マルコ福音書注解 - 日本キリスト教団出版局

NTJ ホームページ掲載 見本原稿
マルコ福音書注解
挽地茂男
黙示的勧告(13:1–37)
導入部─神殿の崩壊を預言する(13:1–4)
1
日本キリスト教団出版局 NTJ ホームページ掲載見本原稿─マルコ福音書 地茂男(2014.6.3 公開)
13:1–4 翻訳、形態/構造/背景
13:1–4 形態/構造/背景
た黙示的な期待を背景にした「実際の主の言葉に基づいている」ことを認
黙示的勧告(13:1–37)
めているが、しかしそれは「可能性以上の何ものでもない」とも言ってい
る。ローマイヤー(Lohmeyer 1963:268)は、この預言がイエスの考え方にき
わめて近いとしている。テイラー(Taylor 1935:73)は、躊躇なく「この物語
導入部─神殿の崩壊を預言する(13:1–4)
を〈事後預言〉とみなす正当な理由は実際のところない」と述べている。テ
イラーの見解を支持する研究者は多い(Grundmann 1977:351「ほとんど事後預
言ではありえない」; Hengel 2003:16 など)
。この預言がイエスのものとされる
主要な理由は、しばしば事後預言に見られる、出来事に対する詳細かつ正確
1. 翻訳
1
な反応を欠いているということである。しかしこれも決定的根拠とはなり得
そしてイエスが神殿から出て行く時、彼の弟子の一人が彼に言った。「先生、
ず、当然、事後預言とする研究者もいる(Gnilka 1979:2.184)。
ご覧下さい、なんという素晴らしい石、なんという素晴らしい建物でしょう
エルサレムやその神殿の破壊についての預言は、旧約と新約の間の中間時
か。」 するとイエスは彼に言った。
「あなたはこれらの大きな建物を見てい
代の文献(レビの遺訓 16:4; ユダの遺訓 23:3; シュビラの託宣 3:665 など)や、ラ
るのか。ここにある石が、破壊されずに別の石の上に残ることは決してない
ビ文献(特に重要なのは、ヨハナン・ベン・ザッカイの預言。エルサレム・タル
であろう。
」 そしてイエスがオリーブ山で神殿にむかって座っておられると、
ムード・ソター 6.3; バビロニア・タルムード・ヨーマ 39b; アボート・デ・ラビ・
ペトロとヤコブとヨハネとアンデレが、イエスにひそかにたずねた。 「わ
ナタン [A]§4)などにも見られる。つまりイエスは、神殿崩壊を預言したと
たしたちにおっしゃってください。そのことがいつ起こるのでしょうか。ま
しても、預言した唯一の存在ではない、ということである。そしてヨセフ
たそれらすべてのことが起こる時には、どんなしるしがあるのでしょうか。」
ス自身でさえも、神殿の破壊を予見していたと主張している(『戦記』III.8.3
2
3
4
[351-52]; Ⅵ .2.1 [109] など)。ヨセフスは、さらに、来るべき破滅を預言した、
2 節:直訳「言う」(le,gei)
ナザレのイエスとは違うもう 1 人のイエスについて語っている。
4 節:直訳「起ころうとする時」(o[tan me,llh|...suntelei/sqai)
戦争が起こる四年前……、アナニアスの子イエスと呼ばれるどこにでも
2. 形態/構造/背景
いる田舎者が……神殿の中に立つと、突然、大声でこう叫んだのである。
「東からの声、西からの声、四つの風からの声! エルサレムと聖所を
イエスの神殿崩壊に関する驚愕の預言(2 節)は、これらのことがいつ起
罵倒する声……〔ユダヤの〕すべての民を罵倒する声!」そして彼は
こるのか、またそれらが起こる時のしるしが何であるのかについての弟子た
……「エルサレムに災いあれ」と繰り返し…「この都と民と神殿に災い
ちの質問を引き出す(3-4 節)。そしてこれに対してイエスの与える返答(5-37
あれ」……「そしてわたしにも、災いあれ」と口にした瞬間、投石機か
節)が、以下の終末論的言辞の全体を構成している。
ら発射された石が命中して即死した。こうして彼は、呪いの言葉を口に
2 節の預言に関して、この預言がイエス自身に遡ることができるのかどう
しながら死んだ(『戦記』VI.5.3 [301, 306, 309])。
か、という問題が議論されてきた。驚くべきことに、ブルトマン(ブルトマ
ン 1983:204-05)は、2 節の預言がイエスの時代にユダヤ人の間に流布してい
2
周辺資料を観察する限り、イエスが神殿崩壊を預言したということを否定
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13:1–4 形態/構造/背景、注解(13:1-2)
13:1–4 注解(13:1-2)
する必然性はない。それゆえマルコ福音書の理解にとって問題は、イエス
マルコ福音書前半に配置された「第一論争集」(2:1-3:6) が、イエスの死
の神殿破壊の預言を、マルコがこの文脈に置いた意図にある。ベスト(Best
を画策するファリサイ派の人々とヘロデ派の人々の談合の開始(「ファリサ
1981:155)は 12 章の章末から 13 章に続く 3 つのペリコペーの間の結びつき
イ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエス
に、注意を喚起している。つまり強欲な律法学者に対する警告(12:38-40)、
を殺そうかと相談し始めた」3:6)で閉じているのに対して、11-12 章に配置さ
寡婦の最後のレプタ(12:41-44)と神殿の破壊の預言(13:1-2)の間の結びつ
れた「第二論争集」はその結果として、イエスの死を、14 章以下の受難物
きである。律法学者は、まもなく破壊されるであろう神殿体制の一部であり、
語における具体的な展開へと準備するのである。13 章はその狭間にあって、
それとは対照的な貧しい寡婦は神殿における真の礼拝者を象徴する。イエス
受難の都エルサレムを見下ろす位置(オリーブ山)にイエスを置く。このこ
の神殿破壊の預言は、後方を指示して、神殿にいる二種類の対照的な礼拝者
とは同時に、この 13 章に、イエスの受難を理解するための、重要な視点が
を描いた二つのペリコペーに終末論的な重みを与え、それらが預言自体の根
集中していることをも意味している。まずは、エルサレムの宗教指導者との
拠を提示しつつ、前方を指示して、破壊とさらには破壊を超えた新たな次元
論争と拒絶とイエスの死の予感を背景に、神殿の最期が語られる。ここでは
を示している。
「神殿」は 11-12 章と 13 章を結びつける連鐶の役割を果たしている(Taylor
1966:500.「形態」参照)。
3. 注解
「先生、ご覧下さい、なんという素晴らしい石、なんという素晴らしい建
物でしょうか」 エルサレム神殿西壁の発掘調査によって、ヘロデ時代に神
1-2 節(場面 1)
そしてイエスが神殿から出て行く時
殿改修のために使用された巨大な石が発見されている。それらの石の一つは、
場面は神殿境内から、外へと移動する。イエスの一行がたどるルートは、
地表に露出した表面で長さ 15 メートル以上、高さ 2.5 メートルの石で、測
おそらく都の東の門を通って、オリーブ山のふもとに続く道である。イエス
定不能の深さの幅が未確定であるが、その重量見積もりは 420 トンから 600
は、エルサレム入城(11:1-11)以来続いてきた神殿におけるユダヤ教の宗教
トンに達する。この石とその他無数の石には、特有の縁取りがなされており、
指導者との一連の論争(「第二論争集」11:27-12:40) を「律法学者への非難」
弟子の一人がイエスの注目を喚起しようとした、当時の神殿の建物の壮大さ
(12:38-40)で締めくくり、神殿における真の敬虔の実例として「寡婦の献金」
と美しさを立証している(Guelich 1989:297-98)。イエスの神殿破壊の預言は、
(12:41-44)に言及して、今、神殿を後にしている。群衆の歓呼に迎えられて
弟子のこの賛嘆の言葉への応答として語られている。このような頑丈な石造
エルサレムに入城したはずの平和の王は、ついには指導者層からは拒絶され
物と立派な建築物は、確実に、永続性の感覚を吹き込み、差し迫った破局を
て、いま神殿を退城していくのである。この退城が決定的であるのは、その
意識させることはなかったであろう。しかしすべての期待に反して、イエス
直後に「エルサレム神殿破壊の預言」(2 節) が語られていることからも明
は神殿の完全な崩壊について語る。建造物の壮麗さに対する弟子たちの直接
らかであり、それは、エルサレムとの決別を含意している(Ernst 1981:369;
的な反応は、破壊の預言によって相対化され、人間的価値観が粉砕されたと
Grundmann 1977:350)。エルサレムに残されているのは、もはや審きの宣告
ころに、神的次元の介入が準備される。
のみである。イエスの呪いの言葉で「枯れたいちじくの木」(11:12-14, 20-
あなたはこれらの大きな建物を見ているのか。ここにある石が、破壊され
21)の物語が象徴していたのは、まさにこの神殿体制の破壊であった─こ
ずに別の石の上に残ることは決してないであろう 神殿崩壊の預言は、す
の物語は、マルコ福音書に特有の「サンドイッチ技法」によって「宮清め」
でに旧約聖書や中間時代の文書に見られる(ミカ 3:12; エレ 7:14; 26:6; エチオ
(11:15-19)の挿話を間に挟みこんでその意味を相乗的に確定・強化している。
ピア・エノク書 90:28)。またヨセフスは、ユダヤ戦争が勃発する直前の数年
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13:1–4 注解(13:1-2、3-4)
13:1–4 注解(13:3-4)
間、ひとりの預言者的人物がエルサレム周辺で、この都の破滅を預言してい
すことのできる地点に上った。オリーブ山は神殿の丘よりも高く、これに向
て、宗教権力者たちは彼を黙らせようとしたが、ローマ総督は最終的に、こ
かって立っており、イエスが後続する黙示文学的な啓示的勧告(5-37 節)を
の男を単なる精神異常者と判断した、と報告している(『ユダヤ戦記』VI.5.3
語るのに適した場所である。ユダヤ教の伝統において、オリーブ山で宮に向
[300-309].「形態」参照)。以上のような実例が示しているのは、イエスがこ
かって座るということは宗教的に特別な意味をもつ(Strack-Billerbeck 1922:
の種の預言活動をしていた可能性を排除できないということである。神殿に
Ⅱ 46)
。すなわち、この箇所におけるイエスは、ゼカリヤ書 14 章 4 節に見
おけるイエスの活動の総括として下される神殿破滅の宣告は、いわゆる「宮
られる終末的な審判者が、主の日にオリーブ山に立つという絵画的な描写
清め」(11:15-19)が同時に、神の審判を告知する預言として読まれるべきで
(
「その日、主は御足をもって/エルサレムの東にあるオリーブ山の上に立たれる」)
あることを示唆している(Perkins 1995:685)。
と二重にして描かれているのである(Lightfoot 1950:49)。これによって、神
エルサレム神殿破壊の預言は、ユダヤ戦争(後 66-70 年)の際に、ローマ
殿崩壊をより巨視的な視点、つまり超越的・終末的視点から見る目が与えら
軍によって現実のものとなった(後 70 年)。イエスによる神殿崩壊の預言を、
れる。
戦争に先立って事前に実際に語られていたとすることも、事後に語られた
ペトロとヤコブとヨハネとアンデレが、イエスにひそかにたずねた マル
─すなわち〈事後預言〉─とすることも可能である。つまりは、預言自
コは、この福音書で頻繁に使ってきた文学様式に従っている。つまり(1)
体は、マルコ福音書の執筆年代を決定するのに、決定的な証拠となり得ない
イエスが公に発言をする(1 節)、次いで(2)弟子たちが私的にイエスに
ということである。13 章の神殿への言及を総合すると、神殿が破壊された
質問をする(2-4 節)。そして(3)イエスが私的に教えを弟子たちに与える
という事実への親近性を示唆しているのは事実だとしても、むしろマルコは、
(5-37 節)。この章の場合、イエスの召命を受けた最初の四人の(1:16-20.三
この預言を終りの時に関する黙示的思弁の圏外に置こうとしている。
「戦争
人の場合はアンデレを除く 5:37; 9:2; 14:33)弟子たちが、神殿の破壊が起こる
の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こ
前兆となるしるしを教えてくれるように、イエスに要求している。
「わたし
るに決まっているが、まだ世の終わりではない」(7 節) という勧告は、戦
たちにおっしゃってください。そのことがいつ起こるのでしょうか。またそ
争が終末接近の切迫感と直結させられて危険性が増大するのを緩和しようと
れらすべてのことが起こるときには、どんなしるしがあるのでしょうか。
」
している。さらにマルコ福音書 13 章の勧告の時間的な視野は、目前の騒乱
弟子たちに対するイエスの最初の返答(5-13 節)は、彼らが求めたしるしを
の彼方の、諸国民の間でなされる福音宣教へと向かっている(10 節)。たと
明らかにしていない。むしろイエスは、騒乱と迫害の中で彼らがどのように
えマルコ福音書の成立が神殿崩壊に先立っていたとしても、あるいはその戦
振る舞うべきかを教えているのである。そしてこのイエスの私的な教えにも、
争の直後に成立したとしても、福音書に近づく読者の大部分は、この預言が
再び、弟子のあり方という主題が含まれている(Perkins 1995:303)。弟子た
事実成就したことを既知のこととしている者たちであろう。つまりこの預言
ちは、たとえ迫害を受けるようなことがあっても、進んで福音を証ししなけ
は、イエスを真の預言者として、共同体の未来を語るに相応しい存在として
ればならない(10 節)。この時代の社会的・政治的騒乱を、終わりの時と誤
確定するのである。
解してはならないのである(8 節)。イエスは、世界の大変動と歴史の真相
を開示しつつ、それに対する信仰的態度を鼓舞するのである。
3-4 節(場面 2)
そしてイエスがオリーブ山で神殿にむかって座っておら
れると 場面は、オリーブ山に移っている。イエスの一行はおそらく都の東
の門を通って、オリーブ山のふもとから、神殿の丘の美しい建物群を見下ろ
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13:1–4 解説
補論 黙示的勧告(13:5-37)の資料と編集
4. 解説
補論:
「黙示的勧告(13:5-37)の資料と編集」
マルコ福音書 13 章のテクストは、
「小黙示録」と呼ばれることがあるよ
13 章の資料の問題に関しては、19 世紀後半に提起された有名な「小黙示
うに、大変動による混乱、切迫した審判、世界の終わりを告知している。イ
録説」がある。マルコ 13 章の背後に成文化された小型の「黙示録」を想定
エスによる神殿崩壊の預言は、その端緒である。現在残されている「嘆きの
するこの「小黙示録説」は、以来広範に受容され(Colani 1864; Beasley-Murray
壁」の基底部分を形成している大きな石の塊は、弟子たちに畏怖の念を吐露
1954:1-80)
、J. モファットはこれを a sententia recepta of synoptic criticism(共観
させた、かつての壮大な建築の存在を示す目に見える証拠である。どんなに
福音書研究の公理)と呼んだが(Moffatt 1918:209)
、今日も資料問題に関する
堅牢な建物や制度に見えても、それらはすべて転覆の可能性を持っているの
議論は基本的にこれを出発点としている。
である。
13 章で用いられている資料の利用幅をどのように分析するかについては、
わたしたちの多くは、自分たちのしっかりと構築された世界が挑戦を受け
研究者によって当然差異を見せているものの、基本的には二種類の文書の
ることを望まない。わたしたちは、自己への信頼と自立の神話のまわりにわ
組み合わせと考えられている。一方はユダヤ・キリスト教的黙示録(7-8, 14-
たしたちの生き方を構築する。混乱と変革は、わたしたちが注意深く造り上
20, 24-27 節)であり(Taylor 1966:498; Bradenburger 1984:41)、他方は福音書記
げ、そこに安住している構造を脅かす。それゆえ、神の臨在とわたしたちの
者マルコの編集によると考えられる部分である。これに反して、伝承の基
生命の救いに対する必要性を検証するときのみ、わたしたちは変化と変革を
礎として「小黙示録」を取り出すことに疑いを抱いている研究者もいる。E.
歓迎することができる。それは、わたしたちが過去を手放し、わたしたちの
ローマイヤーは、この黙示的説話をすでに一定の形式(form)としてマルコ
生命と生活および神の世界に現われる再生の微弱なしるしに場所を空けて準
前に存在した二、三の格言、または格言集から構成されたものと考え、ユダ
備する時にやって来るのである。
ヤ・キリスト教的黙示録を基本資料として摘出することは不可能だとしてい
イエスは、外見的な事物の彼方にある現実を見ている。イエスの呪ったい
る(Lohmeyer 1963:285)。
ちじくの木は(11:12-14, 20-21)、古い生命の在り方(宗教生活) の死を示す
編集史的研究を経て今日では 13 章の資料と編集をめぐる問題は、大きく
と同時に、それはまさに信仰と祈りによって導かれる新しい生き方への再生
二つの極へと分極している。それはこの資料問題に関して大部の研究を公
を予示しているのである(11:22-25)。マルコは、世界における神の臨在のし
にした二人の研究者を取り上げることによって明らかになる。R. ペッシュ
るしを指し示す働きを人の子に託して語る(13:24-27)。人の子の姿は、救い
は、従来の「小黙示録説」を引き継いでいる(Pesch 1977:267; 1980:355-368)。
のしるしとして機能する。混乱と苦しみと審きのただ中にあって、神の聖な
ペッシュによると、マルコは非常に保守的な傾向をもった編集者であって、
る臨在のイメージは、ニヒリズムや絶望と対照をなす。わたしたちの知る世
資料を保存しようとする傾向が強く、13 章はかなり忠実に「小黙示録」を
界は終わりつつあるが、神はこの混乱のただ中に臨在するのである。わたし
とどめており、13 章 5-31 節の黙示的言説のうち資料に帰することができな
たちは、古い世界の破滅における束の間の絶望から、すでに実現しつつある
いのは、わずか 6 節と 23 節(おそらく 10 節も)のみだとしている。ペッシュ
新しい世界の誕生の兆しへと導かれる。
は「小黙示録」をユダヤ戦争の危機に際して撒かれた警告ビラ(Flugblatt)
であったとする、いわゆる「トラクト仮説」に立っている(Pesch 1968:207223)。J. ランブレヒトは 13 章を編集史的に厳密に考察した結果、この黙示的
言説はマルコの用語的・文体的特徴を顕著に示しており、伝承を想定できる
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補論 黙示的勧告(13:5-37)の資料と編集
補論 黙示的勧告(13:5-37)の資料と編集
場合でも、マルコは明らかに文芸学的意味での「著者」の位置に立っている。
分 5-6, 9-13, 21-23, 28-37 節の分析によって最もよく見出し得ると結論する
つまり、いかなる伝承や成文の持つ真正性あるいは権威(Authentizität) も
ことができる(マルクスセン 2010:143-201)。
(Autor)としてのマルコの創造的著作の自由に対して規制原理となっ
「著者」
(3)5-6 節と 21-23 節は同じ問題を取り扱っている(Taylor 1966:511-515)。
ていないとしている(Lambrecht 1967:256-59)。ランブレヒトはこのように資
いわゆる共同体を惑わすメシヤ僭称者の問題である。
料の問題を 13 章解釈の問題の後景に移動させて、13 章に見られるマルコの
(4)9-13 節と 28-37 節はほぼ同じメッセージを伝えている。迫害と苦難と
著作意図を章全体から問える位置を獲得している。
終わりの日までの忍耐である。すなわち高挙した主が再び帰ってくる時まで、
5-6
7-8
9-13
14-20
21-23
24-27
28-37
このように両極に極端に分極化し
信仰的な忍耐を保つように訓戒している。
ていく傾向の中間に、現代の諸議論
(1)の点に関して C. E. B. クランフィールド(Cranfield 1974:388)その他
が展開されている。ローマイヤーや
の研究者は、マルコによって黙示的資料がイエスの黙示的教説の中に取り入
ランブレヒトがいうように、たとい
れられた時、ユダヤ・キリスト教的黙示録はもはやその元来の意味を失って
伝承使用
完全な小黙示録が再構成され得ない
いることを指摘している。マルコ 13 章が終末的事象の「カレンダー」を作
としても、黙示的資料が断片的に利
成しようとする意図によるものではないことは、従来から一般に認められ
伝承使用
用されていることは明らかであって、
るところであるが(Dodd 1936:36-41)、E. シュヴァイツァーは、13 章と同時
導入部(1-4 節)を除いた標準的な
代の様々な黙示文学との典型的相違に言及しながら、これを支持している
編 集
伝承使用
編 集
伝承使用
編 集
編 集
黙示的資料
黙示的資料
黙示的資料
資料分析の結果は上図の通りである。つまり(1)ユダヤ・キリスト教的黙
(シュヴァイツァー 1976:358-378)
。ケックに至っては、黙示的資料の分析は、
示録(7-8, 14-20, 24-27 節)と、
(2)福音書記者マルコよる編集部分(5-6,
13 章の考察にとっては実りあるある出発点とはならず、むしろ問題を未解
9-13, 21-23, 28-37 節)という分析を基礎にして考察が進められる。もちろ
決のままに残すと指摘する。彼は、黙示的な記事への集中は、マルコがそれ
んマルコによる編集部分にも、伝承およびイエスのロギアに由来する要素が
によって言わんとすることからわれわれの注意を逸らすとし、13 章解釈の
混入しているが、マルコの意図は(2)の部分に最も良く反映していると考
真に実りある出発点は、この章に頻出するマルコの勧告的な動機にあるとし
えられる。
ている(Keck 1966:365-66)。
この編集部分から、この黙示的説教に関して 4 つの一般的な観察が得ら
ケックの指摘するように、マルコはしきりに「気をつけていなさい」とい
れる(Weeden 1968:151)。
う勧告を繰り返す。さらに 33 節以下では、
「目を覚ましていなさい」という
(1)福音書記者が 5-6, 9-13, 21-23, 28-37 節を付加したことによって、黙
言葉を加えて、
「気をつけて、目を覚ましていなさい」と重畳的にこの動機
示的な調子が弱められている。そして、黙示的資料(7-8, 14-20, 24-27 節)の
を強調している。そして同時にこの共同体に対する直接的な呼び掛けによっ
元来持っていた目的や、その主張が中断させられている。
て、来たるべき終末的出来事についての記述が何度も中断されているのを
(2)ble,pein(ブレペイン、「気をつける」)が二人称複数命令法で、編集的な
観察することができる。またこの章は、
「目を覚ましていなさい。わたしが
資料の四つまとまりのそれぞれに出てくる(5, 9, 23, 33 節)。これはマルコ
あなた方にいうこの言葉は、すべての人々に言うのである(u`mi/n le,gw( pa/sin
の編集のキーワードであり(Pryke 1978:136)、マルコはこの言葉によって読
le,gw)」というイエスの勧告で終わっている。このことは、まさしくマルコ
者の注意を喚起し、提示される主要な問題に注意を集中させようとしてい
の記述の勧告的性格を表わしている。マルコの共同体は、人の子の来臨まで
る。それゆえにマルコ 13 章から知り得る「生活の座」は、これらの編集部
「気をつけて、目を覚まして」いなければならない。なぜなら、彼らは、結
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補論 黙示的勧告(13:5-37)の資料と編集
参考文献
びの譬えが明らかにしているように、人の子が来る時を知らないからである。
参考文献
共同体は、選民をも惑わそうとする偽キリストたちと、偽預言者たちに気を
注解書
つけているように(上記(3))、また彼らを襲う迫害と苦難の中で、信仰的
Cranfield, C. E. B., The Gospel according to St Mark (CGTC) Cambridge/ New
覚醒を維持するように(上記(4))勧告されている。この強固な勧告的特徴
York, 19772.
のゆえに、ドッドは 13 章は黙示録ではなく、黙示的用語による勧告的語り
Ernst, J., Das Evangelium nach Markus, RNT, Regensburg, 1981.
かけ(hortatory address)であると呼ぶのである。また、この章の勧告が非常
Guelich, R. A., Mark 8:27-16:8 (WBC 34B) Dallas, 1989.
に直接的であるゆえに、マルコ全体の見通しとなるような生活の座が、他の
Grundmann, W., Das Evangelium nach Markus (THNT 2) Berlin, 1977.
どこよりも、この 13 章で鮮明にされていると考えてよい。
Lohmeyer, E., Das Evangelium des Markus (MeyK 2) Göttingen, 196316.
Perkins, P., The Gospel of Mark (NIB VIII) Nashville, 1995; パーキンス『マル
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その他
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日本キリスト教団出版局 NTJ ホームページ掲載見本原稿─マルコ福音書 地茂男(2014.6.3 公開)
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次回、
Lambrecht, J., Die Redaktion der Markus-Apokalypse. Literarische Analyse und
マルコ福音書注解(13 章 5-13 節)のホームページ掲載は、
2014 年 6 月 25 日ごろを予定しています。
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