敗血症性ショックに至った 肝膿瘍の一症例 2年次研修医 瀬戸内徳洲会病院 上田 周一郎 症例 【患者】 51歳男性、自宅から 【入院日】 2012年2月25日 【主訴】 発熱(37℃台)、身倦怠感(共に14日間程度) 【現病歴】 それまでは普段の健康状態であったが、入院2週間ほど前から 微熱、悪寒、軽度咳嗽自覚。徐々に倦怠感増悪、食思低下、累 痩傾向。入院1週間から軽度血便。 入院3日前からは職場を欠勤。悪寒、倦怠感増悪してきたため、 受診。独歩で入室。 【既往歴】腰部椎間板ヘルニア 糖尿病なし、手術歴なし 【家族歴】特記事項なし 【輸血歴】【常用薬】【アレルギー】なし 【社会歴】嗜好)タバコ:15本/日X32年 アルコール:ビール1050ml/日 職業)スーパー、コンビニ店員 生活形態)独居、配偶者なし 性交渉歴)不特定多数との性交渉歴なし、 同性愛嗜好なし 海外渡航歴)なし その他)糞便を経口摂取するようなエピソードなし 【身体所見】 身長)167㎝ 体重)詳細不明 バイタルサイン)血圧:76/61mmHg、脈拍:132回/分、 体温:37.6℃、呼吸数:24回/分、SpO2:94%(RA) 全身状態)倦怠感強、発汗顕著 意識)清明 頭部)異常所見なし 眼瞼結膜)貧血なし 眼球結膜)黄染あり 口腔)乾燥 咽頭)発赤軽度あり、扁桃腫大なし 頸部)頸静脈怒脹触知しない、頸部リンパ節腫脹なし 胸部)肺:右下肺野coarse crackle 心臓:心拍整、S3・S4なし、心雑音なし 腹部)平坦、軟、腸蠕動音軽度亢進、 圧痛なし、反跳痛なし、筋性防御なし 四肢)浮腫なし 皮膚)黄染あり、外傷なし、皮疹なし 【検査所見】 〈血算、生化学(入院第1日)〉 WBC(X10^2/μl) HGB(g/dl) 181 Glu(mg/dl) 14 BUN(mg/dl) 139 PT(%) 31.6 29.7 PT(INR) 2.09 HT(%) 39.2 Cre(mg/dl) 0.86 APTT(%) PLT(X10^4/μl) 19.8 Na(mEq/l) 127 39 Neu.(%) 83 K(mEq/l) 4.1 便潜血免疫 Bas.(%) 0.2 Cl(mEq/l) 90 定性 1日目 + Eos.(%) 1.7 Alb(g/dl) 1.9 2日目 + Lym.(%) 10.3 CRP(mg/dl ) 34.9 【画像所見】 〈胸部Xp(入院第1日)〉 右下肺野辺縁不整。横隔膜挙上している。浸潤影認める。 〈腹部Xp(入院第1日)〉 右横隔膜は著明に挙上。niveauを認めない。 〈胸部・腹部CT(入院第1日)〉 • 右胸腔に胸水貯留認める。 • 胸膜、横隔膜壁肥厚認める。 • 肝臓に内部がほぼ均一な低吸収域を2箇所認める。膿瘍を 疑う。 • 肝臓辺縁鈍、腫大。 • 肝臓の背側に、辺縁から1cm未満の部位にガス像有。門脈 内ガスを疑う。 • 上行、横行結腸に壁肥厚認める。胸水貯留認める。 〈胸・腹部造影CT(入院第1日)〉 • • • 肝臓の低吸収域は辺縁ほぼ整で、高吸収の円で 囲まれている。 内部はほぼ均一な低吸収域で、一部が不均一。 上行結腸全域、横行結腸右半は全周性に均一に壁肥厚を 認める。 • 腸間膜の脂肪織の濃度上昇は顕著ではない。 • 腹水を少量認める。 • 遊離ガスを認めない。 【問題点】 #1. 発熱:肝膿瘍、大腸炎が熱源と考える。 #2. 倦怠感:発熱による。 #3. 低Alb状態、低栄養状態:摂食できていない。 #4. 血便:細菌性腸炎、アメーバ赤痢疑う。 飲食物販売に従事。 #5. 社会的背景:51歳、独身、無職、保険証なし、 家族と連絡途絶。 。 【入院時の評価と方針】 #1.肝膿瘍:細菌性orアメーバ性疑う。反応性胸水伴う。 ⇒血液培養。細菌性肝膿瘍に対し、嫌気性菌(Bacteroides spp.)、 GNR(E.coli、K.pneumoniae)をカバーするSBT/ABPC 12g 4X。 改善無ければ、第3世代セフェム系でCTRXに変更。 重症化した場合、IPM/CS or MEPM +CLDM。 赤痢アメーバ抗体(血中)、便中虫体検査。 MNZ 2.25g 3X。 頭部CTで脳アメーバ症の有無確認。HIV検査。 何れにせよ必要時穿刺、ドレナージ。 #2.大腸炎:血便伴う。回盲部~上行結腸~横行結腸の一部の広範 ⇒便培養。病原性大腸菌考慮し、PNH予防のためFOM 3g 3X。 【入院中の経過】 第1日:体温37.3℃。水様便5回。腹痛なし。嘔吐なし。 血培、便培、便中赤痢アメーバ検体提出。 SBT/ABPC 12g 4X/日投与開始。 第2日:温37.9℃。血液が混じった軟便あり。上腹部不快感。 尿意はあり、頻尿だが尿量減。 緑色軟便1回、黄土色便に橙色粘血が纏わり付いた便1回。 腹部緊満。冷汗。 呼吸促迫(RR:30回)、SpO2:85%、酸素1l投与開始。 FOM 3g 3X/日開始。尿量500ml。 第3日:体温37.3℃。腹痛強い。 粘血便(イチゴ色、橙色)3回含む下痢6回。 尿量300ml、橙色の濃縮尿。 〈腹部エコー(入院第3日)〉 • S7付近に10.3cmX7.4cm、S5付近に9.8cmX7.1cmの膿瘍。 • 膿瘍は辺縁不整。内部エコー不均一。後方エコー 増強。 内部high echo部あり。ガス産生を疑う。 カラードップラーで描写できない。膿瘍>腫瘍。 所見 #1.肝膿瘍疑い:赤痢アメーバ疑い。 #2.腹水:肝下面、下部腸管周囲に少量。 〈感染症、腫瘍マーカー(入院第1日採取)〉 RPR定性 - CA19-9 13.2 HBS抗原 - AFP 1.1 HCV抗体 - CEA 4.0 HIV抗原抗体 - PIVKA-Ⅱ 450 第4日:粘血便。居室内で転倒。意識レベルの低下、GCS:E2V1M2。 GCS:E2V2M3に回復。体温36.6。 MNZ 2.25g 3X/日投与開始。 単純+造影CT検査。肝膿瘍、大腸炎の改善はなし。 夜間、血圧80/60mmHg 台に低下。ドパミン持続静注開始。 アルブミン25g投与。 敗血症ショック 第5日:血圧70/40mmHg台に低下、HCUへ転床。ドパミン増量、 生食で輸液付加。血培採取。挿管、CV挿入。 NGチューブに茶褐色の自然排液多量。 FFP6単位投与。CTRX 4g X2/日に変更。 エコーガイド下、X線透視下で、S5の肝膿瘍 穿刺。 アンチョビペースト状の排液多量吸引。ドレーン留置。 穿刺液の一般生化学、培養、虫体用細胞診に検体提出。 45 40 35 30 WBC(X 10^3/μl) CRP(mg/dl) 最高体温(℃) 25 20 15 10 5 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 肝膿瘍穿刺、ドレーン留置 SBT/ABPC 12g 4X /日 CFTRX 4g 2X /日 FOM 3g 3X /日 MNZ 2.25g 3X/日 13 14 15 病日 〈入院中の臨床検査結果の推移〉 [凝固系] 第1日 FDP Plt 198 Fib PT-INR score D-dimer AT-Ⅲ 2.09 第3日 第4日 第5日 第6 日 第7日 第10日 第12日 第13日 第14日 21 27 25 20 20 30 36 160 90 100 68 75 98 66 424.7 424.7 442.6 403 266 330 327.5 2.11 2.2 2.11 2.2 1.86 1.64 1.6 4 5 5 6 6 4 15.1 11.4 11.8 25 47 43 52 第6、7日DICの疑い。D‐dime≧3μg/mlでありDIC 60 60 [腎機能] 第1日 第3日 第4日 第5日 第6 日 第7日 第10日 第12日 第13日 第14日 BUN 29.7 40.3 52.2 75.1 63.7 46.2 17.1 23.8 24.7 20.3 CRE 0.86 0.86 1.32 2.2 1.35 1.18 0.63 0.67 0.7 0.64 腎機能悪化 肺機能は反応性胸水および無機肺で、機能低下 MOFの状態 第6日~:第6日に胸腔穿刺施行。血性胸水多量に吸引。 以後、毎日、肝膿瘍内部の吸引、wash outおよび、 胸水 吸引施行。胸水は粘稠性強く、第7日以降はほとんど吸引 できなかった。患者は、39℃台の発熱、左腹部痛、粘液性 下痢は持続するものの、頷きや視線で簡単な意思疎通は 可能な状態を保っていた。低血圧に対しては第6日からは ドブタミンも併用。第6日にFFP4単位投与。 第1日、5日に提出した血培、第2日に提出した便、第5日 に提出した膿瘍穿刺液、同細胞診ではいずれも、細菌、 赤痢アメーバともに陰性であった。 第10日:フォローのエコーでは、S5の膿瘍の縮小を認めた。 S7の膿瘍は一部に融解壊死部を認めるが、顕著な縮小は 認められなかった。 血中赤痢アメーバ抗体価6400倍であり、 アメーバ肝膿瘍+アメーバ腫性大腸炎と診断確定。 第11日:右側胸部、肝膿瘍ドレーン穿刺部周囲に薔薇疹様の紅斑。 不整、2cm径。癒合あり、掻痒感、疼痛なし。 薬疹、梅毒を疑った。39℃台遷延、呼吸数も30回後半/分。 第12日:薔薇疹様広範、体幹、四肢に拡大。 正午頃、病棟から肝膿瘍部のドレーンを自己抜去した と報告あり。腹痛、反跳痛は認められなかったが、 胸腹部単純+造影CT検査、頭部単純CT検査施行。 脳膿瘍を疑う所見なし。上行結腸の壁肥厚、浮腫は 有意な改善なし。肝周囲にfree air認めた。 右肺は無気肺で、胸水は凝固し、凝血塊となっていると 考える。HCV抗体、HBs抗原、HIV抗原抗体、RPR定性、 TPHA定性検体再提出。 第13、14日:39℃台発熱遷延しているが、呼吸状態改善傾向で あり人工呼吸器からの離脱、抜管目指し、ウイーニング。 第15日:未明に入眠中、突然SpO2 低下、BP :50~60mmHg 台、 HR:30~20台/分に。瞳孔散大、対光反射消失。 エピネフリン、硫酸アトロピン2クールshotしたところで、 これ以上心肺蘇生を含めた処置、治療を行わず、心停止 を待つことに。 死亡確認。 【肝膿瘍】 〈概念〉 • 細菌性-E.coli.,Klebsiella spp.,Enterococcus spp.などに よる菌血症を起こす病態の終末像 • アメーバ性-Entamoeba histolyticaによる腸管・門脈経由 の感染症 細菌性肝膿瘍とアメーバ肝膿瘍の比較 細菌性肝膿瘍 アメーバ赤痢 基礎疾患 胆嚢疾患 糖尿病 消化器疾患 なし 地域流行性 症状 悪寒、発熱 悪寒、発熱 合併病変 肺病変 肺病変 特徴 胆道系感染(+) 膿瘍は1つのことが頻 検査での異常 なら多発性 肝機能異常 白血球増加 しかし例外も頻 肝機能異常 白血球増加 アメーバ抗体価≧32 〈考察〉 • 本症例は、アメーバ肝膿瘍に、腸管にアメーバ腫を合併した 症例であった。 • 入院3日目に、悪寒、ふらつきあり、4日目に吐血があった。 敗血症性ショック、DICの状態に陥った。 • 入院3日目からの、発症15日以上経過してからの、メトロニダ ゾール投与が遅きに失した印象は強い。 • アメーバ肝膿瘍に対する穿刺、ドレナージの有効性について は結論が出ていないが、穿刺後も発熱遷延に対して、もう一 つの膿瘍の穿刺、ドレナージを施行してみる価値はあったと 考える。 • 入院日が土曜日であったが、状態が安定しているうちに穿刺 、ドレナージを施行すれば、重症化は防げた可能性はある。 【結語】 • アメーバ肝膿瘍とアメーバ腫を合併した赤痢アメーバ感染症 を体験した。 • 特殊検査は結果が判明するまで長時間必要、検査によって はできないものがある中で、疑われる全ての疾患を考慮し、 最初から、全ての薬剤、広域の抗生剤を用い、適宜、中止、 変更していくことの重要性を再確認した。 • 島嶼部という地域性、患者の社会的背景によって、治療は 制限されることがあるということを再認識した。
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