画像電子学会 The Institute of Image Electronics Engineers of Japan 年次大会予稿 Proceedings of the Media Computing Conference 仮想空間における人物行動の記憶生成過程に関する一考察 A Study on Memory Generation Process of Human Behavior in a Virtual Space 林 慶和† Yoshikazu HAYASHI† 張 英夏† 向井 信彦† Youngha CHANG† and Nobuhiko MUKAI† †東京都市大学大学院 工学研究科 †Graduate School of Engineering, Tokyo City University E-mail: †{hayashi, chang, mukai}@vgl.cs.tcu.ac.jp 1. ま え が き 近 年 ,コ ン ピ ュ ー タ グ ラ フ ィ ッ ク ス (CG)技 術 は 建 築 物などの景観シミュレーションだけでなく,仮想空間 内における人物行動の生成にも用いられている.仮想 空間内における人物行動の生成には, 実際に歩行者が 歩いた軌跡データを取得し,取得データを基に歩行経 図 1 路を一般化して仮想空間内の人物に与えることで人物 仮想空間の構成要素 行 動 を 生 成 す る 研 究 [1]が あ る が ,人 物 行 動 の 目 標 地 点 と通過点が限定されており,人物の移動経路に多様性 がないという問題点がある.また,仮想空間内の人物 の歩行経路をインタラクティブに決定し, 人物行動を 3. 人 物 行 動 の 生 成 仮想空間内における人物行動生成の流れを以下に 示す. 生 成 す る 研 究 [2]も あ る が ,ユ ー ザ が 歩 行 経 路 を 決 め な ければならず,自律的な人物行動を生成できないとい 1) パスの中央を直進するための歩行方向の変更 う問題点がある.このように, 仮想空間内における人 2) 空 間 (前 方 ,曲 が り 角 ,ノ ー ド ,ラ ン ド マ ー ク )の 物行動をユーザが制御する場合 ,人物行動の生成には 認識 多大な労力を要する.したがって,自律的な人物行動 3) 移動方向の決定 の自動生成が必要となる. 4) 移動あるいは方向転換 このため我々は,仮想空間内の人物に視界を与え, 視界から得られる情報を基にした自律的な 人物行動の 仮想空間内の人物はノードやランドマークを正し シ ミ ュ レ ー シ ョ ン を 行 っ て き た [3].し か し な が ら ,従 く認識するために,歩行方向を変更しながら パスの中 来の研究では視界から得られる情報は一過性のもので 央 を 歩 行 す る .さ ら に ,パ ス の 歩 行 中 に 空 間 (曲 が り 角 , あり,記憶という概念がなかった. 前 方 ,ノ ー ド お よ び ラ ン ド マ ー ク )を 認 識 し ,方 向 転 換 そこで本稿では,視界に入る分岐路や分岐路周辺に あるランドマークを認識し,認識結果を人間の頭の中 を行いながらノード間を移動する.以下に,人物行動 生成の流れの各項目について具体的に説明する. にある空間的特性を持つイメージである認知地図情報 として記憶する手法を提案する. 3.1 歩 行 方 向 の 変 更 2. 仮 想 空 間 の 環 境 設 定 く認識できるように,歩行中はパスの中央を歩行させ 仮想空間内の人物がノードやランドマークを正し 仮想空間の環境設定を行うために仮想空間内の構 る.図 2 にパスの端を歩行している人物を上から見た 成 要 素 を 森 ら の 研 究 [4]に 従 っ て 図 1 の よ う に 定 義 し , 様 子 を 示 す .こ こ で ,dl と dr は 視 界 の 範 囲 内 に お け る 定義に基づいて仮想空間を作成する.人物は視界から 左 右 の エ ッ ジ ま で の 最 短 距 離 で あ る . ま ず dl と dr を 得られる色情報を基に物体を認識しているため,仮想 取 得 し ,⊿ d lr =|dl-dr|を 求 め る .⊿ d lr が 一 定 の 閾 値 以 上 空間内の各ノードや各ランドマークにはそれぞれを識 の場合,人物はどちらかのエッジに寄って歩行してい 別できるように,異なる色情報を設定する .本研究で る た め , 歩 行 方 向 を 変 更 す る . 歩 行 方 向 は , dl < dr の は , ノ ー ド の 識 別 に RGB の B を , ラ ン ド マ ー ク の 識 場 合 は 右 方 向 , dl > dr の 場 合 は 左 方 向 に 一 定 の 角 度 θ 別 に RGB の R を 用 い ,ノ ー ド と ラ ン ド マ ー ク に は 識 別 分 変 更 す る . 図 2(a)で は , 人 物 が 左 の エ ッ ジ に 寄 っ て に用いる色情報を順次設定する. 歩 行 し て い る た め , 図 2(b)の よ う に 右 方 向 に 歩 行 方 向 を変更する. 画像電子学会 The Institute of Image Electronics Engineers of Japan 年次大会予稿 Proceedings of the Media Computing Conference 3.3 ノ ー ド と ラ ン ド マ ー ク の 認 識 仮想空間内の人物はパスの中央を歩行しているため, 視界の中心付近を縦に走査することでノードを認識で き る .図 4(a)に ノ ー ド 認 識 に 必 要 な 視 界 の 走 査 を 示 す . 視界を左右に 2 等分する境界線を中心線として,中心 線から左右一定の範囲内にある画素を縦に下から上ま で走査し,距離が一定以内であれば前方にはノードが (a) 歩 行 方 向 変 更 前 (b) 歩 行 方 向 変 更 後 図 2 歩行方向の変更 存在すると認識する.また,ランドマークの認識では 図 4(b)に 示 す よ う に , ノ ー ド を 認 識 し た 後 , 人 物 の 視 線の高さに対応する範囲の画素を左から右へ走査し, 3.2 曲 が り 角 と 前 方 の 認 識 ノードの周辺にある 4 つのランドマークを認識する. 仮 想 空 間 内 の 曲 が り 角 は ,田 中 の 研 究 [3]に お け る 分 岐路の認識方法を用い,人物が視界から得る奥行き情 報 (距 離 )に 基 づ い て 認 識 す る . 人 物 の 視 界 で 捉 え る 画 像の横方向に隣接する 2 画素にエッジが写っている場 合 ,2 画 素 ま で の 距 離 を d1 お よ び d2 と し ,2 画 素 ま で の 距 離 の 差 の 絶 対 値 |d1-d2|を ⊿ d と す る . 図 3 に , 曲 がり角が存在しない場合と存在する場合の隣接する 2 画 素 の 距 離 を 示 す . 図 3(a)に 示 す よ う に エ ッ ジ が 続 い て い る 場 合 , ⊿ d の 値 は 小 さ い が , 図 3(b)の よ う に , (a) ノ ー ド の 認 識 (b) ラ ン ド マ ー ク の 認 識 図 4 ノードとランドマーク認識のための画面走査 隣接する 2 画素間に曲がり角が存在する場合,⊿d の 値 は 大 き く な る .図 3 (c)に 曲 が り 角 が な い 場 合 ,図 3(d) には曲がり角がある場合の隣接する 2 画素を赤い矩形 3.4 移 動 方 向 の 決 定 曲がり角や前方の認識結果を基に,ノードを直進, で示す.⊿d が設定した閾値より大きい場合,曲がり 左折,あるいは右折するのかを決定する.曲がり角, 角が存在すると認識する. あるいは前方を認識した結果から移動できない方向を 削除し,残った移動可能な方向からランダムに 1 つの 方向を選択して移動方向とする. 3.5 方 向 転 換 方向転換は左折,あるいは右折する場合に必要であ り ,田 中 の 研 究 [3]に お け る 分 岐 路 認 識 の 際 の 注 視 点 移 動動作を拡張することで行う.図 5 に,左折の例を示 (a) 曲 が り 角 な し (鳥 瞰 図 ) (b) 曲 が り 角 あ り (鳥 瞰 図 ) す . ま ず , 認 識 さ れ た 曲 が り 角 (ラ ン ド マ ー ク の 角 )の 方向と現在の注視点の方向とのなす角 φ を求める.φ の値が閾値以上であれば,ランドマークの角がある方 向に注視点の向きを一定の角度分変更する.ただし, 注視点の変更のみでは,視線方向が変わるだけで,曲 が り 角 は 曲 が れ な い .そ こ で ,視 線 方 向 の 変 更 に 伴 い , 人物の歩行方向もランドマークの角の方向に一定の角 度分変更し,曲がり角における方向転換を行う. (c) 曲 が り 角 な し (視 界 ) (d) 曲 が り 角 あ り (視 界 ) 図 3 曲がり角の認識 前方も奥行き情報に基づいて認 識できる.視界の中 心付近の矩形領域内を走査し,前方のエッジ までの距 離を調べる.矩形領域内に一定の閾値以内の距離を持 つ画素があれば,前方にはランドマークがありパスが 存在しないと判断する. 図 5 方向転換 画像電子学会 The Institute of Image Electronics Engineers of Japan 年次大会予稿 Proceedings of the Media Computing Conference 4. 記 憶 の 生 成 人間は空間の構造を認知地図という形で記憶してい る.認知地図にはルートマップ型とサーベイマップ型 の 2 つ の 形 式 が あ る [5].ル ー ト マ ッ プ 型 は ,経 路 進 行 中に遭遇した対象物を,遭遇した順番通りに順序付け てできる認知地図である.また ,人間の視点から見た 図 8 映像の集まりであり,空間を局所的に理解するもので サーベイマップ型認知地図内の方向 ある.一方,サーベイマップ型は,複数の対象物の配 置を同時に表象する認知地図である.また,空間全体 サーベイマップ型認知地図の生成手法を以下に示 を 見 渡 す 鳥 瞰 図 (地 図 )で あ り , 空 間 を 大 局 的 に 理 解 す す.下記手法を用いることで,人物が仮想空間内を歩 るものである.一般的に,人間の記憶はルートマップ 行しながら生成したルートマップ型認知地図から,サ 型の認知地図からサーベイマップ型の認知地図に変換 ーベイマップ型認知地図を生成できる. さ れ る と 考 え ら れ て い る [5].そ こ で 本 稿 で は ,仮 想 空 間内の人物が歩行中に生成した ルートマップ型の認知 1) れると,サーベイマップ型認知地図内の方向と 地図をサーベイマップ型の認知地図に変換して記憶す 人物の位置座標を取得する. る手法の提案を行う. 2) を基に,パスとノードをサーベイマップ型認知 人物の歩行によって認識されたノードやランドマ 地図に描く. ーク,移動方向,および移動距離の情報は,通過した 3) ルートマップ型認知地図での移動方向が左折ま たは右折の場合,曲がり角にあるランドマーク て記憶する.ただし,今回用いた仮想空間は,全ての をサーベイマップ型認知地図に描く. パスの長さが一定のため,移動距離の情報は一定値と する.人物が仮想空間内を歩行しながら,新しいノー サーベイマップ型認知地図内の方向,人物の位 置座標,および 1 つ前のノードからの移動距離 4.1 ル ー ト マ ッ プ 型 認 知 地 図 の 生 成 ノード毎に順次まとめ,ルートマップ型認知地図とし 新たなルートマップ型認知地図の要素が生成さ 4) ルートマップ型認知地図での移動方向に応じて ドを認識する度に,ノード毎にまとめた情報を保存す サーベイマップ型認知地図内の方向および,人 ることで,図 7 に示すような通過したノード順に情報 物の位置座標を更新する. が対応付けられたルートマップ型認知地図を生成する. 図 9 に,人物が仮想空間内を歩行しながら生成した ルートマップ型認知地図を基にして生成したサーベイ マップ型認知地図を示す.図 9 は,1 つ目のノードを 直進し,2 つ目のノードにある青色のランドマークを 右折した時のサーベイマップ型認知地図である.サー 図 7 ルートマップ型認知地図要素の対応付け ベイマップ型認知地図では,仮想空間内の人物の初期 位 置 を 赤 い 円 , 人 物 の 歩 行 経 路 (パ ス )を 赤 い 線 分 , ノ 4.2 サ ー ベ イ マ ッ プ 型 認 知 地 図 の 生 成 サーベイマップ型の認知地図を生成するためには, ルートマップ型で記憶している 移動方向とサーベイマ ードを黒い矩形で描いている.なお,ランドマークは 左折あるいは右折の場合のみ,曲がり角にあるランド マークの色を矩形で表示している. ップ型認知地図内の方向を対応付ける必要がある. 図 8 に,サーベイマップ型認知地図内の方向を示す.本 研 究 で は ,人 物 の 歩 行 は 最 初 に 必 ず 直 進 す る こ と と し , この直進方向を図 8 の 1 番の方向としてサーベイマッ プ型認知地図内の方向と対応付ける.直進の次に右折 する場合,サーベイマップ型認知地図内では 1 番の方 向を向いているときに右折したことにな り,サーベイ マップ型認知地図内の方向を 2 番に更新する.その後 左折した場合,サーベイマップ型認知地図内の方向は 再び 1 番となる.また,サーベイマップ型認知地図内 の人物の初期位置は,画像の中心座標とする. 図 9 サーベイマップ型認知地図の例 画像電子学会 The Institute of Image Electronics Engineers of Japan 5. シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 年次大会予稿 Proceedings of the Media Computing Conference 図 10(a)は 初 期 状 態 で あ り 認 知 地 図 は 生 成 さ れ て い 人物を仮想空間内で歩行させ,空間構造の記憶であ な い . 図 10(b)で は , 1 つ 目 の ノ ー ド を 通 過 し , 2 つ 目 る認知地図を生成するシミュレーションを行った. シ に認識したノードを左折したため ,ルートマップ型認 ミュレーションでは,人物が仮想空間内を歩行しなが 知地図内左に存在する青色のランドマークがサーベイ らルートマップ型認知地図を生成し,生成された ルー マ ッ プ 型 認 知 地 図 に 描 か れ て い る . 同 様 に , 図 10(c) トマップ型認知地図からサーベイ マップ型認知地図を でも左折するときに認識した緑色のランドマークが サ 生成する.また,生成された認知地図の正確性を確認 ーベイマップ型認知地図に描かれ,6 つ目のノード認 するため,生成したルートマップ型認知地図のみを基 識時におけるルートマップ型およびサーベイマップ型 にした歩行動作を生成し,生成された歩行経路の観測 認 知 地 図 は 図 10(d)に 示 す 結 果 と な っ た .こ の よ う に し 結果と,歩行の基になったルートマップ型認知地図か て,ルートマップ型からサーベイマップ型の認知地図 ら生成したサーベイマップ型認知地図を 比較した. が生成できていることが判る. 図 10 に ,6 つ の ノ ー ド を 認 識 す る ま で の 歩 行 に 伴 っ また,生成されたルートマップ型認知地図を基にし て 生 成 さ れ た ル ー ト マ ッ プ 型 認 知 地 図 (人 物 の 見 た 局 た歩行動作の観測結果と,ルートマップ型認知地図か 所 的 映 像 ),お よ び ル ー ト マ ッ プ 型 認 知 地 図 か ら 生 成 し ら生成したサーベイマップ型認知地図の比較結果を図 た サ ー ベ イ マ ッ プ 型 認 知 地 図 (鳥 瞰 画 像 )を 示 す . 今 回 11 に 示 す . 図 11(a)の 観 測 結 果 と , 図 11(b)の サ ー ベ イ のシミュレーションでは,人物が取得する視野画像の マップ型認知地図は同じ経路を辿っているため,認知 解 像 度 を 400×200 と し た . 地図を基に同じ道を歩行することができ,記憶が正し く生成されていることが確認できた. 6. ま と め 本稿では,仮想空間内の人物に認知地図という形で 記憶を生成する手法を提案した.シミュレーションの 人物の位置 (a) 初 期 状 態 結果,ルートマップ型認知地図からサーベイマップ型 認知地図を生成することができ,生成された認知地図 を基に元と同じ歩行動作を再現することができた. し かしながら,本稿で用いた仮想空間の構造は単純で現 実空間と異なるため,より現実に近い構造 をした仮想 人物の位置 ルートマップ サーベイマップ (b) 2 つ 目 の ノ ー ド 認 識 時 空間におけるシミュレーションを行い, より現実に近 い空間の認識と認知地図の生成方法を検討する必要が ある.また,本シミュレーションでの人物は, 一度認 識した内容は全て記憶しているため,今後,記憶の定 着や忘却など,より人間に近い記憶の生成手法も検討 する予定である. 人物の位置 ルートマップ サーベイマップ (c) 4 つ 目 の ノ ー ド 認 識 時 人物の位置 ルートマップ サーベイマップ (d) 6 つ 目 の ノ ー ド 認 識 時 図 10 認 知 地 図 の 生 成 (2, 4, 6 つ 目 の ノ ー ド 認 識 時 ) (a) 歩 行 の 観 測 結 果 図 11 (b) サ ー ベ イ マ ッ プ 型 認知地図 歩行経路と認知地図の比較 文 献 [1] 板 倉 豊 和 , 石 田 亨 , “ 歩 行 者 軌 跡 デ ー タ を 用 い た 仮想都市群集シミュレーション”, 情処学研報, MBL, Vol.28, pp.263-270 2005. [2] Jongmin Kim, Yeongho Seol , Taesoo Kwon , Jehee Lee , “Interactive Manipulation of Large-Scale Crowd Animation”, ACM Trans. on Graphics, Vol.33, No.4, Article 83, 2014. [3] 田 中 研 介 , “ 仮 想 空 間 に お け る 個 人 行 動 の 生 成 と 群 集 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン へ の 応 用 ”, 東 京 都 市 大 学 大 学 院 修 士 論 文 , 2014. [4] 森 晃 徳 , 岩 井 敦 子 , “ 認 知 地 図 ” ,信 学 誌 , Vol.77, No.8, pp.836-839, 1994. [5] 横 澤 一 彦 , 和 田 絵 里 香 , 光 松 秀 倫 , “ 仮 想 空 間 に お け る 認 知 地 図 の 形 成 と 変 換 ”,信 学 論 , Vol.J87-A, No.1, pp.13-19, 2004.
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