研究論文の概要 論文題目 「音波を用いる海洋計測のための基礎的研究」 海洋は,地球表面の約 70 パーセントを占め,地球上の全体の水の約 98 パーセントを蓄 えており,世界の気象に大きな影響を及ぼしている。光や電磁波の伝搬減衰が極めて大き い海洋中においては,海中の情報の広範囲な長期間計測は,音波に頼らざるを得ないとし て,中規模渦などの広域海洋構造計測などへの音波の利用が研究されているが,海洋につ いての計測のためには,計測対象に応じたさまざまな技術を集積する必要があるうえ,必 要とされる基礎技術も未開拓の部分が多い。 本論文は,音波を用いる海洋計測のための基礎技術を確立することを目的としており, ⑴音波を送受する送受波器の指向特性の予測と制御法,⑵広域海洋観測に不可欠な海水中 で減衰の少ない低周波の音波を送波する音源,⑶海面,海底で反射しながら音波が伝搬す る中浅海域の音波伝搬特性,⑷さまざまな海域での音波伝搬時間からの音速鉛直分布の推 定法について述べている。 本文は9章からなっている。 第1章「緒論」では,研究の背景を述べるとともに,研究の目的と概要を示した。 第2章「無限領域を考慮した軸対称放射音場の計算法」では,音響機器の性能を十分発 揮するための重要な要素である音波送受波器の指向特性を予測するため,外部無限領域へ の音響放射のある,任意形状の軸対称音源が形成する音場の計算法を定式化し,水中用機 器に広く用いられている円筒振動子単体,及び,円筒振動子に高音速材料を装着した場合 への適用結果を示し,本計算法が十分な精度で音場・指向特性を予測することができ,複 雑な条件も柔軟に扱えることを述べている。 第3章「高音速材料の装着による深海用超音波送受波器の指向特性の制御法」では,深 海用音響機器の使用目的にあった指向特性を実現するため,振動子素子の周囲に水中の音 速と異なる音速をもつ材料を装着することで,高静水圧下の深海で指向特性を制御する方 法を提案し,数値設計により試作した送受波器の特性の設計値と実測値とを比較して,本 制御法の有効性を示している。 第4章「リール型共鳴器をもつ広帯域低周波音源」では,音波による広域測定に必要不 可欠である広帯域低周波音波を,深海の高静水圧下でも送波できる低周波音源として,円 筒振動子を2枚の金属円板で挟みリール型共鳴器を構成し,共鳴器の径方向共振の最低次 モードを利用する広帯域低周波音源を提案し,各部寸法と各種の特性値を理論的に検討し, 試作音源の特性の測定から本音源の有効性を確認したことを述べている。 第5章「水平伝搬音波を用いた黒潮海域の音速鉛直分布の推定法」では,気象・漁業に 大きな影響を与える黒潮の状況を広域に高精度で連続観測するため,黒潮海域の音速鉛直 分布を場所に依存する係数を含む深度の関数として近似表現し,約 25km 隔てて設置した 送受波器アレー間を伝搬する水平伝搬音波の上方伝搬波と下方伝搬波の伝搬時間差から, 音速分布近似式中の係数を反復逆演算により求め,その海域の詳細な音速鉛直分布を推定 する新しい計測法を提案し,コンピュータシミュレーションによりその有効性を示してい る。 第6章「中浅海域の多経路伝搬音波の伝搬損失と安定度の評価」では,中浅海域におけ る多経路伝搬音波の伝搬特性を把握するため,相模湾において行われた音波伝搬実験の結 果から伝搬損失と安定度の評価を行ったところ, 周波数 4.1kHz において海底入射補角 13° 程度のときの相模湾の海底反射損失は平均で 12dB 程度と推定され,さらに海面反射波,海 底反射波の振幅,位相変動が 50ms 程度の時間内ではほぼ安定しており,その結果,海底入 射補角が十数度より小さい海底反射波,海底海面反射波,海面海底反射波が中浅海域の海 洋構造計測に利用可能であることを述べている。 第7章「M系列信号音波を用いた中浅海域の多経路伝搬音波の観測」では,相模湾にお いて行われたM系列信号伝搬実験の結果から,伝搬信号音波として擬似ランダム信号の一 種であるM系列音波を用い相関処理を行うことは,SN比の改善と十分な時間分解能を実 現する有効な方法で,伝搬距離があまり長距離でない数十km程度のときには,周波数5 kHz の海底反射波,海面海底反射波,海底海面反射波を用いることで,中浅海域の海洋構 造を計測するのに必要な時間精度 0.2ms 程度の伝搬時間あるいは伝搬時間差を,比較的安 定に測定できることを述べている。 第8章「多経路伝搬音波を用いた中浅海域の音速鉛直分布の推定法」では,中浅海域を 海底,海面で反射しながら伝搬する多経路伝搬音波の伝搬時間変動が音速鉛直分布の変動 と線形な関係にあることを示し,線形逆問題として中浅海域の多経路伝搬音波の伝搬時間 差から中浅海域の音速鉛直分布を推定する方法を定式化し,コンピュータシミュレーショ ンにより 0.2ms 程度の音波伝搬時間差の測定誤差があるときでも,1m/s 程度の2乗平均 推定誤差で音速鉛直分布が推定できることを述べている。 第9章「結論」では,本研究の成果の要約を示した。
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