開発途上国の鉄道貨物輸送実態国際比較分析

交通学研究
第 58 号
(研究論文)
開発途上国の鉄道貨物輸送実態国際比較分析
花岡 伸也(東京工業大学)1
祖田 真志(東京工業大学)2
要旨
鉄道貨物輸送は、道路輸送と比較して重量貨物輸送に適しており、長距離輸送では単位あたり輸送費用が低く環境負荷も小
さい。しかし、鉄道貨物輸送量の多い国は限られており、道路輸送に依存する傾向は開発途上国においても顕著である。本研
究では、開発途上国の鉄道貨物輸送の実態を地域別に把握すると共に、包絡分析法(DEA)を用いて鉄道貨物輸送の効率性を
国別に評価し、輸送運営面、政策面、地理的要因から詳細な比較分析をした。その結果、鉄道整備に対する政府の投資、民営
化による資本投入、隣国や港湾との接続性強化などが効率性に良い影響を与えていることが明らかになった。
Key Words: 鉄道貨物輸送、開発途上国、包絡分析法(DEA)
、国際比較分析
1.はじめに
鉄道貨物輸送は、同じ陸上輸送である道路輸送と比較して重量貨物輸送に適しており、長距離輸送では単位あ
たり費用が低く環境負荷も小さい。こうした利点があるものの、鉄道貨物輸送量の多い国は、国土が大きく、重
量貨物輸送需要のある国に限られている。上位は米国、中国、ロシアの3ヶ国であり、2012年の貨物輸送量はそ
れぞれ2.524兆ton-km、2.518兆ton-km、2.222兆ton-kmと圧倒的に多い。以下、インドの6257億ton-km、カナダの3525
億ton-km、ブラジルの2677億ton-kmと国土の大きい国が続き、日本は202億ton-kmで12番目である(UIC Statistics
Database)
。また、ton-kmベースの貨物輸送手段分担率で鉄道が40%を超える国は、米国、中国、ロシア、カナダ、
オーストラリアなどの国土の大きい国や、バルト3国、ウクライナ、カザフスタンなどの旧ソビエト連邦諸国に
限られる(IEA and UIC 2012; European Commission)
。
開発途上国では、経済発展に伴い貨物輸送量が増加しており、多くの国で陸上貨物輸送は道路輸送に依存して
いる。しかし、政府の政策等により、国土が小さくても鉄道が活用されている国もある。開発途上国における鉄
道貨物輸送の運営実態は国や地域によって異なることから、本研究では、世界の開発途上国の鉄道貨物輸送実態
を把握し、鉄道貨物輸送に成功している国や失敗している国の国際比較を通じて、それぞれの要因を明らかにす
ることを目的とする。
まず、開発途上国の鉄道貨物輸送の実態を地域別に把握し、特徴を明らかにする。次に、鉄道貨物輸送の効率
性を、包絡分析法(DEA: Data Envelopment Analysis)を用いて国別に相対比較し、その結果と鉱物資源依存度から効
率国、非効率国を選別する。そして、選別された国々に対し、DEAによる分析で考慮できなかった輸送運営面、
政策面、地理的要因から詳細な比較分析を行い、鉄道貨物輸送が効率的に行われている成功要因および非効率に
行われている失敗要因を明らかにする。
2014 年 11 月 3 日初原稿受理、2015 年 1 月 31 日採択。
1問合せ先。〒152-8550 東京都目黒区大岡山2-12-1
東京工業大学大学院准教授 花岡伸也。
E-mail: [email protected]
2問合せ先。〒152-8550 東京都目黒区大岡山2-12-1 東京工業大学大学院修士課程 祖田真志。
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2.開発途上国の地域別実態把握
2.1 分析対象国と地域分類
本項では、開発途上国の鉄道貨物輸送の実態を地域別に把握し、各地域の特徴を明らかにする。開発途上国の
選定と地域分類には世界銀行の基準を用いる。具体的には、一人当たり国民総所得額に基づいた4段階分類のう
ち、高所得国を除いた 12,615 米ドル以下(2013 年基準)の3段階(上位中所得国、低位中所得国、低所得国)を
対象とする。それらの国々は、地理的に6つの地域(東アジア・大洋州地域、南アジア地域、東ヨーロッパ・中
央アジア地域、南米・カリブ海地域、サブサハラアフリカ地域、中東・北アフリカ地域)に分けられていること
から、この地域分類に準じて実態把握する。ただし、ロシアと中国は一人当たり国民総所得額が 12,615 米ドル以
下であるものの、鉄道貨物輸送量が十分多く、成功要因が明白なため対象外とした。
2.2 各地域の実態と特徴
2.2.1 東アジア・大洋州地域
マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、ミャンマーでは鉄道事業が国営で運営されており、カンボジア
のみが民間事業者によるコンセッション方式で運営されている。この地域の鉄道分担率は低く、主に道路と海運
が貨物輸送を担っている。メコン川流域国では、鉄道ネットワークの接続性強化のため国内や国間のミッシング
リンクの解消が求められている。また、最大積載量、機関車最大重量、法定最高速度の相違などが課題である(ADB
2010)
。
2.2.2 南アジア地域
この地域の主要な鉄道路線は英国による植民地時代に建設された。独立後、インドを除いて線路網の拡大はな
く、道路輸送の成長に伴い鉄道の分担率は減少している。また、すべての国の鉄道輸送が国営企業によって運営
されている。さらに、政府の設定した低運賃政策のため旅客輸送量の占める割合が高く、1人-kmと1ton-kmを1
単位とすると、パキスタン、バングラデシュ、スリランカでは旅客輸送が80%以上であり、インドも60%を超え
ている(Amos and Thompson 2007)
。
2.2.3 東ヨーロッパ・中央アジア地域
東ヨーロッパ諸国はEUの設定した枠組みに参入するため、EUの鉄道運営に関する規則に準ずる傾向にある
(Monsalve 2011)
。そのため、インフラ管理と輸送運営を異なる事業体が行う上下分離や、EU諸国が使用する通
信設備などの規格を導入している。中央アジアでは、鉱物資源が豊富なカザフスタン、ウズベキスタン、ウクラ
イナで、その輸送に鉄道が多く利用されている。さらに、これらの国から他国への輸出経路上にある国の鉄道輸
送量も多くなる傾向にある(Amos and Thompson 2007)
。
2.2.4 南米・カリブ海地域
かつて国営であった鉄道事業の経営悪化により、主要国のうちウルグアイを除く国が民営化を導入した。この
地域の路線も植民地時代に建設されている。老朽化による維持管理費用の増加や、路線網が現在の貨物OD需要と
不一致なことによる輸送量の減少が、経営悪化の一因とされている(Barbero 2010)
。民営化後は、従来からその
路線を利用していた民間事業者が運営費用の大部分を負担し、自社製品の輸送を独占的に行うこともある(Sharp
2005)
。また、民営化後に収益性の低い路線は廃止され、高収益の鉱物資源やコンテナの輸送に投資を集中してい
る。そのため、民営化前と比べ鉄道インフラ設備の品質は維持できているが、線路網の拡大は見られない。
2.2.5 サブサハラアフリカ地域
この地域の鉄道路線も、植民地時代に、内陸の貿易拠点や鉱物資源産出地と港湾を結ぶ輸送手段として整備さ
れた(国際協力機構 2010)
。老朽化や投資不足などにより鉄道インフラ設備は劣化し、輸送機能は低下している。
運行地域が3カ国にまたがるものは少なく、大半が1ヶ国か2カ国に留まるため、長距離輸送による優位性が発
揮できていない。南米と同様、民営化している路線が多く、貨物量の約半分は民間事業者によって輸送されてい
る(Borgo 2011)
。しかし、輸送量不足などから経営状態は厳しく、運賃も他地域と比べて高い(Olievschi 2013)
。
また、南アフリカを除き旅客輸送は少なく、ほぼ貨物輸送であり特に鉱物資源に依存している。
58
2.2.6 中東・北アフリカ地域
鉄道インフラの整備は道路と比較して進んでおらず、線路網の拡大は見られない。ただし、鉄道線路網の拡張
計画は数多くある(UIC 2008)
。また、旅客か貨物の割合がどちらか一方に傾斜している国が多い(Amos and
Thompson 2007)
。例として、エジプトは旅客輸送の占める割合が90%を超えているのに対し、ヨルダンのアカバ
鉄道は貨物専用鉄道として整備され、主に鉱物資源が輸送されている。
2.3 地域別実態把握のまとめ
各地域の実態把握により、植民地時代の鉄道路線整備という歴史的経緯、またそれ以後の路線網拡大がほとん
ど無いという共通点、国営・民営という運営主体の違いなどが明らかになった。さらに、多くの地域で鉱物資源
が鉄道貨物輸送の中心であることもわかった。
3.DEA による鉄道貨物輸送の効率性評価
3.1 DEA の概要
DEAでは、分析対象となるDMU(Decision Making Unit)の効率値を算出し、各DMUの効率性を相対的に評価する。
DMUの効率値は出力/入力で定義され、
複数の項目を入力、
出力として扱うことができる。
0から1の間をとる。
また、効率値が1であるDMU群を効率的フロンティアと呼び、規模の影響によってフロンティアも変化する。規
模に関する収穫一定を仮定したのがConstant Return to Scale(CRS)モデル、規模に関する収穫可変を仮定したのが
Variable Return to Scale(VRS)モデルである。また、出力を最小限保証した上で入力値を最小化する入力型と、現在
の入力を前提として期待できる最大の出力を求める出力型という計算手法がある。
3.2 DEAの適用
開発途上国の鉄道貨物輸送の効率性について、国をDMUの単位として評価する。DEAを用いて鉄道輸送の効率
性評価を行った既往研究に、欧州を対象にした研究(Cantos et al. 2012)と、欧州・南米・アジア・アフリカを対
象とした研究(Lan and Lin 2003)がある。これらの研究では、入力項目として従業員数、線路長、貨車数、機関
車数を、出力項目として年間の旅客輸送量(人-km)や貨物輸送量(ton-km)を用いている。本研究では、データ
の入手状況を踏まえ、入力項目として線路長、貨車数、鉄道インフラの質3の3つを選定し、出力項目として年間
貨物輸送ton-kmを用いる4。入力項目の中で、線路長は鉄道インフラ設備への投入の大きさを示す代表項目として、
また貨車数は輸送運営への投入の大きさを示す代表項目として、それぞれを位置づける。運営の質に関する項目
は鉄道インフラの質で代替する。運営の質を表すその他の入力項目として、複線率、線路活用率、電化率、信号
機の導入率、事故頻度などを用いることも検討した。他にも、入力項目として労働者数、出力項目として輸送ton、
収益などの経営指数を検討した。しかし、いずれもデータ入手の可能な国が限られていることから、用いないこ
とにした。
入出力項目の全データが揃っている年の中で、国別に最新年のデータを用いる(表1参照)5。また、各国の線路
長、貨車数、貨物輸送量の規模は大きく異なり、さらに現状の輸送設備から期待できる輸送量として効率値を求
めるため、出力型VRSモデルで計算する。加えて、CRSモデルとVRSモデルの出力型で求めた効率値の比(=CRS
効率値/VRS効率値)を用いて規模の効率性を算出する。これは、各DMUの出力に対する規模の影響を求めるも
のである。
規模の効率性の数値も0から1の間の値をとり、
値が大きいほど最も生産的な規模に近いことを示す。
3
鉄道インフラの質は、世界経済フォーラムの国際競争力レポートを用いた。このデータは、各国の鉄道関係者に対し7点満点
でスコア付けを依頼し、その平均をとったもので、点数が高いほど鉄道インフラの質が高いことを示す。
4
各項目の出典は、鉄道インフラの質(Schwab 2011)
、線路長・年間貨物輸送 ton-km(WB Railways Database)
、貨車数(UIC Statistics
Database)である。貨車数の一部は、各国・各地域の鉄道データを扱っている組織より入手した。
5
2008 年から 2012 年の範囲になった。各国の鉄道貨物輸送量は安定的に推移していることから、一致していなくても問題ない
こととした。
59
表1 DEA による効率性評価結果
国名(データ使用年)
サブサハラアフリカ地域
ベニン(2008)
ボツワナ(2010)
ブルキナファソ(2008)
カメルーン(2010)
ガーナ(2008)
ケニア(2008)
モザンビーク(2010)
ナイジェリア(2008)
南アフリカ(2010)
タンザニア(2008)
ウガンダ(2008)
東アジア・大洋州地域
インドネシア(2012)
マレーシア(2012)
モンゴル(2009)
タイ(2012)
ベトナム(2010)
中東・北アフリカ地域
アルジェリア(2010)
エジプト(2010)
イラン(2010)
ヨルダン(2010)
シリア(2008)
チュニジア(2010)
南アジア地域
バングラデシュ(2010)
インド(2010)
パキスタン(2010)
スリランカ(2008)
VRS 効率値
規模の効率性
1.000
0.240
0.001
0.309
0.460
0.076
0.116
0.006
0.423
0.114
1.000
0.032
0.804
0.000
0.832
0.228
0.934
0.948
1.000
0.993
0.956
0.069
0.001
0.144
0.545
0.125
0.240
1.000
0.972
0.949
0.976
0.988
0.042
0.116
0.333
1.000
0.153
0.170
0.976
0.974
0.982
0.270
0.980
0.988
0.027
1.000
0.088
0.963
1.000
0.989
0.028
0.929
国名(データ使用年)
東ヨーロッパ・中央アジア地域
アルバニア(2010)
アルメニア(2010)
アゼルバイジャン(2010)
ボスニア・ヘルツェゴビナ(2010)
ブルガリア(2010)
クロアチア(2010)
グルジア(2010)
ハンガリー(2010)
カザフスタン(2010)
キルギス(2010)
ラトビア(2010)
リトアニア(2010)
モルドバ(2010)
ポーランド(2010)
ルーマニア(2010)
タジキスタン(2009)
トルコ(2010)
ウクライナ(2010)
南米・カリブ海地域
アルゼンチン(2010)
ボリビア(2008)
ブラジル(2010)
チリ(2010)
コロンビア(2009)
メキシコ(2010)
ペルー(2010)
ウルグアイ(2008)
ベネズエラ(2008)
VRS 効率値
規模の効率性
1.000
0.065
0.294
0.182
0.088
0.126
0.268
0.030
1.000
0.293
1.000
0.638
0.073
0.176
0.811
0.318
0.201
0.947
0.019
0.862
0.898
0.885
0.989
0.984
0.858
0.967
1.000
0.495
0.952
0.942
0.808
0.994
0.968
0.761
0.990
0.959
0.156
0.206
1.000
0.352
1.000
0.883
0.142
0.105
0.173
1.000
0.922
1.000
0.969
1.000
0.995
0.958
0.676
0.098
3.3 結果
3つの入力項目と1つの出力項目に対し、開発途上国の中でデータが揃う国は53ヶ国となった6。そこで、それ
らの国を対象にDEAによる効率性評価を行った。VRS効率値および規模の効率性の結果を、表1に地域別・国別
に示す。地域によって結果の偏りはなく、東アジア・大洋州地域を除き、VRS効率値が1.00となる国が各地域で見
られる。また、効率値が低い国も各地域に分散している。規模の効率性は多くの国で高い、つまり生産的な規模
に近いことがわかる。しかし、ベニン、ブルキナファソ、ウガンダ、アルバニアでは、0.1を下回る極端に低い数
値を示している。これは、CRSモデルでは入出力項目数値の大きな国が効率的フロンティアとなることに対し、
これら4カ国は入出力項目の数値が極めて小さく、CRS効率値が低くなったからである。
4.成功要因と失敗要因の詳細分析
4.1 分析対象国の選別
次に、DEAで入出力項目として組み込めなかった要因を考慮した詳細分析を行う。しかし、53ヶ国すべてを分
析対象とするのは困難なことから、DEA評価結果を用いて、分析対象国を効率国と非効率国の別に選別する。さ
らに、鉱物資源が鉄道貨物輸送量に影響している実態が2.で把握できたため、鉱物資源の影響を踏まえた効率
国と非効率国の選別も実施する。その上で、これまでの分析で考慮していない観点を踏まえた詳細分析により、
成功要因と失敗要因を明らかにする。
6
これ以外の開発途上国にも鉄道貨物輸送実績はある。文末の付録の表4にそれらの国を示す。
60
4.1.1 DEA評価結果による選別
まず、DEAによる効率性評価で求めた
VRS効率値と規模の効率性の結果を、効率
表2 詳細分析対象となる効率国と非効率国
効率国①
効率値が1.0
国と非効率国の選別に反映する。効率国
は、VRS効率値が1.0の国を選ぶ(効率国
①)
。非効率国は、VRS効率値が0.10以下か
つ規模の効率性が0.90以上の基準で選ぶ
(非効率国①)
。非効率国の選定には、小規
模を理由に効率値が悪い国を分析対象国
から除外するため、VRS効率値だけでなく
効率国②
鉱物資源依存度が低く、効率値が
高い国
非効率国①
効率値が0.10以下かつ規模の効率
性0.90以上
非効率国②
鉱物資源依存度が高く、効率値が
低い国
国名
ベニン、ウガンダ、ヨルダン、インド、
アルバニア、カザフスタン、ラトビア、
ブラジル、コロンビア
ルーマニア、リトアニア
ケニア、ナイジェリア、アルジェリア、
インドネシア、パキスタン、バングラデシ
ュ、スリランカ、ブルガリア、ハンガリー
タンザニア、アルメニア、グルジア、チリ、
ボリビア、ペルー
規模の効率性を選定基準として設けた。
以上の基準で選別した効率国と非効率
国を表2に示す。南アジア地域はインド
を除いた国が非効率国となった。効率国
には、ブラジル、インド、カザフスタン
と国土面積の大きい国が含まれるもの
の、同じく国土の大きいアルジェリアや
アルゼンチンの効率値は低い。そこで 53
ヶ国を対象に、貨物輸送 ton-km を被説明
変数、国土面積を説明変数とする回帰分
析を行ったところ、決定係数R2=0.31 とな
った。両者の因果関係は強くないもの
の、少なからずあることがわかる。
4.1.2 鉱物資源依存度による選別
鉱物資源が豊富な国では、その輸送手段
図1 VRS 効率値と鉱物資源依存度の分布図
として鉄道が利用される傾向にあることが、2.の実態把握から明らかになった。そこで、DEA の結果に加え、
各国経済に対する鉱物資源への依存度7と鉄道貨物輸送との関係に着目する。図1は、VRS 効率値を縦軸、鉱物資
源依存度を横軸として、53 ヶ国の分布図を示したものである。図1の左上部にある国々は、鉱物資源依存度は低
いが VRS 効率値が高い国(効率国②)である。逆に右下部にある国々は、その国の経済に対する鉱物資源への依
存度が高く、鉄道貨物輸送の潜在需要があるにも関わらず、VRS 効率値が低い国(非効率国②)である。表2に
示しているように、これらの国々も詳細分析の対象とする。
4.2 詳細分析の方法
詳細分析では、①輸送運営面、②貨物輸送に対する国の政策面、③地理的要因の3つの観点を踏まえた考察を
行う。これらの観点から分析する理由は以下の通りである。
まず、輸送運営面での考察に際しては、DEAの入出力項目に含まれていない輸送状況や運営組織の違いを検討
する。具体的には、輸送状況を示すデータとして、貨車1両当たりの年間輸送量や労働者1人当たりの年間輸送量
などで示される輸送効率、
輸送物の構成、
鉄道と港湾の接続によるインターモーダル輸送の実施などを検討する。
運営組織に関しては、国営・民営という運営主体の違いが貨物輸送の実態に与える影響を検討する。
次に、貨物輸送手段に対する政府の認識や、各輸送手段の予算配分などの側面から、各国の貨物輸送に対する
7
鉱物資源への依存度の指標として、各国経済に鉱物資源が与える影響を示した鉱物資源貢献度指標(MCI: Mining Contribution
Index)を用いた(International Council on Mining & Metals 2012)
。MCI は 0 から 100 の数値で表され、値が大きいほどその国の
経済が鉱物関連産業に依存していることを示す。
61
表3 成功要因と失敗要因のまとめ
輸送運営面
政策面
地理的要因
成功要因
・高い貨車利用効率、高い労働生産効率
(インド、コロンビア、カザフスタン)
・民間事業者による独占輸送(ブラジル)
・港湾との接続性(ルーマニア、ブラジル)
・植民地支配から独立後、民営化導入など政府の
政策による多額の投資で輸送状況改善
(インド、ブラジル)
・貨物輸送に特化した路線整備(ヨルダン)
失敗要因
・維持管理不足による鉄道インフラ設備の輸送容量低
下や品質劣化(多数)
・輸送量不足による低収入(多数)
・内陸国から自国を経由しての貨物輸出入の誘
導(ラトビア、リトアニア)
・小さい越境抵抗(ウガンダ)
・隣国との接続がないことによる輸送需要の低下
(スリランカ、ナイジェリア、アルメニア)
・植民地支配から独立後、技術的に鉄道インフラ設備の
維持管理が困難(多数)
・道路優遇策による予算配分の偏り、不公平な道路との
競争環境(パキスタン、チリ、ボリビア、ペルー)
・旅客輸送優先策(パキスタン、バングラデシュ、スリ
ランカ)
政策の影響を考察する。また、旅客輸送と貨物輸送の運賃設定、旅客専用・貨物専用・貨物旅客兼用のような線
路の利用実態、鉄道インフラ整備の経緯、鉄道インフラ敷設後の発展または衰退の原因などを検討する。
最後に、長距離輸送に強みをもつ鉄道にとって輸送距離は重要であることから、主要都市と港湾間の距離や隣
国との接続性、さらに越境抵抗などを地理的要因として検討する。
4.3 結果
3つの観点から、鉄道貨物輸送の成功要因および失敗要因を表3のようにまとめた。
まず、輸送運営面については、成功国(効率国①のインド、コロンビア、カザフスタンなど)に共通すること
として、貨車1両あたりの年間輸送量が高く、輸送効率が良いことが挙げられる。その他にも、高い運行頻度や支
出のうち人件費の占める割合が低いことが、経営状態に好影響を与えている。
輸送運営面でのもう一つの成功要因として、民営化による輸送状況の改善がある。ブラジル(効率国①)では
財政危機を契機として全面的に鉄道が民営化され、コンセッション方式によって運営されている。各路線は鉱物
資源採掘会社(Vale社)や農作物生産会社(Cosan社)など特定の企業が運営しており、自社の製品を優先的もし
くは独占的に輸送している。また、ブラジルでは多くの港湾も民営化されており、Vale社やALL社などの民間企
業が鉄道だけでなく港湾も運営している。鉄道と港湾の接続性を高めるインターモーダル輸送能力の向上が民間
主導で進み、輸送効率が改善され、輸送量増加につながっている。ルーマニア(効率国②)では、同国の港湾貨
物の大部分を扱うコンスタンツァ港に鉄道貨物ターミナルが設けられており、鉄道との接続性が良い。これが鉄
道貨物輸送量に好影響を与えている。
輸送運営面での失敗要因として、維持管理不足による線路、駅、車両などの鉄道インフラ設備の状態悪化が、
輸送容量低下や品質劣化を引き起こしている。それにより、鉄道の貨物輸送手段としての信頼が失われ、輸送量
が減少する傾向が多くの失敗国に見られる。
次に政策面から分析する。成功国、失敗国を問わず、多くの開発途上国では植民地時代に宗主国によって鉄道
線路網が整備された。その後、独立後に一定の期間を経て、鉄道インフラ設備の品質が劣化していった。その要
因として、技術的に鉄道インフラ設備の維持管理が困難であったことが挙げられる。しかし、インドやブラジル
のような成功国では、鉄道輸送を重視した政策転換や民営化によって鉄道分野へ多額の投資を行い、輸送量を増
やしている。
失敗要因は大きく分けて二つある。一つは、鉄道輸送と道路輸送の競争に起因したものである。パキスタン(非
効率国①)
、チリ、ボリビア(以上、非効率国②)では、道路と鉄道に対する予算配分に大きな差があり、鉄道イ
ンフラ設備の維持管理に必要な費用捻出が困難なことが、両インフラの品質の差につながっている。また、チリ
では、
道路貨物輸送に対する最大積載量規制の緩和や輸送業者の新規参入制限緩和により道路輸送料金が低下し、
公平な競争環境ではないことも失敗要因になっている。鉱物資源が豊富なペルー(非効率国②)には鉄道貨物輸
62
送の潜在需要があるものの、鉄道が道路に代わる貨物輸送手段として見なされずに国の政策でも考慮されていな
いため、鉄道網の発達が遅れている。
もう一つは、政府による鉄道貨物輸送の位置付けである。貨物専用鉄道を整備したヨルダン(効率国①)とは
対照的に、
多くの開発途上国で貨物輸送と旅客輸送は同じ線路が使用されており、
かつ単線の占める割合が高い。
そのため、旅客輸送の割合に貨物輸送が影響を受ける。例えば、南アジア地域のパキスタン、バングラデシュ、
スリランカ(以上、非効率国①)は旅客輸送割合が8割を超え、貨物輸送の利用機会は必然的に減少し、輸送効
率も悪い。これは、政府が旅客輸送の運賃を低く抑え、貨物輸送の料金を高く設定することで、鉄道による旅客
輸送を促進しているためである。また、旅客輸送は貨物輸送と比較して低収益のため、旅客輸送割合の高い国で
は鉄道事業から得られる収益が少なく、維持管理費用などを捻出できずにインフラ設備の状態が悪化する傾向に
ある。
地理的要因では、隣国との接続性、越境抵抗の大きさが影響している。バルト3国のラトビア(効率国①)は、
輸出入時における港湾費用と内陸輸送費用が周辺国と比較して低く、内陸国からの輸出入経路として利用されや
すい。その結果、他国の輸送需要を取り込んでラトビア国内の輸送量が増え、輸送効率が高くなっている。また、
東アフリカで国境を接しているケニアとウガンダは、貿易協定締結により越境抵抗が小さい。沿岸国を跨ぐ輸送
は距離が長くなるため、内陸国であるウガンダ(効率国①)では、ケニアとの貿易やケニアのモンバサ港を通じ
た国際貿易で鉄道が利用されている。逆に、同じく内陸国であるアルメニア(非効率国②)では、隣国のうちグ
ルジアを除き、イラン、トルコ、アゼルバイジャンと線路は接続しているが、外交的理由やゲージサイズの相違
により貿易経路として利用されておらず、輸送量が少ない。
4.4 鉄道貨物輸送の好循環と悪循環
鉄道貨物輸送が効率的なインド、ブラジル、ラトビア(以上、効率国①)やルーマニア(効率国②)などは、
道路整備への優先投資や財政悪化による鉄道予算減少のため、鉄道インフラ設備の状態が悪化していた時期があ
る。
しかし、
政府の政策転換による鉄道への予算配分増加や民営化による資本投入などにより資金不足を解消し、
劣化した設備を改善している。また、鉄道と港湾との接続性強化によるインターモーダル輸送を積極的に進め、
鉱物資源以外の一般貨物輸送量を増加させている。それにより収入が増え、さらなる設備投資による輸送容量の
増加に成功している。その結果として鉄道の貨物輸送手段としての重要性が高まり、輸送量が増加するという好
循環につながっている。
サブサハラアフリカ諸国やパキスタンなど過去に植民地支配にあった非効率国では、独立後に資金不足から鉄
道インフラ設備の維持が満足にできず状態が悪化したことに加え、道路輸送の優遇策により鉄道貨物輸送量が減
少した。それにより収益が悪化し輸送料金を値上げせざるを得なくなり、道路輸送へのシフトを誘発した。その
結果さらに輸送量減少を招き、鉄道インフラ設備の品質が著しく劣化するという悪循環に陥っている。
5.結論
本研究では、開発途上国における鉄道貨物輸送実態の国際比較分析を実施し、その効率性に対する成功要因と
失敗要因を明らかにした。開発途上国では、地域を問わず、多くの国で鉄道インフラ設備の老朽化という共通の
課題を抱えている。しかし、本研究の分析結果が示すように同じ地域内でも差が見られ、各国の鉄道貨物に対す
る政策の違いが輸送効率性に影響している。鉱物資源が豊富に存在するわけではなく、国土も広くない国が鉄道
貨物輸送を成長させるには、貨物輸送の一部としての鉄道の位置づけを明確にする必要がある。他の貨物輸送手
段との接続性を強化し、港湾や国境周辺も含めた貨物輸送関連インフラを包括的に整備することで、鉄道貨物輸
送の効率性は向上する。鉱物資源の少ない先進国では、費用面で他の輸送手段との競合を可能とするために上下
分離し、インフラ整備は政府による補助、また運行は民間事業者の参入を認めることで、事業者間の競争を促す
ケースがある(Resor and Laird 2013)。開発途上国でもこうしたスキームを考えていく必要があるだろう。
今後の課題として、DEAによる効率性評価のため、本研究で用いることのできなかった入力項目や出力項目の
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データ入手が挙げられる。特に出力項目は1つであることから、収益などの経営指数を加えることが望ましい。
また、隣接する港湾の容量や運営能力が鉄道貨物輸送量に影響を与えていると考えられることから、これらの要
因も考慮して分析する必要がある。
付録
表4 鉄道貨物輸送があるもののデータ不足のため DEA 分析の対象外とした開発途上国
地域
サブサハラアフリカ地域
東アジア・大洋州地域
東ヨーロッパ・中央アジア地域
中東・北アフリカ地域
国名
コンゴ民主共和国、コンゴ共和国、エチオピア、ガボン、マラウイ、モーリタニア、セネガル、スー
ダン、ジンバブエ
カンボジア、ミャンマー
ベラルーシ、マケドニア、セルビア、スロバキア、トルクメニスタン、ウズベキスタン
イラク、モロッコ
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