特集 学生の研究活動報告−国内学会大会・国際会議参加記 10 アメリカ音響学会に参加して 一 瀬 護 Mamoru ICHISE 情報メディア学専攻修士課程 1年 り独学で学んだりする複数の方法があるが,一般的 1.はじめに に,効果的な練習方法はまだ確立されていない.ピ 2008 年 11 月 10 日から 2008 年 11 月 14 日にフロ アノであれば,バイエルなど広く使われている教則 リダで行なわれたアメリカ音響学会(Acoustical So- 本があるが,ピア以外のギターやドラムスなどは, ciety of America, ASA)に参加した.アメリカ音響 各社が個別に出しているテキストを用いて練習をし 学会は日本音響学会のアメリカ版というべきもの ている現状がある.また,専門家のアドバイスには で,日本音響学会とも交流が盛んである.ここで 双方向のやり取りが行なえる利点があり,奏者ごと は,“音”をテーマに複数のセッションから多様な に有効と思われる個別のアドバイスをしてくれる 発表が盛んに行なわれており,今回,“Constructing が,テキストのみの練習方法ではこういったアドバ an integrated system for the practice of playing the gui- イスを受けることが困難である. tar”と題して口頭発表を行ったため,発表内容を 報告する. このような問題に対し本研究では,解決する手段 の 1 つとして,習得したい楽器にギターを選択し, ギターのコード演奏を対象とした楽器練習支援シス 2.フロリダ州 テムを構築した.提案システムは,楽器の演奏状態 フロリダは,アメリカ東海岸に位置する,気候が を構成する音高,音圧,発音持続時間などの各要素 温暖な州のひとつで,マイアミビーチやケネディ宇 を数値と画像によって視覚表示する.視覚化には練 宙センターなど有数の観光地として知られている. 習支援に必要な情報のみを選択し,奏者に適した形 今回は 11 月であったため,時期的に海水浴をする で表現を行なえるように考慮した. には厳しいが,それでも気温は 17 度から 27 度と日 また,練習課題として楽曲を指定することによ 本にくらべて高く,アメリカ国内外からの観光客で り,楽曲のコード(和音)と指板上での押弦位置を 賑わっていた.発表会場があるマイアミ市での生活 奏者に提示する.押弦位置の提示には,コードと押 は,交通手段として自動車が多く,自転車や原付, 弦位置の対応表を予め用意して決定する手法と,学 電車といった日本でよく使われているものは殆ど見 習者が楽器演奏に対して困難性を生じた場合に,学 かけることがなかった. 習者にとって容易な押弦位置を計算によって決定す る手法の 2 通りを備えている.演奏状態の視覚フィ 3.研究概要 ードバックおよび容易な押弦位置の提示により,練 学会では,効果的な楽器練習支援方法を提案する ことを目的とした,ギター対象の楽器練習支援シス テムの構築について発表を行った. 習課題の困難性を軽減し,ギターの基礎的な演奏技 能を向上させると考えられる. 最後に,実際にギター奏者に使用させることで, 楽器練習支援には,専門家のアドバイスを受けた システムの有用性を確認した. ―8 3― 形の幅を最大値とし,現在の値まで内枠を塗りつぶ 4.提案システム 4. 1 すことにより表示する方法が挙げられる.これは 演奏状態の視覚化の困難性 GUI において「プログレスバー」や「プログレス 楽器の演奏は音色,音高,音圧,発音持続時間な メーター」と呼ばれている.本研究では,視覚表示 ど複数の要素から構成されている.これらの要素の を行なう要素として「弦番号」「音圧」「音高」を選 中から,練習支援に必要な情報のみを選択し,奏者 択し,1 つの弦に対し 1 つのプログレスバーを割り に適した形で表現を行なうにはいくつかの問題が生 当て,弦ごとの音圧を表示している. じる.例えば,演奏情報を全て文字列として視覚化 した場合,奏者はどの情報が重要であるかの判断が 4. 3 コードの押弦位置決定の困難性と押弦位置の 決定手法 できず,重要であるはずの情報を見逃す危険性があ る.また,視覚化における制約として,人間の視覚 ギターは,その構造上の特長から,一つの音高に 範囲及び認識できる数には限界があり,記号化した 対して複数の押弦位置が指板上に存在するため,同 演奏情報を全て表示したのでは認知しきれない.こ 一の楽曲であっても複数の運指および押弦位置が存 のことから,ある基準に従って奏者に提示する情報 在することになる.これは,練習支援を行なう上で を選別する必要性が生じてくる.本研究では,ギタ 重要な要素となり,奏者に押弦位置を指示する際, ーの練習支援として,演奏誤り箇所を反復練習する その指示内容によって奏者の楽曲に対する難易度が 際に,正否の判断基準要素となる振動している弦番 大きく変化する可能性を示している.難易度の低 号とその音高を視覚化すべき情報として用いてい い,つまり運指を含む容易な押弦位置を提示するこ る. とが可能になれば,奏者の楽器練習に対する敷居を 下げる事に繋がり得る.容易な押弦位置を探索する 4. 2 視覚表示の手法 場合,ある程度,芸術的要請を犠牲にしても技術的 視覚表示の方法には,最も単純な手法として記号 制約の低い押弦位置を見つけ出すことが重要となっ 化された情報を文字列としてそのまま表示するもの てくる.この探索を行なうために,本研究では先行 が挙げられる.しかし,奏者は演奏を行ないながら 研究である最適コードフォームの検索を行なう 文字列を目で追い続けるという動作が必要となるた 「YG」を用いることにより,容易な押弦位置を決定 め,ユーザビリティの視点から考えると奏者にとっ し奏者に提示している. て好ましくない.この状況を回避するため,視覚表 示の方法として記号化された演奏情報を画像によっ 4. 4 演奏と練習曲のマッチング手法について て表現する手法が考えられる.この方法では,配置 練習支援を行なうにあたって,課題となる楽曲を する画像の大きさ,位置,色,形状などによって多 奏者に提示し,奏者の演奏が課題曲に沿って正確に 彩な表現が可能であり,瞬時的な視認の難易度を下 演奏できているかを判断することは必要不可欠な要 げる効果にも繋がる. 素である.これを実現するためには,課題曲と奏者 画像を用いた視覚表示の手法では,その多彩な表現 の演奏から音楽的構造を考慮した上で必要な構成音 方法の選択肢の多さにベストと言える選択を決定し を取り出しマッチングを行なう必要がある.本研究 位置づける事は困難であるが,一般的に用いられて では,コード単位での正否判断を行なうために,奏 いる表示方法を選択することにより,偏りのない安 者が 1 つのコードを入力し終わってからマッチング 定した視認結果を得ることが出来る.主な例とし を行なう.課題となる楽曲は XF フォーマットに準 て,数値の大小を画像によって表示する場合,四角 じた SMF を指定するが,SMF には押弦位置情報が ― 84 ― 案システムを使用してもらい,評価実験を行なっ た.実験は 1 人の被験者に対し複数の練習手法を使 って楽曲を練習してもらい,練習手法ごとの演奏時 における押弦誤り回数を記録した.結果として,被 験者によって効果に差が生じるものの,演奏の視覚 化がギターの押弦位置の練習に有効であることが認 められた. 5.発表について 今回は初めての海外発表であり,ある程度予想で 図1 きたように英語での会話が大変だった.始めは,ポ 提案システムの外観 スターでの発表を希望していたが,対象となるセッ 記録されていないため,記録されているコード名か ションの人数が少なく,ポスターを行なえるほどの ら押弦位置を決定する必要がある.押弦位置の決定 規模でなかったため口頭発表をすることになった. には,あらかじめコード名と押弦位置が 1 対 1 で記 口頭発表はあらかじめ話す内容を決めておけばいい 録されたテーブルまたは YG を使って求める.奏 反面,質疑応答で予想も出来ない質問に答えなけれ 者がコード演奏すると,あらかじめ求めた押弦位置 ばならない状況もあるため,かなり不安な状況だっ と演奏された押弦位置を 1 弦ずつ比較し,6 弦すべ た.発表形式自体は国内の発表とそれほど変わると てにおいて一致していればマッチング成功としてい ころがなく,発表するセッションの開始前に chair- る. person に簡単な挨拶をしておくぐらいで,思ったほ ど緊張はしなかった.結果的に,発表は用意してい 4. 5 システム構成 た PC がプロジェクターに接続できないなどの機材 提案システムは Windows 環境下で動作するアプ リケーションとして実装され.開発環境下(Fujitsu 社 FMVW 72 H 011)での動作時において 70 fps 前後の処理速度が得られた.提案システムの内部構 トラブルがあったが周囲のサポートもあって無事に 終わることが出来たため,良かったと思う. 6.おわりに 造は役割ごとに大別して 5 つのパートから構築され はじめてのことが多く,どうしていいか分からな ている.楽器の演奏パラメータをリアルタイムに描 い状況がたくさんあり大変だった.ただ,こういう 画するため,高速な画面描画が可能な API である 経験はたぶんなかなか出来ないものだと思うため, DirectX を用い,楽器の演奏パラメータのやり取り もし機会があれば参加すれば面白いと感じる.特 には MIDI を用いて実装した. に,現地の人とのやり取りや知識でしか知らない場 所を実際に訪れることが出来るのは結構貴重だと思 4. 6 評価実験 うので,多少大変でも挑戦するといいかもしれな 5 人のアマチュアのギター奏者(P 1∼P 5)に提 い. ― 85 ―
© Copyright 2024 Paperzz