1 北九州市における病診連携 診診連携の実情と未来 宇野 卓也

北九州市における病診連携 診診連携の実情と未来
宇野
卓也(北九州青年医師の会代表幹事 あだち宇野内科クリニック院長)
はじめに
北九州市における病診連携 診診連携の実情と今後の展望を語る前に、病診連携 診診連
携の背景にある医療経済的側面と医学的側面を今一度考えてみよう。厚生労働省は、ここ
10年来病院の機能別評価を進めてきた。主として先進医療を担当する大学病院などの病
院群、一般病院、療養型病床群など老人医療を担当する病院がそれである。これらは病院
を十把ひとからげにするのではなく、其々のもつ医療機能を評価してそれに適した診療報
酬を保証するとともに、それと引き換えに其々に医師やパラメディカルの人員基準や施設
基準を求めるものである。このような厚生労働省の施策により従来から朧げながらあった
病院の個性はより一層画然と整理され、それらの病院の連携相手である診療所からみても、
より明確に病院の種別や性格が識別できるようになったのである。さらに厚生労働省は、
この十数年来の患者の大病院志向とそれによる病院機能の非効率利用、医療資源の濫用に
よる医療費の高騰を是正すべく、紹介率などの指標を作り、大病院の外来機能を縮小させ、
外来通院患者の診療所へのシフトを促進させる経済誘導を行ってきた。このような厚生労
働省の医療経済的な施策が効を奏して近年、病院は生き残りをかけて病診連携を真剣に模
索してきたのである。診療所の信頼を得て患者を紹介してもらい、然るべき検査や治療を
施して外来通院可能になった時点で速やかに返書を添えて紹介元の診療所に患者を戻し、
病状の悪化した際などに気軽にまた紹介してもらうという良循環を出来るだけ数多く病院
の診療圏の中に完成させることが今後の病院経営を考えるとき喫緊の課題となってきてい
るのである。残されたパイは多くはない。このような経緯のなかで近年、大病院を中心に
診療連携室や病診連携室と銘打って円滑な病診連携を専門に扱う部署の設置が陸続と続い
ている。今や病診連携の強化は、病院の側からみると経営的側面で最重点課題といえよう。
一方、医学的側面を考えると、現代医学の進歩は医学の各分野の専門性を強化し、医用
工学など医療周辺技術は、特に画像診断などで長足の進歩を遂げ、高額医療機器の導入を
促進させた。医療訴訟、医事紛争の激増とも相俟って診療所といえどもそこそこの診断技
術、治療技術で許される時代ではなく、医療の質の向上は診療所にとっては死活問題であ
り、地域住民に信頼されている優れた病院を連携先として確保しておくことは、医療の質
を担保する上で最重点課題といえよう。診療所側のこの背景には、近年の開業医師の高齢
化により開業医の世代交代が加速度的に進みつつあることも見逃せない。すなわち、大学
病院や総合病院に勤務していた若手開業医師の診療スタイルでは、診療所では賄えない高
額医療機器や先端治療技術が必須であり、地域の大病院との密接な連携は単に入院治療の
ためだけではなく、診断と治療全般に亘って欠くべからざるものとなっているからである。
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北九州市における病診連携の実情
北九州市は、昭和 38 年に小倉、若松、門司、八幡、戸畑の旧 5 市が合併して生まれた
政令指定都市である。旧市時代に 5 市それぞれにあった市立病院が、一部は廃院の予定に
なってはいるものの、その後も現在まで統廃合されることなく存続し、その他に労働福祉
事業団傘下の九州労災病院、門司労災病院、さらに九州厚生年金病院、社会保険小倉記念
病院、済生会八幡病院、海員保険液済会病院、産業医科大学病院などの大病院群のほか、
私的病院でも大病院、中小病院が多数あり、有数の大病院密集地域として知られるところ
である。こうした状況により、患者や診療所側から見ると診療各科の専門家が市内に揃っ
ており、どのような疾患にも最高のレベルで対応してもらえるという恵まれた病診連携の
環境がある反面、病院側から見ると、病診連携のなかで自院の病診連携における個性と他
病院との差別化をどう打ち出してゆくかに腐心するところでもある。
ここでは、社会保険小倉記念病院の例を挙げよう。小倉記念病院は、総合病院であるが、
なかでも延吉正清部長率いる心臓病センターは冠動脈インターベンションでは世界的に有
名な施設で PTCA の症例数は世界一であり、国内外からの医師も多数研修している。循環
器系疾患の紹介率は85%程度と非常に高率で、地域住民、開業医師、他病院勤務医師の
信頼も特別に厚いが、病診連携という言葉が巷間これほど一般的になる以前より紹介患者
に対する極めて詳細な返書と懇切な対応で知られていた。同病院はまた、北九州市におけ
る診療連携室の設置病院の嚆矢でもあり、婦長1名、専任事務 2 名、MSW2 名の5名専任
体制と市内最大規模の陣容で運営し、医療相談室も併設している。紹介医は予め紹介患者
の保険証番号などカルテの表書き部分を診療連携室あてにファックスしておくことで紹介
患者は、病院到着時には既にカルテができており、直ちに紹介先の科に待ち時間なく誘導
される体制となっている。返書の元本は、郵送または患者自身が紹介元の診療所に持参す
るが、それに先立ち、返書のファックスが診療連携室より紹介元診療所に直送され、診療
所医師が逸早く結果を知ることが出来るシステムとなっている。さらに診療連携室では、
主治医から紹介医へ確実に返書が書かれているかがチェックされ、連携医師へのアンケー
ト調査などを通じて常に問題点をモニターして連携の改善にフィードバックされる体制が
とられている。転院時の調整や介護福祉との連携も主要任務のひとつで、ここに MSW が
大きな役割を果たしている。冠動脈インターベンションなどは、返書のみならず冠動脈造
影のビデオテープやプリントアウトなども添付されるなど、まるごとお任せではなく、診
療所医師とともに一人の患者を診てゆこうという真の意味での病診連携に対する真摯な姿
勢が窺われる。同院の診療連携誌『はんず』の名称にも病院と診療所が手を取り合って患
者を診てゆくという同院のポリシーが窺われて興味深い。小倉記念病院は自己完結型医療
から地域完結型医療への転換をまさしく今、見事に達成しつつあるのである。同院の病診
連携の手法は、コンベンショナルなものではあるが、病院全体が強いリーダーシップのも
とで職員全員に病診連携の思想が浸透すると特別に新奇な手法を用いなくても非常にレベ
ルの高い病診連携が可能であることの好個の一例である。同院の診療連携室に倣い、市内
の大病院に同様に診療連携室が出来つつあることは前述のとおりである。
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病診連携 診診連携への新たな試み
A 病院
診療連携室
C 診療所
K-NET による
病診・診診連携システム
小倉医師会 K-NET
診療連携室機能
B 病院
診療連携室
D 診療所
図2
図は、現在、小倉医師会が取り組んでいる病診連携、診診連携のための診療連携システ
ム(K-NET)の概念図である。前述したとおり、病院経営上からも外来患者を診療所へシ
フトしてゆくとともに紹介率を高める必要がある現状では、病院側から病状の安定した外
来通院患者を診療所に逆紹介する際には、診療所の情報は必須のものとなる。すなわち、
診療所の所在地、診療時間などの基本的な情報は勿論のこと、診療所医師の専門科や所属
学会、年齢、往診の可否、入院設備の有無、各種保険の取り扱い、所在地地図などの詳細
情報が求められているのである。これまで、ともすれば医療機関に求められる情報と言え
ば、とりもなおさず病院のそれと思われがちだったが、病院勤務医からみて診療情報が公
開され、安心して逆紹介のできる診療所が今、求められているのである。とくに、大学か
らの短期の出向で病院勤務をしているケースなどは、地域の開業医の顔も診療情報も全く
知らぬまま、紹介状のやりとりだけで終わる場合がほとんどと言ってよい。一方通行でな
い、紹介と逆紹介による双方向の真の病診連携を構築する上では、病院情報とともに診療
所情報は欠かせない要件となる。幸い当地では、各病院が診療所医師を招いての症例検討
会や講習会が多数開催され、勤務医と開業医師の「顔の見える連携」の機会は数多くある。
K-NET は、小倉医師会所属の全会員医療機関を以って一つの総合病院と見立てた際に、そ
の診療連携室の中核となって働くシステムであり、対外的には病診連携システムとして、
また、内部的には診診連携システムとして機能し、「顔の見える連携」をバックグラウンド
で補完する機能を果たすことを目指すものである。K-NET では、リレーショナルデータベ
ースを使って小倉医師会所属の全医療機関の情報、主要連携病院の診療情報および勤務医
師の個人情報を一元的に管理し、一般公開情報と、パスワードで保護された会員情報を区
別して小倉医師会 HP 上で公開するほか、市民や医療機関の求めに応じて適切な情報を瞬
時に検索し、口頭、文書、ファックス、E-mail などあらゆる媒体を使って情報公開に供し
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ようとするものである。
この K-NET の構築と並行するかたちで小倉医師会では現在、合馬副会長、梅谷担当理事
のもと、会員有志や産業医科大学八幡勝也先生の協力を得て医師会内の事務部門と各事業
部門さらに会員も含めてのイントラネットを構築し、グループウェアを利用して掲示板や
会員の出務・講演会・医師会行事のスケジュール表示、健診の受付、膨大な文書の管理、
さらには会員から画像を含む症例を提示してもらって WEB 上で公開討議できるヴァーチ
ャルカンファレンスなどさまざまな機能をもつ総合的なネットワークシステムを鋭意構築
中である。
病診連携と並んで忘れてはならないのが病病連携、診診連携である。前述したように病
院間の特性が明確になってくると、循環器疾患に特色のある病院、救急医療を得意とする
病院、整形外科の専門病院、透析専門病院などと、各病院の機能分担が明確となり、当然、
病病連携も必要となってくるし、診療所においても最近、特に若手の専門医の独立開業に
伴い、専門性を持った診療所が増加している。病診連携に加えて確実に、病病連携、診診
連携もさらに強化される土壌が醸成されつつあるのである。K-NET は、クローズドシステ
ムではなく、病院、診療所を横断的に網羅するシステムで今後、これら各種の連携の態様
に柔軟に対応してゆくことが期待される。
健診における連携システム
北九州マルチメディア職域・地域一体健康管理システム
K-NET が診療部門における連携システムの中核であるのに対し、小倉医師会は、通産省
の情報処理振興事業協会より事業費の支援を、また、医療情報システム開発センターより
技術支援を得て、梅谷敬哲常任理事のもと健診領域における病診連携システムの実証実験
を平成 11 年 12 月より平成 12 年 9 月まで実施し、成功裏に終了したので概要をご紹介しよ
う。総事業費は、2 億 8 千万円、参加医療機関は 42 診療所、参加企業 16 社、参加被験者
総数 2500 名である。現在、労働安全衛生法のもとで実施されている事業所健診は労働者の
約 90%が受診する重要な健康管理資産であり、受診者の約 40%に何らかの異常所見が指摘
されている。今回の実証実験の仕組みはこうだ。まず、小倉医師会健診センターに事業所
健診を委託している事業所の健診情報をテキストデータ、画像データともにデータベース
化し、小倉医師会内のサーバーに情報を保管する。有所見者には、予め配布している磁気
カード(カードは本人を特定するためのキーで健診情報は含まれていない。
)を持参して実
証実験参加診療所を受診してもらう。参加診療所は、磁気カードリーダーにより被験者情
報を得てデータセンターを呼び出し、WEB サーバー経由で胸部 X 線写真や胃透視写真、心
電図、血液生化学検査所見、検尿、身体測定所見などを閲覧(もしくはプリントアウト)
し、診療所での再検・精検結果を入力して再びデータセンターに送信する。さらに精密検
査を要する被験者については、地域中核医療機関である北九州市立医療センターに紹介し、
同院での CT 画像などの画像データや診断所見等は、再び小倉医師会のデータベースに送信
され、被験者の再検、精検所見も含めて全ての健診情報をデータセンターで一元的に管理
するシステムである。このシステムの目的は、健診領域で病診連携を図りつつ、被験者の
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健康増進に寄与することであるが、結果的には医療情報の共有化により医療資源の節約も
達成されることになる。
統合的システム作りとマンパワーの育成
小倉医師会には、事業部門として臨床検査センターがあり、岸川央担当理事のもと電話
回線を介して直接、検査センターのサーバーより会員診療所の PC にデータを送信する検査
データの通信システムが構築され現在稼動中であるが、最終的には、それぞれが独立して
動く K-NET やマルチメディア職域・地域一体健康管理システム、さらには電子カルテシス
テムや医事会計システムと統合されることが目標となろう。
ただコンベンショナルな連携システムと違って、このようなIT関連の連携システムを
構築してゆく際に、現実的な隘路となるのが医師会内のデータベースセンター職員、事務
職員、臨床検査センター職員、医療機関の医師、パラメディカル、クラークなどをも含め
たマンパワーの問題であり、いくらハードやソフトのインフラを整備してもデータの供給
側、利用側の、とくに PC 関連のスキルが、ある程度は要求されざるを得ない。小倉医師会
では、中村定敏会長のもと、こうしたマンパワーの問題に対処するため、ITインフラの
整備と並行する形で 3 年前より医師会員、および会員医療機関の職員、家族を対象として
『パソコン面白塾』を開講している。ビギナーコース、ワード応用コース、エクセルコー
スなど WINDOWS 用のソフトを教材に使用して PC の基本的な扱いを 2 ヶ月間のコースで
教習し、医療ネットワークの受け皿作りを行ってきたのである。極めて低廉な受講料(500
円/2 ヶ月!!)と懇切丁寧な指導により受講者は急増し、開業医療機関のみならず病院職員の
受講者も多く、医療機関内のマンパワーの育成は順調に進行中である。
北九州市医師会の医療情報ネットワークシステム
前述した小倉医師会の K-NET に加えて各区の医師会でもホームページで医療機関や
市民向けに各種の情報を公開しているが、北九州市には白石公彦理事のもと、市内全域を
網羅する医療機関情報検索システムがその構築に向けて着々と準備が進んでいる。これは、
北九州市内全域の開業医師、
勤務医師を合わせ都合 1800 名あまりの医師について医師単位、
医療機関単位での情報検索システムを整備するという壮大な計画である。データベースで
管理される情報は詳細を極め、公開レベルに応じて市民用と医師・医療機関用とが区別さ
れるが、何れも北九州市医師会および各区医師会のホームページからアクセスできるとと
もに携帯電話の i- mode でも利用可能である。このシステムが稼働すれば病診連携・診診
連携・病病連携のいずれの連携にも格段の利便性の向上が約束されることは確実である。
ついこの前まで ISDN でのダイヤルアップ接続が大半であった接続形態が、ISDN の常
時接続を経て、現在では ADSL による常時接続へと移行しつつある。接続料金も急速に下
がってきた。光ケーブルによる常時接続の普及も従来の予想よりかなり早い見込みだ。画
像を含む膨大な情報もほとんど瞬時にダウンロードされTVで見られるようになる。イン
ターネットの閲覧などテレビのチャンネルが増えたようなものとなる。市医師会の情報シ
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ステムはすぐに市民にとっても医療機関にとっても不可欠のものとなるだろう。白石担当
理事をはじめとする関係の方々のご努力を多としたい。
北九州市医師会への提言
ただ、ここで一つ提案がある。ITに逆行することを言うようだが、人間はモニターの
上で画像を見るのは得意だが、モニターの上で細かい文字を見るのは案外苦手なものだ。
携帯電話でのメールに慣れた子供にはまだしも年寄りにはつらい。電子ブックが普及しな
いのをみてもそれはわかる。ITの進歩はドッグイヤーといわれるが、人間の視機能の進
歩はそうはいかない。このあたりを誤解すると形だけIT化したように見えて却って不便
になるという、IT初心者の陥りやすい陥穽に見事にはまることになる。私は将来、新聞
が無くなるのではないかと思っていたが、そうでもなさそうだとこの頃は思うようになっ
た。昔は事務の OA 化がペーパーレスを促進し、紙の使用量が激減すると言われたものだ
が事実はまったく逆だった。紙の情報はやはり強い。印刷物は使い勝手がよいのである。
そこで医療機関情報、健康関連情報のみを網羅したイエローページを作ろうというのであ
る。もちろん厚さはないが、紙質やサイズは NTT のタウンページと同じでよい。北九州市
のHPをみると北九州市の全世帯数は41万世帯足らず(平成12年度速報値)とある。 こ
の全世帯と公共施設に医療機関情報や介護福祉施設情報、医療福祉関連公共機関情報、健
康情報などを満載したメディカルイエローページを無料配布するのである。住所からでも
校区からでも科目でも 50 音順でも時間帯でも、どんな検索の仕方でも目的の施設を簡単に
見つけられる。一家に一冊、かならずや健康のバイブルとなり重宝する。毎年1回改訂版
を発行する。市内全域を網羅した公共の冊子だ、配布は市政だよりと同じルートが許され
るだろう。市の予算もつくかもしれないし、つかぬつけぬというのなら自腹を切っても医
療福祉関係企業の協賛を得てもいいだろう、いずれ大した額ではない。それと引き換えに、
各医療機関、介護福祉施設は電話帳広告、新聞広告、電柱広告など、ありとあらゆる広告
媒体への支出から解放される。これは大きい。単なる電話帳ではない、データベースの市
民向け公開レベルの各医療機関、施設情報が掲載された本当に使えるイエローページだ。
『北九州市医師会メディカルイエローページ』 − 医師会員にとっても市民にとってもこ
れほど役に立つ企画はない、これほど解りやすい形で北九州市医師会を市民にアピールで
きる企画はない。こんなことを言いたくはないが、これは医師会入会への大きなインセン
ティブともなるだろう。
このメディカルイエローページの版下作りに北九州市医師会の医療機関情報検索システ
ムを使おうという訳である。データベースのレポートフォーマットのひとつをメディカル
イエローページ向けに設定しておけば全くの手間いらずだ。これを PDF ファイルなどに変
換して印刷所に電子媒体で持ち込めばなんのことはない。折角苦労して作るデータベース
をこれに使わぬ手はない。使い回してこそのデータベースだ。これは、日医総研の ORCA
プロジェクトに次ぐ北九州青年医師の会からの第2番目の大きな提案である。
ご迷惑とは思うが、滅多にない折角の機会を与えられたのでここでもう一つIT関連の
提案をしておきたい。現在、集団接種、個別接種で実施されている種々の予防接種は、そ
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の接種時に基本的には母子手帳に記載することになっているようであるが、年余を経て母
子手帳を紛失し、あるいは接種時に母子手帳を持参しないために、接種したにもかかわら
ず未記入のままであるケースを散見する。私は昔から予防接種の実施記録は生涯に亘って
必要な、重要な健康情報であるだけに母子手帳ではなく、実施医療機関から実施報告を県
の医師会へあげて、県医師会のデータベースで一元管理し、たとえ本人や親が忘れようと
も医療機関からの照会によりたちどころに予防接種歴が判明するシステムにすべきだと思
っていた。時が移り、ITインフラが整備されてきた今、遅ればせながら同様のシステム
を構想し、あるいは既に実施している地域もあるかも知れないが、少なくとも当市におい
て当県において、それの実現に向けての動きがあることを寡聞にして知らない。私は北九
州市医師会がその先鞭をつけ、優れたシステムを構築してその有用性を広く知らしめて、
やがては日本全国のネットワークで情報が参照できるようになることを期待する。複雑な
接種制度を考えれば、簡単な質問に答えてゆくだけで被験者が接種妥当者かどうかを判定
するアルゴリズムを搭載しておくのも親切なアイデアだ。幸い当市にはヒューマンメディ
ア創造センターなど情報関連の施設、企業群が多数存在する。システム構築に難渋するこ
とはない。インターネット接続環境のある医療機関の PC から北九州市医師会のシステムに
接続してオンラインで任意接種も含めたすべての接種情報を直接入力するのである。接続
環境のない医療機関の接種情報は当面は、所定の書式にてファックスで送付し市医師会で
入力してよい。わが北九州市出身の西島英利常任理事の陣頭指揮のもと、日本医師会の日
医総研が本試験を開始し、来年にも本運用の開始を目指しているオンラインのレセプトコ
ンピュータシステム(仮称ORCA)に医療機関で実施した予防接種情報を入力する機能
を附加することも将来的には良い方法だ。日医に情報が一元化され、全国的なシステムが
簡単に完成する。急性ウイルス性疾患の診断と鑑別、感染症情報と併せ精度の高い疫学的、
衛生学的各種指標の確立、接種率低下で危惧されている風疹予防接種の未接種者の把握や
接種勧奨、海外渡航時、留学時の接種歴調査などなど、この予防接種情報システムの効用
は小児科医ならずとも改めて言及する必要もないだろう。
ご存知の方も多いと思うが、ORCA は、医師会員の皆さんが今使っているレセコンメー
カー製のレセプトコンピューターを日本医師会がソフト段階から全く新規に開発して現在
ほぼ完成し、試験運用中のシステムである。ソフトは無償で提供され、制度の更改時にも
バージョンアップは無料で、医療機関の負担はハードの代金と地場のサポート会社へのサ
ポート料だけと従来のレセコンにくらべてはるかに低廉である。現在各種機能や信頼性を
検証中であるが、レセプトコンピュータの更新や新規導入をお考えであれば是非 ORCA の
導入に協力してほしい。もちろん私も真っ先に導入するつもりである。
近未来の医療ネットワーク構築へ
昨年 12 月より本放送が開始された BS デジタル放送、秒読み段階となったナローエリア
の無線通信規格 Bluetooth、今後ますます情報通信の要となるであろう次世代携帯電話、そ
して確実に数年以内に全世帯に普及するであろうブロードバンド…と、遅くともこの 5 年
以内に我々をとりまくITインフラの様相はまさしくIT革命という言葉に相応しい変容
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を遂げることは、今や誰の目にも明らかである。茶の間のテレビでインターネット経由で、
誰でも、テレビを見るように簡単に広告規制緩和で詳細になった医療機関情報を得ること
ができるのは勿論のこと、薬剤情報の入手や ID 番号の入力での診療予約、病院のリアルタ
イムの待ち時間情報など、あらゆる面で医療機関アクセスの利便性が向上するほか、医療
機関においては、手書きレセプトの時代からレセコンが急速に普及したように、臨床検査
システムと連携した電子カルテシステムが広く普及し、ネットワークと接続されて、一例
を挙げるなら、紹介状などの文書は、処方や既往歴、アレルギーの有無、2 号用紙にあたる
所見記録から血液生化学データ、検査記録、さらには画像データまで全く自動的に添付フ
ァイルが作成され、極めて僅かな労力で現在よりも遥かに大量の情報を電子メール経由で
やりとりすることが常識となるに違いない。
IT革命は、われわれがいくら無関心であろうと否応なく、われわれの生活環境そのも
のを大きく変容させるであろう。医療にとってもそれは例外ではない。今後 5 年、10 年と
いう非常に短いスパンで加速度的に変化してゆく環境のなかでは、医療制度を含む全ての
ものがたちまち陳腐化し、如何にわれわれが自分自身のアイデンティティーをその中に埋
没させず、その流れに適応させてゆくかは至難のことのようにも思われる。ともあれ、わ
れわれは一瞬たりとも目を離すことなく超近未来のIT医療の行く末を見守ってゆく必要
があるだろう。
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