中国は日本酒ブームの兆し!

2012 年 9 月 7 日 中国は日本酒ブームの兆し! 〜今こそ「福岡=日本酒のまち」ブランド構築の絶好のチャンス〜 上海事務所 西岡 貴弘
中国では今、日本食がブームである。近年急速な経済発展に伴って食生活が
豊かになった結果、糖尿病などの生活習慣病患者が爆発的に増えてきており1 、
健康に対する意識が高まる中、ヘルシーな日本食は注目されている。最近特に
北京や上海などの大都市では、日本食は既に一定のジャンルを築いており、本
格的な日本料理店や専門店も増えている。実は日本酒の「唎酒師」でもある筆
者は、日本食の人気に伴い日本酒ブームの兆しを最近ひしひしと感じており、
今こそ、中国において「福岡=日本酒のまち」としてのブランド構築の絶好の
チャンスととらえている。よって、今回のレポートでは中国における日本酒の
現状とその可能性について述べたい。
1.中国における日本食のステータス (1)食べ飲み放題形式から本格志向へ ①昔は日式料理店と言えば「食べ飲み放題」 10年以上前の中国をご存知な方はよくお分かりの通り、中国での日本料理店
と言えば中国人か韓国人が経営するいわゆる「日式料理店」がほとんどで、そ
の大部分が1人150元(約2000円)程度の「食べ飲み放題」形式であった。そこ
で出される料理と言えば、味にうるさい日本人にとってはお世辞にも決して美
味しいとは言えず、かといって毎日脂っこい中華料理ばかりはさすがにつらい
ので、海外だから仕方がないとあきらめ半分で通っていた駐在員の方々も多い
のではなかろうか。日本酒もメニューに「日本酒 熱燗」とだけ書かれたものし
かなく、注文すると決まってレンジで一気に加熱しすぎたアツアツで、ビリビ
リと刺激の強いものが出されていた。筆者はこれを飲むと決まって悪酔いして
そのせいで中国の「日本酒」が嫌いになったタチである。
②日本料理店の増加と本格志向へ
それがここ数年、日本人駐在員の増加と中国人の健康志向による日本食ブー
ム等により、日本料理店の数は劇的に増えている。聞くところによると、現在
1
中国政府・衛生部の発表によると、中国では生活習慣病による死亡が病死全体の 8 割に達しており、
心臓・脳血管の疾病、糖尿病、がんなどの生活習慣病の病人は 2 億人に、死亡数は病死全体の 8 割以上 になったと述べている。
上海には1500店以上、北京には900店以上の日本料
理店があると言われており、日本人が経営もしくは
日本人料理人が作る本格的な店も多く、味も日本で
食べるのと遜色ないものが提供されている。中国人
は一度に色々な料理を食べる傾向があるから、少な
いメニューで勝負する専門店は中国では絶対に成
功しないとかつては常套句のように言われていた
が、最近ではうどん屋、そば屋、ラーメン屋、カレ
ー屋などの専門店も増え、いずれも盛況である。
また、生魚など日本料理独特の食材を中華風にア
上海では空前のうどんブーム
レンジしたお洒落なフュージョン系料理なども出てきている。
(2)ワサビ好き、醤油好き!?の中国人 少し余談になるが、中国人は元々生ものを食べないと言われており、今でも
抵抗のある中国人も多いのは事実であるが、最近若い人を中心に刺身好きな中
国人も増えている。そんな中国人に聞くと、決まってワサビ好き、醤油好きで
あり、ワサビを山盛りおかわりする光景やワサビを多量に溶かした醤油をこれ
でもか!というくらいたっぷりつけて刺身を食べる光景は、見飽きるくらい見
てきた。そんな中国人達に日本料理に合わせる酒と言えば?と聞くと、大半が
日本酒(清酒)と答える。それだけ「日本食と言えば日本酒」という方程式が
勝手に?植え付けられているのは PR する側にとっては有り難いことであり、多
いに活用しない手はない。日本の居酒屋などでは、刺身に合う日本酒などそれ
ぞれの料理と相性の良い日本酒を紹介していたりしてついつい頼んでしまった
りするが、中国では「ワサビに合う日本酒です!」とか「醤油に合う日本酒で
す!」とか言ってオススメしたら、興味本位で注文する中国人も多いのではな
いかと冗談半分、本気でそう思ったりもする。
2.中国におけるアルコール市場 (1)酒類の低アルコール度数化
中国の伝統的なお酒といえば、茅台酒や五粮液などコウリャン2 などでつくら
れる「白酒」と、紹興酒などもち米を醸造してつくられる「黄酒」が有名であ
る。一般的に華北地区や内陸部では白酒を好み、華東地区は黄酒を好むといわ
れてきたが、近年の中国政府の政策と消費者の嗜好の変化から、低アルコール
度数の酒ならびに健康志向の酒に対する需要が高まってきている。顕著なのは
2
コウリャン(高粱):イネ科の1年草。中国で広く栽培され、主に白酒の原料として用いられている。 中国における高アルコール度数の代名詞「白酒」の消費減少とビール、ワイン
の消費増加である。キリン食生活研究所の調査によると、2010 年世界主要国の
ビール消費量は中国が 8 年連続で 1 位。中国人 1 人当たりのビール消費量は 49
位と日本よりも少ないものの、過去 10 年1人当たりの消費量が伸びている国は
中国のみというデータである。また、英国の酒類調査会社 IWSR が 2011 年に
調査したところによると、中国(香港含む)のワイン消費量は世界 5 位だが、
驚くことに前年比 33.4%の増加率で、2015 年にはアメリカに次ぐワイン消費大
国となる予測である。
(2)中国における日本酒市場
①制度上の分類
日本酒は発酵酒の一部として扱われており、その他の発酵飲料 HS コード
3
[22060090]に該当し、日本酒としてカテゴリー分けはされていない。同じ発酵
酒であるワインは個別にカテゴリー分けされていることを考えると、中国では
まだ日本酒はメジャーな酒ではないとも言える。また 40%と高関税率をかけら
れていることも販売拡大の1つのネックとなっている。
商品名称 HS コード 関税率 増値税率 消費税率 ビール 22030000 − 17% − ワイン 22042100 14% 17% 10% 日本酒 22060090 40% 17% 10% 焼 酎 22089090 10% 17% 20% 中国における酒類に係る税率(最恵国税率)
②日本から中国への輸出実績
H21年度の日本から中国への輸出は全体のわずか4%にすぎない。しかしなが
ら、同じ中華圏である台湾や香港はそれぞれ12%、11%を占めていることから、
今後伸びる可能性が十分に期待できる。現にH11からH21年度までの中国への輸
出実績の推移を見ても、徐々にではあるが年々輸出量も伸びてきている。また、
中国への日本酒輸入を手がけているいくつかの商社へヒアリングしたところ、
昨年の3月11日以降、放射能被害の影響等で輸入がストップし、一時日本から輸
入される日本酒が中国市場から消えたが、輸入が再開して以降、注文が殺到し
輸入したらすぐに在庫がなくなるという状況だそうである。さらに「松竹梅」
3
HS コード:"Harmonized Commodity Description and Coding System"(「商品の名称および分類について の統一システム」の略。国際貿易商品の名称および分類を世界的に統一する目的のために作られた、コー
ド番号のこと
や「朝香」など日本酒の現地生産も行われるなど、日本酒全体の市場は拡大し
ている中、今年8月には、広東省にて日本料理店などに販売されていた日本盛、
久保田千寿、菊正宗等の銘柄を悪用した「偽日本酒」が多量に押収される事件
もおこっている(現地メディア「中国新聞网」等の報道による)ので、商標登
録等の対応についても言わずもがな不可欠である。 日本酒の国別輸出割合(H21年度)
20%
日本酒の中国への輸出実績の推移(単位:klキロリットル)
500
30%
3% H21 輸出総量
4%
11,949 ㎘
4%
11%
16%
12%
アメリカ
台湾
中国
シンガポール
韓国
香港
カナダ
その他
375
426
314
250
125
0
241
468 482 485
240 262
129
99 119
H11 H13
H15
H17
H19
H21
③日本酒に対する知識不足 筆者は、展示会などで県内や九州の蔵元さんと日本酒や焼酎の PR のお手伝い
をさせていただく機会があるが、日本酒に関心をもってブースを訪れる中国人
ですら総じて日本酒に対する知識がほとんどない。極端に言えば原料が何で出
来ているかすら分かっていない中国人も多く、吟醸、本醸造などの違いについ
て詳しく知っている中国人はほとんどいないと言っても過言ではないだろう。
最近上海の高級スーパーでは日本酒のコーナーが設けてある光景を見かけるが、
冷蔵ケースも完備されていたりと管理面でも行き届いている。しかしながら、
ほとんどの中国人客は日本酒に対する知識がないため、ただ棚に並べているだ
けでは、手を伸ばしてくれる可能性は極めて低く、もし興味があってもどの酒
を選んだらよいか分からずに購入を断念してしまうだろう。
上海における日本酒・焼酎 PR の様子 上海の高級スーパーの日本酒コーナー
3.中国における日本酒のこれからの可能性 (1)中国における飲食の傾向と日本酒の持つ特徴
日本酒はこれから中国にてワインにひけをとらないくらいメジャーな酒にな
る要素を十分に秘めていると筆者は分析している。なぜならば、下記のように
中国における飲食の傾向と日本酒の持つ特徴が合致しているからだ。
中国における飲食の傾向
日本酒の持つ特徴
低アルコール度数化
15 度程度と低アルコール度数
健康志向
健康志向のお酒 温かくしても飲める
食の多様化
独特の旨味をもち、多様な料理にあう
日本食ブーム
日本食と言えば日本酒と認識されている
ワインブームにより女性の飲食が増えている
女性が好むフルーティなお酒
(2)お燗酒のススメ
日本酒は冷酒・常温・熱燗など色々な飲み方が出来るのも特徴的であり、楽
しみの1つであるが、中国には特にお燗酒がキーワードになるのではないかと
考えている。アンケート結果等の客観的な数字はないが、多くの中国人は昔の
日本映画やドラマ等の影響もあり、日本酒と言えば熱燗というイメージが強く、
温かい飲み物は中国人の志向にも合致する(身体に優しく、健康的)。また、温
めて飲むという楽しみ方は、日本酒ならではの特性でもあり、焼物との組み合
わせたプロモーションなど、日本の伝統的な飲食文化を合わせて訴求できる。
お燗酒を提供するには、それぞれのお酒にあう絶妙な温度調整等高度な技が必
要であるのは難点であるが、他のお酒にはないアプローチが出来るのは間違い
ないだろう。
<お燗酒のススメ>
・
温かい飲み物は中国人の志向にも合致する(身体に優しく、健康的)。
・
日本酒ならではの特性であり、日本の伝統的な飲食文化を訴求できる
・ 中国人は日本酒と言えば熱燗というイメージが強い。
・ 焼物との組み合わせたプロモーションも可能に。
4.「福岡=日本酒のまち」ブランド構築のチャンス (1)福岡は日本酒のまち
福岡はかつて灘・伏見に並ぶほどの酒どころとして知られており、
「酒は飲め
飲め〜」で有名な黒田節も福岡。また、全国でも有数の米どころでもある福岡
は、酒造好適米の代表銘柄である「山田錦」の作付け面積は全国 2 位である。
さらに日本の近代産業を支えた炭鉱・鉄の街、北九州には酒屋の店先で立って
酒を飲む「角うち」が出来る酒屋が未だたくさん残っているなど、酒にまつわ
るキーワードがたくさん出てくる。さらに興味深いデータがあったので、ここ
に紹介しておく。日本国内で日本酒を製造する全ての酒蔵の最新住所録データ
を掲載した「酒蔵名鑑」を出版している㈱フルネット社調べによると、各都道
府県の面積を基準にして 100km2 の面積に存在する酒蔵数を「酒蔵密集度」とし
て算出したところ、全国で最も日本酒の「酒蔵密度」が高い都道府県は、酒ど
ころで全国的にも有名な兵庫県や新潟県ではなく、何と福岡県が最も酒蔵が密
集しているらしい。また、各都市の面積を基準にして 1km2 の面積に存在する酒
蔵数を「酒蔵密度」として算出したところ、兵庫県「西宮市」に続き、福岡県
「久留米市」が 1 位にランクされている。西宮市には 7.6km に 1 つの酒蔵が、
久留米市は 14.3km2 に 1 つの酒蔵があるという密集度を示している。このデー
タも示す通り、福岡は日本でも有数の日本酒のまちなのである。この事実をも
っと活用しない手はない。 都道府県別「酒蔵密度」
都市別「酒蔵密度」
0.13
0.15
0.098
0.113
0.065
0.075
0.033
0.038
0
0
福岡県 佐賀県 滋賀県 奈良県 京都府 兵庫県 福井県 埼玉県 石川県 愛媛県
西宮市 久留米市 京都市 倉敷市 神戸市 佐久市 甲賀市 新潟市 長岡市 東広島市
(2)日本各地の取り組み事例 日本政府は、今年 5 月に日本酒・焼酎の国家戦略推進「ENJOY JAPANESE KOKUSHU
(國酒を楽しもう)」プロジェクトを立ち上げ、海外における日本酒・焼酎の認
知度向上と輸出促進に力を入れると発表したばかりである。お隣の佐賀県も、
昨年度 IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)4 の日本酒部門で富久
千代酒造の「大吟醸鍋島」がチャンピオン酒に選出されたのをきっかけに、市
のサポートを受けて蔵元 6 社からなる協議会を結成。酒蔵を巡りながら地酒や
文化を楽しむ「酒蔵ツーリズム」などを企画するなど、海外での評価を活用し
た地域活性化の取り組みを実施している。その他、輸出に積極的な日本各地の
蔵元が各社独自に上海をはじめとする中国市場にも営業展開を開始、福岡県内
4
IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ):世界最大規模・最高権威のワイン審査会。5年前か
ら日本酒部門が設けられ、最高賞受賞酒を選出。2011年は206蔵469銘柄のなかで佐賀県鹿島市にある富久
千代酒造の「大吟醸鍋島」がチャンピオン酒に選出された。
のいくつかの蔵元も既に北京や上海市場にて継続的に商品を販売しており、当
事務所も有り難いことに色々とお話を伺う機会を持たせていただいている。
(3)福岡が先導して日本酒文化の啓蒙活動を とはいえ、中国市場への展開は、どこもまだスタートラインに立ったばかり
であり、本格的な活動はこれからであると言えるが、先般上海で行われた食品
展示会「Sial China」に出展していたフランスのワイン協会の取り組みが興味
深かった。
下記写真のようにフランスで選ば
れたトップ 50 のワインをずらりとならべ、
テイスティングさせ、
タキシードを来たボウ
イが 1 つ 1 つ違いを説明していた。また別ブ
ースではテイスティング講座を開催、受講者
に対し原料となるブドウの品種の違いによ
るワインの魅力について講義を行っており、
どちらも人気を博していた。一方、ジャパン
ブースは、
出展者である各蔵元が孤軍奮闘し、
それぞれ自社の日本酒を単独で PR している
状況であった。お酒など嗜好性の強いものに
共通するのは、ただそのものを味わうだけで
なく、知的好奇心をくすぐりながらたしなむ
とよりいっそう美味しく感じられ、結果ファ
ンが増える。そのためには日本酒の歴史や製
オシャレで知的好奇心をくすぐる 造過程、酒類の違いなどの基礎知識、テイスティ
フランスワイン協会の取り組み ングなど日本酒の文化そのものの啓蒙活動が不可欠であり、そのような継続的
かつ地道な取り組みは、既に独自にリスクを背負って輸出に取り組んでいる各
蔵元だけでなく行政等の組織的なバックアップが今こそ求められている。中国
でも日本のアニメや漫画は人気なので、例えば「夏子の酒」5 のような日本酒を
分かりやすく説明した漫画やドラマの活用や、福岡県酒造組合が福岡で行って
いる女性限定の「お酒の学校」などのような取り組みを上海で福岡から率先し
て始めれば面白いと思うし、決して時期尚早などとは思わない。中国市場にお
いて様々な商品にいえることだが、誰よりも先んじて市場を席巻することが、
その後の確固たるブランド力を構築できる可能性が高い。そういった意味では
日本酒においてはそのまたとない絶好のチャンスが今到来している。 5
夏子の酒(なつこのさけ):1988 年から 1991 年にかけ「モーニング」に連載された尾瀬あきら作の漫画。
造り酒屋を舞台とし、日本酒を題材に日本の米作りや農業問題を取り上げた漫画。1994 年にはテレビドラ
マ化もされた。 (4)「日本食には日本酒」の方程式を活用して! 幸いここ上海には、福岡や九州出身の方が働いておられる日本食レストラン
や居酒屋が驚くほど多いことに気づく。筆者も飲み会などでは極力利用し陰な
がら応援させていただいているが、中国人客も多く盛況である。当事務所では
そういった方々のお力を借りつつ、「日本食には日本酒」の方程式を活用して、
中国人に日本酒そして福岡の地酒をもっと知ってもらうためのイベント開催な
ど、継続的な啓蒙活動を行うべく企画中である。ただし現状は、中国人だけで
なく、最近は日本人でも若者を中心に日本酒に対する明確なイメージがない方
が多く、福岡出身の方でも、
「福岡は日本酒のまち」であることをご存じないか
たが多いのも事実である。今後中国における地道な取り組みをきっかけに、1 人
でも多く仲間を増やし、中国だけでなく日本においても國酒である日本酒を飲
む機会が増え、さらに「福岡は日本酒のまち」だと再認識されることを期待し
ている。