2005.1.19 邦楽と流派 日本にはさまざまな伝統音楽があり、それを意味する「邦楽」とは「本邦(わが国 という意味)の音楽」「近世邦楽」を略した呼称とされる。広義には雅楽や声明な どの古代の音楽、能狂言や平家琵琶などの中世の音楽も含むが、一般的には江戸時 代以降に生まれた、三味線による音楽、箏による音楽、尺八による音楽、琵琶によ る音楽などを指す。 こうした音楽文化はその時々の時代の庇護者によって守られてきた。例えば、雅楽 は宮中や寺社仏閣によって、能楽や平家琵琶あるいは琵琶楽や尺八楽は武士(明治 以降は上流市民)によって、三味線音楽は江戸市民(明治以降は一般市民)によっ て、である。成立した時代や支持者によって、音楽表現の好みが異なったことも、 日本でさまざまな芸能が平行して存続してきた理由のひとつと言える。 三味線音楽の分類と流れ 一口に三味線音楽といっても、そこには多くの流派が存在する。その流派にもさま ざまな分け方があるが、これを「その音楽がどのような場で演奏されるのか」とい う観点で分類したのが【表1】である。劇場音楽(歌舞伎で演奏される音楽か、人 形芝居で演奏される音楽かで異る)、非劇場音楽(純演奏を楽しむ音楽)、その他 労働の場で歌われた音楽などに分けることができるが、最初は劇場音楽であったも のが、時代が経つにしたがって活躍の場を非劇場に移したものも多いので注意する 必要がある。 また、三味線音楽は、16世紀半ばに三味線が中国から琉球を経て日本に輸入される 以前にあった芸能(例えば「浄瑠璃」「流行り歌」など)と同じ祖先をもつ一族か ら独立分派した、血縁関係がある音楽として整理することもできる【表2】。もと もと血縁関係なので、曲調などは似ているが、その音楽の支持層の嗜好にあうよう に表現を変えていった結果、微妙な違いが生じ、今では専門家にしかわからない程 度のわずかな違いがそれぞれの流派のアイデンティティになっている。 ちなみに「流派」という言葉は、【表1】や【表2】で示した名称を「流」とする と、同じ流の中に複数の家元がいる場合、その家元に率いられている小グループを 「派」と呼んで使い分けをしている。 演目(曲目)の違い 三味線にしろ箏曲にしろ、たくさんの流派があり、例えば有名な『春の海』という 曲を習いたくて箏を習い始めたが、習った流派のレパートリーの曲ではなかったた め習えなかった、という笑えない話を時々耳にする。また、新曲の場合も、西洋音 楽と違い、その曲を外部の作曲家に委嘱した流派、あるいは作曲した演奏家の系統 以外の流派では演奏できない、ということも多い。 つまり、有名な曲でも、その曲をレパートリーとしている流派はひとつしかなく、 同じ名前の曲があったとしても内容は別の曲であることがほとんど。演奏家自身に ついても、二流派以上を掛け持ちしている人はほとんどいないため、例えば長唄の 「越後獅子」と津軽三味線の両方ができる演奏家は希有である。 演奏形態の違い 音楽によって目的が異るため、自ずと演奏形態も異なる。例えば「長唄」の場合 は、歌舞伎を上演する際に劇場専属の音楽として舞踊の伴奏やBGM用の音楽として 発達してきた。歌舞伎は中世に出来た能狂言の演出を取り入れており、能狂言で用 いる囃子(笛、大鼓、小鼓、太鼓)も音楽として採用しているので、長唄では歌と 三味線のほかに囃子も取り込んで演奏される。つまり、長唄の場合だけ、舞台でこ の三者が同時に出演し、他の三味線音楽では歌と三味線の二職で演奏が行われる。 また、歌と三味線の出演人数も流派で違いがある。 劇場音楽に分類される三味線音楽では、「役者と違う世界」で演奏するという意味 で、舞台上に演奏用の台を別に組んでその上で演奏を行なう。こうした演奏形態 は、演奏会の時にも踏襲されている。それに対して地歌箏曲や琵琶楽は、元来室内 楽として畳の上で行われていたものなので、演奏会の時には舞台に直接(あるいは 薄い台……所作台を置き)座って演奏する。邦楽にはこのような過去の演奏形態に 基づく演出の約束事というものが存在する。逆にこうした約束事や見台(譜面台) の形状の違いで、現在行われている音楽を見分けることもできる。 【表1】 ©So Sugiura 【表2】 ©So Sugiura 図表の見方 系統図の中で実線で結んであるものが直接の親子関係、点線で結んであるものがルーツ。名前が書 いてあるものは全て現存する流派。なお、「うたいもの」と「語りもの」は歴史的な視点による ジャンルわけで、内容による分類ではない。語りものの中の浄瑠璃は、三味線と結合して以来、 江戸前期に次々と分派していったため、たくさんの流派がある。
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