(Langer et al.(1992)EMBO J. 11, 4757)。入り口では
なく内部と主張するからには,GroELを横から見て基質タンパク
質の位置を確認しなければいけない。Hartlらは,実はそれも試み
ているものの明確な結果が得られなかったのであるが。
基質タンパク質がどこに結合するかという問題は,シャペロニ
ンはどのように基質タンパク質の折れたたみを援助するのか,と
いう問題と直結する。私たちは,GroELが存在すると基質タンパ
注1)私はその後しばらく古細菌に熱中して,古細菌にはプロテア
ソームがあるのではないか,あるいは変わった分子シャペロ
ンがあるのではないか,と探した。しかし,プロテアソーム
は私たちの Sulfolobus strainには見つからなかった。これは,
別種の古細菌 Thermoplasma にあることをBaumeisterたちが見
つけて,X線結晶解析までやってしまった。シャペロニンら
しきものは見つけたのだが,精製とクローニングに手間取っ
ているうちに Trentたちに先をこされてしまった。Sulfolobus
のシャペロニンは大腸菌のGroELよりも真核生物のTCP1に似
ていたのでみんな驚いた。いずれにせよ,古細菌はなにか新
しいものが見つかるかもしれない面白い材料だが,V-ATPase
以外は人に先をこされるばかりで,私の研究室では古細菌を
扱うのはほとんどやめてしまった。
注2)便宜上,ここではシャペロニンに結合するポリペプチドを中
間体とよぶが,シャペロニンに結合する基質タンパク質の構
造的特徴については,完全に変性した状態からほとんど
native な構造までいろいろな主張があり,いまでも研究者の
間で一致する見解はない。私たちは先ほどのシンポジウム
(11月27日「分子シャペロンと…」)で,GroELは,ほどけて
伸びたポリペプチド鎖を認識して結合する,と提案した。
13
Chaperone Newsletter
マを選ばなかった(私たちの研究室ではテーマは自分で選ぶ)。
これは,もちろん私のフォールトである。なぜかというと,私は
ただ一般的に,光で折れたたみを追跡できる便利なシステムとい
うことしかその研究の意義を大学院生に説明しなかったのだか
ら。
この手痛い経験をきっかけに,私は今までの姿勢を変えること
にした。新しい説に対して,真否が明らかでないとか,実験に不
備があるからといって,頭から否定しない,ということである。
この姿勢の変換には,たちまち御利益があった。シャペロンの分
野ではなくて,もう一つ私たちのグループが研究しているATP合
成酵素の分野である。そこでは,ATP合成酵素の中心部分のサブ
ユニットは周辺のサブユニットに対して回転している,という回
転仮説が有力だった。私は,回転を実証する証拠など実は今まで
ただの一つもないと考えていたので,この説にたいしてかなり批
判的な立場だった。しかし,シャペロニンショックをきっかけに
考え直してみれば,回らないという証拠も全くないのである。私
は,回るか回らないかわからないが,この際,とにかく面白い方
図3 trans複合体の基質タンパク質だけがプロテアーゼで分解される
にかけて実験してみようという気になった。それも,今までの間
たみ中間体は全て分解されてしまう。私たちが電顕で見た通り,
接証拠ではなく,誰でもそして自分自身も100%確信できる結果
折れたたみ中間体は弾丸型複合体の底に結合し外に露出している
を得たいと思った。そして幸運なことに,慶応大学の木下さんの
のでプロテアーゼで分解されるのである。ところが,まずGroEL
グループとの共同研究で回転のリアルタイム観察という期待以上
と折れたたみ中間体を結合させておいて,それにGroESを結合さ
の明確な結果を得ることができた。ただ,恩師香川先生に言わせ
せて,そしてプロテアーゼで処理すると,折れたたみ中間体の半
れば,こういう実験はもっと早くできたはずだった。たしかに,
分は分解されなかった。つまり,GroESは,折れたたみ中間体が
私たちの観察が 5 年前,いやたった 2 年でも早ければ,その衝撃
結合していようがいるまいがどちら側のGroELリングにも同じ確
は今よりもはるかに大きかったろう。実験的になにか困難があっ
率で結合し,たまたま折れたたみ中間体と同じ側(cis)に結合す
たから今までこの実験ができなかったわけではない。私がそれを
ると,中間体はGroEL内部の空洞に閉じこめられて外部から遮断
実験しようと思わなかったからできなかったのである。
され,プロテアーゼも接近できなくなる,のである(図3)。彼ら
今年のノーベル医学生理学賞は,プリオンの発見者Prusinerに
は,この cis 複合体のなかで折れたたみが進行することも実証し
授与された。私は,Prusinerのprotein-only説をつい最近まで信じ
ている。まさにカンガルーの袋である。Hartlのグループも少し遅
ていなかった。当初は,Prusinerは山師だと思っていた。In vitro
れてcis複合体のなかでの折れたたみを報告した。
でタンパク質の折れたたみ方が伝染的に変化するという何年か前
私たちのリザーバー説はまちがっていた。もっと正確に言えば,
の論文をみて,ようやく半信半疑の状態になり,今度のノーベル
私たちが見ていたのはcis複合体ではなく,GroESと折れたたみ中
賞で完全に信じる気になった。実験を根拠としてものをいう科学
間体がそれぞれ反対側のGroELリングに結合したtrans複合体であ
者として,その実験が不備なのに大きなことをいう人に警戒心を
り,trans複合体経由の折れたたみはシャペロニンの機能の横道だ
抱くのは当然だろう。しかし,たとえそうであっても,決定的な
ったのである(全く生理的に意味のない横道かどうかはまだわか
否定的証拠がないかぎり,その大きなことは正しい可能性もある
らないが)。これは私にとって衝撃だった。あまり明確ではない
わけで,反発のあまりそれまで捨て去る危険性もまた自覚する必
実験結果から甘い論理で引き出されたモデルと思っていたものが
要があった。否定的証拠というのが本当に決定的なのか,その判
正しくて,堅いと思っていた自分たちの論理にすきがあった。
断もまた難しい。
私がもっと早くカンガルーの袋モデルを真剣に考えていれば,
また,逆に,新しい革新的なモデルを考える努力をしてきたか,
それを,彼らと同じ時期かそれ以前に実証出来たかもしれない。
という点から自分自身の研究態度をふりかえると,慎重と怠惰が
私は,緑色蛍光タンパク質(GFP)が遺伝子発現のよいトレーサ
一緒になった精神およびここまで来ると単に姿勢の問題だけでな
ーになるという Chalfie らの(GFP 大流行のきっかけとなった)
くて才能の問題もあり,忸怩たる思いがある。今年のノーベル化
Science 論文を見て,これはシャペロニンの基質タンパク質とし
ても役立つと考えて,すぐ彼に手紙を書いてGFPの発現プラスミ
ッドをもらい受けた。そして自分の研究室で実際に緑に光る大腸
菌のコロニーを見てよろこんだ。1994年の4月には,GFPを基質
タンパク質としてシャペロニンの作用を調べる研究を,新しく入
ってきた大学院生のテーマの一つとして提案した。もし,そのテ
ーマを誰かがやっていれば,当然GroEL/ESのcis複合体の中にと
らわれたまま光るシャペロニンの発見に行き着き,カンガルーの
袋モデルを実証できたはずだ。しかし,実際にはだれもそのテー
14
注3)空洞内部に基質タンパク質が結合するというHartlやHorwich
らの証拠はこの時点では先に述べた電子顕微鏡観察であっ
た。彼らが観察したのは,基質タンパク質の結合した GroEL
だけである(GroEL/ES複合体ではない)。しかも,前節で述
べたようにこの時には結合場所は空洞内部というより入り口
である。私たちが観察したのはtrans側に基質タンパク質の結
合した GroEL/ES 複合体である。cis 側に基質タンパク質の結
合したGroEL/ES複合体でのみ空洞内部に基質タンパク質が閉
じこめられる。Hartlも私も,GroEL/ES複合体の存在の可能性
に気がつかずに議論していた。
Chaperone Newsletter
学賞は Walker, Boyer, Skou の 3 人に与えられたが,私たちの F1-
究で 1968 年のノーベル物理学賞を受賞し,隕石による生物大絶
ATPaseの回転の証明はWalkerとBoyerの受賞に大いに貢献したと
滅説の創案者でもあるAlvarez は,一日一つ,どんな馬鹿げたも
いう(Nature 389, 771)。以前にも似たことがあった。1978年に
のでもよいから何か新しいアイデイアを考えること,と想像(創
Mitchell がノーベル化学賞を単独受賞した時も,その前年の曽
造)の秘訣を言っていた。間違いを気にせず,たえず自分で自分
根・吉田・平田・香川の論文が彼の説の最終的な証明に役だっ
に何かを提案してゆく,そしてその中の有望なものについては執
た,と言われた。誰かが言い出した説の証明だけではなく,自分
着して考え続ける,そんなことができたらいいのだが。
でひとつの世界をきり開いたらどんなに楽しかろう。素粒子の研
Reviews
「小胞体ストレスにより誘導され
る特殊なタイプのmRNAスプラ
イシングの意義」Part 2
symposiumが二人によって企画されたときには,Peterの画期的な
論文が Cell に連報で出るなどとはMary-Janeは全く想像もしなか
ったのでしょう。ところがmini-symposiumが催されるときには,
Peterのところでは EMBO. J の論文を含めて3報1996年に出してい
その後の劇的な展開
るのにMary-Janeは皆無という非常に厳しい状況になっていまし
た。Peterは恣意的にこういう状況を作り出し,「UPRの世界はも
森 和俊
(HSP研究所)
はや俺の独壇場だ」と皆に印象付けようとしたんだと私は邪推し
ています。私の方はと言えば,Hac1pを同定した結果が"Genes to
Cells"にacceptされており,スプライシングの解析でPeterとは違
域ニュースの前号に,Unfolded Protein Response (UPR)−
った見解を出しているところでした。私を mini-symposium の
小胞体内の分子シャペロンの発現量が小胞体と核とのコミ
invited speakerにするというMary-Janeの案はPeterに頑なに拒否さ
ュニケーションにより調節されている機構 - に関する総説を執筆
れたため,Mary-Jane の持ち時間を半分もらうという手筈になっ
させていただきました。その中で特に,最近のトピックスとして
ていたのですが,幸か不幸かMary-Janeはひどい風邪を引いたた
話題となった転写調節因子 Hac1pの同定と,Hac1pの発現に関与
め帰国し,私が彼女の 20 分間全てを使って話したのでした。こ
するHAC1 mRNAのスプライシングの発見およびその意義の解析
のmini-symposiumのことは前号の第3章の終わりにも書きました
において,我々と Peter Walterのグループがどのようなバトルを
が,まず Peter が華々しくエエトコ総取りといった感じで話した
展開したか,かなり赤裸々に内幕を含めて書き綴りましたが,多
ため,私は重複を避けるのに苦労しました(Peterから聴衆が寝な
くの方々に目を通していただきましたこと重ねて御礼申し上げま
いように同じことは繰り返すなと言われておりました)。全く目
す。しかしその後の展開はさらに激しい劇的なものとなりました
新しいのは,誘導に関与するシス配列 UPRE の本質が 1bp のスペ
ために,皆様にお知らせすべく再び筆を執らせていただきました。
ースを挟んだ部分的にパリンドロミックな配列であるという発見
領
私は昨年8月中旬にCold Spring Harbor Laboratory (CSHL)で
くらいでした。実際Peterはmini-symposiumの直前に,前日原稿作
催されたYeast Cell Biology Meetingで口頭発表をする機会を得,
成のため徹夜していた私に向かって「疲れてそうだな。無理せず
まず我々はPeterのグループとは独立にHac1pを同定したことを述
に,UPREの様に自信のあるとこだけ話して10分で講演を終わっ
べましたが,まだ"Genes to Cells"はcirculationが悪く,モデル図が
ても全然問題ないぞ!」と励ますような振りをして実はプレッシ
たとえ表紙に採用されていてもほとんどの人はその存在を知らな
ャーをかけるという凄まじいテクニックを使ってきていました。
いので,これを言う度に笑われ辛い思いをします(有名な研究室
でも,せっかくここまで来たんだから言いたいことは言って帰ろ
はもっと論文を掲載してホントに世界に通用する雑誌にしてくだ
うと決心し,中野先生の励ましも受けて,我々の考えているモデ
さい)。次にこれも独立に HAC1 mRNAのスプライシングの発見
ルは彼らのとは全く異なると話したのでした。しかしこの時は,
を行なったこと,スプライシングの現象そのものは同じものを見
Peterのモデルを支持する証拠の方がずっと強かったし,彼がさら
ているのにもかかわらず,その意義の解釈は彼らと我々では全く
にデータを追加したので我々の見解を信じる人はほとんどいなか
異なっていることを述べました。これらのことは,一昨年 12 月
ったと思います。それでも聴衆の一人が,Mori という奴が Peter
サンフランシスコでのAmerican Society for Cell Biology (ASCB)
と違うことを言っていたぞと TiCB の編集者に連絡したようで,
MeetingでPeterとMary-Jane(私のかつてのボス)がorganizeした
帰国後 TiCB の編集者からFAXで,「今度小胞体と核とのコミュニ
mini-symposiumで既に話しているのですが,非常に幸いなことに,
ケーションという総説を出すけど,もしあんたらのところでスプ
昨年2月号の Trends in Cell Biology(TiCB)に掲載された総説内
ライシングに関する論文があるなら引用するよ」という連絡があ
のかなり良く目立つ位置にnote added in proofとして引用されてい
りました。無論論文はなかったのですが,色々なやりとりの末に
ますので,これが Peter のモデルに最初から異議を唱えていたこ
personal communicationとして引用してくれました。まさにこれこ
との良い証明となっています。この内幕を説明させていただくと,
そ「捨てる神あれば拾う神あり」で,苦しくとも頑張っていれば
UPRの解析はMary-Jane Gething & Joe Sambrookのラボで始まった
誰か見てくれているのだと実感したのでありました。当然のこと
ようなものですが,彼女らはオーストラリアに移ったこともあっ
ながら,この編集者は後に Peter に「何故論文になっていないこ
て私がラボを去った後は全く論文が出ていません。この mini-
とを引用するんだ」と烈しく抗議されたのだろうと想像していま
15
Chaperone Newsletter
す。裏話が長くなりましたが,CSHLでのMeetingに戻って我々は
か。"Nice to see you again"と言って握手をして席に着きましたが
Peter のモデルが間違いであることを証明し,この結果は
後は一言も口をきかず最初の二つの講演を聴いていました。こう
Molecular Biology of the Cell(ASCBの学会誌)の10月号に掲載予
いうのを呉越同舟というのでしょうか。はたまた,運命の巡り合
定であるということで話を締めくくりました(これが後で反動を
わせというのでしょうか。Peterは講演の初めに,シス配列UPRE
呼びます)。驚いた人はかなりいたようです。
はMori, Gething, & Sambrookにより同定されていたのでこれを使
昨年 11 月末横浜での公開シンポジウムで,スプライシングの
っていろいろなスクリーニングによりUPRに関与する遺伝子を3
分子機構に関する我々の解析結果とPeterのラボからまたCellに出
つ単離したこと,小胞体に存在する膜貫通型リン酸化酵素は
た結果とを比較しながらお話しさせていただき,引き続き行なわ
Gething & Sambrookによっても単離されたことを述べましたが,
れた班会議後の飲み会で,12 月にワシントン DC で催される
転写調節因子Hac1pのところからは全て自分のところだけでやっ
ASCB Meetingでのplenary symposiumにおいてPeterがどういう風
たかのように滔々と 30 分話しました。一年前の論争など全く忘
に話すかが問題だと言いました。帰京し日曜日に出社しますと机
れたかのように振舞って全体のセッション終了時に,「Mori が
の上にPeterからの郵便が置いてあり,開けてみますと11 月号の
mini-symposiumで"similar story"を話す」と付け加えただけでした。
Current Biology に掲載される論文のゲラ刷りが入っていました。
また最大の争点であった Hac1p の発現制御のことも,「precursor
何と彼らは自らモデルを修正しているではないですか。それも9
mRNAからできるはずのHac1pは細胞内に見つからない。何故見
月4日received,22日revised,30日accepted,10月17日published
つからないかというとその理由がまたamazingであった」という
(インターネット上)という荒業を使っておりました。CSHLには
一言に凝縮して,この1年間何の論議もモデルの変更も無かった
UCSFからたくさんの人が来ていましたから彼らから情報を得,9
かのようにシラを切り通したのには,「ようヤルワ!」とあきれ
月中に accept されるように急かしたようです。こうしておけば
返ってしまいました。中でも私が一番頭に来たのは,HAC1 イン
我々の論文を見ることはなかったと主張できるからです。勿論
トロンがあるmRNAからは蛋白質は翻訳されないことを示した彼
我々に対するacknowledgementは何もありません。ともかくこの
のデータの中に,ー昨年のASCB Meetingで我々の主張の唯一の
論文では,以前はUPRは発現されるHac1pの安定性の差によって
根拠として私が示した construct に良く似たものが有ったことで
制御されていると考えていたが,うまく説明できないところもあ
す。他人のデータをパクっといて自分が全てやったようにシャー
るので,やり直したところ二種のHac1pの間で安定性に全く差は
シャーと述べるなんて,有名なscientistになったら何をしてもエ
無いという結果が得られたと dramatic な修正を行なっています
エのかと,私の自律神経はギリギリと痛んだのでした。Randy
(9 月に彼らが MBC に出した論文では mature mRNA からできる
Schekmanなど何人かの人に尋ねましたが,Peterの Current Biology
Hac1pの半減期は約4分であるとdiscussionに書いてあるのに,こ
の論文はまだあまり気付かれていないようなので,Peter の 1996
の論文では急にmature mRNA産物もprecursor mRNA産物も共に半
年の Cell の論文を読んだ人は彼の話を聞いてアレっと思ったはず
減期 2 分であるとしているのは我々の結果に adjust させたとしか
ですが,大多数の人は実際には論文を読んでいないので,やはり
思えない)。また,precursor mRNAからHac1pが発現されないの
全部 Peter のところで UPR の解析が行われているように信じられ
はイントロンが存在するためであり,イントロンはmRNAの翻訳
るのは何とも悔しいものです。 MBC に出していても無視される
抑制に必要十分であると結論しております。「MBC に出したから
形になるなんてやるせないが,現在の実力差からして,plenary
といっていい気になるなよ」というメッセージなのでしょうが,
symposium で 2 回も私の名前が出ただけで良しとせねばならんの
こんなに早く論文をねじ込める政治的パワーを持った奴と対等に
やろうか?
戦うのはホント容易じゃないですね。"unfair world"としか言い様
がない!
16
私の方は,"protein degradation"というmini-symposiumにこじつ
けてアプライした
さ て A S C B
ら幸運にも invited
Meeting での
speakerに採用され
plenary symposium
ました。ところが
当日となりまし
なにせ発表が最終
た。これは一番大
日の夕方で,勿論
きな会場で行なわ
Peterはいないし聴
れるもので聴衆か
衆も少なかったが
らの質問は受け付
論争の歴史を正確
けられませんの
に話し,我々が先
で,私は一番前で
にprecursor mRNA
聞いてやろうと荷
が翻訳されていな
物を置いておきポ
いと提唱し,彼ら
スターを見て回っ
が後からモデルを
てから席に着こう
変更したんだと伝
とすると,何と隣
えたところ,面白
にはPeterが座って
かったという反応
いるではないです
をしてくれた人は
Chaperone Newsletter
何人かいました。少しでもこの話が伝わってくれればよいのだけ
か。こんな馬鹿なことを酵母がするであろうかというのが私の素
ど…。もし私がCSHLで話さなかったらどうなっていたでしょう
朴な疑問です。また彼は mature mRNA は半減期 20 分の安定な
か?私の話に応答して論文をすぐ出したということは,彼らはモ
mRNAであるから小胞体からシグナルが来たという記憶は持続す
デル訂正の論文を準備していたのであろうから,Cell に出してい
ると考えていますが,我々が少しでも活性化されているUPRの原
たモデルを Journal of Cell Biology あたりで訂正するという著名人
因を探るといつもスプライシングが起こっていること,スプライ
の常套手段を使っていたのでしょう。それだけは阻止できたのだ
シング反応は非常に迅速におこり,ツニカマイシン添加後 10 分
と思っています。
で既に30∼40%のprecursor mRNAがmature mRNAに転換されて
こう書いてくると,皆様はこれで争点は解消されたのかと思わ
いること,Hac1p が半減期 2 分と非常に不安定な蛋白質であると
れるかもしれませんが,実は彼らの修正したモデルもやはり私に
いうことは応答をshut offするのにとても都合が良いことなどか
は納得がいかないのです。現在のモデルでもやはり彼らは,
ら考えて,小胞体内のストレス認識システムは非常に効率の良い
precursor mRNA産物が非常に早い応答を,mature mRNA産物が持
もので,two different kineticsを考える必要はないのではないかと
続的な応答を担当しているというtwo different kineticsを考えてい
感じています。すなわち,スプライシングを介したUPRの活性化
ます。すなわちprecursor mRNAは核から出てリボソームに会合し
機構は,小胞体内の分子シャペロンを必要なときに必要な量だけ
ていてN末端部分の翻訳が始まっているのだけれども,イントロ
補充するのに極めて合目的的にできたものであると考えていま
ンがread through を邪魔しているため途中で翻訳が止まっている
す。
ことを示しています。従って何らかの機構によりこの翻訳抑制が
Peterらが Current Biology の論文にいろいろなデータを追加した
解除されればmRNAは既にリボソーム上にあるためすぐに翻訳さ
ので多くの人はやはり彼らのモデルを信じると思いますが,一年
れてその産物が応答に関与するのだと言っていますが,我々のと
前だって我々の置かれた状況は厳しく一年後こんなに大胆なモデ
ころでも彼のところでも未だprecursor mRNA産物がUPR に効い
ルの変更があるとはほとんど誰も想像しなかったのだから,決し
ているという証拠は得られていません。彼も自信がないようで
て諦めず自分の信ずる道を進もうと思っています。一年前と違っ
plenary symposiumでもこれはあくまでhypotheticalであると述べて
て今回は Peter は隣に座っていても私に何も言ってこれなかった
いました。さらに大事なことはこのprecursor mRNAがスプライシ
ので,「世界は決して遠くない」と強く感じています。今後とも
ングを受けることはなさそうなので,別の見方をすれば,これは
皆様からのご指導ご鞭撻の程お願い申し上げます。
リボソーム上で行き詰まっているとも言えるのではないでしょう
Techniques
In situ Biochemistry &
Biophysics
― 細胞を一個の試験管に見立て
た一細胞測定システム ―
タクト細胞系」と s 光学顕微鏡下での定量的蛍光計測を応用し
た「多重蛍光顕微鏡解析法」などを駆使した「一細胞計測システ
村田 昌之
(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)
は
じめに
ニューロンや上皮細胞などに見られる細胞極性の構築は,
ニューロンにおける正常な興奮の伝達や上皮における管腔と血管
側の隔離のための細胞層形成など,細胞機能発現に必要不可欠な
細胞形質膜と細胞質のドメイン化である。我々は,細胞極性構築
過程に生起する細胞応答の内,特に細胞内オルガネラの細胞内相
対配置決定メカニズムと細胞骨格との相互作用,極性維持のため
の蛋白質・脂質の極性小胞輸送メカニズムの研究を行っている。
この様な「極性」細胞内イベントを研究するためには,細胞の形
質膜・細胞骨格・オルガネラの「トポロジー」を保ったまま細胞
内現象を「操作できる」ことが必要である。つまり,「細胞を一
個の試験管」に見立てて,その中での蛋白質間相互作用・細胞内
の膜動過程・生理反応を定量的に検出し,新規の因子をスクリー
ニングできる全く新しいアッセイシステムの確立が不可欠であ
る。
その為,我々は a 形質膜を部分的に透過性にした「セミイン
図1
極性細胞の模式図
ニューロンや上皮細胞といった極性細胞では、形質膜は脂質・タンパク質組成の異なる膜ドメイン
は上皮細胞ではタイトジャンクションによって仕切られており、一方をアピカル面、もう一方をバソ
テラル面と呼ぶ。ニューロンにおいてはタイトジャンクションのような明確な構造体は確認されてい
ないが、細胞体と軸索では形質膜の組成は違っており、軸索起始部で脂質、タンパク質の混合を防止
する機構がある。この様な膜ドメイン化は、ニューロンの方向性のある刺激の伝達や、上皮細胞の管
17
Chaperone Newsletter
MDCK細胞断面図
図3A
図3B
図2 セミインタクト細胞を用いた極性細胞のゴルジ体リアッセンブリー再構成の模式図
図3C
ム」の開発を行っている。本稿では,最近我々が行ったイヌ腎臓
ルチニンなど)を用いるためインタクトのウイルスを感染させる
上皮由来の培養細胞である MDCK(Madin-Darby canine kidney)
こと,などからその再現性が問題となっている。よって,我々が
細胞のゴルジ体のダイナミクスの研究を例に,この生細胞・セミ
目的としている「簡便で」「再現性の良い」スクリーニング法と
インタクト細胞を対象とした「in situ Biochemistry & Biophysics」
しての使用が難しい。
とも言うべき新しい実験システムを紹介する。
我々は,このSLO活性のロット差をできるだけなくすための実
験諸条件を吟味し,形態学的には細胞骨格系・オルガネラがほと
セミインタクト細胞
んど影響を受けない再現性の良いセミインタクト細胞系を確立し
上皮由来の MDCK 細胞等の極性細胞では,ドメイン化した形
た。現在,これを用い,ウイルス蛋白質でなくstableに発現して
質膜(apical面とbasolateral面;図1)に局在する蛋白質・脂質は
いる内在性膜蛋白質を輸送マーカーに用いたTGN-形質膜の極性
生合成後,分泌の過程でトランスゴルジネットワーク(TGN)に
輸送アッセイ系の確立を試みている。
て選別され,それぞれの標的形質膜に向かう輸送小胞に正確に組
ここでは,我々のセミインタクト細胞系の応用として,MDCK
み込まれる。我々は,TGNでの蛋白質・脂質の選別と小胞への組
細胞のゴルジ体のセミインタクト細胞内でのリアッセンブリー再
み込みに関わるソーター蛋白質の同定とその選別メカニズムを研
構成系を紹介する。細胞分裂時,ゴルジ体は小胞化して細胞質中
究している。
に分散する。分裂が終わると,各娘細胞内でゴルジ体は再融合・
ヨーロッパ分子生物学研究所の Simons らは極性細胞というコ
再集合して,MDCK細胞では常に核の上方,apical側にリアッセ
ンテクストの中で分子の種々の機能を生化学的に探るため,極性
ンブリーすることが知られている(図2)。イリマキノンという海
小胞輸送アッセイ系を作った。連鎖球菌の酵素感受性毒素
綿の代謝産物はゴルジ体の小胞・断片化を引き起こし,この様な
Streptolysin O(SLO)は,形質膜コレステロールに結合して膜貫
分裂時におけるゴルジ体の挙動を再現することができる。そこで,
通孔を作る。このSLOをニトロセルロースメンブレン上に層状に
イリマキノンによってゴルジ体を小胞・断片化した後,SLOを用
培養したMDCK細胞の目的の形質膜(例えばbasolateral面)に作
いて細胞をセミインタクトにする。ここに新たにL5187Y培養細
用させ,形成した孔より細胞質のみを流失させる。その後,外部
胞質とATP再生系を添加することにより,ゴルジ体は微小管依存
より他の細胞より採取した細胞質や分画した細胞質因子とATP再
的に再融合し,インタクトの細胞で見られるように核の一極にリ
生系を添加することによって, in vitro で TGN から標的形質膜
アッセンブリーした。現在,これをアッセイ系として細胞極性構
(この場合apical面)への輸送を再開させる。輸送されたマーカー
築過程に生起する細胞応答 ― 特に細胞内オルガネラ(ゴルジ体,
蛋白質や脂質を定量し,極性輸送のアッセイ系とした。このアッ
核膜,中心体)の相対位置決定因子の同定とそのメカニズムを研
セイ系に種々の処理を施した細胞質・抗体・阻害剤などを添加す
究中である。
ることにより,これら極性輸送への影響を生化学的に調べること
ができる。
しかし,ロットによって SLO の活性 が一定でないことや,輸
送マーカーとしてウイルスの膜蛋白質(インフルエンザのヘマグ
18
注1)エキシマー:同一種の基底状態の分子一個と励起状態の分子
一個とが会合し,励起状態においてだけ安定に存在する二量
体。
Chaperone Newsletter
多重蛍光顕微鏡解析法と「一細胞計測システム」
最近,共焦点レーザー顕微鏡,超高感度ビデ
オ装置付き顕微鏡やクラゲの緑色蛍光蛋白質
(GFP)を用いた発現蛋白質の細胞内局在研究
法の発達により,培養細胞や個体レベルでの蛍
光標識生体物質の動態研究が,盛んになってき
ている。しかし,蛍光強度はその環境(溶媒,
pH 等)に大きく依存し,特に顕微鏡下で細胞
を試料とする時の散乱や消光の問題などで定量
的測定に不向きである。そのため,従来の蛍光
法は蛍光ラベルされた物質の,細胞内局在とい
う「位置」情報とその時間変化を追跡すること
図4 C5-DMB- セラミドをいろいろなモル分率で含むリポソームの蛍光スペクトル変化(A)とその構造式(B)・(C) C5-DMB- セラミ
ドの予想される細胞内代謝経路(A) (B)は、Pagano, R. E. et al. J. Cell Biol. (1991) 113, 1267-1279より
に重点が置かれているのが現状である。分子シ
ャペロンなど蛋白質の機能を本来それが機能する「場所」で,定
量的に解析するためには,光学顕微鏡下で(高空間分解能で),
生細胞やセミインタクト細胞内で起こる蛋白質間相互作用・細胞
内膜動態・細胞内の生理反応などをリアルタイムに近いタイムス
ケールで(高時間分解能で)追跡する計測システムがさらに必要
となってくる。蛍光共鳴エネルギー移動(fluorescence resonance
energy transfer: RET)や蛍光プローブのエキシマー注 1 形成などを利
用した顕微鏡下の蛍光解析法は,その定量性の問題の解決方法の
一つである。
この解析法では,蛍光法の非定量性という短所を補うばかりか,
蛍光の使用法の簡便さ,感度の良さ等の特性を生かし,蛍光プロ
ーブを「光学顕微鏡下で使用する"spectroscopic ruler"として利用
する」ことが可能である。
蛍光共鳴エネルギー移動(RET)とは,エネルギー供与体とな
る蛍光分子の発光エネルギー値と近くにあるもうひとつのエネル
ギー受容体分子の吸収エネルギー値が一致すると,電気双極子相
互作用によるエネルギー移動が無幅射的に起こり,供与体を励起
した後,あたかも受容体が直接励起されたかのように発光する現
象である(図3A)。この結果,共鳴エネルギー移動が供与体-受容
体間に起これば,供与体の蛍光強度が減少し,受容体のそれが増
図5
加する(図3C)。この共鳴エネルギー移動の能率は,供与体-受容
体の距離の6乗に反比例するため,供与体と受容体の蛍光強度比
を知ることで,共鳴エネルギー移動の能率,ひいては供与体-受
容体間の距離を知ることも可能である(図3B)。また,共鳴エネ
ルギー移動が起こると,供与体の励起状態の寿命が短くなること
も知られていて,共鳴エネルギー移動の生起を,供与体の蛍光減
衰曲線を測定することにより知ることも可能である。
また,蛍光色素の中には,ピレンやジピロロメタンジフルオリ
ドホウ素(BODIPY)等のように,その濃度によってエキシマー
を形成し,モノマーの時と異なる最大蛍光極大波長を持つスペク
トルを示すものがある。例えば,図 4A は,BODIPY を結合させ
た蛍光性短鎖セラミド(C5-DMB-セラミド)をいろいろなモル分
率で含むフォスファチジルコリンリポソームの蛍光スペクトル変
化である。480 nmで励起した場合,リポソーム中のC5-DMB-セ
図6
ラミド濃度に依存し,515 nm付近(緑色)にあった蛍光極大波長
時間変化・濃度の空間的不均一性をその蛍光の最大波長のシフト
が620 nm 付近(赤色)にシフトして行くのがわかる。実際,蛍
(二つの極大波長における強度のratioの時間変化・空間分布)よ
光顕微鏡下で観察されるリポソームの色は C5-DMB-セラミドの
り定量的に見積もることができる。
濃度の増加に伴いに緑色から黄色(緑色+赤色)になる。この様
つまり,光学顕微鏡下に生細胞・セミインタクト細胞を観察し
な蛍光色素を用いれば,同一膜内でのこの蛍光プローブの濃度の
ながら,その中で起こるRETの効率の変化やエキシマー形成を定
19
Chaperone Newsletter
図7A
図7B
図7C
量的に計測できれば,図5の例に挙げたようないろいろな細胞内
(灰色)に変化していく様子を示したものである。(実際は,多重
イベントを定量化でき,かつ,その「イベントの起こり易さ」や
蛍光顕微鏡解析装置により,1/30秒で疑似カラー画像が得られて
「蛋白質の状態」といった全く新しいコントラストを持った顕微
いる)。つまり,480nmの光で励起したときの赤色(波長620nm)
と緑色(波長515nm)の蛍光のratio imaging像の時間変化である。
鏡ができることにもなる。
また,図 7B は写真中央の最も明るい単一のゴルジ体における赤
我々は,多重蛍光顕微鏡解析装置を用いることにより,顕微鏡
色と緑色の蛍光強度の時間変化であり,図 7C にこの蛍光強度比
下でのRETやエキシマー形成に伴う蛍光スペクトル変化を一波長
(赤色蛍光/緑色蛍光)の時間変化を示した。測定領域を複数指定
励起・二波長蛍光測光による蛍光のratio imaging により画像化し
すれば,多点測定も可能であり,各細胞による蛍光強度比変化の
た。本装置は,Zeiss社のAttofluor Ratio Visionをプロトタイプと
違いも同時に観測できる。このグラフとリポソームを用いた検量
し,二波長励起・二波長蛍光測光を可能として,各波長で測定し
線(図4Aのinset)より,ゴルジ体に蓄積したBODIPY-セラミド
た画像の各点での蛍光強度比をビデオレート(1/30 sec)で取り
は約10 %から,600秒後には約5%まで減少していることが定量
込み表示できる蛍光のratio image 装置である。これを用いること
できる。つまりセラミドの減少によりゴルジ体からの小胞形成の
により,培養細胞・セミインタクト細胞の形態変化・カルシウム
タイムコースを知ることができる。RET を起こすような二種の
濃度変化・膜電位変化・ pH 変化等とともに,RET 法等を駆使し
GFPを融合させた膜蛋白質をプローブに用いれば,同様な方法で
た「細胞内の局所」で生起するイベントを高空間分解能・高時間
蛋白質の移行状態も追跡できる可能性がある。また,図5に示し
分解能で定量化し,イメージングできる。
たいろいろな細胞内イベントの生起する程度をコントラストにし
以下に,本装置と前述の蛍光標識短鎖セラミド(C5-DMB-セラ
たimagingも可能である。
ミド)を用い,現在我々が開発中の,生細胞中のゴルジ体からの
分泌小胞形成のアッセイ法を応用例として紹介する。BODIPY-セ
おわりに
ラミドは形質膜から未知の経路を通ってゴルジ体まで輸送され
分子シャペロンの研究に限らず,今後ますます,蛋白質の生理
る。ゴルジ体で BODIPY-セラミドは BODIPY-スフィンゴミエリ
機能を本来それが機能する「場所」で,分子レベルでしかも定量
ン・BODIPY-ガラクトシルセラミドに代謝されて輸送小胞内に濃
的に研究するシステムが必要になってくると思われる。我々が,
縮され,形質膜まで小胞輸送されることがわかっている(図4C)
。
研究対象としている極性細胞は,まさしくその細胞内の生理的イ
BODIPY-セラミドを培地中に添加し,17度で1時間インキュベー
ベントと構造の「偏り」の「ダイナミクス」が問題となる系であ
ションすると,培地中のBODIPY-セラミドはゴルジ体に移行し,
る。ここで紹介した「セミイインタクト細胞」と「一細胞計測シ
代謝される。17度ではゴルジ体からの小胞輸送が止まるため,ゴ
ステム」の融合により,今までの試験管内での結果とは全く異な
ルジ体に BODIPY-セラミド代謝物が蓄積する(図 6)。その後,
る物質間相互作用やオルガネラ間相互作用が検出できる可能性が
25度に温度を上げてゴルジ体からの輸送を開始させると,元々赤
ある。また,この計測システムが「簡便で,再現性がよいもので
く染色されているゴルジ体が緑色に変化していく。これは,輸送
あれば」(我々は,ここに最も力を入れている),計測にとどまら
が再開されて小胞輸送で運ばれた分だけゴルジ体内のBODIPY-セ
ず,今までの生化学的指標とは全く異なる指標で新規因子の「一
ラミドの濃度が薄くなるためである(図6)。図7Aは,BODIPY-
細胞内スクリーニング」が可能であろう。将来的には,神経系や
セラミドでバイタルステイン
注2
した3つのCHO細胞のそれぞれの
ゴルジ体の疑似カラー表示であり,17 度から 25 度に昇温してか
ら100-600秒の間に,その赤色蛍光(図では白色)が徐々に緑色
20
注2)バイタルステイン:細胞の代謝経路などを利用し培養細胞な
どを生きたまま蛍光ラベルすること。
Chaperone Newsletter
免疫系などヘテロな細胞集団の中での特定の単一細胞をターゲッ
当研究室では,細胞極性・オルガネラのトポバイオジェネ
シスやここで紹介したセミインタクト細胞系を用いた「一細
トにした「一細胞生化学」も夢ではない。
胞計測システム」に興味のある大学院生・ポスドク・研究生
<参考文献>
を募集しています。興味のある方は,下記まで御連絡下さい。
a
村田昌之,加納ふみ:細胞工学 15, No.12, 1732-1739(1996)
岡崎国立共同研究機構・生理学研究所,村田昌之
s
村田昌之:蛋白質核酸酵素 40, 409-416(1995)
tel: 0564-55-7815,7814 e-mail: [email protected]
d
村田昌之,大西俊一:新生化学実権講座 6 巻 817-828
(1995)
f 楠見明弘:限界を超える生物顕微鏡(宝谷紘一,木下一彦編)
121-137
Books and Journals
ペロンの存在しないin vitroでのタンパク質フォールディングを,
「Molecular Chaperones in the Life Cycle of
Proteins: Structure, Function, and Mode of
Action」 eds. Anthony L. Fink and Yuji Goto
Marcel Dekker (1997) $195.00
単量体タンパク質と多量体タンパク質にわけて概観している。in
vitroフォールディング研究の歴史にはじまり,最近のトピックス
であるフォールディングファネル,中間状態の生理的役割,ドメ
インスワッピングなどが解説されている。第1部は本書の導入で
あると共に,in vitroフォールディング研究の現状を知る上で有用
「分子シャペロンは,タンパク質の揺りかごから墓場まで,す
である。第2部は,分子シャペロンの関与するタンパク質フォー
なわち誕生から死までのすべての過程に関与し,タンパク質が正
ルディングの初期段階であり,新生ポリペプチドと相互作用する
常な機能を発揮するための名脇役として重要な役割を果してい
分子シャペロンがまとめられている。リボゾーム上での新生ポリ
る。(細胞工学,1997 年 9 月号,分子シャペロンの多様性,永田
ペプチドとHsp70の複合体形成,Hsp70の立体構造,基質認識機
和宏より)」本書は,“タンパク質の揺りかごから墓場まで”とい
構,ATPに依存した反応サイクル,Hsp40 (DnaJ)の構造と作用
う視点から,それに関与するさまざまな分子シャペロンの構造や
などが述べれている。より特異性の高い分子シャペロンとしてコ
機能を解説したものである。編者のひとりではあるが,同書を紹
ラゲンを基質とするHsp47が紹介されている。また,酵母Hsp104
介させていただきたい。
の機能は,最近のプリオン病と関連して興味深い。第3部でタン
編者の研究背景は共にタンパク質化学であり,in vitroでのタン
パク質は成熟段階に入る。GroEL(Hsp60),タンパク質ジスルフ
パク質フォールディングの物理化学的研究を長年にわたって行な
ィドイソメラーゼ (PDI),ペプチディルプロリルイソメラーゼ
い,その後分子シャペロンの研究分野に入った。そのような立場
(PPI)などが登場する。小胞体でのHsp70(Bip), Hsp90(Grp94)
から,タンパク質の立体構造に基づいて分子シャペロンの作用を
の関与する品質管理機構や,ミトコンドリアへの輸送過程に関与
解説することを,本書の目標のひとつにおいた。4部,23章の総
する一連の分子シャペロンとその作用モデルが紹介されている。
説から構成さ
また,バクテリオファージの高次構造形成に関与する PapD や,
れ,全体で626
あるいはプロペプチドが分子内シャペロンとして作用するαリテ
ページである。
ィックプロテアーゼやサブチリシンなど,成熟段階でのユニーク
タンパク質の
な例も示されている。第 4 部でタンパク質は老化し,死に至る。
一 生 を , 誕
タンパク質の死といった場合,その代表はタンパク質の酵素分解
生・成熟・死
である。分子シャペロンがタンパク質分解に積極的に関与する例
の 3 段階に分
が,次々と明らかになっている。リソゾームでのタンパク質分解,
け,それぞれ
プロテアソームに関する各章でこれらが紹介されている。他方,
の段階で働く
タンパク質の老化・死のもうひとつの原因は,アミロイド沈着な
分子シャペロ
どに見られるタンパク質会合である。クリスタリンに代表される
ンの構造と機
small heat-shock proteinsの構造と機能,プリオン病などのタンパ
能を,各分野
ク質フォールディング病における分子シャペロンの関与が議論さ
の代表的研究
れ,本書は締めくくられている。
者が執筆した。
以上のように,“タンパク質の一生”というキーワードを軸に,
23章の内,6章
さまざまな分子シャペロンが網羅的に解説されている。分子シャ
が国内研究者
ペロンをタンパク質の誕生・成熟・死の3部に分類してしまうの
の寄稿となっ
は極めて粗っぽいが,それによって,分子シャペロンの多様性が
ている。
よく整理されているように思う。それにしてもこの分野の進展は
まず第1部で
目覚ましく,本書を企画した時点に較べると更に格段の進歩がな
は,分子シャ
された。その結果,本書のトピックスが,現時点で満足のいくも
21
Chaperone Newsletter
のであるか否かは問題もある。タンパク質の立体構造に重点をお
GrpE,Hsp90,Cpn60/Cpn10,TCP1,Hsp100(Clp),small Hsp,
いて議論することを目標としたが,白黒印刷であることもあり,
calnexin/calreticulin,PDI,PPIaseの各ファミリー,その他のシャ
シャペロニンGroELなどの最新の結晶構造を含めることができな
ペロン(Hsp47,SecB,FtsH,MSF,Hip など)となっている。
かった点も物足りない。それでも,これまでのin vitroでのタンパ
採り上げられたメンバーまたはサブファミリーの総数は,何と
ク質フォールディングの物理化学的な研究と,細胞生物学や遺伝
170 を越える。各ファミリーについて,まずファミリーの概要,
学的な研究から発展した分子シャペロン研究の橋渡しを試みたこ
構造等を解説した節が設けられ,続いて各生物種において同定さ
とは,(自己)評価できるであろうと考えている。シャペロン研
れたメンバーまたはサブファミリー(たとえばHsp70では21種類)
究者必携の書となることを期待している。ご比判を願いたい。
ごとに別名(これが結構役に立つ),いかに単離同定されたか,
(後藤祐児)
タンパク質としての特徴,生理機能,発現制御,他の因子との相
互作用,変異体の情報,主要文献などが,発見者または専門家に
「Guidebook to Molecular Chaperones and
Protein-Folding Catalysts」
ed. Mary-Jane Gething
Sambrook & Tooze Publication at Oxford
University Press (1997) £32.50 (Pbk)
より,簡潔に記されている。当然,本重点領域研究の班員の方も,
多数執筆されている。
ところで現実の細胞内では,分子シャペロンはファミリーを越
えて協力し,働いているのであり,ファミリー別のシャペロンの
プロフィール集だけだと,ファミリーを越えたシャペロンの機能
やその制御の全体像が見えてこない。編者はこの点に対する目配
かつては1種類のタンパク質の特殊な機能を指して考案された
りも抜かりなく,最後に「シャペロン・マシン」「シャペロン機
「分子シャペロン」という概念は,その後拡大され,現在では
能の細胞における制御」という2章を設けて,ショートレビュー
様々なタンパク質の多様な機能を包括する一般的な概念となって
を10篇,用意している。
いる。当然,分子シャペロンを標榜するタンパク質の種類は膨大
260名を越える執筆者の協力によって成し遂げられた,現時
なものとなり,その全体像を把握することはもはや困難な状況で
点では,いや少なくとも1年前の時点においては,ほぼコンプリ
ある。そこへこのガイドブック。一言でいえば「シャペロンのカ
ートな分子シャペロンの案内書(554頁)。価格もそんなに高くな
タログ」が出版された。
いし,研究室に一冊おいて,皆でこき使ってあげたい本である。
(TE)
本書は,モータータンパク質,ホメオボックス遺伝子,サイ
トカインと受容体,低分子Gタンパク質,カルシウム結合タンパ
ク質などを次々にカタログ化してきた好評のガイドブック・シリ
ーズの最新刊。今回の対象は分子シャペロンとフォールディング
に関わる因子ということで,Hsp70,Hsp110,Hsp40(DnaJ),
Calendar
1998. 3. 9 - 12
国際シンポジウム
「Dynamics and Regulation of the Stress
Response」
矢原一郎,吉田秀郎,吉田賢右
問合わせ先:㈱コングレ,シンポジウム事務局
〒606
京都市左京区吉田河原町14
近畿地方発明センター内
Tel: 075-752-0888
Fax:075-762-2304
場 所:京都国際会議場
オーガナイザー:永田和宏,由良 隆
予定セッション:1)Regulation of gene expression,2)Structural
basis of chaperone function,3)Early secretory pathways,
4)Protein translocation and transport,5)Regulation of
1998. 3. 25 - 28
EMBOワークショップ
「Protein Folding and Misfolding Inside and
Outside the Cell」
protein functions,6)Proteolysis,7)Medical aspects
予定講演者:C. A. Gross,P. Walter,R. Kingston,A. Lee,E. A.
場 所:St. Catherine's College, Oxford University, UK
Craig,W. A. Fenton,K. R. Willison,H. R. Saibil,L.
オーガナイザー:Jonn Ellis, Chris Dobson,Chris Leaver
M. Hendershot,J. J. Bergeron,W. Neupert,N. Pfanner,
予定講演者: Jean Baum,Ineke Braakman,Johannes Buchner,
22
R. Morimoto,D. Toft,B. Bukau,W. Currie,M. G.
Bernd Bukau ,Byron Caughey,Elizabeth Craig ,
Santoro,N. J. Holbrook,T. Rapoport ,M. Gottesman,
Balerie Daggett,Christopher Dobson,David Eisenberg,
S. Gottesman,I. J. Benjamin,石井俊輔,伊藤維昭,遠
John Ellis,Alan Fersht , Anthony Fink,Robert Freedman,
藤斗志也,岡部 勝,小川 智,小椋 光,河野憲二,
Boyd Hardesty,F-Ulrich Hartl, Ari Helenius,Arthur
桑島邦博,田中啓二,徳田 元,中井 彰,中野明彦,
Horwich ,Martin Karplus,Jeffrey Kelly,Peter Kim,
姫野國祐,細川暢子,三原勝芳,森 和俊,森 正敬,
Jonathan King,Walter Neupert,Mark Pepys,Max
Chaperone Newsletter
(Lila Gierasch)
Perutz,Oleg Ptitsyn,Sheena Radford,John Riordan,
Carol Robinson,Helen Saibil,Luis Serrano,Margaret
予定講演者:Jeff Kelly, Peter Lansbury, Costa Georgopoulos, Peter
Sunde,Philip Thomas,Keith Willison,Peter Wolynes,
Walter, Phil Thomas, Ulrich Hartl, Helen Saibil, Ken Dill,
Peter E. Wright
Richard Morimoto, Hillary Nelson, Elizabeth Craig, David
Williams
問い合先:Workshop Secretary, Lindsay Battle
Tel:+44 1865 275698
Fax:+44 1865 275905 ,
E-mail:[email protected]
参加申込締め切り:平成10年2月18日
ホームページ:http://nucleus.cshl.org/meetings/98heat.htm
ホームページ:
http://www.ocms.ox.ac.uk/ocms/EMBOworkshop.html
1998. 8. 25 - 28
第3回アジア太平洋細胞生物学会議
(APOCB)シンポジウム
「Molecular Chaperone and Protein
Transport」
1998. 5. 6 - 10
Cold Spring Harbor Laboratory シンポジウム
「 Molecular Chaperones & Heat Shock
Response」
場 所:
大阪千里ライフサイエンスセンター/読売文化ホール
場 所: Cold Spring Harbor Laboratory, New York, U. S. A.
オーガナイザー:Carol Gross,Arthur Horwich ,Susan Lindquist
オーガナイザー:永田和宏(京大胸部研),中野明彦(理研)
予定セッション(座長):Diseases of protein misfolding (Sheena
予定講演者:
Radford)/ Pathology &survival mechanisms(Elizabeth
William E. Balch,Ari Helenius,Kazuhiro Nagata,
Vierling) / Cellular response to stress(Randal Kaufman)
Jennifer Lippincott-Schwartz, Mary-Jane Gething,
/ Chaperone structure
Katsuyoshi Mihara,Akihiko Nakano
& function(Bernd Bukau) /
Regulation of the heat shock response (Carl Wu) /
Chaperone function in growth and development(Ichiro
Yahara)/ Chaperone biochemistry & protein folding
Epilogue
しまったことをおわびいたします。また,森和俊さんには,前回
重点領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」の領域ニ
反響の大きかったレビューの後日談を書いていただきました。次
ュース「シャペロン・ニュースレター」の第2号をお届けします。
号は今年の夏ごろの予定ですが,京都の国際学会をはじめ,内外
第1号は幸い好評のようで,ホッとしています。今回は新たな企
の様々な国際学会のレポートを考えています。
画として,吉田さんに「Reflections」,村田さんに「Technique」
関連学会に関する情報,関連図書,雑誌に関する情報,その
を書いていただきました。いかがでしょうか。村田さんの解説で
他,本通信に掲載ご希望の情報などをお持ちの方は,事務局まで
は本来カラー写真の掲載が不可欠なのですが,本通信はご覧の通
ご連絡下さい。また,班員の方で本通信を複数部ほしい方,班員
りモノクロ印刷のため,無理をして白黒写真で代用していただき
以外で本通信の購読(無料)をご希望の方は事務局までご連絡下
ました。そのためせっかくの新技術の解説が分かりにくくなって
さい。
(遠藤)
23
Chaperone Newsletter
(シャペロン・ニュースレター)
第2号(1998年2月発行)
編 集 人 遠藤斗志也
発 行 人 永田 和宏
発 行 所 重点領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」事務局
〒464−8602 名古屋市千種区不老町
名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻,遠藤斗志也/新田美子
Tel:052−789−2490
Fax:052−789−2947
ホームページ:http://chem3. chem. nagoya-u. ac. jp/chaperone/index. html
e-mail:d43162a@nucc. cc. nagoya-u. ac. jp
印刷 ㈱荒川印刷